後編です。
ものすごく気まずい沈黙が、わたしたちの間に漂っています。
誰もが笑ってる学校の廊下で、わたしたちだけが、まるで鉄の檻に閉じ込められているかのようでした。
何か・・・・・・何か、話さないと。
このままずっと黙って歩いて行くことに、わたしはもう耐えられません。
「あ───暁美さん?」
「ほむら、でいいわ」
・・・・・・そんなこと言われても、わたしはさやかちゃんだって仁美ちゃんだって、友華ちゃんだって名前だけで呼び捨てにしたことがありません。
「ええと・・・・・・じゃあ、ほむら、ちゃん?」
「・・・・・・なにかしら」
「あ、う、えっと、その───か、変わった名前だよねっ」
その瞬間でした。
不意にほむらちゃんは、立ち止まりました。
その背中に、わたしは慌てて言い足します。
「い、いや、だから、あのねっ、変な意味じゃなくてねッ、その・・・・・・か、かっこいいな、なんて───」
すると、ほむらちゃんは、ゆっくりと振り向きました。
その形良い唇はきつく引き結ばれていて、その瞳には、より強い輝きが満ちていました。
そして、わたしの顔を見据えて、一度何か言おうとして呑み込みます。
わたしの膝はもう砕け落ちそうでした。
がくがくとした足の震えが全身に伝わっていきます。
そこは、ちょうど別棟へと続く渡り廊下の真ん中で───
わたしたちの周りには、もう誰もいませんでした。
そう、ここには、わたしとほむらちゃんのふたりだけなのです。
「鹿目まどか、あなたは───」
ほむらちゃんは、そのまま静かに言葉を継ぎます。
「自分の人生が貴いと思う? 家族や友達を大切にしてる?」
「・・・・・・・・・・・・え?」
その質問が何を意味しているのか───
そして、なぜそんなことをわたしなんかに問い質すのか。
わたしにはさっぱりわからなくて、ただただわたしは、どうしてこんなところでこんなことになっているのだろう、と震えていました。
すごく怖くて、すごく逃げ出したくて───でも、足が動かなかったのは・・・・・・
そんなことを訊いてくるほむらちゃんの瞳が、とても真剣だったからだと思います。
この質問には、わからないとか、考えたことがないとか、そんな言葉で逃げちゃいけないんだ、とどうしてかそれだけがわかりました。
だから───
わたしは答えます。
「わ、わたしは───大切だよ。家族も、友達のみんなも、大好きで、とっても大事な人たちだよ」
「本当に?」
「本当だよっ、ウソなわけないよ!」
思わずそう叫び返すと、ほむらちゃんは、ひとつ頷き───
「もしそれが本当なら、今までとは違う自分になろうだなんて絶対に思わないことね」
「・・・・・・え」
「さもなければ───」
まっすぐにわたしのことを見つめて、ほむらちゃんは言います。
「すべてを、失うことになるわ」
そしてほむらちゃんが、そのまま踵(きびす)を返し───歩き出そうとした時。
わたしたちの後ろで、誰かが立ち止まる音がしました。
おそるおそる後ろを振り返ると、そこには───
ポケットに手を入れ、さっきのホームルームの時のように厳しい顔をした友華ちゃんが、わたしたちを見つめていました。
そして、一度キッとほむらちゃんを睨むとこう言い放ちました。
「まどか、そいつの言葉に耳を傾けるな」
・・・・・・どうして?
わたしには、友華ちゃんがどうしてそんなことを言ったのかがわかりませんでした。
だって、ほむらちゃんはとても真剣に、わたしに忠告をしてくれていた気がしたから、わたしにはほむらちゃんが悪い人には見えなかったからです。
わたしがひとりで考え込んでいると、
「いいか? とりあえず受け流せ」
と友華ちゃんがわたしの手を握り囁きました。
わたしはうんと返事をして、保健室に連れて行くために、ほむらちゃんのところに駆け寄ります。
「さ、行こう・・・・・・?」
でも、ほむらちゃんは動きません。
わたしが慌て出すと、突然、ほむらちゃんが振り向きました。
そして、どこか哀しそうな顔つきで言いました。
「・・・・・・あなたは、鹿目まどかのままでいればいい。今まで通りに、これからも」
その言葉にわたしも振り向くと、友華ちゃんがさっきまでとは比べものにならないくらいにほむらちゃんを睨みつけていました。
また、気まずい沈黙がわたしたちの周りに漂います。
その場にいることさえ胸が苦しくなって、耐えかねたわたしは無理やり、ほむらちゃんを保健室へ送り届けたのでした。
友華ちゃんって、こんな人だっけ・・・・・・?
つい、そう考えてしまうわたしでした。