雪風と氷碧眼《ディープフリーズ》   作:LR-8717-FA

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CALL.25 "不足"

 激昂した貴族の一悶着の後もタバサとウラヌスはそれぞれの遊戯台で黙々とチップを増やし続けていた。

 ルーレットが回れば指定した数字に球が吸い込まれ、サイコロが転がれば張った役の数字が見事に叩き出される。

 チップの山が増えていくたびに周りのギャラリーの数と感嘆の声も増えていくばかり、比例してディーラーの表情もどんどん青ざめていったが。

 夜も十分にふけた頃には2人のチップの総量額はそれはもう凄まじいことに。

 そのまま金貨として換金してしまえば一般的な平民ならば一生働かずに生活できるような量になっていたことだろう。

 

「支配人自らがわざわざ手招いてくれるとはご苦労なことだ、これだけ稼いだなら当然かもしれないが」

「ここからが本番、報告によればあのギルモアとのギャンブルで大勢の貴族が負かされたと聞いている」

 

 当然、そのような膨大な額の金を勝ち逃げ同然に持っていかれてはカジノ側としても大損極まりないこと。

 だからこそなのか勝ち分を確実に毟り取るための手段なのだろう、現在タバサとウラヌスは支配人ギルモア直々の案内でとある休憩室に身を置いている。

 貴族用の休憩室なのか高そうなベッドに机、美麗な絵画や彫刻品などが飾られたその部屋は実に快適な作りとなっている。

 尤も、心にもない世辞と共にこの部屋を宛がったギルモアのことなど2人とも全く信用などしていない。

 自分たちがここにやってきたのは楽しむためでも稼ぐためでも無く、イカサマを暴いて白日の下に晒すということ一点。

 

「だけど今までの遊戯でも特に怪しいところは見られない、となれば情報通りあの支配人が、それも絶対にバレない自信のあるカラクリを用意しているのだと思う」

「それをどう見抜くかという話だが、まあ魔法の類にしろ技術にしろ、実際に相対すればそれもどうにかなるだろう」

 

 闘いに直結する任務では無い故にか、タバサから見てどこかテンション低めなウラヌスは椅子に腰かけて気晴らしにワイングラスを傾けている。

 一方のタバサも口調は冷静ながら趣味の読書に耽っていたものの、それはウラヌスにも隠している内の緊張を悟られないようにするためでもある。

 実を言うと先までのギャンブルでタバサはどうしてもという場面で1、2度程度の使用はしていたものの、

 それ以外ではPSIの力に頼らずに自力で勝利しチップを稼いでいたのである。

 勝手がわからずについついPSIに頼りまくって快勝したウラヌスとは違い、サイコロを振るうディーラーのくせを見事に見抜いての連勝。

 センスに秀でている自分がそれを用いればもっと早くにここまで辿り着けていたのかもしれないが、

 タバサにとってPSIとは杖という武器が無くとも使用可能な膨大な力、云わば一種の切り札とでも言うべき力。

 いや、バーストはともかくライズの身体強化は戦闘の上でも重要であり多用してはいたのだが、

 逆を言えば戦闘でも無いこういった場面でおいそれと使ってしまっては、逆に何か会った時に対応する手段の幅を狭めてしまうと考えていたのだ。

 事前にウラヌスに語ったようにどのような任務であろうと力を付けるための自己鍛錬、そこに違いは存在しない。

 

(……しかし、自力で見抜けるだろうか……?)

 

 緊張を解きほぐす為の読書の筈が、今のタバサの脳内には内容など殆ど入ってこない。

 サイコロ賭博で大勝を収められたのも自分でも見抜けるくらいにディーラーの癖が単純だったからというのが大きい。

 だが任務の事前情報を考えるに、これから勝負を仕掛けてくるであろうギルモアはよほど高度なイカサマを仕込んでいる可能性が高い。

 ここに来る途中、不満があるなら杖を返してもらった後にディティクト・マジックを、つまりは探査の魔法をかけても構わないとさえ言い切ったのである。

 であるならば魔法とは違う高度な技術を用いての物なのか、それともディティクト・マジックすら通じないよほど強力な魔法によるものなのか。

 タバサの脳内での疑問が膨らんでは尽きないばかり、ある意味強力な幻獣や亜人を相手にするよりも難しいかもしれないということをこの段になって思い始めていた。

 

「……人間の最大の敵は、人間なのかもしれない」

「何だ突然? 別段間違ってもいないと思うが」

 

 ついぽつりと漏れ出てしまったタバサの言葉にきょとんとしながらもウラヌスは同意を返していた。

 得体の知れない怪物などより渦巻く人間の悪意の方がよほど脅威と成り得ることは、それぞれ特殊な出自にある2人には共通の認識であったりする。

 

「失礼します、お飲み物のおかわりなどはいかがでしょうか?」

 

 そんな風に言葉を交わした矢先、控え目なノックと共に響いてくる聞き覚えのある声。

 タバサがそれを了承すると入ってきたのはワインボトルとグラスを乗せた銀の盆を片手に持つトマと名乗った先程の給仕だ。

 

「どうぞ」

 

 客商売に精通した気前の良い笑みと共に丁寧な所作でトマはタバサの前にグラスを置きワインをなみなみと注いでいく。

 特に反応を見せることも無くタバサはそれを手に取るが、トマは多少距離を置いたまま部屋を出ようとはせず、ジッとタバサの顔を覗き込んでいる。

 

「……このような仕事を続けておりますと、お客様がどのような人間なのかわかるようになります。失礼ですがお嬢様は並の貴族ではない、それこそ王族のような優雅さと気品が備わっているように思われます」

 

 かと思えば笑顔はそのままにいきなりこんなことを長々と話し始める。

 最初タバサは怪訝に思いつつも、その喋り方にずっと頭の中で引っかかり続けていた疑問が反応し浮かび上がる。

 ニコリと笑う銀髪で切れ目の優男の給仕は、嘗て自分がシャルロットだった頃に親しかった相手の1人。

 

「トーマス?」

「はい、お久しぶりですシャルロットお嬢様、嘗てオルレアンの屋敷でコック長を務めていましたドナルドの息子、トーマスでございます」

「何だ、アンタの知り合いだったのか?」

 

 これには今まで我関せずとしていたウラヌスも視線をタバサとトマ、トーマスの方へと向けて反応を示していた。

 懐かしむような声で深々と頭を下げるトーマスに、普段とは違う熱の篭もった瞳を浮かべるタバサの姿を見れば、

 今のウラヌスからすれば気にならずにはいられない。

 

「入り口にお嬢様のお姿が見られた時には本当に驚きました……して、そちらの方は今お住まいの?」

「従者、私に良くしてくれているとても優秀な人」

「そうでございましたか……シャルロットお嬢様のこと、本当にありがとうございます」

 

 今のタバサと親しい間柄なのだろうということでトーマスはウラヌスにも温和な笑みを見せたまま事情を説明していく。

 オルレアン家を巡る一連の悲劇についてはウラヌスも知る所、トーマスはその悲劇に巻き込まれた数多くの使用人たちの1人だったということ。

 自分で言ったように屋敷のコック長の息子としてタバサの遊び相手をしたこともあり、その頃から手先の器用さは健在でタバサはいつもトーマスの手品のタネを見抜けなかったのだという。

 お家取り潰し騒動で散り散りになった使用人たち、父親であるコック長はその悲劇に身を窶してすぐに他界してしまった。

 残されたトーマスは当て所なく町を彷徨いごろつきのような生活で食いつないでおり、偶然自分を拾ってくれたのが賭博場の支配人であるギルモアだったのだという。

 自分の手先の器用さを買ってくれたギルモアは自身の側近として重用すべく、読み書きなどの基本的な教育を施した上で仕事を与えてくれた。

 云わば自分の命の恩人のような物でありそんなギルモアの下で働き始めて数年、タバサがこの賭博場にやってきて偶然の再会と相成った。

 

「……さて、お懐かしいお嬢様とウラヌス様に1つご忠告です。こちらお2人のチップの9割を手形にしました。これを持って裏口から逃げてください」

 

 だが思い出話に華を咲かせていたのも束の間、急に真剣な表情へと切り替わったトーマスが忠告と共に取り出したある物。

 説明通りのかなりの額が提示された王家の正式な印の刻まれた手形である。

 

「どうして?」

「さる事情から申し上げられませんが、この先のゲームはお嬢様たちには必ず勝てないようになっているのです」

「ほう、イカサマでもしていると?」

「……この賭博場は喜捨院でもあります。富める者から金を巻き上げ貧しい者たちに施しとして与える役割をギルモア様は担っておられるのです」

 

 ですのでお金をお持ちの方は必ず負ける、などと付け加えるトーマスを前にタバサとウラヌスは内心でビンゴを得たと頷き合っていた。

 しかしそんなことを何故にわざわざ馬鹿正直に話しているのか。

 嘗て親しかったタバサに対するトーマスからのせめてもの情けというヤツなのだろう。

 

「ですので1割は寄付ということでどうか……残りは私の裁量でお返ししますので、ですから――」

「愚問だな、別に俺達は稼ぐためにここに来たんじゃない。それほど自信があるというのなら是非1度手会わせ願おうか、俺の主もそのつもりらしいからな」

「お嬢様……」

 

 ならばここでトーマスの好意を汲んで引き下がるという選択を2人が取るなど絶対にありえない。

 沈んだ表情を浮かべるトーマスの言葉をピシャリと遮り、無言のまま同じように動き出すタバサと共にウラヌスは立ち上がっていた。

 そこまでの絶対の自信があるというイカサマ、それに対する僅かな興味と共に。

 

 

*

 

 

「お帰りになられたのかと心配いたしました! お嬢様方から賭け事のコツを学ばなければこのまま干上がってしまいますからな」

 

 トーマスの案内でやってきたギルモアの待機していた個室、上等の客を相手にする特別スペースへ2人は来ていた。

 満面の笑みと揉み手で2人に世辞を述べるギルモアだが、その瞳と言葉の裏に真実など一片たりとも含まれていないのは見え見え、役者で言うなら大根もいい所。

 本当にこんな下賤極まりない男が絶対ばれないイカサマを仕込み、しかも巻き上げた金銭を配っているなどとは到底考えられないくらいだ。

 

「場所は先程見た厨房でお願いしたい」

「何と、これはまた随分慎重ですな! そのくらいのことでしたら構いませんよ、公平盛大な我々には全くの無問題でございます」

 

 念には念を入れてとタバサはギルモアの用意した個室ではなく、ここに来る途中で見えた厨房でゲームを行いたいと提案。

 それを抵抗なくギルモアが受け入れた所を見ると部屋そのものに仕掛けは無いだろうということがわかる。

 一行はトーマスの案内で再び移動を開始、厨房内にいた料理人や給仕たちを出させてから椅子とテーブル、そしてカードが用意される。

 

「それではまずどちらから……」

「私が先」

「左様で、ではより公平さを期すためにカードを切る役はお嬢様にお任せいたします」

 

 2人の座るテーブルの前にカードの束が置かれる。

 ギルモアの担当するゲームの内容はサンクと呼ばれる物。

 互いに5枚のカードを山札と交換しながら最終的にその役柄の強さで競い合う、現代世界で言うところのポーカーのような物だ。

 傍らの別のテーブルに2人が稼いだチップが置かれ、タバサの傍らにはウラヌス、ギルモアの側にはトーマスが控え、ゲーム開始となった。

 

 

*

 

 

 開始から幾度かのゲームを経て野次馬もそこそこ集まり始めていた頃、成る程確かにこれは不自然極まりないなとタバサもウラヌスも確信を得ていた。

 2、3度のゲームを観察した上でウラヌスもサンクのルールについては十分に把握済みであった。

 にも関わらず結果はタバサの負け越し、彼女が稼いだ1万エキューを超える額のチップはその殆どがすり減ってしまっている。

 様子を見ながらちびちび張り勝てると思ったところで大勝負に出るというタバサのパターン。

 だがそれを嘲笑うかのようにギルモアはタバサが勝負に出た時に限っていつもその上の役を叩きだしごっそりチップを回収していく。

 

(9……10、これで揃った)

 

 現に今の勝負でもタバサは1枚のカードの交換で同じ風の10、11、12、13、1の5枚。

 風のロワイヤル・ラファル・アベニューという最高の役柄を揃えていた。

 残されたチップは既に数百エキュー程、ここで勝負に出るしかないとタバサはその全額を賭けていた。

 

「はっは、これはまた奇跡に近い役でございますね……ですが、二度続く奇跡は始祖の思し召しでもあるのです」

 

 しかし、タバサに続いてカードをオープンしたギルモアが揃え鋳てたのは唯一風を上回る火のロワイヤル・ラファル・アベニューだ。

 今までの中でも一番の出来すぎな勝利、偶然と呼ぶには出来すぎている代物。

 あっという間に有り金がそこを突いてしまったのにイカサマの糸口も分かっていない、

 

(仕方ない……慣れていないけど……)

 

 ここまで来てしまってはとやかく言っている余裕など無く、タバサは得意げににんまりと笑みを浮かべるギルモアを前にしてPSIを発動。

 ライズのセンスで感覚を研ぎ澄ませて辺りに意識を張り巡らせ、同時にギルモアに向けてトランスを発動する。

 

(これは…………ッ……)

 

 結果的にタバサが掴んだのはカード自体に仕掛けが施してあるだろうということと、ギルモアがその内でイカサマを行っているという心理。

 だがしかし、タバサはトランスの鍛練は基礎的な面しか行っておらず、鍛錬を積んでいない一般人相手でもその頭の内を完全に読み取ることまでは出来ない。

 では磨かれたセンスで調べたカードはどうかと言えば、手にしているカードに違和感があるのははっきりとわかる。

 が、それなりの精度にはなってきていると自信を持つライズでさえカードの違和感の詳細を探ることがどうしてもできない。

 

「お疑がいになるのも無理は無いのでしょうな。ですが先に申しあげたようにわたくしどもはやましい事など一切行っていません」

 

 目の前のゲームのことなど完全に意識の外でカードをじっくりと観察するタバサに対するギルモアの言葉も右から左。

 わざわざPSIまで使っているのにどうしても見抜けないそのカラクリ、タバサの中での焦りが自然と高まっていく。

 

「ゲームをお続けになられるのでしたらお連れの方のチップをお使いになるか、新たにチップをお買い求めになるか、もしくはお家のお名前で賭け金をお借りになることも――」

 

 次々と出されるギルモアの提案にタバサは首を振る。

 ド・サリヴァン家の名前は任務の為に用意した架空の名であり金を借りるなどできる筈も無いし、事前の軍資金は全てチップを買うのに使ってしまっている。

 ましてウラヌスのチップを借りてゲームを続けるなどそれこそタバサには以ての外、自分の未熟さをよりにもよって自らウラヌスに頼って埋め合わせるなど一番してはいけないこと。

 

「でしたらお嬢さま、こういうのはいかがでしょう? お金が無いのなら服を――」

「必要ない、交代だ」

 

 遂には内心の醜悪な本性を隠そうともせずに下世話な提案を持ちかけようとしてきたギルモアの言葉を、今まで黙り通しであったウラヌスがピシャリと遮る。

 ギルモア、トーマス、野次馬、何より悔しさに身を震わせていたタバサがハッとなってウラヌスの方へと振り向いている。

 表向きの主の大敗、それを間近で見ていてもウラヌスは一切表情を崩すことなく冷たい瞳をギルモアとトーマスに向けたままだ。

 

「左様でございますか、ではここからはウラヌス様がお相手になるということでよろしいですかな?」

「ああ、さっさと始めろ」

 

 ようやく冷静さを少し取り戻していたタバサを押し退ける様にしてウラヌスが席に着く。

 どの道こっちの従者からもチップを巻き上げることには変わりないと内心でほくそ笑みながら、ギルモアはウラヌスにカードの束を差し出していた。

 

(……ごめんなさい)

(謝るのなら自分の未熟さにでも謝っておけ。尤も、今のアンタでさえ全く見抜けないというのならそれなりなんだろう)

 

 まるで歯が立たなかった自分への情けなさと、結果的に相方に任せるしか無くなった現況にタバサは沈んだ声でテレパスを送っている。

 ウラヌスは何ら気にした素振りを見せずに返答し、カードを配る作業に集中していた。

 事前に伝え聞いていたイカサマ、その正体が如何程の物なのかという興味をより強めながら。

 

 

*

 

 

 そして交代してから3度目のゲーム、またしてもギルモアの勝利で終わった中で、

 ウラヌスは手持ちのチップをタバサ以上の速さで一気に減らしていた。

 

「こうも負け続けとはな……」

「ウラヌス様はよほど勝負運に自信がおありなようですな、ですがまだまだこれからでございますとも」

 

 3度のゲーム全てでウラヌスは数千単位でチップを賭けて大勝負に挑んでいた。

 賭博場の目的に合わして考えれば自分が大量のチップを賭ければ何としても勝利しなくてはと行動に移すと睨んでのこと。

 実際、2度目のゲームの役柄は水のラファル・アベニューという普通なら勝ってもおかしくない強力な物。

 だというのにそこでもギルモアはウラヌスの上を行き、ごっそりチップを回収していたのだ。

 トーマスの不安そうな表情が益々強まっていくばかりで、交代して隣に立つタバサもこうまで来てイカサマの全容が掴めずに歯痒そうにしていた。

 

(だがまあ……)

 

 4度目のゲーム開始前にウラヌスはタバサと同じようにPSIを発動。

 今更ギルモアの頭を読んだところでどうでもいいので、タバサが怪しいと踏んでいたカードにトランスを仕掛けてみる。

 本来なら何の変哲も無い紙キレでしかない物の中身を探った所で無意味でしか無い筈なのだが。

 

(……わかってしまえば単純な物か、タバサのPSIを欺ける程度の能力があるということには興味あり、だが)

 

 ウラヌスも特別トランスに優れているというわけではないが、内包しているPSIの絶対量と練度自体がタバサのソレを大きく上回っている。

 故にカードに掛けられているカラクリも何てことないように看破してしまっていた。

 別にタバサと違って自己鍛錬だとかそういう目的も無く、ギャンブルで単純に金稼ぎといったせせこましい目的でもなく

 純粋に興味があったイカサマを暴く為ということでPSIを惜しげもなく使うことに抵抗など無い。

 その上で見抜いたイカサマの正体、この場ですぐに明かしてしまってもいいのだがウラヌスは少しあることを思いつく。

 

「……単調な流れで少し飽きたな、次のゲームはアンタがカードを切ってアンタから提示してくれないか?」

「はあ、それくらいでしたら別に構いませんが」

 

 カードのシャッフルも役の提示も全てウラヌスの側から行っていた、それを今度はギルモアにやってほしいという提案。

 一瞬勘繰ったものの、それくらいなら問題ないだろうと既にギルモアは有頂天になっておりそれを了承。

 カードの束をシャッフルして配り自分の役柄を確認……そしてイカサマとして仕込んでいたあることを行う。

 

「ではわたくしはこのまま、今日は何という豪運でしょうか」

 

 得意げな顔のままギルモアが提示したのは風のロワイヤル・ラファル・アベニュー。

 最強の役柄がカードの変更も無しにこうも連続して出されるなどあまりに不自然極まりないこと。

 それでも最強の火ではなく風で留めたのはギルモアの油断か、火ばかりでは流石に怪しまれると踏んだ遅すぎ且つ稚拙な考えの下でか。

 

「俺の番だな……豪運はどうやらこっちも同じのようだ」

「は――!? そ、そんな……!!」

 

 しかしウラヌスが表にしたカードを見てギルモアは一転して今までの得意げな笑顔を青ざめたものにしてしまう。

 野次馬どころかタバサやトーマスすらも目を見開いた先に提示されたのは同じくカード変更無しでの火のロワイヤル・ラファル・アベニュー。

 タバサが最後に負けた時の光景をそっくりそのままやり返した形となっていた。

 

「そんな、か。まあ金に目のくらんだ有象無象のメイジどもには見抜けなんだろうが、生憎俺には通用しない手なんだよ」

 

 

ポンッ!!

 

 

 カードに対してバーストエネルギーを流し込み刺激を与えたのと同時、ウラヌスのカードが音を立ててある物へと変化していた。

 青ざめどころか顔面蒼白へと切り替わっているギルモアのイカサマの正体、それはカードに化けていたイタチの様な小動物。

 

「これは……エコー?」

「俺のトランスを1度とはいえ跳ね除けた辺り結構な知能を持っているんだろう。尤も、少し強めにしてやったら洗いざらい吐いたがな。こいつらのガキを人質にイカサマに利用するとはまた随分下賤なことをする」

 

 タバサが正体を明かしたその小動物の名称はエコー。

 精霊の力、つまりは先住魔法を操ることができる高度な知能を持った古代の幻獣。

 姿かたちを変える程度の芸当もお手の物であり、従わせることができるのならカードに化けてその都度絵柄を変えて自分の役柄を操作することなど造作も無い。

 ギルモアは別室に閉じ込めている子供エコーを脅迫材料に、何匹もの親エコーをイカサマの道具として利用していたというのが事の真相。

 トランスでそれを見抜いたウラヌスはわざわざ一芝居打ってエコーの精神を操作し、ギルモアと同じ方法でカードを操作し役柄を作り上げていたのである。

 このような回りくどいことをしてまでギルモアに恥をかかせたのは、果たしてウラヌスがタバサと関わってその本質が変わった所為なのだろうか?

 普段のウラヌスらしからぬやり口にはタバサも疑問を感じずにはいられない程。

 

「やっぱりイカサマだったのか!!」

「騙しやがって、吊るし上げだ!!」

 

 そんなことを考える暇も無く、事の成り行きを見守っていた野次馬たちが一斉に雪崩れ込んでくる。

 しかしその前にトーマスがギルモアの前に立ちはだかり、懐から出した短剣で牽制した上で直後にどこからともなく白煙をばら撒いていく。

 それが晴れた頃にはギルモアとトーマスの姿はさっぱり消えて無くなっていた。

 

 

*

 

 

 トーマスの手引きで脱出を果たしたギルモアは薄暗い路地裏を只管に駆けていく。

 絶対にバレない筈だった古代種エコーを用いてのイカサマが見抜かれた事実にしどろもどろで足下がフラついている。

 対照的に手を引くトーマスはどこまでも冷静な表情を崩さないままであったが。

 

「そこまで」

「お嬢様」

 

 しかし逃亡虚しく2人の前に立ちはだかっていたのは2つの人影。

 その内の1人であるタバサは自身の得物である長杖をしっかりと握っている。

 

「どうして抜け道を……」

「風を辿った」

 

 追いつくにしても早すぎると疑問を浮かべるトーマスにこともなげに答えているタバサ。

 地上と比較して通気性の悪い地下施設ではあったが、別にPSI等に頼らずとも風の流れを感じることくらい風を主体とするメイジであるタバサには造作もないことだった。

 

「シレ銀行の鍵、貴方たちの金銭の隠し場所、渡して」

「何故……? お嬢様は王政府側の人間なのですか? どうしてお父上を殺した王家などに……」

「今の私はシャルロットではない」

 

 事情を知らぬトーマスが、嘗て仕えていたシャルロットが自分たちの不正を暴きに来た王家側の人間であることに動揺を隠せないのも無理は無い。

 その理由を明かすことない無機質なタバサの心理の裏にあるのはやはり、トーマスを巻き込みたくないという不器用な優しさである。

 

「……例えそうだとしてもどうかお見逃しを、我らは義賊なのです。あのような行為を働いていたのも貧しい人々の――」

「そこの下賤極まりない男がそのようなことをするクチに見えるか? アンタも薄々気づいてたんだろうが」

「当たり前だろう! せっかく貯めた金を誰がばら撒く様な――ぐげぼっ!?」

「耳障りだ」

 

 醜悪な本性を隠すことすらしなくなり銃を向けてきたギルモアの意識が一瞬で刈り取られる。

 殆ど流れ作業の形でウラヌスはギルモアに肉薄して拳を叩き込み、一瞬で後退してタバサの横へと戻っていた。

 昏倒するギルモアの身を抱えてから側へと動かし、それでいて庇うようにして立ちはだかる。

 ウラヌスの指摘通りギルモアが単に私腹を肥やしているだけだということはわかっていたが、

 それでも自分を拾ってくれた恩人であることに変わりは無く、その忠義に背くことはできないという決意。

 

「お引き下さいお嬢様。如何に優れた従者様と共にいるとはいえ、私も退くつもりはありませぬ」

「貴方の手品は、見抜くことができないくらいに見事だった」

「お分かり頂いているのなら尚のこと……お嬢様と事を構えなければいけないなど、これ以上悲しみは……」

 

 明確な返事など必要ない、動き出したタバサを目にした瞬間トーマスは纏う空気を一変、凄腕の暗殺者の物へと変えていく。

 研ぎ澄まされた技術と感覚の下、杖を構えて詠唱を行うタバサに向けてナイフを投擲。

 回避に気を取られた隙を見計らって懐から煙幕弾を投げ打って視界を封じる。

 魔法を主武器とするメイジがまず行うのは視界の確保、煙を払う為に行動したところを右腕に仕込んだ短剣で素早く懐を取り無力化すればいい。

 ごろつき時代に数多のメイジと騒動を起こした時に切り抜けてきた必勝パターン。

 

 

ドッ!!

 

 

 だがトーマスの予想も虚しい結果に終わったことを告げるのは、鳩尾に勢いよく叩き込まれた杖の一撃。

 手先の器用さに優れ、一般的なメイジの虚を突くことが出来る腕前とはいえ所詮は平民の延長線上。

 ライズを発動し感覚器官を向上させたタバサに煙幕などほとんど効果が無いも同然だったのだ。

 尤も、魔法がメインだという固定観念があった以上、例えPSIが無くともタバサは魔法を囮に直接的な打撃を叩き込んでいただろうし、

 幼少期の可憐なお嬢様というイメージが固定化されていたトーマスに、同類の暗殺者となった今のタバサの考えは見切れなかったのである。

 

「終わったか」

「……(コクン)」

 

 主のギルモアに続いて地に伏せるトーマスの姿を見やりながらウラヌスは声をかける。

 振り向くことなく無言で頷くタバサは気を失ったトーマスを見つめたまま、やはりどこか寂しげな表情を浮かべていた。 

 

 

*

 

 

「アンタにしては甘い処置だったな」

「別に捕縛の命は受けていない、イカサマの正体は既に知れ渡っている、任務は完遂した」

 

 全てを追えての帰り道での会話、あの後タバサはギルモアとトーマスに追加で眠りの魔法をかけた上で街外れの宿屋に放り込んでおいた。

 貸金庫の鍵も取り上げてあるし、2人の身柄を王宮に引き渡すつもりも無かった。

 ギルモアはどうでもいいにしろ、タバサにとっても思い入れの深い相手であるトーマスへのせめてもの情けがあってのことだった。

 

「……あの時、貴方はイカサマの正体がわかっていた、なのにどうしてすぐに明かさず一芝居入れた?」

「別に深い理由は無い。ただ、アンタに恥をかかせて悦に入っているあの無能が慌てふためくさまを少し見て見たかっただけだ、そのくらいの欲は俺にもある」

「見て見たかった……私が恥をかかされたから……?」

 

 目を丸くする隣を歩く少女にウラヌスはそれ以上答えることは無かったが、それを聞いてタバサはほんのちょっぴりだが喜びが込み上げてくる。

 自分の存在そのものを特別視するようになってくれたことはタバサにもわかっていたことだが、

 自分の至らなさ、情けなさが原因だというのにわざわざそのようなことをしてくれたという事実。

 結局のところはウラヌス自身が感じた不快感を拭う為の行動であったのだろうが、その理由に自分のことが含まれているということだけでも感じ方は変わるものだ。

 

「……今回は貴方に任せきりになってしまった、反省しないといけない」

「別に俺は気にしない、それに完全な無駄足というわけでも無かった、あのトーマスという男の話とエコーの存在はそれなりだったからな」

 

 申し訳なさそうに言葉を続けるタバサに対して、やはりウラヌスの表情が崩れることは無い。

 イカサマ暴きで一芝居打つ程度にまで意識するようになったタバサの存在。

 そんなタバサの過去に関わる話を聞かせてくれたトーマスという男に会えただけでも、

 有意義な戦闘が無かった任務とはいえ、ウラヌスは得るものがあったと感じているのである。

 これもまたやはり、ウラヌスが大きく変わったということの証明であろう。

 

(……PSIの鍛練を、もう少し見直さないといけない)

 

 一方でタバサが痛感していたのは自身の能力不足。

 結果だけ見れば自分はイカサマを見抜くのに何ら貢献しておらず、ウラヌスが全てを暴いたようなものだった。

 自分ももっとPSIの素養があればトランスでエコーをの正体を明かせたかもしれないのにそれは叶わなかった。

 思えば基本的に小細工など必要ない、膨大なまでのウラヌスのPSIの力に魅せられて、

 自分の鍛練もバーストやライズに傾きすぎだったのがいけなかったのかもしれない。

 自分のPSIの才能がその2つに傾いていたとしても、だからといって才能に劣るという理由だけでその内の1つを疎かにしていたのは悪手と言える。

 故に、単純な戦闘では片付かない今回の様な大失敗を招いてしまったのだから。

 

(もっと頑張らないと、かあさまやウラヌスの為にも)

 

 いずれにせよ明日からの鍛練はトランスの強化も視野に入れていかなくてはいけない。

 失敗と反省を飲み込み決意を新たにしながら、タバサはウラヌスと共に歩き続けていた。

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