明けて翌朝、アルビオン王党派が非戦闘員を乗せて出航する『イーグル号』に乗って帰るはずだったルイズたち一行は、
その誰もが船には乗っておらず、早朝からニューカッスル城内にある礼拝堂へと集まっていた。
「何だってんだよちくしょう……」
「本当だよなあ相棒、あれだけ今生の別れみたいな空気醸し出しておいて、結局娘っ子の尻に敷かれっぱなしなんだからよお」
「うっせえ」
ケケケと笑う抜身のデルフリンガー相手に礼拝堂の椅子の一つに腰掛けてサイトは不満たらたらといった様子で言葉を漏らしている。
ワルドの敗北と言葉、死地に赴くウェールズや王党派兵士たちの覚悟の程を聞いて、己の弱さ、浅はかさに打ちのめされたサイトは、
自分ではルイズを守れないとはっきりと告げて、涙と共に駆けていく主人の背中を確かに見送ったはずなのである。
――あんたはわたしが召喚した使い魔なのよ!! 守れるどうか関係なく、わたしの側にいないってのは許さないんだからね!!
……だというのに30分程の時間を置いて現れたルイズがいつもの調子でいきなりこんなことを言い出して自分を無理やり引っ張ってきてしまったというのが事の顛末。
サイトにしたって断腸の思いでルイズと別れて自分1人で変える方法を見つけようと決意したばかりであっただけに、これはとても格好が悪かった。
挙げ句、どういうわけか今も他の面々と共にこうしてルイズの晴れ舞台を見るのに参加しているというわけであって。
正直な所、未だに敗北の傷が癒えてないサイトには苦痛でしかないというのも事実。
だがそれ以上に、自分は目の前の小さな主人に振り回されるしかないのか、などという呆れにも近い不満も込み上げていたりする。
(けど……やっぱ可愛いよなあ……隣にいるのがアイツじゃなきゃ尚良かったんだけど)
しかし、その2つの感情に加えて更にもう1つ、ルイズに対する異性の女の子として好いているという気持ちも否定はできなかった。
昨日の突拍子もない言葉返しも含めて自分を使い魔、下僕扱いしロクな目に遭わされないことなど多々あった。
だがそれでも自分がルイズに付いていってもいいかと思えるのは極単純な理由、彼女を可愛い、綺麗だと思えるということ。
普段のプライドの強い面がなりを潜めれば、途端にサイトがドキリとしてしまう程の美少女へとルイズは姿を変える。
何だかんだ言ってもサイトも年頃の男の子、可愛いあの子の為にという純粋な気持ちは時に抑えきれない程強く大きな物へと変わるのである。
だからまだ色々な気持ちに整理がつかないとはいえ、ルイズの晴れ姿を間近で見れたのは良かったのかもしれないと、そういう気持ちを抱いていた。
「馬子にも衣装ってやつかしらねえ、随分とまあ、可愛らしく着飾ってる物じゃない」
「うーむ、しかし子爵もそうだがウェールズ皇太子も太っ腹な物だね……今生の別れとなる正にその日にルイズと子爵の婚姻の媒酌を引き受けるとは」
「寧ろこういう時だからこそ、じゃないの? 自分が想い人を置いていなくなるそんな時だから、それを伝えに来てくれた人への誠意ってやつじゃない?」
サイトの座っている場所とは反対側の椅子に腰かけているキュルケ、タバサ、ギーシュの3人。タバサの更に後ろの席にはウラヌスもいる。
その場にいる全員、前日の夜にワルドからルイズと結婚式を挙げるという報告を聞き、それぞれが動揺を浮かべながらも全員が参加を承諾していた。
貴族としての誇りという点で特にウェールズと共感する物があるギーシュには、主役であるルイズとワルドは勿論だが、
こんな時ですら大役を引き受けているウェールズにも好意的な視線を向けている。
隣に座るキュルケはどこか軽い口調ながらも、今まで張り合ってきた宿命の相手であるヴァリエールの新たな門出くらいは素直に祝ってあげようと等と考えていたのだが、
「けど、どうしたのかしらあの子……」
「おやキュルケ、ルイズに何かおかしなところでもあるのかい?」
「おかしいというか何というか……どうにもあんまり嬉しそうに見えないのよねえ……」
きょとんとした様子で尋ねてくるキュルケは視線を目の前のルイズに向けたまま自身の疑問を漏らしている。
これまでの道中で見せてきたワルドに対する恥じらう乙女の表情を目の当たりにしてきているとあれば、ルイズがワルドにどんな想いを抱いていたかなどわかりきっていたこと。
ワルドの方もまた自分のアタックを軽くいなしてルイズにお熱な所を何度も見せていたのだし、
個人的に気に入らないという点を踏まえたとしても、相思相愛であることに疑いは無いと思えた筈だった。
だが、この日を待ち侘びていたと言わんばかりに顔を綻ばせているのが見えるワルドとは対照的に、
キュルケに映る今のルイズの姿は昨日までとは違う、どこか寂しさ、不安を帯びているようなそんな感じの物に見えて仕方なかったのである。
(…………どうしよう……)
そして使い魔や学友に見守られる中、今回の式の主賓の1人であるルイズはキュルケの睨んだ通り、目の前の結婚という事態に対して純粋に喜ぶことができない。
タバサの励ましとも激励とも言える言葉に心を奮起させ、去って行こうとするサイトを強引に引き戻したところまでは良かったのだが、
直後に現れたワルドに告げられたのが明日、自分と結婚式を挙げてくれというとんでもない爆弾発言。
わけのわからぬまま気持ちの整理がつかない内にあれよあれよとワルドに準備を進められて今に至っている。
昨晩の内にワルドが自ら頼み込んでいたのか、明るい紫のマントにアルビオンを象徴する七色の羽飾りという礼装に身を纏ったウェールズが立会人としてを務めている。
新郎であるワルドは普段の騎士服のままだったが、ルイズの方はウェールズの計らいによって新婦として相応しい装いをしている。
魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれた冠にアルビオン王家縁の白いマントを身に付けている。
元来持つルイズの美しさを一際引き出す装いは、その場の殆どの者が率直に美しいと言えるだけの可憐な雰囲気を纏わせている。
(私がワルドと結婚だなんて……)
しかしそのように着飾ってみたところでルイズの気持ちは晴れないまま。
確かに何年も前から婚約者として自分のことを蔑むことなく見続けてくれた大切な人という認識は強い。
けどそれは、今すぐに結婚してもいいと思えるだけの、本当の意味での恋と呼ぶに相応しいだけの感情だったろうか?
粛々と進んでいく式の中でルイズの頭の中ではグルグルと考えが回り続け、憧れと恋を一緒くたにしていた自分の気持ちが徐々に整理されていく。
そんな気持ちを更に加速させていた要因は昨日に結婚式のことを告げてきた時のワルドの表情。
まるで今すぐにでも自分と、何としても自分と式を挙げたいというようなそんな焦燥感があった。
ラ・ロシェールの宿屋でも同じような話をしていたのだが、かといってルイズはやはりワルドとの結婚というものにてんで実感がわかずにいる。
緊張している自分の気持ちを解きほぐしてくれるかのように度々ワルドはこちらに笑みを向けてくれるが、それが余計にルイズの心を掻き乱していた。
(あいつは……)
ふとチラリと視線に映るのは自分の使い魔であるサイトの姿。
自分の下から去ろうとしていたところを無理やりふん捕まえて、こうして結婚式にまで参加させている。
勿論タバサに啖呵を切ったようにあの時の自分の決意を不意にするつもりなど無い。
自分がワルドと夫婦になろうがサイトには使い魔を続けて貰うし、彼が元の世界に帰るための手段だって探してあげようと心に誓っていた。
……なのに、ただそれだけの筈なのにどうしてサイトの方を見る度にどうしようもなく胸の辺りがチクチクするのか?
「では、式を始める」
だがルイズの気持ちも裏腹に式は始まっていく。
ワルド共に並んで立会人であるウェールズの前に立ち、その後ウェールズによる儀礼的な言葉が紡がれていく。
「新郎、子爵、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド、汝は始祖ブリミルの名において、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、この者を愛し、命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
ウェールズの言葉にワルドは重々しく頷き、杖を握った左手を胸の前に置いた。
それを受けてからウェールズは祝福するようにニコリと笑い、次いでルイズの方へと向き直る。
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」
ワルドの時と同じようにウェールズが誓いの言葉を読み上げていく。
だが今のルイズにとって誓いの言葉など右から左に流れていくものでしかない。
どうしようもなく自分の思考が止まることなく回転を続けて確固たる1つの形を成していく。
アンリエッタの焦燥、ワルドとの再会、使い魔であるサイトの敗北と弱い心の吐露、アルビオンで出会ったウェールズの悲壮な覚悟。
その先で自分はサイトに……彼の胸を借りて傷ついた自分の心を全て曝け出して……
「新婦? どうかなされたのですか?」
思考の海を漂っている内にウェールズによる詔はとっくに読み終わっていたらしい。
いつまで経っても言葉が返ってこないルイズに疑問を抱いたらしく、ウェールズが顔を覗き込んでいる。
しかしそれでも、新婦であるルイズの意識がそちらに向けられることは無い。
「緊張しているのかいルイズ? 大丈夫さ、昨日も言ったがこれは飽くまで儀礼的な物だ。今すぐに何かが変わるというわけではないさ」
再度、ワルドから放たれる自分を安心させるように投げかけられる言葉と表情。
それを見てもルイズの心は動くことないばかりか、はっきりとある1つの疑問を形にして、それを試すという選択をさせることになる。
「ごめんなさいワルド、やっぱりわたし……」
「どうしたんだルイズ、気分でも悪いのかい?」
「そうじゃないの、やっぱり今、あなたとは結婚できない」
怪訝な顔をし始めていたウェールズとワルドに対してルイズははっきりとそう言いきっていた。
自分とてワルドと結ばれることを全く望んでいないと言われればそれは嘘になる。
だが未だにワルドに対して抱いているこの気持ちは恋と呼べるかわからない、どちらかと言えば憧れとかそのような物に近いという感覚がある。
そんな自分がこうしてワルドと共に結婚式を挙げている、それがどうにも不自然でならない。
昨日のワルドの強い態度に押されるようにしてこの式を執り行なうことを承諾していたが、今になって考えてみるとやはりこの式には納得が出来ない。
「む、新婦はこの結婚を望まぬと言うのかね?」
これは意外と言わんばかりにウェールズが確認を取ろうとする。
式を見守っていたサイトたち参列者も大なり小なり差はあれどそれぞれが動揺を見せ始めている。
しかし、ルイズが次の言葉を出す前にワルドがルイズの両肩に掴みかかっていた。
「…………緊張して疲れているだけだ、そうだろうルイズ? 僕との結婚を拒むなんてそんな馬鹿なことが」
「ごめんなさい、確かに憧れだったのかもしれないけど、きっとこの気持ちは本当の恋って呼べるものじゃ……」
「世界だ!! 僕は世界を手に入れる!! その為に君の力が必要なんだ!!」
「……何を言っているの、あなたは?」
「子爵、誠に残念ではあるが新婦はこのように申している、ここはひとつ……」
「黙っていろ!!」
ガクガクと力任せにルイズの小さな肩を揺さぶり始めた今のワルドに刻まれているのは、ルイズですら見たことないもの。
ウェールズが引き剥がそうとしても怒りのままにワルドはその手を払いのけて、心の奥底に隠していた醜悪な本性を剥き出しにしていた。
そんなワルドの醜態がルイズの中の心の温度を急速に低下させていく。
「そう……そういうことなのね、ワルド。あなたが見ていたのは私自身なんかじゃなく、あるかどうかもわからない私の魔法の才能だった。そんな理由でわざわざ結婚式まで挙げようとしていたっていうの? これ以上の侮辱は無いわ!!」
「何たる無礼、何たる侮辱だ! 今すぐ手を放したまえワルド子爵!」
憧れが侮蔑に切り替わるのはこうも簡単なものなのかとルイズは自分自身でさえその心の変化に驚いていた。
執念にも似た異常な力で掴んでくるワルドから逃れようと必死にもがき、その様子を見咎めたウェールズがルイズをワルドから引き剥がす。
「……これだけ言ってもダメなのかい? 僕のルイズ?」
「いつ誰があなたのものになんかなったのよ、冗談じゃないわ!」
「君の気持ちを完璧に掴むのに随分と苦労したんだが……こうなってしまっては仕方ない……」
周囲にいたキュルケやギーシュ、サイトといった参列者たちも明らかな事態の急変に固唾を飲み込んでいる中で、
ワルドは尚も笑みを浮かべてみせていた。今までの温和で厳格な騎士としてのそれとは程遠い、仮面のように塗り固められた不自然極まる笑みを。
「まあいい、今回の僕の旅の目的は3つあった。1つはルイズ、君自身。2つ目は君の持つアンリエッタの手紙、そして3つ目……」
周囲の空気がドロリと重く濁ったのは一瞬のこと。
アンリエッタの手紙というフレーズで確信を得たウェールズが杖を抜く前に、
同じように事態の不自然さに確信を得たタバサがライズを発動して飛び出す前に、
閃光の二つ名に違わない早業でワルドが腰に携えていたレイピアを抜き放っていた。
「貴様の命だ、ウェールズ」
「がっ……!! き、貴様……『レコン・キスタ』……!」
「ウェールズさん!!」
「皇太子様!!」
その場にいた誰もが……正確には何の反応も見せなかった1人を除いて一瞬の出来事に反応が出来ず声を上げる。
だが気付いた時には全てが終わっており、ワルドのレイピアがウェールズの胸を深々と貫いてから抜かれ、夥しい量の血を吹き出しながら床へと倒れていた。
「貴族派!? あなたがその一員だったって言うの!?」
「そうともルイズ、察しの通り僕はアルビオン貴族派、『レコン・キスタ』の同士の1人」
「馬鹿な……! 誉れ高きトリステインの魔法衛士隊隊長である貴方が何故このようなことを!?」
「世の理を知らぬお坊ちゃんにはわかるまい、ハルケギニアは我々の手で統一され、聖地奪還という悲願を果たすのさ」
覆い隠していた全てを脱ぎ捨て、何もかもを露わにしたワルドにルイズだけでなく、ギーシュまでもが激昂していた。
仕える国を、王女を裏切り平然と非道な行為に手を染める今のワルドの姿は、誇りを重点に置くトリステインの貴族である2人にはこの上なく許せないものだったからだ。
「……成る程、つまりはここに来るまでの不自然な襲撃もみーんな貴方の仕込みだったということね?」
「これでもバレないように演技してきたつもりだったんだがね、まさかこうもルイズに嫌われてしまうとは思わなんだ」
「テメエ……ルイズのことを何だと……!!」
まるで悪びれもしないワルドの様子にサイトだけでなく、珍しくキュルケも静かに怒りを見せている。
自分では無理だと一度は諦め、この人ならきっとルイズを守り通してくれると信じていた人間の裏切り。
恋という自分の中でも強く燃え上がらせている感情を、己の目的の手段でしかないとばかりに軽んじる様、しかもその相手が自分にとっても因縁浅からぬルイズだということ。
方向性は違えどこれ以上ないくらいに憤慨しているという点ではサイトもキュルケも同じこと。
「全く、ここに来てからというもの、こうもくだらない茶番を見せられることが多い」
「言ってくれるじゃないか。君は最後まで得体の知れない男だったが、魔法も使えぬ平民の立場でよく口が動くものだ」
「あんな不自然極まりない物言いで誤魔化しきれると思っていた方がおめでたい、お前の企みなんぞ俺はとっくに気づいていたんだよ」
「なっ……! どういう意味だよそりゃ!?」
そして残るウラヌスが冷暖な声で言い切ったその内容はワルドではなくサイトの方が驚愕することだった。
昨日の有線テレパスを経てウラヌスはワルドの立場も目論みも何もかもを見抜いた上でこの場に現れ、それでいて彼の行動をここまで何一つ阻害しなかった。
ワルドが裏切ろうがウェールズが死のうが、タバサを除くこの場の他の者がどういった末路を迎えようがウラヌスには関係のないこと。
重要なのは明確に敵として正体を現したワルドが、自分にとって闘いと呼べる行動を起こせるに値する者か否かということだけ。
「まあいい、多勢に無勢で優位を感じているのだろうがそんなものはどうということでもない。ユビキタス・デル・ウィンデ――――」
全員から距離を取る様に後退したワルドが詠唱を終えると同時に、ワルドの姿が一気に5人にまで増えていく。
風のスクウェアスペルの1つである偏在――それぞれが本体と同じ力を持ち、各々の意志を持つ風の魔法でも最高位に届く上級スペル。
「あいつはっ!?」
ルイズが見たのはその偏在の内の一人が持っていたのは見覚えのある白い仮面、自分たちがアルビオン行きの船に乗り込む直前に襲ってきた男の物。
つまりキュルケが問いただしたように、あの時からワルドは遍在を使って自分たちを罠に嵌めようと暗躍していたことになる。
「時間も惜しいんでね、手早く済まさせてもらう!!」
本体のワルドが高らかに宣言すると共に、5人のワルドが一斉にルイズたちに襲い掛かった。
*
偏在のワルドの内の1人が、キュルケ、ギーシュ、そしてタバサの3人と杖を交えている。
本物の戦場を知らない学院通いの坊ちゃん嬢ちゃん数人程度、1人でもわけは無いという自信と慢心の現れとも言える。
「く、くそっ……僕たちであの魔法衛士隊の隊長に勝てるのか?」
「弱音吐いてる場合じゃないでしょうがギーシュ!」
さっきまでの威勢はどこへやらなビビりっぷりのギーシュにキュルケが喝を入れている。
と言ってもキュルケもまた、内心ではこの上ないくらいに焦りが生じていたりするのだが、
個人的なワルドに対する怒りその他の感情はともかくとしても、今し方ウェールズを討ち取ったように相手は戦闘経験豊富なスクウェアメイジ。
ギーシュなどそれこそ足手まといだろうし、多少戦場の心得がある自分とタバサでだってどこまで食い下がれるかわからない。
「…………」
「タバサ!?」
「ほほう、まずは君から死にたいようだな?」
そんな親友1人と学友を差し置いて、無言のままタバサはゆっくりとワルドの方へと近づいていく。
得意げにワルドが言葉を漏らした次の瞬間、タバサの姿は3人の視界から掻き消える。
「甘いな、見えているぞ!!」
「……ッ!!」
8時方向から放たれたエア・ハンマーの一撃をワルドは容易く跳び退いてかわして見せていた。
ライズを発動しての高速移動からの詠唱と魔法の発動、タバサの攻撃の一瞬をワルドは看破して見せていた。
それに怯むことなくタバサは複雑な軌道とステップを織り交ぜながら、別方向から直接ワルドを叩こうと接近を試みる。
「ぐっ……ぬんっ!!」
「………!!」
ストレングスの強化と共に突き出される杖の打撃を、多少押し込まれながらもワルドのレイピアの一閃が真っ向から受け止める。
数秒の拮抗の後にタバサの方から後方へと飛び下がり、その隙を突いてワルドが飛び上がりレイピアによる刺突を繰り出す。
ワルドのレイピアの刃はタバサが体を深く沈み込ませることで頭上をすり抜けていき、そのまま這うようにしてタバサは距離を取っていく。
「まさか全力を出さなくてはいけないとは……小娘1人にしてはなかなかよくやる、だがいつまでもつかな?」
タバサは回避を行いながらも攻撃の手も休めることなく瞬時に詠唱された魔法が放たれる、それをワルドは同質の魔法を放つことで相殺していく。
エア・ハンマーの鎚の一撃も、エア・カッターの刃も、エア・ニードルの複数の針も、その全てがワルドに届くことなく霧散する。
いくら戦場で鍛え研ぎ澄ましているとはいえそれは相手も同じこと、まして魔法のランクはトライアングルとスクウェア、ランク1つ分の確かな開きがある。
しかも、ライズで鍛えているタバサにすら余裕で追いついてみせるその反応速度、魔法衛士隊隊長の肩書に恥じぬ実力と言える。
(ミノタウロスの彼とも違う、本当に閃光の様……けど……)
今のライズが全力というわけではない、上げようと思えばまだ力は引き延ばせるが、それでも今使っている段階で結構な消費。
それに地力で追いつけるワルドが優秀なのか、それともタバサのライズを含めた体術がまだまだ未熟なのか。
タバサがわかっているのはこのまま続けてもいずれ自分が根負けするだろうということだけ。
ならば、脳に強い負荷がかかることを覚悟した上で更に速度を上げて目の前の敵を打ち倒さなくてはいけない。
仮にそれも通用しないとなれば切り札を……バーストのドラグーンを現出させる必要も出てくる。
それだけのことを考えさせる確かな実力をワルドは持っているということでもある。
「だがそろそろ終わりと……ちぃ!!」
「ああっ、ワルキューレ!!」
「この程度のことで……倒せるとでも思ったか!!」
「お生憎様、親友1人だけ闘わせるなんてあたしにはごめんよ!!」
互いの攻撃の手が緩まり僅かな静寂を挟んで戦闘が再開されるかと思われた矢先、忌々しそうにワルドが風の魔法で弾き飛ばしたのはギーシュが作り出したワルキューレ。
それに続いてキュルケの放ったファイヤー・ボールがワルド目掛けて飛来するが、それもまたワルドの風で軌道をズラされる。
開戦直後こそ呆気にとられていたキュルケとギーシュだったが、このままでは酒場の時と同様にタバサに頼りきりになってしまい、
そんな情けないことになるのはごめんだとこのタイミングでワルドに対して攻撃を仕掛けていたのである。
「ライズ……!!」
「ぐあっ……!? ば、馬鹿な……まだ速くなる……!?」
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ―――」
その予期せぬタイミングの攻撃に対応するために力を割いたワルドの行動は、タバサが反撃をするのに十分すぎる隙となる。
瞬発的なライズで加速したタバサがワルドの懐に潜り込んで腹部に杖を叩きつける。
小さく宙を舞うワルドに続けてタバサはウィンディ・アイシクルを発動、無数の氷の矢で無防備のワルドを滅多刺しに。
その一撃に身体が耐え切れず、タバサたちと闘っていたワルドの偏在の1体は消滅した。
「……助かった、ありがとう」
「言いっこなしよタバサ。親友を助けるのは当然のことじゃない」
「そ、そうとも、闘いもせずに二度も黙って見ているだけとあってはグラモン家の名に泥を塗ることにもなるのだからね」
ワルドとの闘いでの消耗はそれなりだが、直前でキュルケとギーシュが隙を作ってくれたおかげでPSIの消費は抑えることができた。
自分はまだまだ未熟なのだということを噛み締めながらも、タバサは安心したように笑顔を向けているキュルケとギーシュの方へと振り向いて、
自分も僅かに口元を吊り上げてお礼を言った。
*
「ルイズはてめえのことを信じてたんだぞ! それをお前はっ!」
「そんなことはそちらの勝手だ、言うことを聞かない小鳥は力ずくで従わせるしかない」
ルイズを庇いながら闘うサイトの前に立つのは本体を含めた3人のワルド。
1人でさえ圧倒的な実力差のあったサイトに対してわざわざ複数人で相手をしているのはワルドの歪んだプライド故にか。
だがそれでもサイトは三方向から繰り出されるワルドの攻撃に苦戦を強いられ、防ぐのが精一杯という様子だ。
「そうだそうだ思い出したぜ、確かに俺はお前に握られていたんだガンダールヴ!」
「立て込んでんだ、そういう話は後にしろデルフ!!」
「そう言うな相棒!! そうとわかりゃ俺もこんな格好してる場合じゃねえしな!」
その最中、突如として起こったサイトに握られるデルフリンガーの変化。
いつにも増してテンションの高い声と共にデルフリンガーはいきなり錆びだらけの刀身を研いだばかりの様な光り輝く銀色へと姿を変えていた。
変わったのは見た目だけでなく、ワルドの1体が放った魔法を吸いこむようにして消滅させていた。
「なにぃ……!? ぐぅ……!!」
「そういうのは早く出しやがれよ!!」
「こちとら6000年も生きてんだ、忘れてることも多いさな! けど安心しろ、こっから先はちゃちな魔法は全部吸い込んでやらあ!!」
呆れて怒りながらも攻撃の手は緩めず、鋭い一閃でワルドの偏在の内の1体を切り裂き消滅させる。
まさかの事態にワルドは慌てながらもすぐに冷静さを取り戻して戦闘の組み立てを変えていく。
「ただの剣では無かったといことか……だがそうだとわかればやりようはいくらでもある!!」
魔法が通じないなら直接本体を叩けばいいだけ、2人のワルドが交互にサイトに襲い掛かる。
如何に魔法を吸い込むという力があれど、デルフリンガーに出来ることはそこまで。
直接的な剣技で攻撃してくるワルドにはサイト自身の力で対抗しなくてはいけないのだ。
ドォン!!
「な……またしても!?」
「ちょ、ルイズお前!」
「あ、当たった……というか通じた、私の魔法……!!」
ところがここに来てサイトへの攻撃に集中していたワルドのもう1体の偏在の背が突如として爆発する。
消滅する偏在を他所にワルドとサイトが視線を向けた先にいたのは煙の吹き出る杖を構えて立っていたルイズ。
サイトの闘いを見ているだけなどできなかったルイズは破れかぶれでワルドに魔法を発動し、それがいつも通りに失敗の爆発となってワルドにダメージを与えていたのである。
「きゃあ!!」
「ルイズ!? てんめええええ!!!」
予想外の展開に反射的にワルドはエア・ハンマーをルイズに向けて放っていた。
対抗する術も無く直撃を受けてルイズは悲鳴を上げながら弾き飛ばされ気を失ってしまう。
その光景を前にしてサイトは更に怒りを高めていき、比例するようにして左腕のガンダールヴのルーンが強く輝きを増し始めていた。
「その調子だぜ相棒!! ガンダールヴの強さは心の震えで決まる! 俺は飽くまで道具に過ぎねえ! 闘うのはお前の意志だ相棒!!」
尚も気を良くして叫ぶデルフリンガーの言葉通り、ルーンの輝きが増していくサイトの動きは見る見るうちによくなっていく。
残ったワルドと剣を交えながら、今のサイトはほぼ互角の剣撃を打ち合い、ワルドの閃光の速度を見切っていた。
「無様なものだなガンダールヴ! お前を蔑むルイズのことを何故守る! ルイズがお前に振り向くことなど無いというのに!!」
「じゃあなんでお前はルイズを傷つけやがった!! 婚約者だろうがよ!!」
「その言いよう、やはり貴様はルイズに恋をしていたか!! 僅かな同情で叶わぬ恋を抱き悩むとは愚直の極みよ!!」
「恋なんかじゃねえ! ただ、アイツの顔を見てるとドキドキするんだ、理由なんかどうだっていい! ルイズを守るにはそれで十分だ!!」
互いに剣をぶつけ合い火花を散らす中、尚も余裕の態度を崩さないワルドに対してサイトの心の震えは止まることなく大きくなっていく。
サイト自身、心のままに叫ぶように己の抱いているそれが本当に恋と呼べるものなのかはわからない。
その気持ちがルイズに届くかどうかなどそれこそ誰にもわからないこと、だがそんな小難しい話はどうでもいい。
自分が守ってやりたいと思った女の子を、信用していた者が裏切り傷つけようとしている、そいつを絶対許さない、そいつからルイズを守るために自分は闘うのだと。
ワルドへの怒りとルイズへの純粋な想いがやがてガンダールヴの力を最大限にまで高めていき
ザシュゥ!!
「ば、そ、そんな馬鹿なことがっ!?」
遂にその攻撃速度は僅か一瞬とはいえワルドの反応すらも上回り、彼の左腕の肘から先を斬り落としていた。
激痛に呻きながらワルドは倒れ込み、同時にサイトも疲労が限界に達して地に付していた。
ガンダールヴのルーンは心の震えに比例して力を引き出すが、力を引き出した分だけ消耗も激しいのである。
「ヴァリエール、ダーリン、無事!?」
「大丈夫かねルイズ、サイト!!」
「こちらの勝敗は決したよう」
「……驚かされたな、1対1でも明確な実力差があったはずだが、あのガキに何があった?」
その段になって2人の偏在を撃破し終えたキュルケ、ギーシュ、タバサ、ウラヌスの4人がサイトの下へと駆けつけていた。
特にウラヌスは既に見限っていたサイトが、偏在含めた3人のワルドに実質相討ちまで持ち込んだことに強い興味を示している。
「な、どうして……!! 平民とガキ3人が俺の偏在を倒せるはずなど……!!」
「言うだけのことはあった、今まで闘った"まともな人間"の中では1番マシだったろうな。尤も、俺を殺せるなど見当違いも甚だしい」
情報の有無、無知や驕り、そういった要素を自信と履き違えると時に致命的なミスとなって跳ね返ってくる。
1人なら苦しいが偏在を使えば十分に対処しきれるなどと甘く見積もっていたからこその結果。
タバサたちやサイトはともかくとしても、ウラヌスを相手にするなら5人全員でも程遠いと言わざるを得なかったのに、
自身の絶対的な優位を信じ切りウラヌス含めた他メンバーの実力を正確に計ろうとしなかった油断が、今のワルドの惨状を生み出していると言える。
「まあいい、どの道お前にもう用は無い」
立ち上がるのもおぼつかずに必死に体を震わせているワルドに対し、
ウラヌスは冷徹そのものな声色で無情な宣告を下し、ワルドに向けて氷の銃の銃口を真っ直ぐに向ける。
「ったく、戻ってくるのが妙に遅いと思えば、これは一体どういうこった?」
だがウラヌスがワルドにトドメを刺すよりも前、礼拝堂内に響き渡ったのはその場にいる誰の物とも違う男の声。
声に反応して全員が一斉に礼拝堂の入り口に視線を向ければ、いつの間にか新たな人影が1つ。
「ちょっと待て、何者だねあれは……」
「あんな人……会ってないわよ昨日には」
漸く勝利をもぎ取った矢先にこのようなことが起こればギーシュやキュルケが困惑を見せるのも無理からぬこと。
昨日のパーティーにもこんな男はいなかった、ならば貴族派の増援戦力かと気を引き締める一行。
そんなことなどお構いなしに現れた人影、後頭部を掻きながら長い白髪を翻す巨体の男は礼拝堂内をぐるりと見渡し、ある1人の人物と視線を交差させる。
「……何故だ……!!」
「ウラヌス……?」
だがタバサにとって目の前の謎の男以上の衝撃を与えたのは、隣に立つウラヌスの豹変である。
ハルケギニアにおいて次元の違う力を有し、どんな敵を相手にしようと冷静に、本能のままに闘いを求める冷たく無機質な男が、
自分がPSIの力に目覚めた時でさえ驚きはしたもののやはり普段の冷静な態度は崩すことが無かった男が、
着々と力を付けていき、いずれは自分と闘うに相応しい力を得るかもしれないと無機質な瞳の裏に期待を込めていたあのウラヌスが、
初めて細められた両瞳を極限までに見開き、信じられない物を目にしたかのように全身を震わせ動揺を浮かべていたのだから。
「何故……何故アンタがこんな場所にいるんだ、グラナァ!!」
「……へっ、久しぶりだな、お前もこっちに来てたのか、03号」
初めて見せた感情の爆発のままに叫ぶウラヌスに対し、
まるで仲の良い友達に声をかけるかのような気さくな態度で白髪の男……グラナは返答していた。