トリステイン魔法学院の教室の1つ、この所授業を欠席し通しだったタバサが珍しく姿を見せている。
以前のミノタウロス討伐任務は表向き人攫いの一団による作り話だとしか報告されていないし、
本物のミノタウロスとして隠れ潜んでいたラルカスもタバサとウラヌスに討ち取られ既にこの世にはいない。
そもそも本当にミノタウロスがいるかどうかもわからない任務を押し付けてきたという時点でガリア王家側としても手詰まりであったのだ。
その結果なのか、あるいはイザベラがウラヌスに釘を刺されたことを引き摺っているのか、以来立て続けに舞い込んできていた任務はパタリと止まってしまっていた。
タバサとしては魔法とPSIの鍛練の為に費やせる時間が増えるだけなので別段気にしている様子も無かったし、
王家がこのまま黙って自分を放っておく筈も無く、いずれ自分を葬るための任務がまた通達されてくるだろうと、その時に備えて力を蓄える為に時間を使っていた。
今日に限っては小休止、表向きはガリアからの留学生として学院に在籍している以上、全く授業に出ないのでは今後に色々支障も出てくるのでそれも合わせて。
「では諸君、授業を始める。知っての通り私の名前はギトー、二つ名は疾風だ」
教室の端の席に座るタバサにその右隣に立つウラヌス、左隣の席にいるのは親友のキュルケ。
そんな形で教室内に姿を現したのはギトーという名の教師、学院内の教師の中では若年ながら階級は風のスクウェアとメイジとしては最上位。
しかし長い黒髪と漆黒のマントという外見。その不気味さと人を寄せ付けない高圧的で冷たい性格の所為で生徒からの人気は低い。
「最強の系統は何なのかわかるかね、ミス・ツェルプストー」
「虚無だと思いますけど」
「伝説にしか存在しない物を最強とは呼ばない、現実的な観点で尋ねているんだ」
授業開始早々にギトーの矛先がキュルケへと向けられていた。
一々突っかかるような物言いをしてくるギトーの言葉にキュルケも内心ちょっとムッとなっていたりもする。
「ならそれは火に決まっていますわ。全てを燃やし尽くす炎と情熱、それこそが何にも勝る魔法ですもの」
「大層な自信だ、流石は生徒でありながらトライアングクラスの実力を持つだけのことはある、だが残念ながらそうではない。最強の系統は風だと私は断言する。目に見えぬ矛となり盾となりて、火も水も土も虚無すらも防ぎ吹き飛ばす風こそが」
自信満々の笑みを浮かべて語るキュルケの返答をギトーは否定し、高らかに自分の持つ風系統の魔法に対する絶対の自信を述べていく。
そのまま腰に差した杖を引き抜いてから続けて言い放った。
「試しに君の得意とする火系統の魔法をこの私にぶつけてみたまえ」
「あらよろしくて? 火傷じゃ済みませんわよ?」
「かまわん、君の持つそのツェルプストー家の赤毛が名ばかりのものではないのならな」
仮にも大勢の生徒で溢れ返っている教室内で火の魔法を全力で使ってこいとまで言ってのけるギトー。
トリステインの貴族程では無い物の、家名まで持ち出されて挑発されてはキュルケとしてもプライドを揺さぶられてしまう。
スッと細められた目と共にキュルケも自身の杖を構えてスペルの詠唱を行っていく。
少しの間を置いてキュルケの眼前に形成されるのは直径1メートル程の火球、キュルケが得意とする魔法、ファイヤー・ボールだ。
その大きさに相応しい熱量と共に特徴的な赤毛を逆立たせながらファイヤー・ボールをギトー目掛けて解き放った。
万一巻き込まれてはたまらないと大勢の生徒たちが机の下に潜り込んでもいた。
タバサとウラヌスに関しては特に気にした素振りも見せずにそのままであったが。
「ウィンデ――」
唸りを上げて迫りくるファイヤー・ボールを前にしてもギトーは何ら慌てることなく杖を前に向けて短く詠唱を行う。
直後、杖の先から吹き上がる一陣の烈風が火球へと叩きつけられて膨大な熱量が一気に霧散していく。
「む……」
「あっ……!!」
が、ギトーはキュルケの力量を見誤っていたらしく、本来ならファイヤー・ボールを完全に掻き消しながら後ろのキュルケごと吹き飛ばす算段だったのだが、
ギトーの烈風を受けたファイヤー・ボールはそのサイズを縮めながらも健在であり、風にあおられて軌道を僅かにずらしながら真反対の方向へと飛んでいく。
机の下に隠れている生徒の1人が声を上げるその先に見えたのは、ファイヤー・ボールの軌道上にウラヌスが立っていたということ。
「フン……」
「な、は、ちょ!? ウ、ウラヌス貴方……!!」
だが次の瞬間、ウラヌスが右手を前に突き出したかと思えば飛んできた火球が掌で動きを停止して完全にその姿を消滅させていた。
つまりギトーの跳ね返したキュルケのファイヤー・ボールを素手で握り潰してしまったということ。
これにはキュルケのみならず、教壇に立つギトーも周りの生徒たちも唖然として開いた口が塞がらない。
ウラヌスの実力の片鱗はその場にいる殆どの者が知っているとはいえ、炎の塊を掴み取った挙げ句に痛がりも熱がりもしないなど誰が想像できるものか。
「平気?」
「アンタがそれを俺に聞くか?」
「いやいやちょっと、何で2人ともそんなに冷静なのよ?」
本から視線だけを横にずらして尋ねてくるタバサにウラヌスもいつもの平坦な口調でポツリと答えるだけ。
そのすぐ側にいるキュルケはあまりにも淡白すぎる規格外の存在とその主に対して思わずツッコミを入れてしまっていた。
キュルケとしてはこの所あまり姿を見せていなかったタバサと久方ぶりに一緒に授業に出れただけでもちょっと嬉しかったりしたのだが、
よりにもよってそんな時にこのような事態が起きてしまおうとは。
「大層なご高説だったが所詮はこんなモンだ。属性の相性なんぞ力量差で軽く跳ね返る、そんなこともわからないようじゃトライアングルだろうがスクウェアだろうが宝の持ち腐れだな」
「ぐ…………」
ギトーに向けられて吐き捨てられるウラヌスからの侮蔑にも等しい言葉。
本来ならメイジですらない人間にこのようなことを言われればすぐにでも反論が飛び出してきそうなものだが、
ギトーもウラヌスの実力に関する噂は聞いており、しかも今目の前で常識外れなことを見せつけられたとあっては悔しそうに唸ることしかできない。
遠回しにその侮蔑にはキュルケも含まれているような物だったが、キュルケはそれに対しては別段気にしている素振りは見られない。
「失礼しますぞ、いきなりですが今日の授業は全て中止となります」
しかし、黙りこくるギトーと睨むウラヌスという構図で重苦しくなり始めていた教室の空気を一変させる人物が新たに現れる。
教室の入り口に立っていたのはやたらと珍妙な格好をしたコルベール。普段着ているローブにはレースの飾りやら刺繍やらが踊っている。
けどそれ以上に目に付くのは頭に被ったやたらと派手な金髪ロールのカツラだ。
どう見たって不自然極まりない頭のそれに生徒たちは愚かギトーすらも視線が釘付けになっていた。
「えー、非常に重大なお知らせがありまして……あ……」
慣れない格好をしていた所為もあるのだろう、コルベールは一歩前に出たその瞬間に大きく前に仰け反ってしまう。
それと同時に頭に乗っていたカツラが虚しく滑り落ち地面へと落下した。
「……滑りやすい」
「あ、それ上手いわねタバサ」
カツラがずり落ちていつもの特徴的な後退した頭を露わにしたコルベールに対してのタバサの容赦の無さすぎる一言。
親友の珍しい的確な指摘にキュルケが言葉を返すと同時に教室内は爆笑の渦に包まれていた。
「黙りなさい!! ええい黙らんかこのこわっぱどもが!! 人の悩みを嘲笑って見下すなど貴族の風上にも置けん馬鹿どもが!!」
ある意味自業自得でありながら自分のコンプレックスを散々に馬鹿にされてコルベールは地獄の悪鬼の如く怒り狂っていた。
普段の温厚な教師の姿とはかけ離れすぎなその剣幕に教室内が一瞬にして静まり返る。
それを確認した上でコルベールはわざとらしくおほんと咳払いをした上で本題を告げていった。
「本日は我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下がお見えになられます。よって本日の授業は全て中止、生徒諸君は姫殿下に失礼の無いように準備を進めること!」
*
魔法学院正門前、その両側に列を成すように学院の殆どの生徒がズラリと並んでいた。
キュルケやタバサはトリステインの出身ではないので別に参加する意味はあまり無かったりもしたのだが、
単純な興味本位に惹かれたキュルケと彼女の誘いに乗ったタバサも列の中の1人を成している。
せっかく一緒に参加した授業が想わぬ形で中止になり、一緒の時間が少なくなるのもという親友の意思をタバサは汲んでいた。
そのタバサの右横後ろに控える様にしてウラヌスもそこにいた。
トリステインどころかハルケギニアの人間ですらないウラヌスにはもっと関係が少なそうな出来事だったのだが、
ウラヌスとしてもこの世界の国の一つを治めているトップに近い存在、つまりは王女というものに多少なりとも興味があったのである。
「トリステイン王女、アンリエッタ妃殿下のおなーりー!」
やがて姿を見せるのは2台の馬車と四方を直属の護衛に囲まれた王女一行。
金や銀、プラチナのレリーフやレースのカーテンで彩られ、王女が乗っていることを示す聖獣と水晶の杖を合わせた王室の紋章。
それを引くのは4頭の馬、ただの馬ではなく紋章の聖獣と同じ一本の角を生やすユニコーン。
その後ろからは王女の馬車に負けず劣らずの装飾が施されたトリステインの重鎮であるマザリーニ枢機卿の馬車も続き、
周りを固めるのはトリステインの男性貴族皆の憧れにして、女性貴族の誰もが嫁として嫁ぎたいと思いを募らせる、エリート中のエリート部隊である魔法衛士隊の面々だ。
一行が入口の前で歩を止め、召使たちがすぐさま学院本棟に向けて一直線に緋色の絨毯を敷いていく。
まず最初にマザリーニ枢機卿が、それに続いて王女が姿を現し、生徒たちの歓待の声を浴びながら本棟入り口前で出迎えとして立っているオスマンの方へとゆっくり歩いていく。
「あれが王女様ねえ……でもあたしの方が美人だと思うんだけど?」
一国の王女相手でも相変わらずなこのキュルケの物言いである。
にこやかな微笑みと共に手を振るトリステインの王女、アンリエッタ・ド・トリステイン。
17歳という若さと王族の血筋を引く者としての気品を併せ持つ、高貴さとあどけなさの入り混じる清楚な美少女である。
活発さと妖艶さを主とするキュルケとは美人としての方向性が違うと言わざるを得ないだろう。
「ねえダーリン、ダーリンはあたしと王女様だったらどっちが美人だと思う?」
「んなこと俺に聞くなよ、あとそのダーリンってのはやめてくれ」
「いいじゃないの~、ねえどっち?」
次いでキュルケが甘えたような声でウリウリと体を傾けていたのが、同じように列に並ぶルイズの背後に控えていたサイトである。
サイトとしても自分のことをダーリンなどと呼び、猛烈なアタックを繰り返すキュルケには辟易気味だ。
それ以上に、主人のルイズがキュルケのことを嫌っており、そのとばっちりを被りたくないという理由もあったが。
「…………(ポーッ)」
ところが、その件のルイズはいつもなら「ツェルプストーに色目使ってんじゃないわよ!」といった感じに鞭の一つでも飛ばしてくる筈が、
その日に限ってはどこか上の空といった表情で王女一行を見つめるばかりであった。
普段とは違う落ち着きのある様子にサイトもまた胸がドキリと高鳴る感覚を覚える。
平賀才人17歳、何だかんだ平和な現代日本出身の年頃の男の子であり、高圧的な態度が鳴りを潜め、年相応の可愛らしさを表に出しているルイズのことを純粋に可愛いと思ってしまうのだ。
「あらん、サイトもサイトでヴァリエールにお熱? ねえ、ウラヌスは――」
「俺が知るか」
「……まあ、そう言うとは思ったわよ」
返答が期待できそうにないので次なる相手にアタックしようと思いきや、それすら許さず一刀両断。
一言で切って捨てるウラヌスにはキュルケも溜め息を吐くしかない。
闘いと強さへの執着がほぼ全てを占める男に、異性の美しさなど問いたところで全くの無駄なことでしかない。
「随分と若く見えるが」
「トリステインの先帝は既に亡くなっている。実質的なトップは彼女だけど、実権を握っているのは前を歩く枢機卿」
「つまりはまやかしの王ということか……くだらない」
「国や世界の事情というのは各々で異なる、頂点に立つ者が絶対に強くなければいけないという決まりは無い」
「だからといってそんじょそこらの連中にも劣るのでは所詮飾りだ。頂点は頂点として相応しい物を持っていなければ下は誰も従わん。あの王女にそれがあるとも思えんしな」
生徒の列の隙間から王女を見つめるウラヌスがタバサと交わす言葉もキュルケ以上に辛辣な物だ。
彼にとっての嘗てのトップ、つまりは天戯弥勒と比較するということ自体がアンリエッタにとってはあまりにも酷なことであるが、
それを抜きにしてもウラヌスは、アンリエッタに王族としての能力があるとは思えなかった。
能力無き支配者など末端の知恵無き兵士にも劣る無力な存在、故にこそのまやかしの王という酷評である。
「王女様相手に無茶苦茶言ってるみたいだけど……アンタ本当に何者なんだ?」
「何だいきなり」
そんなウラヌスの言葉に割り込んできた者が1人、ウラヌスと同じく生徒の列の後ろに控えていたサイトがウラヌスの方へと顔を向けていた。
サイトから見たウラヌスという男は未だに実体の知れないよくわからない存在、といった風の認識。
だが、破壊の杖を発見した時のやり取りから考えるに、間違いなく地球の、そうでなくともハルケギニアとは違う自分と近い世界にいた人間であるということも確かな筈だと。
ここ最近はタバサと共に任務で各所を飛び回っており、学院にいたとしても自分の側にいるルイズがうるさくてロクに話も聞けない。
だからサイトは、ルイズが王女の来訪に夢中でウラヌスも側にいるという今、彼に詳しく話を聞いてみようと試みていたのである。
「無茶苦茶な力で動き回ったり、いきなり氷の槍を作り出したり……でも何となく雰囲気でわかるよ、あれはこっちの魔法とは違うんだろ? ならアンタはどこでそんな力を――」
「それをお前に話す気は無い、黙ってろ」
「な……そりゃないだろ。アンタだって俺と同じで地球のどっかから呼ばれたんだろ? 力のことはわからなくてもいいから何かこうもっと……アンタが呼ばれる直前の時の話とかさ……」
「地球の出身なのは否定しない。だが俺はお前のような平和ボケのガキとは住んでいた世界が違うんだ。お前に何かを話したところで俺にもお前にも何の得にもならん」
取り付く島も無いとはこのことか、サイトの言葉を容赦なく一蹴して顔さえ合わそうとしないウラヌスである。
率直に言ってしまえばウラヌスの中でのサイトに対する認識は相当に低いと言っていい。
同じPSIの力に目覚め着実に強さを増している現状唯一特別な存在であるのがタバサ。
それ以外で多少気にかけていると言えば、タバサの親友でありトライアングルクラスの力の持ち主で、ある程度は客観的な判断が出来る者だと踏んでいるキュルケ。
視点や考え、力量はその他大勢と大差ないものの、正体の知れない途轍もない潜在能力を秘めているだろうルイズ。
この3人くらいであり、後の者は闘うに値するか何か別の点で興味を惹かれる物を持っているか、そういった価値すらも無い有象無象かでその場その場の判断を下す対象でしかない。
サイトにしても接点そのものが少なくまともに観察していたのはギーシュとの決闘騒ぎと、フーケ討伐の任務で一緒になった時くらい。
その2つの際にもギーシュとの闘いで素人に毛が生えた程度の力でしかないとの判断であり、ロケットランチャーを扱えたくらいで評価が上がったりもしない。
仮にも伝説の使い魔の1人、あらゆる武器を使いこなすガンダールヴのルーンを持つ者相手にとんだ見下し評価であるが、
ガンダールヴの助力込みでもウラヌスが今のサイトの実力を遥かに超えていることもまた事実。
要するにウラヌスはサイトに対して全く興味を抱いていない。同じ地球の出身であっても本当の意味で同じではなく、その時点でサイトと関わる意味など無いと断じているのだ。
「……ああそうかよ、同じような立場で苦労してんだろうなとか思った俺がバカだったよ」
「全く以てその通りだ、俺とお前じゃ存在からして違う」
あんまりにもあんまりなウラヌスの態度を受けて流石のサイトもムカッと来てしまい、不満を漏らして顔を逸らしそれっきりになってしまう。
当然ウラヌスもそれに対して何か言葉を続ける気も無く、再びそれぞれの主人の後ろに付いて黙ったままとなった。
*
王女一行の来訪から一夜明けて、朝靄の立ち込める学院の中庭に佇んでいるのはやはりタバサ。
PSIの力は基本的に人目に付かせたくないので、こういった人のいない時間帯に鍛錬をすることが多い。
「……形成、羽ばたけ、
脳内でざわめくPSIの力を解放し、凝縮したバーストのエネルギーをタバサは足下から放出。
ふわりと、体が宙へと浮かぶタバサの足下に形作られていたのはスノーウインド・ドラグーンによる青白色の竜の幻影の一部分。
傍から見れば何かの足場のような形状の竜の背と、そこから生える2対の巨大な翼。
バサリバサリと幻影の翼が大きく羽ばたき、周囲に風を巻き起こしながらタバサを乗せて徐々に高度を上げていく。
ビュオウ!!
タバサの合図一つでドラグーンの幻影が矢のような速さでタバサを乗せたまま飛び交う。
横へと広がる幻影の背と翼が通過し暴風が発生した地面は抉り取られたかのように土が剥き出しになっている。
その速度、単にフライの魔法を使用した時など比べ物にもならず、同じことを系統魔法の精神力で行おうとすればどれだけの消費をすることやらである。
それは裏を返せば目覚めて数週だというのにPSIでならそれだけのことができるタバサの実力と才能の高さ、PSIに打ち込む努力の量と意志の強さの証明でもある。
「軽く本気を込めただけでこのスピードか。全く本当にアンタは凄いもんだな、凝縮、循環、固定、操作、どれを取っても覚えたてとは到底思えん」
「今は移動に全神経を集中させてこれが精一杯。全身を同時形成させた上で移動と攻撃行動を同時に行うには至らない」
「固定化した竜のイメージ……逆を言えばその範囲内でならエネルギーの使い道は自由自在ってわけだ。大成するのが実に楽しみだな」
「……ありがとう」
既にタバサの成長度合いは目覚ましいなどという一言で片付くレベルでは無くなってきている。
それがわかっているからこそ、今回鍛錬に立ち会っていたウラヌスから出てくるのは純粋な称賛と期待の言葉であり、それを聞いたタバサも珍しくほんの僅かにだが頬を染めて嬉しさを表に出したりもしている。
PSIエネルギーで凝縮した風と氷のエネルギーの塊であるタバサのバースト、スノーウインド・ドラグーン。
腕や頭、尾を実体化して操り接触と同時に内部のエネルギーを放出すればミノタウロスとの闘いの時の様な強力な攻撃に、
今の様に背と翼を形成して外面を接触可能にコーティングして上に乗り、内部の風のエネルギーだけを解放すれば高速且つ長距離での移動も可能となる。
今後、王家から通達される任務地が足場の確保も覚束ないような危険地帯が含まれるかもしれないことを考えると、
本物の幻獣の様に背に乗れて自在に空中を移動できる能力は非常に重宝する力となりうるのだ。
今はまだ体の一部分毎の現出しかできず、操作できる行動内容も単一的な物でしかないが、
逆を言うとそういった制約の範囲内でなら十分に安定した使い方ができるくらいには力が固まってきているのである。
「貴方の全力には未だ程遠い、けどいずれは必ず貴方に追いつきたい。ドラグーンだけでなく、ライズの精度も十分に高めて、貴方を満足させるだけの力を」
「その前段階として、あの時の様に一戦交えるのもいいかもしれんな」
力の見極めをするならやはり直接闘う方がより正確に測ることができる、そんなことを想ってのウラヌスの提案。
自分をこの世界へと呼び込み、異形の者たちと闘う為の呼び水、有象無象のメイジよりはマシ程度の実戦経験豊富な戦士。
それくらいの認識でしかなかった、ウラヌスに対する今のタバサへの特別視、評価は上がり続ける一方だ。
この世界に来て以来、本当の意味で自分と並びうるくらいの実力を持つ者は未だ見つからず現れず。
もちろん、闘いと強さを求め続けるウラヌスはそういった立場に慢心などはせず、常に己の実力を正確に見極めた上で力の加減をしながらハルケギニアでの闘いに身を投じている。
そしてそんな今までを踏まえても、特別と見なしたタバサの成長は本当に著しい物で、
目覚めたばかりの頃こそ長い目で見ていこうという考えでいたのが、遠からず自分がこの世界で闘う最初の最大の強者と成り得るかもしれないと評価している程だった。
「……待て、こんな時間にあの女はどこへ向かおうとしている?」
「? あれは……」
と、秘密を共有する者同士での関係がより深まっていた中、ウラヌスが発見した学院棟から走り出てきた1つの影。
つられてタバサがPSIを解除して地面に降り立ち、視線の先に見たのは彼女がなども目にしてきた褐色の肌と風に揺れる赤い髪。
「どこへ行くの?」
「ってこんな時間から奇遇ねタバサ、それにウラヌスも。悪いけど今、私とっても急いでるのよ」
追うようにして2人が辿り着いたのは生徒が外出の時に用いる学院備え付けの馬小屋。
その内の1頭を引っ張り出して息を荒げながら準備を進めているキュルケと目が合っていた。
学院敷地内で鍛錬をしていたタバサとその付き添いであるウラヌスはともかくとしても、
まだ日が昇りきっていないこんな時間帯から学院の外へと向かおうとしているキュルケの姿は普通とは言い難いもの。
「あ、そうだ。何ならタバサ、貴方も一緒に行かない? 貴方がいてくれると心強いもの」
「説明」
「そうそう聞いてよ、さっき窓から外を見てたらヴァリエールがね――――」
興奮気味に捲し立てていくキュルケの話を要約すると、
朝、たまたま早くに目が覚めたキュルケがふと外の様子を見ていると、何やら馬を用意してどこかへ出かけようとしているルイズ、サイト、ギーシュに魔法衛士隊らしき男の姿が見えたのだという。
普段からちょっかいをかけているルイズに異性として好いているサイト、更には王女一行の護衛としてチェックしていた優男の騎士まで一緒という構図。
これは何か面白いことがあるに違いないと、好奇心のままにキュルケは外へと飛び出し後を追う準備をしていたところをタバサたちと鉢合わせになったのだという。
「――こんな時、空を飛べる幻獣でもいたらって思うわ。いや、当然フレイムを馬鹿にしてるわけじゃないのよ? でも向こうと同じ馬を飛ばしても追いつけるかどうやら――」
側にタバサたちがいなければすぐにでも恋の情熱を滾らせて駆け出しそうな雰囲気のキュルケであった。
キュルケの懸念事項はおおむね正解と言ってよく、加えて向こうは馬ではなくその魔法衛士隊メンバーの使役するグリフォンもいる。
全速力で馬を走らせたところでせっかく見つけた面白そうな何かを逃してしまう可能性も大きいのだと。
「心配、私も同行する」
「本当!? 嬉しいわタバサ!! やっぱり持つべき物は友達よね!!」
「親友の誼というヤツか? だが悪いが俺は――――」
「キュルケの言うことが本当なら、ヴァリエールに同行しているのは恐らく魔法衛士隊の隊長、つまりそれだけの危険度が伴う何かがその先にあるということ」
友情の嬉しさに猛烈にハグをしてくるキュルケにされるがまま、難航を示すウラヌスに自分の見解を述べるタバサ。
出来る事ならウラヌスが付いて来てくれることがタバサにとっても望ましいことだったが、自分の意見を聞いてどう動くかまでを縛るつもりも無い。
現に自分で言ったようにウラヌスが来なくとも、危険の伴うだろう場所に親友1人だけが向かうのを見てるだけということが出来なかったという理由もある。
「……成る程な、よしいいだろう。今回はアンタの言葉を汲んで俺も同行させてもらう」
「ありがとう、ウラヌス」
「あらあら! 貴方も付いて来てくれるのなら正に百人力ねウラヌス!」
そして結果として暫しの間考えた後、ウラヌスも2人に同行することを決めていた。
タバサの意見も一理あると判断したのと、そのタバサが遠方の地に赴くという行為自体に興味を持ったという2つの理由からだ。
「じゃ、時間も惜しいし早速――――」
「馬で追うと間に合わない可能性が高い」
「そんなことはわかってるわよ。でも現状、他に方法も無いでしょ?」
「ある」
早速馬に跨ろうとしたキュルケを止めるタバサ。
突然のことに何だと視線を向けて、その上でキュルケは動揺を浮かべて僅かにたじろいでしまう。
無機質で我関せず、感情が殆ど見られない親友の瞳に、今は別の確かな決意めいた物が込められているのを感じ取ったから。
「キュルケ、これから私のすること、決して他の人間に口外しないことを約束してほしい。そうすれば私はこの同行中、貴方の力になることを誓う」
「き、急にどうしたのよ改まって。貴方がそれだけ言うのなら、私だって誰にも言いふらさないわよ。こう見えても大事な秘密はちゃんと守る主義だし」
「……ありがとう、キュルケ…………ッ……!!」
「え、何――を……!!?」
普段と明らかに様子の違うタバサが言った言葉に戸惑いを隠せないままに同意をするキュルケ。
直後、僅かに口元を上げて笑みを見せたタバサが作り上げる幻影の背と翼。
ウラヌスと敵以外の者が初めて目にしたタバサのPSI、スノーウインド・ドラグーンを前にキュルケは言葉を失っていた。
「乗って」
「ま、まま、待ってタバサ……頭が追い付かない……これは、その……あの……何なのよ?」
「詳しく話すことはできない。けど決して危険なものじゃない、これが私の持つ新しい力、それだけ」
「それだけってでも……こんなの、まるで先住や虚無みたいじゃないの……」
混乱の極みに達しているキュルケに、タバサは申し訳なさを感じながらもその力の正体を秘匿する。
別にウラヌスから口止めをされているわけでも無いが、タバサ自身PSIの力を大っぴらにはしたくないと決めている。
それを隠すことなく解放して見せているのはその相手がキュルケだから。
誰も頼ることが出来ずに1人だった自分にできた初めての、たった1人の親友だからこそ、彼女の為に力を使ってもいいとそう思っていたのだ。
「貴方は先に行っていい、私が全力を出してもきっと追いつけない」
「いや、アンタも力はある程度セーブした方がいいだろう。アンタたちが先に行け、俺が後からライズとディープフリーズで合わせてやる」
「……わかった。キュルケ、しっかり掴まっていて」
「え、ええ……凄い、本当に乗れちゃったわコレ……本当に何なのタバサ? 新種のマジックアイテムか何か?」
「
「って、わひゃあ!?」
未だ実感の沸いていないキュルケを後ろに乗せ、タバサはドラグーン内部の風のエネルギーを放出し高度を上昇、
続けてそのまま速度を一気に高めて、いきなりの事態に驚いて声を上げるキュルケと共に一直線に学院正面口の先の道を突き抜けていく。
少しの間を置いてからウラヌスもディープフリーズを発動、ブーツをスケートにして地面を凍らせながら猛烈な勢いで滑っていき、先を行くタバサの後を追っていった。