「うぅむ……まさかミス・ロングビルがフーケだったとはのう……」
事件を無事に解決し戻ってきた5人は学院長室で事の顛末をオスマンに報告していた。
流石のオスマンも信頼を置いていた自分の秘書が犯人だったとあって落ち込んでいるようだ。
「居酒屋の酒の席で出会ってな、尻を触られても全然嫌がらないもんじゃからついつい……おまけに魔法も使える優秀なタマじゃと思ってのう」
「死んだ方がいいのではないですか?」
が、直後に語られたロングビルことフーケの採用理由が余りにも我欲に満ちすぎたものであった。
何の感情も込められていない瞳でコルベールがぼそっと毒を吐いているし、事件解決の功労者であるルイズたちもオスマンに向けて軽蔑の眼差しを向けている。
そういう類の話に基本興味を示さないウラヌスでさえ、オスマンの口振りには呆れを見せていた。
「ま、まああれじゃな! 今にして思えば魔法学院に忍び込むための巧妙な罠だったのかもしれん! いやー、美人はそれだけで罪になるからのうコルベール君!!」
「何でそこで私に振るんですか!? ま、まあ確かにそれには同意しますが」
誤魔化す様に話を振るオスマンに何故かコルベールも同意をしてしまい、軽蔑の眼差しが更に鋭く、学院長室内の空気がより冷たい物へと変わっていく。
実の所を言うとコルベールも個人的にロングビルのことを異性として好いており、度々評価を上げるために色々やってきていた。
で、ロングビルがフーケとして仕事を行う数日前、彼女に乗せられてついつい宝物庫の詳細を喋ってしまったという失態も犯している。
つまるところオスマン同様、今回の事件の遠因を生み出してしまった1人とも言えてしまうのであまり強く言い返すことができなかったのだ。
「ま、まあともかくじゃ、よくぞフーケを捕え無事に破壊の杖を取り戻してきた」
唐突にこほんと大袈裟に咳払いをすると共にオスマンは無理やり話題を転換させる。
学院長としての威厳など最早全く存在していないエロジジイっぷりではあるが、
それでもオスマンが見事に任務を完遂して戻ってきたルイズたちのことを高く評価しているというのも紛れもない事実。
「ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストーの両名にはシュヴァリエの爵位申請を、ミス・タバサには精霊勲章の授与申請を王宮の方にしておいたからのう」
オスマンから語られた褒章の話にルイズとキュルケはぱあっと目を輝かせ、タバサもコクリと頷いて答えている。
功績に見合った褒章を貰えるというのは貴族であることを誇りとするルイズにとってはこの上ない物であり、
キュルケにしてもこういった褒美の品というものを受け取れるというのはそれだけでも喜ばしいことであった。
タバサは立場柄既にシュヴァリエの爵位を得ていたし、褒章にそこまで執着するタイプの人間でもないので前者2人と比較すると反応は薄かった。
が、喜びも束の間ルイズだけは一つ疑問に思うことがありオスマンに尋ねていた。
「あのオールド・オスマン、私の使い魔には……サイトには何もないのですか?」
「すまんのうミス・ヴァリエール……わしとしてもそれに関しては山々なんじゃが彼は貴族ではない。そういう意味ではそちらのミス・タバサの彼にも……」
「そんな」
申し訳なさそうに言うオスマンであったがこれにはルイズも納得がいかない、
あの事件の功労者と言う意味では、ゴーレムにトドメを刺したサイトも間違いなく含まれてもおかしくない。
サイトの活躍があったからこそゴーレムの撃破が成しえたのだしフーケの身柄も確保できたとルイズは考えている。
なのにそのサイトに何の褒美も無いのではあんまりではないかと。
「ありがとうございます、気持ちだけ頂ければ俺は十分ですよ」
「俺も結構だ」
気の良さそうな笑みと共にやんわり手を上げるサイトに、とことん興味無さげに壁に寄りかかったまま言い捨てるウラヌスはどこまでも対照的である。
貰えることなら貰いたいところではあるがハルケギニアに来てから半月余り、サイトもこの世界での貴族と平民という関係について少しはわかり始めてきている。
なのでオスマン自身の人柄も合わせて、自分が無理を言ってもしょうがないことだとしていた。
ウラヌスについては言うまでも無く普段通り、そういった褒章の類にはタバサ以上に執着を示す必要が無いというだけ。
未だ納得はしきれなかったものの、サイト自身がそう言っているのだからとルイズも引き下がることにした。
タバサの方はと言えばわかっていたと言わんばかりに無反応のまま。
「さ、今夜は待ちに待ったフリッグの舞踏会じゃ。主役は間違いなく君たちなのじゃから楽しんできなさい」
とまあ、破壊の杖の一件についてはこれでとりあえずお開きということらしく、オスマンはパンパンと手を叩いた。
舞踏会のことを聞いてキュルケは目の輝きを更にに強めて高揚した気分で学院長室を後にしそれにタバサが続く。
タバサの後に続いて壁に寄り掛かっていたウラヌスが腰を上げ、その後ろに追従する。
だが、少しの間を置いてルイズも出ていこうとするのだが、サイトはそれに続かずその場に立ったままだ。
「先に行っててくれ、俺はちょっと聞きたいことがあるから」
「そう、くれぐれも失礼の無いようにね」
そのくらいのことならとルイズも許可を与えて学院長室を後にした。
後に残されたサイトが破壊の杖ことロケットランチャーのことや、30年前のオスマンの知人のこと、
左腕に刻まれた始祖ブリミルの使い魔の証、ガンダールヴのことなどについて様々な情報を聞いていくことになるのだが、
それもまた、ウラヌスには何ら興味も関係もないことである。
*
アルヴィーズの食堂のすぐ上の階のホールで行われているフリッグの舞踏会。
煌びやかなホール内には貴族として恥じないように目一杯着飾った多くの生徒や教師たちで溢れ返っている。
普段以上に気合を入れて作られたご馳走のテーブルとワイングラスを片手に歓談する声で響き渡っている。
その中には自身の色気をより引き立てるパーティドレスを装い、何人もの男子生徒に言い寄られて笑っているキュルケの姿などもある。
「フン…………」
そのパーティホールから遠く離れた学院の中庭の一画。
学院の建物から漏れる光からも遠い場所でウラヌスは何をするでもなく、夜空に浮かぶ双月をジッと見つめるばかり。
「……10年前の世界と比べたらマシなんだろうが、やはり退屈だ」
死んでいた筈の自分がタバサというこの世界のメイジに召喚されて半月ほど。
闇の世界に身を置く彼女に付いていくままにいくつかの任務をこなし、人と違う怪物たちとの闘いを行ったりもしてきた。
しかし、やはりウラヌスの中では死ぬ寸前までいた、W.I.S.E第三星将として君臨していた頃のあの世界とは大きく劣る物であった。
翼人や吸血鬼もある程度は自分の興味を惹く存在ではあったが、それでも全力で満足できる闘いだったとは到底言えない物。
あの崩壊世界においてさえ上位の実力者であったウラヌスではあるが、あそこには自分が10年以上追い続けていた相手も含め、
自分に並ぶ実力者、上を行く実力者たちが確かに存在しており、その者たちを超える強さを得るという1つの指標が存在していたと言える。
「その手の怪物が、この学院と周辺にいるとも思えんしな……」
しかしこの世界に来てからはどうか?
ある程度のマシな相手も何人かはいたが、イルミナを失い弱体化した今の自分にすら並ぶ者、超える者がいた筈も無い。
いや、劣る者であろうと闘いになる相手がいるならそれでも問題は無かったのだが、
この世界の一般的な実力を持つメイジたちはウラヌスにとってみれば有象無象の禁人種にすら劣る存在でしかない。
そんな者たちを渇きを満たす為に求めるまま狩ったところで、却って逆効果でしかないということも理解している。
半月という長いともいえない時間、足を運んだ場所もハルケギニアの極々一部。
決めつけるのは早計だともわかっているし、だからこそ自分が闘いと言える強者を求めるべくもっと遠くにあらゆる場所に足を運ぶべきか。
「やっぱり退屈?」
「アンタか……どういう風の吹き回しだ?」
そんな感じで様々に思考を巡らしていたウラヌスの心内を読み取る様に呟かれた一言。
ウラヌスが振り返った先にいたのはいつものように感情の読み取れない無表情を浮かべたタバサの姿。
てっきり他のメンバーとパーティに参加しているものだと思っていたが、すぐにそんな考えも吹き飛んでしまう。
格好はいつもの学生服、手にしているのは愛用の長杖、そして……纏う空気は任務に赴く際の覚悟を決めた戦士の物。
それを他に誰もいない広々とした中庭で、ウラヌスが自分1人だけという状況で目の前の少女、タバサは隠すことなく向けてきている。
そこから想像できることは唯1つだけ。
「ここで今、貴方と闘いたい」
「やはりな、一応の理由を聞かせて貰おうか?」
「貴方と同じ、強くなりたいから。その為には貴方と直接闘えば得られる物が多い筈……貴方の強さを知るために、貴方のことをもっと知りたい」
冷たい瞳と無表情はいつも通りながらも、声に込められている力と纏う空気は真剣そのもの。
未知の力を、自分が強くなるためのヒントを得たいと思って興味を示し共にいることを了承したウラヌスという男。
何度かの任務や学院内で見てきた予想以上の、ハルケギニア全体で見ても上位に位置するだろう怪物染みた力の持ち主。
その男の力を、ウラヌス自身のことをもっと知るには、やはり彼が本心を剥き出しにする闘いの中でしかない。
下手をすれば命も落としかねない多大なリスクを覚悟の上でタバサは、杖の先をウラヌスの方へと向けている。
「いいだろう、俺もアンタと直接やり合っての力を見ておきたいしな。精々、退屈はさせるなよ―――」
「!! くっ……う……!!」
その覚悟の程を見極めた上で、ウラヌスが呟き終えるのと同時。
すっとタバサの視界からウラヌスの姿が掻き消えたかと思えば、目の前にいるのは拳を振り上げているウラヌスの姿。
回避は間に合わないと確信したタバサはとっさの判断杖を斜めに構えて全身に力を集中。
叩きつけられる膨大な衝撃は杖ごとタバサの小さな体を大きく吹き飛ばしてしまう。
「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ――」
宙に浮かび上がるまますぐさまタバサは詠唱を行いフライの魔法を発動。
急速に重力に引き寄せられる落下速度を和らげて安全に地面へと着地をする。
戦闘の際に跳ね上がるウラヌスの身体能力向上に付いても事前に知っていたからこそできた対応。
何の対策も無しにそのまま受け止めていたら、タバサの様な熟練者であろうと一撃で昏倒させられていたに違いない。
「成る程、何度か見てきたがやはりアンタはいい反応をする」
「ラナ・デル・ウィンデ――」
ウラヌスの称賛の言葉もお構いなし、すかさずタバサは距離を離したまま次なる魔法を発動していく。
風の鎚、エア・ハンマーの弾丸がウラヌス目掛けて一直線に向かってくる。
それもまた、並の手練れと比較すれば威力も速度もコントロールも数倍上の、任務の中で磨かれた練度の高い一撃。
だがウラヌスは歯牙にもかけずに容易く横へと飛び退いて回避に成功。
風の塊が遠く離れた城壁に直撃して霧散する中、ウラヌスは両腕に氷の銃を作り出してそれを握る。
「さっきも言ったが、簡単に倒れてくれるなよ?」
「…………!!」
氷の銃を構えるウラヌスを前にして、タバサはより一層纏う空気を重々しい物へと変えて気を引き締めていく。
言ってしまえば今の拳の一撃など、ウラヌスからすれば小手調べ、準備運動、いや、そういったものにすら及ばないだろうことはタバサもわかっていること。
ウラヌスの真骨頂はあらゆる物を広範囲にわたって凍結させる能力、
「いくぞ」
「ラナ・デル・ウィンデ――デル・ウィンデ……!!」
タバサでさえ追い続けるのに必死なほどの素早さでウラヌスは戦場である中庭を飛び回りながら氷の銃から弾丸を連打していく。
1発1発が致命傷、それでいて正確無比な弾丸の嵐をタバサは当たる直前に上手くいなしながら、回避の最中でも素早くスペルを組み立てていく。
動きを止めないウラヌス目掛けてのエア・ハンマーやエア・カッター、それらの攻撃が氷の弾丸の隙間を縫うようにして放たれていく。
だがそれでも研ぎ澄まされたタバサの魔法の数々も、ウラヌスを捉えるには至らず、一度も当たることなく彼方へと虚しく消え去っていく。
(やっぱり凄く速い……このまま続けたんじゃ、すぐに根負けしてしまう……!)
遠目から見ればお互いに攻撃を放ちながらも両者攻撃が当たることなく、戦局は五分のように見えるかもしれない。
だが直接相対しているタバサからすればそれは見当違いも甚だしい。
最初から全力全開、今の己が引き出せる力の全てを以てして攻撃と回避を組み立てている以上、体力の消耗も相応に激しい。
だというのにウラヌスは、そんなタバサの全力に対して涼しい表情で捌き切って見せているのだから。
地力の差は歴然、何よりそれ以上に厄介なのはタバサが翼人討伐の任務の際に自身の体でも感じた光景。
攻撃を避ける度に中庭の草原が凍りつき、大気に漂う空気の温度を急速に下げていってしまう。
それが続けばタバサはやがて寒さで動きが鈍っていき、反対にウラヌスの攻撃は大気の冷気を纏ってより威力と鋭さを増していくのである。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ――――」
ならばこれ以上小手先の攻撃を続けた所で何もならない。
勝ち目がほぼ皆無という絶望的な状況を覆すには、これ以上相手に優位を与える前に自分の最大を叩き込んで無力化するしか無い。
段々と呼吸が荒くなり、杖を持つ両手が下がり気味になってきたタバサは自分の顔面を目掛けて飛んできた氷の弾丸2発をかわし、
その上で左に大きく跳躍しながら更なるスペルを紡いで魔法を発動。
氷の魔法の使い手であるタバサが得意とするスペル、ウィンディ・アイシクルによって既に凍てつき始めていた大気中の水分が一気に氷結。
形成された何十もの氷の矢がウラヌスを貫かんとしてあらゆる方向から襲い掛かっていく。
「甘いな……ディープフリーズ」
自分の視界を覆う程の複数の氷の矢を前にしてもウラヌスは全く焦りを見せることは無い。
斜め横方向への跳躍で回避しきることも可能でありながら、ウラヌスは正面からの防御を選択。
素早く地面に叩きつけた右腕の先から形成されるのは、ウラヌスの能力の大本の具現化とも言える氷塊。
巨大な氷塊が瞬時にウラヌスの正面を覆う分厚い氷兵を姿を変え、飛来してきた氷の矢はウラヌスに当たることなくその氷壁へと突き刺さって動きを止める。
「ラグーズ・ウォータル・デル・ウィンデ――」
が、今のウィンディ・アイシクルの攻撃が通用しないだろうことはタバサにとっても想定の範囲内。
防御だろうが回避だろうが、それでも今の時点でのウラヌスの動きが自分の予想を逸脱しなければそれで十分。
残された力を振り絞って跳躍し、ウラヌスの背後へと回っていたタバサはスペルを唱え、自身の全力を叩き込む。
「!!―――」
初めてタバサが目にしたウラヌスの動揺、いつの間に背後を取られていたことに目を見開くまま、
ウラヌスはタバサの放ったアイス・ストームの嵐の中に飲み込まれていく。
ウラヌスの力で冷え切っていた大気ごと、その嵐は膨大な雪の結晶と共に辺りに吹き荒んでいく。
周辺の地面が抉られ、巻き上げられた土ぼこりですら瞬時に凍りつききらきらと輝く結晶へと姿を変えていく。
あまりにも暴力的なまでの冷気の嵐、それをまともに喰らい中心で立っていながら生きながらえる事など普通の人間でならありえないことだ。
ヒュンッッ!!
「あぐぁっ!!」
そしてタバサの闘っている男は、その普通を大きく凌駕している存在だということはタバサ自身もよく知っていること。
僅かな望みで勝利できたか、勝つまではいかなくともある程度の手傷は与えられたか、
油断なく杖を構えて尚も舞い続けるアイス・ストームの嵐の中心を見据え続けていたその直後、
大気を切り裂く高い音と共に、嵐を掻き分けながら向かってきたのは弾丸の様な速さの巨大な氷の槍。
気を張り詰めていたタバサですらあまりの速度で飛んできたそれをかわしきるには至らず、跳び退こうとしたタバサの左脚の脛を大きく抉り鮮血を舞わせる。
痛みに呻きながらタバサは地面を数メートル転がりながら杖を手放して倒れ込んでしまう。
「くっ……か……っ!」
行為スペルの連続にこれまでの回避行動、戦闘における機動力の要となる足の負傷、今のタバサはほぼ全ての力を出し切ってしまい動くことさえ覚束ない。
それでも悠長に倒れているわけにはいかないと、鉛の様に重い体に鞭打ちながら、転がる杖に必死に右腕を伸ばそうとする。
「あうっ……!!」
「勝負あったな」
が、タバサの抵抗も虚しく伸ばした右腕はタバサのすぐ横へと移動を終えていたウラヌスの右足によって踏みつけにされてしまう。
膨大な冷気を纏いながらもウラヌスはいつもの冷たい瞳を崩すことなく、右腕の氷の銃をタバサの胸元に押し付けながら静かに宣言する。
誰がどう見ても勝敗は決しており、タバサの完全敗北であった。
「やはり俺の思った通り、アンタは俺がこの世界で見てきたメイジの中で一番の手練れだ。魔法の精度も戦闘での動きも素人とは言えない、そのどれもが研ぎ澄まされている」
「…………」
「だがそれでも、俺の全力には程遠い、わざわざ俺自身の手で殺そうと思える程の価値は無い」
纏っていたPSIの力を、氷の銃を消滅させてから、身に付けいてるロングコートを揺らしながらウラヌスはタバサに背を向けて言い放つ。
恐れを知らない魔法学院の生徒たち、任務の先で相対した翼人や吸血鬼、今日の任務で闘った怪盗フーケの巨大ゴーレム。
そのどれにも勝る、闘い甲斐のある相手がタバサだと認識しての称賛。
だが、それでもやはりウラヌスの持つ実力からすれば、タバサでさえも小手調べ程度の相手。全力を出して滅すると思える程の力の持ち主ではない。
ウラヌスが最初から全力を発揮してタバサと闘っていたのなら、タバサは何度死んでいたかなどわからないくらいの実力の開きがあるのだから。
「まあ……アンタでもそうなんだからこの世界のメイジの実力の期待も大方目星がついたな。そうなれば後はまた、これまで通りにアンタが任務で闘うだろう―――何だ?」
「…………」
足を負傷したとはいえ、尚も立ち上がろうとしないタバサの方に向き直ったウラヌスが見たもの。
タバサの右目からツーッと流れ落ちていた一筋の雫、ウラヌスと同じ常日頃から冷たい無表情を保ち続けていたタバサが、
初めてウラヌスの前で感情を露わに、涙を流していたのである。
「……今の俺とアンタの実力差はアンタにも十分わかっていたことだろう、なのに何故泣く必要がある?」
「……私にもわからない……負けたことが悔しいわけじゃない……だけど……」
理解が出来ないという風に変わることない冷たい瞳を向けたまま仰向けに倒れるタバサを見下ろしているウラヌス。
流れる涙はその一滴だけ、だけどタバサにはそれを拭おうとする気持ちも見られたくないという気持ちも湧くことは無い。
自分でもどうにもできない感情の決壊、ウラヌスに負けたことの悔しさ以上に渦巻いているものの正体。
「最初は単なる好奇心だった……私は強くならなくちゃ、力を得なくちゃいけない理由が……復讐を果たすための、かあさまを守るための力がいる……」
「…………」
「でも、貴方と任務をこなしていく内に……貴方自身への興味も生まれてきた…………貴方の力と、貴方自身のことをもっと知りたいと……」
無言のまま射抜くような視線を向けているウラヌスに、普段とはまるで違う熱の篭もった声でタバサは己の感情を吐き出していく。
任務を続けていく内に見てきたウラヌスの力と、彼自身の人間性、闘いそのものを糧とし他は何も必要ないとする在り方。
その姿を目にするたびにタバサは、ウラヌスの持つ力と同じくらい、ウラヌス自身のことに意識が向き始め、同時に胸の中でモヤモヤした感情が生まれていた。
以前までは雑多な違和感程度にしか感じていなかったこと、それが今回の敗北を通してはっきりした物へと変わっていたのである。
「だけど、貴方は……強さと闘いが理由になっている貴方が……私にはどうしても理解できない……」
「同情でもしているつもりか? そういった感情こそ俺には無意味なものだ、俺がアンタと共にいる理由、それは前にも説明したろう?」
「わかっている……私は貴方の足元にも及ばない……私は貴方に戦いを呼び込むための存在でしかない……でも……それでも貴方は私が召喚したから……なのに、その私はこんなにも……」
傷の痛みと体力の消耗で発する声も段々と弱々しいものへとなっていく。
ウラヌスのことが可哀想だとか思っているわけではない、闘いそのものが理由であるならその認識を無理に変えるというつもりも無い。
ただ、それでもタバサがはっきりと認識していたのは、ウラヌスは自分がサモン・サーヴァントの召喚で呼び出した存在であるということ。
使い魔として接するつもりも、対等のパートナーみたいな関係を望んでいるわけでも無い。
だが、そうだとしてもウラヌスは自分の側にいてくれる、自分の闇の部分を隠すことなく接することができる相手だということは、
知らず知らずの内にタバサの中でも大きな意味を持つようになっていたのだ。
だからせめて、ウラヌスの求める闘いという目的を少しは満たせるだけの強さを持っていなくてはいけないのだと。
ところが直接闘ってみた結果がこのザマ、自分の実力はウラヌスに遠く及ばないものでしかない。
今まで命も失う危険性のあった数々の任務をこなし、それを生き延びて力を付けてきたという一種の自負もあった。
そんな物さえウラヌスの力の前ではちっぽけな物、何ら意味を持たないことでしかない。
タバサが只管に恥じているのはそんな無力な自分の情けなさ、ウラヌスの渇きを少しも満たせない、闘いを呼び込む道具程度の認識しかされていない現状に対する悔しさだったのである。
「私は……貴方のような強さに、少しでも辿り着きたいのに…………」
新たに涙がこぼれてくるわけでも無い、だがそれでもタバサは己の情けなさを直視するあまりに右手で両目を覆ってしまう。
今まで最も長い時間共に行動してきた少女の突然の感情の吐露、それすらもウラヌスは黙ったまま聞いていたが、
「…………追われる側の心境というのが、少しだけわかった気がするな……」
「え……?」
「いや、俺の個人的な感傷だ、気にするな」
いつもと変わらぬ平坦で冷たい口調、そこに僅かな違いが含まれていることをタバサは見抜く。
弱い自分を嘆くこと、辿りつけない強者の背を追うこと。
思えば日本政府の言いなりで01号を追い、その01号ことグラナに返り討ちされたことが、今の自分を形成したきっかけだったか。
W.I.S.E結成時に再会する前からグラナの強さを追い続け、その過程である闘いそのものが己の全てと化していた。
終ぞ敵うことなかったまま死に、再戦すらも望めない中でも自分は強さを、闘いを求め続けてタバサと共にいることを決めた。
そのタバサが初めて見せた生の感情、そこに嘗ての、今の自分と同じものを感じていたウラヌスは、
初めて闘い以外のベクトルでタバサに対して感じいる物があったのである。
「まあ、アンタが俺をどう思おうが俺が今のアンタに今以上の何かを期待する気も無い。それが嫌ならアンタが……待て……今度はどうした……?」
「……? あ……な……?」
それもまた、自分にはあまり意味の無い物だろうと切り捨てながらもウラヌスがまたタバサの方を向いて、そしてその視線が固定される。
一体今度は何があったのかとタバサも思い始めたその時、タバサは自分の顔に流れる温かな何かを察知する。
涙? いや、涙は今流した一回だけだ、それに今のこれはもっと下の方から感じる物。
それに何やら鼻の頭が熱い、体が妙に火照りだしている。
「これ……は…………」
ごしごしと違和感を感じた部分をタバサが擦り、目の前に両掌を広げてみれば付いているのは多量の赤。
戦闘の最中で大きく傷つけられたのは左脚だけ、細かい擦り傷はあってもこんなに出血するような傷は顔には負っていない。
なのに尚も流れ出るその正体、それが鼻血であることをタバサが気付いたその瞬間。
「ぐ……あ…………!!」
全身に帯びる熱が急激に高まり、脳が鈍器で思い切り殴られたように痛みだし、視界が一気にグラリと歪む。
今まで感じたことの無い、今し方の戦闘の外傷でも無い正体不明の体の違和感、
それが何なのかわからぬままタバサは、戦闘の消耗と高熱の苦しみに耐えきれずに意識を手放すのであった。
設定的に相当苦しいことはわかっているけど、
それでもこの小説を書いた最大の理由の一つが
これをやりたかったから。