一行は港町ラ・ロシェールの更に奥地、シエスタの故郷であるタルブ村へとやってきていた。
学院でのメイドの仕事がある筈だったシエスタだが、料理長のマルトーに『サイトさんのお手伝いをしてきます』と伝えた所、
サイトのことを特に気に入っているマルトーはすんなり休暇の許可を出したりもしていたりなんてこともあったり。
そして諸々の準備を整えた上でウラヌスは単独自力で、他の者たちはタバサのスノーウインド・ドラグーンでの移動となった。
これについてはサイトやギーシュもアルビオンでの脱出時に目にしていた物だし、キュルケやシエスタはPSIそのものを知っているので問題なし。
シエスタはウラヌスやタバサもPSIが使えるという事実に跳び上がる程の驚愕を見せていたりもしたが。
なので当初予定してたよりもかなり早くに目的地に到着していたのだ。
「本当にこの先にあの男がいると言うのか?」
「はい、いつもはこの先の……あ、見えました。あの寺院の中で作業をしているんです」
「作業って……あんな古ぼけた場所でかシエスタ?」
「まだヴィーゴさんを怖がっている村の人たちも少なくないんです、それにヴィーゴさんも1人で落ち着ける場所が欲しいって言ってましたからそれで」
「まあ無理も無い話だろうな、あの男が自分から愛想を振りまくような奴だとは到底思えん」
「ウラヌス、それ貴方が言っても説得力無いと思うんだけど?」
件の人物に対する興味やら何やらであれこれ話が弾みながらシエスタを先頭にやって来ていたのが、村外れにある1つの建物。
丸木が組み上げられて形を成している門に、木の柱と石と漆喰を主とした古ぼけた寺院。
タルブ村の草原の片隅にまるで忘れ去られたかのようにポツンと佇むしんと静まり返ったその場所。
「うーむ、何というか言いようのない不気味さがあるものだね、一体どんな者がいるのやら」
「ま、まあでも初めて会う人は確かに慣れない部分もあると思いますが……」
顎に手を当てしみじみと唸るギーシュの言葉を受けて、ここに来て少々戸惑い気味な態度を見せるシエスタ。
この先にいるであろうヴィーゴの全貌を知っているのは時期の差こそあれどシエスタとウラヌスだけである。
なのできちんとした前情報がある2人はいいにしろ、シエスタでも普通とは違う変人という認識の相手とアポなしで会わせることに対する僅かな不安。
「えーっと……ヴィーゴさん、シエスタです。今いらっしゃいますか?」
と言ってもここまで来ておいて引き返すなどというのも馬鹿馬鹿しい、シエスタはコホンと1度咳払いをして気持ちを落ち着かせて寺院の入り口の扉を控え目にノックする。
規則正しいリズムでのコンコンという音が響き渡るも、中から反応が返ってくることは無い。
「む、留守なのかね?」
「おかしいなあ……いつもならこのくらいの時間なら制作作業に没頭していると思ったんですが」
「そう言えば聞きたかったんだけどそのヴィーゴって人、用心棒以外に――ギ、ギーシュ!? あ、足下!!」
「へっ? 僕の足下がどうし…………ってのわおああああ!!??」
振り返ったキュルケが顔面蒼白で叫びながら目にしたもの、直後に下を向いたギーシュが絶叫するのも無理からぬこと。
何せギーシュの立つ草原からヌルリと細長い人間の腕らしき物が2本這い出てきていたのだから。
これにはギーシュのみならずキュルケやタバサ、サイトも大慌てながらも必死に気を落ち着かせて各々の得物を取り出していた。
「わっ、わわわ!! ダメですよヴィーゴさん!! その人たちは私が連れてきたお客様です!!」
「……その神出鬼没さ、相変わらずなようだなアンタも」
だというのにこの異常事態を前にして普段とあまり変わらない態度でいる者が2名ほど。
慌てているという態度そのものは他と変わらないながら、日常の範疇と大差ないリアクションでシエスタは地面から這い出ている腕に話しかけている。
内心で心臓をバクバクさせているタバサを横目にウラヌスに至っては、いつも通りの平坦な口調で呟くばかり。
「いやすまないシエスタ……普段と違う気配が、いくつかしたから様子を見ていたんだ……」
「それならいいんですけど……」
恐怖と緊張で尻餅まで着いてしまっているギーシュの眼前から更にニュルリと姿を現したオレンジ髪の長身の男。
相も変わらずなギョロリとした乾いた瞳で一行を見渡しながらヴィーゴはシエスタに言葉を返していた。
「シ、シエスタ? この人がその……」
「な、なななな……何だと言うのだね一体……」
「常識外れにはそこそこ慣れてたつもりだったけど……これは予想外すぎるわよもう……」
シエスタとウラヌスのリアクションを目にしてその男こそが件の人物であるヴィーゴだということを察したはいいものの、
それを踏まえてもやかましいくらいに脈動する心臓が落ち着くことは無い。
ここに来る前に変わり者だというくらいの前情報は得ていたとはいえ、まさかこのような登場の仕方をするなど予想できる筈もあるまい。
「ん……ん……?」
尤も、そういった反応もヴィーゴは慣れたものであり、別段気にした様子も無くジロジロと瞳を動かして一行の観察を続けていく。
やがてヴィーゴの目に留まったのは当然、彼も見慣れたマフラーとロングコートの男であり、今度は自分の方が驚愕させられる番であった。
「まさかウラヌスか? お、お前までハルケギニアに……やって来ていたとは、何たる出会い……」
「俺としてはそっくりそのまま返してやりたいがなヴィーゴ、本当に久しぶりだ」
「ああ……シエスタの客人の1人が……お前とはな……お前の様な、お、男が一体どういう風の吹き回しだ……?」
「……互いに疑問が尽きないな、無理も無い話だが。俺から言わせてもらえばアンタのような男がこんな田舎で大人しくしていることの方がよっぽど疑問だらけだ」
「ふふ……究極の"創造"は天才的な"破壊"から生まれる……もう昔とは違うということだ……お、俺もお前も」
近寄りがたい不気味そのものなオーラはそのままに、ニタァっと笑みを浮かべて思い出話に花を咲かせるヴィーゴである。
対照的にウラヌスは昔馴染みを前にしてもやはり変わることなく淡々と会話を重ねていくのみ。
タバサだけは警戒心を強めながらも、ウラヌスの言葉の節々にいつもと違う感情が込められているのを感じ取っていたりもしたが。
それはともかくとしてもインパクトのありすぎる登場をかましたヴィーゴに、そんな相手と何てことなく話をするウラヌスを一同は呆然と見つめるばかり。
「まさかとは思うが……他の星将にもこっちで会ったりしたのか……?」
「アンタ以外となると1人、グラナもこっちに来ていることは確認している。話を聞く限りじゃガリアの要請でアルビオンのレコン・キスタに手を貸している」
「ふ、ふふふ……! それは面白いことを聞いたな……天戯弥勒と対等だったあの男までもか……あ、案外他の連中もこ、こっちに来ているのかもしれない……」
「……アンタを前にしている今だと一蹴できる話でも無さそうに思えてくるのが恐ろしいところだな」
ウラヌスとしても事実として飲み込むまでそれなりの時間を要したのだから、人伝で聞いただけでもヴィーゴが更に強い反応を示すのは当たり前の事。
ウラヌスとヴィーゴ双方にとってグラナという存在は、W.I.S.E星将のトップにしてリーダーの天戯弥勒と唯一対等に張り合える男であった。
追うべき宿敵として、自分が望む破壊を見せてくれる対象として、ベクトルは違えどそれだけの多大な意識を向けていたことに違いは無い。
「それで……お前はどうしてこっちに……?」
「アンタがどうだったかはわからないが同じような物なんだろう。あっちでの闘いで死ぬはずだったところを、このタバサに召喚されて以来だな」
「お、お前が……? 召喚されたメイジにそのまま……付き従っているのか……?」
召喚当初から多少の興味を示していたウラヌスだったが、ヴィーゴは召喚された直後に自身の姿に怯え化け物呼ばわりしたメイジを殺害してしまっている。
その辺りの認識の違いもある故にだが、ヴィーゴとしてはウラヌス程の男が召喚主に危害を加えることなく共にいるという事実にこれまた驚いている。
そうなるとウラヌスが視線を促したタバサへの興味が自然と膨らんでいた。
「い、今シエスタも言っていたが……お、俺はヴィーゴ……鬼瀬鋭二と名乗っていたこともあるが昔の話だ……」
「……貴方は何者? ウラヌスとはどういった関係? さっきの力もPSIによるもの……?」
「その物言いに雰囲気……そうか珍しいな……シエスタ以外に、こっちでPSIが使える奴がいたのか……」
「地面から這い出てきた時、貴方の気配を全く感じなかった……そんなこと、初めてだった……」
「ふ、ふふ……最初から俺のことを理解できる奴などそうはいない……お、俺はこの世で最高の
グネリと首を右へ左へと傾けながら興味深げな視線を向けて話しかけてくるヴィーゴ相手に、タバサは背筋に冷たい物を感じながら平静を必死に装いつつやり取りを交わしている。
彼女が自分で言ったように、ライズを使っていなかったとはいえギーシュの足下から姿を現すその直前までヴィーゴの気配を一切感じることが出来なかった。
PSIを身に付けて以来タバサは素の能力も向上しておりいくら地面の下からというイレギュラーな位置からでも、
ヴィーゴが発している圧倒的なまでのプレッシャーを感じられない筈がないのにと、そういった点でもヴィーゴへの警戒を益々高めていたのだ。
尤もそれもまた困難なことに違いないの確かなこと。何せ集中状態のヴィーゴは高度なトランス能力と読心の使い手ですらその内を読み切れず、
容易く接近を許してしまう程に純粋なまでに心の中を無音にすることができる実力者なのだから。
「質問には後で答えてやる……お、お前綺麗だしな……次の作品のモデルにするのもいいかもしれない……」
「……ッ……!!」
「あんまり脅かしてやるな、タバサは俺にとって特別な奴だ、いくらアンタでも下手に手を出したら容赦しない」
「特別……ジュナスみたいな、ことを言うんだな……や、やはりお前は変わったウラヌス……!」
口の両端を更に吊り上げるヴィーゴにビクンと反応するタバサ、そんな彼女を庇うようにして圧力を込めながら言葉を発するウラヌス。
嘗ての彼を知る者の1人であるヴィーゴとしては、そういったウラヌスらしからぬ発言を聞いて、その上でその変化を気に入り更に笑みを大きくするばかり。
置いてけぼりを食らう形になっている他の者たちは固唾を飲んで事の成り行きを見ていることしかできない。
「ま、待ってくれよ……アンタさっき別の名前を名乗ってたよな……も、もしかして日本の出身……」
その最中でどうしても今聞きたいことがあったサイトが沈黙を破り、恐る恐るといった様相でヴィーゴに問いを投げかけていた。
いきなりの横槍にギロリと視線を向けるヴィーゴにサイトは怯え竦み2、3歩後ずさってしまうも、
「そ、その格好にその見た目……そうかお前も日本から来たのか……今日は、珍しい客ばかり来る……」
「や、やっぱりそうなのか?」
「え、え? どういうことですかヴィーゴさん?」
「お、俺と同じということだシエスタ……そ、そっちの子供も俺やウラヌス、そしてお前の曾祖父と同じ場所から来た……」
途中からシエスタも疑問を浮かべたその言葉に、どもりの混じる口調はそのままにヴィーゴは説明を続けていく。
同じ場所、その単語を聞いた途端にシエスタはまあ! と声を張り上げ、サイトも同様に見開かれた視線をヴィーゴへと固定していた。
「ま、待ってくれよ! アンタやウラヌスはともかくシエスタの曾お爺さんと一緒ってそれはどういう……」
「説明するよりも見せた方が早い……つ、付いてこい」
話を途中で切り上げてヴィーゴはのそりと動きだし、閉じられていた寺院の扉を開いて中へと入っていく。
慌ててその後を追うサイトに続くようにして他の面々も寺院の中へと足を踏み入れていた。
「これは……」
「ここはヴィーゴさんのアトリエみたいな場所でもあるんです、中にはヴィーゴさんの作品を高値で買い取ってくれる貴族のお客様もいるんですよ」
「変わったと言っても、根元が変わらないのはアンタも同じということか」
天井の高い開けた空間に見られたのは乱雑に転がる石膏や木材、筆や刷毛、彫刻刀や鋸といった美術道具。
だが声を漏らしたタバサや他の者たちが目を引かれたのは完成、未完成問わずしていくつも並べられている美術品の数々。
一般的にハルケギニアの貴族の間で普及している美麗さ、華々しさ溢れるそれらとは違う、人の内面、生の美しさ、醜さを直接切り取ったような作品たち。
ヴィーゴというイレギュラーの精神が一身に込められたそれらに、言い知れぬ何かを一行は感じ取っていたのである。
元からそのことを知っていたシエスタがにこやかに説明をしていたり、作品の素材が一般的な材料であることにウラヌスが興味を示していたりもしたが。
「え…………ちょっと待てよ、これって……」
「や、やはりな……お前にもこれが何なのかわかるか……」
「……わかるも何もというレベル話だな。以前のロケットランチャーといい、こっちの世界には何かとこの手の骨董品が流れ込んでいるのか」
「サイトさんもご存知なのですか? この『竜の羽衣』がどういったものなのか……」
だがサイトが注目していたのはヴィーゴの作品とは違う、寺院の中でも一番の巨体を誇っていたある1つの物体。
ウラヌスですらまじまじと見つめるそれは板敷きの床の上に鎮座している濃緑の機体。
タルブ村に伝わる伝説の秘宝『竜の羽衣』 シエスタの曾祖父が所持していたという地球での名称を『ゼロ戦』という戦闘機であった。
*
その後、シエスタの曾祖父の形見である竜の羽衣に関する様々な情報を一通り説明し終えた後、一行はシエスタとヴィーゴと共に彼女の家へと招かれていた。
複数の貴族のお客様に加えてヴィーゴに続く新たな同郷の者という紹介でシエスタの両親、弟や妹たちも歓迎しているようであった。
その中でもサイトに関しては普段控え目なシエスタが自ら奉公先の魔法学院でお世話になっている方だという紹介で両親は相互を崩していつまでも滞在してくれればいいとまで言っていた程。
家族に囲まれて幸せそうなシエスタを見てサイトは顔を綻ばせながらも、胸の内では未だに帰りを待っているだろう自分の家族のことを思い返したりもしていた。
「とても綺麗でしょう? ずっとサイトさんにも見てもらいたかったんです」
「ああ……本当に綺麗だよシエスタ」
そして時は流れて翌日の夕暮れ時、2人肩を並べてサイトとシエスタがやって来ていたのは村の側に悠然と広がっていた草原。
所々に花も咲いている夕焼け空のコントラストに照らされるだだっ広いその場所は、遮る余計な物が無い自然の美しさに満ち溢れた場所であった。
「お話を聞いた時実は私、とっても嬉しかったんです。ヴィーゴさんからも大体のことは聞いてましたけど、本当に飛べるんだって……曾お爺ちゃんの竜の羽衣が……それもサイトさんが曾お爺ちゃんと同じ所から来た人だったなんて」
「思えばシエスタのその髪と肌の色を見た時、何となく親近感が湧いたのもそれが理由だったのかもしれないな……」
優しげな瞳と共にそんなことを言われてしまうとシエスタも恥ずかしそうにポッと頬を染めてそっぽを向いてしまう。
ある日フラリとタルブ村に姿を現したシエスタの曾祖父、変わり者と呼ばれながらも懸命に働き固定化の魔法までかけて貰い大事にしてきた竜の羽衣ことゼロ戦。
その果てに異界で一生を終え、いつか現れるかもしれない同じ世界の者へと向けたメッセージ。
墓石に刻まれた佐々木武雄という名、それを読めた者に竜の羽衣を譲り渡し何としても陛下にお返ししてほしいという遺言。
シエスタがハルケギニアでも珍しい黒い髪を持つのも、地球の日本出身である曾祖父の血を色濃く継いでいるということを考えれば納得の話でも合った。
「父が言ってたんです、曾お爺ちゃんと同じ国の人がまた現れて……それも私が慕っている人なら何かの縁だからずっと一緒に住んでもらえないかって……」
普段のメイド服ではない、草原の自然と実によく合っている若草色のシャツと茶色のスカートを纏っているシエスタが告げる言葉は真剣さに溢れるもの。
同じく同郷の者である……厳密に言えば違うのだが、ヴィーゴはゼロ戦やシエスタの曾祖父には何ら興味を示さなかったのである。
それと比較すればサイトは元の世界に帰る大きな手掛かりにもなり得るゼロ戦に多大な関心を向けていたし、シエスタもその姿を間近で見ている。
しかもゼロ戦も兵器として認識されたようでガンダールヴのルーンが反応し、機体構造や操縦、整備の仕方といったあらゆる情報がサイトの脳内に流れ込んでもいたのだ。
つまり、空になっている燃料の確保さえどうにかなれば、自分の手で再び空へと舞い上がらせることもできるのだと。
「でもダメみたい……サイトさんはヴィーゴさんやウラヌスさんとは違う……まるで鳥の羽のよう、いつかどこかへ飛んで行ってしまう様な……」
「その気遣いは本当に嬉しいよシエスタ……でもダメなんだ、俺はこの世界の人間じゃないからその好意には甘えられないんだ」
「遥か東の地……ロバ・アル・カリイエからいらしたんですよね?」
「そうじゃない……もっと違う、別の世界から来たんだよ」
「からかってるんだわ……私のことが嫌ならそう言ってくださればいいのに」
「そんなことはない、シエスタのことが大事だっていうのは嘘偽りない気持ちだ。でも、だからこそなんだよ」
「その別の世界という場所に……私のように、待たせている人がいるの?」
「いない、でも家族はいる。今でも俺が帰ってくるのを待ち続けているんだ。だからシエスタやお父さんの言うようにはできないんだ」
どこか寂しげで愁いを帯びた表情ながら、サイトが語る言葉はシエスタと同じで真面目そのものだということがシエスタにもわかっていた。
事実、サイトは使い魔という立場すら追われて情けなくしょぼくれていた自分のことをこんなにも思ってくれるシエスタに心が傾きかけていたが、
昨日に目にしたシエスタとその家族の和気藹々とした光景、そこから生まれたのは自分の家族への想いと自分がその輪に入る資格など持っていない人間だという想い。
「俺には確かに他の人とは違う力がある、それで誰かを守ることが出来るかもしれない。でもその力もウラヌスやさっきのヴィーゴって人に比べたらちっぽけなものだ。だから俺にできるのは守ることだけ、この世界に腰を据えて一生を生きていくだけの覚悟は無いんだ……」
「そ、それでも……それでも私は待ち続けますから……私だって出来るのはほんの少し傷を治してあげることだけ……それでもサイトさんが傷ついたら私が治してあげてお世話をして……頑張って頑張って頑張ったその先でそれでも、元の世界に帰る方法がどうしても見つからなかったその時は……」
サイトの想いを聞いてしまったからこそ、シエスタはその先の自分の願いを口にすることはできない。
帰りたいと思う気持ちとシエスタへの気持ち、その狭間で揺れ動きながらサイトはそれきり黙ってしまっていた。
*
一方でその時間に草原へとやって来ていたのはサイトとシエスタだけではない。
2人から遠く離れた一角、沈んでいく夕陽を見つめながら立ち竦むウラヌスに、その隣には手前へと引き寄せた右膝に右腕の肘を乗せて腰を下ろしているヴィーゴ。
「……そうか、表に姿が見えないとは思っていたが、アンタは中でそんなことをしていたとはな」
「い、今でも後悔などしていない……あの女は確かに馬鹿だったが……それでも今の俺がいる、最初のキッカケを与えてくれたのは、間違いなく……」
「グラナの話じゃ元から裏切る腹積もりだったらしいからなミスラは……それを思えばアンタの行動も大まか間違いではなかったんだろう」
共に同じ世界、同じ時を過ごしていたからこそわかり合い、語り合えることもあるという物。
2人きりになった上で改めてウラヌスが聞いていたのはハルケギニアに飛ばされる直前、崩壊世界で迎えたヴィーゴの最期について。
レジスタンス勢力の本拠地からヴィーゴが拉致してきた新たな作品の素材として見出したサイキッカーの少女。
その少女の肉体を狙って姿を現したW.I.S.E元老院ミスラへの反逆と敗北。
自分の素材を汚そうとする者は何人であろうと許さないという想いとは別に、あの時から確かにヴィーゴに生まれていた変化の兆し。
その手にかけようとした自分にすら心から問うてきた家族や守るものはいないのかという心配。
あの時の光景を胸にしたままこの世界に来たからこそシエスタという更なる変化のキッカケに巡り合い、平和な時間を疑問を持たずに享受する今の自分がいるのだとヴィーゴは思っている。
「だ、だが昨日も言ったように変わったのは俺だけじゃなく、お前も同じだウラヌス……お前が俺の変化に驚いたように、お、俺もお前の変わりようには驚かされた……」
「アンタのそれに比べたらちっぽけなモンだと思うがな。それに、今でもグラナを追い続けるということを止めるつもりも無い」
顔だけをウラヌスへと向けて笑いを見せるヴィーゴに対し、草原の方を見つめたままウラヌスは答えていく。
グラナとヴィーゴ、死した筈の自分がやってきたハルケギニアという異世界で再会した同族と、共にかけられた変わったという言葉。
闘いと強さの探求こそが存在理由、生きる目的の全てだった自分。その2つは今でも心の根っこに強く根付いていることは間違いない。
そんなウラヌスの中の認識を変え、まだまだ未熟ながらも人間らしさという感情を与えるキッカケを与えたのがタバサという少女。
生粋の戦闘人形とは違う、家族を守るため、復讐を果たす為に人形になりきろうとしている、それでいて自分と同じく力を求める少女との出会い。
お互いの目的の為というだけに側にいた筈の少女のことを、今では損得抜きにその存在そのものを特別だと思うようになった。
それに連なる様にして余裕の生じた心に染み込む様に広がっていった自分の中での様々な事象、認識の変化。
それはウラヌスがそうであったように、嘗ての彼の姿を、闘いこそが全てであった時のことを知るヴィーゴからすれば大きすぎる変わりようだったと言えよう。
「い、今のお前からは昔以上の生の輝きが見られる……お前の変わり方は、俺にとっても素晴らしく思える……い、今のお前をこの目に焼き付けて、新しい作品を作るのもいいかもしれないな……」
「一番意外だったのはそこだ、まさかアンタがそんなことを言うとは」
「自分が変わったからこその見方でもあるんだ……破壊と創造……アンタも俺と同じ……た、闘いという自分の唯一無二の価値観を一度壊し、創造し直し……新たな自分を創造して生きている、その在り方もまた、俺にとっては1つのアートだ」
「概念の破壊、か。だが俺はアンタが言う程極端に変わった気も無いんだがな」
「か、変わる部分もあればそのままの部分もあって何らおかしくない……昔と今、より良いところだけくり抜き構築し……より完成度の高い物となる……」
精神構造が常人と大きくことなる芸術家、ヴィーゴという人間だからこその視点なのかもしれない。
視線を彼の方へと向けるウラヌスであるが、人間らしさという観点に限れば方向性が大きく捻じれているとはいえヴィーゴの方が遥かに精通していると言える。
実験体ではなく元は天然のサイキッカー、その中で養ってきた独自の観察眼と美意識。
ハルケギニアにやってきて己の在り方を大きく変えながらも、そういった物の見方や視点はヴィーゴもまた変わることは無い。
そのヴィーゴが素直に認める程、今のウラヌスの在り方は美しく素晴らしい物に思えるのだと。
「べ、別にお前個人に執着してるわけじゃない……ただ、グラナやジュナスや弥勒と同じ……お前は観察のし甲斐がある素材で、それがより強まっているというだけだ……」
「……だが何でだろうな、例えそうだとしてもアンタにそういう風に言われることをどこかいいとさえ思える」
「いい、か……ふふ、ふふふふ……! やっぱりお前は面白いな、ウラヌス……」
人間らしさという一環、闘い以外で感じるようになった心地良さ。
今のウラヌスはヴィーゴに己の変化を肯定されたことにそれを感じていたのである。
今まで自分に向けられた視線と言えば化け物扱いか反抗心か、自分と同じ闘いを求める狂戦士か。
そんな自分を変え、そして初めて違う好意的な感情を見せてくれたのがタバサ。
タバサとの交流で得た変化を、同様に変わった者同士であるヴィーゴに指摘され称賛されたこともまた、ウラヌスにとっては悪くないことだったのである。
「お前はあのタバサという少女、そして俺はシエスタ……あ、相手は違えどこの世界で出会った者によって、己を変えられた……」
「ああ、そしてそれはこれからも変わらないんだろう。俺はこの世界でアイツと共に過ごし、共に力を鍛え、そしてグラナを追い、強さを磨き……その上でアイツの目的に手を貸してやる、それが俺の全てだ」
「お、俺もそうだ……シエスタを、シエスタの家族とこの村を守り……その中で感性の赴くままに作品を作り続ける……い、今更あの世界に執着する理由も無い……」
「…………全く、おかしなものだなお互いに。だが、今日ここでお前と話せて良かったと、そう思える、ヴィーゴ」
「お、俺もだウラヌス……ふふふ……」
ハルケギニアという世界の住人と触れ合い変わった者同士、
何もかもな境遇が似通う2人であるウラヌスとヴィーゴは、今の自分たちそれぞれが生きる目的を語り合い、
それでいて相手のことを否定することなく、共にその変化を認め合っていた。
*
「男女のアレソレに男同士の友情……いやあ、見ていて飽きないわねホントに」
「……悪趣味」
「別にいいじゃない、面白そうだったんだし。それにこうやって協力してくれてるのも貴方だってウラヌスのことが気になったからでしょ?」
「…………」
プイッとそっぽを向いてキュルケの言葉に答えを返さないタバサの姿は肯定と認めているような物。
サイトとシエスタ、ウラヌスとヴィーゴを見下ろすような形でキュルケとタバサはスノーウインド・ドラグーンの幻影の背に跨り宙を漂っていた。
自分のPSIをこんな盗み見目的で使うのもどうかと感じていたのだが、キュルケの言うようにタバサはウラヌスと彼の嘗ての同郷の者であるヴィーゴのことが気になっていたのも事実だった。
「何なら貴方も交ぜてもらえばいいのに」
「……彼の想いはわかっている、でもだからこそ、今は私が参加するわけにはいかないと、そう思う」
「ふーん?」
興味津々な視線を向けているキュルケに視線を向けぬまま、ジッとタバサは眼下のウラヌスとヴィーゴを見つめるだけ。
ウラヌスが自分のことを特別に思ってくれていることは知っているし、個人的にヴィーゴのことも気になっている。
オルレアン邸で伝え聞いているウラヌスが所属していたという組織の仲間。
きっと自分も知らない様なウラヌスの過去の姿についても色々と見知っているのだろうと。
だが、そんな嘗ての仲間と話しているからこそ自分がそこに割り込むことは許されない。
特別な存在といっても自分はまだまだ会ってそこまで長い年月が経っているわけでも無い浅い関係。
如何に人間性を大きく変えたとは言っても、互いに過去を知り合い腹を割って話せる者同士の間に入っていく気は無かった。
「ねえタバサ、前はあんな風に言ってたけど、またウラヌスと何かあったの?」
「……どうして?」
「1年近くも貴方の側にいるのよ? 最近のウラヌスとの接し方を見てれば顔つきやしぐさが違うことくらいすぐわかるわよ」
何故わかったのかと珍しく表情を崩してキョトンとしている親友を前に、キュルケは得意げにニッコリと笑みを浮かべている。
タバサと共にいるのは飽くまでも己の目的の為でしかないと言い切ったウラヌス、その言葉を否定しなかったタバサ。
その後取り残された中で考え続けた、今の自分はタバサに何をしてやれるのかという疑問。
しかし、その後の数日間で見てきた2人の関係の変化を考えればそれも杞憂だったのかもしれないという気持ち。
「あたし決めたのよ、貴方の実家とかPSIとかわからないことはいっぱいだけど、それでも貴方はタバサであたしの親友に変わりないって、だったら変わらずにこれからも付き合ってくだけだってね」
「……知ってしまっている以上、きっと危険も付き纏う」
「だからこそ放っておけないんじゃない。貴方に親友だってはっきり言われてこれでも結構嬉しかったんだからね? ウラヌスに比べたら頼りないかもしれないけど、それでもあたしは貴方を放っておかない、これからもずっと力になるわ」
ポンと胸を張って言い切るキュルケの姿に、タバサは胸の内で熱く込み上げる物を感じていた。
復讐という汚れた目的を持つ自分だからこそ、巻き込みたくないという不器用さで切り捨ててきた者たち。
付いてこれるのは同じ闇に身を沈めるウラヌスだけという思い込み。
が、それは大きな間違いだったと、表の世界にいる者であっても己の全てを知った上で共にいると言いきってくれる者はこんなにも身近にいたのだ。
「…………ありがとう、キュルケ」
「言いっこなしよタバサ、本当に健気で可愛いんだから」
数秒の沈黙を挟んで呟かれるタバサの礼の言葉。
たまらずその豊満な胸を押し付けて抱きついて来るキュルケにされるがまま、
タバサは嬉しさで顔を赤らめて僅かな笑みを浮かべていた。
夕暮れ時のタルブの草原、交わされる言葉と内容は各々違えど、その誰もが己の本心を素直に打ち明け合っていた。
「ああ……やっぱり真に心を許せるのは君だけだよ……愛しいヴェルダンデ……」
そして唯1人取り残されたギーシュが寂しく使い魔の土竜のヴェルダンデを抱擁していたのはまた別の話である。