「あ・・・・・・あなたは、誰・・・・・・?」
けれど、それには答えず、その不思議な生き物は囁きました。
「仕方ないよ。彼女一人では荷が重すぎた。でも、彼女も覚悟の上だろう」
その言葉に導かれるように再び目をやると、遠くに飛ばされ、なんとか起き上がろうとする黒髪の少女の上に、怪物の風圧で吹き飛んだビルの残骸が落ちていくところでした。
わずかに身体を捻って避けようとした彼女だけど、すべてを躱すことはできず───
大きなコンクリート片に直撃され、足が奇妙な方向に捻れたのを、わたしは見てしまいました。
「き・・・・・・きゃあああっ!」
思わず、わたしは顔を覆ってしまいます。
「そんな・・・・・・あんまりだよ!こんなのってないよ!」
いつしか溢れ出していた涙とともにそう叫んだ時、黒髪の少女が、わたしに向かって何か叫んでいるのに気がつきました。
「え・・・・・・なに・・・・・・?」
でも、その声はわたしには届きません。
それでも、彼女はわたしに向かって何かを叫び続けていました。
それは、真剣な表情で───見ているわたしの心が掻きむしられるほどの切実さで。
それでも、弱虫なわたしの足は、震えて、動かなくて・・・・・・
彼女の元に駆けつけて、助け起こしてあげることもできないのです。
───わたし、なんてダメなんだろう・・・・・・
弱い自分が、悔しくて、腹立たしくて・・・・・・涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちます。
「諦めたら、それまでだ」
その時、再びその声が響き───
「でも、君なら運命を変えられる」
あの不思議な生き物が、いつしかわたしのすぐ近くでちょこんと座り込んでいました。
「避けようのない滅びも、嘆きも───すべて君が覆せばいい。そのための力が、君には備わってるんだから」
その時、ようやくその声が、頭の中に直接響いていることに気がつきました。
染み込むように、響くように、かわいらしい声が頭の中を跳ね回って───同時に、見覚えの無い誰かの姿が、次々と思い浮かんでは消えていきます。
黄色のフレアスカートが無惨に破れて、血まみれになっている少女。
青いミニスカートがずたずたに裂かれ、折れた剣を片手に横たわる少女。
赤く雄々しいノースリーブが千切れ、目を開けたままこと切れる少女。
そして、白のハーフスリーブが切り刻まれ───ナイフを握ったまま壁に寄りかかり動かない少女。
「・・・・・・誰?・・・・・・この子たちは・・・・・・誰なの?」
「それら避けられなかった悲劇も、今まさに目の前で起きようとしている悲劇もすべて───キミなら変えられるんだ」
わたしは・・・・・・懸命に首を動かして、再び、黒髪の少女の方に目をやります。
彼女は、まだ何か必死にわたしに叫んでいました。
懸命に目を凝らすけど、その口元の動きだけではわたしには何を言おうとしているのかわかりません。
「・・・・・・本当なの?」
わたしの口から、掠れた声がもれていました。
「わたしなんかでも・・・・・・本当に何かできるの? こんな結末を変えられるの?」
「もちろんさ」
不思議な生き物は、赤い瞳を輝かせて一度飛び跳ねます。
「キミならすべてを変えられる。全部変えられるんだ! だから───」
・・・・・・だから───?
「だから、僕と契約して魔法少女になってよ!」
・・・・・・ジリリリリリリリリリリリリリリ!
「ふ・・・・・・ふわっ!?」
そのけたたましい音に、がばっと身体を起こすと───
そこは、見慣れた自分の部屋でした。
枕元には、お気に入りのクマさんのぬいぐるみがあって、カッパさんのぬいぐるみがあって、大好きな花柄のクッションがあります。
ぼんやりと顔を横に向けると、カーテンの向こうからは、眩しい光が注ぎ込んでいました。
「・・・・・・はうぅ・・・・・・夢オチ・・・・・・?」
むにむにと手を伸ばして目覚まし時計を止めると、わたしはようやく息を吐き出しました。
出窓ににじり寄って窓を開けると、初夏の気持ちのよい日差しと、柔らかな風が注ぎ込みます。
単純なわたしは、それだけでもう怖かった夢が遠ざかっていく心地がします。
真下に見える小さな家庭菜園には、パパがいました。
そのいつものエプロン姿を見て安心したわたしは、
「おはよー、パパ」
と窓から顔を出して手を振りました。
「おはよう、まどか」
そう、立ち上がってこちらに微笑んでくれたあの人が、わたしのパパ───鹿目知久です。
「ママは?」
そう尋ねると、温かい声で静かに喋るパパは、軽く肩をすくめて言いました。
「タツヤが行ってる。手伝ってやってくれるかな?」
「はーい」
飛び跳ねるように部屋に戻り、わたしは駆け出します。
これは毎日の我が家の恒例行事なのです。
部屋から飛び出て、廊下を駆け抜け、ママの部屋に飛び込みます。
「マ~マっ! あ~さ! あ~さっ!」
案の定、ベッドにくるまるママの上に股がったタツヤがぽかぽかとママを叩いてます。
三歳児のパンチくらいで起きるママじゃないんだよね、とそのまま窓まで駆けて、わたしはカーテンを開け放ちます。
それから「タツヤ、どいててね」と弟に微笑み、一気に掛け布団をひっぺ返しました。
そして、軽く息を吸い込んで、一言。
「お・き・ろ~っ!」
「ひゃあああああ~っ!?」
なんかここ最近、わたしの楽しみになりつつある朝の行事。
そして毎回、面白いリアクションで飛び起きてくれるママ───鹿目訽子はやっぱり素敵でした。