雪風と氷碧眼《ディープフリーズ》   作:LR-8717-FA

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CALL.18 "役割、距離"

 サイトとワルドの決闘から時間は流れ、ラ・ロシェールでの2日目の夜が訪れていた。

 明日の朝、ワルドが伝えたようにアルビオンが最もラ・ロシェールに近づき、それに合わせて船が出港する手筈となっている。

 そういうわけで今一行は、というよりルイズ、サイト、ワルドを除いた残りのメンバーは女神の杵亭の1階にある酒場で夜を楽しんでいる。

 この日に限ってはウラヌスも町中を一通り見終えて特にやることも無かったので、運ばれてくる料理を黙々と食べ続けているタバサの隣の席に控えている。

 あまり関係の無い話ではあるが、形式上は国家直属の騎士の一員ということでタバサも任務の度にそこそこの報酬を得ており、

 ここぞとばかりにタバサは報酬使いキュルケもそれに便乗してワインを頼みまくっていたりもする。

 

「なによウラヌス、貴方あまり飲んでないみたいじゃない? こういう時くらい楽しくいかなきゃ損よ?」

「余計なお世話だ」

 

 ほろ酔い気分でグラス片手に絡んでくるキュルケに対するウラヌスの態度も相変わらずだ。

 実を言うとウラヌスもちびちびとではあるが店のワインに手を付けていたりする。

 流石に貴族の客を相手にしている店の物というだけあって味も品質も結構な上物ではあるのだが、

 生憎、特殊な出自にあるウラヌスに酒の良し悪しなどがわかる筈も無い、その場の雰囲気で気晴らし程度に飲んでいるだけであった。

 ふと脳裏に人間らしさの探求の一環として、世界崩壊前に作られた貯蔵庫にあった酒の瓶を豪快にラッパ飲みしている宿敵の姿が浮かんだりもしていたが、

 それもまた今はあまり関係が無いことだとウラヌスはすぐに忘れる。

 

「しかしダーリンも本当に可哀想だったわねえ……何のつもりか知らないけどあの子爵、あんな見せびらかすような真似してルイズが靡くとでも思ったのかしら」

「サイトの腕前に付いては僕も知るところだけど流石に衛士隊の隊長相手じゃ分が悪いだろうしなあ……というよりキュルケ、君にしては珍しくあの子爵を嫌っているように思えるが」

「何というか好きじゃないのよあの人の目、ヴァリエールの婚約者って子と云々を抜きにしてもね、ウラヌスとも違う嫌な感じの冷たい目をしてて」

「ううむ……僕にはそんな風には見えないのだがそういうものなのかい?」

「軍人の家系ってのに洞察量が鈍いわねえギーシュ、そんなんだからダーリンにも勝てなかったのよ?」

「う、うぐっ……あの決闘は確かに僕の負けだったけど――――」

 

 ウラヌスが無言でグラスを傾ける中、ほろ酔い気分のキュルケとギーシュの会話が聞こえてくる。

 実を言うとウラヌス以外の3人とも、朝のサイトとワルドの決闘を宿の窓からばっちり見ていたりしたのだ。

 キュルケもギーシュも如何にサイトが並のメイジなら勝てるような強さを持っていることを認識していても、

 エリート中のエリートである魔法衛士隊の隊長ともなれば流石に魔法の使えない平民では限界があるとも見込んでいたのである。

 それ以外にもキュルケは、ルイズの婚約者ということ以上に個人的にワルドの持つ雰囲気が気に入らなかったりもしたが。

 その点に関しては隣で料理を口へ運び続けているタバサも内心で同意を浮かべている。

 

「貴方はどう思う?」

「……急にどうした?」

「ヴァリエールの使い魔、彼のこと」

 

 と、食事を進める手を休めてタバサがウラヌスの方に顔を向けて尋ねてくるのはサイトのことについて。

 ウラヌスもまた唐突な質問だなとは思いつつも、質問者がタバサだったということもあって素直に答えていた。

 

「別に俺があのガキに何か思うことなんぞ何も無い。一度の敗北程度で折れている役立たずなど足手纏いだというだけだ」

「……流石にそれは言いすぎじゃないウラヌス? 尋常じゃないくらいに強い貴方にはわからないかもしれないけど」

「負けていつまでも落ち込んでいるのはロクに闘いもせずに自分の力を過信していた類の馬鹿だけだ。本当の意味での最強、頂点などたった1人だけなんだからな」

 

 恋多き身であれど一応は強く意識を向けているサイトへの辛辣な評価にキュルケが口を挟んでくるが、ウラヌスは全く気にした様子は無い。

 メイジでは無くともウラヌスがこの場の誰よりも、もしかしたらワルドとも互角以上にやり合える強さを持っていると認識しているからこその勘違い。

 ハルケギニアでは異質そのものな強さを持つウラヌスとて敗北の味を知らないわけではない、寧ろ味わった回数は多数に渡るのである。

 他でも無い自分の認識を変えた、それをきっかけに自分が超えるべき宿敵と見定めた相手に負け続けていることも含め、ウラヌスをすら超える強者は多く存在していた。

 ウラヌスの宿敵ですら、対等に付き合うと決めた嘗てのW.I.S.Eのリーダーに実質敗北したことで協力していたという話も聞いている。

 つまりどれだけの強さを持っていようが上には上がいるということで、出会ったが以上負ける事など無い人間など、生まれついた時から頂点に立てるような力の持ち主以外はあり得ない。

 もしそれ以外で敗北を知らないと言うのならばそれは単に己の持つ世界が極端に狭く敗北の屈辱もロクにわかってないだろう愚者というだけであり、

 今現在凹んでいるサイトは正にそれだとウラヌスは断じている。

 

「それは確かにそうかもしれないけど……じゃあ、貴方でも勝てない相手がいたってことなの?」

「認めるのは癪だがな、俺は俺が最強などという烏滸がましい考えを持つ気など無い。尤も、最強になること自体を諦める気も無いが」

「それが彼の、ウラヌスにとっての強さということ。彼より強い人間が複数存在するということは私も以前聞いたことがある」

「フーケのゴーレムと真正面から蹴り止めたという君よりも強い奴か……想像もしたくないものだね」

 

 同意をするようにタバサも口を開き、その場の誰もがウラヌスの持つ事故の価値観に付いて聞き入っている。

 決闘騒ぎ以外の場面を目にしたわけでも無いが、ギーシュもウラヌスの強さに付いてはよくよく聞き知っており、そんな男よりも上がいるということに軽い寒気すら覚えている程。

 珍しく饒舌なウラヌスもまた、今の自分を取り巻く状況がそう思えるかもしれないという自覚もあるが、だからといって敵のいないハルケギニアで自分の強さに酔いしれるような馬鹿なことをするつもりなど絶対に無い。

 嘗ての宿敵たちも合わせて自分を超える強さを持つ者たちこそいなくなってしまったが、強さの探求という己の根幹は変わることは無いのだ。

 

「それにしても……ふーん……?」

「何だその目は?」

「いやね、貴方にしては随分素直に答えたじゃないって。ここに呼ばれた当初、というか今も基本そうだけど大体何聞いても我関せずの貴方がタバサに聞かれたことなら話すのね、やっぱりそれなりに一緒にいて愛着もわいてきたのかしら?」

「言ったところでアンタにはわからん」

 

 からかうような仕草で突いてくるキュルケに、ウラヌスは視線を細めて彼女を睨み付けている。

 恋愛ごとや損得勘定抜きにして大切な親友であるタバサの呼び出した使い魔ということでキュルケもウラヌスの反応はそこそこ観察しており、

 今までの姿からは似合わないくらいに自分の意見を述べていたウラヌスの姿が気になっていたのだ。

 ウラヌスからすれば興味アリと言っても他より多少マシ程度でしかないキュルケにそんな風にからかわれると純粋に不快な感情しか湧いてなかったりするが。

 だが、逆を言えばそれだけ同じ力を持つ特別のタバサには気を許し始めているということでもある。

 

 

ヒュン!

 

 

「! 伏せなさいギーシュ」

「ええっ、ちょっといきなり何――ってうわあ!? 何だ何だ!?」

 

 だが、もう少し追及してやろうかなどとキュルケが気を良くし始めていた時、彼女の顔が瞬時におちゃらけムードから真剣そのものへと切り替わる。

 唯一何が起きたのかわかってないギーシュをキュルケは言葉で動かしつつ、机の上の食べ物や酒類を全て払い落としてから机をその場にいる全員が隠れる様に縦にする。

 瞬間、各々が机の後ろに隠れたと思えば飛んでくるのは店の外から複数の矢、事前にキュルケが対策したことで誰にも当たることは無く盾代わりの机に刺さっていく。

 

「見つけたぞ、アイツらだ!!」

「敵はメイジも複数いる、油断せずにかかれ!!」

 

 聞こえてくるのは荒々しい声と共に近づいてくる大量の足音。

 暗がりに灯る町の光に照らされて見えるのは甲冑を着込み武器を手にした集団が店の入り口から雪崩れ込んでくる光景。

 口振りから狙いは自分たちらしいということはすぐに察していたが、如何せん数が多い。

 

「こちらの状態をわかった上で仕掛けてきている、それも単なる素人じゃない」

「メイジ相手の闘いにそこそこ覚えのある傭兵連中ってとこか……にしても下賤な連中ね、せっかくの楽しい気分が台無しじゃない」

 

 普段と変わらぬ平坦な口調で呟くタバサの言葉に、机の隅から様子を窺いながらキュルケが言葉を返している。

 初撃の時点で相手は単なる金欲しさの阿呆ではない、魔法を使うメイジということをわかっている手練れの傭兵だと踏んでいた。

 恐らくは弓矢を射る者たちはこちらの魔法の射程を把握した上で放ってきているのだろうし、下手に表に出て突撃でもすればもっと悲惨なことになるであろう。

 

「みんな無事か?」

 

 キュルケ達が敵の分析を脳内で進めていた所で、2階から降りてきたワルド、ルイズ、サイトの3人も合流を果たしていた。

 店内が大騒ぎになり他の客が散り散りに逃げていく中、机の裏で状況の整理とどう切り抜けるかで話が進んでいく。

 

「やっぱりこの間の連中はただの物盗りではなかったわけね」

「恐らくはな、このタイミングで我々を襲うとなればアルビオンの貴族派の可能性も考えられる」

 

 キュルケの言葉に付け加える様に返答を返すワルド。

 単なる物取りの類ならともかくとしても、自分たちがメイジであることも含めて襲撃のタイミングが余りにも出来すぎている。

 となればその情報を流した可能性がある者たちと言えば、道中で捨て置いた襲撃者たちが真っ先に思いつく。

 物取りという言葉を信じて軽率に解放してしまったツケが思いもよらぬ形で回ってきてしまったわけだが、今はそれに対して文句を言っている余裕もあるまい。

 

「……良いか諸君、このような任務では半数が目的地に辿り着けば成功とされる」

 

 戦場を知る魔法衛士隊の隊長として厳格な表情の下、低い声でワルドが告げるのはそんなこと。

 そもそもの問題として、キュルケ、タバサ、ウラヌスの3人は各々の目的の為にただルイズたちを追跡していたというだけであり、

 別段無理にアルビオンに行かなければならない理由がるというわけでも無い。

 それも踏まえて考えるならばワルドの言う半数、つまりルイズ一行が無事に逃げ果せれば全体で見た上では十分に問題ない。

 

「……1つ聞かせてもらうが、アルビオンとやらに向かう船ってのは明日に出るヤツ1本だけなのか?」

「ああそうだ、前日船頭に聞いた限りではそれを逃すと当分船は出ないらしい」

 

 アルビオンも内乱で色々揉めている影響もあるんだろうなと、付け加えながらワルドはウラヌスの質問に答えていた。

 タバサと同様にすぐさま異変を察知して同じように机の下に隠れていたが、落ち着き具合はその場の誰よりも群を抜いているといって言い。

 襲撃者たちがメイジとの闘い方も知る傭兵集団という他の者たちにとっても脅威と成り得る状況下であっても、

 やはりこの男の興味を惹き危機感を募らせるような相手には至らないというだけ。

 

「ならそっちのガキども2人を連れて先に行っていろ、そこにいる連中を片付けてから合流させてもらう」

「む……僕もそのつもりではあったが大層な自信だね? 間に合わなかった場合は僕たちだけで船を出してしまうつもりだが」

「舐めるなよ、お前らがどうかは知らんがあの程度の連中に遅れを取るか」

 

 ワルドがウラヌスの物言いに表情を顰めるのも彼の実力を全く知らない人間であるからということ。

 いや、そもそもその場にいる殆どの者が流石にそれは自信過剰であろうという風にウラヌスを見つめている。

 ルイズとサイトがそうだし、キュルケとギーシュも敵が単なる有象無象でないことを考えれば、いくらウラヌスでも容易くはいかないのではないかと。

 

「足手纏いを増やして余計な力を使いたくないだけだ、いいからさっさと行け」

「なっ……どこからそんな自身が来るのよアンタは!? 大体、メイジでも無い奴が残った所で何ができるって――」

「いいだろう、それだけの自信があるなら任せるがいいかい?」

「ああ、好きにしろ」

 

 知らぬ者には無謀にも等しい、あるいは傲慢そのものな態度に見えてしまいルイズがウラヌスに対して声を荒げていたが、

 割って入る様にワルドがルイズを制し、敢えて騎士としての態度でウラヌスの覚悟の程を再度確認する。

 それすらも一々うっとしいと言わんばかりにウラヌスはワルドに対して吐き捨てるだけ。

 

「"戦力になる者"は出来るだけ多い方がいい、私も残る」

「そうか、アンタがいるならまあ、時間も早まるだろうな」

「……ま、タバサがそう言うんじゃ仕方ないか。そもそもあんたたちが何しに行くかも私たちは知らないわけだし」

「ううむ……覚悟を決めるべき場所なのかもしれないが……それでも……」

 

 次いで囮として名乗りを上げだのがタバサであり、ウラヌスもタバサに対しては戦力としてアテにしているようだった。

 タバサが残るならばと彼女の親友であるキュルケもまた囮を引き受け、次いでギーシュも参加の意思を見せていた。

 前者2名と比較すると比較するとどうにも声が震えていて頼りない印象だったのだが。

 

「勘違いしないでよねヴァリエール、これは別にアンタの為じゃないだから」

「何それ? アンタがそんなこと言っても似合わないわよ」

「うっさい、早くいく」

「……すまない、ここは任せたぞみんな」

 

 こんな危機的な状況だというのにルイズとキュルケはいつものようなやり取りを交わしている。

 それでもルイズは自分から危険な役割を買って出ていたキュルケに今回ばかりは素直に頭を下げてもいた。

 すぐ側にいるサイトも囮役を買って出たメンバーに言葉をかけてから、先を行くルイズとワルドに続いて店の裏口の方へと向かっていった。

 

 

*

 

 

 ルイズたちの気配が消えたことを確認してから改めて残りの4人が机の裏でそれぞれ向き合っていた。

 敵対する傭兵達は少しも気を緩めることなく、酒場の周りを完全に包囲して囮役の4人が根負けする瞬間を狙っている。

 

「で、あれだけ啖呵切ったんだから何か策でも用意してあるのかしらウラヌス?」

 

 自分から見て右側に伏せるウラヌスにキュルケは試すような聞き方で尋ねていた。

 真っ先に囮を名乗り出るというこれまたらしくない態度もそうだが、キュルケもまたこの場の状況の不利を考えながらももう1つ、ウラヌスの持つ異質の力に興味がある。

 仮にも魔法衛士隊隊長であるワルド相手にもやはり全く崩すことの無い絶対の自信からなる態度。

 それに裏付けされているだろう力の正体を是非とも自分の目で確かめてやりたいというそんな感情。

 

「策もクソも無い、狙いの連中が先に行ったから、後は遅れない程度に全滅させてから追いつくだけだ」

「追いつくだけって……じゃあやっぱり貴方、あの連中に真っ向勝負でも挑むつもりなの?」

「それ以外に何がある? あの程度、本来なら俺1人でも十分なのだからな。加わりたいなら勝手にしろ、だが俺の邪魔をして巻き込まれても知らんからな」

「…………」

「え……ちょっとタバサ、貴方までまさか」

 

 興味を向けてくるキュルケに対してもスッパリと言い切り、ウラヌスは机から身を乗り出す様にして行動を開始する。

 だがキュルケにとって予想外だったのは、ウラヌスに追従するようにタバサも無言のまま行動を開始していたということ。

 まさか目の前にいるこの無口な友人までもが具体的な策も無しに正面から打って出るというのかと。

 

「やれ!!」

 

 キュルケが心配を浮かべるのを他所に、机の両恥から姿を現したウラヌスとタバサに一斉に矢が放たれる。

 狙いは正確そのもの、並の人間なら避けることなど叶わない熟練の下での射撃。

 

「「ライズ」」

「……! 馬鹿な、今の―――ぐごぉ!?」

 

 だが直後にウラヌスとタバサは共にライズを発動、常人の域を遥かに超えた身体能力と反応速度の下で眼前に迫っていた矢を見事にかわして見せる。

 直撃したはずの一撃を避けられたことに驚愕する傭兵の1人は、そのまま目にも止まらぬ速さで肉薄してきたタバサの杖の一発で昏倒させられてしまう。

 

「精々、退屈凌ぎになる程度には足掻け」

「…………ッ……!」

 

 メイジが相手だろうと自分たちの優位に引き込んでしまえば物の数ではない。

 そう思っていた傭兵達の形成を一瞬にして覆したのはメイジすらも違う、ハルケギニアでは完全にイレギュラーな力そのもの。

 変わることない淡々とした喋りで呟くウラヌスに、実戦を前に緊張を高め目を見開くタバサの2人が駆ける。

 

「ひぎゃあああああっ!!」

「な、何だよ!? なんなんだよコイツはぁああああ!!?」

「この程度で一々囀るな、手練れの連中が聞いて呆れる」

 

 傭兵達から急速に下がっていく周囲の大気の如く、青ざめた悲鳴が響き渡るのも無理からぬこと。

 ライズを発動し氷の銃を両手に持つウラヌスの猛攻を止めることなど、如何に戦闘経験豊富な傭兵達であろうと捉える事などできる筈も無い。

 目にも止まらぬどころか映りさえもしない、跳躍の度に周辺を高く速く駆け回るウラヌスに攻撃を当てられる気さえ起きない。

 その間の要所要所で挟まれるウラヌスの攻撃、ある時は正面から殴り飛ばされ、ある時は横腹を蹴られ、またある時は背後から氷の弾丸で凍結させられる。

 何が起きてるかまともに判断することすらできない、悪夢のようなドン底へと叩き落とされていた。

 

「お、おい! 何をモタついてるんだ!! こっちはガキ1人だけだぞ!?」

「んなこと言ったって! こっちだってわけわかんねーくらいに速いんだよ!?」

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ―――」

 

 一方でウラヌスから少し離れた位置にいる別の傭兵達も状況的にはあまり大差ないと言っていい。

 ウラヌスのそれには流石に及ばないものの、タバサのライズもまた幾多の実戦と鍛錬を経て更に鍛えられており、

 今相手にしている手練れの傭兵集団ですら上手く捉える事が出来ない程の動きに達しているのである。

 純粋に身体能力のスペック差で圧倒するウラヌスとは違い、タバサが得意とするのは感覚器官の向上が主であるセンス。

 ストレングスによる強化も合わせ、常に傭兵達の死角となるポイントを導き出しながら止まることなく移動を繰り返す。

 尤も、相手にしている傭兵達からすればそんな細かな違いがわかるはずも無いのだが。

 

(……ドラグーンは飽くまでも切り札、これくらいの敵、ライズと魔法で切り抜けられないようじゃ彼には追いつけない)

 

 移動しながらスペルを紡ぎ、攻撃の一瞬だけ僅かに動きを止めて魔法を放出、傭兵にダメージを与えたのを確認してからまた移動再開の繰り返し。

 この戦闘の最中タバサはバーストのドラグーンは使っておらず、ライズによる身体能力向上と系統魔法の組み合わせで闘いを進めている。

 その場にいるのは敵である傭兵集団を除けばウラヌス、キュルケ、ギーシュと少数ではあるものの、

 外観的に大っぴららに目立ちすぎる自身のバーストを多用したくないということや単純な力の温存といった事柄以上に、自らの強さを高めるための制約的な意味合いも強い。

 確かにまだ未完成ではあるものの、膨大なエネルギーの凝縮されたドラグーンを攻撃の為に現出させればより手早く敵を殲滅できるだろう。

 だが、そんな単純で力任せなやり方で勝利したのでは得られる経験値も少なくなってしまう。

 今回ルイズ一行の追跡を引き受けたのも親友であるキュルケの身を案じてのことが第一でもあったが、やはりウラヌスと同じように自己鍛錬の場を求めてという想いも含まれていた。

 相手の実力を侮っているわけではない、されど時には自分をわざと追い込まなくては掴めない強さもあるのだと。

 

「ラナ・デル・ウィンデ――」

「がっはぁ……!!」

「……期待しただけ無駄だったか」

「ち、ちくしょう……! ちくしょうちくしょ――」

 

 戦場を駆け回りながら攻撃を続ける2人を前に数分足らずで傭兵達は蹴散らされていく。

 屋根の上からエア・ハンマーが放たれ、後頭部から地面に叩き伏せられて1人が無力化され、

 そのすぐ隣で狼狽えていたもう1人は屋根から飛び降りながら放たれたタバサの拳で鎧の上から沈められる。

 最後に残った1人は既に目の前の状況の理解を思考が放棄してしまっており、ガタガタ震えている内にウラヌスの放った弾丸による凍結で命を刈り取られていた。

 

「終わったか、さっさと奴らを追うぞ」

「急いで」

 

 戦闘直後とは思えないくらいに全く消耗を見せていないウラヌスに、多少の息切れと脳の発熱を感じながらも傷らしい傷は負ってないタバサ。

 敵を倒した喜びも窮地を脱した安堵すらも一切見せず、そのままウラヌスはルイズたちの向かった方向へと駆け出して行ってしまう。

 タバサはと言えば同じように囮として残っていたものの全く出番の無かったキュルケとギーシュの方に振り向いて視線で促していた。

 

「あ、あはは……僕たち、残った意味がまるで無かったね……と、とにかく行こうか」

「…………え、ええ……」

「ど、どうしたね? そりゃあんな物を見せられてしまっては驚くのも無理はないだろうけど」

 

 タバサの背に続いて隠れていた机の裏から姿を現し走り出すキュルケとギーシュの間に交わされるやり取り。

 覚悟を決めたというのに一瞬とも言える速さで片が付いてしまっていたことにギーシュは乾いた笑いしか出なかったのだが、

 ギーシュは隣にいるキュルケの浮かない顔に疑問が浮かんでいた。

 

「でも君も彼女と同じトライアングルなのだろう? なら彼の方はともかくとしても……」

「……そうじゃない、そうじゃないのよ」

 

 そのキュルケが胸の奥で感じていたのは不安、ウラヌスではなく同じように傭兵相手に無双をして見せた親友のタバサに対するもの。

 ギーシュがどうかは知らなかったが、今し方のタバサの動きはキュルケでさえ目で追うのがやっとの早業の繰り返し。

 普段あまり表だって行動を起こさないタバサであるが、それでもキュルケは初めて会った時のある一件でタバサの実力は把握済みだった。

 だが今のタバサはあの時とは違いすぎる、1年という時間を念頭に置いても異常としか言いようがない成長。

 思えばルイズを追う時に使って見せた幻影の翼も、今見せた圧倒的なまでの戦闘の実力と何か関わりがあるのではないかとも。

 同じトライアングルというランクを持つ実力者として、単に魔法が絶対ではないとわかっている理解者として、同じ場所に立っていた筈の親友。

 そんな風に思っていた筈のタバサに、キュルケは言いようのない距離感を覚えてしまっていたのだ。

 

(……私の知らない間に、何があったの……タバサ……)

 

 前を歩く親友が振り撒いているいるのは普段と変わらぬ無機質な空気。

 戦闘の際に見せていたのは研ぎ澄まされた刃の様な背筋に寒気を覚える暗殺者としての空気。

 タバサの成長、変貌に言い知れぬ何かを感じながら走るキュルケの視線は前を行くタバサに固定されたままだった。

 

 

*

 

 

 一方、酒場で別れたルイズたち3人は店の裏口からアルビオン行きの船を目指していた。

 月明かりに照らされた小高い山の上を目指して一行は只管に駆けていく。

 やがてしばらくした後に巨大な大樹と何本にも枝分かれした幹にぶら下がった飛行船が見えてくる。

 

「桟橋はこの先だ」

 

 先を行くワルドの案内に従いながらルイズとサイトも突き進んでいく。

 大樹の根元から空洞の中へと入り、少々強度が心許無い木の階段を駆け上がっていく。

 そしてその終点に辿り着くかと思われたその時、不意に1つの黒い影が一行の前に姿を現す。

 

「ルイズ!!」

「え――」

 

 サイトの叫び声にルイズが振り向けばその先にいたのは黒い衣装に身を隠した白い仮面の男。

 既に男の杖の切っ先は正確にルイズを捉えており、スペルの詠唱も殆ど終えているようだ。

 

「いけねえ相棒、構えろ!!」

「ライトニング・クラウド!!」

 

 ルイズを庇うように立ったサイトの手の中にあるデルフリンガーが叫ぶのと同時に仮面の男の魔法が放たれる。

 男の杖先から膨大な量の電流が溢れ出し、サイトの体に襲い掛かる。

 

「ぐああああああっ!!」

「サイトッッッ!!」

 

 電流は容赦なくサイトの体を飲み込んでいき、想像を絶する激痛にサイトはあらん限りの声を上げて意識を手放す。

 突然の襲撃にルイズが失神したサイトに大慌てで駆け寄っていく。

 電流の直撃した左腕の傷が特に酷く、服の袖を焦がしながら腕自体が軽い炭化を起こしているようだった。

 

「ラナ・デル・ウィンデ――」

 

 倒れるサイトとすぐ側にいるルイズに向かって追撃を行おうとする仮面の男。

 それよりも早く先を行っていたワルドが振り向いてレイピアを引き抜き呪文の詠唱を行っていた。

 ワルドの行動は仮面の男の追撃よりも早く、このまま魔法が直撃すれば十分に撃退できるだろうタイミング。

 

 

キィンキィン!!

 

 

「なっ―――がっ……!!」

 

 しかしワルドの魔法が発動するよりも更に先、仮面の男の背に直撃したのは2発の氷の弾丸。

 それが何なのかわかる暇も無く仮面の男はあっという間に全身に広がる凍結によって身動き一つ取れなくなってしまっていた。

 

「警戒が散漫すぎる、敵が後ろから来ていることもわからない間抜けとはな」

「……君の攻撃を予測できる者の方が希少だと思うんだけど?」

「でもどうやら無事……とも言い難い」

「やっと追いついた……ってちょっと!? 大丈夫ダーリン!?」

 

 動きの止まった仮面の男の背後から姿を現したのは囮として残ったはずの4人。

 不意打ち気味とはいえ直接敵を止めたウラヌスの言葉に隣で息を荒げながらギーシュは呆れたように呟き。

 ルイズたちの状況を確認して口を開くタバサ、重傷を負っているサイトの姿を見て気が気ではないくらいに慌てているキュルケ。

 すぐさまキュルケはサイトの胸に手を当てる、確かな鼓動が感じられて口からもうーんと呻く声が聞こえるので生きてはいるようだった。

 

「みんな……!!」

 

 目まぐるしく入れ替わる状況ではあったものの、それでもルイズは置いてきてしまった学友たちが無事だったことに

 ぱあっと笑みを見せて喜びを露わにしていた。

 そして喜びも束の間、キュルケと共にどうにか意識を取り戻したサイトの手を取っていた。

 

「…………何故だ……!」

 

 そんな中、昇りかけていた階段の1番上に立っていたワルドは

 誰にも見られない位置で忌々しそうに顔を歪めていた。




本当はキュルケやギーシュももっと活躍させたいんだけど、
ウラヌスの性格とタバサの現状的に厳しいのが悩みどころ。
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