「魔理沙も魔法の研究をしているの?」
最初に出会った時は随分とビクビクしていたパチュリーだが、ようやっと心を開き始めてくれたのか、ちゃんと会話ができるくらいまでにはなった。
このパチュリーは私の知っているパチュリーとまた違うが、もうこれはこれで良いのかもしれない。まぁ、相変わらず違和感がすごいけど。
「ああ、そうだな」
パチュリーの入れてくれた紅茶へ口をつけつつ、そんな雑談。
そして、私が魔法を扱う者だと知ると、やはりパチュリーの顔は明るくなった。ホント、可愛らしい笑顔なことで……
「それじゃあ、魔理沙はどんな研究をしているのかしら?」
ん~……どんな研究と聞かれてもなぁ。
私は基本、魔法の森に生えている化け茸を使って魔力を生み出している。だから、茸次第の研究となってしまうんだ。研究なんてそんなもんな気もするが、上手くいかないことの方が多い。
「茸から魔力を生み出す研究……かな」
私がやっていることは占いみたいなものだと思っている。だから当たるも八卦、当たらぬも八卦。そんなもんだ。
「キノコから……そんなことできるの?」
「魔法の森には色々な化け茸があるからな。ソイツらを使うんだ」
魔法の森から茸を採取し煮詰め、乾燥させ、混ぜ合わせる。効力は完成してのお楽しみってところ。
「そうだったの。初めて知ったわ。ただ、私じゃできそうにないわね」
いや、お前はそんなことしなくても魔力には困らんだろ。私は人間だけど、パチュリーは魔法使いなのだから。種族の差ってのはそれほどに大きい。
私も種族としての魔法使いになろうと考えたことはあるが、やっぱり人間のままアイツに勝ちたかった。結局私は勝てないまま死んでしまったが、そのことを後悔してるわけじゃない。それにまたこうやってチャンスを掴むことができたんだ、それだけで十分だろう。
その後もパチュリーと他愛ない会話をのんびりと続けた。
私もまさかパチュリーとこうやって過ごす日が来るとは思っていなかったため、なんとも新鮮な気分だ。それに、クルクルと楽しそうに笑いながら会話をするパチュリーは、見ていてなかなか飽きない。それはこのパチュリーにとって当たり前のことだろうけど、私にはやっぱり新鮮に感じた。
そうやって会話をしていたところで咲夜が登場。
「あら? ふふっ、そろそろ良いかと思い、呼びに来ましたが、パチュリー様が既におもてなししていたんですね」
ああ、有り難くいただいているよ。
薄暗くなく、ジメジメともしていないこの図書館で飲む紅茶はなかなかに美味しい。やはり雰囲気ってのは大切なんだな。
「そう言えば、まだお名前を聞いていませんでしたね。私は十六夜咲夜と申します。此処、紅魔館でメイドをやっている者です」
ああ、そうか。咲夜にはまだ名乗っていなかったな。ちょっと混乱していたせいで、そんなこともすっかり忘れていた。
「私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ。よろしくな、咲夜」
一応、今も魔法は使えるみたいだし、この自己紹介で良いと思う。ただ、その魔法を使うときは来るのかはわからない。弾幕ごっこでもやれば披露できるんだが。
「はい、今日はようこそ紅魔館へ。歓迎します魔理沙様」
む、むぅ……この咲夜の対応はなんともこそばゆい。私の知っている咲夜とギャップが大きすぎる。
「さて、そろそろお嬢様も起きる時間だと思います。せっかくですので、お嬢様と会っていただけませんか? お客様が来ることなんて珍しいので、お嬢様も喜びますし」
ああ、それは此方からお願いしたいくらいだよ。
そもそも此処へ来た理由は、レミリアに異変を起こしてもらおうと思ったから、と言うもの。ただ、この紅魔館の奴らを見るに、なんかダメな気がする。
「了解。それじゃあ、そのお嬢様のところへ案内してもらえるか?」
「ありがとうございます」
良い笑顔で言葉を落とす咲夜。その笑顔は私に眩しすぎる。
さてさて、この世界のレミリアはどんな奴なのやら。
それから、もう少しだけお喋りをしてから、咲夜に連れられレミリアの元へ向かった。
相変わらず紅魔館の中は広く、パチュリーのいる図書館からレミリアの私室まではなかなかの距離がある。こんなに広いんじゃあ掃除だって大変だろうに。
そして、ようやっとレミリアの私室と思われる場所に到着。あの図書館の入口もそうだったけど、レミリアの部屋の扉もまた可愛らしく装飾されていた。『レミィのお部屋』と書かれた札とかぶら下がってるし。それで良いのか妖怪最強種……
「お嬢様、お客様をお連れしましたが、中へ入ってもよろしいでしょうか?」
コンコンコンと3回扉をノックしてから、咲夜はそんな言葉を落とした。
その咲夜の言葉を受け、部屋の中から
――うん、いいよ。
なんて声。
随分とやりとりが軽い。私の知っているレミリアはもっと……ああ、うん。こんなもんだったかも。なるほど、レミリアはどの世界だろうとレミリアなのか。流石は妖怪最強種だ。
「それでは魔理沙様、中へどうぞ」
「あいよ」
さて、レミリアとはどんな会話をしたものか。まぁ、何をさせるにしても、まずはこの世界のレミリアがどんな奴なのか知る必要があるんだけどさ。
「あっ、ちょ、ちょっと待ってください」
「うん? どうしたんだ?」
中へ入ろうとしたら咲夜に止められてしまった。
「えと、お嬢様ですが……その、ちょっと見栄っ張りと言うか、カッコつけたがると言うか……つまり、あることないこと色々言ってしまうと思います」
うん、そうだな。俺の知っているレミリアもそう言う性格だった。500年以上も生きているはずなのに、幼子みたいに見えるときすらある始末だったし。やるときはやる奴なんだが、やらないときはアイツ本当に酷いからなぁ……
「ですが、根は優しい方ですし、悪気があってやっているわけではないはずです。ですので、何かを言われてもどうか多めに見ていただけると……」
「心配すんな。ちょっと言われたくらいで腹を立てる性格はしていないよ」
昔は尖っていた時もあったが、私も流石に多少は丸くなってしまった。それを残念に思う自分がいたりするけれど、それも仕方の無いこと。だから安心してほしい。
「そう言っていただけると……すみません、止めてしまって」
「いいよ。気にすんな」
私のいた世界の咲夜はレミリアの我が儘に振り回されつつも、それをさらりと受け流すような奴だった。でも、この世界の咲夜じゃそんなことできそうにない。真面目なのは良いと思うが、ほどほどにな。
そんじゃ、改めて中へ入るとしようか。
そう言えば、レミリアの私室へ入るのは初めてかもしれん。なんて思いつつ可愛らしい扉を開け、部屋の中へ。
部屋の中へ入りまず見えたのが、デフォルメされたレミリアとフランドールの大きなぬいぐるみだった。そのぬいぐるみはふたりが手を繋いでいるのかのように置いてあり、大きさは私の身長と良い勝負。
あのぬいぐるみにもパチュリーの魔法がかけてあるのだろうか……
「ふふん、よく来たわね、人間。歓迎するわよ」
そして、そんなレミリアの声。
ああ、良かった。私の知っているレミリアだ。咲夜とかパチュリーのことがあったからちょっと心配だったんだ。
「ああ、お邪魔してるぜ。私は霧雨魔理沙って言うんだ。お前は?」
「レミリア……レミリア・スカーレットよ。此処、紅魔館の主をしているわ」
そう言ってレミリアは胸を張った。見ていて微笑ましい。
多分、珍しくお客さんが来たから一生懸命頑張ってるんだろうなぁ。背伸びしているようにしか見えんが。
「それで……魔理沙は何の用事があって来たの?」
「ああ、いや。別に用事があったわけじゃないんだ。ただ、ふらりと立ち寄ってみただけだよ」
ふむ……このレミリアなら上手く誘導すれば異変を起こしてくれる気がするな。ただ、よくよく考えると、異変が起きたところで弾幕ごっこはできないし、あの霊夢だって動かないような……ま、まぁ、そんなこと起きたあとに考えれば良いか。
「それでだな、レミリア」
「どうしたの?」
私が言葉を落とすと、コテリと首を傾げられた。その姿にはカリスマも何もあったもんじゃない。もう既にボロが出始めている。いや、もう少し頑張れよ。
「え、えと、お前って霧……あー、紅い霧を出すことできるか?」
どうにも記憶は曖昧だけど、あの紅い霧の異変はレミリア自身が霧を出していたはず。
「うん、できるよ」
よし、とりあえず第一段階はクリアだ。
たださ、レミリア。もう少し威厳のありそうな口調にしたらどう? お前、何のために最初格好つけたんだよ。
「そうか。それは良かったよ。んで、だな。その能力を使って幻想郷を紅い霧で覆ってみないか?」
そうすればあの時と同じように異変となるはず。それからどうなるのか分からないけれど、まずは動いてみないと始まらない。
「えっ? で、でも、そんなことしたら皆困っちゃうわよ?」
……いや、まぁ、だって異変だもん。そりゃあ困る奴もいるよ。困る奴もいるんだが、どうせ直ぐに解決するから大丈夫と言うか、何と言うか……
「あ~……まぁ、そうなんだが、その……ほら、レミリアだって昼間、外を歩いてみたいとか思わないか?」
「うん、昼間は眠いもの」
……そうだよな、昼間は眠いよな。お前、吸血鬼だし。
ちくしょう、全然上手くいかないじゃないか。いや、なんとなくこうなりそうな予感はしていたんだ。でも、なぁ、ここまでとはなぁ……だって、あのレミリアだぜ?
さて、そうなってしまうと……どうしよう。少なくともこのレミリアに異変を起こさせるのは無理だろうし。
う~ん、異変のことは諦めるとして、じゃあ次は何をしたいかってことになる。このレミリアの様子じゃ弾幕ごっこだってしないだろう。面白いんだけどなぁ、弾幕ごっこ。
さて、異変はダメ。弾幕ごっこも無理。そうなると……
ああ、そっか。まだアレがあったか。
「じゃあさ、レミリア」
「うん?」
本当ならひと暴れしてからの方が良かったけれど、その暴れ方はまた今度考えるとしよう。
「お前、宴会って知ってるか?」