エズレ村奥のミノタウロスが潜むとされる洞窟の入り口、その更に右側の茂みの奥を少しばかり歩いた先の開けた空間、
カンテラの光に照らされる中にいるのは5人の粗雑な身なりをした人相の悪い男たちである。
手にはそれぞれ短剣や槍、銃などが握られており明らかに表の世界の人間ではないことが一目でわかる。
「……遅えなジェイクのヤツ、女1人攫うのに何を手間取ってんだ?」
「なあに心配するこたねえさ、あの村の連中はすっかり俺達がでっち上げた恐ろしいミノタウロスのことを信じきってんだからよ」
「そうとも、おかげで久しぶりにあんな上玉が手に入りそうなんだ。売り払って金にしたらたんまり遊ばせてとしようぜ?」
下卑た笑いを浮かべて談笑している5人の男たち。彼らこそが今回エズレ村を騒がせたミノタウロス騒動の黒幕であった。
裏の世界に落ち延び人攫いをして金を稼いでいる彼らが目を付けたのが10年前にミノタウロスが現れたというエズレ村の存在。
その噂を利用して村にまたミノタウロスが現れたと思い込ませ、まんまと高く売れそうな村娘を誘拐してくるという計画。
獣の革に書いた血文字もミノタウロスの存在も、全部彼らが事前に仕込んでいたことに過ぎない。
村に根付いた恐怖の記憶を利用した、正に卑劣としか言いようがないことを何の躊躇も無く実行していたのだ。
「おい、来たんじゃねえか?」
「どうしたんだよジェイク? 途中で何かあっ――――」
ヒャン!!
だがこんな田舎村に自分たちを脅かすような連中など現れやしないと甘く見ていた男たちの油断が最悪の形で跳ね返ってくることになる。
それを証明するかのように茂みの方から物音がして男たちが振り向いたのとほぼ同時、空気を切り裂くように飛来するのは複数の氷の矢。
その全てが正確に男たちの腕や肩へと突き刺さり、鮮血を撒き散らしながら手にしていた武器を地面へと落とす。
あまりに突然の事態に叫び声すら上げられず、傷を負った腕や肩を抑えながら男たちは矢が飛んできた方向へと視線を固定する。
「動かないで、次は心臓を狙う」
「とんだ無駄足だな、わざわざ来てやってみれば残っているのも雑魚どもだけか」
「ぜひゅー……ひゅふー…………」
冷徹そのものな声が2つと掠れた吐息が1つ。
ウィンディ・アイシクルの魔法を唱え終え、尚杖の先を男たちへと向けているタバサに、期待外れもいいところな展開を前にして不満を隠そうともせずに目を細めているウラヌス。
そしてウラヌスの右腕で乱雑に髪を掴まれここまでズルズルと引き摺られてきた、顔の至る所を真っ赤に腫らしている男たちの仲間の1人である、ミノタウロス役を担っていたジェイク。
すぐにジジを村へと帰した後、タバサとウラヌスは意識を失っているジェイクを無理やり叩き起こして残りの仲間の居場所を含めた情報を吐かせようと試みた。
最初こそ要求を跳ね除けたジェイクであったが、それに痺れを切らしたウラヌスが"少々手荒な尋問"をした結果、結局すぐに折れて全てを話してしまっていた。
で、ジェイクの漏らした情報に従うままにこの場へと姿を現し今に至るということである。
「そ、そんな馬鹿な…………何で貴族がこんなところにいるんだよ……ッ……!!」
「お前ら雑魚が誰を攫いどこに売りつけようが知ったことではないが、俺たちに無駄足を運ばせた礼はきっちりさせて貰おう」
上機嫌が一転、最悪の事態に陥ってしまったことを漸く悟った男たちが体を震わせている中、
何の同情も込められていない冷徹な瞳を向けたままウラヌスは空いた方の左腕をゆらりと上げる。
ミノタウロスは嘘っぱち、やってきた先にいたのも自分は愚かタバサの実戦経験の足しにもならなそうな有象無象ばかり。
本当の意味で何のメリットも無い無駄そのものな現況にウラヌスは軽い怒りを覚えるくらいに今回は不満を募らせていたのである。
「……待って、そっちの男が言っていた人数と合わない。こいつらの仲間はもう1人いる筈」
「言われてみれば確かにそうだな、コイツの話じゃ確か全部で7人だと」
が、ウラヌスに冷静な思考を呼び戻させたのが杖を構えたままその場を観察していたタバサの一言。
尋問したジェイクから聞き出した人攫いたちの人数、それが1人合わないのだと。
「後ろだ」
直後、振り向かないままポツリとウラヌスが呟き数瞬の後に2人が同時にそれぞれ反対の横方向へと飛び退く。
更に次の瞬間に直前までに2人がいた地面に氷の矢が突き刺さる。タバサも得意とするウィンディ・アイシクルだ。
「こんなところに貴族がお出でになるとは、随分と予想外のことが起こるものだ」
「貴方がリーダー?」
「如何にも、とはいえ君の様な麗しく年若い貴族のお嬢さんとは違う、薄汚れた世界の人間でしかないがね」
ねっとりと粘りつく様な声と共に姿を現したもう1人、人攫い集団のリーダーが姿を見せていた。
外見は40半ば、頬骨が浮き出て髭も伸び放題、服装の周りの男たちと同じ薄汚れた物、ギラリと鈍く光る両瞳は一目で欲に塗れていることがわかってしまう。
右手には小型のワンド、つまりはタバサとウラヌスを攻撃した魔法を唱えた張本人であることの証明であり、彼がメイジであることも示している。
「名前も捨てたんでね……強いて言うならそうだ、オルレアン公とでも呼べばいい。あのお人よしで馬鹿な愚弟様と同じで兄に冷や飯食わされて反発して奔放の身さ」
「…………」
「ところがいくら魔法が使えるからと言っても身一つで飛び出してどうにかなるほど世の中も甘くないものでね、今はこうして数人の仲間とこうして可愛い娘さんたちに奉公先を斡旋する仕事をして稼がせて貰っている」
貴族としての地位を失ったメイジが裏の世界に身を落とすことなど珍しいことでも何でもない、現にタバサだって似たような物である。
だが、リーダーの男はそのことをまるで気にしない素振りなばかりか、何の罪も無い少女たちを売り飛ばすことを奉公先の斡旋などと笑いながら言い放っている始末。
一般的な常識観念のある人間ならだれもが、その男が救いようのない下種であると断じる事であろう。
「おっと抵抗はするなよ? 聡明な騎士様なら私の実力も分かるはず、その上でこの人数差、痛い思いをしたくなければ大人しくしておくことだ。村の上玉に加えて貴族の令嬢にその従者まで手に入るとはこんなに幸運なことなどあるまい」
挙げ句、下卑た笑いを少しも止めないままそんなことまで言い放つ始末。
話を聞いている間に周りの男たちも取り落した武器を拾い終えてタバサたちを取り囲み、リーダーの男と同じような笑みを浮かべてジリジリと詰め寄ってきていた。
「……フン、お前に任せる。好きに掃除しておけ」
「…………!!」
そのような状況下でもウラヌスが焦りを見せたり慌てるような素振りをすることなど絶対にないことなどタバサにもわかっていること。
が、タバサはそれ以上に目の前のリーダーの男に対する怒りがふつふつとこみ上げてきていた。
人攫いという外道の所業を行う人間性、村を騙して偽りの恐怖を植え付ける残虐性。
それ以上に……我欲に満ちた自己の擁護の為に、今は亡き大好きな父親の名前を出されたことが何よりもタバサには許せなかった。
ウラヌスが興味無さげに視線を逸らして歩を進め、それを合図にするように男たちが一斉に飛びかかり、その中でタバサは静かな怒りを胸に秘めたまま杖を振り上げ――
「ぎゃああああああああああああ!!!!」
――――その場にいた全員の行動よりも尚早く、終わっていたのは誰のものでも無い両腕に握られた大斧と地面を揺るがす衝撃。
悲鳴の主はリーダーの男、よく見れば男の右肩が杖を持った腕ごと彼方に吹っ飛んでいるではないか。
切り裂かれた肩口から赤い血風を撒き散らし、あらん限りの声で悲鳴を上げる男の背後に立っていた者。
「お、おい何なんだよ!! 何なんだよコイツはぁああ!!?」
「嘘だろ!? 何で本物のミノタウロスまでこんな所にいやがるんだよ!?」
持ち直した優位がまたしても急降下、タバサたちが姿を現した時以上の恐怖に怯えるばかりの男たち。
すぐ側でその現れた何者かの姿をはっきりと視認したタバサ、ウラヌスすらも珍しく動揺を浮かべて普段細められている目を見開いている。
リーダー格の男の背後にいたのは3メートルにも迫らんばかりの巨大な人影。
全身の至る所の筋肉がボールのように膨れ上がっており、右手に持つ血に濡れた大斧は人間の子供程の大きさ。全身は黒く焦げた茶色の肌と毛に覆われている。
だがそういった特徴などどうでもよくなるくらいに異質なのがその顔、頭に生えている2本の捻じれた角に、不気味なまでに低く唸るような呼吸に呼応するように黒い鼻から息が漏れ出している。
突き出た口からは涎が垂れており、夜の闇を照らし出す2つの赤い眼光がより禍々しさを増している……牡牛の頭を持つ2足歩行の怪物、紛れもない本物のミノタウロスがそこにいたのだ。
「ブルゥォォオオオオオオオオ!!!!」
「うわあああああああああ!! た、助けてくれええええええええ!!!」
ミノタウロスが周囲を威嚇するようにひときわ高い雄たけびを上げると、恐怖に耐えきれずに人攫いの男たちは傷を負い倒れて動けないリーダー格の男を捨て置いて一目散に逃げ去ってしまった。
残ったタバサと、ウラヌスすらも一層気を引き締めて目の前の怪物と真っ直ぐに対峙している。
何の因果かはわからないがミノタウロスを騙る人攫いの一味を片付けようとした矢先に乱入してきたのが本物のミノタウロスだったのだから。
「………………」
「え……これは、人の声……?」
だがミノタウロスは少しの間ジッとタバサとウラヌスのことを見つめていたかと思えば、
先程の咆哮時とは程遠い物静かな雰囲気でゆっくりと、自らがその右肩を両断した人攫い一味のリーダー格の男の方へと近づいていく。
左腕には男の右肩から先の部分、何かと思ったタバサが確かに聞いたのは獣の咆哮などではない、何かを呟く静かな声。
「イル・ウォータル――――」
「スペルの詠唱だと……?」
紡がれている内容がはっきりした時にはウラヌスでさえも反応を示している。
ミノタウロスが痛みにのた打ち回る男に唱えたのは、ハルケギニアのメイジが扱う系統魔法、その内の一種、水属性のヒーリング。
千切れた右肩はミノタウロスの唱えたそれによって見る見るうちに繋がっていき、あっという間に元通りとなっていた。
「……こんな姿では驚かせてしまうのも無理は無い。だが、見たところ君たちは貴族で、話も通じそうだ。詳しい話をさせてもらうとしよう、付いてきたまえ」
挙げ句、ミノタウロスが流暢な人間の言葉で話しかけまでしてくるのだから2人からしてみても動揺が強まる一方であった。
*
治療を終えた男を縛り上げてから、ミノタウロスの案内でタバサとウラヌスがやってきていたのは先程までいた洞窟の内部であった。
要するに村に対する生け贄の要求は人攫いたちのでっち上げだったが、洞窟内にミノタウロスが潜んでいるという噂も間違いではなかったという、何とも奇妙な構図が出来上がっていた。
湿度が高くひんやりとした空気が漂い、石筍や石氷柱がいくつも伸びる煌びやかさも見られる洞窟内を、片手に持った松明の明かりを頼りに2人は進んでいく。
「……ん? これは」
その道中、ウラヌスの目に留まっていたのが洞窟の壁に一部に石英の結晶がいくつも固まって強い光を放っている場所。
何かが気になってウラヌスは後に続く歩を横へと向けてその塊の方へと近づいていく。
「触るなッ!!」
「……急にどうした? 声を荒げて」
「あ、ああ……すまない……そこは土が剥き出しになっていて滑る危険があるからな……」
「そうか」
黙って黙々と洞窟内を進み続けていたミノタウロスの突如の一喝。
ピタリと動きは止めれど特に驚いた様子も見せず、ウラヌスは視線だけをミノタウロスの方へと向けていた。
また元の落ち着いた声に戻って理由を話したミノタウロスの言葉に静かに答え、ウラヌスが一行の最後尾に戻る。
「さあ着いたぞ、雑多ですまないがそこは勘弁してほしい」
しばらく進んだ後、タバサとウラヌスが到着したのは洞窟の奥深くにある部屋の様に開けた場所。
ごちゃごちゃと乱雑に置かれてはいるが椅子やテーブルといった家具類も見られる。サイズはミノタウロスに合わせられた大型であったが。
その他に目を引いたのがぐつぐつと煮え滾る大鍋やガラス瓶、秘薬の詰まった袋にマンドラゴらの苗床、かまどなどといった物々。
牛頭の怪物の住処とは到底思えない、メイジの実験室の様な風景がそこには広がっていた。
「あなたは……一体何者?」
「ふむ、大抵の者は私のことを怪物だの何だのと言うがこれでも元は……いや、今も一応貴族だ。ラルカスという名前もある」
「ラルカス? 10年前に出てきたミノタウロスを討伐したメイジだと聞いたが、もしかしてアンタがそのラルカスだと言うのか?」
「知っていたのか、ならばその私がどうしてこのような格好をしているのかも聞きたいだろうな」
巨大椅子に腰かけるミノタウロス……ラルカスを見上げる形でタバサとウラヌスは詳しい話を聞いていく。
10年前、タバサと同じようにミノタウロス討伐を引き受けたラルカスは火の魔法を駆使して見事にミノタウロスを仕留めてみせた。
しかし、ラルカスはそれだけに留まらず、噂に違わぬ驚異的な生命力を持ったミノタウロスの肉体に目を付けていたのだ。
討伐時に用いたのは火属性の魔法とはいえラルカスが本来得意とするのは水属性。先に見せたように人間の腕を元通り繋げることすら可能という高度なレベルの物。
ハルケギニアにおける水の魔法はは生命操作や精神操作、治療や回復、秘薬の精製といった一面も兼ね備えている属性。
加えて、当時のラルカスは不治の病に体を侵されており、ミノタウロスと出会ったのは余命幾許も無い中で最後の諸国漫遊を楽しんでいたその時であったという。
すべての条件が噛み合った結果、ラルカスは己の肉体を捨てる決心をし、自らの脳をミノタウロスへと移植するという禁忌にも等しいことをやってのけた。
そして意識は人間だった頃の物そのままに、ミノタウロスの持つ人を遥かに超えた力を手にして今に至るのだという。
「どうかな、驚いたかね」
「……ああ、ここに来てからの中ではかなりな。アンタらの技術力で脳移植を成功させる腕前の奴がいたとは」
当初の目的とはだいぶ逸れ気味であったが、ラルカスの話した内容はウラヌスにとっても決して無駄骨ではない興味をそそられる物であった。
隣に立っているタバサも口にはしないが、やはり静かにコクリと頷いて肯定の意を示している。
「見た所理性もきちんとしている、人間を取って食う化け物とはとても思えんな」
「勿論そんなことなどしていないと誓って言える、それに制御に成功してしまえばこの肉体は実に素晴らしいぞ、体力、生命力だけでなく魔法の力さえも大幅に上がったのだからな。だから私はそういった亜人種の生命の神秘をより深く解明するためにここで研究に打ち込んでいるのだ」
「……こんな場所に1人で?」
「心配などする必要はないよお嬢さん。元より命の突きかけた独り身だ、ここも城も……そう……変わらない……ッ……」
だが、話に興じている最中にラルカスは突如として低く呻きながら頭を抑え込んでしまう。
タバサもウラヌスもどうしたのかと首を傾げて見ていたが、少しもしない内にラルカスは押さえていた手を降ろして2人の方へと向き直る。
「いやすまない、たまにこうやって頭痛に悩まされることもあるのだよ。まあこの肉体を得たことによる軽い副作用のような物だな。とりあえず私のことはもうわかったろう、早く帰った方がいい」
それと私のことは決して口外しないようにと付け加え、ラルカスはそのまま背を向けてしまう。
これ以上何かを問いただしても話を聞いてくれるような雰囲気でも無く、言われるままに2人は部屋の入口の方へと戻り来た道を辿っていく。
(――恐らくは)
(――だろうな、すぐに戻れるよう準備をしておけ)
その直前、去っていく2人が自身も知らない未知の力で密かにやり取りをしていたことをラルカスが気付くことは無かった。
*
無事に一連の騒動を解決して戻ってきたタバサとウラヌスは村中の人間から歓迎の声で迎えられていた。
黒幕がミノタウロスなどではなくそれを騙った人攫いであったことに村人たち、特にジジやその家族たちは目を丸くしていたが、
すぐにそれも村への脅威を取り払ってくれたことに変わりは無いという称賛と、卑劣な人攫いに向けての罵りへと変わっていた。
来訪時と同じく、事件解決を祝っての細やかな晩餐で夜が明けた翌朝、主犯格であるメイジの男を国の役人へと引き渡すことが決まっていたが、
それにも同行するはずだったタバサとウラヌスはまだ村人たちが寝静まっている時間帯に村を抜け出し、ある場所へと向かっていた。
「はあ……はあっ……ぐっ……!!」
薄暗い洞窟内に低く響き渡るのは苦しげな呻きにも、獣の唸りにも聞こえるそんな声。
ラルカスは一目で尋常ではないことがわかるくらいに苦しげに胸を押さえて膝をついていた。
「ミノタウロスの肉体を奪った後遺症とやらは想像以上らしいな?」
「……まだいたのか、帰ったのではなかったのか?」
どうにか痛みを抑え込んで立ち上がったラルカスの背後から新たに聞こえてきたのは若い男の声。
その声の主……ウラヌスと隣に立つタバサの方へと振り向いてラルカスは答える。
ライトの呪文を唱えて杖の先に光を灯すタバサとの反対側の手に抱えられているのは丸く白い物体……頭蓋骨。
「アンタが声を荒げて俺を止めたあの場所に隠されていた物だ。怪しいとは勘繰っていたが見事に大当たりだな」
「……何を勘違いしているんだ? 大方この辺りに住んでいたサルの骨か何かだろう」
「村の連中が言っていたんだよ。最近、子供が攫われているのはあの村だけじゃないとな。加えてこの人骨はまだ真新しい。そしてあの時のアンタの慌てよう、つまりはそういうことだろう?」
何もかもを見抜いているかのように淡々と述べていくウラヌスに対するラルカスの返答は魔法による攻撃であった。
タバサの唱えるそれとは比較にならない量の氷の矢、ウィンディ・アイシクルが洞窟内の地面に次々とぶつかり石の地面を抉り取っていく。
「アンタが他に何を隠しているかは知らないが、どちらにせよこれで俺の望む通りの展開になったわけだ」
静かに牙を向け続ける怪物を前にしても、ウラヌスは決して己の在り方、感情を崩すことは無い。
中身が元人間であろうが目の前にいるのは今回の任務の得物として、闘いの相手として想定していたミノタウロス。
それと闘う機会が漸く巡ってきたのだからやることは一つだけ、ラルカスと闘いその命を刈り取るというその一点のみ。
「……ライズ」
一方のタバサはウラヌスの持つような余裕など欠片も無く、無機質な人形から狩人としてのの目を宿して目の前の相手に全神経を集中する。
側にいるウラヌスも今回は戦闘に参加する構えのようだが、だからといって自分がその力に助けて貰おうなどとは少しも考えてはいけない。
ウラヌスがどう動くにせよ、自分の持てる力を最大限に発揮してミノタウロスという怪物を討伐するだけなのだと。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース―――」
ライトの魔法が途切れ洞窟内が闇に沈む中、少しも躊躇うことなくタバサは魔法の詠唱を素早く行っていく。
自分は風を主とするトライアングル、例え視界が塞がれようとも風の流れで敵の位置を把握することなど容易い。
加えて今はPSIのライズ、センスによる感覚器官の向上もあり、タバサにはラルカスの姿を捉え損ねることは無い。
やがて数秒もしない後に、タバサの形成したジャベリン、一陣の氷の槍が真っ直ぐにラルカスの体に向かっていく。
「無駄だ。昨日も言ったように如何な魔法による一撃だろうとこの肉体を貫くことなどできん」
研ぎ澄まされたその槍は鋼鉄の装甲さえも打ち砕けるほどの威力を持つ。
そのタバサのジャベリンはラルカスの肉体にぶつかった直後に粉々に砕け散ってしまった。
闇の中から迫る自らの優位を語るままに振り下ろされるラルカスの斧の一閃をタバサは横に飛び退いて回避する。
元より小手調べ程度と踏んではいたが、掠り傷一つも負わせられない予想以上の敵の頑丈さにタバサは緊張を強めていく。
キィン!!
続け様にラルカスの肉体を……タバサのジャベリンとは違って硬質の皮膚にめり込み、僅かに血を流させながら広範囲を凍結させる弾丸。
タバサの方に気を取られていた隙を突いての、ウラヌスの放った氷の弾丸の1発がラルカスに命中していた。
翼人や吸血鬼といった相手にすらも致命傷となり得ていた攻撃。
「……成る程、所詮従者と侮っていたが面白い技を使うな。だが……ぬぅうう……!!」
「ほう、ここに来て初めてだぞ。俺のディープフリーズを受けて動ける奴は」
「皮膚と肉の一部を凍らせただけで、この体の深部まで止めることなどできんよ!」
凍結した体をラルカスは体の内側に力を込めただけで、ピキピキとヒビを入れて破壊してい見せる。
弾丸の直撃を受けた二の腕からはツーッと血が流れているものの、致命傷には程遠い小さな傷でしかない。
ハルケギニアに来てから今までいなかった自身のバーストによる攻撃に耐える者。
その存在が遂に現れたことに側にいるタバサが驚愕で目を見開き、ウラヌスは敵への期待をより高めている。
「はぁああああああああああああっ!!!」
次いで、ラルカスの振り下ろされた攻撃が今度はウラヌスを真っ二つにせんと襲い掛かる。
ウラヌスは地面を滑る様にしてかわし、ぶち当たった大斧は衝撃と共に硬い石の地面を粉々に砕いて亀裂を生じさせていた。
魔ともに当たればタバサは当然、ウラヌスでさえ全く無事というわけにはいくまい。
今までのどの敵よりも遥かに強い怪物、噂に違わぬミノタウロスの驚異的な力がまじまじと表れていた。
「ある程度の力と自信はあるようだがやめておけ、洞窟内の闇、地の利、私の肉体の防御力に体力、全ての利が私にはある。それに……」
狭い洞窟内、それぞれ右と左に立つようにして相対するタバサとウラヌスに向けてラルカスはスペルを唱えていく。
発動するのはエア・ハンマー、タバサも多用する風のメイジが使う基本的な攻撃のスペル。
だが、その一撃ですら並のメイジを軽く凌駕する質量、威力、速度が伴っていた。
間髪入れずに放たれる2発の風の弾丸、それぞれ飛んでくる攻撃を2人は各々の判断で回避していく。
「……ッ……あ……!」
しかし完璧な回避を見せたウラヌスとは違い、僅かにタイミングのずれたタバサの横っ腹にラルカスのエア・ハンマーが掠めていく。
それだけでもライズで強化された体のバランスを大きく崩し、タバサは洞窟の地面に倒れ伏してしまう。
すぐさま起き上ろうとするタバサに生まれた致命的な隙を見逃すほどラルカスは甘い相手ではない。
「この肉体を得て高められた魔法の力、それは今やスクウェアにも匹敵するものだ。未だ貴族である私が持つ力の1つ!!」
「―――が……ぁあっ!!」
起き上った直後のタバサを狙ってのエア・カッター、周囲の空間ごと斬り抉る風の刃は回避の遅れたタバサを目掛け……彼女の右脚を切り裂いた。
その痛みにタバサは苦渋に満ちた顔を浮かべながらもどうにか踏みとどまり、バックステップでラルカスから距離を取る。
傷は浅くは無いが戦闘が続行できない程ではない、だが移動と回避の要となる足の1つを潰されてしまったのはキツい。
未だ闇の中で蠢くラルカスは十分な余裕を保っている。ウラヌスの存在を抜きにして考えれば状況はかなり悪い。
「ぐぅうううあああ!!」
「フッ……!!」
そんなタバサから目を逸らしラルカスが斧を振り上げるのは右斜め方向、その先から迫っていたのは右脚を振り上げたウラヌス。
タバサとは比較にならないライズによる蹴りと大斧が真っ向から激突し、ラルカスの肉体すらも揺るがす。
力を込め腕を振り抜くラルカスから離れる様にしてウラヌスは後方に飛び退いて着地する。
「そちらのお嬢さんよりもお前の方に驚かされるな……人の身でありながら、私の一撃を真っ向から受け止めるとは」
「こっちとしても同じセリフを返させてもらう。本気ではなかったとはいえ俺のライズを受け止めるとはな……見た目のけだものらしい随分な馬鹿力じゃないか」
「……取り消せ、私はけだものなどではない、この身がどうなろうと、未だ……ワ……たシ……はっ……!!!」
そこまで言ったところで今までそれらしいダメージを負っていなかった筈のラルカスは、また苦しみだす。
タバサたちが戻ってきた時のソレとも違う、頭を抱えて地面をのた打ち回り、口から漏れだす涎さえも拭うことは無い。
人としての理性と知性の下で吐き出されていた落ち着いた声すらも変わっていき、代わりに絞り出されるのは見た目相応の獣としての唸り。
「ト。リケセ……ッ……イイヤ、オマエラ、ウマソウ……オレ、タベル…………ッ……!!」
「貴方は貴族じゃない、血に飢え獲物を食らう、ただのけだもの」
「オ、オマエ、カラ、タ、タベ……グォオオオオオオオ!!!!」
ラルカスとしての意識など微塵も無い、完全な化け物としての本能のままに吠えるミノタウロス。
知性の欠片も無く狙いを定めたのは、脚の傷で動きが鈍りながらも冷たい瞳で真っ直ぐにミノタウロスを見つめていたタバサ。
凄まじい勢いでミノタウロスはタバサの小さな体の肩に掴みかかり、その大口を開いてタバサを飲み込もうとするとする。
傷を負ったとはいえ逃げられない筈ではなかったタバサは、どういうわけか1歩も動かずにされるがまま。
――捕らえろ、
「プギィ!?」
……ミノタウロスが異変を感じて声を荒げたのは、自身の牙で目の前の少女に噛みつこうとした自分の口が閉じられなかったこと。
目の前に立つタバサは依然動くことなくそのまま……いや、理性を失ったミノタウロスですら瞬時に気付けてしまう程の大きすぎる変化。
無機質なタバサの瞳は大きく見開かれ、纏う空気は今まで以上に冷たい物へと変わっている。
同時に理解したのが自分の開いた口を抑え込む途方も無い何かの力、まるで巨大な腕を押し込まれているかのような。
「噛み砕け、
「グゴガァ……!!?」
そして次の瞬間、ミノタウロスがはっきりと視認した正体不明の力の正体。
タバサの身体を中心として伸びてきていた青白く淡い光を放ちながら形を成していた鋭い爪を持つ巨腕と、新たに浮かび上がる巨大な顔。
人間のそれともミノタウロスとも違う、ハルケギニアの大半の生物が恐れ戦きその力に跪かされる最強の幻獣―――竜。
タバサが作り出している竜の幻影の一部、右腕がミノタウロスの口を押さえ付けている間、開かれた竜の頭がミノタウロスの首下に噛みつき……
ジャベリンでは傷一つ負わなかった筈の皮膚に、幻影の牙が突き立てられていた。
「そして荒れ狂え、スノーウインド・ドラグーン」
「!!! ゲグガァアアアアアアア!!!!」
浮かび上がったのはただの幻影ではない、タバサのバーストによって凝縮され形を成している風と氷のエネルギーの塊。
貫通したのは皮膚の下の僅か、タバサにとってはそれだけでも十分。
タバサのバースト、スノーウインド・ドラグーンの頭部の牙を通じてエネルギーが流れ込みミノタウロスの巨体の内部で風と氷の刃が吹雪の如く暴れ回る。
内部からズタズタにされたミノタウロスは激痛に身をくねらせ全身から血を吹きだしながらながら一心不乱に動き回る。
「惨めなもんだな」
「ゲゥ……!!」
既に満身創痍のミノタウロスを狙う更なる一撃、ウラヌスの放った氷の槍がミノタウロスの肉体に深々と突き刺さる。
体の内部を切り裂かれた上での追撃、ミノタウロスはそれによって遂に動きを止めて仰向けにズシリと倒れ込んでいた。
「グ……ゴ…………ま、まさか……私の肉体を……よもや、あのような手段で砕くとは……クク……この世界にはまだ……私の知らぬ……力があったという……ことか」
「……ッ……形成には時間と集中が必要になる。貴方が理性を喪失し、直線的な攻撃しかできなくなったあの時こそが、唯一絶対のチャンスだった」
血の海に沈むミノタウロスは死の淵に瀕してようやくラルカスとしての意識を取り戻していた。
息も絶え絶えな中で称賛を述べるラルカスを前にし、痛む頭と熱を帯びる体を引き摺ってタバサはラルカスの側で静かに呟き始める。
ミノタウロスとしての生命力と、メイジとしての知性に魔法を併せ持つラルカスは紛れもない最大の強敵。
あのままの状態で戦闘が続いていればタバサは成す術も無く敗れ、闘いの主導はウラヌスに握られていたことだろう。
勝敗を決したのはラルカス自身が悩み続け、終ぞ抑えきることができなかったミノタウロスとしての本能に飲まれてしまったこと。
驚異的な力を人間としての理性として操っていたからこその強さであり、その片方を失ったからこそ生まれた隙と勝機。
初撃のジャベリンで魔法は通じないとわかっていた。ライズを最大にして肉弾戦を挑むなど無謀に等しい。
残された手段がタバサの持つバースト、スノーウインド・ドラグーンによるエネルギーを一点に凝縮しての攻撃。
「ミノタウロスである……私が……竜に噛み殺されるとは……な……結局、獣はより強い獣に食われて果てるだけ……か……」
スノーウインド・ドラグーンはタバサのイメージする絶対的な強さの象徴である竜を、風と氷のバーストエネルギーで象った物。
外見は青白いエネルギー体のようであり、系統魔法の様に小出しにして風の刃や氷の矢として打ち出すこともできるし、
今回の闘いの様に腕や頭といった形を持たせて襲わせることもできる。
エネルギーの用途はタバサの意思一つで自由自在、今回の様に触れている者を通じて風と氷で肉体内部を切り刻むような芸当も含めて多種多様。
「だが同じ異質の力を得た私も……結局はミノタウロスの内の本能に負け……ああして、人を喰らう身にまで落ちぶれた……理性を保つ研究も滞り……死ぬことすら考えたが……その勇気すら……ごぼっ!!」
激しく咳き込み血を吐き出しながらもラルカスは己の内の全てを絞り出すように語っていく。
病による死を恐れ、手にした筈のミノタウロスの力、その力に飲み込まれ己を失っていく恐怖に、それでも死という選択を取れなった弱さ。
「……本当に惨めなもんだ。力を手にしたところで飲まれてしまえばそれは強さでも何でもない、力に殺されたも同然だ。ミノタウロスとしての本能に負けた時点で、アンタは貴族でも獣ですらも無い、死んでいたのと同じだったんだろうよ」
「クク……確かにその通り……お前の言うように私は惨めな愚者だ……だからこれでいい……これで良かったのだ」
死の足音が着実に近づいているラルカスを見つめるウラヌスの瞳もまたいつもと変わらぬ物。
人としての大半を捨て去った自分を含めたグリゴリ実験体。
イルミナの浸食に耐えきれずその身を異形へと変化させた禁人種。
そのイルミナの中でも凝縮された新型、生存率0.1%以下という死線を越えて選び抜かれたスカージ。
並外れた力を得る事には必ず相応のリスクが伴うということをウラヌスは理解している。
力の内に渦巻く欲望に飲まれて獣と化してしまったラルカスの姿は、ウラヌスにとっては禁人種と同じような物にしか見えていなかった。
「故に残念だ。アンタが人としての部分を保ち続けていればまた更に上の闘いを楽しめたんだが……獣に落ち切ってしまっては、それ以上の期待もできん」
「…………本当に妙な男だな、お前は……」
ハルケギニアに来て以来でも最大の強者であったラルカスが禁人種と同類になってしまったことに対し、ウラヌスは初めて残念がる、という感情を見せてもいた。
求めているのは飽くまでも力、それを制御しきる強者、その者との闘い。ミノタウロスとなった自分でさえ理解しきれない異質の者たちを前に、ラルカスは掠れた声で笑っていた。
「……最後に、名を教えてはくれないか……か……?」
「……シャルロット」
「ウラヌスだ」
「そうか……よ……い……………ナ……だ……」
少しの間も置かずに答えるウラヌス、静かに目を瞑って開き、自分をより高みへと至らせてくれた相手への敬意の下、人形としての名ではなく真の名前を語るタバサ。
自分の手ですら終わらせられなかった自分ではなくなっていく恐怖から解放してくれた2人への感謝を込めながら、ラルカスの目から光が失われていった。
イメージ的には未来フレデリカのサラマンドラとヒリューのドラゴン足して÷2な感じ。
実を言うとシルフィードの存在がいないってのは結構デカいので。