雪風と氷碧眼《ディープフリーズ》   作:LR-8717-FA

15 / 43
CALL.14 "牛頭"

 この所オルレアンの娘は任務に赴く際、強力な「メイジ殺し」の協力者を連れて行っているらしい。

 ガリア国内の所謂ジョゼフ派の間でこういった噂が流れ始めている。

 その協力者とは言うまでも無くウラヌスのことで、彼自身も決してタバサの身を心配してだとかそういった理由があるわけではない。

 自身が闘いを求めるため、最近では自分と同じ力を目覚めさせいずれは自分と闘い満足させてくれるだろうタバサの成長を見極めるためといった理由も加わっている。

 だがいずれにしてもその全ては自分の目的の為でしかなく、ウラヌス自身はタバサの素性を把握しきっていないこともあって、ガリア国内の政治事情など眼中にない。

 が、本人がそうであっても周囲の者がそのように見ているとは限らない。

 シャルル派の協力者は表立ってタバサに手を貸せないように隅から隅までジョゼフ派の人員が抑えている筈の中、

 唐突に姿を現し膨大な力を躊躇なく振るうウラヌスの姿に、段々と警戒心を示す様になっていていたのである。

 

「ほう、大したもんじゃないか、アンタの考える強さってのの具現化がそれというわけだな?」

「作り出せるのはまだ尾や爪、顔といった一部分だけ。いずれは全身を象り自在に出し入れ出来るようにしたい。貴方のディープフリーズの様に、空中を自由に移動できる力も欲しいから」

「成る程な、だが空中を飛ぶだけならフライやレビテーションの魔法があるしバーストと組み合わせて使えばいいだけだろう、それにそれだけ巨大な物体を高度なエネルギーで固めるとなれば、バーストの為に消費する力も甚大だ。まだそれほど日が経っていないアンタに耐えられるか?」

「……耐えること、我慢することは得意。完成したところで貴方のディープフリーズに比べれば幼生でしかない。完成はスタートライン、後はそこからどう力を増していくかが重要、フライとは違う長距離の移動と瞬間的な攻撃行動ができるようになりたい」

 

 いつものように任務値に向かうための竜篭の中、ウラヌスが目にしていたのは尚も力を増し続けているタバサの発動したバースト。

 自分に生きることを、狩られる者から狩る者の覚悟を教えてくれた大切な少女の命と引き換えに討伐した初めての怪物、その素体となった幻獣。

 他の多くのメイジにとってもそうであろうが、タバサが考えている人を超えた生物の頂点に立つであろう幻獣もそれであった。

 その体の一部を自分が得意とする魔法と同じ成分を持つエネルギーで固めて具象化して見せていたのである。

 

(シャイナが見たっていうガキと理屈は同じか……それにしても相変わらず驚かされる、前の任務からもそれほど日は経っていないが、こうも成長が早いとはな)

 

 一所のお披露目も済んでまた本の中の世界へと戻るタバサに視線を固定したまま、ウラヌスは内心で感心を浮かべている。

 地下水との闘いの後、まだまだ力が足りないとタバサはより一層のPSIの鍛練に励むようになっていた。

 1分1秒たりとも無駄にする暇など無いという気迫で、ここ数日ウラヌスから見たタバサの姿も基本的に自主訓練に没頭しているという光景ばかりだった。

 その努力が着実に実っているというのもあるのだろうが、それを考慮してもやはりタバサには高いPSIの才能が備わっているとも感じている。

 現にライズの精度はあの闘いよりも大きく上がり、バーストに関しても今し方見せて貰ったものでその成長度合いを十分に窺える。

 苦手としていたPSIの複数同時使用についても、最近では実戦で十分に使用できるレベルになってきていると踏んでいる。

 勿論、ウラヌスからすれば自分の本気にはまだ全然及ばないが、それでも並のPSI使いとは一線を画するだけの光る物がタバサにはあるのだと。

 

(……正解だったということか。このまま頭打ちにならずに成長していけば、遠からず俺が闘うに値するだけの逸材に成りうる)

 

 先日の任務の時から感じている心境の変化、ウラヌスとしては日々強くなるタバサを見ているとそれに心地よさすらも感じる程になっていた。

 まだまだ確定はしきっていないものの、順調に力を付けてきている自分が初めて特別と見なした少女であるタバサ。

 自分の渇きを満たすであろう存在として、彼女と共に居ることそのものが悪くないとも思えるくらいに。

 

「そして今回の任務もまた、アンタの力を試すにはうってつけというわけだな?」

「……依頼先と内容を加味すると王家側も焦っているのだと思う、たぶん貴方のことも感づいてきている、それだけの強敵……が、いる筈」

「構うことは無い。アンタの力を見るのもいいが、俺自身が闘うに値する相手がそこにいるならこれ以上ないことだ」 

 

 本から顔を上げて任務内容が書かれている書状に目を通すタバサの表情に緊張の色が見える。

 北花壇警護騎士団団長であるイザベラ、彼女がタバサに依頼を下す目的は王家の意向に沿っての物だがそれ以上に彼女自身の嫌がらせ目的というのも多分に含まれている。

 無論、タバサが任務をしくじり命を落とすような事態になろうがイザベラとしても知ったこっちゃない事態なのだが、

 それ以上にイザベラには憎い従妹を任務によって生かさず殺さず苦しめて見下してやりたいという下賤な思考が渦巻いている。

 だが今回の任務はそんなイザベラの、仮にも王族の血を引く王女の力さえ上回る意思の下で通達された物だったのである。

 つまりその危険度も普段以上、本気でタバサでも敵わない様な恐ろしい怪物が待っているということ。

 

「噂に違わない底無しの生命力とやら、アンタの吹雪と俺の冷気にも耐えられるのか見物だな」

「…………」

 

 普段はどんな任務であろうと平静を保っているウラヌスが、初めてといって言いくらいに今回の任務の敵に対して遭遇前から期待を見せている。

 珍しい物を見たといわんばかりにタバサもまた普段の無表情の上に動揺を浮かべていた。

 

 

*

 

 

 今回のタバサとウラヌスの任務先であり、依頼を出してきたエズレ村もまた鬱蒼と生い茂る森の中に存在する田舎であった。

 エギンハイムやサビエラの時と同じように領主に騎士の派遣を願い出ても本来なら梨の礫同然、そんな場所にとある怪物が現れたのだという。

 

「おお、ようこそお越しくださいました騎士様! どうか私の可愛い孫娘をミノタウロスの魔の手からお救い下さい!」

 

 村の近くの小河の畔に降り立ち徒歩で村の前へとやってきた2人を出迎えたのが老婆1人だけというのもそういった村の事情を如実に表しているのかもしれない。

 尤も、その怪物退治が主目的である2人からすれば敵の情報さえ得ることが出来れば依頼主の態度がどうであれあまり気には留めないのだが。

 何はともあれ2人は愛想よく近寄ってきた老婆、ドミニクに付いていき彼女の家へと案内される。

 村の外れにある鎚を固めて作った簡素な作りの住宅、そこで待っていたのはドミニクの家族である夫婦とその娘であるジジという少女。

 

「おかえりおばあちゃん! そちらの方が騎士様なのね?」

「そうだよジジ、もう何にも心配することは無い、後はこの騎士様が全部何とかしてくれる」

「ああ、ありがとうございます騎士様……どうか、娘をどうか何卒……」

 

 家に入ってくるなりぱあっと顔を明るくしてドミニクに抱きついてくる少女ジジ。

 十代半ばの成熟しきっていない体つき、栗色の長髪とくりくりした瞳はあどけなさを残している。

 怪物がわざわざ名指しして生け贄として命を寄こせと言うのもある意味納得できてしまう可憐で無垢な生娘であった。

 側にいた母親らしき人物は感激して涙まで浮かべてタバサに娘を救ってほしいと懇願している始末。

 それだけこんな片田舎に王宮の騎士が派遣されることなど絶望的だったであろうことがまじまじとわかるそんな光景。

 しかし、それ以外にもとても正式な騎士を派遣できるような依頼ではないという理由が他にもあるのだが。

 

「詳しく話を聞かせてほしい」

「は、はい……先週に村の掲示板にこのような手紙が……」

 

 歓迎ムードもそこそこに、タバサは早速本題へと入りそれに答える様にジジの母親が震える手で文字が刻まれている獣の革を1枚、タバサへと差し出していた。

 エズレ村に突如として現れた怪物、その名称はミノタウロス、牛の頭を持つ二足歩行の巨体の怪物。

 首を落としても動き回るという並外れた生命力、巨大なゴーレムに匹敵する怪力、鍛えられた刃や銃の弾丸を容易く跳ね返す硬質の皮膚など、

 今までタバサとウラヌスが相手にしてきた翼人や吸血鬼といった者たちとすら格の違う強さを持っている。

 それだけの強敵を任務の討伐相手として王家側は指定してきたということなのだ。

 

「10年前にも同じようにミノタウロスが住み着いたのですが、その時は運よく行きずりの騎士様に助けて頂きました……ですが、同じようなことが2度もある筈なく……領主様のこんな片田舎の村がどうなろうと構わないといった有様で……」

「あの騎士様……ラルカス様がいたからこそ、この村は今も残っているようなものです」

「だというのにあの洞窟にまた同じようにミノタウロスが……どうして我々の村ばかりこんなことに……」

 

 沈んだ声で口々に語っていくドミニクに夫婦、側で話を聞くままのジジも顔を俯かせたまま。

 ミノタウロスの出現は初めてではなく、10年前にはラルカスという人の良い男性騎士が重傷を負いながらもどうにか火の魔法を駆使してミノタウロスの脅威を取り払ったのだという。

 そして10年経った今日、同じようにミノタウロスが再び姿を現し村人たちに恐怖を再燃させている。

 『次に月が重なる晩、森の洞窟にジジなる娘を用意するべし』と血文字で刻まれた獣の革と、それを持ってきたであろう洞窟へとのそのそ足を運ぶ牛頭の化け物の姿を目撃したという情報。

 10年前のミノタウロスも同じように毎月1人ずつ村の娘を生け贄として用意するように言ってきており、ジジの姉もその犠牲者の1人だったのだと。

 そういうわけでドミニクはあの悲劇を繰り返させまいとありったけの金銭をかき集めて、僅かな望みと共に王宮へと依頼を出し、こうしてタバサがやってきたという形になっている。

 

「今回もダメなら自分の足でラルカス様と同じ心優しい騎士様を捜すつもりでしたが……いやはや、王宮にも話のわかるお方がいるものだとホッとしております」

 

 期待に満ちた目でタバサを見つめているドミニクであったが、当然王宮が親切心でタバサをこの場に寄こしたなど絶対にありえない。

 そもそもドミニクの用意できた報酬金も貴族からすればはした金にもなりはしない本当に僅かな金額でしかない。

 エズレ村の財政状況を踏まえても、とても依頼を受諾できるような物ではなかったのに王宮は真偽の確認もロクにしないままそれを受け入れた。

 何せその討伐目標が歴戦のメイジですら容易くはいかない怪物であるミノタウロス。

 本物であれば自分たちにとっての厄介者であるタバサを今度こそ謀殺できるだろうと踏んでのことだったのである。

 もちろん、それを知っているのは本人であるタバサと共にいるウラヌスだけであり、わざわざ口にする気も理由も無い。

 

「しかしまだ小さいのにミノタウロスの討伐などと……依頼を申し出た私たちが言うのもおかしな話ですが、騎士様はどうしてまた……」

「私は王宮の命を受けて動く駒、討伐を命じられた以上、それには逆らえない。それに私自身修行中の身、任務を通して力を付けなくてはいけない理由がある」

 

 説明を終えてからおずおずと尋ねてくる父親に対し、タバサは普段の無表情を崩さないままながら確かな意志を込めた声でそれに答える。

 返答を聞いてジジと家族の顔に浮かぶのは同情と感心、騎士様もまた大変な立場にいるということ、それでも後ろ向きにならずに力を蓄えるために努力なさっているという姿勢。

 

「……恐れながら騎士様、どれだけ強力な魔法が扱えるのかを見せては頂けないでしょうか?」

「ちょっとあんた、騎士様に対して何失礼な事言っとるんだい! せっかくわざわざ王宮からこんな田舎まで遠く足を運んでくださっているというのに……」

「しかしこの騎士様はお若い、きっと家族だっている。力を付けたいというのはご立派だが闘う相手の力量を測り違えるようなことがあったら騎士様のご家族だって悲しむことになるんだぞ」

 

 そして父親のいきなりの申し出を咎める母親であったが、続けられて父親の言ったことにうっと言葉を詰まらせてしまう。

 家族を失うかもしれないという悲しみに直面しているからこそ、同じようなことを年若い騎士であるタバサの家族に味あわせたくないという優しい想いからのそんな言葉。

 田舎住まいの平民でしかない父親に魔法の力の良し悪しを正確に測ることなどできないだろうが、それでも自分の目できちんと見定めておきたいのだと。

 

「………………」

「あ、あっ! 騎士様! わたしの息子がとんだご無礼を……」

 

 その言葉を受けて何を思ったのか、タバサが座っていた椅子からスクッと立ち上がって杖を構える。

 いきなりのことに側に座るドミニクと母親はせっかく来てくれた騎士様の気分を害してしまったのではないかと大慌てであったが、

 

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ――――」

 

 タバサが紡ぐのは魔法の発動の為のスペル、雪風の二つ名を持つ自身が得意とする氷の魔法。

 数秒もしない内にウィンディ・アイシクルによって形成された何十もの氷の矢が浮かび上がり、

 頭を抱えて蹲る家族4人の頭上を通り過ぎる様に飛び交い、家の窓から外の方へと向かっていく。

 いくつもの氷の矢はタバサのコントロールの下、家を取り囲む木の策1本ずつに正確無比に深々と突き刺さっていた。

 

「納得してもらえた?」

「あ、あわわ……疑う筈もありません騎士様……どうかミノタウロス討伐の方、よろしくお願いいたします」

 

 涼しい顔をして振り向くタバサに、ジジと家族たちは父親の言葉と共に揃って深々と頭を下げるばかりであった。

 普段のタバサならばあのような願いをされても、何ら気にすることなく無言を貫いて流していたことだろう。

 今回このような行動を取らせた理由は申し出をしてきたジジの父親が言った言葉、騎士様にも悲しむ家族がいるという一言。

 王家への復讐と同じくらい、たった1人残った最愛の家族である母親のことを想う気持ちがあったからこそ、タバサはその父親の言葉に思い入ることがあり、魔法を披露して見せていたのだ。

 

「もう1つ聞かせてくれ」

「え、あ、はい……私たちにわかる事であれば何なりと」

「さっき見せたミノタウロスの書いた獣の革だが、あれは10年前にも同じように村の娘を名指しで指定した内容だったのか?」

「いえそのようなことは……10年前に書いてあったのはただ"若い娘を寄こせ"ということだけでして……それが何か?」

「いやいい、それだけわかれば十分だ……フン……」

 

 と、しきり頭を下げ通す家族たちに対し、今まで静観を続けていたウラヌスが唐突に口を開いてあることを尋ねていた。

 これまた前触れの無い質問に家族は慌てながらも、相手が騎士様の従者ということもあって父親が丁寧に答えていく。

 するとウラヌスはそれを聞くなり不満げな声を漏らしてそっぽを向いてしまっていた。

 

「騎士様、度々失礼な物言いではありますがもしかして従者様も共に……?ミノタウロスの様な怪物相手となるとよほどの手練れの者でなければ却って……」

「彼はメイジ殺し、相応の実力がある。だから心配しなくていい」

「何と!! これはまた頼もしい限りです。優秀な騎士様にメイジ殺しの従者様とは……」

 

 見たところ騎士ではないウラヌスのことを心配しての父親の言葉であったが、直後のタバサの説明にすぐさま認識を改めていた。

 ウラヌスからすれば目下の目的はミノタウロスとの闘いのみであり、目の前の家族がどう言ってこようが、最悪娘であるジジが件のミノタウロスに食われようがこれまたどうでもいいことだった。

 だが、父親の答えを聞いて肝心要のミノタウロスに対しての疑問がウラヌスの中では膨らんでおり、それが不満となって表に出てたのである。

 そして側で一応の説明をしたタバサも、ウラヌスが懸念しているだろうことは自分が想像していることと同じであろうとも思っていた。

 

 

*

 

 

 ミノタウロスに関する情報の確認と細やかな祝宴の後、タバサとウラヌスは家の中でも1番の寝床に案内されていた。

 1番と言っても片田舎の外れの家のものとあっては残念ながら程度が知れているが、別にタバサもウラヌスもそれに不満を言うことは無い。

 同じ部屋に眠るジジやドミニク、夫婦たちも優秀な騎士様と従者様が側にいるという安心感からすっかり深い眠りに落ちているようだった。

 暖炉の火も消えて真っ暗闇の中、隣り合うように横になっていた2人は未だ眠りに落ちてはいない。

 

「貴方もやはり疑問だった?」

「当然だろう。そこそこ知性のある化け物なんだろうが、わざわざ名指しで獲物を指名するか。第一、あの文字の書き方にもな」

 

 家の者を起こさないように小声でやり取りされるその内容は母親が見せたミノタウロスの書いた獣の革の血文字について。

 タバサもウラヌスもそれに対して不自然な点を感じており、ウラヌスがわざわざ10年前の物との比較を聞いていたのもその為。

 出現したミノタウロスが変わり者なのかもしれないが、それを考慮してもこの家の家族の娘であるジジを指定してまでということに2人は納得いかない部分があったのだ。

 

「どんなネズミが紛れ込んでいるかは知らんが、全くあのゴミクズ女め。ロクに確認もしないからこうなる」

「……ごめんなさい。もし私や貴方の思っている通りなら、貴方にとっては無駄足でしかない」

「アンタが謝ることじゃない。俺はいいにしてもアンタにとっても無駄になるのが本当に無意味なことだ。仮に本当にその通りだとしても、精々あのナイフくらいの奴が出てくれればいいんだがな」

 

 ウラヌスの口に出す言葉が明らかに普段よりも不満の混じった物であることを感じ取ったタバサはつい申し訳なさそうにそんなことを言ってしまう。

 もしタバサがPSIに目覚める前であったのなら、ウラヌスはとっくの昔に村を去っていたかもしれない。

 タバサへの意識が変わっていたからこそそういった選択は取らずにいたのだが、それでも己の中の不満が消えるわけではない。

 重ねて言うがウラヌスにとって重要なのは本物のミノタウロスと相対できるかどうか、この一点に尽きるのだから。

 

「あ、あの…………」

 

 そんなこんなで小声で会話をしていた2人の声とは違う声が割って入ってくる。

 2人が同時に意識を向けた先にいるのは、いつの間にか目を覚ましていたジジであった。

 

「騎士様……どうかこのままお帰りになって下さい。騎士様のお心遣いは本当に嬉しいのですが……それでも、私1人のために誰かが傷つくのは……」

 

 悲痛な声で己の気持ちを訴えてくるジジ。

 明かりの点らない暗がりでタバサとウラヌスからは見えないが、その両瞳には涙も浮かんでいる。

 村の外の世界のことをまるで知らない生娘であるジジだが、他人を思いやる心優しさは数刻前にタバサの家族のことを心配していた父親譲りであった。

 自分がミノタウロスの生け贄となるのはとても怖いことだが、そうだとしても自分の代わりに誰かが犠牲になることの方が我慢できなかったのである。

 

「貴方1人の問題じゃない、このまま帰ってしまっても貴方以外の村の誰かが犠牲になるだけ」

「ですが騎士様……」

「黙ってろ、元より俺たちの目的はミノタウロスと闘うことだ。アンタが気にする問題じゃない」

 

 本当にミノタウロスがいればの話だがな、という言葉が出かかっていたがウラヌスは直前で飲み込んでいた。

 ジジの決意はタバサから見ても立派と思える物だったが、その決意があっても何の解決にもならないこともわかっていた。

 ミノタウロスが想定通りにジジを食したところで、10年前と同じようにやがてはまた別の村娘を要求するだけだろう。

 そうなれば結局犠牲が増えるだけであり、自分たちがこの場を離れれば村にまた騎士が派遣されることなどほぼあり得ないことで、今度こそ村は滅んでしまう。

 それに……もし自分やウラヌスが考えているような事態であったとしても、被害が増えることに変わりは無いだろうとも思っていた。

 

「貴方ももう眠ったほうがいい」

「騎士様も従者様も心のお強い方……魔法ってやはり凄い力なのですね。従者様に至ってはその魔法を使うメイジにも勝てるだけの力をお持ちだなんて……」

「……そこにいる彼が証明しているように、魔法は絶対の力なんかじゃない……そう……魔法でだって敵わない者も……」

 

 2人のことを褒め称えるジジに対し、独り言のようにタバサはぼそりと呟いていた。

 魔法は完全無欠の力などではない、それはウラヌスと出会う以前から、自分に闘う術を教えてくれた彼女を救えなかったあの時からわかっていたこと。

 PSIという異質の力の持ち主になったことも加えて、タバサはその考えをより一層強い物にしていた。

 

 

*

 

 

 やがて日が昇り、時間が瞬く間に流れて翌日の夜になる。

 爛々と輝く双月は同じ位置で重なり降り注ぐ光は1つだけ、つまりはミノタウロスの指定した月の重なる晩が訪れていた。

 

「…………うぅ……」

 

 洞窟の入り口の前に立つジジはやはり決意をしたとあっても、その内の恐怖を隠しきれずに震えるばかりであった。

 洞窟の側にある森の中の茂みにタバサとウラヌスは隠れ潜み、何時如何なる事態にも対処できるように臨戦態勢を整えている。

 本当はジジに代わる囮役でも用意できれば尚良かったのだが、生憎タバサもウラヌスにもこれといった手段は持っておらず、

 村の他の娘を囮にしたのでは危険度としては何ら変わりが無くなってしまう。

 ウラヌス個人としてはジジのことなど放っておいて正面突破でも良かったくらいなのだが、側にいるタバサはそういうわけにはいかない。

 ミノタウロスの生息地は村の近くの洞窟内、基本的にそこから外へと出てくることは無く、内部構造がどうなっているかも不明。

 通気の悪い狭い洞窟内ではタバサの得意とする風や冷気の魔法が十全に発揮できず、移動も限られてくるなど地の利に関しても向こうが有利。

 なのでジジを危険に晒してでもミノタウロスを表に誘い出す方が確実だと判断したのである。

 口にはしていないがタバサはジジに対して申し訳ない気持ちでいっぱいであったし、ジジを傷つけさせるようなことは全力で阻止する心構えだ。

 ジジもジジで昨日に見せた心優しさと強い意志の下、家族の反対を押し切って囮役を承諾していた。

 

 

ミシミシミシッ……

 

 

「ひっ……!!」

 

 そして1時間もした頃だろうか、今まで全く変化の見られなかった周辺から聞こえてくる何者かの物音。

 突然のことに入り口の真ん前に立ち続けていたジジは小さく悲鳴を上げ、側に隠れるタバサとウラヌスも警戒心を強めていく。

 だが変化が見られたのは洞窟の奥ではなく、入り口右方向の方に生い茂っているタバサたちが潜んでいるのとは別の茂みであった。

 ガサガサと大きくなっていく音と共に茂みが怪しく揺れ動き、やがて姿を現したのは2メートルほどの巨体。

 

「きゃああああああああああああ!!!!」

 

 心の底からの悲鳴を上げるジジの前に姿を現した者、紛れも無くそれは牛の頭を持つ怪物、ミノタウロスである。

 ガッチリとした筋肉質の巨体に手に持つ巨大な斧、暗がりの中でも不気味に光る眼光が噂通りの怪物らしさを醸し出している。

 現れるなりミノタウロスは腰を抜かして動けなくなっているジジの方へとゆっくり近づいていく。

 

「ライズ」

「ぐぎょ!?」

 

 ところが次の瞬間、恐ろしい怪物であるミノタウロスは突如として殴り飛ばされ情けなく地面を転がっていた。

 ミノタウロスがジジに触れようとした正にその時、茂みから飛び出したタバサがライズの肉体強化を乗せての杖の一撃をミノタウロスにお見舞いしていたのである。

 いくらPSIの精度が地下水との闘いの時よりも上がっているとはいえ、実力の底がわからないミノタウロス相手に、タバサとしてはかなり無謀な行動だったかもしれない。

 しかし、タバサは現れたミノタウロスを一目見た瞬間、横にいるウラヌスの視線が細められたのも確認して、問題ないと判断していたのである。

 

「全く……結局ハズレだったということか?」

「まだ終わってない、この男から主犯の居場所を聞き出さないといけない」

「え……え、え? 騎士様……これは一体どういう」

 

 続いて茂みから姿を現しタバサとジジの方へとやってきたウラヌスの声には隠そうともしない落胆が混じっている。

 何が何やら全くわからずにきょろきょろと辺りを見やるジジを前にタバサはミノタウロス……の、被り物をしたまま昏倒している男を黙々と縛り上げていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。