雪風と氷碧眼《ディープフリーズ》   作:LR-8717-FA

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CALL.24 "賭博"

 アルビオンでの極秘任務の追跡、グラナとの再会、招かれたオルレアンの屋敷と語られた真実。

 そして二度目となるタバサとウラヌスの関係の大きな変化など様々なことがあった。

 と言っても表向きの日常風景までもが劇的に変わったかと言われれば別にそういうわけでも無い。

 学院で朝を迎えれば身支度を整えて食事に向かい、時折授業に出ながら魔法とPSIの鍛練に時間を費やすタバサ。

 ウラヌスはと言えば基本的にタバサの周辺で時間を潰しているか、女子寮のタバサの自室、もしくは学院の敷地内をフラついているかだ。

 タバサもウラヌスも学院内では共に目立たない存在と腫物扱いという組み合わせ故、周りからの印象は今まで通りといったところ。

 しかし、互いの認識以外で2人の間だけで変わったことを挙げるならまず1つ目はウラヌスもタバサのPSIの鍛練に付き合う機会が多くなったということ。

 相変わらずタバサの方から頼み込むということは皆無であったが、人目に付かない場所と時間帯でウラヌスは益々力を伸ばしているタバサの相手をすることが多くなった。

 自分の欲を満たすということや、何よりグラナとの再会もあり自分もウカウカ時間を潰すだけでは勿体ないという一種の焦り。

 明確な目標、嘗ての宿敵の出現がウラヌスの中での強さへの探求心を一層強い物へと高めていたということ。

 

「……音で理解できるものが、何故目には該当しないんだ?」

「私にもわからない。ただ、ヴァリエールの使い魔も同じような感じだとは思う」

 

 そしてもう1つ、寧ろ明確に変わったという点ではこちらの方が大きいだろう。

 女子寮の自室で1冊の本を前にタバサとウラヌスは疑問だらけといった様相でハテナマークを頭上に浮かばせていた。

 タバサの趣味の1つが読書であり、文量・ジャンル問わずして多種多様な本が自室の本棚にも積まれている。

 そんな趣味に耽っていた所声をかけたウラヌスが何を言い出しかと言えば、自分にも1冊読ませてくれという内容だった。

 これにはタバサも目を丸くするばかり、嘗てのウラヌスを知る者が見れば姿を騙った別人なのではないかと疑ってもおかしくない発言。

 

「でも恐らくはサモン・サーヴァントのゲートを潜った影響によるもの」

「そうか、まあ……そうでなければ今まで文語体系が根本から違う世界で普通に意思疎通が可能だった時点でおかしいと気づくべきだったが……」

「初めて話した時点でそれを受け入れていた。だから私も今日まで気付くことが無かったのだと思う」

「疎通が可能な時点で支障が無かったわけだからな……妙な所で躓かされる」

 

 うーむと唸るウラヌスの視線の先にあるのはハルケギニアの共通言語で書かれたタバサお気に入りのある学術書。

 そもそもウラヌスも度々受け取っていたタバサ宛の任務通達書や、各任務先などの看板その他諸々を初めとして、

 自分が今までいた地球、現代世界とハルケギニアの用いている文字や言語は全く異なる物だということ自体はわかっていたこと。

 ウラヌス自身が言ったようにそれを今まで気にしてこなかったのは、視覚情報による文字が理解できずとも、

 耳で聞こえてくる言葉は何ら違和感なく聞こえているのだから別段気にしなくても問題は無かったからである。

 この段になってそういった問題に直面してしまっているのは、内面の大きく変化したウラヌスがこの世界の書物を読むという目的で手にしたからこそ。

 

「それなら、私が文字を教える」

「いいのか? アンタにとって益になることだとも思えないが……」

「それくらいなら全然問題ない……ううん、貴方が私と同じことに興味を持ってくれたことが嬉しい」

「そう言うのなら遠慮なく頼らせてもらうとしようか」

 

 双方殆ど感情の起伏を感じさせない淡々とした口調でのやり取りであったが、互いが互いに内に込められている感情は今までとは大きく異なる質の物だということを理解し合っている。

 自分と闘うに相応しい力と才能を持っているからこその特別という認識から、タバサという少女そのものの存在が特別であると変わりつつあるウラヌス。

 その感情の方向性は家族愛? 異性としての好意? それとも気の良い友人のような物か? どういった類の物かを人間らしい感情というものに乏しいウラヌスにはわからないこと。

 だがそれでもタバサが特別であることに変わりなく、自分に心地良さを与えるタバサの行う物事に興味を持ち始めたのがキッカケであった。

 今更人間らしさを学ぼうとか殊勝な考えを持っているわけでなく、タバサが関わっている物事という一点でのみ判断する純粋で細やかな感情。

 とはいえそれは誰がどう見ても今まで生と闘いが同一概念だった男からすれば、あまりにも大きい、大きすぎる変化であると断言していいだろう。

 

「私も最近、貴方が鍛錬に付き合ってくれるおかげで更に強くなれたと感じている。貴方の全力には程遠いかもしれないけど、それでも」

「追い続ける精神を持つことを無駄だと断じる気は無い。いや、追いつけないと諦めて立ち止まることこそが無駄そのものだろうからな」

 

 学術書を棚に仕舞い込み、とりあえず今は保留という形でタバサはまた別の本を手に取っていた。

 戦闘という観点では圧倒的にウラヌスが先を行っており、PSIの力を大幅に強めた今のタバサでさえヒヨッコレベルと言えるだろう。

 だが、闘い以外の行動、日常的な人間の行動という点は別段タバサが優れているというわけでも無いが、今までの人生を考えれば今度は逆にウラヌスが教えを乞う立場にあると言える。

 闘いと日常、相反する2つの世界で教え教えられという何とも奇妙な立場が2人の間で出来上がっていると言える。

 

「今度は何を取り出したんだ?」

「……子供向けの絵本、私が昔から好きだったお話」

 

 パラパラとタバサが捲り始めた新しい本は先の学術書と比べると大分薄いが全体のサイズが大きい。

 チラリとウラヌスが視線を向ければ見えるのは大きな挿絵に大きめのサイズに少量で書かれた物語の内容を記す文章。

 子供向けの読み物とはいえやはりハルケギニアの文字を解さないウラヌスには理解が出来ない。

 また挿絵付きの絵本とはいっても、そもそもの話ウラヌスは絵本という存在そのものに殆ど接点が無い。

 世界崩壊前、グラナを追い続ける中で生きるために最低限の常識や概念に対する知識はそこそこ残されているものの、

 少なくとも絵本の様な子供向けの娯楽に興味を示す機会など皆無だったと言っていいのだから。

 

「どんな話だ?」

「イーヴァルディの勇者と言う」

 

 オルレアンの屋敷での出来事を境に何度か目にしてきた、今までにないウラヌスの戦闘以外の事柄に対する興味関心を帯びた目。

 未だに慣れずどこか新鮮な気持ちを味わいながらもタバサはその絵本、イーヴァルディの勇者の物語について簡潔に述べていく。

 現代世界の読み物にもありがちな、とある少年イーヴァルディを主人公としたありふれた冒険譚。

 力とそれ以上の誰にも負けない勇気を胸に幾多の困難を乗り越えていく物語。

 幼少の頃、大好きな母に何度も読み聞かせて貰った思い出の話にして、自分の下にもイーヴァルディのような勇者が現れてくれれば……などという願いさえもした思い入れのある1冊。

 

「……成る程、物語の面白さとやらを知らない今の俺には縁遠いのかもしれんが、ただ直感的なことを言うなら俺の性には合わない話だ」

「貴方なら何となくそんなことを言うとは思った。でもそれも、仕方のないこと」

「ああ、見返りも明確な目的も無く、善意だけで動きそれでいて目的を成し遂げるなど都合がいいなどという話どころじゃない」

 

 だが一所聞き終えたウラヌスにはイーヴァルディの勇者はお気に召さなかったようで、タバサもその答えは想定の範囲内だと告げていた。

 空想の物語と現実をごっちゃにしてしまうということ自体、やはりウラヌスの中にある一般的な人間の感性が未熟ということも関係していると言える。

 が、そういった問題を抜きにしてもウラヌスには物語の主人公であるイーヴァルディの勇者が気に入らないという風に感じていた。

 立ち寄った先の村娘にパンを分けて貰った、たったそれだけの理由で死の恐怖すら跳ね除けて獰猛なドラゴンを相手に勝利を収める勇者イーヴァルディ。

 純真な子供が目にすればきっとその勇気と力に憧れを抱くことだろう。

 その手の考えが全く無いウラヌスが抱いたのは、イーヴァルディの様な人間は愚直、愚か極まりないようにしか見えないということ。

 世界というものはギブ&テイク、力による支配、そういった客観的な概念で回っていると言っていい。

 常に闘いの中に身を置いていたウラヌスでさえ思っていることであるし、あの崩壊世界を支配していたのも単に自分が力ある存在だったから。

 そして現状、タバサと共に過ごしてきた時間と彼女が抱える闇、それに立ち向かう手段も磨き続けてきた己の力1つ。

 どんなに助けを求めた所で直接的に手を差し伸べてくれる存在などいないし、ましてイーヴァルディの勇者の様な都合の良い存在がいるわけでもない。

 寧ろ、正義だの勇気だのといったあやふやで形を成さない概念1つを胸に善意振りまく輩など、現実に存在したら逆に厄介者でしかないだろう。

 裏に何かよほどの物を秘めている策謀家か、あるいは文字通り子供のように世の理を何ら理解していない愚か者か。

 いずれにせよウラヌスにとってイーヴァルディという架空の勇者は理解するのに程遠い存在と断ずるしかないもの。

 そんなのが世に1人でもいたとするならそもそもW.I.S.Eやグリゴリなどという組織自体存在していなかった筈なのだから。

 

「……今でも、私はこの物語に憧れている。だけど、それだけじゃ何も解決しないことも十分にわかっている。貴方がそうだったように」

「別にアンタの考えそのものまで否定しようなどとは言わない。元より俺もアンタもそんなものに縋ってどうにかなる立場でも無いしな」

「うん、だからこそ私も貴方も、今以上に力をつけなくてはいけない、それは確かなこと」

 

 開かれたページをそのままに視線を上げてウラヌスを見つめるタバサの瞳に宿る意志もまた真剣そのもの。

 憧れている願望、捨てきれない想い、いつか来てほしいと願ってやまない自分だけの勇者様(イーヴァルディ)

 だが自分は誰にも頼ることができない闇に身を潜め牙を研ぎ続ける復讐者、真にアテに出来るのは己の力だけ。

 そんな自分が呼び込み力を与えてくれて、今では互いに特別な感情を抱き合っているウラヌスもまた勇者などと呼ぶには程遠い。

 関係が大幅に変われど基本的にウラヌスが向けている興味の大半が闘いにあるという根っこの部分までは変わらない。

 光の世界に手を引っ張ってくれる勇者ではない、自分の立場を理解しその上で目をかけてくれている同じ闇の中に漂う戦士。

 それだけでも自分にとっては心の支えとなる大きな存在なのだと、タバサはウラヌスに対してそのような感情を抱いているのだ。

 隣にいてくれるのが勇者などではなくとも、自分にとっての救いに、支えになってくれているのならそれでいいと。

 

「……久しぶりに来た」

「だな、ミノタウロスの一件以来、連中も手詰まりだったのかもしれん」

 

 そんな風に互いの決意を確かめ直していた矢先、2人の下に訪れたのは1枚の紙を脚に括りつけた伝書フクロウ。

 つまりは久方ぶりにやってきたタバサに対する任務通達書だった。

 

 

*

 

 

 北花壇騎士七号、タバサに与えられる任務と言えば大抵が謀殺を目的とした危険地帯、異なる力を持つ亜人種が相手などといった内容の物が多い。

 だが今回いつものようにプチトロワの宮殿に赴き戻ってきたタバサに連れられるままにウラヌスがやってきた場所はそういった類の物とは程遠い場所。

 ガリア首都リュティス北東の繁華街の一角ベルクート街、貴族や上級市民をお客とする高級店が立ち並ぶこの場所が今回の任務地であった。

 

「……何故に俺までこんな格好をしなくてはいけない」

「怪しまれないため。付いて来てくれたのは意外だったけど、そうする以上多少の我慢はしてほしい」

 

 どこか不満げな様子で珍しく愚痴を漏らすウラヌスに答えながらタバサはぽつりと答えながら街道を歩いていく。

 普段の制服姿でも無く、一帳羅のロングコートでも無く、2人が同じく纏っている服装は一風変わった物。

 外観的にはスーツに近い乗馬服に膝丈のブーツ、そしてシルクハット、俗に言う紳士スタイルというヤツだ。

 元より見た目の整ったウラヌスには決まり過ぎな装いであるし、小柄で起伏の乏しいタバサがそれを着るとまるでどこぞの貴族のお坊ちゃんのようにも見える程だった。

 普段の2人の姿から考えれば唖然としてしまうような恰好のまま、やってきたのはある一軒の宝石店だった。

 

「いらっしゃいませ、何をお求めでしょう?」

 

 広々とした店内に魔法で加工した一体型のガラスケース、陳列されている煌びやかな宝石はそのどれもが平民は勿論、並の貴族でさえ決して手の届かない様な貴重品ばかり。

 そんな店内で気前の良さそうな笑顔と共に声をかけてくるのは整髪油でネットリと光る整った髪を携え甲斐甲斐しく一礼をする壮年の男性店主。

 

「これが欲しい」

 

 そして店に入るなりタバサが指差した先にあったのは、一際目立つショーウィンドウに飾られている青いダイヤモンド。

 ところがそれを見た途端にあからさまな態度で店主は顔を渋らせる。

 

「大変申し訳ありませんがお客様、こちらは売り物ではございませんのでどうか……」

「これがいい」

「そうは申されましても……価格としては2000万エキューはするものですが」

「構わない」

「そうですか……では、手付金を頂きます」

 

 幾度かのやり取りを重ねた末にタバサが懐から店主に差し出したのは金貨どころか銅貨たったの3枚だけ。

 2000万枚の金貨分の価値がある物を買う為の手付金としては常識はずれもいい所だったが、何故か店主はそれを文句も言わずにそそくさと受け取る。

 何故ならそこまでの一連のやり取りはタバサが事前に伝え聞いていたある場所へと向かう為の秘密のサイン。

 訪れた宝石店はその入り口であり店主は門番のようなものだった。

 

「確かに……ではこちらへ」

 

 銅貨を棚の1つへとしまった後、にっこりと笑顔を作り直した店主は2人を奥のフロアへと手招きする。

 薄暗いその場所の一角にある巨大な陳列棚の側にある紐を引っ張ると棚が大きな音を立てて動きだし裏から巨大な扉が姿を現す。

 

「どうぞごゆっくり、お楽しみください……」

 

 ギィッと重々しい音と共に扉が開かれ、門番である宝石店店主の役割はそこで終わりとなる。

 一礼する店主を横目に2人は扉の先に見えている地下へと続く階段を黙って降りていく。

 その階段の終点に見えたのはこれまた巨大な鉄の扉と小さなカウンター、詰襟姿のドアマンに黒服の執事。

 タバサはカウンターの執事に自身の杖を預けて安全性を証明した上で、ドアマンの案内でウラヌスと共に更に先へと進んでいく。

 

「地下の社交場、"天国"へようこそ!!」

 

 際どい格好の給仕の女性たちのにこやかな声と共に明らかになった全容は、眩しさすら覚える程のギラギラした光を放つ賭博場。

 大勢の強欲そうな貴族たちが繰り広げる悲喜劇の声が響く、あらゆるジャンルのギャンブルを取り扱っているその場所に2人は足を踏み入れていた。

 

「賭博場を潰せとは、また妙な任務を寄こしたもんだな」

「謀殺とイザベラの嫌がらせ以外にもう1つ、国の体裁で表立って取り締りを行えない違法施設、そういった厄介事を片付けるというもの」

「長らく仕事が思いつかずに回ってきたのがその厄介払いというわけか。全く、アンタもなかなか難儀な立場にあるもんだ」

「問題ない。強さというのは単純な力だけではない、あらゆる状況に対応できるようにするという意味でも自己鍛錬であることに変わりは無い」

 

 少々呆れ気味な空気を醸し出しているウラヌスとは対照的に、タバサが瞳に宿しているのは普段の任務の時と変わらない戦士の物。

 国の指定を無視した法外な掛け金を指定している違法賭博場の取り締まり、それが今回タバサに与えられた任務。

 正確に言うと賭け金の設定以外にこの賭博場はどうやらイカサマをしているのではないかという疑惑が持ち上がっており、

 何人もの貴族が大金を巻き上げられ、摘発を行って欲しいという声が王家に向けられているのだという。

 イザベラ曰く、大っぴらに軍警を動かして取り潰しでもしようものなら先に言った体裁の問題で多くの貴族に恥をかかせてしまう故に行えず、

 その役目が今回タバサへと回されてきたということなのである。

 

「ギャンブルなどそれこそ縁無いことだが……」

「大丈夫、主導は私が取る、貴方は元手が無くならない範囲でサポートしてくれれば好きにして構わない」

 

 明確に敵がいる闘いの場ではウラヌスが率先して動けるのだが、逆を言えばそうでなければどうしてもタバサの後手に回ることになってしまうという光景。

 元より任務内容を聞いた時点で以前の、それこそタバサがPSIに目覚めて以降であったとしても、

 ウラヌスからすれば表立った強者との闘いが望め無さそうなこんな任務など早々に同行を蹴っていたに違いない。

 今回その手の任務だというのに付いて来ていたのは言うまでも無くタバサとの関係が大きく変化したからこそ。

 タバサが受ける任務はウラヌスにとって自分の闘い、タバサの自己鍛錬だけでなく、タバサ自身の観察の為という第3の目的が生まれていたのだ。

 

「ようこそいらっしゃいました、私が当カジノの支配人のギルモアです」

 

 と、そこへ2人の下へとやってきたのがこのカジノを取り仕切る者にして、今回の任務の標的と目されている相手。

 一際ふくよかな体型をした愛想の良さそうな商人風の出立ちをしたギルモアと名乗る中年の男。

 貴族の客が相手ということもあってか、このカジノが出来た一通りの経緯などを気の良さそうな声と共に得々と語っている。

 

「――というわけでして当カジノは安心が第一、万全を期すためにお名前の方を伺いたいのですが」

「ド・サリヴァン家の次女、マルグリット」

「従者のウラヌスだ」

「確かに、それでは心行くまでお楽しみください、マルグリット様、ウラヌス様」

 

 ギルモアに架空の貴族の名前を伝えたのまたタバサが事前に取り決めていたこと。

 貴族の令嬢として赴く以上タバサなどとは名乗れないし、かといって王族としての名であるシャルロットを名乗るなど以ての外である。

 ウラヌスもまたマルグリットという貴族の少女の従者と言う立場を明かし、それを聞いた上でギルモアは退散していった。

 

「さて……何はともあれまずは稼がなくては始まらないか」

「……(コクン)」

 

 一通りの手筈も終えた所で2人は敵を釣り上げる為に、元金片手に各々で遊戯台へと向かっていった。

 

 

*

 

 

 とまあ、軽弾みに始めてみた賭博ではあったが、

 タバサどころかウラヌスもまた、初めて僅か数十分足らずで周囲の貴族たちの注目の的と化していたりする。

 カード、サイコロ、ルーレットなど多種多様ではあるが基本的にそのルールはどれもが単純な物。

 賭け金の上限こそ事前の情報通り他の合法的な賭博場と違って高レートではあったが、逆にそれが賭博場側にとって首を絞める事態を招くことになるとは誰が予想できたのか。

 

「黒の17、当たりだ」

「お、お見事です……」

 

 オーッと感嘆の声を上げる周囲の者たちと違ってディーラーは最早半泣き状態である。

 そうして何度目かの大当たりを引き当ててチップの山を築いているウラヌスは、その豪運とは裏腹に粛々と自分の勝ち分を計算していくのみ。

 最初の方こそ色賭けでチマチマと時折ハズレも見えていた筈が、4、5回を超えた辺りで急にいくつかの一目賭けを行いその全てが吸い込まれる様にして大当たり。

 積み上げられたチップの山は当の昔に1万エキューを超えていることだろう。

 

(……こんなものか。あの世界では金など興味も無かったが……どうもな)

 

 だがウラヌスにとってその連戦連勝は必然と言っていい要素で導き出された結果に他ならない。

 タバサがそうであったように、この賭博場では余計なトラブルを避けるために杖や剣といった類の物は取り上げられてしまう。

 が、賭博場の者たちはウラヌスやタバサがPSIという異質の力を持つ者たちであることを知る由など無い。

 ライズのセンスによる感覚器官の向上、ウラヌスレベルの使い手ともなればそれによる動体視力などを始めとした能力の強化は凄まじく、

 ルーレットやサイコロの動きや停止の行く先をある程度予測して賭けを張るなどという芸当も容易に行えてしまうのだ。

 その結果、ルーレットでの馬鹿勝ちを繰り返してこんなことになってしまっているということなのである。

 大金を手にするという事には特に興味は無い物の、いくらタバサの任務の同行と観察という自分の目的の為とはいえ、

 何だか自分の力の象徴であるPSIをせせこましいことに使っているような気もしてきて微妙な気分になっていたりもした。

 

「順調なようで何より」

「ああ、アンタもそこそこ儲けているみたいか」

 

 適当なところで切り上げてチップの山をケースに抱えてルーレット台を後にしたウラヌスの下にタバサが合流する。

 サイコロ賭博を行っていたタバサもウラヌス程ではないにせよ、それでも数千エキューという儲けを叩き出してチップを山にしていた。

 彼女がライズを使ったか否かまではわからないが、少なくともそこそこ勝ちを予測できるだけの能力と勝負運は持ち合わせているということである。

 

「これはこれは見事なものですね、わたくしお客様方のお相手をさせて頂いているトマと申す者です。快勝祝いに何かお飲み物でも?」

 

 合わせて2万エキューはくだらないだろうチップを手に注目の的を浴びている2人に声をかけた者が1人。

 長い銀髪をサラリと伸ばした優男の給仕、トマと名乗る男が如何にもな営業スマイルと共にやってきていた。

 

「スパークリング・ワインを」

「俺も同じ物を頼む」

「かしこまりました」

 

 とりあえず程ほどに喉も乾いたのでという感じに適当な飲み物を頼むタバサと、一応合わせておいたウラヌス。

 手慣れて手つきで返礼をしてその場を離れていくトマ。切れ目の鋭い目つきであったがどこか人懐っこさもある優しい瞳だとタバサは感じていた。

 それ以外にもう1つ、今し方去っていたトマのことをどこかで見たような気もするというそんな疑問も浮かんでいる。

 

「この平民風情どもが! 貴族のワシを舐めくさりおって!! あの場面でフォー・ファイアが出るなどイカサマ以外の何だと言うのだッ!!」

 

 だがその疑問に思考を傾ける暇も無いまま、賭博場内の一部が騒然とした空気に包まれる。

 その原因となっていたのが顔を真っ赤にして怒り狂い杖を片手に魔法を行使しようとしている中年貴族が1人。

 口振りから察するにその貴族もタバサが探りに来た件のイカサマに嵌められたクチなのだろうが、

 だからといってわざわざ入口に引っ込んでから自分の杖を手にして中に戻ってくる辺り相当ご立腹らしい。

 

「面倒な……」

「…………」

 

 任務を完遂する前に賭博場を吹っ飛ばされたりして営業停止にでもなったらとんだとばっちりである。

 すぐさま同じ考えに至ったウラヌスとタバサは杖の先から火の球を作り出している貴族の方へと駆け出そうとする。

 

「トマ!!」

「んなっ!?」

 

 が、2人が行動に及ぶ前に響き渡った支配人ギルモアの大声とそれに呼応する先程2人の側にいた給仕のトマ。

 見事な早業で躍り出たトマの左腕の裾がきらりと光ったかと思えば次の瞬間、貴族が手にしていた杖が真っ二つに両断されて床へと転がる。

 呆けに取られる貴族を前にトマはそのまま背後へと回り、貴族の右腕を捻り上げながら首下に短剣を突きつける。

 

「賭博場内での魔法の使用は禁止されています、どうかお引き取りを」

「なっ……!? 貴様平民の分際で貴族のワシにこんなことをして……!!」

「お言葉ではございますが、その平民風情にこのようにあしらわれたことがお耳に入れば、お立場が危うくなるのはお客様の方ではないかと……」

 

 権力を振りかざしての物言いにすら冷静な話術で言い包めるトマの手腕は見事な物。

 恥の上塗りをしただけに終わった貴族はそれでも尚悔しげに舌打ちをして足早に姿を消していった。

 あとに残された他の客たちからは一斉に歓声が上がり、トマはそれに応える様に優雅に一礼して見せる。

 

「ほう、闘いとは無関係の任務と思っていたが、そこそこ見所のある奴もいるものだな」

「…………今の……」

 

 一方で単純な称賛とは違う視線を向けていたのが2人。

 自分とタバサ以外には有象無象しかいないと思っていた中、見事な早業を披露して見せ興味を持ったウラヌスと、

 袖から短剣を引き出してからの一連の仕草にどうしても思い出せない何か引っかかる物を感じていたタバサであった。 

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