数日の時間をかけてルイズたち一行は無事にトリステインへと辿り着いていた。
正確に言うとバーストを使用していたタバサが地上近辺に来た段階で限界が近かったので、
ラ・ロシェール近辺の人目に付かない場所で降り立ち、そこからはまた馬車を使って王都へと戻っていく。
が、王都へのルートを辿っていたのはルイズ、サイト、ギーシュの3人だけであった。
「戻ってきた早々に振り回されるとはな、全く何のつもりだ?」
「…………」
3人と別れて別方向へと歩を進める馬車に搭乗しているウラヌスと向かいに座っているタバサ。
ウラヌスもまたグラナとの激闘や地上に戻るまでにPSIを多用していたという関係もあって、
久しく脳が熱を帯びる感覚、つまりはPSIの使い過ぎによるダメージを受けていたのである。
今でも思い返されるのは10年前と変わらない、自分を容易く退けて一方的に姿を消すグラナの姿。
本音を言えば消耗も構わずに1人アルビオンに残り貴族派の兵士たちを押し退けて追撃を仕掛けたかったくらいなのだが、
それをしなかった原因もやはり目の前のタバサがいたからこそ。
「……貴方には申し訳ないと思っている。だけど、あの男が関わっているとわかった以上、これ以上貴方に隠しているわけにはいかないから」
「前にも言った筈だぞ、アンタの復讐やら家族やらは俺には関係ないとな。それを聞いていて尚、俺に説明しなければいけないことがあるというのか?」
「……きっと、私のワガママも含まれているんだと思う、だけど……貴方には知っておいてもらいたいと、そう思ったから」
「チッ……」
声色こそ普段の平坦で無機質な物、されどそこに真剣な何かが込められているということはウラヌスにもわかっていた。
だからこそとでも言うべきなのか、ウラヌスは今の自分のことやこうやって自分のことを連れ回しているタバサの姿に理由のわからないイラつきのような物を感じてもいた。
二度と拳を交えることの無かった筈の宿敵グラナとの突然の再会、少しも埋まっていることのなど無かった歴然とした力の差。
自分とグラナの本気の闘いを汚したタバサに対する純然たる怒りの感情、変わっていないが変わったというグラナの最後の言葉。
そして……グラナに放った最後の一撃の時に自分が確かに抱いていた感情。
その全て、変わることない自分の根幹と変わり始めていた思考が綯交ぜになって溶け合い、ウラヌスの精神を揺さぶっていたのである。
「その辺りは到着してからじっくり問い質させてもらうが……それで、何故にアンタまで同行しているんだ」
「馬鹿言わないでよ、あれだけのことをやらかしておいてあたしにはダンマリだなんて許すもんですか。あたしはこの子の親友なのよ?」
「最初、私も関わらない方がいいと言った。けど、彼女がどうしてもと言うから……」
「まあ、俺も他言するなとは言わなかったがな、だが聞いた後でどうしようが俺は感知しないぞ」
「構わない、責任は私が持つ」
ゴトゴトと揺れる馬車の荷台にいたのはもう1人、タバサの親友であり今回の任務に同行するきっかけとなったキュルケもだった。
浮かぶ表情は普段の妖艶でどこか軽いノリとは程遠い、厳格で真剣そのものな目つきをしていた。
ルイズ一行の任務中に度々見せていたタバサの異形の力、そのタバサですら初めて目にしていたウラヌスの激昂、そのウラヌスに深い関わりがあるであろうグラナの存在。
これだけの物事を一辺に見せられてしまったとあっては、キュルケもまた知らぬ存ぜぬのままでタバサと接することなどできなかったのだ。
本人が言ったようにタバサは表の世界で初めてできた唯一無二の親友に、ウラヌスにさえ明かしていない自身の裏の全容を明かすことを最初は拒んでいたが、
キュルケの訴えが自分のことを本気で心配しての物だということを感じ取り、巻き込むことになるかもしれないことを覚悟の上で折れていた。
「でも貴方の出身がガリアってことを知った今でも十分に驚いているんだけども……この先一体何が待ち受けているのかしらね」
「着いてから全て説明する」
3人を乗せた馬車はトリステインを離れて国境を越え、ハルケギニアの主要国家でも最大規模を誇る大国ガリアの領内へと差し掛かっている。
トリステインとの境に存在している巨大で優美な湖、ラグドリアン湖を横目に辺りの風景は一層のどかなものへと変わっている。
尤も、そんな周囲の状況と相反するように馬車の中に漂う空気は益々張りつめた重苦しい物へと変わっていたのだが。
キュルケの知る限りではガリアという国は最大国家という一般的な情報に加え、近年は外患より内憂の心配の方が大きいという噂を聞いたこともある。
純粋な国力で言えば統一を果たしたばかりの自分の出身国であるゲルマニアすらも凌ぐであろう大国。
自分と同じ他国からの留学生だったのかと想いながら、キュルケは道行く馬車の外のあるものを目にする。
「……? 王家直轄領って……タバサ、貴方もしかして……」
額に1つ流れ落ちる汗と共に動揺した声を上げるキュルケにやはりタバサは何も答えずに沈黙したまま。
交錯する2本の杖に盾、ガリア王国の紋様を示す看板に書かれているのは『ここから先、ラグドリアン湖王家直轄領』
タバサが自分とウラヌスを連れていくとした場所がガリアであることは事前に聞いていたことではあるが、
それが単なる一地域ではなくよりにもよって王家が直轄で治めている土地となれば何の反応もしないという方が無理がある。
つまりそれは言ってしまえばタバサが王家と何らかの関わりのある貴族だということの証明に他ならないのだから。
「ねえウラヌス、貴方はこの子のこと……」
「王家と関係があるというのは知っていたことだ。だが俺もそれ以上の詳しいことは聞いていないがな」
くるりと振り向いて尋ねてくるキュルケに、視線を外の風景に固定したまま吐き捨てる様にして答えているウラヌス。
タバサが王家と関係のある者、そもそも従妹が王族であり所属組織の長を務めているとんだ無能であるということ、
王家が任務にかこつけてタバサを謀殺しようと企んでいること、彼女の目的が王家の復讐と母の守護にあり任務は自己鍛錬の場と化しているということ、
と、キュルケと比較すればウラヌスの持っているタバサに関する情報はかなり深い部分まで突っ込んだ物が多い。
とはいえ、ウラヌス自身が語ったようにタバサの背景や事情には興味がまるで無かったのであまり意味のあることではなかったのだが。
タバサもそんなウラヌスの意志を知ったからこそ隠すことなく己の裏の部分まで明かすことができたのかもしれないし、
そういう関係であるから逆にこの段階になってより深く自分の全てを知ってもらいたいと決意したのかもしれない。
「着いた」
「これって……」
やがて馬車が足を止めたのは青々と生い茂る林の中にひっそりと佇む美麗な、されどどこか寂れた感じもする屋敷。
スタスタと先を歩くタバサに付いて行く矢先、キュルケの目に止まったある物が彼女により強い衝撃を与える。
屋敷の正面玄関に象られた王家の紋章、そこに刻まれている巨大な十字傷。
つまりそれは不名誉印、王家の一族でありながらその証を剥奪されているということを証明するものであった。
言ってしまえばそれだけ曰くだらけの場所ということでもあり、そんな場所にやってきたタバサに対する胸中の不安が益々増していくばかりである。
キュルケの横にを歩いているウラヌスはやはりというか興味など欠片も示さずにいつも通りの佇まいでいたが。
「お帰りなさいませお嬢様、そちらの方々は……?」
「私の学友と……以前にも伝えた任務の協力者、丁重な対応を」
正面玄関から姿を現したのは温和な雰囲気を漂わせている老齢の執事。
恭しく一礼してから背後にいたキュルケとウラヌスについて尋ねタバサが率直に答えていく。
それを受けて老執事はそうでしたかと一言、続けてタバサと共に屋敷の中へと2人を案内していった。
(王族関係者……つまりここはあの子の実家なんでしょうけど……やっぱり、出迎えが1人だけっていうのもきっと……)
不安を押し留めたまま屋敷内の廊下を歩く中でキュルケは思考を巡らせる。
一般的な貴族の邸宅であるならば主が帰ってきた際にはそれなりの人数と対応で出迎えられるのが常識。
まして王家直轄領内の、つまりは王家と関わりのある貴族であるならその規模は更に増して当たり前。
である筈なのに自分たちを出迎えたのは目の前を歩く老執事1人だけ、しかも辺りを見渡しても他の使用人らしき者たちの気配1つ感じられない。
玄関前で見た不名誉印も合わせてキュルケは緊張が強まっていくのを肌で感じていた。
「どうぞこちらに」
扉を開いて手招きをする老執事の先に広がっているのは屋敷の客間。
1つの机を挟んで置かれた2つのソファ、火の灯っていない暖炉に飾られている肖像画。
整理と清掃の行き届いた綺麗な部屋だったが、使用人がいないことも合わせて葬式の如くしーんと静まり返ってもいる。
キュルケは緊張で体が硬いままそっと、ウラヌスは特に抵抗も見せずにドスンとソファに腰を下ろした。
「ここで待っていて、かあさまに挨拶をしてくる」
すると2人がソファに座ったのを見てからタバサはぽつりとそんなことを言って客間を後にしてしまった。
呼び止める間もなくキュルケはぽかんと口を開けたまま、ウラヌスはやはり動きを見せずに座ったまま。
各々で反応の違う2人の前に老執事が紅茶の入ったカップを2つ持ってきて机に置き、そして口を開いた。
「わたくし、このオルレアン家の執事を務めておりますペルスランと申す者です。貴方様のお噂はかねがね聞いておりますウラヌス様。いつもお嬢様を助けてくださっているようで本当に感謝しております……」
「俺が勝手にしていることだ、別に助けてやろうという意志など無い、アイツもそれを承知している」
「それでも……ウラヌス様がお嬢様の支えになっていることは確かなのです」
入り口前での挨拶の時以上に深々と感慨深げに頭を下げる老執事、ペルスランのことをウラヌスは直接見ようともしない。
あまりに冷たすぎる態度にキュルケはちょっとムカッとしながらも、ペルスランの言った言葉に疑問が生じてそれについて質問する。
「ねえ……さっき言った任務とか、彼があの子を助けているってどういうことなの? タバサがあからさまな偽名まで使ってこんな場所からトリステインまで留学に来ている理由って何? 今日はその辺りを全部教えてくれるって言うから来たんだけど」
「……お嬢様はタバサとお名乗りになっているのですね……わかりました、ウラヌス様と同様、お嬢様がそれほどまでに気に掛ける学友の方を連れてくるなど絶えてないこと。全てをお話ししましょう」
キュルケの口から出たタバサという名にペルスランはハッとしたような反応を見せるも、
暫しの間考え込むような仕草を見せた後に全てを話す決心を固めてまた更に深々と一礼していた。
「この屋敷は牢獄なのです。シャルロットお嬢様と、奥様を閉じ込める……」
*
屋敷の一番奥に存在する部屋、したところで返事など返ってこないことなど5年前から変わらないこと。
それをわかっていてもタバサはコンコンとノックをしてからゆっくりとその扉を開けて中へと入っていく。
「ただいま戻りました、かあさま」
静かに抑揚なく、でもどこか寂しさを感じるような僅かに震えた声で発するタバサの視線の先。
開け放した窓から月明かりと涼風が入り込む部屋の中はその広さに似つかわしくない、イスとテーブルとベッド、最低限の物しか置かれていない殺風景な物。
そして部屋の一番奥に備え付けられているベッドに見える人影が1つ。
「さ、下がりなさいこの無礼者!! 王家の回し者め! 娘の命を狙いに来たのでしょう!? わたしたちはただ静かに暮らしたいだけだとそう言っているのに!!」
上半身だけ体を起こして錯乱状態にある女性、彼女こそがタバサの実の母親。
だがその両目はまともな光を宿しておらず血走っていて、頬は不健康に痩せこけ、伸ばし放題の青い髪はその艶やかさを失いくすんでしまっている。
先住の魔法によって作り出された強力無比な毒薬、娘の命を狙う王家から差し出されたそれを身を挺して飲み込み、以来タバサの母はずっとそれに苦しめられ続けている。
ただ精神を病むだけならそれで良かったかもしれない。が、今の彼女は娘を娘と認識することすら出来ないばかりか幻想の娘をその手に抱いて怯え続けている。
母親の手にきつく抱かれボロボロになってしまっているその人形、実の娘がタバサと名付けて可愛がっていた大切なプレゼント。
「この子がいずれ王位を狙うなど世迷言もいいところ……!! すぐに下がるのです!! ああシャルロット……もう怖くないですからね」
テーブルの上にあるグラスを引っ掴んで何のためらいも無く目の前にいるタバサ目掛けて投げつける。
タバサもタバサで避ける素振りすら見せずにされるがまま、グラスが額にぶつかってから地面に落ちて割れ、額が僅かに切り裂かれて赤い色が覗いている。
「……貴方の夫を殺し、貴方をそのよう目に遭わせた者どもの首を持ち帰り、必ずここに戻ってきます、私があの人のおかげで手にした新たな力で。その日が訪れるまでどうか、貴方が娘に与えた人形が仇どもの目を欺けるよう、お祈りください」
トランスで心を覗くまでも無い、まして母を蝕む毒そのものをどうにかしなければいくら精神に干渉しても無駄でしかない。
ウラヌスの言うように治療の為に力の全てを傾けた所で確実に母が治るという保証も無い。
ならばせめてこの力を自分と母をこんな風に貶める者たちを討ち取るための助けとする為に。
変わることなく自分が嘗て貰った大切なプレゼントを幻の娘として抱擁し溺愛する母の姿を前にして、
タバサは自分自身に言い聞かせるように己の黒い感情を表出させ、母の眠る部屋を後にした。
*
「……シャルロット・エレーヌ・オルレアン……現ガリア国王の弟の血を引く王族……それがあの子の……」
「タバサというのは奥様がお嬢様に寂しい思いをされないようにと贈られた人形の名……毒によって心を病まれてからというもの、奥様はその人形をずっとシャルロットお嬢様だと思い込んでいるのです……」
口惜しそうに唇を噛みながら全てを明かすペルスランを前にキュルケは予想以上の壮絶な話の内容に呆気に取られるばかりだった。
ガリア先代国王の崩御、継承者であるタバサの実父オルレアン公シャルルとその兄である長男のジョゼフ。
才能あふれる弟と愚鈍な兄、王家の椅子を狙って断行されたシャルルの暗殺、それに連なるようにして命を狙われた娘のシャルロット。
シャルロットを庇い毒に倒れた彼女の母親、王族としての地位を何もかも奪い取られ謀殺を狙って下され続ける王家からの極秘任務。
父を殺され母も毒に蝕まれ厄介払いのようにこの屋敷に放り込まれ、仇に頭を垂れて牛馬のようにこき使われる残酷すぎる現実。
明朗快活で優しかった少女シャルロットが、感情の殆どを廃した復讐人形タバサと化すまでの経緯、その全てが隠すことなく伝えられていたのだ。
「…………」
「お嬢様、そのケガは一体……」
「平気、それよりも」
「……勝手な振る舞いであったことは重々承知しております。ですが、この方たちならばと……」
「大丈夫、ここから先は私で話す。ううん、貴方には聞かれたくない話だから」
その段になって戻ってきたタバサの額から流れる血の痕を見てペルスランが慌てて駆け寄っていくが、何てことないよウにタバサは答えていた。
次いで目に入ったキュルケの様子を見てペルスランが何をしていたのかも瞬時に察し、申し訳なさそうに頭を下げるペルスランを部屋から退出させる。
それを確認した後、タバサは未だ自分に視線が釘付けになっているキュルケと何ら様子の変わることないウラヌスの前へと出る。
「どこまで聞いた?」
「……貴方のことや家族のこと、家のこと……その辺りは一通り」
「そう……なら、私からはこれを」
明らかにタバサを見つめるキュルケの視線が変わっていることをわかりながらも、
タバサは右腕を突きだしPSIを発動、つい先日までの任務でも度々見せてきたスノーウインド・ドラグーン、その一端をキュルケに見せていた。
「それは……」
「これが私が使える新しい力、彼に……ウラヌスも使い、彼に教えてもらった思念の力、PSI」
幻影の竜の右腕に目を奪われるキュルケを前にして、タバサはPSIに関する全てを隠すことなく打ち明けていく。
3つの種類に大別された思念の力、古代の人間がその危険性故に封じ込めた脳のリミッターを解除しての強大な力、
ウラヌスと、ニューカッスル城の礼拝堂で姿を見せたグラナ、彼らと同じ力を自分も持っているということを。
「私が目覚めた理由はウラヌスにもはっきりとはわからない、殆ど偶発的な物。でもこれは私の復讐の為に役立つ、そしてウラヌスにとっても意味を成す力だった」
「意味を成すって……貴方がその力を使えることと、ウラヌスに何の関係があるのよ?」
「彼が求めているのは闘いと強さの探求、私の任務に同行しているのもその相手を求めてのこと、そして私自身が力を付け強くなれば、私自身がウラヌスの期待に応えることができるようになる」
「そんなっ……!!」
ドラグーンを消失させ、尚も淡々と事実を述べていくだけのタバサの姿にキュルケはズキリと胸が痛むような感覚に襲われる。
ペルスランに聞いた話だけでも、これまでタバサが背負ってきた物の大きさがどれほどのものなのか計り知れないというのに、
ハルケギニアでも異質そのものな超常の力、それを手にしても尚、復讐の為の糧とすることに意識が向けられている。
そして何より許せなかったのは、その力の正体を伝え聞かせた男のあまりにも無関心すぎるタバサへの態度であった。
「ウラヌス!! 貴方はどうしてタバサの力になってあげようって思わないのよ!? この子がどんな目に遭っているのか貴方は前から知っていたんでしょ!! なのにそれをまるで自分の為だけみたいに――」
「元より俺は俺の為にしか動かん。それはコイツ自身も承知していることだ。何度も言うが俺がコイツを特別視しているのもその力故だ。母親だの復讐だの、俺にはどうでもいいことでしかない」
「どうでもいい筈ないでしょう!! じゃあ貴方は何の為にタバサに召喚されたのよ!? 主のことをまるで闘いの道具みたいにしか思っていないんじゃ王家の人間と何も変わらない!!」
「……ッ……アンタが俺をどう思おうが勝手だ、だが何を言ったところで俺の考えは変わらん。外野がとやかく口を挟むな」
バンッ! と両手をテーブルに叩きつけ上に置かれているティーカップが揺れ動く中でキュルケは膨大な怒りをウラヌスにぶつけている。
タバサ……シャルロット・エレーヌ・オルレアンの抱えている悲劇の境遇、それを耳にすればまともな感性を持つ人間なら誰しもが力になりたいと、
例えそれが叶わずとも同情したり嘆き悲しんだりといった反応を見せるのが普通な筈である。
だが現状でタバサと最も近しい位置にいるだろうウラヌスにはそういった素振りが全く見られない、どこまでも自分本位の考えで固執している。
そんな彼の姿に言いようのない怒りを感じてしまうのは、単にキュルケがタバサの親友だからということも大きい。
年齢や性格、その他諸々が正反対の2人が親友という間柄になれたのもウマが合うとかお互いに聞かれたくないことには首を突っ込まないとか、
何より、1年生時のある出来事をきっかけに本気でぶつかり合いお互いの本心をわかり合ったからこそ。
「やめて、キュルケ」
「タバサ……!! でもコイツは……」
「彼も言ったように今の関係は私も承知してのこと、だから貴方が気にすることは無い」
「でも貴方は本当にそれでいいの? 王家だけじゃなくて召喚した相手にまでそんな物みたいにぞんざいに……」
「彼は私の闇の部分を隠すことなく明かすことの出来た初めての存在、それだけでも十分な意味がある。そしてキュルケ、貴方は私が表の世界でできた初めての大切な親友。同じように大切な存在」
「ッ……」
「だからこそ、貴方には隠しておきたかった。これを聞けば、きっと今みたいに私の為に貴方は怒ってくれるとわかっていたから」
口元を僅かに吊り上げてニコリと笑みを見せるタバサに、言いようのない物悲しさをキュルケは感じてしまっている。
大切な親友、キュルケにとっても本当に嬉しいその言葉は故にこその重みがある。
雪風の二つ名の如く、冷たく凍てついた親友の心はずっと昔から止まり続けており、自分の微熱ですら溶かすことができない。
何も知らない自分が彼女の為に何が出来ていたのか、それこそ道具のような扱いをしてきたウラヌスにすら劣る物でしか無かったのではないか、
真実を知ったからこそ襲い来る無力感にキュルケは心を支配されていく。
(……何だって言うんだ……これは……?)
だが、キュルケにとって思い違いだったのは、タバサと共にいるのは自分の為でしかないと断じた男、
ウラヌスもその言葉の裏腹で普段と違うざわめく正体不明の感情を浮かべていたということ。
それに近しい物と言えるのは恐らく、礼拝堂で自分の闘いを汚しグラナを前にして一歩も退かなかったタバサの間に割り込んだ時のあの……
「私が貴方に話せるのはここまで、後はウラヌスと話しておかなくちゃいけないことがある。貴方は先に部屋に戻って休んでいて」
「タバサ……でも私は……」
「……私のこと、心配してくれて本当にありがとう」
尚も笑顔を絶やさぬままに礼を述べるタバサの姿はキュルケにとっては余計に辛い物でしかない。
それを知って知らずかタバサはそのまま視線でウラヌスを促し、それを受けてウラヌスもソファから立ち上がって共に客間を後にする。
後に残されたキュルケは唯1人呆然と部屋に取り残される形になってしまったが、
「私は……」
大切な親友と、親友が特別に思う男、その2人を前に真に自分が出来ることとは何なのか。
答えを探してキュルケは顔を俯かせ、思考の海へと身を沈ませていった。
*
客間を出て、廊下を歩き、屋敷の裏口から外へと出て、タバサとウラヌスがやってきていたのは荒れ果てた裏庭。
嘗ての頃は大好きだった父と母と共に眩しいくらいの笑顔で談笑を他の死でいたその場所も、今では見る影も無く静まり返っている。
「さて、2人だけになってまで俺に何をさせるつもりだ?」
「まず聞かせて、アルビオンで出会った男、グラナというあの男と貴方の関係」
胸に抱える違和感を拭えないままに、それでも声は普段と変わらぬ平坦な物。
ウラヌスが尋ねたそれにタバサは月明かりを背に振り向き、ウラヌスを真っ直ぐ見据えながら口を開く。
一種独特の幻想的な美しさすら感じられるタバサの問いに対してウラヌスは……
「……以前に言ったな、俺を超える実力者が何人か存在すると。あの男はその内の1人……アンタが王家を追うようにずっと追い続けてきた因縁の相手のような物だ」
本来なら話すようなことでもないし、今のタバサに積もっている不満の感情から一蹴しても良かった筈の問い。
だがどういうわけかウラヌスはそれに対して率直に、自分にとってのグラナが何者なのかについて答えていた。
「……以前からずっと疑問だった。貴方の持つPSIの力、グラナという男も含めて、単純な鍛錬だけで到達し得ることができるのか、と。だから教えてほしい、貴方やグラナは何者なのかを」
「前にも答えた筈だ、それについてはアンタに話す必要が――」
「お願い。どうしても話したくないと固く心に決めているのならそれ以上は追及しない、だけど私も知りたい、貴方のことを、貴方自身のことをもっと」
「………………」
いつにも増して食い下がるタバサの姿を前にして、ウラヌスは心の中の違和感が益々増大していくのを感じている。
タバサのことを特別に思っていると言ってもそれは彼女が力を持ち、それを成長させることができる見込みと才能があるから、
自分の中の変化はアルビオンに赴いてから何度か感じ取っていたことだが、それでも自分の根幹にあるのは闘いと強さの2点。
まして、今のタバサは自分の本気の闘いを邪魔したばかりであり、それに対する不満も解消しきれていない筈。
だというのに何故、自分はタバサに対してどこか普段とは違う、もっと別の何かを感じてしまっているのか。
「……あの執事が言っていたな、アンタは復讐の為に人形になったと」
「…………」
「俺から言わせてもらえばガキの戯言に等しい、本当の意味での人形とは何なのかをアンタは知らないんだからな」
その違和感に駆られるままウラヌスが遂に口にしていたのが、今まで答えることなかった自分の正体について。
ハルケギニアとは違う別のどこか、現代世界の情報についてだけは説明を省き明かしていく出自。
PSIの研究の為に胎児の時点で肉体を弄られ、ただ力の研究の為に生み出された人形、グリゴリプロジェクトの実験体03号、それが自分であると。
家族などいるはずも無い、生まれた時から本当に人形同然の扱いを受け続けていた自身の人生。
その転機となったのが同じ人形であったグリゴリ01号、この世界で再会を果たしたグラナが研究所ごとプロジェクトを破壊したこと。
その後自分は反逆した01号を抹殺せよという指令を植え付けられ、その果てに01号に返り討ちにされて自我を目覚めさせる。
自信をポンコツと呼んだ01号、グラナを超えること、その最中で形成されていった人形だった自分が求める確かな意志、それが闘いと強さ。
空っぽで生き方すらもわからない人形の自分が生きることに意味を見いだせる絶対の目的。
その先で出会った天戯弥勒というグラナと同等の強者、その強さに焦がれて参加したW.I.S.Eという組織、新たに与えられた第三星将という地位とウラヌスという名前。
「――そして俺は反抗勢力との戦いに敗れてその身を焼かれ、闘いの中で果てるという死に処を見つけ……その果てにアンタに召喚された」
「……ッ…………!!」
目を覆いたくなるような衝撃を受けるのは今度はタバサの方であった。
答えてもらえる望みは薄い、それでも聞きたかったウラヌスの全て。
自分の為に怒ってくれた親友の姿すら遠い物に思えてくるあまりにも非情な過去。
幸福な毎日を失い、それでもまだ手が届くかもしれないそれに手を伸ばし続けるために人形になった自分など塵芥にも等しい。
彼には幸福そのものが最初から存在しない人形で、その最中でようやく見つけたのが自分もよく知る闘いという目的だったからだ。
「これでわかっただろう? 俺にとってあの男と……グラナと闘うことを邪魔されるのは何にも代え難い屈辱なんだ、本来ならアンタだろうとあの場で撃ち殺していた――」
「……貴方の想いは、本気は、痛いほどわかった。でも、それでも私はあの時のことを完全に否定はできない」
「? 随分な物言いだな。今後同じようなことが起きればまた邪魔をするとでも言いたいのか?」
しかし、それを知っても決して曲げることができなかった、タバサもようやく理解した1つの気持ちがあった。
それを聞いて見せたウラヌスの反応は不快感、未見に皺を刻みながら氷の銃口を向けるウラヌスのプレッシャーに圧されながらも。
それでもタバサはその感情を曲げることなく真っ直ぐな言葉で想いをぶつけていく。
「最初は力を知りたいと思っただけ……でも今はもう違う、貴方は私にとっても特別な人。闇に落ち、人形となった自分のことを包み隠さず見せることの出来る大切な人。だから、絶対に失いたくない」
「それであの闘いで邪魔立てしたとでも言うのか? だと言うのなら余計なお世話だ。アンタが俺をどう思っていようが俺は俺自身がどうなろうが、本気の闘いの中で果てれるのならそれでいい。そもそもそうなる筈の中でここに呼ばれたに過ぎないんだからな」
「理解している。でも貴方は、私がPSIに目覚めてから少しずつ、それでも確かに変わっていた。だから……私はグラナの攻撃を止めれたし、貴方もグラナに傷を負わせることができた、私はそう思っている」
「!!……どうしてそれを……」
タバサが目にするのは二度目となる、両目を見開いての明らかな動揺。
ウラヌスのその姿に更なる確信を得たタバサは言葉を続けていく。
「PSIは思念の力、想いの強さでその力を増大させる物だと私は思っている。だから貴方を失いたくないと強く感じたあの時の私のバーストが青の男の攻撃を防いで、そして貴方が最後にはなったライズの蹴りが――」
「あの時……俺が感じた感情が、俺のPSIを一時的に増幅させたとでも言うのか……?」
「その本当の答えはきっと貴方自身にしかわからないこと、だけど私はそう思っている……そう、思いたい」
普段とは違うどこか優しげな感情の篭もったその声はタバサとしての物か、それともシャルロットという少女の物なのか。
だがウラヌスが視線を下に向けて掌を見つめるままに脳裏に思い浮かべるのはタバサに言われた、グラナに対する最後の攻撃の時に思い浮かべた感情。
『失いたくない』
それは闘いの邪魔をした相手などには絶対に抱くことの無い、それどころか長い人生の中で他者の誰にも思ったことの無い物。
タバサが自分と闘いに値する逸材に成り得る特別な存在だから? いや、その程度ならば例え死んだところで残念に思えど深く沈んだりはしない筈だ。
だというなら自分は、この僅かに微笑む少女に対して本当にそのような想いを抱いていたということになるのか?
つい先ほど語ったばかりの、闘いと強さを求めるだけの、この世界に来て以来どこかが変わり始めていた人形の自分が……?
「……貴方の話した過去が真実なら、きっと貴方がわからなくてもおかしくは無い。貴方の言うように人形の真似事をしていただけの私と違って、貴方は人間の感情を真に知らない」
「…………なら、今の俺に芽生えている物がそうだとでも言うのか? 強さを求め続けていた俺がこのような甘い感情に蝕まれているとでも?」
「それは甘さなんかじゃない。人間は誰かを思うことで強くなれる……私がかあさまを、貴方を想うように……」
正体不明のざわめきと違和感、それに恐怖でもしているかのように静止するウラヌスの手を包み込むのはタバサの白く小さな手。
そっと目を閉じながら目の前に立つタバサの姿が、ウラヌスには普段とはまるで違う存在のように思えてならなかった。
闘いを呼び込むための道具、自分と闘うに相応しい力を持つ特別な存在、そして今は……
「…………これが人間らしい感情とでも言うのなら、そんなものが何故俺に生じている?」
「それも私にはわからないこと、答えは貴方が見つけるしかない……けど、最後にもう1つ聞かせてほしい、貴方はそれをどう思っている?」
「……悪くない、いや……悪くないどころか、どこか気分がいいとさえ思えている。それをアンタが与えてくれているのか……」
原因なんてわかるはずもない、本来死ぬはずだった自分の脳に何か異常でも生じたのかもしれない。
だがウラヌスが率直に思ったことは、今の自分に芽生えている新しい何かは、決して不快な物ではなく寧ろ心地よさすら与えてくれる物だということ。
幾度となく感じてきた自分の中の変化、それが人間としての人間らしい感情だと言ったタバサ。
もしかしたらあの時グラナが言ったのは、このことを指していたのかもしれないと。
「あのグラナという男が私の仇……現王ジョゼフの召喚した存在だと言うのなら私にとっても無関係ではない。だから、私は貴方と本当の意味で共に居たい、隣を歩きたい……だから私の想いを、貴方の想いを伝え、知りたかった」
「…………この感情が人間らしさだと言うのなら、そういう意味で俺はあの男に初めて勝ったのかもしれないな。そしてそれを教えてくれたのはアンタで、その感情がPSIの力すらも増幅させる……」
「私も貴方の為に力を振るうことは怖くない。貴方の闘いという、貴方が初めて見出した根源を脅かすつもりは無い。だけど、それ以上に私は貴方と言う存在が大切……だから私は貴方の為に力となり、貴方の目的の為に共にいることを誓う……だから……」
「ああ……なら俺もこの感情に任せるまま、俺があの男を超える為に、アンタの目的を果たす為に、そして変わらずにアンタが俺と闘うに相応しい強者になるのを期待して……もう少しアンタと一緒にいてやるよ……タバサ……いや、シャルロット……」
闘いと破壊、宿敵を追い続け果てていったあの世界で芽生えることなかった物。
それの心地よさに身を任せるままにウラヌスは、一筋の涙を浮かべて微笑むタバサの顔を見据えていた。
闘いと強さ以外に生じた特別な想い、タバサという少女の存在そのものに向ける純粋な感情と、
それを証明するかのように呟かれた彼女の2つの名前と共に。