唐突な話になるがウラヌスがタバサの召喚によってハルケギニアへとやってきてからそれなりの時間が経過している。
任務を通して様々な異種族と闘いを繰り広げたり、アルビオンに赴いた際には因縁の相手と予期せぬ再会をしたり。
また、同じPSIの力に目覚めたタバサとの交流も経てウラヌス自身もその人となりにかなりの変化が生じている。
何が言いたいのかといえば要するに、ウラヌスもハルケギニアという世界にそこそこ慣れ始めており、大概のことは受け入れられるようになってきている。
「おんにゃはばかばっかりら!!」
「そうとも、おとこおことにゃんてにゃにもわかっちゃいにゃい~!!」
「…………」
だがそうだとしてもまだまだ理解の及ばないことは多いのかもしれない、それも悪い意味で。
PSIの鍛練を終えて夜も更けた頃、学院女子寮のタバサの部屋へと戻ろうとしていたウラヌスの目に留まった物。
ヴェストリの広場の隅の方にいつの間にか出来上がっていた粗末なテントに大釜、肉の骨や果物の皮といった食べ散らかし。
そしてテントの中にいるのは酒に酔っぱらってヨレヨレ状態、完全に出来上がっている男が2人。
「だいだいなー! 俺はシエスタともルイズとも何にもねーんだってーにょに! それをあいつときたらはなしもきかずー!!」
「そのとーり!! 僕だってケティやモンモランシーとやましいことがあるわけじゃにゃーい!!」
「…………」
ワイングラス片手に空になったボトルに埋もれて互いに愚痴を言い合って意気投合している馬鹿が2人、サイトとギーシュ。
シエスタとの一幕を絶妙のタイミングで見られてしまい、主人のルイズにハイキックの一撃を貰った後にクビを宣告されたサイトは、
行き場も無く沈みきった精神のままこのテントで野宿を決め込み、元凶の一翼を担っているシエスタの世話を受けて飲んだくれているというあまりにも情けない生活スタイルを送っている。
そこをたまたま通りかかったギーシュが仮にも自分を負かした程の男の落ちっぷり、おまけに自分の使い魔のグランモール、土竜ヴェルダンデに絡んでまでいたのを黙って見て居れずに注意しようとしたのだが、
サイトの話を聞いている内にいつの間にか引き込まれてしまい、何故だか一緒になってワインを煽り続ける始末。
そんな状態の所を今度はウラヌスが通りかかったというわけだ。
(……何だこのバカどもは?)
無視して通り過ぎれば良かったのだが、ウラヌスとしても興味対象が混じっていたとあってつい動きを止めてしまっていた。
ギーシュはどうでもいいにしろ、その隣にいるサイトはつい先日もワルドとの闘いを思い返して自分の中での評価が上がっていたハルケギニアで出会った人間の1人。
その相手が何故かこんなところで飲んだくれているのだからウラヌスとしてもわけがわからない。
養豚場の家畜でも見ているかのような軽蔑の眼差し、いつも以上の冷たい瞳に晒されているサイトとギーシュであったがそんなことすらお構いなしに飲むのを止めようとしない。
「あらあらこれは……ってあら、ウラヌス?」
「アンタか……と、タバサ」
「うん」
どうしたものかと微妙な心境になり始めていたウラヌスの下に更に姿を見せたのは意外そうな顔をするキュルケとその後ろから付いて来ていたタバサ。
サイトの現在の惨状について聞き知り様子を見ようと移動していた途中でタバサも合流しそのままこの場へとやってきていたのだ。
ウラヌスがその場いたことに一瞬キョトンとしながらも、キュルケは彼を横目にサイトとギーシュの方へと近寄っていく。
「はぁい、せっかくだからあたしも混ぜてくれない?」
キュルケとしては牽制、軽いジャブみたいな感じでにこやかに笑みを向けて軽く手を一振り。
新たな来客の存在にその段階でようやく気付いたサイトとギーシュは据わった目でジトリとキュルケを見つめていた。
「混ぜてやってもよろしい、ただーし! そのでっかいおっぱい見せてくれたらだ!!」
「断固同意だサイト! トリステインの貴族の名に懸けて断固同意でありまーす!!」
酔い潰れた人間が何を口走るかわかったもんじゃないといういい例なのがよくわかる反応だった。
側でその一幕を無言で見つめるままのウラヌスはもちろん、同じようにしているタバサでさえ内心呆れまくっている。
ギーシュに至っては普段誇りにしているトリステインの貴族としての己の立場を振りかざしての発言なのだから救えない。
「素敵な提案どうもありがとう♪」
ジャブに対する全力のストレート、それを軽くいなしての強烈なカウンター。
ニッコリ笑顔はそのままにキュルケは胸元から自身の杖を取り出し素早く詠唱を行う。
そして次の瞬間にキュルケの目の前にいた馬鹿2人は彼女の放った炎に飲み込まれて、その熱さで身悶えていた。
目の前で死なれても困ると側にいたタバサも手持ちの長杖で詠唱を行い、2人の頭上に水の塊を作り出して燃えるテント共にすぐさま鎮火を行っていたのでそう大事には至らなかった。
「酔いは覚めて? お2人さん」
「「はい……誠に申し訳ございません……」」
笑顔の裏に見えるどす黒い何か、キュルケの謎の圧力に押されたサイトとギーシュは数秒前までのへべれけ振りもどこへやら。
完全に正気を取り戻し、全身黒焦げのまますぐさま土下座をして謝っていた。
「にしてもルイズもルイズだけど貴方もよサイト、いくら行く宛て無いからってこれはあんまりにも情けないと思うんだけど」
「お、俺だって自覚はしてるけどよ……でもしょうがないだろ、実際問題本当に行く宛ても稼ぎも無いんだから……」
両手を腰に当てて前屈み、キュルケの瞳を正面から覗き込めずにサイトは視線を逸らしながら言いづらそうに言葉を紡ぐ。
色々反発し合ったり待遇のあれそれを巡って争ったり最近は幾分かの改善が見られたりと色々あるが、それでも今のサイトの生活権の大半を握っているのはルイズだった。
ハルケギニアにおいては単なる平民でしかないサイトが由緒正しい貴族たちの学術機関であるトリステイン魔法学院に身を置けているのもルイズの使い魔という立場があればこそ。
それを失った今のサイトは本当に今日生きる糧すら1人ではまともに確保できない、最低限食いつないでいられるのもシエスタがいたからこそだ。
「そうやってテント張ってここで一生燻ってるってわけにもいかないでしょう?」
「い、いや、いずれは帰んなくちゃいけねえんだよちきゅ……じゃないええっと、東方のロバ、なんとかってとこに」
「ロバ……ああ、そういえば貴方そこの出身だって言ってたっけ」
外面的には異世界の出身であるということを伏せて東方のロバ・アル・カリイエから来たということにしているサイト。
エルフの住まう地を超えた先にある未開の世界、そこから来たというならハルケギニアで風変わりな説明にもなると学院長オールド・オスマンからの提案であってのこと。
「まあでも帰る方法も見つからないのならいっそこっちで貴族になるっていうのもアリかもしれないわね。ゲルマニアならお金さえあれば貴族の地位も公職も得られるんだし」
「君なあ、いくらなんでもそれはどうかと思うぞ? だからゲルマニアは野蛮だって噂が絶えないんだ」
「あら? 『メイジでなければ貴族にあらず』なんて古い慣習に囚われて年々弱体化していった挙げ句に、その野蛮な国と同盟を結ばないと外敵の脅威にも備えられないトリステインの貴族に言われてもねえ」
何故か途中から口を挟んできたギーシュと言い争いになったりして肝心のサイトがしどろもどろになってしまったり。
両サイドから視線を向けているタバサとウラヌスは相変わらず口を開かぬまま事の成り行きを見守っていたり。
「すみません! 遅くなりました、夕食です……って、ミス・ツェルプストーにミス・タバサに……」
一種独特の空気に包まれる中で急ぎ足で姿を見せたのが、ある意味この状況を生み出した原因の1人でもあるシエスタだった。
パンやら料理の盛り合わせやら新しいワインボトルやらの乗っているワゴンを押しながらシエスタは、その場にいるサイト以外の人物たちの姿を前にして言葉を詰まらせてしまう。
特に一際注目していたのがタバサの横にいたウラヌス、彼女もまた他の学院の平民と同じようにウラヌスのことは並の平民とも貴族とも違う恐怖の対象という認識を抱いていたからこそ。
「あ、あの一体何が……ってサイトさん!? どうしたんですかその傷?」
「あ、ああいやこれは気にしないでホント……自業自得みたいな物で……」
「自業自得でそんなことになるわけないじゃないですか!! ああもう、とにかく……ちょっとジッとしててくださいね」
本人の言うように本当に自業自得であったのだが、だからといって意中の相手が黒焦げ火傷だらけの状態とあってはシエスタも落ち着いていられなかった。
押してきたワゴンを放り出さん勢いですぐさまサイトの方へと駆け寄って身を屈めてそっと彼の手を取る。
ルイズの部屋での時もそうだったが、シエスタは普段は引っ込み思案で押しが弱い性格でありながら一度これと固く決心してしまうと周りが見えなくなるくらいに暴走してしまう。
今もキュルケやタバサ、ギーシュ、ウラヌスと多くの人間の目に晒されているということを忘れ、家族からの言いつけも蚊帳の外でサイトに対して"あること"を行っていた。
「ってうわあ! な、何だこれ傷が……」
「……!!」
「これは……!!」
シエスタがサイトに向けて右手をかざすと突如として発生するのは淡くどこか優しげな感じもする光。
それがサイトの全身をゆっくりと包み込んでいくと、何と彼の体に出来ていた火傷が見る見るうちに治っていくではないか。
その光景に当事者のサイトのみならず、特に強い反応を示していたのが今まで沈黙一辺倒であったタバサとウラヌスの2名。
だがシエスタは周りの視線など全く意に介さず光を放ち続け、3分程の時間をかけてサイトの傷を衣服の損傷以外、綺麗さっぱり元通りにして見せていた。
「ふう……私でも治しきれる程度で良かったです……」
「あ、あああのシエスタさん? 今のはその……」
「そ、そうだねそこのメイド!! 何なのだねその力は!? まさかメイジ……いやそもそも杖も持っていないのに何故!?」
「そうよ貴方、シエスタ!! どうやってサイトの傷を治したのよ!?」
「え……………あ……し、しまったぁあああ!! 使っちゃったああああ!!」
呆然とするサイトとは対照的にグイグイと迫ってくるキュルケとギーシュ。
サイトの傷の治療ができた安心感と達成感も、数秒の間を置いてから天を見上げての絶叫によって何もかも吹っ飛んでしまっていた。
傷や病気の治療を主とする水のメイジであっても、当然杖や秘薬といった媒介物が必要となるのに、
ただ手を翳して光を発しただけで傷を治すなどという芸当を目の前で見せられては当たり前の反応であろう。
「おい、そこの女」
「え、えっとは、はひっ! な、何ですか!?」
だがキュルケとギーシュの声すらも押し退ける様に響いたのが冷たく重みのある呟き。
振り返った先にいたウラヌスの細められた瞳に睨まれたシエスタは飛び上がらんばかりに身を硬直させてしまっていた。
とはいえウラヌスにはシエスタの反応などどうでもいい、聞きたいのは今し方サイトに使った謎の力、その出所について。
「正直に答えろ、どうしてお前が……いや、アンタがそれを使えるんだ?」
「つ、使えるも何もそ、その……お、教えてもらったんですある人から。最初は自分でも何が何だかわからなかったんですが……」
「……使えるようになる前に、多量の鼻血や高熱が発生するといった症状に見舞われたりしたか?」
「え、ええ!? どうしてそれを……?」
2つめの質問の反応を見てウラヌスは、そして隣にいたタバサも確信に至っていた。
接触機会が皆無に等しかったというのを差し引いても、まさか学院内に既に覚醒済みの同類がいたとは誰が予想できたものか。
「もしかして今のが?」
「ああ、間違いなくCUREだ……にしても本当に驚かされたな、まさかこんな身近に、それもコイツを使える奴がいたとは……」
「……ウラヌス、タバサ、まさかこの子も前に言っていたその……PSIって力の使い手なの?」
「あ、あれ? どうして皆さんがそのことを……」
タバサ、ウラヌス、キュルケ、3人の立て続けの反応を耳にしてのシエスタの言葉に確信が正解へと切り替わる。
ライズによる人体の治癒機能の活性化をバーストで波動に変えて他者へと流し込み治療を行う、
限られた才能を持つ者にしか修得できないPSIの力の1つの現れであるCURE。
それをよりにもよって学院のメイドの1人が持っているという事実はウラヌスとタバサだけでなく、ある程度の事情を聞いているキュルケにも驚愕すること。
ただ何も知らないサイトとギーシュの2人だけは何のことやらとチンプンカンプンな様子だったり。
「詳しく話を聞かせろ、お前に力の使い方とやらを教えたのは何者だ? 特徴、名前、知っている限りの情報を全て吐け」
「あ、あああのその……使い方を教えてくれたのはヴィーゴさんという人で――」
「なんだと!?」
「ひ、ひぃ!!」
そして更なる追求を進めようとしたウラヌスの耳に入ってきた名称は彼により強い衝撃を与える物であった。
目を見開き声を荒げるウラヌスの様に驚き身を縮こませるシエスタが確かに言ったその名前、ヴィーゴ。
嘗ての自分の同族の1人、第五星将ヴィーゴの名前がどうしてこんなところで出てくると言うのか。
「え、えっと……ウラヌスさんと同じオレンジの髪で背の高い男の人で……その、会った時は色々あったんですが今は私の住んでいる村で用心棒として働いてもらっているんです」
「あの男がか?」
シエスタの話の内容を聞いていくとウラヌスとしては混乱が強まる一方である。
今の自分もあまり言えたものではないが、それでも聞く限りでは同名の赤の他人なのではないかと言いたくなるくらいのものだった。
天戯弥勒の召集を受けて同じ時期に共にW.I.S.Eへと加入した同類。
あの男は仲間になる前から猟奇連続殺人で全国指名手配されている精神構造がまともとは程遠い人種だった筈。
そのヴィーゴがこんな純朴そのものな一般人相手にPSIの使い方を教え、しかも他者を守るかのように用心棒をしているなど……
「それからしばらくしてだったんです、鼻血と高熱にうなされて……気がついたら無意識下で簡単な傷を治せるようになって……それがPSIという力だということ、その使い方をヴィーゴさんに教えて頂きました。CUREについては専門外だから触り程度しか、とも言ってましたけど……私は神様から貰ったおまじないみたいなものだって……」
「力の使い過ぎで、脳に痛みがあったことは?」
「は、はい何度か……それにこんな力ですから父さまや母さまからは、むやみやたらに他人様の前で絶対に使ってはいけないよって言われてて……」
でも結局使ってしまったんですが、などとうぅーと唸るシエスタの言葉を只管に刻み込んでいくウラヌスとタバサ。
ウラヌスもそうであるし、タバサもヴィーゴという名前が出た時に見せたウラヌスの反応をしっかり目にしている。
それと近い物をつい最近体験したばかり、アルビオン、ニューカッスル城の礼拝堂で姿を現した彼の宿敵だというグラナが現れた時と同じ。
「彼女が言ったヴィーゴという人物、貴方は何を知っている?」
「俺の想像通りの奴ならグラナと同じで昔の仲間みたいなものだ。あの男とはだいぶ関係が違うが」
「グラナって……礼拝堂で君が闘っていたあの男のことかい」
「あいつと同じようなのがシエスタの村にいる……」
タバサの問いに答えたウラヌスのそれを聞いて置いてけぼりだったギーシュとサイトがようやく会話に参加していた。
礼拝堂でのウラヌスとグラナの激闘は2人も知る所であり、その男と関係した相手が身近に存在しているということに対する一抹の興味と恐怖を見せている。
「シエスタと言ったか、アンタの村に連れて行け」
「連れて行けって……いますぐですか!?」
「そうだ」
「そ、そんな急すぎますよ……」
ウラヌスの心境としては居ても立っても居られないといった感じだ。
両目をより一層鋭くして詰め寄るウラヌスにシエスタは恐怖でますます小さくなってしまうばかり。
自分と親しいヴィーゴと只ならぬ関係にあるということは何となく察しがついてもいたのだが。
「あら、ならあたしも連れてってよ、せっかくだしサイトも一緒に。気晴らしにもなるだろうしあたしも興味あるわ、貴方の言ってたヴィーゴって人」
「私も同じ」
「う、うむ……なら僕も行ってみようか」
「ああ、俺も会ってみたいその人に。それに前にもシエスタ、俺に村に来てほしいって言ってたし丁度いいかもな」
「ほ、本当ですか? サイトさんがそう言ってくれるなら……」
口々に似たようなことを言い始める一同であったが、決め手となったのはやはり意中の人であるサイトの一言であった。
そういうわけで唐突に一行のタルブ村行きが決定したのであった。
*
アルビオン首都ロンディニウムの郊外に位置している空軍工廠の街ロサイス。
王立空軍の所有物だったのも今は昔、革命戦争に勝利したレコン・キスタ、今の名を新生アルビオンに占領されてしまっている。
船の原料となる木材、鉄材の置かれた広い空地や、原料の加工を行う製鉄所、造船所といった施設の立ち並ぶ中、
一際目立つ外観をしているのが見せつけるかの如くレコン・キスタを象徴する三色の旗が翻る赤レンガの発令所。
そのすぐ傍らに停泊しているのは嘗てその名をロイヤル・ソヴリン号と言った、現在は新生アルビオン本国艦隊旗艦である『レキシントン』
全長200メートル近い一際巨大な帆走戦艦は突貫工事の真っ最中だった。
「うむ、我ら新生アルビオンの旗頭として実に相応しく猛々しい船ではないか、どうかね艤装主任? これさえあればアルビオンは愚かハルケギニア中をどうにか出来そうな気分にさえなってしまうとも」
「何とも我が身にありあまる光栄ですな」
工事の様子を見守るいくつかの人影、その内の1人は新生アルビオン、レコン・キスタのトップであるオリヴァー・クロムウェル。
多くの犠牲を払った先に遂に手にした一国の主という地位に酔いしれながらの夢見がちな物言いであった。
その傍らで硬い声で同意を示しているのが艤装主任と呼ばれた軍人、サー・ヘンリー・ボーウッド。
先の革命戦争でもレコン・キスタ側の巡洋艦艦長を務め多大な戦果を挙げた優秀な男だ。
「見たまえこの立派な大砲を! 君への信頼を象徴する新兵器、アルビオン中の錬金術師をかき集めて鋳造された長身砲だ。しかもこれには――」
「あー、確か俺のバックの技術も取り入れられてるんだったな」
そしてその場にいたのはもう1人、興奮気味に捲し立てるクロムウェルとは対照的にどこか興味無さげに呟くグラナである。
クロムウェルが説明しようとした通り、レキシントンの主砲にはグラナの背後に控えているガリア王国の最新技術も一部投入されている。
スペック上の見立てではトリステインやゲルマニアの一般的な戦列艦のカノン砲の1.5倍程の射程を有している。
裏でそのような技術支援を行っているのもグラナの主である男、ジョゼフの思惑が絡んでいるからこそでもあった。
「成る程、かの大国ガリア手ずからの技術とあれば信頼度も折り紙付きでしょうな」
「そう言うなよボーウッド。その辺に関しちゃあっち任せで俺は何にもしちゃいねえんだ」
謙遜なのかそれとも本当に興味が無いだけなのか、グラナの返答にボーウッドはクロムウェル共々懐疑的な視線を向けている。
実の所を言うとこのボーウッドと言う男は表向きは従順なフリをしているものの、心境的には今は無き王党派の方に傾いていたりする。
自身の所属していた艦隊の上官がレコン・キスタへと寝返ったのでそれに追従してのこと。
彼は生粋の軍人でもあり上官の命令は絶対、個人の心情など二の次であると考え忠実に己が任をこなしてきただけ。
そのような性格もあってか、はたまたクロムウェルが単に人を見る目に劣っているだけということもあるのかもしれないが、
ともかくボーウッドはそういう感じで今日までを生き延びてきているのである。
「これで正にロイヤル・ソヴリン号は文字通り無敵の艦ということになるのでしょう」
「ミスタ・ボーウッド、今はレキシントンだよ。何せ今のアルビオンにはもう王権は存在しないのだから」
なのでわざと王軍時代の艦名を口に出して皮肉を言ったりもしてみる。
愉快そうに笑いながら咎めてくるクロムウェルという今の上司が軍人としてのボーウッドはともかくとしても、
ただの一個人としては忌むべき王権の簒奪者としてどうにも気に入らなかった。
「しかしよろしいのですか? いくら他国の王族の結婚式に出席するとあっても、このような大砲を積んでいっては下品な示威行為と捉えられる可能性もありますぞ」
続け様にボーウッドが咎めるのが、今は不可侵条約を結んでいるトリステイン、その王女であるアンリエッタの結婚式に際する親善訪問について。
新生アルビオン共和国の国賓としてクロムウェルは招かれており、その御召艦が目の前のレキシントン号なのである。
なのにそんなタイミングでわざわざ長距離砲を含めた軍事改良をしていたのでは、トリステインに余計な恐れを抱かせるだけではないのかと。
「そういえば君にはまだ説明していなかったね、今回の親善訪問に置ける我らの役割を……」
その疑問に対してクロムウェルはボーウッドの耳元にそっと囁くようにして答えを返していた。
そしてクロムウェルの語った内容を耳にした途端、ボーウッドの目が見開かれて内に溜めていた感情が爆発する。
「馬鹿な!? そのような破廉恥な行為を平然と行うというのか!!」
「これも軍事行動の一環なのだよ」
「不可侵条約を結んだ他国相手にそのような蛮行、長きに渡るアルビオンの歴史の中にもありますまい!!」
「口を慎みたまえミスタ・ボーウッド、議会が決定し余が承認した以上、これは覆せぬ決定事項なのだよ」
政治が決めたことだという一言を切り出されてしまってはボーウッドもそれ以上批判を言えなくなってしまう。
先にも述べたように個人としては納得いかずとも、一軍人としてはどこまでも上層部に忠実な一振りの剣でしかないのである。
「なに、ハルケギニア統一という大義の下では些細な事でしかない。それにいざとなればグラナ殿もいらっしゃる、我らが敗れる要素など少しも――」
「いや、俺は参加しねえからな?」
「は――――?」
ふわあと大欠伸をかましながら言い放ったグラナの一言は、有頂天だったクロムウェルには冷水をぶちまけられたかの如し。
新生アルビオン共和国としてもこれ以上ない戦力である男がよりにもよってこの段階で協力を拒否してきたのだから。
「ど、どういうことですかグラナ殿!! 以前から王党派打倒後も貴方方は――」
「契約は基本俺の好きにさせるって約束だったろ? ガリアからの支援自体は変わらず続けてやるが俺がどうしようとお前にとやかく言われる筋合いはねえな」
「ぐ……た、確かにその通りだがよりにもよって我ら新生アルビオンの門出となる作戦で……!!」
「興が乗らねえんだよ、別にお前らが何しようがそっちのボーウッドみてえにあーだこーだ口挟む気はねえけどこういうのは趣味じゃねえ」
どこかテンション低めにつらつらとグラナは述べていくばかり。
グラナとしても主であるジョゼフへの報告やら、再会したウラヌスのことやらで個人的な事情で忙しくなってきているので、
今更自分がクロムウェルから伝え聞いているトリステインへのある作戦に参加する気など最初から無かったのである。
グラナ個人としては自分で言ったように、例えクロムウェルがどのような卑劣、卑怯を重ねようが特に咎めるつもりは無い。
闘いとは常に公正名大、正々堂々と行われることなどあり得ず、寧ろ如何様な状況に晒されようが切り抜けるだけの力を持ってない方が悪いと考える。
単にグラナとしてはその手の正義感や戦士としての矜持とかでなく今回のクロムウェルの提示した作戦が自分好みじゃないというだけであった。
「しばらく俺は外すからな、まあトリステインとの戦力差を考えれば失敗はしねえと思うが精々頑張れよ」
「グラナ殿……!」
まだ何か言いたげなクロムウェルに背を向けてグラナはすたすたと歩き始める。
主の命で手を貸しているレコン・キスタであるが、どこまでも自分本位で自由気ままなのはある意味で宿敵として追ってきているウラヌスに共通している部分なのかもしれない。
「待てグラナ殿」
「んあ、どうした? お前も何か言いたいことでもあるのか?」
そのグラナを呼び止めたのがすぐ隣で唸っているクロムウェルの横に立つボーウッド。
軍人としての厳格な顔はそのままに、足を止めて振り向くグラナに更なる問いを投げかける。
「いや、作戦参加の是非は問わない。ただ……貴方ほどの力の持ち主が、何を考え我らに協力してくれているのだ?」
「何をって言われてもなあ……半分くらいはお前と同じだよ、上の命令だから従っている、そんなところだ」
何てこと無いように答えるグラナの言葉を聞いてもボーウッドの中での疑問は晴れきらない。
今の自分のトップであるクロムウェルも重要視し、一度だけ自分も直接目にした事のあるグラナの圧倒的な力。
伝説と名高い虚無の属性、命の理を捻じ曲げるクロムウェルの力さえも上回っているかもしれないだろう実力者が、
如何に自分本位で気まぐれとはいえ、自分たちに協力しているのかがわからないのだ。
「逆に聞きてえんだがよボーウッド、お前はこんな俺のことどう思っている? 別に怒ったりチクったりしねえから正直に答えてくれよ」
「……率直に言わせて貰うなら私は貴方に恐ろしさすらも感じている。あのような力を個人で操るなどハルケギニアではエルフですらそうはいない……人間とは根本的に何かが違う化け物にすら見える」
どこまでも実直に己の本心を明かすボーウッド。
何せ彼が見たグラナの力の一端というのが、空に爛々と輝く太陽から光を降り注がせ、
王党派の艦隊の大半を焼き尽くし消滅させるなどという常識はずれも甚だしい物だっただからだ。
そんなことが出来る者をボーウッドは少なくとも同じ人間とは思えなかった。
「……そうかい、ま、それが普通の反応だろうよ、"こっち"でもな」
事前に言ったように特に何かを返すことなくグラナはそのまま手を振り背を向け直して去っていく。
だが直前に見せた表情の変化……普段は豪快に笑い幾度も表情をコロコロと変えるグラナがその一瞬だけは仮面のような無表情になっていたことをボーウッドは見逃さなかった。