合流を果たしたタバサたちも含め、ルイズ一行は7人全員が無事にアルビオン行きの船に乗ることが出来ていた。
状況が切迫していたということもあって本来なら翌朝の出発だったところを無理に出航する形にもなっていたが。
何分、アルビオンがラ・ロシェールに最も近づくことを見越した分の船の動力、つまりは風石しか積まれておらず船長も渋っていた物の、
積み荷と同じ分の金を支払うことと、足りない分は自分の風の魔法で補填するというワルドの脅迫染みた説得に折れていた。
船長の話によれば翌日の昼ごろには目的地である浮遊大陸アルビオンに到着する予定とのこと。
そういうわけで船室に余裕が無く、一行は毛布だけ借りて舷側で夜を明かすことに。
「アルビオンが見えたぞー!!」
そして毛布をかぶったまま眠りについているキュルケとギーシュを他所目に、
見張りの船員の声を耳にしながらウラヌスとタバサは船の外に広がる光景を見つめていた。
分厚い雲の隙間から突如として姿を現す剥き出しの土壁、一行の最終目的地である。
「……今までの中では、最も目を引く光景かもな」
「浮遊大陸アルビオン、通称『白の国』、国土自体はトリステインとほぼ同等で、洋上とハルケギニア諸国の大陸を定期的に彷徨っている」
空に浮かぶ大陸の王国とは事前に聞き知っていたとはいえ、流石のウラヌスもこれには素直に驚いているようだった。
隣で淡々と解説をするタバサの言うように、国自体の広さはトリステインと変わらないものの、
その特異な地形の関係から空軍を中心に軍事力も発展しており、他諸国も易々と手を出せないのである。
「すっげぇ……」
「私も見るのは初めてなのよ、言われるだけのことはあるわ、流石白の国ね」
何時の間にやら目を覚ましていたキュルケとその場に戻ってきていたサイトもアルビオンを前にして爛々と目を輝かせていた。
大陸の壁面から流れている大河の水が滝の様に空の下へと流れており、同時に大半が霧となって大陸の下半分を包み込んでいる。
霧はやがて雲となりハルケギニア全土に大雨を降らすことでも有名なのだという。
こういった光景、霧と雲に覆われる雄大な絶景を指してアルビオンは白の国と呼ばれているのである。
ドォン!!
「……何の音だ?」
「ちょっと待って、今の大砲じゃない?」
が、自然美溢れる絶景を前に心癒されていたのも束の間、ウラヌスとキュルケだけでなくその場にいたギーシュ以外の全員が確かに聞いた謎の轟音。
続け様に異変を知らせる様にして船内が慌ただしくなっていき、大勢の船員たちがあれやこれや騒ぎながら駆け回っているのが見える。
「た、大変よ!! 空賊がこっちに攻めてきたわ!!」
その異変の答えを聞き出すまでも無く持ってきたのは息を切らせながら走ってきたルイズに、右方向の上空に見えてきた新たな機影。
黒いタールが塗られた側面だけでも20近い砲門を持つ謎の船がこちらにいきなり砲撃を仕掛けてきたのだという。
国内で内戦が激化している以上、騒動に乗じて活動を活発化させている空賊の類は数多くなってきているという情報もあるが、
それがよりにもよって到着直前の自分たちに向かってくることになろうとは。
「面倒な――」
「ダメ」
鍵付のロープを伸ばしてこちらに乗り入れてこようとする黒船を視界に捉えてウラヌスが動き出そうとするも、それをタバサがウラヌスの腕を抱き止めることで制していた。
何のつもりだと視線で訴えるウラヌスであったが、
「流石にあたしも止めておいた方がいいと思うわウラヌス。こんな空の上で下手に暴れたら輸送船ごと木端微塵にされて叩き落とされるだけだもの、そんなのは嫌よ」
「船の性能差と向こうの戦力を考えても多勢に無勢…………私達だけなら切り抜けられるかもしれないけど彼女たちを見捨てるようなことはしたくない」
既に戦況が決しているのがわかるからなのか、諦めムード満々でキュルケがウラヌスに理由を告げている。
それに続くようにして説明をするタバサであるが、後半に呟かれたのはキュルケに聞こえないようにしたウラヌスと自分だけにわかる本心。
実の所を言えば襲撃者の目を盗んで地上に引き返すだけならウラヌスもタバサも問題は無い。
ウラヌスは氷碧眼とテレキネシスの合わせ技でも何でも使ってどうとでもなるし、タバサもスノーウインド・ドラグーンを移動用として現出させれば地上に降りるまでは余裕で持つ。
そもそも敵の戦力状況は不明であるが、今し方しようとしたようにウラヌスが単独で反撃しても十分撃退可能でもある。
ただ、逃げ場のない高度上空ということもあって下手に敵の力を見誤ればこちらの輸送船諸共轟沈してしまう恐れも大きい。
そうなっては逃げる術を持たないウラヌスとタバサ以外の殆どの乗組員たちは哀れ地上に叩きつけられるだけ。
そんなことになってしまうのは望ましくないと判断したタバサの打診である。
「……フン、とりあえずはアンタの言葉を飲んでやる」
「ありがとう」
タバサによる説得というのもあるが、確かにここで軽率に攻撃行動に移らなくとももう少し様子を見てもいいかとウラヌスは考えを改め矛を収めていた。
と言っても、タバサがどう思おうが自分にとって気に入らない、自分の身を脅かすような状況下になったらすぐにでも反撃に移るという心構えでもあったが。
「ね? そういうわけだからダーリンも今は抑えてちょうだいな」
「あ、ああ……すまない」
見ればサイトも同じような考えでいたようで、キュルケの言葉を受けて構えていた剣を収めていた。
心配そうにか細い声を上げるルイズを隣に、サイトが見つめる方向にある黒船から次々と人が雪崩れ込んでくるのが見える。
弓矢や銃、槍や短剣などを手に武装している眼帯やグリス油の黒汚れの目立つ、荒々しい格好の如何にも空賊といった外見の男たちだった。
「……もう、アルビオンに着いたのかい? ……って、な、何だね、彼らは!?」
「今更起きたわけ? とりあえず状況は最悪よ、こっちにとってはね」
この段になって周囲の騒がしさにギーシュは目を覚ましていたが、すぐさま寝ぼけ眼と意識が覚醒する羽目となる。
呆れたように声をかけるキュルケが言うように、空賊は輸送船の占領をほぼ終えていると言ってもいい状態なのだから。
「船長はどこでえ」
「わたしだが」
「船の名前と、積み荷は何だ?」
「トリステインの『マリー・ガラント号』 積み荷は硫黄だ」
ルイズたちからも見える位置で行われている輸送船の船長と空賊とのやり取り。
精一杯の威厳で声を振り絞る船長ではあるが、下卑た笑みと共に空賊が手に持つ曲刀をペチペチと叩きつける度にビクンと体を震わせている。
内戦中の国家に赴く以上ある程度の覚悟はしていたものの、やはり非戦闘員でしかない人間が空賊を相手にしたとあってはこうなるのも無理あはるまい。
話し合いにはやがて遅れて姿を現したワルドも参加しているようだったが、状況が芳しくないのは船長とワルドが表情を顰めていることからも明らかであった。
「何故子爵は言いなり、といった感じなんだ? 彼はスクウェアクラスのメイジなのだろう? だったら――」
「子爵は今まで動力の不足分を補うために魔法を行使し続けていた、つまり今は闘えるだけの余力が無い」
「ぐ、ぐぬぅ……」
突然の事態にまだ整理がし切れていないギーシュがワルドの方を見ながら悔しそうに漏らしていたが、タバサの指摘を受けて黙ってしまう。
如何にワルドが全快状態であったとしても輸送船の当初から燃料ギリギリだった輸送船の墜落を防ぎながら空賊を撃退するなどかなりの無茶でもあったが。
「この船は俺らが買った、料金はてめえらの命だ」
そして話が纏まり船長の帽子を奪い取った空賊が言い放ったのはやはりというか予想通りの内容だった。
わかりきっていたこととはいえ自分たちを取り舞く状況は最悪を通り越しているとウラヌス以外の誰もが頭に思い浮かべている。
「おう、これまた随分と別嬪さんな客もいるじゃねえか、しかも大半が貴族と来ている」
やがて空賊の興味は船長とワルドから、離れた場所で成り行きを見守っていたルイズたちの方へと向けられていた。
ニヨニヨと不快感を煽る笑い顔と共に男たちの手がゆっくりとルイズの方へと伸びていくが、
「さ、下がりなさい下郎!!」
「こいつは驚いた! 下郎ときたか」
凛とした声と共にルイズは思い切り空賊の手を引っ叩いていた。
状況をまるでわかってないかのような反抗的な態度に空賊たちは逆にゲラゲラと大笑い。
キュルケに至ってはあちゃあ、といった感じに手で頭を押さえていたりもした。
どんな時でも貴族としての誇りを胸に秘めるルイズの在り方は美徳の1つではあるものの、こういう場面では却って逆効果になってしまう。
「冷静になるんだ使い魔君、君まで暴れようとしてどうする」
「でもルイズがアイツらに……」
「君1人暴れてここにいる全員が大砲と魔法で蜂の巣とあってはどうにもならないだろう?」
主人と同じようにまた武器を手に取り行動を起こそうとしていたサイトを止めたのはワルドであった。
ワルドから放たれる厳しい言葉からの指摘にサイトは冷静さを取り戻すのを通り越して落胆すらしている始末。
先日の決闘だけではない、単純な実力以外でも自分はこのワルドという男に劣っているのだと。
自分なんかよりもこいつがルイズの側にいる方がいいという、敗北から生まれた傷がジクジクと広がっていた。
(……1つ聞くが、こっちの空賊というのはこういうもんなのか?)
(……恐らく貴方の感じた疑問は正しい、行動が一々わざとらしく見えるのは私も同感)
一方で、反撃しようにも自分の実力ではどうしようもないというジレンマに歯噛みしているギーシュを他所に
事の成り行きを黙って見つめるままのウラヌスとタバサはまたしても密かにテレパスで会話を行っている。
賊の類に関しては2人ともそれぞれの世界で幾度か目にしていた物ではあったのだが、そういった経験から生じていた疑問。
見た目も立ち振る舞いも正に空賊と言うに相応しいもので何を疑えといった感じではあるのだが。
それでも何というか、この目の前で大声で笑う空賊のメンバーからはどこか『わざとらしすぎる』そんな雰囲気も交じっているような気がしたのだ。
「てめえらこいつらも運びな、身代金もたっぷり貰えるだろうぜ」
そんなウラヌスやタバサの疑問などお構いなしに一行は取り囲まれてしまい、そのまま他の空賊たちに引き摺られていく。
実力的に遥か格下の相手に言いなりというシチュエーションにウラヌスは内心で結構な不満を貯め込んでいたりもしたが、
やはりジッと視線を向けるタバサもいる手前どうにか抑え込んでいた。
*
酒樽や火薬樽、砲弾やら穀物の詰まった袋やらでゴチャゴチャした船倉に押し込まれ、ルイズたちはひたすらに流れる時間を感じていた。
手元にそれらしい道具が無い以上正確にはわからないが、それでも7人の体感時間ではもう何時間もずっとこんな調子なのだ。
当然、武器となる杖や剣は取り上げられてしまっており反撃などできる状態ではない。
(ウラヌスやタバサにとってみればどうとでもなるし、ルイズはそもそも杖があろうが無かろうが大差無かったりもしたが)
「……あれから大分経つけど、外はどうなったのかしら?」
「尋問の1つでもされる、と思っていたのだけれどね」
不安そうに漏らすルイズに、側で身を縮めるワルドが静かに答えている。
ギーシュは目まぐるしく変わる事態の整理が追い付かずに船倉内をウロウロしながらオロオロするばかり。
キュルケは特に恐れている様子も見られずに退屈そうに壁際に腰を下ろしている。
タバサも似たような物でキュルケの隣で沈黙のまま座っており、その隣でもウラヌスが同じように壁に寄り掛かっているだけ。
「……いつっ……」
「何よ、やっぱりまだ痛むんじゃないの」
「何でもねえっての」
「何でもないってことないでしょ、タバサにいくらか治療はしてもらったけど……この船に水系統のメイジはいないのかしら……」
「いいから大人しくしてろよ、俺達は捕まったんだ。ケガのことなんか言い出してもどうにもならねえよ」
「……何よ、心配してやってるのにその態度は!!」
そんな中、顔を歪めながら痛みに声を漏らしたサイトに近づいて行ったルイズとサイトの一幕。
意識を取り戻した後、サイトは左腕の傷を水属性の魔法を使えるタバサの手による軽いヒーリングを受けていた。
しかし風との組み合わせによる氷結が主であるタバサは治癒系の魔法の素養はあまり無く、
彼女自身サイトの治療の為だけに力を割くこともできないので本当に応急処置程度の物しか施せなかったのだが。
実際、ルイズが見たサイトの腕の傷は時間経過と共に悪化していたようで酷い水膨れと共に痙攣まで起こしていた。
そして珍しく見せる主人としての気遣いすら、プライドを砕かれて傷心のサイトには余計な物でしかなかない。
やせ我慢同然のぶっきらぼうな態度に腹を立てたルイズは目に涙さえ浮かべて船倉の隅で膝を抱えて蹲ってしまっていた。
「君なあ、せっかく彼女が気遣ってくれているのにそれは無いだろう?」
「ああんダーリン、代わりにあたしが慰めてあげるわ♪」
あんまりと言えばあんまりなサイトの態度にギーシュすら苦言を呈しており、ここぞとばかりにキュルケが体を寄せてアタックを仕掛けていた。
2人の行動にもサイトは無視同然、視線の先のルイズの肩を抱いてよしよしと慰めているワルドにしか意識が向いていない。
自分ではルイズのことを守れない、不甲斐ない自分が情けなくて敢えてルイズを遠ざけるような言動を取ってしまっている。
(チッ、実にくだらない……)
言葉には出さないがへたり込んで意気消沈なサイトを前に内心でイラつきを見せていたのはウラヌス。
自分で決定したこととは言ってもいくらでも打開可能な状況下で動けない中でくだらん茶番を見せるなといった心境だった。
「……おいてめえら、頭がお呼びだ、ついてきな」
船倉内にぎくしゃくした空気が漂い始めていた中でいきなり事態が動いたのを告げたのは、外の扉から顔を覗かせていた妙に痩せ細った空賊の一言だった。
鍵の掛けられていた扉が開き、7人はそれに従うがままに船倉から出て空賊の案内で頭のいる部屋へと連れられていく。
数十秒ほどで辿り着いた甲板の上に設けられた黒船、空賊船の船長室は彼らの粗暴さとは違ってやけに立派な作りになっていた。
部屋の中央に豪華なディナーの乗せられたテーブルがあり、その前に座る空賊の頭が水晶の付いた杖を弄繰り回している。
この目の前にいる頭も他の一部の空賊と同じメイジ崩れということなのだろう。
「お前たち、頭の前だ、挨拶しな」
後方にいた案内役の空賊が7人の背中を小突いてそう促すも、逆にルイズはキッと視線の鋭さを強めるばかり。
ギーシュは相変わらず怯えていてキュルケは澄まし顔、サイトもルイズと同じように表情を歪ませている。
ワルドとウラヌス、タバサに至っては何てことないように無反応を貫いていた。
7人それぞれの反応を見て頭は気を悪くするでもなく、先程と同じようにニヤリと笑みを浮かべていた。
「気の強いは奴らは嫌いじゃねえな、特にそれが女ってのは尚のことだぜ」
頭の言い回しは如何にもな感じであり、自分たちの優位性を信じ切った高圧的な物だ。
この男の一挙手一投足で今後のルイズたちの運命が決まるも同然なのだから下手なことは言えないのであるが、
「俺たちゃ貴族派の皆さんのおかげで商売させて貰ってる身でな、未だに王党派の連中に味方する頭の悪い連中を捕まえて回る密命を帯びてんだ。負けそうな王党派についたところで儲かりゃしねえからな」
「じゃあやっぱりこの船は反乱軍のものなのね?」
「雇われじゃなくて対等な関係さ、尤もお前らには関係ねえこった。さてと、そんなお前らは貴族派か? それとも王党派か? もし貴族派だってんなら同じ仲間の誼だ、港までちゃーんと送ってやる」
自分たちの正体を明かした上で値踏みでもしているかのようなギロッとした視線で尋ねてくる空賊の頭。
相手の思惑がどこにあるのか正確に測りかねるが、とりあえず外面的にも貴族派であると答えておくのが正解か。
「誰が薄汚い貴族派なもんですか! 私達は王党派、それもきちんとした大使よ、アルビオンの王室へと向かっているね。だから大使としての正当な扱いをあんたたちに要求するわ」
真っ先に口を開いたルイズが清々しいくらいに堂々と、真っ向から空賊の頭に向かって言い放っていた。
時間が止まったんじゃないかと思うくらいにぽかんとした空気が流れ、やがて響き始めるのは空賊たちの爆笑の嵐。
「……バカかお前?」
「ダーリンの言うとおりよヴァリエール、あんたってどこまで阿呆なのよ?」
「なによ2人して! こんな馬鹿連中に頭下げて媚び諂うくらいなら潔く死んだ方がマシよ!」
「いやあのねミス・ヴァリエール、その気持ちは痛いほどわかるが流石に時と場合という物がだね……」
命の手綱を握られている状況下ですらこの言いよう、サイトとキュルケも呆れを通り越した何かを感じるしかなかった。
空賊たちの馬鹿にするような笑いも合わせて、ルイズは己の曲げられない誇りを傷つけられていつものように顔を真っ赤にするばかり。
貴族としての誇りを、「命を惜しむな、名を惜しめ」などという家の教えがあるギーシュでさえ、無情な現実を前にしては情けない声を上げてルイズの物言いに苦言を漏らすことしかできない。
傍らで成り行きを見ているタバサとウラヌスは相変わらず何も言わないし、ワルドに至っては婚約者の軽率極まる行動をどういうわけか満足げな表情で見つめていたりもする。
「ははははは! こんな時でも馬鹿正直とは随分肝っ玉が据わってるじゃねえか、逆に気に入ったくらいだぜ、いっそ俺達と一緒に貴族派に付かないか? メイジとなれば礼金もたんまりだろうぜ」
「この期に及んでまだそんなこと言うの? 誰がアンタらみたいな薄汚い連中に手を貸すもんですか」
ところがどこまでも自分の誇りを押し通そうとするルイズの姿に、空賊の頭は気を悪くしないどころか勧誘まで始めている。
もちろんこれに対してもルイズは即ノーを突きつけていたが、頭は尚も笑いを強めるばかりである。
「……そういうことか、全く今日は茶番ばかりを見せられるな」
「あん、何が言いてえんだそっちのおめえは?」
が、いきなりぽつりとウラヌスが呟きを漏らしたのを聞いて、側にいた空賊の1人が表情を凄ませてウラヌスに短剣を向けていた。
しかしウラヌスからすればそんなものは脅しにもならないどころか、既に密かに全てを調べ終えた今となっては余計な不快感すら覚えるものでしかない。
ルイズが相手を逆撫でするような発言を繰り返しても、気を悪くする気配が全く無かった空賊たち。
それだけ自分たちの今の立場に酔いしれているか、単に変わり者なだけなのか、それとも別の理由があるのか。
考えても無駄だと判断したウラヌスは密かに有線テレパスを発動、空賊の頭の心の中を盗み見ていたのである。
トランス能力に関しては規格外というわけでも無いが、ウラヌスレベルのPSIの使い手ならば耐性の無い相手から情報を引き出す事など造作も無い。
その一連の行程を終えたからこそ、ウラヌスは空賊たちの行為を茶番としか言えなかったのである。
「さっさと正体を明かしたらどうだ?
吐き捨てる様にして出てきたウラヌスの爆弾発言に、他の6人が一斉にウラヌスの方へと振り向いていたが、
それ以上に強い反応を見せていたのは貴族派の味方をしていると公言していた筈の空賊たち。
「ふ……はは、あははははははははっ!!」
そんなウラヌスの言葉と他6人のリアクションを前にして、これまでの中でもとびきりの笑い声を空賊の頭は上げる。
しかし、それは空賊らしさに溢れる下卑たものとはまるで違うどこか高貴さすらも感じられる全く別質の物へと変わっていた。
「……確かに失礼した。トリステインにはなかなかの逸材が揃っているのだなということがよくわかったよ」
そしてウラヌスの言葉を肯定するかのように、頭は今までの雰囲気をガラリと変えて凛と透き通った声を発していた。
そのまま髪を掴み、というか被っていたカツラを脱ぎ捨て、髭も眼帯も全部外したその奥にあったのは凛々しい金髪の若者だった。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。さて、要件をお聞かせ願おうかな?」
その名乗り口上にはルイズのみでなく、ウラヌスを除く他の全員がしばらく開いた口が塞がらないでいた。
今回のルイズが引き受けた密命の最重要対象である王党派の実質的なリーダーとも言えるウェールズ皇太子その人が目の前にいるとあっては仕方のないこと。
それも今の今まで貴族派と協力関係にある空賊だと名乗り、自分たちの乗る輸送船を襲っていただけに余計にであった。
「何故空賊風情に扮していたのか、とでも言いたげな顔だね? 金持ちの貴族派の補給路を堂々と絶つにはこうでもしないとやっていけないという致し方ない事情もあるのだよ」
言ってる内容はともかくとしてウェールズはその凛々しい顔つきに違わぬ実に爽やかな笑みを浮かべていた。
現状、アルビオンにおける内戦では王党派が相当に不利な状況にあるという話は道中でさえ何度も耳にしてきていたことだが。
かといって、皇太子自らがこのような真似事をしていたというのは予想が出来なかった。
「ト、トリステインのルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。この度はアンリエッタ姫殿下より密書を言付かって参りました」
「ほう……ラ・ヴァリエールの……して他の方々は?」
「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵。そしてこちらがラ・ヴァリエール嬢の使い魔の少年と……トリステイン魔法学院にて勉学を共にし、善意で協力してくれている学友たちです」
ようやくまともな思考が戻っていたルイズがおずおずと頭を下げながら挨拶をし、事前にアンリエッタから預かっていた手紙を手渡す。
それに続くようにしてワルドもウェールズに対して頭を下げて他のメンバーに対して一応の説明をしており、サイト、キュルケ、ギーシュ、タバサの4人も四者四様に頭を下げていた。
細かく言えば唯一頭を下げていないウラヌスは学友でも何でもないのだが、自分から訂正する気はウラヌスには無い。
「なるほど、君たちのような勇敢な者たちが我が王党派にあと10人もいればこのような惨めな今日を迎えることも無かったろうな」
「あの……し、失礼ですが本当に皇太子さま?」
密書を手渡した後もルイズの疑念は晴れないままのようだ。
何せさっきまで散々に自分たちに下品な態度を取り続け、貴族派への勧誘までしていたこの目の前の相手が皇太子であるという実感が湧かなかったのだ。
そんなルイズの反応を見てウェールズはまあ無理もあるまいと述べた上で、懐からある物を取り出していた。
「この指輪はアルビオン王家に伝わる風のルビー、君の指に嵌まっているのはアンリエッタから預かった水のルビーだろう? 水と風は互いに惹かれあい王家を繋ぐ虹を作る」
「おお……」
言いながらウェールズがその手に持った透明のルビーを、ルイズの指に嵌まっている水色のルビーに近づけていく。
するとその言葉の通りに二つの宝石は共鳴を起こし、虹色の光を振りまいていた。
一種幻想的な光景を前に、キュルケやギーシュもぱあっと目をキラキラさせている程である。
「た、大変失礼をば致しました」
風のルビーまで見せられてはこれ以上疑いようもなく、今までの無礼を詫びる意味でルイズは頭を下げた。
ウェールズは気にしてないようにやんわりと手を上げると、続けてルイズの持ってきた密書に目を通し始める。
「姫は結婚するのか、あの可愛い従妹のアンリエッタが……そうか……」
途中で合流したキュルケやタバサにはまだ説明されていなかったルイズの持ってきた密書の内容。
ゲルマニアの出身であるキュルケにも決して無関係とは言えない、両国の同盟締結の意味も込められた、
トリステインの王女であるアンリエッタとゲルマニア皇帝の婚約と、アンリエッタが密かに想いを募らせていたとウェールズとの関係に関する内容。
ぽつりとウェールズの口から漏れ出したその言葉にどんな感情が込められているのか。
出発前のアンリエッタの姿も思い浮かべるとそれが何なのか何となくわかってしまい、ルイズだけでなくサイトも多少の辛さを感じていた。
「了解した。姫はあの手紙を返してほしい告げているが残念ながら今手元にはない。多少面倒だがニューカッスルまでご足労願いたい」
やがて手紙を全て読み終えたウェールズは顔を上げてにっこりと微笑む。
そして一行はそのままウェールズ達王党派の案内によって、彼らの本拠地ニューカッスル城へと案内されることになった。