今回は戦闘自体がありません。
Aegis Overload Luna 襲来後の国内情勢的なお話です。
……前の話で、失われた駆逐艦娘の数が十一隻になってたのを十隻に修正。
加古配下の綾波、霰が最初から九隻の中に含まれてるの忘れてました。
さらに轟沈一隻で、十隻です。こんな計算間違うなや……
小名浜港は、福島県最大規模の港湾施設にして工業地帯である。
深海棲艦の脅威により太平洋横断が不可能ごとになり、
一時はその価値を大幅に減じていたが、艦娘達の活躍で
日本近海から脅威が取り除かれた今日に至り、
第五海軍区鎮守府管区に属する艦娘達への補給、補充物資を
製造、集積する策源地としてその機能を十全に発揮していた。
艦娘を建造、進水させる設備までは持ち得ないにせよ、
艤装の部品各種を製造し、やろうと思えば組み上げて
艦娘に直接渡すことも可能であった。
ゆえに、加古達、女川要港部警備艦隊はここに駐留させられた。
あくまでも工業地帯である小名浜港に艦娘を運用するための
施設が充分にあるとは言いがたく、戦艦、空母艦娘を除いたほとんどは
自力での艤装の装着を強いられていたが、ここが潰されれば兵站に穴が開く。
「というわけだ。引き受けてもらうぞ」
「ぐぬぬ……くっ、了解、拝命しますっ」
長門から手渡された辞令に、加古は屈服を強いられた。
これで、女川要港部駐留艦隊司令の座は加古のものとなった。
旗艦ではない。司令だ。艦娘ではなく人間の領分だ。
他ならぬ長門こそが適任ではないか、と最後まで頑張ったのだが、
「すまないな。他にもやることがあるんだ」
と、将官級に言われては形無しだった。
ご丁寧にもこの大女、提督の制服を今は着ている。
現在の立場を見て分かれ、とでも言いたいのだろうか。
「にしても、もっと適任がいるんじゃあ……」
「わかって言っていないか。あいつに任せろとでも?」
それを持ち出されては結局、押し黙るしかない。
十日前の女川防衛戦、要港部側の生存者が一人だけ、いたのだ。
脱出船艇に撤退してきた自衛隊に保護されて、たった一人。
彼が言うには、怖じ気づいて逃げたらしい。
要港部の新米司令官として駆逐艦娘二人を預かっていた彼だったが、
ミサイルの飽和射撃で子日(ねのひ)を失い、
もう一人である皐月(さつき)は大破状態で帰頭してきた。
いてもたってもいられずドックをうろついていた彼の前に現れたのは、敵の空挺降下部隊。
取り囲まれた皐月をどうすることもできないまま光線銃で攻撃を受け、
海に面した窓から飛び降り、命からがら逃げ出してきたのだという。
司令部の責務を放り出してほっつき歩いた挙句、
自分を慕ってついてきてくれた少女を見捨てて
我が身の安全のみを図った彼は、自己への怒り、失望、憎しみ、羞恥心、
その他もろもろ入り混じった感情をまったく制御できず、
幾度も幾度も自殺未遂を起こし、最終的に古鷹に殴られて泣いた。
「死んで忘れるなんて許さない、かぁ。古鷹もきついこと言うよなぁ」
「不謹慎だがな、あいつにはまだ望みがあるよ。
他人のせいにして責任から逃れようとする奴は多いんだ。
それに、そもそも司令部をそんな状況に陥れたのは私だろう」
加古は何も言わなかった。
長門の権限に口を差し挟むことなど、できない。
もちろん加古も仲間を失っている。
行方不明となった9人のうちの一人に含まれてしまった深雪は、
ついこの間まで、うざったらしくにやけていたのだ。加古の近くで。
未だに思うのだ。どこに隠れているんだ、と。
そして仲間は艦娘だけじゃない。
提督に、司令官達に、食堂のクドいおばちゃんに、酒保のケバい姉ちゃん。
みんな、どこに行ったのか。
気が滅入ってくるので、考えるのをやめた。
「……わかりました。ですけど、そんなあなたがここを離れるのは何故か。
知ろうとするのは過ぎたことですか」
この質問、加古としては気を利かせた程度である。
ここの防衛にあたって長門が何を期待しているか、念のため認識を合わせておこう。
その程度のつもりだった、のだが。
それを言った瞬間、長門が笑った。
とてつもなくイイ顔で。
「さすがは女川の加古だ。目の付け所が違うな。
今からそれについての会合があるからな、是非来い」
困惑を声に出す暇ももらえないまま、加古は長門に拉致された。
あれよあれよという間に釣り人ルックに着せ替えられて自動車に引きずり込まれ、
揺られること二十分弱。たどり着いたのは勿来(なこそ)港。
関東と東北の境に位置する釣りスポットだった。
そして、釣具一式をばっちり満載してきている長門である。間違いなく私物だ。
「仕事中でしょアンタ!」
「なに、ちゃんと外出の届けはしてある。ルールは守るさ。私は偉いからな」
少し離れた駐車場で車を置き、道具をかついで海岸に達する。
着くか早いか、長門はポジションを決めて釣竿をさっと取り出した。
「隼鷹も連れてきたかったな。戦果を肴に呑む酒も旨いからな」
「いや、だから」
疑似餌をつけた釣り針が水面に沈む。
しばし、たたずむ加古。
さすがにもうイラッと来ている。
「もうあたし帰るよ、帰って寝るよ」
「待て、すぐにわかるさ。すぐにな」
「んなこと言っても」
「誰もいないだろう、ここには」
何気なく放たれた長門の言葉に加古はハッとなる。
確かに誰もいない。平日とはいえ、戦地近くとはいえ。
ここはこんな貸切地帯だったのか。
ふと海を見る。水底から何か近づいてきている。
前に立って長門を庇おうとしたら、笑って退けられた。
「少し待たせてしまったらしいな。かなり早いお着きだ」
長門がそう言うか早いか、水中からそれが飛び出した。
スクール水着に蒼い髪。肉体的には出るところの出たナイスバディで、貧弱さは無い。
加古とて知らぬわけがない。艦娘の中でも隠密を旨とする、潜水艦娘だ。
「おっそいのー! 19(イク)を待たせすぎなのね」
「すまん、すまん。道路が少し混んでいてな」
「言い訳はいらないのね、十分前行動は常識なの」
悪かった、と半笑いでぺこぺこ謝る長門と、
鬼の首でもとったように調子よくなじってくる潜水艦娘の前に、
加古は置いてけぼりを食らった。
「あの、こいつは」
「こいつ呼ばわりされる筋合いは無いのね」
言葉を発した加古に、非好意的な視線が降り注いだ。
こいつは、こんな奴だっただろうか。
潜水艦娘は現状なぜか種類が限られ、数自体もそう多くない。
目の前にいる伊19型艦娘に能天気な人柄が多いのは公然の事実だ。
なのに、こんな虫を見るような目で見られるとは。
一人、加古が息を詰まらせている中、さらに言葉まで降ってくる。
「長門、部外者は追い返すの」
「今回分はこいつに丸ごと聞かせたい。知らないとおそらくまずくなる」
「……どういうつもりか、後で聞かせるのね」
長門がなだめて止まりはしたが、視線の質は変わらないまま。
居たたまれない。早く帰りたい。
トイレが近いようにもじもじする加古を放って、19は何やら報告に入る。
「大湊、影響が強まってるのね。対人戦闘に独自の備えを始めてるのね」
「やはりか。奴らの危惧が的中した形になったからな」
「気にするようなこっちゃねーなの。
中華でもソビエトでも、それこそ宇宙人相手でも、奴らのやることが一緒だっただけなのね」
加古のトイレはもっと近くなった。
一刻も早く立ち去らなければ、取り返しがつかないのではないか?
長門の顔をちらちら見るが、自分に構う様子がゼロだ。
「今のところ、中心人物は千歳」
「あの加賀の教え子で間違いないか?」
「間違いないの。警備府に連名で自衛隊援護作戦を上奏しているの」
「おい、先に言え。なんだと……早まった真似を」
不幸にも、加古には何の話をしているのか理解できてしまった。
この日本国にて、難局を乗り切らんがため軍国一致体制の樹立を標榜する極右勢力があり、
艦娘の中にも影響を受けたものがいる。
その中でも、主張的にも、権力的にも最右翼に位置しているのが、人呼んで、舞鶴の加賀。
艦娘とは艦であり、その本分は武器であること。武器が自らの意思で歩いてはならぬ。
武器は武器として、軍にて扱われるべきもの。
そして、自衛隊は艦娘を運用できるプラットフォームを有する組織ではない。
現状の鎮守府などというおためごかしめいた組織を別に作って運用しているのがその証明だ。
統一した組織で戦力を運用できないことが、コスト的にどれほどの無駄であるか。
今こそ日本海軍を再興せよ。備えるべき脅威は深海棲艦だけではないのだ……
つまり、要約すると、こうだ。
艦娘に人権不要。指揮系統が統一された日本海軍を作って、人間の侵略に備えろ。
この主張はほとんどの艦娘に総スカンで迎えられた。
あなたは一体何と戦っているのですか。そう言ったのは先輩格である呉の加賀だった。
本来であれば、このまま発言力を失い集団から浮き、
戦闘不適格者として解体されるところだっただろうが、
これに先述の極右勢力が同調、さらに国境付近に展開する一部の艦娘にも同調するものがおり、
手を出すに出せなくなってしまったまま、横須賀に留めおかれているという。
とはいえ、今までの日本では人間同士の武力衝突など起こっていなかったから、
主張の過激な少数野党でしかなかった。そう、今までは。
「こうなると奴の動きもひとつだな」
「内閣総辞職の隙をついて非常事態宣言。
独断専行の許可証をあらかじめ与えてしまう……のね?」
「ああ、今回の事態は現内閣の大失点だ。
これ以上傷を広げないために、右派の突き上げを受けてしまう可能性は高いぞ」
国内に武装組織が武力侵攻している最中に政治的空白など作っていられるわけがない。
結果、総辞職をしたはずの内閣をそのままに、機能を保つしかなかった。
このゾンビ内閣に決定権などあるはずもなく、単なる多数派の追認機関と化している。
声の大きい強気な奴らが暴れるには、うってつけの状況にあった。
仮に政府からフリーハンドを与えられれば、自衛隊との共闘は独断専行ではなくなる。
そうして出来上がった既成事実の先で、自衛隊と鎮守府が分かれているのはいかにも非効率。
あとは国民の不安を極右勢力の支持に変えれば、舞鶴の加賀の理想達成は遠くない。
なんだこれは。火事場泥棒ではないか。
「加古。私は横須賀に戻る。今すぐにだ。私の持つツテを全力で頼らねばならん」
「って、連れてきた戦艦と空母は?」
「お前に預ける……ここまで急展開になるとは思わなかった。
全てが後手に回ってしまう」
艦娘が在日外国人扱いされているのは、こういう事態を防ぐためだったのか。
解体された艦娘が政治家や官僚、警察になって、こうしたことに内応したとしたら、どうなるか。
だが、人間がバックについてしまえば、結局同じことだろう。
現にこの長門だって、頼るツテとやらが何なのか、容易に想像がついてしまうのだ。
「19、お前は大湊に戻って扇動に反抗する気運を作ってくれ」
「了解なのね。こういうのは58向きなの。もう声はかけてるから安心するのね」
「頼む。私達が駄目ならば、お前だけが命綱になるんだ」
「ふっふっふ、この伊19の手腕、とくとご覧じろなのね~」
釣具をしまい込んで、長門は最後に確認する。
「他に何かめぼしい情報は」
「アメリカ艦娘がベーリング海峡で何か探してるのね。
これがロシア艦娘を刺激してるみたいなのね」
「……まさか」
思い当たった加古に、二人が振り向いた。
報告はしている。が、方角的にそちらにいった可能性は低いと思っていたが。
「パイロットが死んだまま飛んでった巨人兵器……メックなんじゃ」
「充分ありえるな」
オーバーテクノロジーの兵器まるまるひとつ、
大部分が無事で沈んでいるとあれば、拾いに行きもするだろう。
Aegis Overload Luna については、すでにテロ組織として公式発表を出している。
諜報機関が日本国内に潜んでいれば、飛んでいったそれがどれほどの価値を持つか、
理解しないわけもない。
「大湊が片付いたら詳しく調べてみるのね」
「うむ。そちらもそちらできな臭い」
「じゃ、時は金なりなの。
そこの加古ったれも、ちょっとは役に立つこと言ったから今回は許してやるの」
「許すって……」
「人様の情報網にただ乗りしようだなんて甘いの。普通は対価を要求するのね」
「ああ、そっか。そりゃそうだ。道理だなぁ」
感謝をこめて頭を下げると、19は大儀そうにうなずいた。
敬意は払っておいて損のない人物であるらしい。
「……そうだ。多分、お前のところのなの」
「ん、何が」
「お化粧はサービスなの。さっき小名浜に届けてきたから、ちゃんと迎えてやるのね」
言うか早いか、19は音も無く水面下に消えた。
すでに、そこにいた気配がまるでない。
何を言わんとしていたのか、さっぱりわからない加古は長門の方に目をやるが、
長門もまたその場を立ち去ろうとしていた。
「私の車はしばらくお前が預かってくれ」
「預かれって、長門は?」
「さっき言っただろう。すぐにでも戻るんだよ。お前も、早く戻ってやれ」
やはり要領を得ない。
長門の背中を見送ってから、加古は車を転がして小名浜港に戻るしかなかった。
そして、戻ってから理解した。
仮設の司令部の門をくぐると、古鷹が駆け寄ってきた。
「どこ行ってたの加古、深雪が……」
なるほど、迎えてやらなければならなかった。
加古は粛々と着替えた。長門に半ば押し付けられる形で受け取った、提督の服に、だ。
埠頭に出向くと、すでに女川要港部警備艦隊が全員、整列していた。
その中央には棺があった。
道を開ける艦娘達の中央を歩み、手をさしのべて、蓋を開けた。
背後で息を押し殺す気配をいくつも感じる。
無残だ。どう言い繕っても仕方がない水死体だ。その頬に、そっと触れる。
冷たい。人肌に触れているとは到底思えない。
「おかえり」
だが教え子だ。戦友で、教え子だ。
初めて持たされた部下で、うんうんうなりながら訓練カリキュラムを組んだ。
隙を見てはサボるものだから、ヤケになって一緒にサボった。
そうしたら提督に一ヶ月のトイレ掃除を命じられた。要港部全部のだ。
加古艦隊の輝かしきデビューが、アレだった。一躍有名人だった。
「よく帰ってきたよなぁ。ずっと迷子だと思ってたんだよ」
髪のつやだけは、まだ原型をとどめていた。
他は、うかつにさわったら崩れてしまいそうだ。
化粧はサービスと言っていたが、よくここまでやってくれたものだった。
「疲れただろ? ゆっくり休めよ。あたしの分もさぁ。
あたしさぁ、旗艦どころかさぁ、臨時で提督にされちまってさぁ。見てよコレ。
だから、だからさぁ」
息を深く吐き出した。そうやってこらえようとしたが逆効果だった。
堤防が、びしびしと音を立てた。わずかなヒビからあっという間に亀裂が広がった。
膝からすとんと崩れ落ちる。無力だ。
無力はどんどん伝染していった。初霜がくずおれた。鳳翔がそれを抱きしめた。
松葉杖をついた球磨は俯いたまま。ややあって、古鷹が両の手で自らの顔を覆った。
女川防衛戦から一週間後のことである。ここに及んで、ついに加古は泣いた。
そこから先は覚えていない。皆、似たようなものだろう。
気がついたら古鷹の膝の上で寝転がっていて、古鷹は照れくさそうに笑っていた。
時計を見ると、翌日の朝だった。ついでに時計は赤いレトロな目覚ましで、古鷹の私物だ。
「ついに泣いちゃったなぁ。みんなの前で」
「おかげで私も泣けたから。あれで良かったんだと思う」
えいや、と加古は身を起こす。
髪を撫でられているのは心地よかったが、
そうばかりもしていられないのがエライ人の辛いところだ。
「古鷹」
「なぁに」
「やばい敵がいるらしい。こういう、弱り目に忍び寄ってくるやつ」
「何の話?」
だが、切り出す前に球磨が来た。
クマー、と奇声を上げながら、ノックもせずに部屋に突っ込んできた。
ずっこけて悶えている。松葉杖のくせに無茶をするからだ。
「おいおい、どうしたのさ」
肩を貸してやった加古にもたれた球磨は軽く謝意を示し、
直後にまた思い出したように向かい合い、加古の肩をつかんだ。
「雪風が生きてたクマ」
「……え?」
雪風は、ミサイルの飽和射撃で中破して要港部に戻っていた組だ。
つまり、敵陸戦隊の餌食になってしまった一人ということ。
敵の目的は艦娘で、サンプルを欲していたのはわかっているものの、
だからといって何で生存が確認できたのか。
「栃木の那須塩原で保護されたクマ」
「は?」
なぜ栃木に。もっとわけがわからない。
どうやって福島を通り越したのだ。
「敵の機体を奪って逃げてきたクマ。
メックだクマ。それで空を飛んだらしいクマ」
「ちょっと待って。どこから聞いたの、それ」
「テレビだクマ。多分今もどこかでニュースやってるクマよ」
古鷹は、ただちにテレビのリモコンを取った。
「――昨日、深夜二時……ここ、那須塩原に、一体の巨人が飛来しました」
「自衛隊の包囲の中、巨人から降り立ったのは一人の少女です」
「彼女は自身を、女川要港部の駆逐艦娘、雪風と名乗っており、現在関係各所で――」
ちなみに、右翼だけじゃなくて左翼ももちろんいます。
次回は多分、雪風回。