日月戦争   作:デクシトロポーパー

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ほぼ一ヶ月が経過してしまうとは……お仕事しんどいです。
ともあれ、ほぼ全編GearHeadな五話です。
とはいえ、独自解釈がかなりありますが。


亡命飛行

少しの間、加古から視点が離れることになる。

女川防衛戦から一週間後。宮城県は鳴子。

要港部から誘拐された艦娘は艤装を剥ぎ取られ、

厳重な拘束の上、鉄格子の奥に押し込まれた。

その中の一人、駆逐艦娘。名は雪風。

今回の主役は、彼女である。

とはいえ、今の時点での彼女は、他の艦娘と大差はなかった。

半狂乱すら過ぎ去って、怒りも恐怖も、涙すらも枯れ果て始めたこの表情。

彼女とて黙って捕まったわけではない。他の艦娘とまったく同様、抵抗は試みたのだ。

だが目の前に引きずり出されてきた要港部の職員達が一人ずつ

電気ショックで焦げくさい臭いを立てながら処刑されていくに至り、

やめてくれと絶叫し降伏する以外の道は失われた。

一人、最後まで抵抗した龍田は四人の敵を一息に斬り殺した直後、文字通りの蜂の巣となった。

雪風は思う。彼女は正しかったのだ、と。

あの後に及んでは、死の運命は遅いか早いかの差でしかなかった。

艦娘全員が抵抗を貫いていれば、どさくさで何人か助かったかもしれなかった。

降伏してどうなったか。そう、一人も助からなかった。

艦娘全員の武装が解除され、拘束されて一箇所に集めて転がされた次の瞬間。

喫煙所に詰められた要港部職員達が一斉に白眼をむき、

よだれを垂らしながら奇妙なダンスを踊った。

ありえない方向に間接がよじれ、のけぞった背中でノミみたいにぴょんと跳ね上がった。

毒ガスだ。用済みの百数十名を、スプレー缶みたいな散布機ひとつで一挙に処分してのけた。

気絶、嘔吐、絶叫。艦娘達の反応はさまざま。雪風は嘔吐組である。

激怒と絶望のあまり、化学繊維の縄を引きちぎった菊月が、その場で射殺された。

彼らが言うには、サンプルの確保よりも人的被害の軽減を優先した、とのことらしい。

じゃあ人間って誰なんだろう。

冷たい床に座り込んだまま、雪風は今も考え込んでいる。

あれから何日経ったのか。閉じ込められて、周りの状況はわからない。

何度か外に引っ張り出されて、血を抜かれたり、

チカチカと眼が痛くなる映像を見させられたりはした。

兵器としての能力を確認しているらしい。馬鹿なことを、としか思わない。

艦娘の力は、想いや願いに根ざしているものなのに。

彼らは、ものしか見ようとしていない。

だから、こんな血も涙もないことができるんだ。

かといって、今更、何ができるわけでもない。

龍田の後に続かなかった時点で、抵抗の機会は消滅した。

自害すべきなのだろう。

このままでは情報だけをいいように持っていかれてしまう。

そして、それをさせないための、この拘束。

口が閉じない。舌を噛み切ることもままならない。

雪風は就航したばかりの新造艦である。今現在、もっとも新しい雪風だ。

艦娘の力は想いや願いに根ざすもの、とは教官だった横須賀の神通の受け売りで、

その真髄を、自分はまだ見ていないと思う。

それでも、だ。大日本帝国海軍の精華である61cm魚雷を見て、

 

『ふざけるなよ……この原始的なミサイルのどこが61cm口径だ!』

 

などとしか抜かすことのできない奴らに、目にもの見せてやれないのは悔しい。

このまま死にたくはない。他にも、まだあきらめていない子だっているだろうのに。

泣きもわめきもせず無表情のまま、諦念に抵抗し続けていた雪風の前で、

独房の檻が音を立てて開く。

はて、と聞き耳だけを立てる雪風。食事は二時間ほど前に済んでいるはず。

食事といっても、どろどろした液体を拘束されたまま

喉に流し込まれるだけだったのだが。

あまりにもまずくて涙が出るしろものだった。

一日一食、ジュース缶一本分にも満たない量なのに、

それでもまずいとしか思えない、すさまじいものだ。

こんなものを毎日食べさせられているせいで、

奴らは世界全てを恨んでいるのではなかろうか。

自分を尋問した兵士が、まったく同じものを

平然と飲み干していたのを確認していた雪風であった。

それはどうでもいい。今入ってくるこいつは何者か。

足音から、複数人であることがわかる。ということは、実験か尋問か。

 

「立て」

 

引きずられるまま、素直に立った。

いつか抵抗するにせよ、それは必ず成功する瞬間でなければならない。

不興を買ってもチャンスが遠ざかるだけ。

それまで生きていられるかどうかはまた別の問題だったが。

廊下に出る。薄暗い。灯火管制でもしているのだろうか。

そして相変わらず人間味のない兵士達だった。

無駄話がかけらもなく、瞳が揺れることすらもない。

別の兵士とすれ違った際に敬礼をし合うのだが、

これまた寸分の狂いもなく、薄気味悪かった。

やがて、渡り廊下のような部分にたどり着く。

居住区と実験棟を分けているようだった。

すでに何度か通ったことがある。

 

「止まれ。名と用件を」

「 Miawal 二等兵、実験体の移送」

「 Urforol 二等兵、同じく実験体の移送」

「 Fasq 技術中佐、当実験体の移送を要請した。これより実験を行う」

 

三秒ほど待つ。ほどなく、詰め所からスピーカーにて返答が返る。

 

「IDタグ符合完了。相違なし。通れ」

 

自動扉が開き、全員素早く通り過ぎる。すぐさま来た道が閉ざされた。

IDタグとやらは雪風にも発行されていた。

許可のない場所にいれば、これによりすぐさまわかるらしい。

逆に、持っていない者が基地内にいたならば……

監視カメラの脇についている機関銃は、きっと充分に働くのだろう。

全自動の監視カメラは2mおきに天井にくっついている。

たちまち穴あきチーズの完成だ。

そんなことを考えているうちに、目的地であろう一室の前に到着した。

 

「ここまででいい。下がってくれ」

「はい、技術中佐。いいえ、危険です。これは生物兵器です」

「艤装とやらをつけない限り、ただの人間に過ぎないことは

 今までの実験で判明している。今回の実験では武器を与えてはみるが、

 それで怪力になるわけでもないのだ。下がってよい」

「しかしながら」

「それとも、君がこれと立ち会ってみるか。ハンター合成体の代わりに」

「……ご命令とあらば」

「そんな命令など誰もせんよ。下がれ。これは命令だぞ」

 

しぶしぶ引き下がっていった二人の兵士が見えなくなってから、

Fasq と呼ばれた技術中佐はドアを開いた。

雪風にしてみれば、今が逃げる最後のチャンスとしか思えない会話だった。

自分は今からハンター合成体とやらと戦わされるのだ。

武器は与えられるが、少なくとも艤装ではない。

敵は少なく見積もっても完全武装の兵士二人に匹敵するようだ。

仮に倒して生き残ったとしても、重傷でも負ってしまえばもうおしまいである。

生きているうちに標本か何かにされてしまうだろう。

逃げるしかない。だが、どうやって。

逡巡する雪風に、技術中佐は厳かな声をかけた。

 

「今、逃げられると思っているのなら、それはまったく賢明ではない。

 生存率は限りないゼロだ」

 

高圧的に来る彼の男に、雪風は強硬手段に踏み出しかかるが、思いとどまった。

この男は、自分、雪風の目を見て話をしている。

今まで実験動物扱いしてきた奴らとは、何かが違うようだ。

言われた通り、後に続く。もう後戻りはできない。

そもそも、今の自分は拘束されていて、話すこともままならない有様だ。

あの場で抵抗を決行したならば、当然の結果が待ち受けていたことだろう。

愚か者は決して不沈艦にはなれない。よく知っていることだ。

中に入ると、何やらどこかをモニターしている部屋であるようだった。

モニターされた先の隅には、何やら熊のような巨体の生物が

丸まったまま眠っている。

あれが、ハンター合成体とやらか。

羽毛はなく、その皮膚はむしろ分厚い鱗であるかのようだった。

さらに頭部を見るがいい。まるで避弾径始の効いた装甲板ではないか。

生半な銃など、あれで弾き返されてしまうだろう。

 

「あれが、ハンター合成体だ。超大国時代の遺物で、

 遺伝子改造技術の産物だよ。

 ドラゴニック化の特徴がもっとも露骨に表れた一例さ」

 

なんの話なのかさっぱりわからない雪風である。

宇宙人の歴史の話をされているに等しかった。

 

「その様子からして、やはり何もわからないようだな。

 思うに今は、超大国時代の初期……だね?

 メックすらも無いとなれば」

 

拘束のせいで何も言えないし、言えたとしても何を期待しているのか、この男は。

思考が顔に出ていたらしく、技術中佐は苦笑する。

 

「そうジト目をしないでくれんかな。

 実のところ、何もわからないのは私も一緒でね。

 もはやタイムスリップをしたとしか思えないんだよ。

 安手の冒険小説ですら今日び流行らん設定だ」

 

言いながら、下からせり上がってきた鉄のロッカーのようなものを

操作し、扉を開け放つ男。

この後、雪風がどうなるか。火を見るより明らかに思われた。

 

「さて、無駄話もここまでだ。今の反応から情報も得られたことだしな。

 この中に入ると同時に、君は拘束を解かれる。

 レーザーライフルがあるから、それで敵を倒すのだ」

 

信じた自分が馬鹿であったのか。もともと命運が尽きていたのか。

それでも運命は呪うまい。

幸運の女神の顔に泥を投げつけたならば、

それは自分、雪風と共に戦った人たちへの裏切りだ。

雪風の背中をそっと押して、技術中佐が耳元でつぶやいてきた。

 

「何が君の敵であるか。言うまでもあるまい」

 

やはり何かが変だ。この男は何か企んでいて、自分に何かを期待している。

もう、それに乗る以外に生きる道はない。元々そうだった。

鉄扉の中に入り、入り口が閉ざされると同時に、

男の言っていた通り、拘束具が次々に解除された。

目の前にはライフルのようなもの。これがレーザーライフルだろう。

手にとって構えてみる。艤装に比べれば頼りなさ過ぎるが、

無いよりずっとマシには違いない。

建造直後から三ヶ月コースの訓練はちゃんと受けているし、

合格もしている。そのカリキュラムの中には陸戦も含まれているのだ。

さあ、鬼でも蛇でも出て来い。

気合を入れたところで破壊音が鳴り響いた。今閉じた鉄扉がまた開く。

そこから、技術中佐が飛び込むようにやってきた。

 

「こ、これは?」

「ハンター合成体を解放した。実験用に積んでいた9体、全てだ。

 むろん、先ほど君に見せた屠殺者型もだ。

 そんなことはどうでもいい。逃げるぞ」

「え……は?」

「察しが悪いな。この基地から脱出するのだと言っている。私と、君がだ」

「どうして?」

「生き残ってから聞け!」

 

とんでもない急展開だったが、言われていることはごもっともである。

罠だとしたら、こんな阿呆な罠をしかける奴は阿呆だった。

 

「逃げるアテは、どこですか?」

「ここから最も近くの駐機場に実験用のメックが一機ある。

 それを使えば逃げられる」

「案内して下さい。わかんないとどうしようもないですよ」

 

うむ、と頷いた技術中佐の案内に従って、裏口から素早く表に飛び出す。

このタイミングで警報が鳴り響いた。あちこちから警備員らしき声が聞こえ始めた。

こうも吹雪いていなければ、瞬く間に発見されかねない。

 

「でも、なんで雪風だけなんですか?」

「私の手の届く範囲にいた現地人が君だけだった。

 他にも何人かいたが、連れ出す名目が無い!」

「提督は? 司令(しれぇ)は?」

「君達のいた基地の指揮官クラスだったら、もっと別の場所で尋問されている。

 君達が生物兵器だったから私の近くに置かれたのだよ!」

「助けに……」

「無理だ! 今が最後のチャンスだ。君が生存できる、最後のな。

 私は別に君なしで逃げてもいいんだぞ。その場合、私も賭けになるがな」

 

数瞬、立ち尽くす。この状況で長考など出来ない。

帰ろう。帰ればまた来られるから。

そう言った男がかつていた。だが、自分がここに来るのはいつなのだ。

二日、三日程度でここに来られるものなのか。

第一、自分は艦なのだ。陸になんか登ってこられるものか。

そこまで考えて、自分の思考に対して、自分で押し黙った。

それを押してでも助けに戻るのなら。

 

「……わかりました。まずは雪風とあなたで助かりましょう」

「賢明だ」

「ただし、必ず戻って来ますよ。みんなを助けるために」

「それは賢明とは言えない。だが協力は約束しよう」

「約束ですよ? それと、雪風は、駆逐艦、雪風です。あなたは?」

「なんだ、いきなり」

「名前ですよ名前。仲間同士だったら大事なことです」

「さっき聞いてたと思うが。 Fasq だ。

 元技術中佐。医学と生物工学なら人並み以上の自負がある」

「ファスクさんですね。よろしくお願いします」

 

自己紹介を済ませて、最短距離で駐機場に向かう。

ファスクいわく、一分もかからない距離であるらしく、

実際にそれらしい建物が正面に見えていたが、

この深夜の吹雪の中、闇の奥にストロボのような光が現れた。

とっさに塀の影に飛び込むと、目の前で地面の雪が根こそぎ溶ける。

 

「これは運の悪いことだ。もう外に出てきたのか?

 警備員が駆けつけるのがかなり遅いと見える」

「もしかして、さっきの?」

「ハンター合成体……先ほどのとは別、殺人鬼型だ。

 奴らはバイオレーザーを発射して目標を焼き殺せる」

「撃ってきたってことは」

「発見されている。倒すか逃げるかするしかないぞ」

「他人事みたいに言わないでくださいって」

 

視界が悪く、しかも一方的に発見されているこの状態。

ぐずぐずしていれば警備員が駆けつけてきて、二人とも捕まる。

八方塞がりが眼前に迫っている。

 

「あの、あいつ早いですか」

「少なくとも熊を相手にすると思ってくれ」

「なら、ついてきてください」

「待て、どうする気だ」

「雪風、待ちません。待ったところでオシマイです」

 

雪風は走り出した。敵に向かって一直線に。

あっけに取られたファスクだったが、追うしかない。

ここに一人放置されれば、実際オシマイだ。

 

「よせ、やめろ!

 レーザーライフル一丁ごときでどうにかなる敵じゃあないんだ!」

「倒さなくてもいいんです、一番マズイのは時間切れ!

 とにかく突っ込めです!

 いいですか、雪風のマネしてください。マネしてついてきてください」

 

ハンター合成体も雪風の動きを捕捉した。

すぐさまレーザーを撃ってくる。

ジグザグ走行していた雪風を捉えることはなく、

地面に吸い込まれて煙を上げた。

ぜひぜひ喉を鳴らしながらついてきているファスクも、

どうにか当たらずに済んでいた。

これは訓練の成果である。素早く接近してくる敵を

強力な火砲で迎撃するのは意外に難しいことを、

雪風は経験から知っていた。

もちろん、まっすぐ向かっていっては的なので、

そこでジグザグ走行である。

これに牽制の射撃も併せることで、

当たらずに突っ走ることをどうにか可能にした。

 

「なる……ほど、近くに、寄れば、レーザー……役に立たない。

 だが、奴の武器はそれだけでは」

 

ファスクの警告より早く、敵が動いた。

がさがさと雪を引っ掻き回す音が聞こえると、

黒い影が雪風の頭上に飛び上がる。

まさに捕食者の動きだ。

吹雪の中でも正確に雪風の姿を捉え、覆いかぶさることに成功した。

四本足の装甲化されたいびつな生物。

その重量は、ファスクも例えた熊に等しい。

足のうち一本が鳩尾にのしかかり、雪風は身動きが取れない。

肋骨が根こそぎへし折られそうだった。

そのままむさぼり食おうと、合成体の顔面が迫り来る。

 

「言わんこっちゃない!」

 

後ろにいたファスクが撃ちまくった。

こちらは護身用のヘッドハンターピストルしか持っていない。

しかも単なる研究者でしかない彼は、

射撃の腕前に決して恵まれていないのだ。

一発は顔面に直撃したが、曲面になっている顔面の装甲に

阻まれて弾き飛ばされていった。

そしてそれは、このモンスターの神経を逆撫でするには充分だったようだ!

背中の突起が発光し始める。バイオレーザーだ。

ファスクを狙い撃ち、その肉体を沸騰させる気だ。

ヘッドハンターピストルは瞬く間に撃ち尽くされた。

もう敵を抑えられるものは存在しない。

雪風は、それをこそ待っていた。

力のゆるんだ、ほんのわずかな隙をつき、銃口を持ち上げる。

喉元に突きつけ、引き金を引く。閃光が、奴の頭上に抜けた。

やった。そう思った雪風は直後に不安になる。

この化け物は、脳を撃ち抜かれたごときで死ぬのだろうか、と。

その解答が得られたのは、たっぷり数秒後だった。

よろめいて崩れ落ちるサイバー合成体。

横倒しになったのは雪風の幸運と言っていい。

そのまま死体がのしかかってきたら、これもまた一巻の終わりだったのだから。

 

「や……やった」

 

立ち上がろうとして激しく咳き込み、またその場に伏せる雪風。

 

「なんという無茶を」

「無茶なんかじゃありません。ファスクさんが助けてくれますから」

「よくもそんな台詞が吐けたものだ。感心するぞ」

 

雪風は、ファスクが助けに入ってくることを完全に前提としていた。

そこに自身の生命、未来をためらいなく全額賭けたのだ。

今現在、事実上の運命共同体であるとはいえ、

そんな恐ろしいことをあっさりやる。

つい十数分前までは、敵だとしか思っていなかった男に対して。

恐れ入ってしまったらしいファスクは、雪風を助け起こして肩を貸す。

 

「メックはすぐそこだ。もう遮るものは無い」

「でも、思い通りには行きませんでした」

「何を企んでいたんだ」

「さっきのアレが追いかけてくるように仕向けて、

 駐機場にけしかけたかったんです。

 混乱に乗じて機体に乗り込めるなら最高だと思って」

「あ、あきれた奴だ」

 

絶句してしまったファスクに、変なことを言ったかな、

と素で考え込む雪風である。

 

「そんなことをしないでも、ハンター合成体が野放しになったと警報された時点で

 研究者は最寄のシェルターに避難するからな。

 それについては無用の心配だったな」

「むー、だったら早く言って欲しかったです」

「モンスターに追われている状況を逆手に取るアホがいるなんぞ、誰が思うんだ」

 

今度は大した困難もなく駐機場に到着した。

人の気配はない。すでに避難は完了した後らしい。

そこで雪風は、ひとつの懸念に至る。

 

「ところで、どうやって機体に乗るんですか? 暗号とか無いんですか」

「抜かりは無いさ。そのために実験機を選んだんだ」

 

その質問を待っていた、とばかりに答えが返ってきた。

 

「主力機の Chameleon や、正式に軍が買い付けた BuruBuru ならともかく、

 今から使うのは機関を別に取り付けただけの Ice Wind だ」

「あの、わかるように」

「軍の機体だと好き勝手できないから、好きに改造したり

 データを取ったりする機体を開発部隊の連中が連名で

 外部から買い入れたんだよ。つまりは私物ということだ。

 面倒くさい軍の認証システムなど最初からついていない。

 そしてパスワードは私が知っている。問題はクリアーだな」

「反乱とかに使われたらどうする気だったんでしょうか」

「武装は一切認めていない。

 兵装用のエネルギーバイパスもすべて閉鎖されている。

 だが、だからこそ逃げるには最適だ。デッドウェイトが存在しない」

 

ファスクが壁面の端末を操作すると、

閉ざされたシャッターが音を立てて動き出す。

その奥には、寝かされた機体がひとつ。

流線型の細い人型だった。

華奢な四肢に、不釣合いなブースターが四つ見える。

 

「見てわかるか。こいつは空を飛ぶ。

 バトロイドの速度限界を突き詰めるためだけのメックでな。

 宇宙戦用メック Harpy のメインブースターを四基搭載して、

 さらにオーバーチャージャーで出力を増幅しているのだ。

 全力飛行ならば亜音速に達するぞ、こいつはな」

「医学と生物工学が専門じゃないんですか、ファスクさん」

「そうだとも。だが、これだってカッコよかろう?

 メックに憧れるのとT-レックスに憧れるのは、どう違うと言うのだ」

「まあ、別にいいんですけど……」

 

そうならそうで、カッコイイとだけ言ってくれれば

雪風だってノリようはあったのだが。

通じない話を延々されようとすると、さすがに困るのだった。

寝かされた機体の脇に取り付きコックピットを開放すると、

ファスクは雪風の手を引いて内部に引き込んだ。

狭い。そもそもが二人で乗るような機体ではないらしい。

 

「少し我慢してもらおうか。おそらく一時間は飛ぶ必要があるだろう」

「傷に触らなきゃ大丈夫です」

「シートベルトも二人羽織だ。こればかりはつけないと事故であっさり死ぬ」

 

外見上の年齢が父と子くらいに離れているのが幸いだった。

うかつに近かったら、男女を意識してお互いに非常にやりにくかっただろう。

コックピットが閉じると同時に機体のOSが動作し、

モニターに周囲の光景が映し出される。

これで逃げられる。そう安心するにはまだ少し早かった。

モニターに通信が割り込んできた。

正確には通信ではなく、放送のようなものであるらしい。

 

「愚か者の Fasq に連れ出された生物兵器に告ぐ。

 我輩は、栄えある Aegis Overload Luna 地上侵攻軍総督 Esjatek である」

 

声と同時に移りこんだ映像は、椅子に縛り付けられた提督と司令官達。

当然、その中には雪風の司令(しれぇ)もいた。

 

「しれぇ!」

「気づかれたのか、あと少しというところで」

 

画面に映されている司令官の一人が、唐突に火を噴出して燃え上がった。

聞くに堪えない断末魔がコックピット内に響き渡る。

 

「貴様の安易な行動により、上官の一人が犠牲となった。

 これは貴様が悪いのだ。貴様の招いた結果だ。

 だが、慈悲深い我々は償う機会を貴様に与えてやることにした」

「……歯を食いしばれ。機体を発進させるぞ」

 

機体が立ち上がり、視点が一気に上がる。

モニターの中では、断末魔を途切れさせた油脂のトーチが赤々と燃え続けていた。

 

「そこにいる Fasq を殺し、我々に投降せよ。

 Aegis Overload に永久の忠誠を誓うのだ」

 

お前らの国では脅迫に屈することを忠誠と言うのか。

野次を飛ばした司令官が、次の瞬間には火柱と化した。

 

「下劣にして下等なる者どもの末路は等しくこれだ。

 彼奴らに無意味な抵抗をさせていることを自覚せよ!

 ただちに Fasq を抹殺するのだ!」

 

これは傑作だ。気に入らない人間を焼き殺す奴は、

下劣で下等じゃあないらしいぞ。

嘲笑した司令官が、たちまち炎に包まれた。

そこで、唐突に映像が途切れた。

 

「どうにかコード破り出来たか……」

「ファスクさん、司令(しれぇ)が!」

「今、君ができることは! 奴らの脅迫が無駄であることを知らしめるだけだ。

 有効な手段である限り、連中は喜んでアレをやるんだよ」

 

言われなくてもわかっていた雪風である。

理解はできても納得できない。

歯を食いしばった。速度が上がっている。

Gがきつい。シートベルトがきりきりと食い込んでいた。

 

「言っておこう。

 私は Aegis Overload Luna そのものが間違っているとは思っていない。

 だが地上侵攻軍の司令部は、月が無人であると知った瞬間、ごろつきと化した!

 あんな品性下劣どもと一緒にされたくないから裏切ったのだよ、私は」

「……イージス・オーバーロードって、何なんですか」

 

見せられた映像から遠ざかれるように、雪風は聞いた。

今、そばにいるのはその答えにもっとも近いだろう人物だから。

 

「真なる理想人類からなる超越者の加護だよ。

 弱い者を守るためには、人間を超越しなければならんのだ」

「また、わかんないことを言う。理想人類って何? そんなにえらいの?」

「えらいんだよ。偉くなくてはならぬ宿命にあるんだよ。

 でなければ、傷つき倒れた者達を導くことなど出来ん」

「その結果が、あれ?」

「一緒にするな! あんなゲスどもと一緒にするな!」

 

男の目に危険な光が満ちた。稲妻がほとばしったかのようだ。

密室に押し込められている雪風を怯えさせるには充分すぎた。

地雷を踏みつけた。

取り繕い方を考えても、頭がこんがらがってわけがわからない。

うわずったしゃっくりを二回した後、雪風はこらえきれずに泣き出した。

無念やらストレスやら、やり場のない苦しみやらが、

どうにもならなくなって爆発した。

大声をあげた。司令(しれぇ)、司令(しれぇ)とわめきちらした。

男も、さすがに色をなくした。

メックが空中を蛇行して、でたらめなGがかかる。

 

「わ、悪かった。すまない。許してくれ。

 君をいじめようだななんて、まったく思っていないんだ。

 今のは私が完全に悪かった。許してくれ、すまん、許してくれ」

 

泣き止んだ後は気まずい沈黙のまま、

Aegis Overload Luna の勢力圏内を抜けた。

雪風の身体にかかるGが急速にゆるむ。巡航速度にシフトしたようだ。

 

「ファスクさん」

「……なんだい」

「月の人、なんですよね。どうして地球に攻めてきたんですか」

「人類統一政府樹立のためだ。だが、私達は今や漂流者だ。

 池に投げ込まれた小石も同然だろう」

 

そうなった途端に、総司令官のモラルが崩壊したということか。

それこそ、残虐なショーに興じるような。

選民思想じみた信念は理解できないし、あまりしたくもないが、

彼がどれほど失望したか。雪風は少しだけ感じ取れた。

 

「じゃあ、月のみんなにそう知らせれば」

「誰も信じやしないさ。兵士達は歯車にすぎん。

 彼らは上位者に従うのみだ。そして、上位者は今や総司令官だけだ」

「ただ従うだけなんて、軍人としても失格ですよ」

「彼らは導かれることで苦悩から開放されたのだ……

 こうなっては、むなしいばかりだが」

 

目頭を押さえて小さく俯くファスク。

追い討ちをかけて泣かせるには今が絶好の機会だったかもしれないが、

雪風は、そんなことをする気には到底なれず、

操縦桿を握る彼の手に軽く手を重ねた。

 

「信じましょうよ。月の人たちはきっとバカじゃないって」

「そうだな……

 でなければ、私は結局、我が身かわいさで逃げ出しただけということになる。

 備えるとしよう。彼らが目を覚ます、その時のために」

 

那須塩原にて、自衛隊のレーダーに引っかかったのは、それからおよそ三十分後のことである。

 

 




何、生き残ってんの、技術中佐。
ハンター合成体との遭遇で致命傷を負うはずだったけど、
そんなことにならずに雪風が倒してしまった。
というか、やってることが
「ホレ、死んだぞ、感動しろ」
になってる気がしてならなくなってしまい、
避けられる人死にを避けざるを得なくなり、
展開が二度、三度捻じ曲がってこうなりました。
出会って一時間もしない奴の死に感動なんぞ出来るか!
焼き殺された司令官達にしてもそれは同じだったけど、
この腐れ外道どもに捕まった時点でこうなるのは確定だったから、
ただ粛々と死んでもらうことになってしまった。
もう、プロットは役に立たないんじゃあなかろうか。
以前の球磨もそうだったけど、
「ここで死ぬ必然が無い!死んだら逆にご都合主義じゃないか!」
で生き残ってしまったという。
そんなことを言いつつも今回の犠牲者は

龍田
菊月
龍田に斬り殺された陸戦隊員四名
要港部職員百数十名
名無し司令官三名

少なくない。全然少なくない。
そして多分、今後も毎話のように死者が出る。
安易な展開だけは避けないと……

ちなみに、GearHead側の登場人物は、
ゲーム上で実際に出現したランダムネームです。
無作為に遭った何人かから見繕って決めました。
Jojoとか出たら草不可避。
名前が固定な人物は相当限られてるんですよね、このゲーム。

今回、雪風が乗ったメックを紹介して〆にします。
機体名は Ice Wind 。軽量な機体であることが特徴で、
砲架にジェットを積んで、機体にもちょいと増設してやると
結構すぐに空を飛びます。
ただ、セットになってる火器の火力、
とくに散弾ライフルが悲しいくらいイマイチで、
設定的にもそのせいで嫌われてるメックらしいです。
このメックの販売元は「まとめて買ってくれたら割引するよー」という
サプリメントみたいな売り方をして、
太陽系で二番目に普及したメックになるまで売り上げたそうで。
とにかく、単なるおもりでしかないコンバットレーザー二門は、
さっさと取り外してしまいましょう。
エネルギー武器なんかそもそも使っちゃダメです。
エンジン弱いからすぐに息が上がっちゃいます。
あとは速力に特化して空を飛ばせば、
麻薬売人阻止ミッションで大活躍請け合いなのです!
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