気がつくと、何処か見覚えのあるような森の中にいた。
地面まで日光は届かず、ジメジメとした空気が私の身体にまとわりつく。
魔法の森。
そう呼ばれる場所に私は立っていた。此処が魔法の森だということはわかる。
けれども――
「どうして私は此処にいるんだ?」
これは少しばかり考える必要がありそうだ。
ジメジメとした地面に座り込み、うんうんと考え事をしてみる。
生きとし生けるものには皆、寿命と言う厄介な存在がついてくる。それは人間だけではなく、長さが違うにしろ紅魔の主である吸血鬼や、山の天狗達にだって存在するはず。
竹林に住んでる奴らみたいな例外も存在するが、アイツらは別だ。
例に漏れず、私だってその寿命を持っていた。
種族としての魔法使いになれば、寿命は伸びただろうけど私はそれを拒んだ。
何処かのボロっちい神社に住んでいるあの紅白巫女に、人間の姿のままで勝ちたかったから。そんなちっぽけなプライドが、種族を変えることを拒絶した。
結局、私はアイツには勝つことができずそのまま寿命を迎えた。そんな人生だった。
自分でも不器用だとは思う。けれども悪くはない人生だったとも思う。
そう私は死んだはずなのだ。意外と悪くない人生だったな。なんて思いながら静かに死んだはずなんだ。
――じゃあ、何故私は此処にいる?
あの花の異変で出会った閻魔曰く、もし私が死んだときは舌を抜かれると言われた。その時のために、もし抜かれても大丈夫なよう予備の舌を準備したこともあったっけかなぁ。
しかし、舌なんて抜かれていない。もしかしたら、予備の舌が抜かれたのかもしれないが、たぶん違う。そしてむしろ、老いからきていた節々の痛みや、身体の重さなんかも感じない。
これではまるで若返ったみたいだ。
ん……つまり、そう言うことなのか?
何があったのかはわからないが、寿命を迎えたはずの私は若返って戻ってきた。つまり、そう言うことなのか?
ただの推測でしかないが、ふむ、どうやらこれはなかなかに面白いことが起きたらしい。
さて、考えていても始まらない。そろそろ動き出さないと。
普通の人にとって魔法の森ってのは、決して足を踏み入れようとする場所ではないだろう。日の光が届かず暗い景色。幻覚作用を引き起こす茸の胞子。ジメジメとした空気は不快感を際立てる。
それでも私は長年此処に住んでいた。魔法使いとして、化茸から魔力を高めるために。
何年も住んでいれば、自分がどの場所にいるのかくらいすぐにわかる。
どうやら此処は私の家からはそう遠くない場所みたいだ。とりあえず、家へ戻るとしよう。
愛用の箒もなかったため、仕方無く歩いて帰ることに。
そして見つけた自分の家……らしき物。
場所は合っているはず、家の形も私の知っているのと非常に似ている。
けれども、家の前にパンジーやガザニアなどの花など植えた覚えもないし、そもそもこんなに綺麗ではなかった。
もっとこう……ごちゃごちゃしていたはずなんだ。
「これ誰の家だよ……」
そして見つけた表札。
そこにはこんな文字が
『魔理沙の家だぜ』
私の家だった。
……いや、違う。違うぞ。私はこんな表札を作った覚えはない。
それに『霧雨魔法店』の看板も見当たらない。どういうことだ? 何があった?
「……お、おじゃまします」
あまりそう思いたくないが、此処は自分の家。お邪魔する必要もないが、何故か言わなければいけない気がした。
そんな家の中の様子も私の知っているそれとは違った。
脱ぎ散らかされている服はなく、家具は整頓され、実験器具も散らばっていない。そしてベットの上には沢山のクマのぬいぐるみ。誰の家だ。
一度外に出る。
表札が目に付いた。
『魔理沙の家だぜ』
私の家だった。
……ちょっと待て。なんだこれは。異変が起きたのか?
なんだ? どうすれば良い? レミリアか? とりあえずレミリアをぶっ飛ばしに行けば良いのか?
いや、一度落ち着こう。きっとレミリアをぶっ飛ばしたところで何も変わらないのだから。ストレスは発散されても異変は解決しないのだから。
私の家らしき物の中へ入り、被っていた帽子を脱ぎ捨てベットに腰掛けて、クマのぬいぐるみを抱きしめながら、今の状況をもう一度考えてみる。うん、これはなかなかのモフモフ具合だ。
私は一度死んだ。
そのことは確かなはず。しかし今は生きている。しかも若返った形で。そして、魔法の森や私の家があることから此処は幻想郷なのだろう。そのことも確かなはず。
じゃあ、何故私の家がこんな可愛らしい家になったんだ? それに、そもそも何故私は生き返った?
――ダメだ、さっぱりわからん。
考えることを一度諦めベットに倒れ込む。ベットは沈みぎしぎしと軋む音がした。今日もベットのスプリングはちゃんと働いてくれているらしい。
異変……なんだよな。正直それ以外は考えられない。しかし、誰が起こした異変なのかはさっぱりわからない。
異変解決と言えば博麗の巫女に頼むのが一番ではある。けれども、莫迦みたいに強かったあの巫女。まぁ、博麗霊夢は私よりも早く死んでしまった。後代の巫女に頼むのも良いが、アイツ、頼りないしなぁ。
ん~……それでもとりあえず行ってみるとしようか。もしかしたら、私の家以外にも何かが起きているのかもしれないのだし。
スカートの内ポケットに八卦炉があることを確認。投げ捨てた帽子を手に取って家を飛び出る。思い立ったら吉日。即決即断。動くなら早い方が良いに決まっているのだ。
何故かリボンが巻かれ、可愛らしくデコレーションされている箒に跨り、私は博麗神社を目指して飛んだ。
博麗神社。
幻想郷の東の端にソイツは建っている。参拝客など滅多に来ることはなく、なんとも寂しい神社。少し昔までは、いつも妖怪がいる賑やかな場所だったんだけどな。まぁ、それも昔の話だ。
そんな昔、なんとも珍妙なデザインの紅白服を着た一人の巫女がいた。名前は博麗霊夢。いつも気怠そうな顔をしている奴だった。
修行だって碌にしていないはずなのに、アイツは莫迦みたいに強くて、どんな奴にも弾幕ごっこでは負けることがなかった。
私も一度くらいは勝ちたかったんだけどなぁ。それも今では叶わぬ願いとなってしまった。
人気の感じない境内に降り、今代の巫女を探す。真面目で良い娘だとは思うが、少々硬すぎる奴。霊夢ほどになれとは言わないが、もう少しくらい手を抜いて生きれば良いのにな。
ああでも、いきなり会ったらアイツも驚くか。身長も少しばかり縮んでいるし、見た目だってかなり若くなっている。そして何より、死んだはずの人間がいるのはおかしい。
まぁ、会わないことには仕方が無いか。
なんて声をかければ良いのか考えながら、いつもの縁側へ向かう。
天気も良いことだし、きっとお茶でも飲んでいるだろう。私の分も用意してもらおうかな。今はお茶が怖い気分だ。
そして、その縁側へ行くとそこには今代巫女――ではなく、あの博麗霊夢がのんびりとお茶を飲んでいた。
えっ……何故、霊夢が?
「あら、お客さん? 珍しいわね」
私とは違う黒色の髪に、珍妙な紅白の服。そして、聞こえてきたものは霊夢の声だった。昔に聞いた声と何も変わっていないあの声だった。
「えと……初めて見る顔だけど、あんたは誰かしら?」
どうやら、私の考えていた以上に大変なことが起きているらしい。
そして、この少しおかしな幻想郷でのお話は、此処からが始まりだったんだと思う。