雪風と氷碧眼《ディープフリーズ》   作:LR-8717-FA

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CALL.13 "期待"

 地下水に操られた待女による襲撃から一夜明けて翌日、一行を乗せた馬車はアルトーワ伯の治めるグルノープルという街に到着していた。

 領土内に足を踏み入れた時以上の盛大な歓待の声を受けながら、街門に何人かの護衛を引き連れてアルトーワ伯が姿を見せている。

 老いて痩せこけた老貴族である彼の髪の色はくすんだ青、ガリア王家の分家筋であることを証明する色であった。

 

「ようこそいらっしゃいましたイザベラ様、我ら一同殿下の行幸を首を長くしてお待ちしておりました」

 

 右手を前に出しながら深々と頭を下げて影武者であるタバサに一礼。

 すると、顔を上げてからアルトーワ伯はタバサの顔……今はイザベラの物だがそれをまじまじと観察してから更に一言。

 

「以前にも増してお美しくなられたようですな。リュティスの様な王都と比べたら退屈極まりない田舎町かと思われますが、どうぞゆっくりおくつろぎください」

 

 変装がバレたとかそういうわけではなかったらしく、タバサは表情はそのままに内心でほっと一息である。

 同時に浮かぶのは率直な疑問、此度の黒幕と噂されているアルトーワ伯の第一印象について。

 人の良さそうな笑みを浮かべている老紳士が自分の容姿を褒める際にも、貴族特有のおべっかを言ってるような空気が微塵も見受けられない。

 その笑みが示す様に本心から心の優しい人間なのだろうというのがタバサの感じたアルトーワ伯の印象。

 

(どう思う?)

(さあな、これが演技だとするならなかなかの役者だとは思うが)

 

 周りに知られないようにテレパスを使ってのウラヌスとのやり取り。

 タバサの横後ろにちょこんと控えているウラヌスもまた、タバサと同じようなことを想っていたらしい。

 だからこそタバサはよりアルトーワ伯への疑問が膨らみ、昨日の襲撃も合わせて周りに悟られぬように推理を進めていく。

 イザベラが言っていたことが本当かどうかはわからないが、アルトーワ伯の雇ったという地下水、正確にはそれに操られた者であったが、

 少なくとも地下水の手引きで自分が襲撃されたということは紛れもない事実なのだ。

 である以上、アルトーワ伯の思惑がどうあれ今回のイザベラの小旅行兼視察のことを事前に知り、何かを企んでいる者がいるということ。

 地下水の更なる襲撃を警戒しながら、タバサはその黒幕も見つけなくてはいけない。

 

「夜には細やかながら晩餐会も開かれます。殿下にも是非ご参加いただけたらと……」

 

 思考に没頭しながらも、タバサは未だ温和な笑みを浮かべたままのアルトーワ伯に案内されながら屋敷の中を進んでいく。

 やはり昨日の地下水に操作された待女の浮かべていた作り笑いとは違う、本心からの表情にしか見えない。

 そんなアルトーワ伯はタバサの考えていることなど露知らず、歓迎の言葉と園遊会の詳細などについて語っていくのみ。

 アルトーワ伯の屋敷の庭園で着々と準備の進められている明日の園遊会。

 そこでは近在の貴族が行う『春の目覚め』という見事なダンスが披露されることなど。

 ハルケギニアの貴族派事ある毎に舞踏会や詩歌の発表によって暇をつぶすことが多い。

 尤も、一般的な貴族とは大きく違うタバサにとってはあまり心を動かされる物ではなく、ウラヌスに関しても言うに及ばずだ。

 

「どうぞ、ごゆっくり」

「ありがとう」

 

 やがてタバサが案内されたのは屋敷の中でも一番上等の客室。

 影武者とはいえ女王である以上、宿場と同じように常に一番のもてなしをされるのは常識であった。

 これまた丁寧に頭を下げてから静かに扉を閉めたアルトーワ伯の姿を見送った後、タバサは部屋の隅にある窓際から外の風景を眺める。

 王女が直々に姿を見せたとあって、外にいる貴族たちも普段以上に大忙しなのがそこからでもよく見えていた。

 

「どうだい? アンタなんかじゃ一生使えないいい部屋だろう? それも私の采配だってことを忘れないことだねえ」

 

 が、物思いにふける暇も無く乱雑に扉を押しのけてやってきたのは待女に化けているイザベラとその護衛を務めているカステルモール。

 この屋敷の全員が事情を知っているわけでは無し、万一ただの待女が王女の客室に許可も無く立ち入る姿を見られでもしたらイザベラの策など軽く吹き飛んでしまうというのに、

 そんなことよりもイザベラはタバサを小馬鹿にしたくてたまらないという下卑た笑みを浮かべるばかりだった。

 

「で、アンタから見てアルトーワ伯はどう思うの?」

「普通の貴族にしか見えない、彼が謀反を企てているとは考えにくい」

「そういうヤツに限って裏では何を考えているのかわからないもんさ。いつ身内に寝首をかかれるかもわからない恐怖ってのが身に染みてわかるだろう? 今のアンタの境遇が如何に恵まれているかこれでわかったろうさ」

 

 ケラケラと言いたい放題言ってからイザベラは部屋を去っていく。

 家族諸共今のタバサを地獄に叩き落としているのは紛れもないイザベラの父親であるというのに、それをまるで気にもかけない傲慢な言い振り。

 慣れきっているタバサはどうとも思っていないが、残されたカステルモールは怒りに顔を歪めている。

 

「昨夜はシャルロット様が襲撃されたというのに参じることが出来ず……護衛を申し出をあの女は一蹴し、外の警備を行えなどと……」

「貴方の所為じゃない、気にしないで」

「もったいなきお言葉……」

 

 次いでイザベラの足音が遠のいたことを確認し、カステルモールは申し訳なさそうに膝を着く。

 昨日のタバサへの真摯な言葉を見ればカステルモールがどうしたいのかも、それを正直に言えばあの天邪鬼なイザベラがカステルモールにどういった対応をするのかも全て手に取るようにわかってしまう。

 カステルモールの自分を守ろうとする気遣いもタバサは本当に嬉しかったが、同時に言葉には出さずに謝罪をしていた。

 何故なら今回の地下水の襲撃は、自分にとっても非常に重要な意味を占める物だったから。

 

「時にシャルロット様、差し支えが無ければお教え頂きたいのですが……」

「どうしたの?」

「シャルロット様と共に居るあの男……一体何者なのです? 見た所平民のようですがシャルロット様も特に気にしている様子は無く……」

 

 そしてカステルモールが加えて尋ねてきたのはタバサに同行していたウラヌスについて。

 若くして東薔薇騎士団団長という要職を担う実力者だからこそ、タバサと同じように見抜いてしまったウラヌスの内に潜む牙。

 平民だの貴族だのという分類すらバカバカしくなるような、深淵の如き冷たさと言い知れぬナニカをカステルモールも感じていた。

 忠誠を誓うタバサが良しとしているので今まで触れずにいたのだが、それでもカステルモールは気になって仕方なかったのである。

 

「彼は…………任務中に会った個人的な協力者」

「協力者、ですか? しかし素性も知れぬ正体不明の輩をシャルロット様が同行させているとは……もしかすると王家のスパイという可能性も」

「その心配はない、今は話せないけど彼の素性は私が保証する。それに実力も申し分ない。メイジではないけど並のメイジよりも遥かに強い」

「シャルロット様がそこまでお言いになるのですか……確かにわたくしも一目見て、只者ではないとは思っておりましたが……」

 

 かといってタバサも、いくら自分の味方側の人間が相手であってもウラヌスの正体について馬鹿正直に言うつもりは無い。

 そもそもタバサ自身もウラヌスに関する詳しい情報はわからないことの方が多いのだから。

 当たり障りのない程度、自分が信頼している実力者であるという風な説明を受けて、カステルモールも目を丸くしていた。

 

 

*

 

 

 周辺貴族などへの挨拶回りなども行っている内に、あっという間にまた夜がやってくる。

 夕食なども済み、宛がわれた客室内にいたタバサは眠ることも無くジッと椅子の上に佇んでいたが、

 やがて何かを決意したように立ち上がり、愛杖を片手に窓を開いて躊躇うことなく飛び降りる。

 

「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ――――」

 

 降下中にフライの魔法を発動させ、自身の体をふわりと浮かせて難なく着地。

 そして夜の闇にぼんやりと浮かぶのは、タバサの客室真下の一角にいつもと変わらぬ冷たい瞳を宿した男が1人。

 

「アルトーワ伯の部屋に向かう、今夜中に片を付ける」

「いいだろう、俺もどこかきな臭いとは思っていた」

 

 ウラヌスが待ち構えていたこともタバサには想定内。

 自分たちのいる場所からやや離れた最上階の一区画にある、未だ光の消えないアルトーワ伯の私室へと向かうことにする。

 昨日に地下水の手の者が姿を見せた以上、人気の少なくなった今夜にもまた襲撃が行われる可能性は十分にある。

 地下水そのものの撃退もそうであるが、その前にまずアルトーワ伯についての疑問を解消しておきたいというのが2人の共通認識であった。

 

「この上がそう」

 

 数秒もしない内にアルトーワ伯の私室の真下にと到達。

 タバサはフライを唱えて、ウラヌスはライズからの跳躍で最上階のその場所の窓の出っ張り部分に着地する。

 タバサがアンロックの魔法で鍵を開錠し、そのまま2人で部屋の中へと入っていく。

 

「何と姫殿下……こんな時間に窓からご訪問とはどうなされたのですか?」

 

 暖炉の側で椅子に腰かけながらアルトーワ伯は本を読んでいたが、予期せぬ来客に目を丸くしているようであった。

 それでも相手が王女でとその従者であることがわかると、すぐさま落ち着き取り払い丁寧な物腰で対応して見せている。

 対してタバサも慌てることなく、事前に考えていた通りの策を実行するべく表情と声を取り繕う。

 

「かくまってほしい」

「かくまうとはこれはまた穏やかではない。何があったというのです」

「実は今日ここに来たのは園遊会の為ではない、そこの私の側近と共に宮殿から逃げ出してきたのです」

「ヴェルサルテイルから!? 王家の中でどんな事態が起きたというのですか!!」

 

 突発的なタバサの語る虚実をアルトーワ伯は何の疑いも無く信じきっているようで、心底驚いたような素振りを見せている。

 そこに誰かを騙すような意図が含まれているとは演技をしているタバサも、すぐ横に立つウラヌスでさえ考えられなかった。

 地下水を雇い差し向けているのがアルトーワ伯ならば、標的である王女がわざわざ自分から匿って欲しいと言ってくるというのは正に棚から牡丹餅な事態の筈。

 が、王国内の混乱と目の前の王女の身の安全を心配するこの老紳士にそのような陰謀めいた物を腹に抱えている様子は見られない。

 

「謀反騒ぎでもあったのですかな? このような片田舎を治めていると首都の情報が伝わるのがどうも……」

「……そう、謀反騒ぎ。貴方にその疑いがかかっている」

 

 だが確証と言える物がもう少し欲しい、そう考えてタバサは瞬時に表情を切り替え更なる揺さぶりをかけることを決める。

 悲しみに暮れる王女から一変、杖を向ける今のタバサはイザベラの姿をしていることもあって正に有無を言わさぬ暴君の如し。

 

「なんとこの私に嫌疑がかかっていると!? 何をそんな馬鹿なことを!!」

「税の支払いの滞り、降臨祭の未参加など、貴方のことを疑う声が強まっている」

「税については昨年は不作であったと申した筈です! 降臨祭についてもその時は持病の痛風が悪化して外出などできる状態ではなかったと確かに!!」

 

 顔面蒼白でアルトーワ伯が怒りを見せているのも単に自身の弛まぬ王家への忠誠心を疑われたが故。

 税収に関する帳簿をわざわざひっぱり出してきてまで凄まじい剣幕で老貴族はまくし立てている。

 これがもし、本当に王女を欺くための演技だというのなら別の意味で凄い役者ぶりと言えるのだが、

 

「長年ガリア王家に忠誠を捧げてきた私を疑いになるとは何たる侮辱! 生きる価値すら見失いそうですわい! なれば今この場で我が首刎ねて王宮へと持ち帰り、忠誠の証とされるが良い!!」

「……ごめんなさい、貴方の忠誠心は確かに本物」

「ぐ…………!!」

 

 怒れるままに杖を取り出し、本当に自分の首下に向けて魔法を放とうとしているアルトーワ伯の腕にタバサの放った風が直撃する。

 小さく呻くとともにアルトーワ伯の持っていたワンドがカラカラと音を立てながら部屋の中を転がっていた。

 忠誠の下でここまでして見せる相手が演技をしているわけなどある筈も無い、今のやり取りでタバサはアルトーワ伯を完全なシロだと判断していた。

 

「……トランスで頭の中を覗くまでも無い。あの婆さんと同じだ、コイツに何かを企む度胸などあるまい」

 

 フウ、と溜め息を吐きながら呟くウラヌスの声を聞いて、タバサはその判断をより確信めいた物へと変えていた。

 遂には泣き崩れてしまったアルトーワ伯を前にして、タバサは再び頭の回転を速めていく。

 アルトーワ伯はシロ、つまり地下水の雇主という推測もその時点でデタラメになったと言える。

 だが地下水の襲撃自体は何度も言うように確かにあった、でもそれはアルトーワ伯が指示したことではない。

 であるならば、この日の王女が小旅行に出かけることも目的地がアルトーワ伯の屋敷だということも知っている黒幕が他に存在している。

 それだけの事細かな情報を知り得ていて、このような襲撃をしてくる人物がいるとすれば……

 

「おやおや、王女ともあろうお方が平民の従者を連れてこのような時間に歳の離れた紳士の部屋を訪れになるとは……王家の一員としてあまり相応しくないと言えますね」

 

 答えに行きつく寸前、部屋の中に聞こえてくるのはその場にいる誰のものでも無い物。

 タバサ含めた全員が一斉に振り返った先にいたのは、いつの間にか扉を開いて姿を現していたローブと仮面で姿を隠した騎士の出で立ちをした男。

 しかし、姿に見覚えが無くともタバサは余裕たっぷりの慇懃無礼な口調と身振りで相手が何者なのかをすぐに察していた。

 

「地下水?」

「その通り、二度もお会いできるとは光栄至極です、姫殿下」

「アルトーワ伯は雇主ではなかった。貴方の本当の雇主は何者」

「前日も申し上げた筈です、それは言えないと」

 

 昨日とは違い、先手を取ったのは仮面の男こと、地下水を名乗る襲撃者の方であった。

 瞬時に詠唱を終えた地下水が、タバサに向けてエア・カッターを放つ。

 

「ライズ……!!」

 

 魔法で相殺するにも防ぐにも間に合わない、ならば確実に避けることが先決。

 すぐさまタバサは脳に意識を集中、ライズを発動して身体能力を向上させて右へと飛び転がって地下水の一撃をかわしてみせる。

 一体何事かと慌てふためくアルトーワ伯に、事の成り行きを黙って見ているだけなのはウラヌス。

 

「何と、前日の時といい殿下の身体能力の高さには驚かされますね」

 

 相変わらず余裕たっぷりの口調であったが、タバサは少しも気を緩めることは無いばかりかより緊張を強めている。

 詠唱速度も床に刻まれている傷跡も昨日の比ではない、騎士の格好は見た目の誤魔化しではなく恐らく本物。

 つまり、今ここに立っているのは今度こそ本物の地下水である可能性が高い以上、少しの油断も許されないのだ。

 

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ―――」

 

 すかさずタバサは屈んだ態勢から杖を前に出して詠唱を行う。

 放たれる魔法は得意のウィンディ・アイシクル、部屋の中の僅かな水分が膨大な氷の矢となって形を成し、地下水に向けて一斉に襲い掛かっていく。

 

「甘い!!」

 

 だが、地下水もまた更に魔法を発動、彼の眼前に吹き上がるのは多大な熱量を伴った炎の壁。

 火属性の魔法、ファイヤー・ウォールの防御によってタバサのウィンディ・アイシクルの氷の矢は残らず防がれてしまっていた。

 水属性を得意とする筈だったメイジが、自分が得意とする魔法を防御できるほどの火属性の魔法まで使って見せるという光景。

 タバサの中での地下水に対する強敵という認識がより一層強まっていく。

 

「「ラグーズ・ウォータル・デル・ウィンデ―――」」

 

 だからといってここで退く気などタバサには毛頭無い。

 すぐさま新たに詠唱を始めたのはタバサも地下水もほぼ同時であり、紡がれるスペルも同一の物。

 やがてこれまた同じタイミングで両者が行使するのはアイス・ストーム、冷気の混じる竜巻を発生させる高レベルのスペル。

 狭い部屋で中の物を吹き飛ばしながらぶつかり合う2つの猛吹雪であったが。

 

「!!―――ライズ……!」

 

 センスによって高められた感覚器官があったからこそわかったこと。

 タバサの想像通りに地下水のアイス・ストームがタバサのソレを押し切って彼女を飲み込もうとする。

 が、直前にそのことを予測したタバサはストレングスの効果を上げ、大きく斜め後ろに跳び退きながら回避をして見せる。

 地下水の放ったアイス・ストームが部屋の窓を突きぬけて彼方へと消えていく中、尚もタバサはライズで高められた肉体を動かして地下水へと接近。

 

「自身の魔法が押し負けることを考え素早く接近戦へと切り替える、本当にお見事な判断です」

「……ッ!?」

「ですが殿下もお分かりであった筈、私も体術にはそれなりに自信があるのです……よっ!」

 

 しかし、地下水にとってはそれすらも想定の範囲内であったようで、タバサの振りかざした拳の一撃を直前で掴んで見せていた。

 ギリギリとタバサの細腕が地下水に封じられるまま、地下水は動きを止めたタバサに横蹴りを放つ。

 咄嗟にタバサが引き下がろうとするも完全には間に合わず、地下水の一撃はタバサの反対の手に持っていた杖に当たり部屋の隅へと吹き飛ばしてしまう。

 

「それにしても情けないものですね、雪風ともあろうものが同じ雪風とのせめぎ合いに敗れてしまうとは」

「…………」

 

 体制を立て直したタバサに向けての地下水の余裕の一言。

 未だ尚、イザベラの影武者として動いている筈の自分のことを本来の二つ名で呼称した。

 つまり自分が偽物であることまで見抜いての襲撃、そんな悪趣味なことを命令するような人間ならばもう1人しかいるまい。

 完全な確信を得たタバサは珍しく怒りを面に出し、ギリッと奥歯を噛み締めている。

 その表情、まさしく普段のヒステリーなイザベラそのものへと変わっていた。

 

「ですがこれで終わりです。杖無きメイジなど平民にも劣る無力なもの」

「で、殿下!!」

 

 またしても地下水が詠唱を始める。

 部屋の隅に転がる杖を拾うのも、咄嗟に杖を取り出したアルトーワ伯が魔法を発動するのも恐らく間に合わない。

 一か八か懐に飛び込んで一撃与えるにしても、また先の様に防がれては意味が無い。

 ならば、自分が今できることは一つ。

 

「ッ…………!!」

「な――――はごっ!!? つ、杖を持たずに……な……ぜ……!!」

 

 カッと目を見開いたタバサがイメージを瞬時に構築し、次に起こったのは膨大な風の塊の形成。

 エア・ハンマーと全く同じと言っていいそれが地下水が魔法を放つよりも更に早く、彼の体に直撃していた。

 完全な優位に立っていた筈の相手からの予想外の一撃が何なのかを理解できることも無く、地下水は意識を失ってその場に倒れていた。

 

「……く…………ッ……!」

「え……な、何と!? シャルロット様!?」

 

 直後、襲撃を跳ね除け勝利したタバサもぺたんと腰を落として倒れ込んでしまう。

 同時に無茶な力の使い方をしたのがたたったのか、フェイズチェンジの魔法の維持も切れてしまっていた。

 杖を使わずに魔法らしき物を発動したことに加え、王女イザベラであった筈の相手がその従妹であるシャルロットであることを目の前にしたアルトーワ伯は益々混乱するばかり。

 遂には譫言の様に何かを呟いたかと思えば、脳の許容量がパンクを起こして地下水と同じように気を失って倒れてしまっていた。

 

「はっ……はあ……」

「今のアンタにはこの程度が限界、か。だがまあ、魔法と組み合わせての戦闘構築は悪くない。本当にアンタの成長速度には感心する」

「……そんなこと、ない……最後に使ったアレで精一杯……複数のPSIを確実に同時使用できるようになるには……まだまだ、訓練が足りない……」

 

 だがアルトーワ伯のことなど眼中になく、タバサの方へと歩み寄ってウラヌスはそんなことを言っていた。

 タバサの方はと言えば呼吸を荒げて焦点の定まらない瞳でウラヌスを見ながら返答を返している。

 杖が無ければ魔法は使えない、その常識を逆手にとっての最後のバーストによる風の一撃。

 しかし、今回の戦闘ではライズも使っていた故に消耗も激しく、魔法の連続使用もあって精神力もPSIを使う余力も共に残っていない。

 体力的な消耗ばかりでなく、鼻からツーッと赤い液体が流れているのもタバサは感じていた。

 事実地下水は強敵であり、未熟な自分のライズによる体術ばかりか得意とする魔法の威力でまで敗れ、勝利できたのは不意を突いての一撃が決まったからこそ。

 強敵相手に勝って見せた自分へのウラヌスの称賛の言葉は嬉しかったが、同時に反省点も数多くあるのだと。

 

「でも……貴方も見ていたようにそこにいる地下水は私を超える強敵だった……なのに何故、貴方は闘おうとしなかった」

 

 まだ立ち上がることが出来ず、どうにか呼吸を整えながらタバサは更なる疑問をウラヌスにぶつける。

 ウラヌスが任務に同行する目的は自分の渇きを少しでも満たせる相手と闘う為に会った筈。

 地下水でもそれはまだ全然足りなかったろうが、それでもウラヌスが傍観を貫く理由にはならなかった筈なのだ。

 自身の目的沿わない今回のウラヌスの選択した行動がタバサにはわからなかった。

 

「前までのアンタならすぐにでも横槍を入れてたんだろうがな……前にも言ったようにアンタが特別だからだ」

「私が力をつけることと、貴方自身の闘いについては、直接的な関係は無い筈」

「アンタがいる限り同じような相手と闘うチャンスはいくらでもまだある。それにいずれ俺と闘うだろうアンタの成長度合いを正確に見極めておきたかったしな」

「…………」

「事実アンタは俺の期待以上に力を付けている。なら、少しばかりの敵を切り捨ててアンタに期待をかけておく方が効率的だ」

 

 口調の雰囲気は少しも変わらず、結局はタバサのことを想ってだとか殊勝なことではなく、自分の目的に沿ってのことでしかない。

 だが、それでもタバサは自分の成長に対する賛辞以上に、唯一の自分の糧とまで言った行為を我慢してまで、

 自分を特別視して期待をかけてくれているということの方により心を揺さぶられ、PSIの過剰使用とはまた違う熱を顔に帯びていることを感じていた。

 

(……俺がこんなことを言うとはな……グラナやジュナスもこういう気分だったのか?)

 

 一方のウラヌスも、自分が似合わないことを言っていることを自覚していた。

 闘いそのものを糧とする己の在り方、タバサがいずれそれを満たす素材になることを考慮しても、目の前の闘いを見過ごす理由にはならない筈だった。

 だがそれでも自分は闘いではなく初めてそれ以外を、タバサの力量を見測るという方を選択していた。

 今までの自分の在り方から考えればあり得ない選択をしたものだと思いながらも、同時に脳裏に過るのは自分の上の実力を持つ2人の星将。

 決して届かない壁として追われる側の立場、有象無象の大多数とは違う特別な感情を抱く誰かがいる。

 あの2人と同じそういった類の感情を今の自分が持っていることを想うと、存外それも悪くないという風に思えていたのだ。 

 

「まあいい、とにかくこいつが……いや、コレが地下水の正体ってことでいいんだろうな?」

「恐らく……そしてコレは私の正体をわかっていた、つまり今回の任務を仕組んだのは……」

 

 自分の変化を感じていたウラヌスは話題を転換、すぐ側で伸びている本物の地下水の方へと意識を向ける。

 それに答えるタバサも鼻血を拭ってからゆっくりと立ち上がり、地下水の姿を真っ直ぐに捉える。

 だが2人の視界に映っているのは仮面をつけた男ではなく、その男の手に握られている鈍い銀色の光を放っているある物。

 

「……成る程、流石の俺も少し腹が立ったな。あのゴミクズ女め」

 

 今回の襲撃事件の真の黒幕、それが誰なのかタバサにもウラヌスにも既にわかってしまっている。

 さっきまでの喜びも吹き飛んでしまうような、タバサですら怯え竦んでしまう程のプレッシャーを放つウラヌスがそこにはいた。

 

 

*

 

 

 同じ頃、待女に化ているイザベラはアルトーワ伯の屋敷の別室で何人かの部下を侍らせながらソファに腰掛けていた。

 

「ひひ……あの人形女も今度こそお終いだろうねえ、あの地下水が相手ならタダでは済まない筈……いいザマ!」

 

 自分が差し向けたであろう刺客にズタボロにされている従妹の姿を想像しては歪んだ笑い声をあげるばかり。

 そう、今回の地下水襲撃を計画した張本人こそが、紛れも無くタバサに任務を通達したイザベラ本人だったのである。

 その理由は単純明快、嫉妬を抱くタバサに痛い目を見せると同時に自分の退屈を満たす為という超個人的な理由。

 

「イザベラ様、わたくしです、地下水です」

「おやどうしたんだい?」

「任務完了のご報告をと参上しました」

「おやご苦労! あの生意気な人形娘をたっぷり痛めつけてやったんだろうねえ」

 

 と、その段でイザベラの気分を益々高揚させる声が扉の先から響いてくる。

 任務を終えたという地下水の言葉に気分を良くしながらイザベラは部下に視線を促し扉を開けさせる。

 

「イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ―――」

 

 だが次の瞬間、僅かに開かれた扉の隙間から漏れ出したのは眠りの魔法、スリープ・クラウドの詠唱。

 地下水が得意とするその魔法の発動により、イザベラを除く部屋の中の者たちは全員が深い眠りへと誘われていた。

 

「なっ!? 何のつもりだいアンタ、地下水!?」

「すまないね姫殿下、流石にこんな化け物相手じゃ俺でもどうにもならねえよ」

「どうにもって……!! あ、アンタは……!!」

 

 突然のことにわけがわからず声を荒げるイザベラが瞬時に体を固まらせてしまう。

 扉の先から現れたのは1本のナイフを片手に持つ、ロングコートを纏う1人の男、ウラヌス。

 ウラヌスが手にするそのナイフ、意思を持つ武器、他者の意識を乗っ取り宿主を変えてはその力を振るってきたインテリジェンスナイフこそが地下水と呼ばれる傭兵メイジの真の正体であった。

 記憶や意識の操作も自由自在、自身の持つ魔力に宿主の実力が上乗せされる形で更に力が増すという仕組み。

 タバサが一度目の襲撃で手ごたえを感じなかったのも、魔力や戦闘の素養が全く無い平凡な待女に宿っていたからこそであった。

 地下水もまた、いつ死ぬかもわからない半永久的な自身の人生に暇を持て余しており、

 ひょんなことから雇主となったイザベラの命令の下で、北花壇警護騎士団のメンバーを始めとした多くの者の体を乗っ取って、金や名声といった俗な欲求を満たすために闘い続けていた。

 体を乗っ取るという曰く付きの物品を何の説明も無しに平然と他者に委ねていたのも、イザベラが騎士団のことを自分の駒、退屈凌ぎの玩具程度にしか考えていなかったから。

 そしていつもと同じようにその退屈凌ぎを、アルトーワ伯にデタラメの疑いをかけ、影武者任務という形でタバサを呼び出し地下水をぶつけるという形で行っていたのである。

 

「俺もヤキが回ったもんだな。まさかお前程度のゴミクズにまんまと踊らされることになるとは」

「ゴ……ゴミク……ず……………だ……が…………ヒ、ヒアッ……!!」

「敵をぶつけることに異存は無い。だが、こんな形でお前の退屈凌ぎの茶番に振り回されることなどまっぴらごめんだ」

 

 だがまたしてもイザベラにとって計算違いだったのは、ウラヌスというハルケギニアの常識を超越する存在が側にいたということだ。

 正体を察したウラヌスが地下水を拾い上げ、自身のPSIの力で地下水の憑依を軽く抑え込み、動揺する地下水に脅しをかけた結果、

 粉微塵にされたらたまらないと地下水が今回の騒動の真相を洗いざらい全部話してしまっていたのである。

 今のウラヌスは初対面の時とは比較にならないプレッシャーを伴ってイザベラの前に立っている。

 死ぬことさえも易しく思える程の恐怖を感じ、腰を抜かしたままイザベラはまともな言葉を発することもできない。

 

 

ガキィンガキィンガキィン!!!

 

 

「お前は黙って任務だけ伝えていればいい、もし今度同じような形で俺を不愉快な茶番に巻き込んだら――」

「は……………あ……」

 

 

――消す。

 

 

 膨大なプレッシャーと共に放たれる数発の氷の弾丸、そしてより鋭く細められた視線での最後通告。

 あまりの恐ろしさにイザベラは喚き散らすことも出来ずに完全に気を失ってしまっていた。

 

 

 

 王女を狙った襲撃者についての一連の出来事は、余計な騒ぎにならないように内々で片付けられることになり、今回の任務は終わることになる。

 尚、翌日のアルトーワ伯の屋敷で行われた園遊会では、普段のヒステリーな態度とはまるで違う、落ち着き穏やかな雰囲気の王女がいたこと。

 翌朝に待女の1人が服の一部を湿らせて気を失い倒れていたことが他の使用人の間で噂になっていたことを付け加えておく。

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