もう色々と変わりすぎているせいで、なんだか面白くなってしまった幻想郷。
「……弾幕ごっこのない幻想郷、か」
通い慣れたと言っても良いような場所を目指しながら、無意識のうちに私の口からぽそりと言葉が落ちた。あと、所々に飾られているこの大量のぬいぐるみは誰が用意したんだろう……
何が原因でこうなってしまったのかはわからない。そして、この少しおかしな幻想郷で私はどうやって生きていくつもりなんだろうな? 未来なんて誰にもわからないけれど、今の私には想像することすらできやしない。
「さて、それじゃ、あの引きこもりの顔でも見てくるとしようか」
私の知っているソレと比べ、随分と可愛らしく装飾されてしまっている扉を開け、魔女の住む大図書館の中へ。
「なるほど、此処はこうなっているのか……」
私の知っているこの場所はいつも薄暗く、風通しが悪いせいでジメジメとした空気が溜まるあまり居心地の良い場所ではなかった。莫迦みたいに広い此処は本人だってわかってないんじゃないかってくらいの量の本があり、その本が詰まった本棚は私より何倍も高く伸びていたはず。
そんな場所にいるものだから、アイツも病気が良くならないのだとよくよく思っていたものだ。
此処はそんな場所だったはず。
そうだと言うのに、まるで太陽光でも差し込んでいるじゃないかってくらい明るいし、魔法でも使っているのか心地よい風が吹き抜ける。乱雑に詰め込まれていた本は分類ごと整頓されているらしく、これなら私もどの本を盗めば良いのかわかりやすい。どこだよ、此処。
そんなあまりにも変わりすぎてしまった景色に圧倒され、暫くの間動くことができなかった。それくらい驚いたのだ。
ポカンと口を開け、ただただその景色を眺めていると、パタパタとその小さな羽を動かしながら魔女の使い魔が私の近くへ飛んできた。
そして、その使い魔は私がいたことに酷く驚いたのか、私を見るや急に方向転換。見ていて心配になるくらいの慌て様で何処かへ飛んでいってしまった。
なんだかなぁ……あの使い魔のことは私も知っているが、私を見つけると容赦なく妖弾を放ってくる奴だった。てか、一応お前だって悪魔なんだから急に知らない人間が出てきたくらいで驚くなよ。
う~む、しっかし、此処も随分居心地の良い場所となってしまったな。誰が使うのか知らんが机や椅子はちゃんと用意されているし、観葉植物みたいなものも置いてある。これじゃあ、あの魔女だってどう変わってしまっているのかわかったものじゃない。
「あっ、あ……お、お客さん?」
さて、これからどうしたものか悩んでいると、小さな小さな声が私へ届いた。それは聞きなれた声であったけれど、私の知っているソレよりもずっとおっかなびっくりと言った感じで、なんだか心配になってくる。
その声が聞こえた方を向くと、やはり見慣れたあの姿。パチュリー・ノーレッジが其処にいた。ただ……やっぱり私の知っているパチュリーとはなんか違う。まとっている雰囲気とかそう言うのが。
そのパチュリーは私のことが怖いのか、身体の半分を本棚で隠し、今はその顔だけを私に見せている。いや、いきなり襲ったりとかしないから、大丈夫だから。
「よお、私は霧雨魔理沙って言うんだが、お前はなんて言うんだ?」
私がそう声をかけると、何が怖いのか知らんがパチュリーはびくっとその身体を震わせた。あのパチュリーがこんな様子じゃ調子が出ない。
誰だよお前。
「……ぱ、パチュリー・ノーレッジよ」
ああ、うん。そうだよね。パチュリーだよね。
う~ん、正直、こんなことになるだろうなぁと思っていたけど、パチュリーがこんな様子じゃやっぱり調子が出ない。弾幕ごっこでも始めようものなら泣き出しそうだし。それはそれでも見てみたい気もするが。
「そ、それで……魔理沙は何の用事があって来たの?」
「ああ、うん。紅魔館へはたまたま寄ってみたんだ。それで紅魔館の中を見て回っていたら此処を見つけて、ちょいと覗いてみたら面白そうだから入ってみたんだよ」
本のいくつかくらい借りていこうかと思っていたが、そんな気も失せてしまった。それにこのパチュリーならなんか普通に貸してくれそうだ。
「えと、じゃ、じゃあ、魔理沙はお客さん……なのかしら?」
「あー……まぁ、そう言うことになるかな」
私がそうやって答えると美鈴や咲夜のときと同じで、パーっとパチュリーの表情は明るくなった。
「あっ、お、お茶。お茶出すから座って、座って」
本棚で隠していた身体も漸く現れ、元々用意してあった椅子をポンポン叩いて私に座るようパチュリーが言った。
別に悪いことなんて何もないし、これはこれで嬉しいが……やっぱり調子は出ない。だって、パチュリーがお茶を用意してくれたことなんてないもん。
「ああ、じゃあお願いするよ」
とは言え、断るのも申し訳ないので椅子へ座ることに。
しっかし、美鈴と言い咲夜と言い、このパチュリーと言いお客さんが来てそんなに嬉しかったのか。私の知っているアイツらからはそんなこと想像できやしない。主に此処の主のせいで。
私が椅子へ座ると、パチュリーは安心したのかほっとひとつ短く呼吸をしてから、私にちょっと待っているように言い、バタバタと慌てるように奥へ行ってしまった。
先程、咲夜もお茶を用意してくれると言っていたが、そっちはどうしようか。それに目的からどんどん離れていっている気が……ま、まぁ、焦らずのんびりいくとしよう。どれくらいの時間があるのかは知らんが、今は焦ったところで上手くいく気がしない。
パチュリーが戻ってくるまでの間暇だったため、机の上にあったクマのぬいぐるみをもふもふしていた。私の家にあったぬいぐるみもなかなかのもふもふ具合だったが、このぬいぐるみはそれ以上のもふもふ。そして何よりクマ可愛いよ、クマ。
そうやって暫くの間、モフっていると使い魔と共にパチュリーは戻ってきた。
図書館内に吹く風に乗って紅茶と焼き菓子と思われる香りが私まで届く。そう言えば、この世界へ来てから何かを口にしたことはまだない。小腹も空いてきたことだしこれは有り難いな。
「えと、咲夜ほど美味しくできないけど、どうぞ」
私の前にティーカップと焼き菓子の乗ったお皿を置きながらパチュリーはそう言った。
「……これ、お前が作ったのか?」
「えっ、う、うん。そうだけど……あっ、もしかして嫌、だった?」
パチュリー、お菓子なんて作れたんだ……
私の中にあったパチュリーのイメージは、見事なクラウチングスタートを決め、ものすごい速さで何処かへ走り去ってしまった。
「いんや、まるで売り物みたいに綺麗だったからちょっと聞いてみたんだよ。ありがたくいただくよ」
私がそう答えると、不安そうだったパチュリーの顔は再び明るくなった。ただ、褒められたことが恥ずかしかったのか、その顔は少々赤く見える。
とりあえず、用意してくれた紅茶を一口。爽やかな香りが鼻を抜け、口の中にはほんのりとした苦味が残った。その僅かにある苦味が甘い焼き菓子と合い、なかなかに美味しい。
私もあの人形使いの家でよく紅茶を飲ませてもらったが、紅茶の種類とかそう言うことはよくわからなかった。ただ、まぁ、美味しく飲めればそれが一番なのかもな。
「うん、美味しい」
「ホント!? それは良かったわ」
私の言葉を受け、パチュリーは可愛らしく笑った。
それは私の知っているパチュリーとは全然違うものだったけれど、これはこれで良いのかな、なんて思ってしまう。
「そう言えば、お前は此処で何をやっているんだ?」
私の言葉を聞き、漸く安心してくれたのか、ちびちびと紅茶を飲むパチュリーに聞いてみた。
図書館のこの明るさや風のことを考えるに、この世界のパチュリーだって魔法使いなはず。このパチュリーじゃちょっと弾幕はできそうにないが、色々と聞いてみたい。
ただ、私も含め魔法使いってのは他人へ簡単に自分のことを喋ったりしない。パチュリーなんて特にその気が強かったし。
「えと……今はぬいぐるみをよりモフモフにする研究をしているわ」
普通に教えてくれた。
あと、なんだよその研究。意味はわかるが意味わからん。
「ああ、うん……そうなんだ。それは……まぁ、頑張ってくれ」
パチュリーがこの様子じゃあの吸血鬼の姉妹はどうなっているのやら……