思わず振り返ると、そこには───
今朝の転校生……暁美ほむらちゃんが佇んでいました。
「……ほ、ほむらちゃん?」
「そいつから離れて」
否応ない口調で、そう冷たく返されます。
そして───
その姿は、学校の制服ではなくて、黒と白とグレーでデザインされた不思議な服で───
「だ、だって、この子、怪我してる……」
私がそう言った瞬間、腕の中の不思議な生き物がぎゅっとしがみついてくるのがわかりました。
そして、靴音を響かせてほむらちゃんが近づいてくるほどに、その小さな生き物の震えが大きくなるのを感じます。
「だ、駄目だよ! 酷いことしないで!」
「あなたには関係ない」
わたしは、胸にその生き物を抱えたまま後ずさります。
「だって、この子、わたしを呼んでた! 聞こえたんだもん、『助けて』って」
「そう……」
けれど、ほむらちゃんは歩みを止めません。
むしろその瞳が、冷たく細められて、すごく怒らせてしまったような気がして───
……駄目だ、怖い……怖いよ。
思わずその不思議な生き物を抱きしめながら、その場にへたり込んでしまった、その瞬間───
「まどかッ、こっち!」
「早くしろ!」
さやかちゃんと友華ちゃんの声がして顔を上げると、目の前は白煙に包まれていました。
「早く、こっち来い!」
咄嗟に立ち上がると、そのまま必死に不思議な生き物を抱えてふたりの方向に駆け向かいます。
さやかちゃんはどこから持ってきたのか、消火器を持っていてわたしとほむらちゃんの間に噴射していました。
消火器の勢いが小さくなったところで、勢いよく消火器ごとその場に投げ捨てて、わたしの腕を掴むと、
「走れッ!」
ふたりは駆け出します。
わたしも懸命にさやかちゃんの手を握り返し、足に力を込めて続きました。
「なッ……何よ、あいつ!? 今度はコスプレで通り魔かよ!?」
「まどか、大丈夫か!? ちっ、厄介な……!」
入ってきた扉の方向に駆けながら、ふたりはそう叫びます。
わたしはまだ何が起きて、どうしてこんなことになったのかよくわからなくって───
左手は、さやかちゃんの手を放さないように。
そして右手は、腕の中でぐったりとするあの不思議な生き物を落とさないように必死でした。
「っつーか、何ソレ? ヌイグルミ……じゃないよね、生き物!?」
「わかんない……わかんないけど、この子を、助けなきゃ!」
白煙の立ちこめた空間で、そう返すわたしだけど───
何か、とても嫌な予感がしていました。
悪い夢を見る時に、それがよくない夢になりそうだってわかる、あの感覚にとても似ていて……それは、そんなに奥へと入って来ていないのに、これだけ駆け続けても、入ってきた非常口にたどり着けないせいかもしれません。
「ねぇ、こっちでいいのかな?」
「合ってる……はずだけど」
さやかちゃんも、どこか自信なさげにそう言い返します。
硬く冷たい床であったはずのそこは、なぜかわずかに弾力を感じます。
ううん、床だけじゃなくって───
壁も、天井も、どこかねじ曲がっているような気がしました。
わたしが動揺しているのか、それとも消火剤を吸い込んでしまって頭がどうにかなってしまったのかもしれません。
とにかく、ほむらちゃんの出現から、何かがおかしくなってしまった気がしていました。
「ひ、非常口は……? どこよ、ここ!?」
さやかちゃんが、怯えたように叫びます。
歪んだ世界のどこからか、誰かの嗤い声が聞こえた気がしました。
そして───わたしは、見てしまいました。
黒い蝶が舞い、そこかしこに顔の無い男の人が佇んでいて。
死んだ街が横たわって、朽ちた木が寂しげに頭をもたげています。
そう───そこは、すでにコンクリートの空間などではなくなっていました。
まるで、誰かの悪い夢に彷徨(さまよ)い込んでしまったような───
「やだ……やだよ、これ、なに?」
わたしがさやかちゃんに身を寄せると、さやかちゃんも声を震わせます。
「落ち着け、ふたりとも……!」
流石の友華ちゃんも慌てたようすで、わたしたちをなだめます。
「じょ……冗談だよね? あたしたち、悪い夢でも見てるんだよね? ねッ?」
どこかで、じゃらりと何かが音を立て、嗤い声は続きます。
そしていつの間にか、わたしたちは気味の悪い何かに囲まれていました。
綿のような何かは、わたしたちにはさみを向け、少しずつ近づいてきます。
ぬぐい去れないほどの悪意だけを漲(みなぎ)らせ、世界をけたけたという嗤いだけが満たしていました。
もう……
弱虫のわたしの心は、限界でした。
「き……きゃああああっ」
ついにさやかちゃんが、叫び───
わたしたちと不思議な生き物に力いっぱい抱きついてきた、その時───
「ごめんな……さやか、まどか」
唐突に友華ちゃんがわたしたちに謝ります。
わたしもさやかちゃんも、友華ちゃんが何を謝ったのかも分からずただ怯えていました。
もはや、頭がこんがらがって気が動転してしまっていて、考える余裕もありませんでした。
そんなわたしたちが震える中、友華ちゃんはひとり立ち小さく呟きます。
「Time alter……」
そして大きく息を吸い込み───
勢いよく駆け出し、恐怖を、悪意を払うように叫びます。
「triple“accele”!!!」