雪風と氷碧眼《ディープフリーズ》   作:LR-8717-FA

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CALL.29 "安らぎの一時と……"

 数日の滞在を経てサイトはゼロ戦と共にトリステイン魔法学院へと戻ってきていた。

 運搬に関してだが同行していたギーシュの父親、トリステイン軍の減元帥のコネを活用して竜騎士隊とドラゴンを手配することで解決していた。

 当初ギーシュは事情を余り知らない眉唾物な竜の羽衣を運ぶのに何で自分の手を煩わせないといけないのだと渋っていたが、

 サイトがどうしても必死に何度も頼み込む姿を前にして仕方ないと折れたのである。

 そういうわけで今、学院の広々とした中庭には普段の光景に不釣り合いな濃緑色のゼロ戦の巨体がでんと置かれている。

 しかし困った問題が1つ、手段の手配については引き受けたもののその必要経費まではギーシュは関知していない。

 サイトとしてもそこまで迷惑をかけるわけにはいかないという考えでいたが、提示された運搬費用は平民1人の稼ぎではとても払えない様な額。

 とはいえ今更またギーシュに頭を下げるわけにもいかないと途方に暮れていたりしたのだが、

 

「素晴らしい! このような物体が魔法も無しに空を飛ぶというのかね、いやはや久しぶりに胸が高鳴ってきた!」

「は、はあ……でも本当に良かったんですかコルベール先生? 俺が言うのもアレですけど決して安かったわけじゃ」

「なに、この竜の羽衣、君の出身地ではゼロ戦と言ったかね? こんな興味を惹かれる研究対象を前にすればその程度苦でも無いよ」

 

 サイトですらちょっと引き気味になってしまうくらいにゼロ戦をあれやこれやと見回し各所に触れる中年教師コルベール。

 頭を捻っていたサイトの下にこれは何だと好奇心旺盛な子供のように近づいてきた彼が、運搬費用を全額立て替えてくれたのである。

 サイトとしては願ったり叶ったりな展開であり、しかも自分1人では限界があるゼロ戦の詳細解明に協力までしてくれるのだからありがたい。

 

「これが翼か……とても羽ばたく様な形にはなっていないがいやはや不思議なものだ、む、こっちの風車は何に」

「それはプロペラって言います。これを回転させてその勢いで前進する仕組みなんです」

「ほほう! 風の力を使ってか、まったく君の出身地の東方の技術者は面白いことを想いつくものだ。早速飛ばしてみてはくれないかね? もう好奇心で体が震える一方なのだよ!」

「いやそれがすぐには無理なんです。そのプロペラを回すにはガソリン……燃料が必要になります、前に先生が授業で油を気化させていたような」

「愉快なヘビ君のことか! あれと同じ仕組みでこれを空に浮かばせるとは、これはますます素晴らしい!」

 

 ジャン・コルベール42歳、炎蛇の二つ名を持つ火のトライアングルメイジとして学院で教鞭を執る教師の1人であるが、

 その実、周囲から変人と称されることがあるくらいに彼の研究と発明に捧げる情熱はかなりのもの。

 常日頃火の系統の魔法は土や水のような創造力に欠け、専ら破壊にしか使われない現状を憂いており、学院の一角にある研究室に篭もっては火の魔法の新たな活用方法を模索する毎日なのである。

 サイトが言及した愉快なヘビ君のように、製作成果を時折授業で生徒たちに発表することもあるのだがその時に向けられる視線は大抵冷ややかな物である。

 そんな中で唯一サイトだけはコルベールの研究を凄いと褒め称えたことがあり、そういった経緯で彼のことを好意的に見ているからという理由もあっての現状だったりする。

 

「ただ普通の油では代用できません、さっき言ったガソリン……これなんですけど、これをもっとたくさん作らないことには」

「ふむ、嗅いだことの無い独特な匂いだが……だがこれを作ればあの飛行機、ゼロ戦とやらは飛べるようになると?」

「はい、後は他の内装が壊れてなければってことになりますけど……」

「面白い、調合は大変だろうが私に任せたまえ」

 

 燃料タンクに僅かにこびりついていたガソリンを別の容器に移し替えた上でそれを覗き込むコルベール。

 しかしそれに対する疑問や問題も、目の前のゼロ戦が大空を舞う光景を間近で見れるかも指令ないことへの憧れを前にしてはちっぽけに見えてくるという物。

 爛々と目を輝かせながら胸を張り豪語するコルベールを前に、苦笑いを見せながらもサイトは多大な感謝の気持ちも浮かべていた。

 ガソリンなんてものが中世ヨーロッパベースのファンタジー世界であるこのハルケギニアにあるわけないということはサイトでもすぐにわかること。

 となれば方法は1つ、自分で作り出さなければいけないのだが当然それもサイト個人の力では絶対に不可能。

 ガソリンの原料となるのは石油なわけだがこのハルケギニアに油田があるかもわからないしそれを探し出す術も無い。

 更に遡れば微生物の化石にまで到達するが、そこまで細かく複雑になってしまうと一般的な学生でしかないサイトには手に負えないレベルになってしまう。

 その辺りの問題を、元となる物質が手元にあれば魔法で解決できるかもしれないということ、サイトは改めてハルケギニアの常識の異質さを実感していたりもした。

 

「いやはや全く興味が尽きないよサイト君、君のいた東方の地ではこんなものが当たり前のように空を飛びまわっていると言うのだから! 機会があれば一度私も行ってみたいものだよ」

 

 コルベールの興奮は覚めぬどころか燃え上がっていく一方、静止している時間も惜しいとばかりにゼロ戦の観察を続けている。

 サイトとしては運搬費用の立て替えに燃料の作成まで善意で引き受けてくれたコルベールの姿を前にして、

 自分が嘘を吐いているということに心苦しい物を感じ、やがて少しの沈黙の後に真実を口にすることに決めた。

 

「……あの先生、その、俺の出身地は東方では無いんです、そのゼロ戦も前の破壊の杖ももっと遠く……ハルケギニアとも東方とも違う別の世界のものなんです」

「……なんと、いやなるほど……ふーむ、なるほどなあ……」

「って、あんまり驚かないですね? てっきり呆れらるのかと」

「いやなに、召喚当初から君には興味を抱いていたがその言動や行動、常識のなにもかもがハルケギニアとかけ離れているのも寧ろそのくらいの理由がある方が納得という物だよ」

 

 ならば私も異なる世界という物を見てみたいものだなどと人の良さそうな笑顔を見せるコルベールに対するサイトの中の感謝の念が益々大きくなっていく。

 別の世界から来た、等という言葉を馬鹿正直に鵜呑みにして信じる人間など現代世界だろうがハルケギニアだろうがまずいないと言っていい。

 ゼロ戦や破壊の杖という確たる証拠があるとはいえ、初めて自分のことを正直に信じてくれたコルベールはサイトにとっても意外且つ失い難い対象だと言えよう。

 

「先生、変わってるって言われません?」

「ははは、そのように他人から言われることには慣れっこだよ、おかげでこの歳で未だに嫁もいない。だが、それでも私には譲れない信念があるのだ」

「信念ですか?」

「うむ、ハルケギニアの多くの貴族は魔法という物の使い方に固定的な観念を当てはめすぎているのだ。私はそうは思わない、伝統や格式に捕われずもっと幅広い形でこの力を使ってみるべきなのだと」

 

 はしゃぎ回る子供の様な雰囲気から一転、確かな決意を感じさせる大人の風貌でコルベールは語る。

 火の系統だけでない、魔法という力そのもの全般に対する革新的な使い道を模索し続けていくことがコルベールの生き甲斐であり信念を注ぐに値すること。

 その想いの裏には、サイト含めた多くの人間が知らぬコルベールの闇の過去にも関わっていたりもするが。

 

「君と君の世界の品々を見ているとその信念もより強く大きくなっていくばかりなのだ。故に私は君に協力を惜しまないよサイト君、困ったことがあればこの炎蛇のコルベール、いつでも力になるからね」

 

 では早速このガソリンとやらの研究を始めなくてはと、語るだけ語って急ぎ早にコルベールは自身の研究室へと姿を消す。

 ポカンとしながら見送るサイトであったが、それでもコルベールは他の威張り散らすばかりの貴族とは違う、確かな想いの下で力を振るっている立派な人だという印象を持っていた。

 ともあれ、あれだけ期待させた以上自分も何もしないわけにはいかないと、サイトは早速ゼロ戦の操縦席に潜り込んで状態を調べる作業に取り掛かる。

 

「しっかしホントすげえよなあガンダールヴ。俺、戦闘機なんて触ったことないのに……」

 

 操縦桿を握った瞬間に輝き始める左腕のルーンと脳内に流れ込んでくる情報にサイトは内心驚愕するばかり。

 脳内の情報通りに操縦桿を動かせば翼のエルロン、尾翼の昇降蛇が音を鳴らして動き出す、

 フットバーを踏めば垂直尾翼の舵が同じように動きを見せ、照準器のスイッチを押せば内部の各種モニターに光が灯り発電機器は問題ないことの証明も出来た。

 現代世界では一般的な男子高校生であるサイト、もちろんこの手のミリタリーにもそれなりの興味があったし、

 実物を自分の手で動かしているという現状はコルベール程ではないが彼の中の好奇心を掻き立てるには十分すぎるくらいの事象であった。

 

「これが飛ぶんかね相棒?」

「ああ飛ぶさ」

「相棒の世界とやらは本当に変わってるなあ、こんなもん6000年生きてる俺っちですら見たことねえ」

 

 操縦席の傍らに立てかけておいたデルフリンガーですらカタカタ音を鳴らして興味ありだということを告げている。

 尤も、ゼロ戦の内部機器のチェックに熱を入れているサイトにはデルフリンガーの言葉はあまり聞こえてないようだったが。

 

「ん、あれは……」

 

 と、そんな状態のサイトに別の興味を惹かせる対象が草原に姿を現していた。

 大抵の貴族が一瞬目を止めすぐに去っていく中でゼロ戦を凝視している桃色ブロンドの小さな女生徒はサイトが一番見慣れている相手。

 操縦席から降り彼女のすぐ前に立てばその女生徒、ルイズは唇を尖らしてサイトのことを睨み付けていた。

 が、サイトの記憶の姿とは少し違う、綺麗に整えられている筈の綺麗な髪はどこかくすんでいるように見えたし、目元が赤く腫れているのもわかる。

 

「この数日どこ行ってたのよ?」

「タルブ村、キュルケやタバサに誘われてさ」

「キュ……!? よ、よりにもよってツェルプストーと一緒に、それもご主人様に無断で……」

 

 キュルケの名が出た途端にいつものようにピクンと反応するルイズであったが、対照的にサイトの態度はどこか素っ気ない。

 そもそもこうなっていることの発端はルイズが自分にクビを宣告したことにある。

 タルブ村での一件を経てだいぶ頭の中もも落ち着きを取り戻しているサイトであったが、

 だというのにルイズは姿を現すなり未だに主人としての態度で接しているとあっては内心穏やかではない。

 

「使い魔はクビじゃなかったのか?」

「よ、よく考えたら弁解する機会を与えないのは卑怯だと思ったのよ、だ、だから言い訳があるなら今聞いてあげるわ」

「弁解も何も、ホントに何も無いんだよ。あの時シエスタが倒れそうになったからそれを俺が支えようとして結果的にああなちまっただけであって……」

 

 絶妙のタイミングで乱入した結果、盛大に事がこじれてしまったあの日のルイズの部屋でのシエスタとの一幕。

 サイトとしてはルイズが想像しているような気は全く抱いていなかったのは紛れもない事実。

 その前にシエスタがいきなり服の胸元をはだけさせたのも理由の一端だったが、話したところでまたややこしいことになるだけだとサイトはその部分については伏せることにした。

 

「じゃ、じゃあ本当にあのメイドとは何も無かったのね?」

「ああそうだよ。大体お前だってどうかしてるよ、いくら俺だってその気があったとしてもお前の部屋でお前の想像してるようなことする程分別が無いわけじゃない。それ以前に俺がシエスタとどうなろうがお前には関係ないんだし」

「か、関係ないけどあるわよ!」

「いやどっちだよ」

 

 引っ込みがつかぬままサイトを睨み付けてうぅ~っと唸るルイズであったが内心ではグチャグチャに心が掻き乱されていた。

 自分の部屋で男女がベッドの上であんなことになっていれば、そりゃ男女の営み的なことを連想してしまうのも無理は無い。

 だが自分はハイキックを直撃させて有無を言わさずクビを叩きつけ、しかもその行動に後悔して涙で枕を湿らせていた今日までの数日間。

 挙げ句、その発端が自分の勘違いにあったとなれば小っ恥ずかしいやらどうしようもないやらで二の句を告げられなかったのである。

 不機嫌そうな表情を崩さないサイトに対してルイズの心は追い詰められ、その果てに女の切り札を使わせるに至ってしまう。

 

「お、おいルイズ?」

「何日も部屋を空けて、放っておいて、もう、ばか、きらい」

「な、泣くなってば。わかった、俺も悪かったから」

「きらい、だいきらい」

 

 プライドもへったくれも無い、まるで幼い子供のようにルイズは大粒の涙を浮かべてぽろぽろと泣き出してしまっていた。

 使い魔に対する感情の変化、恋に悩む己の心が招いたこその想いの1つでもあったのかもしれない。

 涙は女の武器とは言ったものだがハルケギニアでもそれは変わらないようでさっきまでの仏頂面はどこへやら、慌ててサイトは泣きだしたルイズを前にしどろもどろに。

 ひぐ、えぐと嗚咽を漏らすルイズの涙を拭いながら、同時に何だかんだ自分も悪かったのかもしれないとルイズのことを許す気になっていた。

 そんなわけでルイズの勘違いから始まった仲違いは元の鞘に収まったという感じである。

 

「おやおや、主人を泣かせるとは罪作りな使い魔もいたものだなあ」

「ていうか結局仲直りしちゃったわけ? つまんないの」

 

 そんな主従を遠目で見守るギーシュとキュルケの2人。

 因みに何日も授業を無断欠席した罰で魔法学院の窓拭きの真っ最中だったり。

 

「しかしミス・タバサも不思議なことを言いだすものだね、あそこにある竜の羽衣以外に何か目ぼしい物があの村に残っているとも思えなかったのだが……」

「きっとあの子にも何か思うことがあるってことよ」

 

 そして不思議そうに呟くギーシュの言葉通り、学院に戻ってきていたのは全員では無かった。

 

 

*

 

 

 

 ゼロ戦の保管場所兼ヴィーゴのアトリエとして活用されているタルブ村外れの寺院であるが、

 実はスペースは1つだけでなく、ヴィーゴが直に増設した隠し地下室が存在していたりもする。

 村に広がる美しい草原に思いを馳せているシエスタの気持ちも汲んで、わざわざ手間をかけて作り上げた多目的空間。

 表沙汰にしていない特別な作品の保管庫から十全にPSIを振るう為の部屋など意外と多岐に渡っている。

 

「…………」

 

 その一角、四方に窓一つないいくつかの燭台の明かりが灯る薄汚れた空間で杖を両手にジッと気を張り詰めているのはタバサ。

 体の至る所に細かい傷や汚れが見られ、杖を握る両肩も下がり気味、呼吸の乱れも激しくなっているなど消耗していることがよくわかる。

 それでも内に秘める戦士としての心構えを少しも揺らがせることは無く、闘いの相手に対して全神経を集中させている。

 

「!……ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース――」

 

 張りつめた意識が捉えた先に杖を向け、超高速で詠唱と共に魔力を練り上げて作り上げる氷の槍。

 タバサがジャベリンを放った先の天井から姿を見せるのは、這い出る様にして姿を見せたヴィーゴ。

 右腕には短刀が握られており、タバサ程の消耗は見られず相も変わらずの乾いた瞳とニヤケ笑いを浮かべている。

 潜伏からタバサへの攻撃に転じようとしたその瞬間、増幅した気配を狙ってのタバサの早業。

 既にジャベリンはヴィーゴの胸元目掛けて回避の間に合う筈の無い距離に肉薄していたが、

 

「凄いな……こ、ここに来て俺を捉えるタイミングを掴むとは……! ウラヌスが見込んだだけのことはある……!」

「!? 通り、抜けた……?」

「で、でも俺の潜航師(ゾーンダイバー)を破るにはまだまだ、甘い……」

 

 驚愕で眼鏡の下に浮かぶタバサの瞳が見開かれる。

 確実にヴィーゴの体を貫くはずだったジャベリンはそのままヌルリとヴィーゴの体を通り抜けて背後の天井へと突き刺さり砕け散ったのだ。

 目の前の事象を理解しきれず混乱するままのタバサに感心を見せながらもヴィーゴは再び天井に潜り込み姿を消してしまう。

 慌てている暇など少しも許されないとタバサは疲労した体をどうにか動かして再び周囲全体に警戒を向ける。

 

「あっ……!!」

「い、一本だ……このままお前の首を斬り落としてももいいが……ウラヌスが怒るだろうからな……」

「く……」

 

 だが気付いた時にはもう遅い、今度はタバサの右斜め後ろから這い出てきたヴィーゴが悔しげに呻くタバサに右腕の短刀を向けていた。

 以前にも述べたことだがヴィーゴという男の真に恐ろしい部分は単純なPSIの力量ではなく、どこまでも無心に己の心と意識を研ぎ澄ませることができるという点。

 闘いが始まってから潜航と出現を繰り返すヴィーゴのことをタバサはライズで向上させた感覚器官ですらまるで察知することが出来ず、

 攻撃に転じる時の一瞬を突いて反撃と回避を行うという精神力を激しく消費する闘いを強いられていたのだ。

 現にまともに自分の魔法が命中したのもヴィーゴが自身のPSIで通り抜けさせた先のジャベリン一発だけ。

 全体の時間はそれほど経っていなかったものの、息を切らせるタバサには体感時間的にかなりの長期戦だと思えていたくらいなのだから。

 

「お、お前は魔法にかまける他の貴族どもとは違う……魔法もPSIも体術も、全て己の武器の1つと認識している……それらを戦闘の中で組み立て、格上の相手だろうと勝利を掴むために最善を模索する……そ、その在り方は本当にいいな……これもまた、1つのアートだ……!」

「……貴方も潜航師(ゾーンダイバー)だけじゃない……気配を読めない点やライズの精度もかなりのもの、やはり私はまだまだ修行が足りない……」

「ふふ……俺の感性を理解するには時間がかかる……今はただ、お、お前の様な逸材を見れただけでも俺にとっては悪くなかった……」

 

 緊張の糸が途切れぺたんと座り込んでしまうタバサを前に、その全身を床かから浮かび上がらせてヴィーゴは称賛の言葉を述べている。

 ゼロ戦を運ぶサイトやキュルケ達と別れ、もう少しここに滞在したいと言い出したタバサの目的はヴィーゴのこと。

 ウラヌスと同じ組織に属し、やはり優れたPSIの力の使い手であると彼と手合せをしたいという意思。

 ヴィーゴもまた同類の力の持ち主であること以上にタバサ本人へ強い興味を示していたこともあってその申し出を快く引き受けていた。

 双方、ドラグーンや傀儡(フリークドール)など互いの切り札は温存しており全力での闘いとは言い難かったが、

 それでも実際に手合せをしたタバサはヴィーゴの持つ実力の高さに驚嘆と感心を浮かべるばかり。

 ウラヌスから聞いたW.I.S.Eという組織、その幹部である星将の五番目に位置する実力者。

 三番目であるウラヌスより格下ではあるが、PSIの練度を益々高めている今の自分でも五番目ですら遠い領域。

 その分、戦闘での反省点と異質の敵に対する対処の組み立てといった多くの経験値がタバサに与えられた実りのある時間であったことも確かだが。

 

「丁度終わったみたいだ」

「わっ、大丈夫ですかミス・タバサ? 待っててください、今治療しますから」

「……ありがとう……情けない所を見せてしまった……」

「アンタの実力が相当上がっているのは知っているが、それでもヴィーゴに勝てる程とは元から思っていないから心配するな」

「だ、だが……お前の言っていたようにこの娘は本当に凄いぞウラヌス……このまま成長していけば、お、俺やシャイナくらいなら軽く超えられるかもしれない……」

 

 丁度そのタイミングで新たに姿を現したのがウラヌスとシエスタの2人。

 因みにシエスタは王女の結婚式を間近に控えているということもあって、そのまま正式に休暇を取って村でのんびりしていいという通達があったのでそのまま残っている。

 傷を負い倒れ込んでいるタバサを見て慌ててシエスタは駆け寄って身を屈め、自身のCUREで治療を開始する。

 傷の回復を間近で感じながらタバサは珍しくしょぼんとした表情を浮かべていたりもしたが、それを見たウラヌスは特に気にした様子も無い。

 両者の実力差に関してはウラヌスもヴィーゴも正確に把握しているところであり、その上でヴィーゴは更にタバサの伸び代に期待を寄せてもいる。

 シエスタはと言えばこの場にいる全員がPSIについて知っているのだからとタバサの治療に自身のCUREを使うことに特に抵抗は無く、

 また、今のヴィーゴは無暗矢鱈に命を奪う人間ではないということもわかっていたので、多少不安はありながらもタバサとの模擬戦を止めることも無かった。

 

「でも私、今でも驚いてるんです、ミス・タバサやウラヌスさんがPSIを使えたってこと。おまけにウラヌスさんはヴィーゴさんと知り合いだったなんて」

「その点は俺の方も全く同じだ、まさか学院のメイドと嘗ての星将の1人が知り合っているなど誰が想像がつく」

「私も同意」

「ふふふ……俺もだ、だがそのおかげでお前の変化も含めて実に興味深い物を、た、たくさん見れたことは思いもよらない収穫……」

 

 シエスタのCUREで細かな傷を塞ぎ終えて立ち上がるタバサも含めて四者四様、この村での出会いと再会に対する想いを語っている。

 経緯はそれぞれ違えど、それぞれがPSIという共通の力の持ち主だからこそ生まれている一体感のような物が4人の間にはあるようだった。

 

「貴方にもお世話になっている、今後困ったことがあれば学院でも出来る限り力になる」

「そ、そんな、貴族であるミス・タバサのお手を煩わせるわけには……」

 

 オルレアン邸でのウラヌスとの語らい以降、表に出ることの多くなったタバサの笑顔がシエスタに向けられている。

 仮にも貴族であるタバサにそんなことを言われてしまっては、平民で村娘のシエスタとしては逆に委縮してしまうばかり。

 ただそれでもタバサにとっては貴族だの平民だのといった立場は関係なく、

 僅かとはいえ自分の持つ力、秘密を打ち明けられる対象が増えることが純粋に嬉しく思えていたということ。

 ウラヌスの召喚とPSIの覚醒に始まり、親友であるキュルケを始めとした自分に力になってくれる者の繋がり。

 それが孤独な復讐者としてのタバサの負担を和らげ安らぎを与えているということなのだ。

 

「や、やはりあの娘可愛いな……戦士としての面構えもいいが、笑顔の方が似合う……ウ、ウラヌス……あの娘、モデルにしたいんだがいいか……?」

「……別に俺個人としては拒否しない、まあタバサが了承するかどうかだ。尤も、アイツに何かしようというなら――」

「わかっている……あの娘は現時点でもかなり完成されている……あ、あれに手を加えることは今の俺でも勿体ない……」

 

 そんなタバサとシエスタのやり取りを見守りながら会話を重ねるウラヌスとヴィーゴ。

 変わらないが変わった、嘗てのグラナの言葉のように目の前でタバサを対象に創作意欲を掻き立てているヴィーゴを前に、

 ウラヌスは多少の呆れを見せながらも、こんな時間も悪くないなと新たな心地良さを覚えていた。

 

 

*

 

 

 魔法学院ではコルベールがガソリンの調合に成功して遂にゼロ戦のエンジンに火が灯り、サイト共に大興奮していたり、

 タルブ村ではタバサがウラヌスやヴィーゴと共にPSIの鍛練に打ち込み、それをシエスタが治療と共に見守っていたりと、

 各々の時間を過ごしていく中で月日は流れていき、トリステイン王女アンリエッタとゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の結婚式が三日後に迫っていた。

 そしてこの日、港町ラ・ロシェール上空には旗艦である『メルカトール』を始めとしたトリステイン艦隊が停泊していた。

 国賓として招かれている新生アルビオンの艦隊を出迎えるためである。

 

「左上方より艦隊!!」

 

 偵察水兵が声を張り上げるのと同時に正装を纏った司令長官のラメー伯爵と艦長のフェヴィスが視線を向けている。

 約束の時間は当に過ぎての登場に不満を抱いていたが、そういった気持ちもやってきた艦の数々を目にしては吹っ飛んでしまう。

 自分たちの乗るメルカトールとは比べ物にもならない巨船、レキシントンを中心としたアルビオンの大艦隊。

 

「あれが噂のロイヤル・ソヴリン級か……後ろの戦列艦が小型のスループ船みたく見えてくる」

「全く不可侵条約を締結していてほっとする、戦場では出会いたくない相手ですな」

 

 冗談めいたように笑い合うラメーとフェヴェスの言葉も尤もであろう。

 他国と比較して絶対的な軍事力が劣っているトリステインの懐事情を抜きにしても、2人の正面から迫ってくるレキシントンの迫力はかなりの物。

 浮遊大陸という特異な地形故に発達した空戦での優れた軍事力と造船技術があればこそ成し得る物。

 あんなものに牙を向かれてしまっては今のトリステインでは単独でどう足掻いても勝てないだろうという見立てである。

 

 

ドン! ドン! ドン!

 

 

 やがて間近に迫ってきたアルビオン艦隊の方から響いてきたのはいくつかの砲撃音。

 貴族として、国としての礼儀に則った礼砲の発射であり当然弾は込められていない。

 それでもレキシントン程の艦船となれば礼砲だろうと空気が震えるほどの勢いがあり、

 ラメーとフェヴェスは一瞬たじろいでしまう程の迫力を相手から感じていた。

 

「よし、答砲だ、七発用意」

 

 とはいえいつまでも呆けていて舐められるのも癪である。

 すぐさまフェヴェスは水兵たちに指示を飛ばして礼砲の返答準備を進めていく。

 テキパキと作業が整えられ、やがてトリステイン側の砲塔からも七発の礼砲が発射される。

 

 

ドゴォン!!

 

 

 ……だが、次の瞬間にラメーとフェヴェスの眼前に映ったのは予想だにしない光景だった。

 礼砲を発射し終えたその直後、突如としてアルビオン側の艦隊最後尾に位置していた旧式の船から爆発と共に火の手が上がっていたのである。

 

「な、何事だ?」

「事故でも起きたのか? それとも……」

 

 両者顔を見合わせてきょとんとするばかり、発射したのは先のアルビオンと同じ礼砲であり自分たちが原因などということは絶対にありえない。

 となればアルビオン側で何か手違いでも生じたのかと考えるのが当たり前なのだが……

 

「た、大変です! アルビオン艦隊レキシントン号はこちらの艦隊の砲撃によって向こうのホバート号が撃墜されたと!!」

「なっ!? 何を馬鹿な!! こちらが放ったのは礼砲だぞ!? そんなことがあり得る筈がない!! すぐに返信をしろ!」

「さ、更に返信! こちらの砲撃に応戦をする構えです!!」

「そ、そんな馬鹿な……!!」

 

 あまりに一方的且つ言いがかりに等しいアルビオン側からの返信、それに憤慨する暇も無く次の瞬間に迫ってきたのはレキシントン号による礼砲ではない実弾による一斉射。

 自分たちはハメられた、最初からアルビオンは戦争をするつもりでここへとやってきたのだとラメーとフェヴェスが確信した時には、

 既に旗艦メルカトールを含めたトリステイン艦隊は壊滅状態に等しいダメージを受けていたのであった。

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