提督としての私自身は、まだ一人の轟沈も見ていませんけど。
宮城全土は敵の手に落ちた。
占領部隊が歩き回っているわけではないが、
自衛隊が進出しようとすれば必ず察知され、迎撃部隊がやってくる。
そして迎撃部隊として出てくるわずかな航空機と巨人兵器の前に自衛隊はほとんど歯が立たない。
理解できない電波妨害でシステムがことごとくやられてしまう。
性能をろくすっぽ生かせない状態に追いやられた戦闘機や戦車は、
案山子(かかし)同然に始末された。
それでも戦い続けていた。民間人を一人でも多く安全な地域へ逃がすために。
最初のうちは脱出してくる民間人の集団が多く見受けられたが、四日後にはそれも途切れた。
敵勢力が民間人を拘束し始めたのだ。幕僚達は無力のあまり壁を殴った。
自衛隊の正面戦力は枯渇しつつあった。
敵については、名前しかわかっていない。彼らは自らを Aegis Overload だとか、
Aegis Overload Luna と呼称していて、英語を使って話す。その程度が、やっとわかった。
内閣はこの敵を、テロリストである、として対外的に発表し、自衛隊に鎮圧を命じていた。
認めるわけにはいかなかったのだ。深海棲艦による制海権の喪失の上、さらに
敵性勢力により東北地方以北との陸路での連絡が絶たれたとなれば、経済的な混乱はどれほどか。
ショック死を避けるために現実から目を背け、それでも無視はしなかった。そういうことだ。
だが、艦娘属する鎮守府に、そんな命令は出ていない。
鎮守府はあくまでも深海棲艦の撃退のために設置された組織であり、
人間に砲を向ける法的根拠が存在しない。
法的には艦娘からして『害獣駆除の専門的な特殊技能保持者』であり、実は軍人ではなかった。
さらに言うなら『母国のない在日外国人』として人権を認められている
存在なので、絶対に軍人になれない。
ゆえに、『害獣駆除を国家からアウトソーシングされた公共企業体』
である鎮守府は軍事行動に参加できないのだ。
国家から潤沢な予算を回される花形公共事業ではあるが、
その目的は実のところ軍事とはまったく別のベクトルというわけである。
むろん、こんなことを意識して生活していたら士気が落ちること請け合いなので、
鎮守府自体は限りなく軍隊に近い組織と規律を設けて運営されているが。
ある日突然現れた、しかも人間とみなして良いのかもわからない怪人物達を頼りに
深海棲艦と戦うには、名を捨てて実を取る解釈をせざるを得なかったのは確かだ。
そして今、同じ人類が敵となったことで、それは破綻した。国会は紛糾している。
――強盗軍団が今まさに暴れまわっている最中にお前ら何やってんだ。
加古はテレビを消して、残った冷や飯に番茶をかけてかき込んだ。
松島の撤退戦を終えた彼女は、女川要港部に戻っていた。
ここも宮城県ではあるが、海路だけは死守せねばならないとする国の判断から
自衛隊の残存戦力を周囲に固めており、なんとか防衛している状況である。
そこへ艦娘の増派も加わっている。横須賀から戦艦が4隻、正規空母が2隻回された。
先にも述べた通り、艦娘は人間に砲を向けていい理由を持たないが、
危害を加えられたなら話は別だ。
鎮守府に属する施設は皆、艦娘達のホームである。身を守るためには戦っても良い。
これが今、国が出来る精一杯であるようだ。なんとも姑息ではあるが。
今は敵も、偵察以上の行動は起こしてきていない。
だが、それもいつまで続くか……加古はここのところ、ぐっすり眠れていない。
寝ることがメシよりも好きな彼女としては苦痛きわまりない状況なのに、
敵勢力が人間では作戦に口出しすることも不可能。不貞腐れて、また寝台に寝転がる。
ひどい部屋だった。旗艦なんかにされてしまって、
そのあたりの責任を果たすには充分努力していたが、
反動が非番の日に跳ね返った。部屋着はほぼ下着。服もゴミも放置され放題。
バナナの皮で滑って転ぶことができるのは要港部広しと言えどもこの部屋だけ。
ほどなく、古鷹が来て、ぶちキレた。
寝台から蹴り落とされたのは、さすがに初めてだった。
「疲れてるよね、わかるよ? でもね、これはダメ。
色々と投げ捨てすぎだと思うのよ、いろんな意味で」
発作的に暴力に及んだことを恥じてか、
加古を着替えさせて食堂に連行した古鷹はやたら饒舌に説教していた。
いわく、私達は艦であるだけじゃなくて女の子でもある。
というか、艦だったらもっとありえない。
提督だっているし、他の司令官さんだっている。
恋をしたとき、きれいな加古を見せられなかったらどうするの……
深雪が横を通り過ぎた。めんどくさそうなので無視することにしたようだ。
あとで覚えておけ。加古は体力練成メニューの倍増を目論んだ。
つかつかと、別の足音がふと聞こえる。
「すまない。良いだろうか」
恨みがましい目つきで、背後の声に振り向く。慌てて姿勢を正した。
古鷹も、この後に及んで怒っている場合ではなかった。
将官の階級章を貼り付けた艦娘が、そこにはいた。
旗艦として指揮を執り続けるうち、人間の提督と同等の権限を
任されるまでの場所に登りつめる者がいる。
「女川要港部へ臨時に駐留させていただく事になった、戦艦長門だ。
君が旗艦の加古だな」
今、目の前で敬礼を決めている艦娘が、まさにそれ。
記憶が正しければ、横須賀鎮守府で上から数えて何番目。
最初の艦娘、そのうちの一人。
沖ノ鳥海戦を勝利に導き本土から深海棲艦の脅威を除いた大立者。
マイペースな加古といえども恐縮するばかり。
長門は敬礼したまま破顔し、やがて手を下ろして加古に差し出した。
恐る恐るその手を取れば、力強い感触が返る。
「話は聞いている。会えて光栄だよ」
「あ、いや……いえ」
そこまで持ち上げられるほどの戦果を上げた覚えはない。
仲間の眼前で数千人を見殺しにさせた記憶が加古の喉元に苦味となってこみ上げる。
それに気づいてか、長門はふっと笑ってもう一度、握ったままの手の平に力を込めた。
「守りの戦は難しい。それをやってのけた君を侮る私ではないさ。
ましてや正体もわからない敵だ。最高ではなくとも、最善だった。私はそう思う」
そこまで言われれば、まあ悪い気はしない。
四万人弱が脱出できたことも事実だったので、ここは素直に受け取ることにする。
古鷹もやわらかく微笑んでいた。
「ときに、昼食は済ませているだろうか。良ければご一緒したいが」
「あ、はい。もう食べ」
「ちゃんとは食べてないんです。これからです」
長門の申し出に正直に答えようとした加古は、古鷹にさえぎられた。
目をやると、ふんす、とにらまれた。
つまり、言いたいことはこれだろう。まともな食生活をしろ、と。
こうなっては、てこでも動くまい。加古は観念した。
注文を出しに行くと、厨房に鳳翔がいたのがせめてもの救いだった。
古鷹に説教されていたことを冷やかされたが、彼女相手だとどうも怒れない。
表面上、変わりが無いことに少しほっとして、刺身定食をもらって席につく。
古鷹はがんもどき定食、長門は海鮮丼を持ってきていた。
「鳳翔の作った食事をとれるとは。いつもこうなのか」
「違う……違います。趣味だから、余暇でやってたと思います」
「なら私は運がいい」
音を立てて手を合わせ、長門は箸をとる。
加古も、鳳翔が厨房に立っていると知っていれば自ら来ただろう。
「ところで今の君は非番だ。別にいつも通りの口調でしゃべっても私は気にしないぞ」
「……いいんです?」
「仲間だろう」
君は今ひとつ加古らしくないな、と、いらないことを言って笑う長門。
わかってるよ、と加古が言い返すと、今度は声をあげて笑った。
それから長門は、自身の旗下にいる加古がぐうたらなので
指揮官にして目を覚ましてやろうかな、などと言い出す。
やめておいた方がいいよ、と加古が老婆心ながらの忠告をすると、
やはり声をあげて笑った。
艦船の御霊である艦娘は、神の分霊であるように同一人物が
たくさんいて、基本的には同一だ。
だが状況が違えば性格も変わり、顔つきもかなり違ってくるので、
異動してきた艦娘の話のタネにとてもなりやすい。
同一人物が顔を合わせてケンカになるのもよくあることである。
混乱を避けるため、同じ部隊にはまず配属されないが。
同じ加古だからどういう存在かは大体わかるが、
歩んだ軌跡が違えば別人。だから加古も古鷹も一緒に笑える。
食事を平らげるまで、三十分近くかかった。
「今晩にはわかることだから、今、伝えておこうか」
コップの水を飲み干した長門の声質が少し変わった。
加古と古鷹が身を乗り出すと、座ったままでいい、と仕草で促しながら先を続ける。
「敵の通信量が増大している。相変わらず傍受はまったく不可能だがな」
「それって……」
「数日以内の大規模攻勢が予想される。
敵小型偵察機の飛来状況からして、目標はここだろう」
敵とは。
言うまでもない。 Aegis Overload Luna だった。
明確な攻勢の開始日を割り出すべく自衛隊と鎮守府の情報部が全力稼動しているが、
それが判明するよりも先に敵の攻撃が始まってしまうであろう。
悲観的だが現実的な予想を口にした長門は、そこで目つきを鋭くした。
「明日より女川要港部は演習を開始する」
「演習? そんなこと、今」
「三陸海岸に進出してきた深海棲艦の撃滅を想定した内容だ。
内陸部に爆撃を受けることもありえる状況だぞ。
当然、一日、二日で終わる演習ではないし、
敵を発見するための哨戒から始めるのは当然だな?」
加古はここまで言われて意図を察した。
なるほど、そのために来たのか!
「明日、0530より第二戦闘配置に入る。最低でも一週間は続くから覚悟しておけよ」
手を振って去る長門を、加古と古鷹は敬礼で見送った。
部屋に戻ったら、すぐにでも眠っておくべきだった。
翌朝から、加古は海上に出た。
重巡洋艦2隻、軽巡洋艦8隻、軽空母2隻、駆逐艦32隻からなる女川要港部の全戦力と、
戦艦4隻、正規空母2隻からなる横須賀鎮守府の派遣戦力はローテーションを組み、
三陸海岸沿いに緊密な哨戒網を構築した。とくに重要なのは駆逐艦である。
敵航空機を発見すれば旗艦へ直ちに通報するピケット艦としての振る舞いが今回の任務だ。
加古は、それを取りまとめて提督に取り次ぎ、あるいは独自の判断を下す責任者である。
ローテーションで当たるため、同格の責任者として古鷹が任命されている。
24時間、一切切れ目を作らない二交代制で、三陸海岸を監視する。ハードな仕事だった。
二日間で、敵小型偵察機は十一回姿を現した。
これはきわめて高速で、しかもジェットによる飛行だけでなく、信じがたいことに
翼を直接羽ばたかせることによる浮上、滑空まで行える代物である。
滑空中はほとんど無音であるため、気づかずに哨戒範囲を通過される駆逐艦娘が多発した。
これが要港部直上付近にまで来ていれば、
もはや攻撃されたものと見なして反撃を行う手はずではあったが、
知ってか知らずか、敵はそこまで接近してくることはついになく。
だが、三日目の太陽が昇るとき。
まず、要港部の提督から警告が飛んだ。
要港部周辺に展開している陸上自衛隊、北西部の通信が北から順に途絶えている。
敵の攻撃が始まったと、加古を含めた全員が理解するも、手の内がわからない。
ともあれ、戦うべき敵がこちらに向かっているならば、砲撃のための位置取りをせねば。
ピケット艦隊がそれぞれのリーダーのもとに集合しようとしたその時。
地平線から無数の煙が吹き上がり、海上に殺到した。
たったの十数秒で、それらは視界の中で大きくなる。
指示を待っている場合ではない。
「状況、乙! 全艦、迎撃だ!」
通信で叫ぶか早いか、機銃を向けて撃ちまくる。
事前に想定された可能性は三つあった。
甲は陸上戦力の殲滅を狙う動き。
乙は海上戦力の殲滅を狙う動き。
丙は素通りしての要港部直接攻撃。
明らかにこちらを狙って撃ってくるこの状況は乙であり、
このための用意はしてきていた。
だが、ミサイルによる飽和射撃。これを防ぎきるにはイージスシステムが必要だ。
第二次世界大戦中の艦隊にそんなものがあろうはずもなく。
そんな備えなど出来ようはずもなく。
あるものは頭上で、あるものは海面に激突して、あるものは水面下で。
大爆発した。きのこ雲が巻き上がった。
渦中に置かれた加古は煽られ吹き飛び、海中に没して波の中で洗われた。
数十秒後に浮上することができたのは、単なる運であろう。
周囲を見回す。誰もいない。さっきまで駆逐艦娘三人を率いていたのに。
名を呼ぶ。綾波、霰、菊月。再度呼ぶが、誰も返答しない。
「こちら加古だ、無事なやつは返答しろよぉ」
叫びとまったく同じ通信を、全方位に放射した。
十数秒経ってようやく返信を受けるまで、
加古は自身を最後の人類であるかのように感じていた。
「こちら球磨だクマ、どうにか生きてるクマ」
「こちら鬼怒。み、みんなが」
「龍田だよ。生きてはいるけど無事とは言えないかなぁ」
「通信状態……あ、こちら霧島。私は大丈夫よ。でも……」
ピケット艦隊それぞれのリーダーが返信してきた。五人のうち、四人。
残り一人の返信はなく、さらに一分待ったところで、指揮下の艦娘が代行してきた。
「龍驤旗下の初霜です」
「龍驤はどうした」
「敵噴進弾の炸裂した中心部に居合わせたのを私が見ています。轟沈です……跡形もありません」
ああ、なんてこったい。
加古の口から思わず漏れた嘆きの声は、不謹慎な響きすら持ち合わせていた。
そこに菊月から通信があり、すぐに近くへやってきたが、煙を吹いている。
艤装が半分以上脱落しかかっている。
とても戦闘に耐える状態ではない。あとの二人は、ついに音信不通のまま。
被害状況、まとまる。
駆逐艦一隻、中破。
軽巡洋艦二隻、駆逐艦三隻、大破。
軽空母一隻、駆逐艦一隻、轟沈。
駆逐艦九隻、行方不明。
ただ一度の飽和射撃で、全戦力のおよそ二割が失われたことになる。
これが、奴らに反撃するために必要な代償だったのか。
通信を長門につなぎ、事実のみを淡々と伝える。伝わるはずだ。
「かねてから演習計画書の特記事項にあった通り、ただ今をもって
この私、横須賀の長門が女川要港部駐留艦隊の指揮権を預かる」
即座に全体に向けて、長門から通達が飛ぶ。
要港部の通信機能は、ジャミングですでに潰れていた。
もともと、それに備えての艦娘の哨戒網、連絡網。そして長門。
「敵勢力 Aegis Overload Luna は明らかに我々に対し
害意を持った攻撃を行った。あれが誤射であるものか!
全艦隊出撃。陣容は演習計画最終段階のものを流用。
配置についた者から各自、砲撃を開始せよ」
命令と同時に遠くから轟音が響き、明け方の空に花火を散らした。霧島の三式弾だ。
はらわたが煮えくり返っていたと見える。加古はもっと、そうだ。
敵航空機を視認。陸上にロケット爆撃を加えている。これ以上好きにさせるか。
加古は三式弾を20cm砲に装填し、レーダーと連動させてぶっ放した。
ごめんなさい。
今の艦娘たちは、いわばガンダム開発前の連邦です。
人類と戦争するための装備が根本的にありません。
海上で接近戦に持ち込めれば、前回の通り、メックなんか瞬殺なんですけど。
回避の難しい BLAST 属性の攻撃で滅多打ちにされると、それだけで半壊してしまいます。
轟沈だらけですけど、書いててどうにも避けようがない!
ミサイル飽和射撃で大被害受けるまで敵偵察機を放っておいて指くわえて見てるのが
不自然というか意図的に無能にしてないかとか、そんな風にも思ったんですけど、
でなければ、さっさと撤退決め込むしかないんですこの状況。
こんなことになるなら、「艦娘は人権のない器物である」と解釈して
それを使用する提督(人間)に全責任を負わせた方がややこしくなかった!
それだったら、兵器を扱う人間が軍人なのは当然なんで、
最初の最初から戦列に並んで敵偵察機を迎撃してましたよ、ええ。
というか、艦娘の専門外の相手を宛がっておきながら
「戦えるのか」とかほざいてるのが諸悪の根源だ!
……でも、続けます。走り出しちゃったんで。
ちなみに、敵偵察機は Swan です。
原作ではテキストの付与されていない小型メックで、
偵察機だとはどこにも書いていませんが、
攻撃力はほとんど無いが小さい上に高速で、
えらく撃墜しにくいメックの用途といったら、これだと思った。