無法天に通ず 作:隆 憲太郎
慶次郎が南陽学院で堂々たる名乗り上げをしたという話は、あっという間に闘士たちに広まった。とりわけ、千葉県内の闘士たちでこの話を聞かないものはいなかった。当然だろう。血気に逸る若い彼らがこの話を聞いて、興味を覚えない訳がなかった。
南陽学院の四天王といえば、闘士の中ではそれなりに知名度がある名前であり、
その四天王の一人である楽就に、転校初日で喧嘩を売って倒してしまうとは!
それも大勢の観客が見守る中で勝ってみせたというのであるのだから、伝えていく闘士の口には熱が籠った。これはまさに闘士としての命を賭けた意地である。生意気と言う評価に行き着くのが当然であり、負けたともなれば実力差も理解出来ない馬鹿な奴と袖にされるのがオチである。
しかし、傾奇者である慶次郎は違う。一か八かの大勝負に挑んでこそ傾奇者ではないかと、常々思っている。たった一つの敗北で、全てががらりと変わってしまうのである。お互い全力にならざるを得ない。中途半端な事を考えさせる余地も無く、ただ勝利を目指して死力を尽くすばかりである。そういう賭けに近いような勝負事が、慶次郎はどうしようもなく好きだった。
だからこそ、楽就に勝って名を上げた慶次郎は男の中の男である。
一気に話は広がった。慶次郎は一躍時の人となったのだ。
だから噂の慶次郎と戦ってみたいと思い始める闘士が出て来るのも自然の理であり、あわよくば倒して名声を上げたい、邪魔だから排除したいと望む闘士が襲い掛かってくるのも当然だった。
この時も、慶次郎は前を塞ぐ闘士たちの相手を、辟易としながらやっていた。
―壱―
南陽学院より少し離れた場所に、予州学院という高校がある。この頃の、闘士勢力の中ではきっての大勢力である。数多くのAランク闘士を抱えている予州学院は、周辺の勢力を飲み込む勢いを見せていた。
その予州学院。Aランク闘士の中に、一人の男がいる。名を、顔良といった。予州学院きっての実力者である。
だが一方で、この男は欲深い男だった。慶次郎の名前が闘士の間で響き渡り、その名声が高まると見るや、それを何とかして奪ってやろうと画策した。
ようは慶次郎を倒せればいい。簡単である。一人対一人の決闘でなくてもいい。正々堂々と決着をつける必要はない。加勢してくれる立会人が大勢いて、倒した時に宣伝してくれればいい。早速仲間内で徒党を組んだ闘士たちが、通学中の慶次郎に襲い掛かる。その筆頭が、顔良であった。
彼らは総じて慢心していた。慶次郎を倒す事については、誰一人疑っているものはいない。経験と実績に裏打ちされた自信が彼らを、慶次郎を倒せる、と思い込ませている。慶次郎にとって、これは非常に面倒な成り行きだった。初めから数に頼り切っている相手ほどつまらない者はいない。それも十、二十といった半端な数である。そういう有象無象がわらわらと出てくる限り、慶次郎は不完全燃焼な闘いを強いられなければならないことになる。どうせ闘うのなら、思いっきり強い
「ゲェッ!?」
悲鳴は、慶次郎が持つ朱槍の先端から上がった。襲い掛かってきた闘士に向かって、朱槍を突いて吹き飛ばしたのである。
慶次郎が解語の花と評した趙雲とは今日の朝別れた。別れは惜しかったが、「向かわねばいけない場所があるので」と言われたらしょうがない。運が良ければまた会おうと約束を交わしたのが別れの言葉だった。
こうして闘士たちに襲われたのは、それから三十分後、南陽学院へ向かう途中のことである。見たことのない制服の闘士たちが群がって、殺気の籠った眼を慶次郎に向けていた。
「こんな朝早うに、よう来るわ」
早朝だというのに、狭い道は闘士で一杯だった。松風に乗って見渡せば、先ほど吹き飛ばした闘士の仲間らしい連中が二十人近く、それぞれの得物を構えて待ち受けていた。これらが全て、慶次郎ただ一人を倒すために集ったのだ。
並の闘士ならこれだけでもう、足がすくんでしまう。BランクやAランクが徒党を組んで襲い掛かってくるのだ。それなりの実力者たちが、更に数の暴力を足してくるのである。
一人の男が、慶次郎の前に出た。
「なるほど、どうやら噂は本当らしいな……」
深めの帽子にパーカーを羽織り、右目に大きな傷跡を晒した隻眼の男。
「予州学院3年、顔良だ」
「ほう、お主がか」
およそ五メートルほど離れたところで松風を止め、ゆっくりと降りた。
顔良が風体に相応しい
「お前をぶっ飛ばせばオレの名前に箔がつくってもんよ。一丁喧嘩を売らせてもらうぜ。噂の転校生さんよォ」
「お前さんじゃ無理だ。出直して来い」
慶次郎はぶっきら棒に吐き捨てた。
「アぁ!?」
とたん顔良の顔が真っ赤になって、射殺さんばかりの視線を慶次郎に向けた。
「ああ、すまん。つい口に出てしもうた。今のわしは傷心の身よ。好い女子と別れたばかりでな。気分が乗らんのだ」
お前らじゃ相手にもならないよ。
つまるところ、言外にそう言っているのだった。それを聞いた闘士達の殺気は分かりやすいほど立ち昇る。顔良は白目が充血するほどだった。
「テメェ、生きて帰さねーぜ」
分かりやすい奴である。だがそれだけ相手も本気になったという事でもあった。多少はマシになったという程度であるが、いい加減学校に向かいたかった慶次郎はそれを受けた。
「あいわかった」
慶次郎はうっとうしそうに言い、手に持っていた朱槍をコンクリート壁に立てかける。
「何してやがる」
「いつでもどうぞ」
顔良の問いかけも袖にして、ぷかぷかとキセルを吹かしている。ここまでぞんざいな扱いを受けたのは、顔良にとって初めてのことだった。壊れたように笑い出し、瞬間、憤怒の叫びが木霊した。
「ぶっ殺す!!」
一気に距離を縮め、人を殺せる拳が撃ち出された。
慶次郎はあえてそこまで待ってからおもむろに右腕を掲げ、顔良の頬を引っ叩いた。文字通り、張り手である。
驚くべきことに、顔良の拳が届く前の出来事だった。先に仕掛けた顔良より、慶次郎の張り手は凄まじく速かったのである。顔良はそのまま横っ飛びに吹き飛んで、コンクリートの壁に叩きつけられた。瞬殺である。ずるりと地面に倒れこんだ顔良は、ピクリとも動かなかった。
顔良は予州学院でも屈指の実力者だった。それを、気怠そうに振り抜いた張り手で、あっさりと倒してしまった慶次郎の腕力に、闘士たちの腰が引けた。
「御相手致す。各々、好きに参られい」
慶次郎は落ち着いた声で言い払うと、両の拳を握りしめ、骨の音を鳴らした。
その後、複数人でいけば倒せるだろうという当初の目論見を思い出した血気盛んな闘士が五人、慶次郎の岩のような拳を受け、一撃で沈んでいった。
こんな化け物相手に、自分が敵う訳がない。
集まっていた闘士たちは、算を散らして逃げていった。
この後、慶次郎の強さに恐れ戦いた闘士たちが、その恐ろしさを仲間に伝える為に必死になって説明するだろう。慶次郎に挑もうとする闘士の数はめっきり減ったが、計画通り、とにんまり笑った。
慶次郎は南陽学院で華々しく初日を飾った時、慶次郎は、しばらくつまらない相手をしなければならんだろう、と感じた。興味がない相手には関わらないのがこの男である。だが、慶次郎は我慢すべし、と耐え忍ぶ方を選んだ。襲い掛かる闘士を返り討ちにして、噂をもっと広めてやろう。悩んだ末にそう決心したからである。だからこそ、松風にも乗らず、朱槍も使わず、拳のみで倒して見せた。この暴れっぷりを見せつけられて逃げ帰った闘士たちが、更に噂を広めてくれる事を願ったからに他ならない。同じ名前が立て続けに流れれば、
とはいえ、少しの間は相手も現れないだろう。董卓とやらが何やら裏で動き始めているという話も流れ始めたので、まずは辟易とした喧嘩から離れてのんびり過ごそうと決めながら、松風に跨ってその場を去った。
余談ではあるが、そのまま登校した慶次郎は、変わり果てた階段や廊下の一角と残っていた気の荒々しさに、つまらない喧嘩をしていた時に非常に面白い事があったのだと分かって、邪魔をした顔良の事がことさら嫌いになったのは、また別の話である。
―弐―
董卓はお気に入りのスイカ畑から少し離れた雑木林の中、木の根元に寝そべっていた。比較的土地が広い洛陽高校では、余った土地を生かして園芸関係に力を入れている。この雑木林も、その一環で造られたものだった。
その董卓に覆い被さる姿勢で、尽す女の姿があった。お互い衣服を
呂布は洛陽高校の闘士の中でも長く董卓の傍で活躍し、抜きん出た実力を持ったAランク闘士の女傑である。遥か昔、三国志でその武並ぶものなしとして、前漢の名将李広に譬えて“飛将”と呼ばれていた事は、余りにも有名な話である。
スイカ畑で左慈と言葉を交わした董卓が恐ろしく狂暴な笑顔を浮かべていたのに呂布は気付いた。
(彼、董卓に何を言ったのかしら)
遠くから二人を見ていた呂布は、話の内容を聞いていない。董卓をあんな顔にさせる話に関心を持ったが、深く踏み込もうとする気はない。黙って、いつもの発作を起こして血だらけになった董卓の身体を、隅々まで舐めて清めていった。とても護衛がするようなことではない。だが、董卓が発作を起こした時はいつもこうだった。自分を刃物で痛めつけている内に昂ぶるからである。董卓の気を発散させるには、一番の方法だった。
「丁寧に、そう……そこも頼むよ」
と言う董卓の注文に応えて、傷に沿うように舌を這わせる。さざ波のような
「面白くなってきたな」
果たして、董卓は呟いた。
「左慈……彼は良い話を教えてくれたよ」
「それは、良かったですね」
「ああ……こんなにワクワクするのは久しぶりかもしれないなぁ」
ぽつんと水を一滴垂らしたような声だった。
董卓は歴史上稀に見る暴君であり、その勾玉を受け継いだ目の前の男も、例によって並みの闘士では足元にも及ばない怪物である。
董卓のを握る呂布の手が、一瞬止まった。直後に口からついて出た言葉が、その理由だった。
「その男、私が確かめに行きましょう」