「諸君、決闘だ!!」
何やら妙な珍事に巻き込まれたものだと、眼前で行われている光景を前にウラヌスが率直に抱いた感想がそれであった。
魔法学院西側、火の塔と風の塔の中間に位置しているヴェストリの広場と呼ばれている中庭に集まる者たち。
野次馬目当ての大勢の貴族と同じようにタバサ、キュルケ、ウラヌスが見つめているのは、一定の距離を置いて相対する男が2人。
片方はギーシュ・ド・グラモンというフリル付きのシャツに薔薇のワンドを手に持つキザッたらしい生徒。
反対側に立つのは如何にも不機嫌そうな顔を浮かべている、ウラヌスと同じ人間の使い魔であるサイトだ。
「にしても、ギーシュもホントくだらない理由で決闘なんて吹っかけるわよねえ。誰がどう見ても悪いのはあっちの方だってのに」
「二股だの男女の恋愛感情だの、そんな些末なことなど俺にはどうでもいい」
「あら? ウラヌスって意外と初心なのかしら」
「黙っていろ」
キュルケは隙あらば何かにつけて含みのある笑いを浮かべてウラヌスに言い寄っているが、相変わらず何の効果も成していない。
一応の召喚主であり、キュルケの親友でもあるタバサは言ったところで無駄だとわかりきっているので無視を決め込んでいる。
そもそもウラヌスは朝食の時と同じように、タバサが昼食を終えるまで食堂の外で待っているだけの筈だった。
ところが、何やら中が騒がしくなってきたかと思えば先のギーシュが真っ先に飛び出てきたのを皮切りに、食堂の中の大半の人間が同一の場所を目指して移動を始めた。
何が起きたのかとウラヌスが様子を探ろうとすれば、続け様にやってきたキュルケにタバサ共々ヴェストリの広場へと連れられてきて今に至る。
どうして決闘なんぞと言い始めたのかと理由を問いただしてみれば、客観的に言ってその理由は実にくだらなすぎるもの。
サイトが親切で拾った香水の瓶がギーシュの恋人の物であり、それが発端となって浮気相手と恋人双方にバレて赤っ恥をかいたという。
で、半ば逆ギレ気味にギーシュが決闘を言い始めてこのような事態になっている。
「フン、脆い誇りもあったものだ」
「来たばかりの貴方にはわかんないと思うけど、トリステインの貴族ってああいう融通の効かない頭でっかちさんが多いから」
だから年々弱体化の一途を辿ってるのよねえ、などと冷ややかに言い放つのはキュルケが多数の国家を強引に統一して誕生したゲルマニアの出身ということもあるか。
尤も、ハルケギニアの貴族の常識がどうこうを抜きにしてもウラヌスからすれば目の前の決闘と称されているこの催しはくだらないの一言に尽きる。
決闘、言い換えれば自分が何よりも渇望している闘いというやつだが、闘いそのものが目的と化しているウラヌスには一々そこにあれこれ理由を求める意味が理解できない。
男女のいざこざだの貴族のプライドだの、サイトがウラヌスと同様にハルケギニアの常識外の存在だの、全ての要因がウラヌスにとっては無関係、余分なノイズに等しいことでしかない。
勝つか負けるか、強いか弱いか、闘いに求められるのはそういったシンプルな理屈だけでいい。
故に、周囲に集まっている娯楽欲求を満たすために沸いている貴族たちもまたウラヌスにとっては有象無象でしかなかった。
「まあいい、さっきも聞いたがそっちの金髪のガキもメイジなんだな?」
「そう、土属性のドットメイジ、一般的な魔法使いとしての指標と見てもいい」
「軍人家系の生まれとか言うけど、正直ギーシュじゃそんじょそこらの御坊ちゃんと同じでしょうし」
そこまで冷ややかに思っていながらどうして大人しくキュルケとタバサと一緒にいるのかと言えば、これもまたウラヌスにとっての未知である魔法とメイジの観察の為。
ガチガチに形式張った物ではあるが、実戦という形で魔法を使うメイジを直接目にするのはウラヌスには初めてのこと。
決闘者の1人であるギーシュはドットメイジ、トリステインで最も数多く存在する一般的なメイジの階級を持つ者。
つまり、ウラヌスが未だ憶測でしか考えていないこの世界のメイジの実力をより正確に把握するための丁度良い機会だと思っていたのだ。
いずれは自分の闘いの相手となる者たち、その為の情報収集であることを想えばどれだけくだらなかろうがウラヌスにとって価値ある物となる。
「逃げずに来たことは褒めておいてやるよ使い魔くん」
「はんっ、情けねえ二股男相手に誰が逃げるかっつーの」
「その減らず口もすぐに聞けなくしてやろう、では始めるか」
そうこうしている間にギーシュが薔薇のワンドを高々と掲げて決闘の開始を宣言する。
その瞬間、先手必勝と言わんばかりにサイトが駆け出しギーシュに一気に近づいていく。
この世界に呼び出されて以来、主に主人であるルイズからの扱いもあって鬱憤が溜まりに溜まっていたサイトは、
そのキザッたらしい鼻っ柱をへし折ってやると勢いを込めて拳を振り上げていた。
対するギーシュは全く慌てる素振りを見せず、優雅に薔薇のワンドを一振り。
「うおっ!? 何だこりゃ!!」
「僕の二つ名は青銅、『青銅のギーシュ』だ。よって君のお相手はこの青銅のゴーレム、ワルキューレが務めるとしよう!!」
散った1枚の花弁が瞬く間に姿かたちを変化させ、甲冑姿の女戦士を模した人型、ギーシュの2つ名通りの青銅のゴーレムへと生まれ変わる。
丁度ギーシュの眼前に彼を守るようにして現れたワルキューレによって勢い勇んでいたサイトの進撃はすぐさま止められることに。
いきなりの事態に呆けてしまったサイトであるが、勿論今は決闘の真っ最中、敵を前にして棒立ちの相手を見逃すほどギーシュも愚かではない。
「予想だにしてなかったという顔だね? 仮にも僕はこの魔法学院に通うメイジ、魔法で戦うのは当然のことさ!!」
「は――げふっ!!」
ギーシュの操作によってワルキューレの右拳がサイトの腹に容赦なく叩き込まれる。
力も速度も特に込められていない素直な軌道の攻撃でしかないが、曲がりなりにも青銅という金属の一撃、生身の人体に直撃すればタダではすまない。
それをまじまじと見せつける様にサイトは情けなく広場を転がりながら倒れ込んでしまう。
みしりと鈍い痛みの走る腹部の所為で頭がクラクラし、まともに立ち上がるのも覚束ない。
「どうしたね? たった一撃でもう降参かい?」
苦しみ呻くサイトを前にギーシュは正にご満悦といった感じに笑みを浮かべている。
ハルケギニアという世界において貴族と平民の間には絶対的な権力差がある。
それを少しでも犯そうというだけで平民は殺されても決して文句は言えないというのが常識。
つまるところギーシュからして見ても、決闘という形式の下で生意気な平民に少し躾をしてやっているくらいの感情しか抱いていない。
周りの野次馬にしても、平民が一方的に自分たちの力である魔法で痛めつけられるのを見て楽しんでいるだけ。
サイトの様な現代人からすれば胸糞悪くなる所の話ではないが、ハルケギニアではこれが普通なのである。
そういった感情を持っていないのは期待外れだとでも言わんばかりの冷めた視線を向けているキュルケと、すぐ側で冷たい無表情のままでいるタバサとウラヌス。
「ギーシュ何やってるの、いい加減にしなさいよ!!」
「おや、ようやくご登場かいルイズ」
「もう十分でしょう? 大体貴族の決闘は禁止されてるでしょうが!!」
「それは貴族同士の場合だ、貴族と平民が決闘することには何の罰則も無い!!」
そしてやっとこの場に息を切らしながら駆けつけてきたサイトの主人であるルイズ。
貴族は平民に逆らえないという常識はルイズにとっても同様であるし、決闘にしたって出来の悪い使い魔が勝手に乗っただけというくらいにしか考えていない。
「それともルイズ、まさか君はその平民が好きなのかい?」
「だ、誰がよ!! 自分の使い魔がみすみす怪我するのを黙って見ていられるわけがないじゃない!!」
高揚した気分はそのままに、からかうように言い放つギーシュの言葉にルイズは言葉を詰まらせ顔を真っ赤にさせる。
どんなに生意気だろうが貴族への礼儀がなってなかろうが、ルイズにとってサイトという少年は自分の使い魔なのである。
だからこそ、こんなまるで見せ物の様に一方的に自分の使い魔が嬲られるということに我慢がならなかった。
「わかったでしょ? もう降参しちゃいなさいよ。平民は貴族に絶対勝てないの」
「ちょ、ちょっと油断しただけだっつーの……いいからどいてろ」
「バカ!! どうして立ち上がるのよ!!」
「……下げたくない頭は、ぜってー下げたくない、そんだけだ」
ルイズの心境など知らずに立ち上がったサイトは尚もギーシュと彼の従えるワルキューレを真っ直ぐに見据えている。
とはいえ、闘志があろうともサイトは一般的な年頃の少年、喧嘩の経験があるわけでも無し。
口ではルイズを安心させるように強気なことを言ってはいるものの、それで実力差が埋まるわけでも無い。
続けられるのは決闘と呼ぶには程遠い、ギーシュやその他多くの貴族が望んでいた見せ物。
ワルキューレの青銅の拳がサイトを捉える度に、鼻が折れ、腕の骨が折れ、全身は傷だらけになり、右目が真っ赤に腫れ上がって視界を塞ぐ。
見るも無残な姿へと変わり、それでも尚立ち向かうことを止めようとしないサイトの姿にルイズは涙目になっている。
「……拍子抜けだな。素人のガキ相手とはいえやはりこの程度か」
そんな中、徹底的にワルキューレに痛めつけられるサイトのことを馬鹿にして嘲笑う声が大半の中で冷ややかに呟かれる一言。
ウラヌスもまた期待外れだとでも言わんばかりの感情を込めてギーシュのことを細められた目でジッと見つめている。
殆ど時間をかけずに青銅製のゴーレムを作り出して見せたクリエイト力には多少の関心があったが、
その後にやっていることといえば素人相手に素人が素人丸出しの動かし方で人形を操り相手を追い込むことだけ。
使っているワルキューレ、青銅のゴーレムも何の工夫も機能も無い存在。
それを1体、2体操れる程度の能力が、この世界で言う一般的なメイジだというのならウラヌスにとっては残念極まりない事実である。
あんなド素人を相手にするくらいなら、出来損ないの禁人種でも狩っていた方がまだ有意義だろうと。
「これだけやられても尚噛みつく度胸があるのならそれを手に取りたまえ」
「ダメよサイト!! 絶対にダメ!! それを握ったら今度こそギーシュは容赦しないわ!!」
そんな中で決闘は進み、ギーシュが自身の魔法で1本の剣を形成してズタボロのサイトの前へと放り投げる。
自分の勝利は目に見えている、だけどもこのままずっと自分が圧倒するだけではつまらない。
だからこそ少しでも変化を与えてみようとほんの気まぐれでサイトに武器をくれてやることにしたのだ。
涙目で懇願するルイズを他所に、サイトはそれでも諦める素振りなど少しも見せず、目の前に転がる剣をその手に取る。
「……? 今度は何だ……?」
「ちょっと待ってタバサ……何なのあの子、凄い」
だが、ギーシュにとってもサイトにとっても、その他の誰もが予想だにもしない事態が起こることになる。
剣を手にしたその時点から一変した空気、ギーシュが尚も杖を振るって合計7体までその数を増やしたワルキューレ。
ギーシュの指示で一斉にサイトに向かっていってトドメを刺す筈だったその内の5体が目にも止まらぬ速さでバラバラに切り裂かれたのだ。
眼前に立つギーシュも、その他の多くのメイジ達も何が起きたのか全くわからない。
極々一部の闘いの心得がある者、キュルケはサイトの余りの変貌ぶりに目が点となっているし、無表情のままのタバサでさえ心内では僅かだが感情が波打ち出っている。
「おい、あのガキは何かしたのか」
「わからない。あんな風にいきなり強くなるなんてこと、私は見たことない。考えられるのは――」
「アイツの左腕でやかましく光っているアレ、か」
ウラヌスは視線だけを動かして尋ねてみるも、タバサにもわからないことだったらしい。
本人が気付いているかは知らないが、サイトが剣を手にした瞬間に光り始めた左腕の使い魔のルーン。
恐らくはそれに何か秘密があるのではないかとタバサとウラヌスは睨んでいたのだが。
(ライズ……とは違うか。あの桃髪のガキといい、説明と食い違う事象が多すぎるな)
急激に身体能力を高めるという術に心当たりが無いわけではないウラヌス。
とはいっても、今のサイトが発揮している力は自分が使うPSIのライズともまた違う物だろうとすぐさま判断する。
第一、もし最初からそんな力を持っているならここまで追いつめられるまで使用しないというのは不自然すぎる。
故に、サイトの変貌は意図しない偶発的なの物なのだろうという考えもウラヌスには浮かんでいた。
「まだ続けんのか?」
「ま、参った……僕の負けだ……」
と、そうこうしている間に残り2体のワルキューレも粉砕され、眼前に迫ったサイトに剣の切っ先を向けられたギーシュはヘナヘナと尻餅をついてしまっていた。
やるじゃないかあの平民だとか、情けないなギーシュだとか、番狂わせの決闘の結果に周りが騒ぎだす中、サイともまたその重傷の所為で倒れ込んでしまう。
大慌てでルイズが駆け出してきてサイトの体を支える中、これまた周囲とは違う感情を向けている者たちが約3名。
「……うふふ、ウラヌスもカッコいいけど、ルイズのあの使い魔、やるじゃない。何かしらこの気持ち、久々に燃えてきたわ……!!」
「…………」
「茶番だな、あの金髪のガキもあの程度の動きに付いていけないとは」
自身の二つ名である「微熱」の名にふさわしい情熱的な恋、それこそがキュルケの求めているもの。
そしてサイトはドットとはいえ完全に実力でメイジを圧倒して見せた実力者。
その事実だけでもキュルケの気持ちを燃え上がらせ、サイトへの想いを一気に強めるのに十分すぎるものであった。
対して、情熱的な赤と対になる様に平静を保ち続けているのが2つの青、タバサとウラヌス。
無言のままサイトたちを見つめているタバサの心情は計り知れないが、ウラヌスの方はただ一言ぼそりとつまらなそうに決闘に対する感想を述べる。
ギーシュもそうであるし、ギーシュのゴーレムを圧倒したサイトの実力もウラヌスの心を動かすには至らない。
下級の禁人種程度ならどうにかなるかもしれないが、少なくとも自分含めた星将クラスの実力者には到底及ばない物でしかない。
如何に突然強くなろうが、ウラヌスにとってはそこまで物珍しいものでも無かったのである。
一所の目的も終えたのだしこれ以上この場にいる理由も無い、そう思ってウラヌスは他の生徒たちと同様に学院へ戻ろうとする。
「ふざけるな!! 平民が貴族に勝つなんてありえない!! こんなの僕は認めないぞ!!」
が、その段になってまるで空気を読んでいない新たな怒声が響き渡るのと同時に、人ごみの中から1人のメイジが現れる。
その姿に見覚えのあったキュルケとタバサは反応を示し、学院へと向かっていた足を止めて停止する。
「知り合いか?」
「ええ、1年生の頃に私とタバサで一悶着あった子、ギーシュなんかよりよっぽどどうしようもない高慢ちきのヘタレよ」
尋ねてきたウラヌスに対してあまりに酷い物言いではあるものの、別段キュルケの言い方が間違ってもいないのは事実だった。
人ごみから現れた生徒の名はヴィリエ・ド・ロレーヌ、貴族の中でもそれなりに名の知れている由緒正しい家系の生まれで風のラインメイジ。
そして性格は正に貴族そのもの、自分の実力を鼻にかけて立場が下の者は徹底的に見下すイヤミったらしい性格の持ち主。
1年生の時点でラインクラスであった彼は、嘗てタバサを挑発し決闘を吹っかけたが惨敗するという醜態を晒したことがある。
挙げ句それを逆恨みし、同じくキュルケを憎む女生徒たちを手を組んでキュルケとタバサを罠に嵌めようとしたりもしたのだが、
2人にはあっさり魂胆を見抜かれて吊るし上げを喰らって恥の上塗りをしたばかりか、キュルケとタバサが親友となるキッカケ作ったりもしていたりする。
「ルイズ、今すぐその平民を立たせろ、今度は僕が相手になってやる」
「なっ……! 馬鹿言わないでよ! どう見たってそんなこと出来る体じゃないくらいあなたにもわかるでしょ!?」
「そうだヴィリエ、僕が言うのもおかしな話かもしれないが今の彼は傷だらけだ。そんな相手に決闘で勝ったところで何にもならないだろう」
「知ったことか。貴族の品格に恥を塗った分際で。それを僕が取り返してやろうというんだから感謝してほしいくらいだ」
ルイズとギーシュの反論もどこ吹く風、あまりにも無茶苦茶な理論をヴィリエは言い捨てる。
典型的な貴族絶対主義者、平民が何人死のうが全く心を痛めない傲慢なまでの言い草である。
ルイズとギーシュからすればたまったものではないが、何度も言うようにこういうことはハルケギニアでは決して珍しいことではない。
現に、再び沸き始めた生徒たちが誰1人としてヴィリエを止めようとしないのがその証拠であろう。
「全く、相変わらず懲りないのねアイツ――え?」
「…………?」
この事態は嘗てヴィリエと関わり合いになったキュルケとタバサにも流石に看過できるものではなかったらしい。
お構いなしに杖を振り上げて魔法の詠唱を始めていたヴィリエの凶行を止めようと動き出そうとした時に気付いた違和感。
今までずっと自分たちと共に事の行く末を見つめていた筈の男の姿が消えている。
ゴォン!!
「な、なにぃ!?」
「やめ――き、君は……?」
「きゃ……! えっ……?」
ヴィリエの杖先から放たれるエア・ハンマー、圧縮された風の弾丸は狙いであるサイトには当たらずその遥か前で轟音と共に虚しく霧散する。
サイトを庇うようにして視線を逸らすルイズ、そのすぐ側でヴィリエを止めようと駆け出そうとしていたギーシュ、
そして魔法を放ったヴィリエに立ち塞がるのは、オレンジの髪と青色のマフラーをたなびかせ、白いロングコートに覆われた右手を突きだしてエア・ハンマーを防いだウラヌス。
突然の乱入者の出現に大半の人間が混乱状態にあった。
「……は、はは!! 誰かと思えばミス・タバサの使い魔じゃあないか? 涙ぐましい物だね、平民同士傷の舐めあいかい?」
「…………」
「けど1発マグレで防いで見せたくらいでいい気になるなよ、僕はギーシュなどと違って風のラインメイジ、学院でも有数のエリートの1人なんだからね」
少しでも闘いの心得が、そうでなくとも人間の感情に対する理解があれば誰もが目の前の無言の男の違和感に気付けたはずである。
それが出来なかったのはヴィリエにその手の能力が不足していたということ以上に、乱入者の正体が彼にとって憎いタバサの使い魔だからということが大きい。
1年生の頃に2度も自分のプライドを傷つけられたと消えることない逆恨みを抱き続けていた彼にとって、タバサがゼロのルイズと同じ平民の使い魔を呼んだということだけでも実に愉快なことだったのだ。
その蔑みとしてピッタリの相手がわざわざ自分からノコノコとやってきてくれている。
であるならこれは自分の汚名を漱ぐ絶好の機会、タバサの使い魔であるウラヌスを今度は自分が痛めつけることによってタバサに辛酸を舐めさせてやろうという腹積もりだったのだ。
「貴族の決闘を邪魔した以上容赦はしないよ、君もさっきの平民と同じ目に――――ごはぁっっっ!!??!?」
哀れにもヴィリエがその過ちをようやく悟ったのが、自分の体が高々と宙へと舞い上がり地上へと叩きつけられた時だった。
多くの生徒たちには何が起こったのか、サイトが怒涛の反撃を開始した時以上に理解が出来なかった。
何故なら気付いた時にはヴィリエが地面に落下し、目の前にいた筈のウラヌスが右の拳を握りしめたまま硬直していたからだ。
「……気晴らしにもならん、お前程度でエリートだと? 冗談も休み休み言え」
「ぐぶっっっっ!!!!」
だというのにウラヌスは先の一撃で既にロクに体を動かせない状態で仰向けに倒れているヴィリエに強烈な蹴りの一撃を叩き込む。
またしてもヴィリエはされるがまま、地面を数十メートル程転がりながら全身を打ち付けて停止し、あっという間に意識を失ってしまう。
サイトとギーシュとの決闘の時の様な歓声など上がる筈も無い、誰もが呆然とその一瞬の光景を見つめるばかりであった。
「わかるか? 結局の所、お前らの言う決闘など子供の遊び、ガキの喧嘩だ、殺す価値すらありはしない。そんなこともわからずに偉そうなことをほざくな、はっきり言って耳障りだ」
ギンッと効果音が聞こえてきそうなくらいの鋭さを込めた瞳と共にウラヌスはその場にいる生徒たちに吐き捨てる。
たったそれだけの行動、魔法もPSIも関係ない筈なのに、ウラヌスから発せられた言い知れぬ重圧に当てられて生徒たちはゾクリと背筋が凍える思いでいた。
「戻るぞ。全く時間の無駄だった」
「え…………ええ…………」
それで終わりだという風にウラヌスはすたすたと歩き始め、その後ろからキュルケとタバサが慌てて付いていく。
キュルケの顔に浮かぶのも他の大半の生徒と同じ物。
今までウラヌスに抱いていた感情も、サイトに対して燻り始めた情熱も何もかもが軽く吹き飛ぶほどの衝撃。
キュルケでさえ、ウラヌスがヴィリエを殴り飛ばしたという事実以上の認識が出来なかった。
本当に文字通り消えたようにしか見えなかったからである。
如何に地位だけで威張るボンボンのライン崩れ相手とはいえ、曲がりなりにも魔法を使うメイジの1人。
それを相手にしてあの早業と一瞬の決着、そんな光景は勿論キュルケも見たことは無い。
もしかして自分の親友は想像以上にトンデモない者を呼び寄せてしまったのではないかという恐怖すら生まれ始めていた。
(バーストどころかライズを少し解放しただけであのザマか。あれで並より優秀とは本当に拍子抜けだ……やはりコイツらと闘ってみるしかないか?)
で、件の張本人であるウラヌスが考えていることと言えば相変わらず自分の興味関心について。
クールで冷淡、戦闘狂の気質もあるウラヌスだが、別段そこまで気が長いというわけでも無い。
それに偶然とはいえ異世界に呼び出されたが、それっきり自分の最優先目的である闘いが出来てなかった。
つまりぶっちゃけて言えば退屈していたということ。
だからヴィリエの乱入にかこつけて、メイジ相手の実戦での感触を掴むという意味も込めて相手をしてやっていたのである。
決して、サイトやルイズ、ギーシュのことを庇ってだとかそんな気持ちは1ミリも含まれていない。
それでもって結果はご覧の通り、自身の能力の代名詞でもある
つまりほぼ純粋な己の身体能力による2撃で決着をつけていたのである。
ウラヌスからすれば拍子抜けどころの話ではない、こんなものでは禁人種以下の以下だ。
退屈凌ぎどころか余計に不満を溜め込んでしまいながら、ウラヌスは自身の渇きを満たせるかどうか、キュルケやタバサに意識を向けながら歩みを進めている。
(……さっきの彼、全然本気じゃない、遊びにもなっていない)
残るタバサが思い浮かべていたのは前を歩くウラヌスに対する興味の高まり。
お前に負けることなどまずない、堂々と言い切った男が初めて見せた実力のほんの一端。
トライアングルメイジにして数々の危険な任務や実戦を潜り抜けてきたタバサでさえ、
ウラヌスの攻撃はどうにか目で追えたというだけに過ぎなかったのだから。
実際に自分があの攻撃を受けたら全く防げないということは無いだろうが、
それでも防御にはかなりの技量を要するだろうと睨んでいた。
そんな一撃でさえ、ウラヌスにとっては戯れにすらならない物なのだろうから、その実力の底などまだまだ見える筈も無い。
(…………もっと見てみたい、この人の実力……朝に出していた氷の弾丸や純粋な身体能力……その秘密を探ればきっと……)
ギュッと愛用の長杖を握る力が強まるのがわかる。
ウラヌスが全く本気ではないということは、早朝にタバサが窓の外で氷結能力を使っていたウラヌスの姿からもわかっていたことだった。
先住の魔法かマジックアイテムかはわからないが、ウラヌスが言ったように魔法とは別系統の力によるもの。
自分でさえあれほどの氷の魔法を行使するには相応の時間と魔力が必要なのに、それを終えて戻ってきたウラヌスはケロリとしていた。
まだまだわからないウラヌスの真の実力、それを間近で見、吸収することが出来れば自分が強くなるためのきっかけになるかもしれない。
決して譲れぬ目的の為、強さを求めるタバサはウラヌスに対する興味を益々強めていくのであった。
これがジュナスやドルキだったらものっそいスプラッタなことになっていたかも、
なんてことを書いている最中に考えてしまった。