ルイズたちを乗せたままウェールズが率いていた軍艦、イーグル号が輸送船ごと雲中に紛れながらアルビオンの海岸線を突き進んでいく。
頭上は圧倒的に戦力差の勝っている貴族派の艦隊に抑えられているため、こうやって遠回りをするように進路を取るしか無いのだという。
船はやがて大陸の下部へと潜り込み、日の光さえ届かない暗闇の中へと入っていく。
視界はゼロに等しいというのにウェールズ指揮する王党派のメンバーはまるでその辺の散歩道でも歩くような気の軽さで船を進めていた。
貴族派は船が座礁する危険性に怯えて同じことは絶対に出来ない、所詮連中は空を知らぬ無粋者であると自慢げに語りながら。
そして船はやがて大量の光に照らされた大陸の底にぽっかりと空いた大穴へとその船体を潜り込ませていく。
その先に会った薄暗い洞窟に船を落ち着けると、ウェールズは手招きをしてルイズたちと共に船を降りた。
「これはまた、いつにも増して大した戦果でございますな殿下」
顔を綻ばせながらルイズたちに近づいてきた1人の老メイジに続くように、大勢の王党派の兵隊たちが集まってきていた。
「喜べパリー、硫黄だ」
「なんと!! 火の秘薬ではございませぬか。これで我々の栄誉も守られるというものですな」
「そうとも、これにより王家の誇りと名誉を叛徒どもに示しつつ敗北することができるだろう」
「栄光ある敗北ですな!! このパリー、先の殿下よりお仕えして早60年……こんなに嬉しい日はございませぬぞ。この老骨、武者震いさえしてきておりますとも」
輸送船の積み荷に兵たちはオーッと歓喜の声さえあげて喜びを浮かべている。
しかし、楽しそうに会話に興じるウェールズとパリーの言葉の内容にルイズは顔色を変える。
栄誉ある敗北……どんなに取り繕ったところで敗北であることに変わりは無く、すなわちそれは死を意味するもの。
なのに何で目の前のこの王党派の兵たちは少しも恐れる素振りを見せないのだろうと。
サイトやギーシュ、キュルケも大方ルイズと同じような心境なのか沈痛な顔を浮かべている。
ワルド、タバサ、ウラヌスの3人は特に反応を見せることなく無表情のまま。
「して殿下、その方たちは?」
「トリステインからの大使殿とその一行だ、重要な案件があって王国に参られた」
「これはこれは……大したもてなしはできませぬが今夜はささやかな祝宴も開かれます故、是非とも出席くださいませ」
ウェールズの紹介に老メイジのパリーも甲斐甲斐しく頭を下げている。
それを見てウラヌスを除くは6人は各々で返礼をしていく。
「では我々の本拠、ニューカッスルへとご案内しよう」
一所の紹介が終わったところでウェールズのその一声により、ルイズたちは暗い鍾乳洞の中を歩いていく。
数分も歩いていると洞窟を抜け、白い壁に囲まれた場内と思わしき廊下が広がっているのが見えてくる。
そのまま更に先に進むと城の1番高い位置に存在しているウェールズの私室らしき場所が見えてきたのだが、
「あら、どうしたのよタバサ?」
「私達は席を外した方がいい」
ウェールズの案内で部屋へと入らんとしたその時に立ち止まったタバサがぽつりと一言。
密命を直接帯びているルイズたちはともかくとして、個人的に後から付いてきただけの自分たちが聞いてもいい話ではないと。
「うーん……まあ確かにそれもそうかもね」
「私は気にはしないが……うむ、そう言うのならパリー、彼女たちを客室へと案内してやってくれ」
「畏まりました殿下、ささ、皆様どうぞこちらに……」
先程のウェールズの栄光ある敗北という言葉や輸送船内で見せたアンリエッタからの手紙に対する表情。
つまりは自分の信条にも含まれる自分の中の1番に対する思いが絡んでいるのだろう。
そういう結論に達したキュルケもタバサの言葉に同意を示していた。
それに対してウェールズは温和な笑みを崩さぬままに同行していたパリーに指示を出す。
キュルケ、タバサ、ウラヌスの3人はパリーに連れられてウェールズの私室を後にして別の場所へと招かれる形に。
「このような情勢故にみすぼらしい有様ではありますが……」
「気にしない」
やがて到着した客室は一国家の本拠地、城内という枠組みで見れば確かにらしくない簡素な部屋だったのかもしれないが、
それでも貴族をもてなす一室としては十分な装飾と設備が整っており、謙遜し通しなパリーに対してタバサは言葉を返していた。
「明日の朝、非戦闘員を乗せたイーグル号が出港いたします、皆様はそれにお乗りになられれば帰れることでしょう」
主であるウェールズと同様、明日死ぬ身でありながらそんな悲壮感などまるで含まれていない様な温和な笑みを見せているパリー。
一国に仕える貴族の一員としての覚悟なのだろうとわかっていながらも、タバサはパリーに対して無表情のまま質問をしていた。
「王党派に勝ち目はもう無い?」
「ほほ、我が王党派三百に対し敵の貴族派は五万、とても太刀打ちできるものではありませぬ。勝ち目など万に一つどころか億に一つも……であるならば、我々に出来ることは勇敢な死にざまを見せつけてやることくらいです」
攻める側は守る側の3倍の戦力が必要となるなんて言葉があったりするが、仮に王党派を守る側と仮定してもその戦力差は人員だけで比較しても3倍どころか100倍以上の開きがある。
加えて航行の最中にちらと見た貴族派の艦隊も質・量共に王党派を遥かに上回ると見ていい。
パリーの語るようにもう王党派には一欠けらたりとも勝機は残されていないのだろう。
「貴方の死もそれに含まれる?」
「当然、私は殿下と共に真っ先に討ち死にして果てるつもりです」
きっと今頃は殿下も同じ思いでいることでしょうな、などとパリーはしみじみと語っている。
それだけ言ってパリーは再び甲斐甲斐しく頭を下げて部屋を後にした。
「……なんだか、あまり気分のいい話とは言えないわ」
「彼の言う通り情勢は既に貴族派の側に傾き切っている、降伏、逃亡以外にウェールズ皇太子や彼ら王党派に生き延びる術は無い」
「そうなのかもしれないけど、でも皇太子様と王女様はそういうことなんだろうし……歯痒いわね……」
自分とは関連の薄い他国の、それも王族同士の関係である以上無暗矢鱈と首を突っ込めるような問題ではない。
だがそれをわかっていたとしてもキュルケはどうにも納得しきれないもやっとした気分が頭にこびりついたままだった。
トリステインの貴族のように立場や体面を極端に気にしたりすることは無いが、それでもキュルケにだって譲れないプライドや信条は確かにある。
その中でも特に情熱を燃やしているのが恋、未だ自分の最愛の人間と呼べる者は見つかっていないが、
もしその相手が自分を置いて先に死んでいくことを知っていて、それを引き止めることなく見送ることができるかと言われればすぐさま首を縦には振れないだろう。
が、ウェールズが考えているのは誇りだの王族としての立場だのだけでなく、他国の王女であるアンリエッタを想ってのこともであるとキュルケも理解している。
敗色濃厚なアルビオン王党派の皇太子がトリステインに亡命、それだけで狙いを定められる恰好の口実にしかならない。
しかもそれに加えてトリステインのトップである王女との恋仲関係まで知られてしまえば、それこそ自分の出身地であるゲルマニアにさえ見限られる。
国力に乏しいトリステインにとってそれは地獄以外の何物でもない選択、それをわかってるからこそ逃げるという選択肢を取らないのだろうと。
「……大切な人を残して逝く、私にはとても真似できない」
「あの人たちみたいに堂々と言い切れる人たちの方がきっと珍しいのよ、タバサ」
一方で表情を変えず……いや、親友であるキュルケだからこそ見抜けた僅かな表情の変化の下呟かれるタバサの想い。
光り輝く表舞台、皇太子としての地位にい続けた人間だからこそ貫けるある種の覚悟を、
闇の世界に落ち延びて泥水を啜っても、目的を果たすまでは生き抜いてみせると心に決めているタバサには眩しいとさえ思えてしまう。
自分にとっての誰よりも大切な人間と言えば今は亡き父に、毒に精神を蝕まれている母の2人。
そのどちらもが王族としての栄誉ある死や犠牲になったとはとても言い難いし、
仮に2人が今のウェールズと同じような選択をしようとしていたら、きっとどんな手段を使ってでも止めていただろうともタバサは思っている。
恨まれようが誇りを大きく傷つけようが、大切な人を失うという心の傷は何よりも恐ろしく耐え難い激痛なのだということ。
例え国を敵に回すことになろうと、どんなに惨めな逃亡を繰り返そうと、大切な人たちと過ごす穏やかな時間に勝る幸福は無いのだということをわかっているから。
「連中の選択がそうであるなら、俺達が何を言ったところで無駄だろう」
「それはまあそうなんだろうけど……相変わらずドライよねえ貴方も」
「闘いを決するのは最終的には強いか弱いかの一点だけだ、誇りだの想いだのといった感情は強さが伴わなければ余計な雑音でしかない」
そしてその段になってようやく口を開いたウラヌスの物言いに対してキュルケは呆れたように溜め息を吐いていた。
会って数時間足らずのウェールズに思うところなど何も無いのだし、当然と言えば当然の反応である。
何より闘いと強さが目的そのものと化しているウラヌスが、誇りと愛する人間を想って死ぬというウェールズや王党派の兵たちと相容れることは叶わない。
闘いを求め続け闘いの中で果てていくという生き方を送ってきた、そこに余計な感情は不要。
死ぬとわかっていて尚足掻くことそれ自体はともかくとしても、そこにあれこれ理由付けをすることが理解できない。
まして貴族としての誇りなどというものは最も縁遠い感情と言っても過言ではない。
「本当に?」
「……何がだ?」
「今でも貴方は、本当にそれが全てなの?」
だがウラヌスにも予期せぬタイミングで割り込んできたのが、自分の目をジッと見つめて尋ねてきたタバサの言葉。
無機質で無感情、変化の乏しい筈の彼女の瞳には今、確かな熱が篭もっているのがウラヌスにもわかる。
「…………そうかもな……」
思えばこんな場所にまで赴いているのもタバサという自分のにとっての初めてとも言える特別な他人がいるからこそ。
その事実だけでも自分はどこか変わり始めているのかもしれない。
そんなことを思い浮かべながらウラヌスは視線を逸らさぬままに一言だけタバサに言葉を返す。
(……ふーん……成る程ねえ……)
そんな親友と彼女が召喚した者、2人のやり取りを前にキュルケが感慨深そうな表情を浮かべていたりもした。
*
城のホールでとり行われているパーティーは、簡易式の玉座に腰掛けた年老いた王であるジェームズ一世の下で実に賑やかに進んでいた。
皆、明日には滅びる身だというのに誰もが食べて飲んで互いに肩を抱き寄せてバカ騒ぎに興じている。
ギーシュは王党派の兵士たちに囲まれながら共に酒を煽り、キュルケもせめて少しでもその場の空気の活性に貢献しようと酌をして回っている。
ワルドもワイングラスを片手にジェームズやウェールズ、その他兵士たちと談笑している。
一方でこの一種独特な悲壮感溢れる空気に思うところがあるのか、サイトは浮かない顔をして周囲の様子を窺っていた。
彼の主であるルイズに至ってはその場の空気に耐えきれずに外へと出て行ってしまう。
タバサはいつもと変わらず席の1つを占領して黙々と料理を食べ続けており、周りの兵士たちもその健啖家振りに驚きを浮かべている。
ウラヌスもまた同様で、パーティー会場の隅に腰を預けながら黙って佇んでいるのみ。
(さて、どうしたものか)
ウラヌスにとっては王党派が全滅しようとアルビオンが国家としてどのような末路を辿ろうと至極どうでもいいこと。
重要なのは自分と、そしてタバサが今後どのような行動を取るかによる。
戦力差はざっと百倍近く、となればあの老メイジのパリーが言ったように王党派の勝ち目など無きに等しい。
それこそ自分と嘗ての自分を超える者たちの様な、圧倒的な力を有する個人でも存在していなければ、である。
当然、ウラヌスは滅びゆく王党派が可哀想だからそれを防ぐために自分が協力する、などということは絶対にしないだろう。
仮にもし本当に貴族派五万の軍勢に闘いを挑むにしても、結局のところは自身の欲望、闘いを求める渇きを癒す為でしかない。
「…………俺個人なら、知った所ではないのだがな……」
いっそ衝動のまま、本当に貴族派に単独で闘いを仕掛けるのもいいかもしれないが、顎に手を当てながら考え込むウラヌスの脳内でストッパーがかかる。
強さと闘いを求めることが優先事項であるのは確かだが、だからといって後先考えずに暴れるだけの獣染みた思考をしているわけでも無い。
もしウラヌスが本当にそのような存在であるなら、そもそもW.I.S.Eという組織にすら属していないのだから。
その前提を踏まえた上で言えるのは、五万という軍勢を滅ぼすとなるというのは流石に目立ちすぎるということ。
大した後ろ盾も無い自分がそのようなことを仕出かせばたちまち噂が広まり、排しようとする者や力を目当てに近づいてくる有象無象が出てくる事だろう。
現代世界でならともかくあらゆる常識が異なるハルケギニアで腰を落ち着けなくなるというのは利益より損失の方が大きいという判断。
まして自分がそのような存在になれば、いずれ自分の最高の相手となりうる大成を期待しているあの少女にも……
「やあ、楽しんでいるかね?」
「お前か」
などと思考を巡らせていた矢先、ウラヌスに声をかけてきたのはウェールズであった。
ジロジロと物珍しそうに視線を動かした後、ニコリと笑みを浮かべて言い始めた。
「君は一体何者だい? 我々は勿論、ラ・ヴァリエール嬢の使い魔とも違う……そう、どこか遠い次元に存在している人間、そういったただならぬ雰囲気を君からは感じる」
「ほう」
これまで微塵も興味を示していなかった相手にウラヌスは僅かばかりであるがピクリと反応を示す。
崩壊寸前とはいえ一国の軍勢を率いて闘う王族であるウェールズ・テューダー。
その内に秘め、養われた他者を観察する力も相応に高く、それによってウラヌスの発する異質の空気を感じ取っていた。
「明日死ぬ人間に俺が説明することなど何も無い。この国が滅び、どの人間が死のうと無関係だ。力無き弱者が出来るのは滅びを受け入れるか、強者の背を追い続けながら生き永らえる事だけだからな」
「はは、手厳しいね。そうとも、今の貴族派の連中からすれば我々王党派などただの弱者なのだろう。だがそれでも、我々は己の内に秘めた誇りだけは決して曲げてはいけないのだと心に誓っている」
「誇りか……俺には理解できんことだ、闘うことに余計な理由など必要ない」
「……成る程、そのような考え方もあるのだろう。だが、世界は我々のように闘いを良しとする者たちばかりではないのだ」
見方によってはウェールズの在り方を一蹴するというとんでもなく失礼な光景かもしれないが、
そんなウラヌスにさえウェールズは気を悪くすることなく理解を示し、その上で自分たちの誇りの意味を語っていく。
「貴族派……レコン・キスタの連中は聖地奪還などというお題目を盾にハルケギニアの統一などというものを謳っているが、そこに至る過程でどれほどの民草の血が流れることになるのかを理解していない。なればせめて、我らが少しでもその勇気と維持を見せつけ、統一は決して容易ではないということを想い知らせなくてはいけない」
「……やはり俺にはわからん、踏みにじられたくなければ、自分が闘えばいい、強さを得ればいい。闘うことすらしない弱者の考えを一々汲むことなど俺には無駄の極みにしか映らん」
「それだけ言いきれるということは、君もさぞかし腕に覚えのある戦士なのだろう。君のように割り切れる強者が我ら王党派にあと少しでもいればと思ってしまうよ」
どこか名残惜しそうな笑顔を見せるウェールズ。話せば話すだけ自分とは完全に住む世界が違う存在なのだということを思うウラヌス。
共に戦場に赴く、闘いに身を投じる者同士ではあれど、決して交わることない決定的な差が両者にはあるのだと。
「せめてだ、最後に君の名前を教えてはくれないか?」
「……ウラヌスだ」
「そうか、良い名だ」
もう視線を合わせるのも億劫だと言わんばかりにウラヌスは吐き捨てる。
そんな態度にすらウェールズは気を悪くすることなく、最後まで笑みを絶やさぬままその場を後にしていった。
ウェールズが去った後、これ以上ここにいてもしょうがないだろうとウラヌスも城内へと戻っていく。
「やあ、ここにいたのかね」
「何の用だ」
その途中、廊下を歩いているといきなり後ろから声をかけられて振り向いてみればワルドが立っていた。
特に接点も無い筈の自分に何を伝えたいのだろうと思い始めた矢先、
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
「……………………」
一般常識というものにかなり疎いウラヌスでさえ率直に思ってしまう、お前はこんな時に何を言っているんだと。
不自然極まりない告白、しかもそれを自分の様な人間にまで言ってくるワルドの言葉の意味が理解しきれない。
「連中に当てられて頭が湧いたか?」
「そういうわけじゃない。寧ろこんな時だからこそなのだよ、僕たちの婚姻の媒酌を是非ともあの勇敢なウェールズ皇太子に務めてもらいたいと思ってね、皇太子も快く引き受けてくれた」
口早に捲し立てていくワルドの態度にあからさまな不自然さをウラヌスは感じ始める。
こんなタイミングでそんなことを言い出すワルドの真意はどこにあるのか。
「もし良かったらどうかね? せっかくの機会だ、晴れ舞台の参加者は少しでも多い方がいい」
「……いいだろう、付き合ってやる。"色々な意味で"面白いことになるだろうからな」
「そうか、そう言ってくれると何よりだ」
気の良さそう笑顔を浮かべるワルド。
その場に誰か普段のウラヌスを知る者がいれば、絶対にありえない返答を聞いて驚愕を浮かべていた頃だろう。
だがワルドは知る由も無かった。自身の後頭部に有線テレパスが忍ばされていたことなど。
*
ワルドとウラヌスのそんな一幕が繰り広げられていた頃、別の廊下を歩きながら、、
窓から差し込む月明かりに照らされる中でタバサも頭の中の疑問に対して思考を働かせていた。
(何故、このようなタイミングで?)
ルイズとの結婚式についてはついさっき、タバサもワルドから聞かされていた。
そして勿論、ウラヌスと同じように不自然極まりない結婚式に次々と疑問が浮かび上がっていくばかり。
ウェールズ皇太子の仁徳に惚れてというのはわからなくもないが、それはルイズやワルドの家族にも勝るものなのだろうか。
結婚という人生の中でも特に重要な出来事を一目見たいと思わない親族など、極一部の例外を除けばまずいない筈。
だとするなら、そういった理由以上にウェールズに結婚の場にいてほしいという他の意味があるとでも言うのか?
「ひぐっ……ぐすっ…………」
が、タバサの思考は反対方向から歩いてきたルイズのすすり泣く声によって打ち切られる。
ブロンドの髪の下、凛と張りつめた空気が微塵も無く、年相応の少女のように泣きじゃくるルイズの姿はタバサにとっても珍しい物。
「何があった?」
「……なに……よっ……あんたには関係ないわ……!」
だからこそ、貴族たらんとして常に胸を張ってきた、自分の親友が気にかけていた少女の、ルイズの様子が気になってタバサは声をかけていた。
自分を呼び止める声に気付いたルイズはすぐさま強気な態度を取ってみせたが、崩れ切った表情を戻すことは叶わず目下は真っ赤に晴れたままだ。
「彼はどうしたの?」
「知らないわよっ……! あんな意気地なし……主人の気も知らないで……情けないことばっかり言って……!!」
「…………」
「嫌い……みんな嫌いよ……!! どうしてみんな平気で死にたがるの……愛する人を置いて、残される人たちのことも考えないで馬鹿みたいに……!」
いつも通りの態度で振る舞うことなどできず、ぽろぽろと涙を零しながらルイズは自分の気持ちを吐露していく。
あのパーティー会場から密かに姿を消していたのは、料理の山と格闘している最中、タバサも目にしていたことだった。
そして使い魔であるサイトがいないことや、ルイズから紡がれる言葉の内容で、彼女が今どんな気持ちでいるのかタバサにも大凡察しが付く。
「貴方にも、ウェールズ皇太子たちの考えが理解できない?」
「当たり前でしょ……愛する人が側にいてくれること以上の幸せが、他にあるって言うの……?」
表情が変わらぬままに漏れ出すタバサの問い、それにルイズはありのまま自分の想いを率直にぶつける。
幼い頃からの親友だったアンリエッタと、学院の寮に忍び込んでまで伝えてきたウェールズへの想いと極秘任務の頼み。
あの時のアンリエッタの真剣な気持ちを知っていたからこそ、今のウェールズの姿はルイズにとって余計に辛い物にしか映らない。
彼の私室で大切に保管された手紙、ウェールズが見せた憂いを帯びた表情、一目でわかるウェールズもまたアンリエッタを心から愛しているのだということ。
お互いがお互いの気持ちをわかっている筈なのに、どうして死を選ばなくてはいけないのか。
ルイズにはそれが心底理解が出来なかったのである。
「……一概に断言は出来ない、彼らにとってそれ以上に大切な何かがあるということ」
「何よそれ……! 結局あんたもあの人たちの肩を――――」
「でもルイズ、私にはわかる。貴方のその気持ちは絶対に間違いじゃない」
「持つ……え……?」
愛する人が側にいてくれること以上の幸せ、今のタバサもまたそんなものなどあるとは思っていない。
故に、アンリエッタとウェールズのことを想って涙するルイズの気持ちに共感を示していた。
いきなりの言葉にルイズは、初めて目の前の青髪の少女から名前で呼ばれたこともお構いなしにきょとんとしてしまっている。
ルイズの泣き腫らした瞳に映るのは普段の無感情で我関せずな少女などではない。
「大切な人が側にいてくれる……それ以上に嬉しいことなんて私にもわからない。だから貴方が正しいとは言い切れないけど、間違っているとも言えない」
「……そうだって言うならどうして……どうしてあの人たちは……」
「この世界に絶対の正解なんて無い、皆どこかで折り合いをつけなくてはいけない、今の私達に彼らの気持ちを変えれるだけの物が無いというだけ」
タバサにだって、ウェールズとアンリエッタを引き合わせてあげたいという気持ちが全く無いのかと言われれば嘘になる。
だが、今の自分たちにウェールズの想いを変えてまでそれを可能にする力も方法も無いというのが現実なのだと。
ウェールズがそうであるように、タバサにも譲れない物……王家への復讐と母親を取り戻すという目的が存在している。
それを捻じ曲げてまで、達成できなくなる可能性を孕んでまで今の王党派をどうにかするという気までは起きないというだけ。
如何にPSIという異質の力を手にしている今の自分でも、一個人で可能なことなど限られているのだから。
「そういった悔しさを、想いを飲み込んで私たちは前に進んでいくしかない。それを見失って、自分の使い魔まで無くしてしまっては、傷が大きくなるだけ」
「無くしてって……アイツが勝手に情けないことばかり言うから……!!」
「きっと貴方にもわかっている筈、彼は敗北の辛さでで足下を見失っているだけ、だから主人である貴方が手を引いてあげなくてはいけないと思う。それがサモン・サーヴァントを行った、自身の生涯のパートナーを呼び出した貴族としての務め」
思えばあの日、自分を庇って毒を飲んだ母もそうやって全てを割り切っていたのだろうかと、タバサの脳裏にそんな思いが過る。
だがどうであれ、今のルイズのことを見捨てることができなかったというのが紛れもないタバサの本心であった。
同じ人間の使い魔を呼び寄せた者として、愛する人間を失う辛さに強い悲しみを覚える者として。
自分とウラヌスの関係はルイズとサイトのそれとはまるで違うモノではあるが、
だからといって目の前の悲しみに我を失い、隣にいてくれる人間を更に失うことは大きな後悔を呼ぶことにしかならないと感じ、
わざわざサイトのことについても言及していたのだ。
「ふ、ふん……! あんたみたいな奴に言われるまでも無いわ! わたしは貴族よ! 確かに辛くて胸が張り裂けそうだけど……でもそれでも、任務だってあのバカ犬のことだって……ちゃーんと全部責任もって何とかしてやるわよ!」
「それならいい」
励ましとアドバイス、いつだって魔法を使えないゼロの自分を蔑むような言葉ばかりを浴びてきた中、
初めてとも言えるタバサからのソレに、ルイズは少しとはいえ元気を取り戻していた。
そして涙はそのままであれど、口調はどうにかいつもの物に戻っており、正面から言い切った上でスタスタと廊下を歩いて行ってしまった。
その心の裏には高すぎるプライド故に、素直に礼を言えない本心があることをタバサはきちんと見抜いている。
「……パートナー……そう、私も彼の……ウラヌスの本当のパートナーににならなくてはいけない」
1人残ったタバサが反復するのは使い魔はパートナーという言葉と、自分にとっての召喚の証であるウラヌスのこと。
PSIという力を持つ者同士、今のウラヌスが自分のことを特別よく見てくれていることはわかっている。
だがそれでも未だ自分の力はウラヌスに遠く及ばず、彼と肩を並べて歩けるだけの存在とはとても言えない。
であるからこそ、自分も立ち止まらずにもっと力を磨いて前に進み続けなくてはいけないのだと、タバサは自分の中の想いをより強く引き締めていた。