トリステインの遠く西に存在している浮遊大陸上に存在しているアルビオン王国。
現在は王党派と貴族派による内戦によって平和と呼ぶには程遠い泥沼の様相を呈している。
そんな内戦すらも全く関係ないとばかりの場所、サウスコーダ地方の外れに存在しているウエストウッド村。
国内の人間にすら存在を知る者がほぼ皆無と言っていいこの村に辿り着くには、村の外に続く一本の小道、鬱蒼と生い茂る木々の森を抜けなくてはいけない。
だがよほどの馬鹿でも無い限り、その森の中へと足を踏み入れようとする者たちは存在しない。
何故ならその森は『忘却の森』 森の中で迷い込めば最後、己の名すら忘れてしまうという恐ろしい噂が広まっているのだから。
「はぁはぁはぁ…………!! な、何なんだよアイツは……!!」
「だから言ったんだよ……!! ヤベーから俺はやめようって……!!」
しかしここ数ヵ月、この森は『忘却の森』という名称に加えて新しい噂が流れ始めていた。
息を切らして必死に駆けるのは2人の男、内戦のゴタゴタで職を失い追剥や盗みで食いつないできた云わばチンピラ。
現状の打開の為に一山当てようと足を運んでいたのがこの森。
忘却に加えてもう1つの噂も耳にしており、それだけの曰くがあるのならその先には金になる何かもあるかもしれないと、
何の情報源も無しに無謀とも言える突撃を決行した矢先、すぐさまそれを後悔することになったのである。
「グオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
「ギィイイヤァアアアアアアア!!!!???」
「た、頼む!! 命だけは勘弁してくれーーーーッッ!!!!」
泣き叫びながら命からがら逃げていく男2人の後を、森の木々を薙ぎ倒しながら追いかけているのはまっ白い体にいくつもの紅色の瞳を持った巨人の化け物。
低く獰猛な雄叫びを何度も上げながらその巨人は、森に踏み入ってきた愚者を追い払うかのようにドスドスと音を立てながら歩み続ける。
やがて2人の男が森の入り口から外へと逃げおおせたのを見て、巨人はその進みをピタリと止めた。
「うんっ、お疲れ様ミドルギーガー01号!!」
直後、森の茂みの中から姿を現したのは額に大きな傷跡のある、袖の長い桃色のゆったりした服を着た、
ハルケギニアでは珍しい黒色の長髪をたなびかせる10代半ばの少女が1人。
少女は今の今まで凶悪なまでに2人の侵入者を追跡していた巨人に何の恐れも抱かずに満面の笑みで近づきながらその体をペタペタと触っている。
理由は至極単純、少女が巨人、ミドルギーガーと呼ばれたそれの飼い主であり制作者というだけのこと。
「それにしてもあんなのまだいるんだねえ、せっかく私が色々描いて人が入ってこないようにメーしてるのに」
次いで巨人の仕事を労いながら少女は不満げに頬を膨らませる。
『怪物の森』 それが『忘却の森』に続いて新たに流布している噂とその正体。
不用意に森の中へと踏み込めば記憶どころか命すらも失いかねない更なる危険地帯と化しているのである。
その噂の大元となっているのが1体だけでなく複数存在する白い巨人たちというわけだ。
「そういうわけだから、これからももっと頑張ってねミドルギーガー01号」
「………………」
ふりふりと手を振り森の奥へと消えていく巨人を見送る少女が侵入者を追い払っているのも目的あってのこと。
自分ともう1人を"この世界"に呼び、助けてくれたある少女の恩義に報いるため。
巨人の主である少女ともう1人も、森の奥に存在するウエストウッド村の住人の1人。
彼女たちは村の年長者である少女を守るためにこうして力を奮っているのである。
「……あ、あの。さっきまた大きな物音がしたんだけど、誰かがいたの?」
「あ、ティファニア。んーん大丈夫、ちゃんといつもみたいにミドルギーガーが追い払ってくれたから村のことはバレてないよ?」
「そ、そう……その、追い払ったっていう人たちは……」
「それも問題ないよ、ティファニアが言ってたことだからね。ちゃんと殺さないで追い返しただけー」
と、少女の下におずおずと姿を現したのがもう1人。
少女がティファニアと呼んだもう1人の少女、流れるような綺麗な金髪に若草色のワンピース、見る者の目を引く豊かな胸、
だがそういった特徴などどうでもよくなるくらいに彼女は普通の人間とは大きく違う、尖った耳を持っている。
多種多様の種族が存在し、翼人や吸血鬼といった人間に匹敵する知能を持つ異種族の中でもとりわけ人間から忌み嫌われている者たち、それがエルフ。
ティファニアはある事情で人間とエルフとの間に産まれたハーフエルフと呼ばれる存在。
人間ともエルフとも交われない忌子である彼女は、同じ村の住人である幼い子供たちと共に隠れ潜むようにして住んでいる。
正確に言うと、自分のことを妹の様に慕ってくれる姉とも言える人物もいるのだが、
その姉は自分の生活を支えるために外で仕事をしており、村の中にいることは少ない。
「そうなの……いつもごめんね。本当は私が1人で何とかしなくちゃいけないんだけど」
「いいのいいの! ティファニアは私達を呼んでくれて手当までしてくれたんだから。だからティファニアはいい人、私も信じられるいい人なんだよ!」
「う、うん……」
ぱあっと太陽の様な満面の笑みを浮かべる少女を前にして、ティファニアも嬉しくなって照れくさそうに笑う。
何を隠そうこのティファニアこそが忘却の森の噂にある忘却の正体であることを知りながら森の外に出ている者は3人だけ。
額に傷を持つ少女ともう1人は、そのティファニアがサモン・サーヴァントの魔法で呼び出した存在だったのである。
普段は家を空けることの多い姉にも促され、何か友達になってくれる生物を呼べたらと軽い気持ちで行使したはずの召喚魔法。
なのに召喚のゲートをくぐって現れたのは人間、それも2人、更に1人は大きな傷を負っている。
最初こそティファニアは混乱したものの、自分が召喚した以上しっかり責任を持たなくてはと気を持ち直し、少女たちを迎え入れてもう1人の治療も行ったのだ。
結果、少女はティファニアに大きな信頼を寄せ、今はここに居ないもう1人もティファニアのことにある程度気を許す様になっているのである。
「そう、ティファニアはいい人。私たちの命の恩人、だから私はティファニアとずっとずっと、これからも一緒にいてあげるから!」
「……ありがとう、カプリコ」
笑みを絶やさぬまま少女――元W.I.S.E第六星将カプリコはティファニアに右手を差し出す。
ティファニアもまた、自分が召喚したカプリコの真っ直ぐな気持ちが本当に嬉しくて、同じように笑みを浮かべて自分も手を差し伸べてカプリコの手と重ねていた。
*
トリステイン魔法学院からは離れた位置の地下にあるチェルノボーグの監獄。
今、その牢獄にいるのは先の事件で捕らわれ搬送されてきた土くれのフーケの他に複数。
「馬鹿な…………!!」
一瞬の内に肉体を両断されているのは、先にこの牢獄内に侵入していた白い仮面で顔を覆った黒マントの男のメイジ。
監獄内にフーケが捕らえられているという報告を受け、優秀な土のトライアングルメイジである彼女を自分たちの所属する組織に引き込むために遠路はるばるやってきていたのだが、
男の目論みは格子越しにフーケと交渉を始めた数分後、背後の入り口から姿を現したもう1人の手によって阻まれることになる。
何者であろうと予期せぬ形で第三者に姿を見られたからには生かしては置けぬと、仮面の男は素早く杖を引き抜いて姿を現したもう1人に魔法を放とうとしたのだが、
「かったりいことさせるな、雑魚の分際で」
仮面の男が行動に移るよりも遥かに早く、もう1人が腕を振り抜いたかと思えばその時点で決着はついていた。
未だ何が起きたかわからない仮面の男の眼前で、もう1人は巨大な光る剣を手にしていた。
素性が知れぬ他人とはいえ、人間相手に致命傷クラスの傷を与えても何の感情の変化も見せないもう1人。
「な、何でアンタがこんなところにいるんだい!?」
「お前がこんなところで情けなく捕まったからだろうが。でないとカプリコも五月蠅いからな」
「だからって胡散臭い奴だったけど全く躊躇なし……本当に恐ろしいねアンタは」
「同じ穴の貉なら死のうがどうしようが別にいいだろ、それにどうやら本体じゃあなかったらしいしな」
気怠そうに呟くもう1人、黒い短髪にボディラインの目立つ黒い衣装、目元を覆うゴーグルを身に付けた男のことを、フーケはよく知っている。
男の側で体を切り裂かれた仮面の男は、死体となって倒れ伏せることは無くそのまま風の様に体を消滅させていた。
フーケはすぐさまそれが風の魔法による偏在であることを見抜いていたのだが、
例え分身であろうと本体だろうと、目の前の男は何ら躊躇うことなく相手を切り捨てていただろうことも想像していた。
「どいてろ」
次いで男は光る剣を手元に収めたまま、フーケに対して警告を発する。
次に何が起こるかを理解したフーケは牢獄内の後ろの壁の端へと後ずさっていく。
直後、男が光る剣を大きく振るったかと思えば、フーケを捕らえていた鉄格子はズタズタに切り裂かれていた。
「相変わらず凄い切れ味だねえ……」
「お前らの使うチンケな魔法なんぞと一緒にするな、マチルダ」
「はいはい……私のゴーレムだってアンタの
一応は味方の筈の男ではあるが、ゴーグルの下に見える鋭い視線は敵に向けているそれと何ら変わることは無い。
やれやれと肩を竦めながらフーケ……いや、マチルダ・オブ・サウスコーダは平然と鉄格子を超えて外にいる男、元W.I.S.E第二星将ジュナスと合流を果たす。
ロングビルもフーケも世を忍ぶ偽りの名、マチルダこそが彼女の本当の名前であり、ウエストウッド村に隠れ住むティファニアが姉と慕う人物こそが彼女である。
元々父親がサウスコーダ地方の太守を務めていたのだが、ハーフエルフであるティファニアと生粋のエルフであるティファニアの母を巡ったゴタゴタに巻き込まれ、
紆余曲折を経て今はサウスコーダの奥にある森の中、ウエストウッド村で暮らしている。
怪盗稼業も自身の趣味が第一ではあったが、ティファニアの為の仕送り費用を稼ぐという一面もあったのだ。
その矢先にヘマを踏んで牢獄にぶち込まれたと思えば、助けに来たのはよりにもよってそのティファニアが呼び出した者たちの1人、ジュナスである。
「こんなことはこれっきりにすることだ。カプリコの頼みじゃなければお前など、いつでも斬ってもいいんだからな」
「う……冗談じゃないんだろうけど、本当にやめておくれよ……」
ギロリと殺意すら篭もっているであろうジュナスの目に睨まれると、マチルダはいつも生きた心地がしないのである。
ティファニアが呼び出し、母親から譲り受けた秘宝の指輪でジュナスのことを治療した関係で、カプリコは愛している人を救ってくれたティファニアに強い信頼を寄せるようになった。
だから基本的にカプリコはティファニアのお願いを聞いてあげると決めており、ティファニアの大切にしているマチルダも同じように特別と見ている。
そしてジュナスにとってのカプリコはいくら斬り殺そうが何とも思わない多数の第三者とは一線を画する特別な存在。
そのカプリコがティファニア経由でマチルダの様子を見てきてあげてほしいと頼んできて赴いてみればこの有様である。
本人が言っているようにジュナスがマチルダを渋々助けたのも、カプリコがお願いしたからというその一点に尽きる。
ジュナスとしては治療をしてくれたティファニアはともかく、殆ど接点の無いマチルダに対する信頼感情は薄い。
故に口を開く度、会う度にこんな調子であり、いくらティファニアの助けた男で、戦力的にはこれ以上ないくらいの存在であろうと、
いつ寝首をかかれるかもわからないのでヒヤヒヤしっぱなしなのだ。
「何にせよとっとと帰るぞ。仕事は当面休業することだな」
「わかってるよ……流石の私も懲りたさ、アンタに殺されるのもごめんだし、しばらくは村で大人しくするとしようかね」
既に切り殺した男、正確には魔法の分身の存在など思考の外。
ぶっきらぼうに吐き捨てるジュナスの後に付いて、マチルダは難なく脱獄を果たしていた。
*
アルビオン首都ロンディニウム、その一画に存在する貴族派軍の指令本部。
内乱開始当初から王党派の規模を遥かに上回り、圧倒的な優位に立っている貴族派は遂に王党派の守る首都すらも陥落して見せていた。
圧倒的な戦果を前に貴族派のメイジ達はお祭り騒ぎ、支配下に置いた首都にもあっという間に自分たちの軍の手を行き渡らせ物資の大半を押収していた。
「ふわああああ…………」
そんな湧きに湧いている貴族派の指令本部の一室、特別に宛がわれた一際豪華な作りの部屋の中で大欠伸を上げる男が1人。
ボリュームのある白髪に現代世界で言う胴着を思わせる羽織の様な服、そして右目は大きな黒い眼帯で覆っているガタイの良い男。
彼はガリアからアルビオン貴族派の協力者であり、一軍の指揮すらも任されている非常に高い地位にいる男であった。
貴族派の快進撃もこの男の持つ超常たる力によるところが大きく、貴族派内でも大きな噂になっている程。
「面倒くせえ……アイツの頼みだからとはいえいつまでこんなこと続けなきゃいけねえんだ……?」
尤も、退屈そうにロンディニウムの光景を眺めている男にとって、今のこの状況は自分の本意ではない。
実を言うとこの男もまたハルケギニアとは"違う世界"から呼び出された存在の1人。
元の世界で自分たちの世界の最後を見届け、対等の男と共に全ての元凶を打ち倒してそのまま果てた筈だった。
だというのに何故か生きたままこのハルケギニアにと呼び出され、今は召喚主の頼みでこうしてアルビオン貴族派に手を貸しているのである。
「王党派の連中も大したことねえみたいだしよ……俺はもっと、この世界をもっと色々見て回りてえんだが……いやでも、命の恩人の頼みをしっかり聞く方が人間らしいのか?」
1人でぶつくさ喋りながらあれこれ考え通しているその男。
貴族派の者たちは首魁も含めてその男を頼りになる戦力として慕っているが、それ以上のことは知らないし知ろうともしない。
あれこれと悩みを見せている男の感情は、その大半が後から知った知識によって演じているだけの作り物にしか過ぎない。
男の本心は無感情、闘うことだけを目的として生み出された特異なる存在でしかない。
自分を縛っていた枷を破壊し、まともな感情、人間らしさ、自分の内を理解してくれる存在を求めて彷徨う中で出会った1人の男。
その男と共に世界が変わる様を見届けながら、その中で男は外の世界を見て見たかったという己の本心に気付いたのだである。
「……アイツもアイツで危なっかしいからなあ……俺がいねえ間にまた変なことしてなけりゃいいんだが」
自分の知らない外の世界、そういう意味ではここハルケギニアも同じだということで付いていくことを決めた男の主。
その主もまた自分と同類、人間らしさを失いそれを求めて暴走する哀れな存在であった。
会うなりその狂気を剥き出しにしてきた主と対話を重ね、やがて内に秘めている物は同質だと笑い合い、使い魔とは違う対等の関係で付き合うことを決めた。
その主の命でやってきて肩入れしているアルビオンとその貴族派。
元から無かった人間らしさを求めた男は、失った人間らしさを取り戻そうと足掻いているその主に呼ばれたのもある意味で必然かもしれないなどと考えていたりもする。
「おお、ここにおいででしたか」
「んあ……? どうしたんだクロムウェル?」
と、あれこれ考えながら部屋の中をウロウロしていた男の部屋の下へとやってきたのは聖職者の衣装に身を包んだ中年の男性、
アルビオン貴族派のトップを務めているオリヴァ―・クロムウェルである。
他の末端の者たちと同様、基本的にクロムウェルもまた男に対して全福の信頼を寄せているのだが、
この日は何故かどこか不機嫌そうな顔をしていた。
「どうしたもこうしたも、今日は各区域の指令官を集めての会議を行うから貴方にも参加願いたいと事前に言った筈です」
「あー……おお! そうだそうだ、忘れてたぜ」
「まったく……貴方のお力添えあってのことだとはわかっているし多大な感謝もしていますが、もう少ししっかりして頂きたい」
「ははははは! 悪い悪い、そう怒るなって」
トップである以上、烏合の衆同然だった貴族派を纏め上げるのにそれ相応の苦労をクロムウェルは強いられている。
そして目の前にいる男もまた外国からの来賓という扱いではあるが、貴族派の戦力の重要な一翼を担う存在。
自分が貴族派のトップという役職を得られたのも男とその背後に存在する者のおかげであり、
更にいくら戦力的に優れているとはいえ、こういった会議などの場には遅刻ばかりで非常に適当であり、それが悩みの種となっているのである。
男の方は豪快に笑いながら謝っているも、反省の色はあまり見られないようだが。
「さあ急いでください、グラナ殿」
「へいへい」
急ぐように促すクロムウェルに続いて男――元W.I.S.E第一星将グラナはポリポリと後頭部を掻きながら部屋を後にした。