PSYREN、知っている人どれくらいいるんだろう。
日の光も届かぬ異質な空の下、無尽蔵のパイプと塔に繋がれている巨大なドーム。
その周辺で激闘を繰り広げている影が3つ。
尋常ならざる熱量を操る少女といくつものブロックを作り出しながら己の拳で敵を打ち砕いていく少年。
相対するのは周辺区域を異常なほどの冷気で包み込んでいた男が1人。
(生憎、後ろに下がる脚などついてはいない……言った筈だ、俺から戦いを奪うなと――!!)
直前、男にとっての敵である少年と少女とその味方による策略で降り注いだ太陽の光、
それを浴びた男は全身にダメージを受け体を汚染され尽くされ、既に満身創痍と言っていい程の様相であった。
2対1でありながら敵を圧倒していた筈の男の勝機は既に失われているも同然。
だが、男は撤退を呼びかける仲間の忠告にも構わず、己の能力で作り上げた巨大な氷槍を高く振り上げる。
生き方がわからない、中身が空っぽ、何のために生まれたかすらも理解できない。
そんな男が自分を自分として認めてくれる唯一の居場所と役割、変わり果てた世界の中で自分が生き続ける絶対の理由。
戦うこと、強さを求めること――ただそれだけが男を支え続けている。
故に、ここで下がることは生きるということを放棄するに等しいことだった。
例えそれが勝てる見込みの全く無くなった戦いだったとしても。
(貴様を超えることも俺の生きる理由だったが――悪いが、先に行かせてもらうとしよう)
戦いという目的の中で自分がそれを見出すきっかけとなり、終ぞ超えることができなかった仲間の1人。
告げるのは己の死期を悟ってのことか、唯一つそれだけを伝えて男は氷槍を片手に駆ける。
その動きを相対する少年と少女は見逃さない。
少女の一声で少年も飛び上がり、自身の能力でいくつものブロック壁を作り出して男の行く手を阻む。
それも構わずに肉薄した男が目にも止まらぬスピードで氷槍を振り下ろし、近づいてきた少年の頭を脳天から刺し貫く。
……筈だったその一撃は僅かに狙いが逸れ、少年の髪を数本散らすだけの結果に終わる。
攻撃を空振り致命的な隙を見せた男の腹に少年の蹴りが勢いよく叩き込まれ、激痛と衝撃と共に男は成す術無く空中高く舞い上がる。
そしてされるがままの男の両目に映るのは、もう1人の敵である少女が作り上げた膨大な炎の塊。
四大元素の炎を司る精霊、サラマンドラの名を冠するに相応しいだけの圧倒的な熱エネルギーが男の体を飲み込んでいく。
「――まあ、死に処としては、悪くない」
死ぬ寸前ですら何の恐れも怒りも見せず、淡々と機械的に呟かれる己の死への心持ち。
それが男の――崩壊しきった未来世界を支配していた組織、W.I.S.Eの第三星将、ウラヌス最期の光景――――
*
晴れ晴れとした青空、雲一つない快晴、その下にあるのは城のような外観の建物。
ハルケギニアの一国、トリステインの魔法学院は今までにない異様な空気に包まれていた。
その日に行なわれていたのは使い魔召喚の儀式、2年生が春の最初に行う進級に必須の課題。
サモン・サーヴァントと呼ばれる魔法で召喚のゲートを呼び出し、コントラクト・サーヴァントという魔法で契約を結ぶ。
メイジ、つまりは魔法使いにとっての一生のパートナーとなる使い魔を呼び出す神聖な儀式の日。
通常、使い魔となるのは犬や鳥といった現代世界でもポピュラーな生物や、バグベアーやスキュアといったファンタジー色全開の種まで多岐に渡る。
そんな使い魔召喚において今までに全く前例の無い生物――人間を呼び出してしまった生徒が現れたのだ。
1人はルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエール。
トリステインでも由緒正しい家系の1つ、ヴァリエール家の三女であり、学院内では魔法の使えない落ちこぼれ、ゼロのルイズと呼ばれている少女。
「…………ぅ……ぬう……」
そしてルイズではないもう1人に呼ばれた人間、ウラヌスは覚める筈の無い意識を取り戻して重い瞼を開いていた。
白いベッドに横たわり、辺りは黒々としたレンガに覆われている。
まだ意識が完全には覚醒しきっていないながらも、ウラヌスは横たわった状態から上体だけを起こして辺りを見回していく。
「…………ここはどこだ? 確かに俺はあの時……」
はっきりと感じた筈の死の瞬間と自分の全身を焼き尽くしたはずの炎。
あれだけの攻撃を受けた筈なのに何故自分は生きている上にこんな場所に連れ込まれているのか。
見る限りここはどこぞの施設の医務室と言っていいのだろうが、こんな場所はウラヌスの記憶の限りではW.I.S.Eのアジトのどこにも存在しない。
ウロボロスの激突と自分たちの度重なる破壊活動によりここまで整えられた設備を持つ建造物など、
それこそ敵対していたあの少年少女達の組織本部くらいにしかない筈。
だというなら自分はあの後、敵に捕らわれて移送されてきたとでも言うのか?
その割には警備がやたらと手薄すぎるなどとあれこれ違和感を感じながら――
「……!! 左腕が……それにバカな、イルミナが……いや待て、そもそも……陽の光が差し込んでいる……だと?」
周囲を更に詳しく観察しながら自身の体をペタペタと触れている内に気付いてしまった違和感の正体。
先までの激闘で消失していた筈の自分の左腕が綺麗さっぱり元通りになっているということ。
加えてW.I.S.E戦闘員の大半がその身に埋め込んでいるイルミナと呼ばれる核。
対象者に常人の何倍もの力を与え、時にそれは拒絶反応を起こして禁人種(タヴー)と呼ばれる化け物すらも生み出す代物。
何より太陽光を猛毒とする、ウラヌスの体にも埋め込まれているイルミナがその機能を完全に停止していたこと。
コートに覆われたウラヌスの体の中心部に位置するイルミナの核は、普段の禍々しい赤色の光を失い、まるで生気を感じさせない黒色へと変わっていたのだ。
だがウラヌスにとっては自分の体のことだとかイルミナの状態だとか、そんな諸々の疑問すら軽く吹き飛んでしまう衝撃がその部屋の外の光景には広がっていたのだ。
青々と広がる空に外を覆う広々とした草原、上空から降り注ぐ燦々とした陽の光。
どれもがウラヌスのいた世界では10年以上も前に失われたはずの"正常な世界の光景"だった物。
建造物内に擬似的に作り出された映像、という線もあるのかもしれないが、それにしては手が込みすぎている。
「何が起きている……俺は一体、どこへ連れてこられたというんだ……?」
「おお、良かった。無事に目を覚まされたようですな」
完全に覚醒した意識も合わせて、整理しきれない混乱がウラヌスの脳内を埋め尽くしていた正にその時、医務室内に聞こえてきた声。
声が聞こえた方向にウラヌスが視線を向けたそこにいたのは部屋の入口に姿を現していた1人の男性。
後退した頭髪に人の良さそうな朗らかな笑みを浮かべ、ローブですっぽり身を覆ったその男性はゆっくりとウラヌスの方へと歩み寄ってくる。
「……単刀直入に聞く、ここはどこだ? お前は何者だ? 何故俺はこんな場所に運び込まれている?」
「ここはトリステイン魔法学院、わたくしは教師のジャン・コルベール、貴方は今日行われた2年生の進級試験である使い魔召喚の儀において生徒の1人に呼ばれたのです」
キッと鋭い視線を向けながらウラヌスは質問攻めを始め、目の前にいる中年男性、コルベールはそれらの問いに1つ1つしっかりと答えていく。
が、コルベールから得られた情報はウラヌスの混乱を解消する物ではないばかりか、新たな混乱を呼び起こすものでしかない。
「魔法学院……お前は俺を馬鹿にしているのか? そんな物が今のこの世界に存在するはずがない」
「い、いえいえ! 冗談でも無く全て事実なのです。あまり気を荒立ててもらっては……」
視線に込められる敵意と殺気が強められてはコルベールも相手の心境を察して慌てたように身振り手振りになる。
が、ウラヌスがそういったリアクションを取ってしまうのもある意味で無理もないこと。
死んだはずの自分がどういうわけか特に目立ったダメージも無く見知らぬ施設に運び込まれている。
ようやく現れた話の出来そうな人間の口から出てくるのは自分が聞いたことも無い様な名称や単語ばかり。
死後の世界だとか、敵の誰かがトランスでおかしな幻覚でも見せていると考えた方がまだしっくり来る。
「俺達W.I.S.Eの侵攻で世界は破壊しつくされている筈だ。どこぞの地下施設だか何だか知らんが出方によっては――」
「わいず……? それに世界が破壊された……失礼ですが、今度は私が貴方の言っていることがわからないのですが」
「……なんだと?」
自身の呟きに首を傾げるコルベールの姿を見て、ウラヌスの混乱は加速する一方だ。
10年以上前とはいえこのコルベールという男の年齢を考えれば、どう考えたって崩壊前からの生き残りの筈だ。
W.I.S.Eという名称そのものは知らないことはあっても、世界の崩壊は間近で見て居る筈である。
だというのにそんなことなどまるで知らないかのような口振りに態度。
それ以外にもあの過酷な世界の渦中にいるには不釣り合いすぎる穏やかな空気や綺麗な衣服。
「……今度はこっちが尋ねさせてもらう、ここは地下施設のどこかではないのか?」
「地下……いえ、このトリステイン魔法学院は間違いなく地上に根差した建物ですよ」
「トリステイン……さっきから気になっているが、トリステインとは何だ? 一体どこに存在する地域だ」
「トリステインをご存じないのですか? そもそも貴方が今いるこの場所は――――」
出自が相当に特殊であはるが、ウラヌスにも最低限の常識や知識というのものは備わっている。
コルベールへの警戒は一切解かずに、聞き出していくのは自分を取り巻く状況と情報。
まだ目覚めたばかりで混乱しているのだろうと思いながら懇切丁寧に答えていくコルベール。
ハルケギニアという世界、その一国であるトリステインに存在する魔法学院。
魔法という力の存在、貴族と平民の2種に分かれた絶対的な階級制度、この学院は貴族の子供たちが魔法を学ぶための場所。
「……そして俺は、そのトリステイン魔法学院とやらの生徒の1人に召喚されたと、そう言うのか?」
「は、はい。先にも言ったように、貴方は使い魔召喚の儀においてサモン・サーヴァントのゲートをくぐりここへとやってきたのです」
人間を呼び出すなどというのは前例のないことで、などと申し訳なさそうに頭を下げるコルベール。
だがウラヌスには儀式だの何だのといった形式ばった話など心底どうでもいいことだった。
自分だって元の世界では頭のイカれた連中の実験動物として生み出されたり、自分たちのプロトタイプである男を追う内に自我を目覚めさせたり
追っていた男の同士たちに加わり世界を破壊しつくす戦いに身を投じたりと、それはもう激動の人生を送ってきていた。
その果てに自分の死に場所を見出し消えた筈の直後に呼び出されたのが地球のどこにも存在しない魔法という異質の力が存在する世界、ハルケギニア。
ますます幻覚でも見せられていた方が納得できるという気持ちが強まってしまう。
五体満足、イルミナの後遺症も無し、目覚めた先はファンタジー、一体全体何がどうなっているのかウラヌスにはいまいち理解が追い付かなかった。
「理解はしきれんが、言っていることは大体把握した。それで、俺を呼び出したとかいうヤツはどこにいる?」
「ええ。今も部屋の外に、ミス・タバサ!!」
が、それ以上にウラヌスが解消したかったのは自分を召喚したという人物についてである。
コルベールの一声で医務室に姿を現すのは1人の少女。
青い短髪に白い肌、140センチほどの小柄な背丈、何よりもウラヌスと同じ無機質な碧眼。
感情をまるで感じさせない人形のような少女、タバサがてくてくとウラヌスとコルベールの方へとやって来る。
「お前か。お前の目的は何だ? 何を思って俺なんぞを呼び寄せた?」
「コルベール先生の説明した通り。使い魔召喚の儀では召喚する相手は選べない。数多の生物の中で貴方が呼ばれたのは全くの偶然」
同じ質問を目の前の少女、タバサに問いかけてみるも返ってくる答えは先程と大差無い物。
だが、ウラヌスにとって多少の興味を惹かれたのは少女が持つその瞳と纏う雰囲気。
悪く言えば平和ボケしているのほほんとしたコルベールとは違って、ウラヌスから見たタバサという少女は
自分と同じあの崩壊した世界にいたと言われてもすんなりと受け入れられる物だった。
「それで? お前はこの俺に何を求める、奴隷のように何でも言うことを聞く犬にでも仕立て上げるのか?」
「そんなつもりは無い。貴方はだた、私と共にいてくれればそれでいい」
再度殺気と重圧を込めてのウラヌスの問いにタバサは淡々とした答えを返すのみ。
生存理由やらその他諸々のことは未だ不鮮明であるが、だからといってウラヌスは自暴自棄になるほど何もかもを諦めているわけではない。
相手の思惑がどうであれ、自分の意にそぐわないような扱いをしようと考えているのなら戦って叩き潰すだけ。
第三星将として戦いに身を投じていた確固たる自分の居場所を無くした今の自分。
そんなウラヌスに対してタバサが言ったのは、ただ自分と一緒にいてくれという一言。
それだけではウラヌスはタバサの言葉の裏にある真意を読み取ることはできなかったが、
「……いいだろう。とりあえずはお前に付き合ってやる、詳しい話を聞かせて貰おうか」
「わかった、部屋に案内するから付いて来て」
戦うことだけが生き甲斐だった男からすれば極めて珍しい選択。
それでもウラヌスがタバサに従ったのは、一応は自分の命を救った相手であるということが一つ。
それ以上に興味深かったのが、出会い頭に見出したタバサの持つ瞳。
強くなりたい、無機質な瞳の裏に込められているその強い想い、自分と同じものを直感的に感じ取っていたということもあってのことだった。
「ま、待ちたまえミス・タバサ、君はまだ彼にコントラクト・サーヴァントを……」
「問題ない、その辺りも含めて話をつける」
ベッドから立ち上がりタバサの後ろについていくウラヌス。
後ろから呼び止めようとするコルベールの言葉など既に眼中になく、2つの碧眼は医務室を後にしていく。
*
トリステイン魔法学院の女子寮の一室、普段は1人の筈のタバサの他にもう1人、いるのは言うまでも無く彼女が呼び寄せた人間、ウラヌスである。
テーブルやベッドなど必要最低限の家具の他にあるのは巨大な本棚と山積みの書物。
部屋の主であるタバサが何よりも読書が好きだという理由により置いてあるものであるが、やはりウラヌスにとってはどうでもいい。
重要なのは自分の知らないこの世界についての情報と、自分を呼び寄せた少女の真意を見極めることにある。
「――感覚の共有、秘薬とやらの材料の収集、主人の護衛、それが使い魔の一般的な仕事、か」
「そう。でもさっきも言ったように貴方には」
「当然だ。そんなくだらんことを引き受けてやるつもりは無い、アンタに付いてきたのはアンタの下に付くって意味じゃないからな」
ウラヌスは医務室の時以上に突っ込んだ質問を繰り返すが、それらにもタバサは答えられる範囲で黙々と回答を返していた。
因みにウラヌスのタバサに対する呼び名がお前からアンタに変わっているのは、現段階ではは敵とは見ていないという意志の現れだったりもする。
尤も、タバサの出方次第ではそれもすぐに覆る程度の物でしかなかったが。
「俺としても少し驚いた、まさか魔法という別系統の力が本当にあるとはな」
ウラヌスにしたってPSIという魔法染みた超能力の使い手ではあるが、それでも実際にこの部屋でタバサが使って見せた魔法というのはウラヌスにとっても興味を惹かれる物だった。
火、水、土、風の四系統、失われた伝説の系統である虚無、系統とは異なるコモンマジックや、ドットに始まりスクウェアまで上がる魔法のランク付けなどなど。
そのどれもがウラヌスにとっては初耳であり、自分や仲間、敵対者ですら使っていなかった未知の力に他ならない。
何よりも自分を呼び出したタバサ自身、3つの系統を組み合わせられるトライアングルクラスの優秀と呼ぶに十分な実力を持つメイジらしいのだが。
「まあ、アンタのレベルの……メイジと言ったか? それで優秀クラスなら少々期待外れでもあるがな」
「…………」
鼻で笑いながら吐き捨てられる小馬鹿にするようなウラヌスの言葉にもタバサは無表情を貫いていた。
実際に戦ったわけでも無く見せられた魔法も初歩的な物ばかり、だというのにウラヌスはタバサの実力をまるで全てわかったかのように口を開いていた。
魔法を使う際に発現していた魔力、ウラヌスが感じ取ったそれは自分が使うPSIの力に非情に似通ったものに思えていた。
それを踏まえた上で更に観察をし、タバサが内包している力を値踏みした上で出されたのがそういった結論。
自分がこの無機質な少女と戦った際にどうなるかはわからないが、それでもウラヌスは自分が敗北するなどということは露ほども思っていない。
W.I.S.Eリーダーである天戯弥勒とそれに従う幹部である星将、自分はその三番目という組織内でも高い地位にいた者。
その自分の実力を以てすれば、タバサクラスの力量の持ち主ならばよほどの隠し玉でも無ければ自分は倒せないだろうと。
「今度は私の質問に答えてほしい」
「何だ突然?」
「貴方はさっき魔法のことを別系統の力、と言った。なら、貴方はどんな力で私以上の実力を持っていると断言できる?」
返答の代わりと言わんばかりに唐突に飛んでくるのはタバサからのそんな問い。
その一言を聞いてウラヌスの目が細められるが、内心ではタバサに対する評価が変動していた。
初対面の時点で少なくとも一般人とは程遠い、ある程度の場数を踏んだ人間だとは見抜いていたが、
自言い回し一つで"この世界における"自分の異質さを感じ取ったその洞察力に関しては純粋に評価していた。
「フン、答えてやる義理も理由も無い。俺は俺のことを赤の他人に話す気など無い」
「そう」
だがウラヌスにとってはそれだけの話であり、自分の素性や力の正体を話すかどうかは別問題。
タバサもタバサでその答えを想定していたのか、小さくたった一言呟いただけでそれ以上は追及しない。
日本政府が極秘に研究を進めていたPSI研究機関、能力開発研究組織グリゴリ、その初期作の1人、実験体第03号という自分の素性を知っているのは、
同じグリゴリの仲間と世界から虐げられたサイキッカーの集まりであるW.I.S.Eの同士だけである。
ウラヌスには会って数時間ばかりでしかないタバサにその真実や、自身の持つPSIの力を教えてやる気など毛頭無かった。
「貴方は元いた自分の居場所に帰りたいとは思わない?」
「さっきも言ったように帰る手段が無いんだろう? それに俺は一度死んだ筈の身だ。確実に帰れる手段があるのならそれも考えるが、今更帰ることにこだわろうとは思わない」
ほぼ未知数とはいってもどう見たって今のウラヌスがいるハルケギニアと言う世界は、ウロボロスの膜に覆われたあの崩壊世界よりは遥かに平穏な空気が流れている。
誰よりも何よりも、戦いと強さを渇望するウラヌスからすればそれに不満が全く無いというのも嘘になる。
しかし、自分で言ったように今更自分が帰った所で何ができるというのか?
あの戦いを死に場所と定めて消滅した以上、W.I.S.E第三星将としての自分はもういないも同然なのだ。
帰る手段も無い以上、少しは自分を生きたまま呼び寄せたこのタバサという少女に付き合ってみるのもいいかと、そんな風に考えていたのである。
「俺はアンタとこの世界の魔法やメイジというのに多少の興味がある。アンタが俺をここに置くというなら少しは付き合ってやる。俺としては戦いができればそれで十分だからな。それで満足いかなかったらアンタとやり合うって手もある」
「それで構わない。貴方が満足できるかはわからないけど、私と一緒にいるならメイジとしての戦いを目にする機会もあるかもしれない、求めるのなら私が相手になるのも吝かではない」
「ほう、それは楽しみだ」
使い魔、と呼ぶには程遠い関係ではあるものの、とりあえずはタバサと共に居るということでウラヌスは合意をした。
これから先の細かいことはわからないが、あの世界を生き延びてきたウラヌスからすれば至極些細な問題でしかない。
そういった思考の下での行動が一応の主? であるタバサをどれだけ悩ませようがウラヌスには全く関係のないこと。
ひょんなことから足を踏み入れることになったハルケギニアという異世界。
未知の環境に未知の力、まだ見ぬ自分の戦いの相手、それらに思いを馳せながらもウラヌスは部屋の中で沈黙を貫き始める。
「………………」
一方、タバサは一通りの話を終えて何をするでも無いウラヌスを前に、心内では様々な想いが渦巻いていた。
自分としても使い魔を呼ぶことに難の期待もしていないわけではなかった。
タバサという、ハルケギニアでは異質そのものな偽名を名乗り、己の存在を偽ってこの学院にいる。
出身であるガリア王家に命じられるままに危険な任務を繰り返すタバサの胸にあるのは王家への復讐と毒に侵された母の治療。
その助けとなる強力な幻獣、そうでなくても孤独な戦いを繰り返す自分の気持ちを軽くしてくれる何かを呼べたらとそう思っていた。
だが、自身のサモン・サーヴァントの召喚ゲートの先から現れたのはよりにもよって人間。
それも、自分と同じ普通とは程遠い、ハルケギニアでは見たことも無い様な身なりをした意識の無い男が1人。
人間を呼び出したということにタバサは当初、結構なショックを覚えていたのだが、意識を取り戻したその男、ウラヌスと話をしている内にその認識もすぐに変わっていた。
(……きっと彼も私と同じ……ううん、私なんかよりもずっと強い、戦いに明け暮れてきた人間の瞳)
話の内容もそうだが、タバサもウラヌスが感じたように、相対するウラヌスから同じことを感じ取っていたのである。
自分と同じ"まともじゃない" 戦いを求める人間がする人間らしい感情を廃した無機質な瞳を持っていたということ。
だがそれ以上に、纏うオーラや口振りから、きっと目の前の男は自分よりも上の実力者なのだろうということも察していた。
魔法が絶対視されるハルケギニアにおいて魔法を知らないというだけで頭の異常を疑っていいレベルの話になる。
しかし、コルベールとのやり取りや今までの自分との会話で、ウラヌスという男が言っていることが虚言ではないだろうということは何となくわかる。
その上で自分の実力を推し量り、それでいて尚自分が上であるという絶対的な自信の下での言葉。
何の根拠も無いその言い振りにタバサもほんの僅かにムッとしていたりもしたのだが、
それ以上にその自信の裏にあるであろう、ウラヌスの持つ正体不明の力にもタバサは興味を示していたのである。
魔法を知らない人間、なのにトライアングルである自分を一笑に付すだけのナニカを持っているだろう男。
ウラヌスと同じように強くなることを、復讐の為の強さを、強さを得るための危険な任務を、戦いを求めているタバサ。
あらゆる面で未知数であるウラヌスに対するタバサの興味は尽きないばかりであった。
目的の為に強さを求める少女と、強さそのものが目的である男。
それが2つの碧眼、ウラヌスとタバサの始まりの光景であった。