アルビオン艦隊による突如の奇襲と事態の急変、それはシエスタの故郷であるタルブ村からも目視できる光景であった。
自宅の庭から幼い弟、妹たちと共にシエスタは呆然と空を見上げるばかりである。
のどかな片田舎の村にはあまりにも不釣り合いな爆発音、ロ・ロシェールの方角に見える燃え上がる船の数々。
それがあっという間に高度を下げて墜落し、遠くの山肌にぶつかっていくつもの破片となって森へと降り注いでいく。
シエスタの家族のみならず、タルブ村の住人たちの間に騒然とした空気が流れ始めた頃に次なる異変が起こり始める。
雲を割り姿を現したのはトリステインの艦隊とは比較にならない巨大な戦艦、それが近くの草原に鎖の付いたを錨を降ろす。
「ど、どうなってるのおねえちゃん……」
「何が起こってるの……?」
「……とにかく、家に入りましょう」
スカートの裾をギュッと掴み、不安に満ちた震える声を漏らしてくる弟、妹たちを安心させるように抱きしめてからシエスタは家の中へと戻っていく。
兄弟の中で一番の年上故、自分が取り乱してはより強い混乱を招くことになると表向きは毅然とした態度で振る舞っていたものの、
シエスタもまた内心では今すぐにでも駆け出してしまいたいくらいの不安と焦燥に駆られている。
何せ家に入る直前に目にしたもの、停泊した巨大船から飛び出してきた何匹もの飛竜は真っ直ぐにこのタルブ村の方へと向かっているのが見えてしまったから。
「あそこに見えるのはアルビオンの戦艦だ……」
「いやだ、戦争なの? トリステインとアルビオンは不可侵条約を結んでいる筈じゃない」
「わからん……だとするなら何でさっきトリステインの船が落ちてきたというんだ」
家に入るなり硬い表情を向き合わせて話をしているシエスタの両親。
戦争、その一言は無力な平民たちにとっては忌むべき言葉、行動そのものであり、
その渦中に自分たちが巻き込まれるということはそれこそ最悪という二文字以外に表現の仕様がないことだ。
故にこその条約という名の保険、防波堤、それがあるから大丈夫なはずだと自分たちの心を落ち着かせるしかできない。
バリィン!!
だがそんな縋るような想いなど紙より容易く破られたことは目の前の現実が何よりの証明となってしまった。
窓から見えるドラゴンに跨る竜騎士隊は真っ直ぐに村の中へと侵入し、何の躊躇も無く辺りに火を吹きかけさせていっていた。
シエスタのいた家にもその1つが容赦なく直撃し、火炎の1つが窓ガラスを砕き辺りに熱と破片を飛び散らせる。
「きゃあ!!」
「母さま!!」
「シエスタ!! 弟たちを連れて逃げるんだ!! 早く、南の森の方へ!!」
事態を正確に察知しきれていなかったシエスタの家族含めた多くの家に隠れていた住人達は正に袋のネズミでしかない。
悲鳴を上げる母に泣き叫ぶ弟、妹たち、顔面蒼白で必死にこの場から離れる様に叫ぶ父。
どうしてこんなことになってしまったのかなどと考える暇も無く、不安が一気に噴出したシエスタは覚束ない足を無理に動かしながら、
それでもどうにか家族を守らなくてはいけないと父親の叫んだとおりに兄弟たちと共に避難を試みる。
「いたぞ!! 命令通り捕まえるんだ! 逆らうのなら殺しても構わんとのことだ!」
「あっ……!!」
「おねえちゃああん!!」
「シエスタッッ!!」
しかし現実はあまりにも無情、泣きわめく妹の1人に手を伸ばし駆け寄ろうとする父親、
目を見開き固まってしまったシエスタの眼前には獰猛なドラゴンを従える1人のアルビオン軍竜騎士の魔の手が迫っていたのだ。
「ガ……ほっ……!?」
「きゃああ! ……えっ……?」
恐怖の余りしゃがみこんでしまったシエスタが直後に目にしたのは、竜騎士とドラゴンが共に短い唸り声を上げて仰向けに倒れる姿。
目まぐるしく入れ替わっていく情景を前にして頭の中で混乱するばかりの中で更に姿を現したのはこの状況下では救世主と呼ぶに等しいシエスタも見慣れた男の姿。
「ぶ、無事か……シエスタ……?」
「ヴィ、ヴィーゴさん!!」
「俺の最高のモデルを、き、傷つけようとするとは……許さない……」
悲鳴の涙が嬉しさと安どの涙に代わっていたシエスタの前にいたのは地面から這い出てきたヴィーゴ。
いつものように村外れの寺院、自身のアトリエで作業に没頭していた中でヴィーゴも察知した異変。
哀れシエスタに手を出そうとした竜騎兵とドラゴンは、ヴィーゴによって無傷のまま心臓を抜き取られわけもわからぬまま息絶えることに。
「さ、下がっていろシエスタ……コイツラが何なのかは知らないが……この村を襲おうというのなら、俺の敵だ……」
「……わかりました、ヴィーゴさん……どうかお気をつけて……!」
「心配するな……俺も死ぬつもりなど無い……早く逃げろ……」
ヴィーゴの強さを"ハルケギニアの人間の中では"誰よりもよく知っているからこその信頼。
たった1人を置いて行くことに心優しいシエスタはかなりの抵抗をも感じてはいたが、
自分たちが彼のことを心配して残るようなことをする方が却って迷惑をかけるとわかっていたからこその選択。
涙と共に言葉をかけてシエスタは家族たちと共に家の裏口から逃げ出していく。
それをいつものニィッと不気味な笑顔で見送ってからヴィーゴは再び表へと出て村の様子を見渡していく。
既に何人もの竜騎兵とドラゴンが周囲を飛び交っており、逃げ遅れた村人たちが必死そのものな様相で逃げ回っている。
襲う側のアルビオン兵に浮かぶのは命令を淡々と実行する者の無表情か、無抵抗の者を蹂躙することに快楽を覚える者の下卑た笑いか。
「何だあ? 平民1人でこんなところでぼーっとして死にたいのか?」
「……ぶ、不細工どもめ……この村を……今の俺の居場所を奪おうというなら……容赦しない……」
兵の1人が跨るドラゴンと共にその存在に気付き眼前へとやってきて挑発に等しい言葉を投げかけてくる。
少しでも気配を察知する力に優れていればそれが如何に間違った行為だったのかを察することが出来た筈である。
相対するヴィーゴの口元には笑みは浮かんでおらず、見えるのは見開かれた乾いた両瞳とその奥底で蠢く黒い不快感。
――
「は――ぎゃああああああ!!!??」
「何だ、一体どうし―――うおああああ!!!」
「ど、どうなってやがるんだこれはあああ!!」
余裕の表情が底知れない者への恐怖と絶望に塗り固められるのは一瞬のこと。
その絶叫を耳にして寄ってきた別の竜騎兵たちもまた同じような状態になってしまう。
眼前に広がっているのは1人の男を中心に、村の地面と家々から何本も生えてくる大量の腕という常軌を逸した光景なのだから。
「お前らの血も肉も骨も臓物も、俺の新しい感性の実験台にしてやる……」
変わることもあれば変わらぬこともある、シエスタとの出会い以降久しく行っていなかった人を殺めるという行為。
それを解放したヴィーゴは一切の情け容赦なく、文字通りタルブ村と一体化したと言ってもいい状態で力を振るい、
慌てふためき動きを止めた竜騎兵たちを己の無数の腕によって阿鼻叫喚の地獄へと叩き落としていった。
*
トリステインの王宮内はてんやわんやの大騒ぎでロクに話も纏まらないまま混乱が強まる一方であった。
ただでさえアンリエッタのゲルマニアへの出発で大わらわであった矢先に届いたのがラ・ロシェールに停泊していた艦隊の全滅とアルビオンからの宣戦布告。
ウェディングドレスに身を包み呆然とするばかりのアンリエッタを中心に大臣や将軍たちが紛糾の声を上げるばかり、
それどころか次々にタルブ村の占領やら領主の死亡やら、偵察に向かった騎士体の連絡途絶など事態の悪化を告げる報告が挙げられていく一方なのだ。
不可侵条約を結んだはずの他国からの奇襲、元より条約自体が今日の作戦の為の時間稼ぎ以外の何物でも無かったという現実。
それを認められない議会員たちは目の前の事態をわかっていないかのような不毛な議論を重ねるばかりであった。
「ゲルマニアに軍の派遣の要請を! このままでは蹂躙される一方ではないか!!」
「そう事を荒立ててはいかん! まずは双方の誤解を解くことが先決だ、至急アルビオン側へ特使の派遣を……」
「残りの艦をかき集めて少しでも時間を稼ぐんだ! 古かろうが小さかろうが何でもよい! この際――」
「馬鹿な! 相手の戦力をどうお考えなのだ!? そんなことをしたところでみすみす死ににいくような――」
繰り返さされる議論の内容の数々はそのどれもが早急な事態の打開に繋がらないだろう物ばかり。
そしてアンリエッタはその裏に見え隠れする1つの共通認識もわかってしまう、自己保身、自分は被害を被りたくないという逃げの精神だ。
皆、国の行く末を左右するトリステインの高官ばかりだというのに揃いも揃ってこの逃げ腰とあってはアンリエッタも気を落とすばかりであった。
(ウェールズ様……)
紛糾が怒号にまで到達する中、アンリエッタが視線を下げて見つめるのは先の任務の際にルイズが持ち帰って来てくれた亡きウェールズの形見である風のルビー。
ルイズの使い魔である少年は確かに言っていた。ウェールズ皇太子は勇敢に闘い死んでいったのだと。
それを聞いた時自分も誓った筈だ、ウェールズに恥じないように勇敢に生きてみようと。
自分は決して優れた統率者などではない、だとしても紛れも無くトリステインという一国を背負って立つべき王女。
ならば、こんなところで気を沈ませて黙りこくっているなど以ての外。
「恥ずかしくないのですか、貴方方は? 国土が敵に侵略されているという現実が目の前にある今この時に、同盟だ特使だ騒いでいる場合ではないでしょう!!」
凛としてわななく声が響くその方向に議会の席に着いていた者たちが一斉に振り向く。
その視線を一身に浴びながら高らかに叫ぶ今のアンリエッタは決して無力な少女などではない、一国の長として相応しいオーラを纏っていた。
「で、ですが姫殿下……これは双方の些細な誤解によって生じたことなのです。不可侵条約を結んだはずのかのアルビオンが――」
「同盟など、最初からこの為の準備期間だったということでしょう。虚を突き我らを蹂躙する為の体の良い口実に過ぎなかったと」
「しかし殿下……」
「こうしてわたくしが話している時間すら惜しいのですよ! 今も罪なき民の血が流され続けトリステインの大地が焼かれているのです! それを救い守ることこそが我ら貴族の、王族としての責務なのではないですか!!」
「…………」
「ええ、貴方方の考えていることも尤もです。敵は強大なアルビオン軍、勝ち目の薄い闘いに敗れ糾弾の矢面に立たされたくない、ならば奴らに恭順して生き永らえようという腹積もりだと」
どこまでも高々と、透き通る声で響き渡るアンリエッタの言葉に誰もが口を閉じるしかない。
何一つ間違っていないということの肯定、どんなに誇りを掲げた所で大半の人間は弱い、己自身を何よりも可愛いと思ってしまう生き物なのである。
だがアンリエッタの言うように、そういった弱さを克服して民を守る力にならなくてはいけないのが王族であり軍隊なのだと。
「ほ、報告!! タルブ村を占領していたアルビオンの竜騎士隊が何者かの抵抗を受けその数を減らしていると……!!」
「何者か? 何者かとはどういうことだ!? 我が軍の兵団ではないのか!?」
「そ、それが……どうにか帰還した調査団の生き残りによればメイジと平民を合わせてたった3人だと……」
と、そこに舞い込んでくる更なる報告が尋ね直したマザリーニ枢機卿合わせてより強い動揺を広げていく。
不意打ちとはいえ正規軍ですら瞬時に壊滅させられたアルビオン軍相手にたった3人で立ち向かっている者たちがいるという嘘のような報告。
あまりの事態に二の句を告げられない将軍や大臣たちを他所に、アンリエッタは心を奮い立たせて勢い良く立ち上がっていた。
「聞きましたでしょう!! この危機を前に僅かな人数ですら立ち向かう者たちがいるというのに、ならば我らが赴かずして何が王族ですか!!」
「姫殿下、お輿入れの大事なお体だと言うのに!!」
「そんなに怖いのならわたくしが直接率います! 貴方方はここで会議を続けていればいい!!」
慌てて引き留めようとしたマザリーニのことなどまるで眼中に無い、
ウェディングドレスの裾を膝上まで切り破り床へと叩きつけ、アンリエッタは宮廷の中庭へと駆けていく。
自身の馬車を引くユニコーンの1体の背の上に跨り、号令をかけて周囲にいた魔法衛士隊の何人かと共にあっという間に姿を消してしまっていた。
「……各々方、姫殿下に続くのだ! 王女1人にだけ行かせたまま我らが指を咥えて眺めていたのではトリステイン末代までの恥となる!」
マザリーニとて自己保身を考えていたのではなく、トリステインの行く末を見据えての慎重な姿勢を見せていたというだけ。
だが、アンリエッタの言葉に衝撃を受け目を覚ました。民の一部を小として斬り捨て国そのものの存続を優先させるという考えを纏める前に
もっと早くに決断し王族の一員として成すべき責務があったのだと。
周囲を鼓舞するマザリーニに続くように、弱腰になっていた大臣や将軍たちもその心を再燃させてそれぞれの持ち場へと付いていった。
*
(そっちの状態はどうだ、ヴィーゴ?)
(ど、どうにか俺1人で抑えられているが……これ以上増えると少々厄介だ……は、早めに片付けてもらいたい……)
(いいだろう、そっちは任せる。変化があったら報告しろ)
(……ありがとう)
(ふふ……気にするな、俺としてはお前たち2人が協力してくれたことに感謝しているからな……)
テレパスによる念話を交えながら、タルブの草原上空に位置するアルビオン軍旗艦レキシントンを中心とした艦隊、そこからわらわらと降り続けてくる竜騎兵たち。
アルビオン軍の兵とドラゴン、眼下で燃え上がる草原とのどかな風景が壮絶そのものな光景に変わっている中を駆けていたのはたったの2人。
頭の付いた青白い竜の幻影、スノーウインド・ドラグーンに跨るタバサと、その傍らで氷の道を駆け抜けるウラヌス。
「放て、
脳のざわめきとイメージを力のままに解放するタバサに連動するようにして幻影の竜が口を開き、そこからアイス・ストームにも匹敵する猛吹雪が放たれる。
突如として現れた正体不明の竜に跨る少女のメイジが何者なのか戸惑う中、それすらも知ることが出来ずに竜騎士の何人かが吹雪に飲み込まれて全身を切り刻まれ、ドラゴンとと共に墜落していく。
ここ数日のヴィーゴとの模擬戦も経て磨かれたタバサのPSI、既にスノーウインド・ドラグーンは飛行と攻撃のように、2つの行動を実戦で同時に使えるほどにまでレベルアップしていた。
「な、何者なんだアイツらは……!!」
「狼狽えるな!! 敵はたったの2人だぞ! ならば我らの力を以てすれば――――」
「勝てるとでもほざくつもりか? 当然だろうな、このような戦術に頼る連中ならば」
「か―――ぐげごっ!!」
アルビオンの竜騎士隊の練度は他国の軍と比較しても非常に経験値の高い熟練の強者たちが揃っている。
そんな自分たちが、その背を追っているたった1人の青白い竜に跨る少女のスピードと複雑な軌道を捉えきれないという現状。
不安を増大させる新兵とそれに喝を飛ばす小隊長が背後からの銃撃に晒され全身を凍結させて真っ逆さまに落下していったのは直後のこと。
莫大な冷気による白い煙の噴出している氷の銃を両腕に構えて、氷結した氷の床の上に立つウラヌスがいた。
「大丈夫か?」
「問題ない。現状の消耗ならまだまだ保たせることはできる。流石に艦隊そのものを相手にするのは厳しいけど」
「あまり無理はするな、いざとなれば俺1人でも乗り込んで連中の頭を叩き潰せばいい。どの道俺達が無理に出しゃばる必要も無い」
口を動かし視線を交差させながらもウラヌスとタバサは攻撃の手を緩めることなど一切ない。
左方向から迫っていた竜騎士を、ドラグーンの頭を消滅させ代わりに右腕を現出し、すれ違い様の爪の一撃と解放したエネルギーで薙ぎ倒していく。
右方向から新たにやってきていた竜騎士は、ライズの肉体向上による跳躍で上空から叩き落とされるウラヌスの蹴りの一撃で落下させられていく。
仮にも一国の軍隊相手にたった2人で立ち向かっているという異常な光景、その演出者張本人である2つの碧眼は現状の消耗から考えてまだまだ退くつもりは無いようだった。
「しかし良かったのか? ガリアのアンタがこの村を助けてやる理由は無いと思ったが」
「彼女には、シエスタには感謝している。彼女と彼女の村が襲われているというなら私は助けになりたい……それに、その言葉は貴方も同じはず。今の貴方が変わったとしてもこんなことに付き合う義理にはならない」
「……フン、存外俺もアンタと同じような理由なんだろう。せっかく会った同朋の居場所が蹂躙されるのを、何もせずに放っておくというのも癪だからな」
「素直じゃない」
再び背後から迫っていた敵を幻影の尾による薙ぎ払いで撃退し、離れた場所では弾丸の如きスピードの氷の矢が複数の竜騎兵を貫通し貫いていく。
ウラヌスの言うようにガリア出身のタバサがトリステインとアルビオンの争いに介入する理由など無きに等しく、下手を踏めば内政干渉として叩かれる可能性だってある。
だがそういう理由云々を抜きにしてもタバサは、同じ力の持ち主で自分に優しくしてくれたシエスタやヴィーゴの住むこのタルブ村を、
自分たちがいるその目の前で襲われるのを黙って見ているという選択肢を取ることはできなかったのである。
当然、復讐と母の救出という譲れない目的の為にこの場で命尽き果てようとも、なんて玉砕の覚悟は少しも持ち合わせてはいない。
でもそうだとしても、自分の力の及ぶ範囲であの村の助けになりたいという意志も確かにあり行動していたのである。
そういった気持ちは傍らで力を振るうウラヌスもまた同じこと、ある意味ではタバサ以上に力を貸す理由など本来は無い筈だが、
特別と認識しているタバサが立ち向かっているということ、曲がりなりにも嘗ての同朋であり共に変わった者同士わかりあったヴィーゴのいるこの村を好き勝手されるのは癪だったということ。
心の中に芽生えている2つの大きな想いが今のウラヌスを動かしていると言っていい。
己の目的と自分自身のことが全て、冷たく無感情な2つの碧眼は今この時は確かにその内に熱い心の炎を灯していた。
「アルビオンの不可侵条約は元よりこの時の為だったということ、それ以外に考えられない」
「結構なことだ。闘いにおいて卑怯卑劣などという批判はそれこそ余計な言い訳に過ぎない、勝つ為の手段として最大限がこれだというならそのことで連中にとやかく言うつもりなど無い……だが……」
「気になることが?」
「問題は今回の作戦にどこまであの男の……グラナの意志が介在しているかだ。アンタの話じゃあの男を通じてアルビオンにガリアの意志が混じっているんだろうが、少なくともグラナはこういった手段はあまり取らない」
「……けどその背後にいるアイツは、ジョゼフなら嬉々としてこういった作戦も了承するはず。そうでないのならアルビオン現皇帝による独自の意志か」
互いに至近距離でピッタリと背を向け合いながらブレスによる吹雪と氷の弾丸で尚も敵を打ち倒していく。
現アルビオン、つまりはレコン・キスタにグラナが属しており、グラナの言によれば彼を召喚し指示を出しているのはタバサの仇であるガリア国王ジョゼフ。
だというのならアルビオンの裏でグラナを通じてジョゼフが糸を引いている可能性も高いと2人は予測を立てており、今この場の戦闘にも関与しているのではないかという疑念。
とはいえウラヌスの知る限り、グラナは自分と同じで不意打ち騙し討ちの類を絶対許さないみたいな潔癖な精神などは持っていないが、だからといって自分から好んでそういった戦術を取るような男でも無い。
とすると、逆に人の命を自身の快楽の為に平気で使い捨てるだろうジョゼフが今回の指示を飛ばしたという可能性。
だが結論付けるには証拠も不足している完全な憶測でしか無く、少なくともそれは今考える事ではないだろうと2人は頭を切り替えていた。
「しかし流石に多いな、周辺被害を顧みずに本気を出せば何とかかなるが」
「出来る限り、あの村と周辺の被害は抑えたい」
「わかっている、とはいえこのままじゃ本当に時間稼ぎが精々だ。艦隊の砲撃準備が完了すれば俺はともかくアンタじゃ苦しいぞ、タバサ」
「……最善は尽くす、いざとなれば私も旗艦に突撃する」
絶えることなく飛来してくる竜騎兵たち、1体1体の練度も高いが、それでも今の自分たちに抑えきれない相手ではない。
しかしウラヌスの言うようにこのまま時間稼ぎ同然の闘いを続けていたのでは敵旗艦レキシントンの砲門を始めとした一斉射でこの戦場はより一層激しさを増すに違いない。
魔法技術の結晶とはいえ現代兵器のそれに大きく劣るそれらがいくら束になろうとウラヌスにはどうとでもなる相手であったが、
PSIという異質の力を持っているとしても、ハルケギニアの世界の人間の延長線上に位置しているだけのタバサにはそうはいかない。
ドラグーンの形成維持はまだ持つだろうが、このままの状態がずっと続き更に激しさを増すとなるとあまり悠長なことも言っていられない。
そうなるとタイミングを見計らって引き下がるか、危険を承知の上で竜騎兵と砲門の嵐を掻い潜りつつ敵旗艦に突っ込むかなのだが。
「……待て、あれは何だ」
「……? もしかして……」
そんな風に思考を巡らせていた2人の背後から爆音とともに迫ってきていた新たな機影が1つ。
アルビオンの竜騎士とは違う、ウラヌスもタバサもタルブ村で目にした筈の濃緑色の巨体。
「竜の、羽衣……」
「飛ばしたのかアレを? なら乗っているのは……あのガキか?」
2人の遥か上空の高度を通過し暴風を撒き散らしながら敵陣へと突っ込んでいくそれ。
紛れも無く学院へと帰還したメンバー達と共に運ばれていた筈の竜の羽衣ことゼロ戦の姿であった。
*
「す、凄いわ凄いわ!! 天下無双と謳われたアルビオン軍がああも簡単に落ちていくなんて!」
「だーっ! 騒ぐなって言ってるだろ! 敵はまだ残ってんだぞ!! てか何時の間に乗ってたんだ!?」
「だったら死に物狂いで頑張りなさあああいっ!! わたしはあんたのご主人様よ! 使い魔だけ行かせて後ろに引っ込んでるなんてできないのよっ!」
「あのなぁ……」
「おーい相棒、お取込み中の所悪いが右から10ばかり来てやがるぞ」
コルベールの尽力によりどうにかゼロ戦を飛ばせるだけの燃料が完成し、その他整備も完了して無事に離陸していたのである。
操っていたのはウラヌスの予想通りサイト、アルビオン軍襲来の報を受けて居ても立ってもいられず、
今の自分が出来る全力を以てして、自分に優しくしてくれた人たちを守るために新たな力と共にタルブ村上空へと駆けつけていたのである。
ずっと自分に見せたいとシエスタの語っていた草原、そのあまりにも無惨な姿を前にして怒りを滲ませながらもサイトは、静かに冷静に敵軍を落としていっていた。
サイトにとって予想外だったのは整備の際に取り外した大型無線機の空きスペース、そこにルイズが潜り込んでいたということ。
ゼロ戦の操縦席内は1組の男女の怒声でもみくちゃであり、そこに混じるようにしてデルフリンガーが敵の位置を淡々と告げていく。
「ええいくそっ!」
「きゃあ! もっと丁寧に扱いなさいよ!!」
右から迫るドラゴンの大群が放つ火炎を避けるべく操縦桿を左に傾ければクルリと機体が傾き敵の攻撃が逸れていく。
騒ぐルイズを他所目にサイトはそのまま機体を急降下、次いで急上昇、失速反転などを繰り返した末に竜騎兵たちに20mm機関砲の嵐をお見舞いしていく。
成す術も無く常識外れの弾丸の雨に晒されたドラゴンはあっという間にその翼と胴体にいくつもの風穴を開けられて騎士諸共フラフラと落ちていく。
一般的にアルビオン軍の飛竜は時速150キロメートルほどの速度を誇るが、サイトの駆るゼロ戦は400キロ近く、実に倍以上の開きがありとても追いつけるものではない。
まして今のサイトはガンダールヴのルーンによってゼロ戦を手足の如く扱えている上、
シエスタの故郷を何としても守らなくてはという心の震えがよりその効果を高めている。
現代世界では骨董品そのものな戦闘機もハルケギニアにおいては驚異のオーパーツ、
それを熟練の操縦士も真っ青の腕前に匹敵する乗り手が操ってるとなれば竜騎士如きではどうにもならないであろう。
「タバサやウラヌスだって闘ってたんだ、ここで俺が退けるかっての……!」
「そうは言うがな相棒、いくらこいつでもあのデカブツの親玉を相手すんのはキツイじゃねえのか?」
「わかってる……わかってるけど――ッ!!」
「いけねえあれは散弾だ、こっちが吹き飛んじまう!!」
レキシントン号に向けてスロットルを全開にするサイトに向けられた敵艦右舷からの砲撃がゼロ戦の風防を割りサイトの頬を掠めて一筋の血を流させる。
竜騎兵では相手にならないと言ったが、だからといって戦闘機1機でその何倍も上回る空中戦感を相手にするのは逆にこちらが無謀となってしまう。
内包する技術力で勝っていようとも、やはり根本的な戦力差を単独で覆すのには限界があるということだ。
「アホか相棒! どう考えたって無理だあろうに!」
「くそっ……! けどアイツをどうにかしないとタバサたちも……!」
「サイト……」
急速後退するゼロ戦の中でカタカタやかましく音を立てるデルフリンガーに悔しげに呻くサイト、それを前に不安げな声を漏らすルイズ。
タルブ村に残っていたタバサやウラヌス、更にはヴィーゴもアルビオン軍と率先して闘っていることは眼下の光景でサイトたちにもわかっていたこと。
である以上、生身の彼女たちが危険に飛び込んでいるのだからゼロ戦という兵器を手にしている自分たちこそが状況を何とかしないという想いでいたのだが、
それでもやはり敵旗艦レキシントンの力は圧倒的で、ゼロ戦の力でも太刀打ちできないことを目の前の光景が告げていたのだ。
「姫さま、どうかわたしとサイトを……」
今のサイトの様相を見れば状況が非常に芳しくないことがルイズにもわかっていた。
不安が高まる余りルイズはアンリエッタから託された水のルビーと肌身離さず身に付けていた始祖の祈祷書を手に祈りを捧げていた。
それは、またサイトが必死に闘っているのに何もできない自分への情けなさからの何気ない行為だったのだが、
――これより我が知りし心理をこの書に記す。
「え――――?」
だから、何の前触れも無くルビーと祈祷書が光を放ち、白紙であった紙に古代文字が浮かび上がることなど予想できる筈も無い。
一般的なハルケギニアの言語とは違うルーン文字、魔法以外の才では勤勉なルイズだから解読可能な物。
こんな危機的状況でありながら予想外の事態を前にして、ルイズは好奇心に駆られるままにその文章を読み解いていく。
――我が系統はさらに小さき粒に干渉し……
――我に与えし零を『虚無の系統』と名付けん……
――以下に我が扱いし『虚無』の呪文を記す
――初歩の初歩の初歩、『エクスプロージョン(爆発)』
――ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ
長大且つ膨大な文章に記された始祖ブリミルのメッセージ。古代文字の全てを読み終えたルイズは長年と疑問が解消し悟りでも開いたかのような表情を浮かべていた。
四系統の呪文とは違う、始祖が操りし伝説の虚無の系統の魔法、その一端が今ここにはっきりと浮かび上がっている。
思えば自分も魔法が失敗する度に爆発を起こし続け、そして何故かその理由を誰1人として口にすることは無く困ったように黙るばかりであった。
その果てに付いた二つ名、魔法の成功確率ゼロ、ゼロのルイズ、四系統は愚かコモンマジックすらも使えない落ちこぼれ。
そんな自分が今、白紙であった筈の始祖の祈祷書から虚無の魔法に関する何かを読み取っている……だとするなら自分は……
「……ねえサイト、このゼロ戦ってのをあの敵の巨大戦艦に近づけて」
「はぁ!? お前何言い出してるんだよ? 頭でもおかしくなったか? 近づいたところでどうにもならないってことはお前にもわかってるだろ?」
「わかってる、でも何とかできるかもしれないの。もしかしたらわたし、選ばれちゃったかもしれないから、だからお願い」
「ッ……ルイズお前……けど近づくにしても……」
「相棒、真上だ。そこに砲台を向けられない死角がある、そこにコイツを持っていきな」
怯えていた筈のルイズが突如すっくと立ち上がってそんなことを言いだすもんだからサイトとしても気が気ではない。
だが、そんな想いすらも吹き飛びゼロ戦の操縦すらも忘れそうになるほど、今のルイズの表情は真剣そのもの、見惚れるような美しさがあった。
どの道このままではどうしようもないことは確か、ならばそれだけ言い切るルイズのことを信じてみよう。
腹を括ったサイトはゼロ戦高度を一気に上昇させ、敵の大群を切り抜けながらデルフの言った頭上の死角を目指す。
「っておいこら!」
「合図するまで敵の攻撃を避け続けて」
が、いきなり風防を空けて自分の肩に乗っかるなんてされると流石のサイトも何が何やらといった心境である。
それでもルイズはお構いなしに杖を構え、文字の浮かび上がった祈祷書片手に詠唱を紡ぎ始める。
――エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ
――オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド
通常の系統魔法では考えられない様な長さのスペル、それを少しずつ重ねていくのに比例してルイズは己の内に今まで無い様な力の循環を感じていた。
自分だってトリステインの貴族、祖国の為に闘いたいという気持ちは他の者たちに決して劣らない。
そして今の自分にはその為の力が用意されている、だとするならこれまでの苦難は始祖が今日この日の為に与えていた試練だったとでも言うのだろうか。
意識を研ぎ澄ませていくルイズにはもう周囲の戦闘音など耳に入らず、ただただ愛しい祖国を救うための力を振るうその一点しか心に無い。
――ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ
――ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……
そしてスペルの全てが唱え終わるのと同時、サイトに合図を下してゼロ戦はレキシントンの頭上から急降下していく。
最早留める事すら叶わない溢れ出る衝動と共にルイズは杖を振りおろし、己の意志の下でその魔法を、虚無の初歩の初歩の初歩、エクスプロージョンを発動する。
……次の瞬間、戦場であるタルブ草原の上空に眩い光を放つ球体が出現したと思いきや、
弾け飛ぶようにして爆発し、レキシントン含めたアルビオンの艦隊を包み込んでいく。
光と爆発が晴れたその先、アルビオンの艦隊はその1つ残らずが炎上し、艦首を落として墜落していっていた。
*
敗色濃厚、僅か3人と1機によって持ち堪えていたも同然な戦線は、その場にいた誰もが視認した奇跡の一瞬によって全てはひっくり返されていた。
ルイズの唱えた虚無、エクスプロージョンによって総崩れとなったアルビオン軍は、対照的に幸喜とばかりに勢いを取り戻したトリステイン軍の一斉突撃によって残らず蹴散らされていた。
不意打ちから始まる圧倒的優位にあったはずのレキシントン率いるアルビオン艦隊、
それらの進撃を押し留めたのは紛れも無く少数の、常識外の力の持ち主であったということ。
「サイトさーん!!」
全てが終わった後の夕暮れ時、タルブの草原の一角に停泊していたゼロ戦に満面の笑みでシエスタは駆け寄っていく。
虚無を使った反動でぐったりしているルイズを横たえ、一先ずサイトはシエスタの無事を確認して安堵の笑みを浮かべていた。
タルブ村の被害は建物の焼失こそいくつかあれど、人的被害はほぼ皆無という奇跡的な結果となっていた。
もちろんそれには最後の最後まで留まり進撃してくる敵を撃退し続けたヴィーゴと、同時にサイトの到着まで敵の本隊がいた草原上空で闘い続けていたウラヌスとタバサの尽力によるところも大きいのは事実である。
「……タバサ、アンタにはアレが何だったのかわかるか?」
「わからない、系統魔法とも先住とも……そしてPSIとも異なる……あんなものは今まで見たことが無い」
「ふ、ふふふ……だ、だがあの力が敵を全滅させたのも確かだ……そ、それも人間を狙わず船だけを直接な……!! す、素晴らしすぎる……! あんな芸当、ドルキですら絶対に出来はしない!! 今まで見てきた魔法の中で、最高位の芸術!!!」
互いの無事を確認し喜び合うタルブ村の住人達に囲まれ、満面の笑みで抱き着くシエスタに困ったように笑うサイト。
そんな彼らを遠目で見守っているのがウラヌス、タバサ、ヴィーゴの3人。
勝敗が決した最も大きな要因である、アルビオン艦隊を残らず爆破し墜落させたルイズの虚無、エクスプロージョン。
その正体は同じハルケギニアの住人であるタバサにすら全く理解の外であり、その圧倒的なまでの力はウラヌスとヴィーゴでさえ多大な関心を向ける物。
特にヴィーゴは戦闘を終えて回復しきっていないのにも関わらず、そんなことなどまるで感じさせないくらいに興奮しきり、
奇跡の光景を演出して見せたルイズに対しての興味が一気に爆発してるという感じであった。
「……面白い、やはりあの時感じた通りだったか。全く、つくづくこの世界は俺の予想を外した光景を見せてくれるものだ」
そしてルイズへの興味を強めていたのはウラヌスも同じこと。
学院での魔法を失敗する度に僅かにその片鱗を見せていたルイズの持つ莫大な力の才能。
その見立ては間違いではなかったと確信を浮かべていたのであった。