異世界ハルケギニア。
一万年以上の歴史をもつこの「世界」には宗教にもなっている伝説がある。
6000年前に降臨した「始祖ブリミル」がその強大な魔法により、エルフなどの現住生物の支配から、
人間の世界を打ち立てたという伝説が。
その「始祖ブリミル」が使用した魔法が「虚無」。
その「始祖ブリミル」が使役したのが4人の使い魔。
ひとつ、「ガンダールヴ」
左手にルーンが現れる「神の盾」。
あらゆる武器の知識をもち、あらゆる武器を使いこなすという。
ふたつ、「ヴィンダールヴ」
右手にルーンが現れる「神の笛」。
あらゆる獣を乗りこなし、あらゆる獣を操るという。
みっつ、「ミョズニトニルン」
ひたいにルーンが現れる「神の頭脳」。
あらゆる魔道具の知識をもち、あらゆる魔道具を使いこなすという。
最後に、「リーヴスラシル」
左胸にルーンが現れる「神の心臓」。
その能力は謎に包まれ、現在に伝承されていない。
しかし、何者かの「器」になる残酷な運命をもつという。
4人の「虚無の使い魔」。
先日行われた魔法学院での召喚の授業は伝統ある神聖な儀式であった。
通常なら幻獣を召喚する。人間は召喚しない。
人間の召喚は「始祖ブルミル」の御業だからだ。
しかし、ルイズは異世界の少年「才人」と謎の青年「凱」を召喚した。
それを見、聞いた人々は伝説を思い出したはずだった。
「虚無の魔法使い」の再来を。
しかし、それを行ったのは魔法を失敗してしまう少女「ゼロのルイズ」だった。
人々は伝説の可能性を無意識に否定した。
しかし、「ガンダールヴ」の名前まで聞いた人々は否定できるのだろうか。
伝説の再来を。
遠くの場所を映す「遠見の鏡」を見つめる二人の影がため息をついた。
■第04話「光届かぬ世界」 A
ルイズは熱くなっていた。
頭に血が登っていた。
ギーシュの魔法による青銅の女騎士「ワルキューレ」で才人を攻撃されたから。
それもある。
貴族に立ち向かうのが無謀だと言われた。
その言葉が昨晩の魔獣に立ち向かおうとした自分にも当てはまるからでもある。
無謀でなにが悪い、と思った。
動かないよりはいい。もし、その行動がほんとに無謀なら、後で反省すればいい。
死なないで、生き延びられれば。
たとえ死んだって、貴族としての行動として間違っていない。
領地を姫様からあずかり、その土地と平民を守るために闘う。
ルイズの心にある「貴族」としての誇りだった。
魔法が使えるのが「貴族」ではないのだ。
そう信じていた。
自分の使い魔の危機なら、その主人である自分も闘う。
地面に突き刺さった剣に手をかけたのは、自分に抜けると思ったからではない。
そこに、剣があったからだった。
ルイズは剣を抜いた。そして、剣は抜けた。
何人も抜こうとして、抜くことができなかったという剣。
ルイズは剣を抜けた事に、なんの感情も持たなかった。
ただ、才人に剣を渡そうと思った。
「サイト、この剣を使いなさい!」
その瞬間、ルイズの頭に響いたのである。
「破壊神は敵なり。刺客の力となり、殺すべし」
あの声が。
そして、剣が光り、凱に向けて飛んだ。
剣の柄を握る手はすいつくように剣につき、離れなかった。
そのまま剣に引きづられ、ルイズにはなにもできなかった。
そんな状況を救ったのは才人。
また、才人に助けられたのだった。
ルイズはなにもできなかった事に、またなにもできなかった自分に腹を立てた。
悔しい。あたしは魔法を使えない。その上、貴族として行動もできない。
そして知性を持つ剣と才人が会話する中で聞いたのだ。
ガンダールヴ。才人がガンダールヴ?
始祖ブリミルの使い魔であり、あらゆる武器を使いこなすと言われる伝説の?
なんであたしがそんなのを召喚したの?
そういえば、人を召喚したなんて話は聞いたことがない。
そう。始祖ブルミルの伝説以外には。
どうして?
そんな悩みで頭がいっぱいだった、その瞬間。
ルイズは凱の叫びを聞いた。
言葉の意味はわからなかった。しかし、自分の危機を伝える叫びだと理解した。
「な、なに?」
振り向いた目の前にはさっきまでサイトとギーシュの決闘を見物していた観衆がいた。
その情景が歪んだ。ぐにゃりと色が混ざり、徐々に色づいてくる。
赤黒い、見上げるほど大きい物がそこにいた。
牛でも飲み込めそうな横に裂けた口。
ヌメヌメとした肌。
イボがいくつもついた背中。白いぬらりとした腹。
水かきがついた前足、筋力を秘めた折りたたまれた後ろ脚。
口の上の巨大な2つな目がギョロリとルイズを見た。
カエル。いや、こんな巨大なカエルがいるものか。
ルイズは目の前の光景を否定した。
しかし、逃避するルイズを無視して、カエルの巨大な口がぱっくり開いた。
ルイズは光沢のあるピンクの舌が自分に伸びて来た瞬間を見た。
その舌が自分の身体に巻きついたと理解した瞬間、ルイズの視界は真っ暗になっていた。
なにも見えない。舌が絡まって身動きできない。
でも、感じる。生暖かい肉の壁。生臭い匂い。身体がぬるぬるとした粘液にまみれていく。
下半身は動く。感じる空気が上半身と違う。
あははは。
そ、そんなうそ。
そんなのうそよ。あ、あたし、か、かかかかカエルに。
ぐいっと身体が引きこまれたと思った瞬間、脚にまで生暖かい感触がする。
ぐにゃぐにゃした肉の壁があたしを圧迫してくる。
あたしを暗闇の奥へと押しこもうとしてくる。
い、いや!
いやだ、そっちに行きたくない!
やだ、やだよ。
かえる。かえるにたべ、たべ、食べられてるの?
そんなのやだよ。
た
たすけて
誰か、たすけて
あ、あた、あたしをたすけて
いやあああああああああああああ!
誰か!
サイト!!
サイト、たすけて!
観衆のど真ん中に、突然、巨大なカエルが出現した。
いや違う。
凱は理解した。この巨大なカエルはこの場所で潜んでいたのだ。
体色を変え、気配を断ち、身動きひとつせずに。
この巨体で。
凱にさえ気配を悟られずに。
カメレオンとカエルの合成、キメラなのか。
そう思うと同時に凱は身体を動かしていた。
巨大なカエルの口からルイズの下半身が出ている。紺のプリーツスカートから
紺のサイハイソックスの細い脚がバタバタと動いていた。
脚が動くたびに白いパンツが見えたが、広場の学生達はそれどころではなかった。
突然、出現した巨大なカエル。そのカエルにルイズが食われた。
巨大カエルの巨大な眼球がひっこみ、まぶたが半分閉じると、くいっと空を見上げた。
その動きで、口から出ていた下半身が口の中に消え、ルイズが丸呑みにされてしまった。
カエルの胎内からルイズの悲鳴が聞こえる。
あまりに凄惨な光景に金縛りにあっていた学生達が、ここでやっと反応しだした。
「う、うわあああああああ!」
「る、ルイズが食われた!」
「か、カエル、なんだこのカエル!」
「しぬしぬ、しんじゃうー!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出す魔法学院の生徒たちを避けながら、怪物に立ち向かう者がいた。
「ルイズ!」
才人である。
手にしたロングソード「デルフリンガー」を振り上げる。
これがガンダールヴの力なのか、身体が軽い。剣の重みも感じない。
しかし、今の才人にはそれを感じる余裕は無かった。
ルイズを助ける。
カエルが苦手で、俺の背中で怯えていたルイズ。
カエルが嫌いなのに、カエルに飲み込まれるなんて。
あまりにもルイズが可哀想で、ギーシュと決闘しようとしていた事などすっかり忘れていた。
巨大カエルの背中に斬撃を加える。
自分でも信じられないほど速い斬撃だった。
しかし。
剣がカエルの表面の粘液ですべってしまった。
「な、なんだこのヌメヌメ!」
「才人君!」
いつのまにか凱がカエルの正面に来ていた。
「おおおおお!」
凱は雄叫びと共にカエルの巨大な口に右手を突き込んだ。
肩まで突き込んだ時、
「脚をつかんだ!」
粘液と肉の向こうでルイズの細い脚をつかんだ事を確認した凱は、そのまま引き出そうとした。
その瞬間だった。
巨大カエルが突然光りだしたのである。
「なにっ!?」
カエルが首を振ると、凱は振りはらわれ、火の塔の壁に激突した。
なんとか受け身をとったが、右手が肩から外れていた。
凱は壁に肩を当て込んで、無理やり肩の関節をこじ入れた。
痛みを感じるのは後だ。今はルイズを救わなければならない。
凱が再びカエルを見た時、発光が収まってきたところだった。
赤黒い体色の皮膚は黄色い金属に似た物に変わっていた。
ヌメヌメとした表面はさらに流れるような液体で覆われていた。
そして。
その背中に。
才人はそれを見て愕然とした。
しくしくしく
巨大カエルの背中にルイズの顔が浮き出ていたのだ。
本物の顔ではないようだが、ひたすら泣き続けるルイズの顔がそこにあった。
逃げ惑う観衆をかきわけ、キュルケとタバサが広場に来ていた。
決闘などとは違う、異常な事態を感じて来たのだった。
そこで、タバサは見た。
普段、無表情なタバサだった。
しかし、そのメガネの奥の大きな目が見開いている。
一瞬で身体中を冷や汗が流れだすのを感じていた。
タバサには怪物の背中に顔が浮かび上がる、その光景に憶えがあったのだ。
「…キ、キメラドラゴン…」
キメラドラゴン。
タバサがガリア王族を追われ、最初の任務として与えられたのが、キメラドラゴン討伐だった。
ガリア王国にある「ファンガスの森」。そこには数年前まで魔法生物を研究する塔が建っていた。
様々な生物をかけあわせ、合成獣(キメラ)を作る研究所だった。
しかし、その研究所はみずから作成したキメラによって崩壊したのだった。
巨大なツノをはやしたヒヒ。四本の腕を生やした熊。
研究所から逃げ出したキメラによって危険地帯となった「ファンガスの森」。
そこを支配する主がいた。
それがキメラドラゴンであった。
ただでさえ強力な火竜に様々な獣を合成したそれは、もはや通常の生物とは言えない魔獣だった。
その巨体には、食べた獲物の顔が身体に浮き出すのだ。
その無数の顔が泣くのだ。
貪り食われた事を悲しむように。恨むように。
タバサはそこで思いついた。
昨日の馬の首のオーク。あれもキメラだったのだ。
と、すると。
目の前のキメラドラゴンと同じような特性を持つ、この巨大なカエルもキメラなのだろう。
と、すると。
裏に潜む者が頭に浮かび、タバサは吐き気とともに怒りを覚えた。
みんな、わたしの巻き添え。迷惑をかけている。
ごめんなさい。
まずは、あのカエルに飲み込まれたルイズを助けなければ。
そして、わたしはこの学院を去る。
そう、タバサは決心した。
自分の身長よりも長い杖に力を入れ、ウィンディアイシクルの魔法を唱えようとした。
その時であった。
空から落ちてきたのである。
黒々とした膝を折り、音もなく着地したそれは異様に身体が細い昆虫のような姿をしていた。
いや、昆虫であった。
頭は蟻。長い触角と大きな牙。しかし、それは二足歩行して直立していた。
蟻のキメラだった。
「な、なんだこいつ!」
才人が巨大カエルの他に突然現れた異形を見て思わず言った。
早くルイズを助けなければならないのに、まだなんか来るのかよ!
その通りだった。
蟻だった。
蟻のキメラが無数に降りてきた。
それは豪雨のように。
広場はたちまち黒い二足歩行する蟻で埋め尽くされていた。
20匹はいるだろう。
才人の周りにも蟻が包囲するように着地していた。
才人の背中に冷や汗が流れる。
ルイズを救い出す。でも、もう、それどころじゃないのかもしれない。
これは軍隊。そう軍隊蟻を思わせた。
その蟻の数匹が突然、吹き飛ばされた。
吹き飛ばしたのは青銅の女騎士の人形だった。
「な、なんだ平民君。怖気付いたのかい?」
続けてバラの杖を口につけながら、ギーシュが駆け寄ってきた。
ギーシュは逃げなかったのだ。
そして、その後ろにモンモランシーがいた。
二人共、震えていた。
怖いんだろう。そりゃ怖い。怖くて当たり前だ。
「なんだよ、びびってんのかよ貴族さん」
「怖いさ。あたりまえだよ。でも、逃げないさ。君に負けられないからね」
才人は脚をガクガクさせながら、それでもキザに言うギーシュを見て笑った。
なんだ、こいつ、案外いいヤツじゃん。
「キザ野郎」
「なんだい、平民君」
「後できっちりケリをつけるぞ」
「ああ、いいよ。生きてここを抜けれたらね。それよりルイズをきっちり助けたまえ」
「ああ、当たり前だ!」
才人が雄叫びを上げて巨大カエルに突進する。
前を塞ぐ蟻人間を切り払おうとした。
しかし。
「…え!?」
タバサは突然降ってきた蟻人間が自分を襲ってくると思っていた。
ルイズを救出し、友人のキュルケを守らなければ。
そう決意した時、異変に気がついた。
蟻人間が動いたのだ。
全員が同じ方向を向いていた。
そして、その方向へ一斉に進みだした。
それはまさに軍隊蟻の行進。
はばむ者はたちまち骨だけにされてしまう恐怖の軍隊蟻の行進。
それが向かう方向は。
獅子王凱。
無数の蟻人間は一斉に凱を襲った。