ブリタニア連邦、首都、ロンドン――
その一角にある首相官邸地下司令室で、ミーナはブリタニアの高官たちと対面していた。
一人はブリタニア空軍大将、トレヴァー・マロ二ー。もう一人は、ブリタニア連邦首相、ウィンストン・チャーチル。
「……なるほど、扶桑の遣欧艦隊は護衛艦こそやられたもの、無事補給を届けてくれたようだな」
書類を見て、口元を緩めるチャーチル。
「はい。坂本少佐および補充員一名、宮藤芳佳が着任しました。通常通り、軍曹待遇としてあります」
「大変結構だ」
そういうと、チャーチルは懐から葉巻を取り出し、マッチで火をつける。
「……しかし最近、ネウロイの襲撃が不定期になっているそうじゃないか?」
今まで黙っていたマロ二―が口を開く。
「確かに、今までの週一回のパターンから、徐々に間隔が狭まってきています」
「フム……。今までのように行くわけにはいかないようだな」
ミーナには、マロニーの瞳に陰謀の炎が宿ったように見えた。
「現場を無視した空論を押し付けられるのはお断りしたはずですが……」
「なに、結果さえあればいいのだよ」
ミーナの反論に、言葉をかけるチャーチル。彼にとってみれば、ブリタニアが守れれば良いのだ。たとえ課程がどうであれ。
「ご安心ください。ブリタニアの……いいえ、世界の空は私達ウィッチーズが守って見せます」
「うむ、期待しているよ」
「では、失礼します」
満足そうにうなずくチャーチルと、悔しそうな表情になっているマロニーから背を向ける。
「……ああそうだった」
ミーナが部屋から出ようとしたとき、チャーチルが何かを思い出したかのように呼び止めた。
「……なんでしょうか?」
「いやなに、私の若い友人は元気かどうか聞きたくてな」
「若い友人……?」
ミーナは、誰のことを言っているのかわからない。
「君の部隊にいるだろう? 上坂啓一郎君のことだよ」
「啓一郎……? いえ、失礼しました。上坂大尉は我が501にとって、無くてはならない人物です」
ミーナの言う通り、確かに上坂は501にとって、無くてはならない存在だろう―― 主に書類仕事、炊事に関して。
「そうか。それはよかった。……ああすまなかったね、退出してかまわない」
「は、はぁ…… では、失礼します」
ミーナはどこか釈然としなかったが、まさか上坂とどのように知り合ったのか聞くわけにもいかず、そのまま部屋を退出した。
「……上坂大尉とはお知り合いなのですか? 閣下」
部屋に残っていたマロニーが尋ねる。
「いやなに、愛煙の同志なだけだよ。転々最も彼は紙巻派、私は葉巻派だがね」
そういうと、チャーチルは口から葉巻を取り、煙を吐き出した。
「きゃああああ!」
一週間後、基地の滑走路上には、全長20m位の気球がいくつも漂っていた。
それは阻塞気球と呼ばれ、夜間空襲を阻止するためにワイヤーで配置する、空のバリケードである。
今日の訓練はその合間をぬって飛行するものなのだが、宮藤は阻塞気球に片っ端から突っ込んでは、割り続けていた。
「こらー! 宮藤ー! 何やっているー!」
滑走路上から、見上げるようにして坂本が叫んでいる。
「そんなこと言われたって……きゃあ!」
宮藤は、今度はお尻から気球に突っ込む。
その様子を、坂本から少し離れた所から隊員達は眺めていた。
「芳佳ちゃん……」
「逆にあれ、凄くない?」
「一種の才能だなあれは」
心配して見つめるリーネの近くで、ルッキーニとエイラはつぶやく。その間に、さらにもう一つ、決して安くない気球が、ただの布きれと化す。
「……さらに撃墜」
「ある意味撃墜王だな、こりゃ」
サーニャの抑制された声に、シャーリーは忍び笑い。
「まったく、501の恥ですわ」
坂本に、マンツーマンで指導してもらっている宮藤に嫉妬しているのか、ペリーヌはそう言って切り捨てた。
「でもさ~。たった一週間でここまで来ているって……相当凄いことじゃない?」
ペリーヌの言葉に、疑問を投げかけるハルトマン。確かに彼女の言う通り、幾ら彼女の使っている零式艦上戦闘脚二二型甲が扱いやすいものだとはいえ、たった一週間で空を飛べることは、相当な素質を持っていると言わざるおえない。
「まあ、確かにそれはそうでしょうけど……」
ペリーヌも、確かにその部分は認めていたが、どこか釈然としていない。
そんなやり取りをしていた彼女達から少し離れた場所で、上坂はデタラメな機動を描いて気球を破壊しまくる宮藤を見ながら、乾いた笑い声をあげていた。
「ハハハハハ……。300ポンドが……、いや、330ポンドか……」
上坂の視線の先で、さらにもう一つの阻塞気球が撃墜された。
町が燃えている――
かつて自分の故郷だった場所は、現在ネウロイの攻撃によって廃墟になりつつある。
よく買い物に行った店――
よく駆け回った路地裏――
バルクホルンは、炎が上がる自分の町を茫然と見下ろしていた。
「…くっ」
彼女はそのまま、上空を飛ぶネウロイを睨みつける。そこにはビームを撃ってくる大型ネウロイがいた。
(……許さん!)
バルクホルンは一気に上昇すると、両手に持ったMG34をネウロイに向け、引き金を引く。
毎分800発で発射された7,92m機銃弾は、そのままネウロイの装甲を削り、中にあった赤く光るコアを露出させ、それを砕く。途端に、あれほどの巨体を誇ったネウロイは自壊し、周囲に白く光る破片を振りまく。
「みたか! ネウロイ…」
だが、勝ち誇った彼女の表情はすぐに驚愕へと変わる。
瓦礫で埋もれた道の真ん中に、見知った少女が立っていたからだ。
世界でたった一人の家族――
「……クリス!」
バルクホルンは、そこでハッと目が覚め、跳ね起きた。
「…………」
彼女の視界には、先ほどの光景はなく、必要最低限のものだけが置かれた部屋が、月明りに照らされていた。
「……夢―― か」
最近は見ることの少なくなった夢。なぜ今頃になってそんな夢を見たのだろうか?
(……あいつのせいか)
バルクホルンは、一人の少女を思い浮かべる。
宮藤芳佳――。扶桑から坂本がスカウトしてやってきた彼女は、たった一週間でストライカーで、腕はともかく空を飛べるようになった。
だが彼女は、着任当初バルクホルンが差し出した拳銃を受け取ろうとせず、拳銃は必要ないと言い切った。
――甘い。
バルクホルンが宮藤に抱いた印象。
確かに戦火に直接晒されていない、もしくは晒されていなかった国の、しかもついこの前まで民間人だった彼女に、いきなり戦場の過酷さを教えるのは酷だ。仕方のないことだと理解はしている。だが早くこの甘さを拭えねば、遅かれ早かれ必要以上に傷ついてしまうだろう。
バルクホルンは、以前宮藤が言っていた言葉を思い出す。
(みんなを助けられるように、頑張ります!)
「……そんなのは、夢物語でしかない」
バルクホルンは、小さくつぶやいた。