正真正銘これが最後の1人となります。
……尤も、半分くらいはオリキャラみたいなものですが。
※手違いの発覚で最後のエルフサイドのヴァルナのセリフを僅かに修正しました。
※今後の話の展開の選択を踏まえ、グラナのセリフを更に微修正。
ガリア首都リュティスに位置するヴェルサルテイル宮殿、その中心である透き通った美麗な青い大理石で構築された王の住まうグラン・トロワ。
空に浮かぶ双月が変わらぬ美しさで淡い光を地上に降り注がせる時間帯、その光の照らしだす窓際に映る人影が2つ。
小さな円卓を挟みチェスに興じる片方は乱雑な白髪と羽織の様な衣服を纏う巨漢、最強クラスのサイキッカーであるグラナ。
それに相対するはガリア王族の証たる青、髪と髭を持ちまるで暗い地獄の底でも映し出しているかのような生気の見られない瞳を持つグラナの主……
現ガリア国王ジョゼフ一世その人である。
「……そんでまあ、その時に黒いバースト使いの噂を聞き知ったわけよ。久方ぶりに楽しく闘えそうだってな。尤も、漸く会えたと思ったらお流れになっちまったんだが」
「実に興味深いな、全てを食らい尽くす黒き月の使い手……お前ほどの男が興味を抱くとは一度見てみたかったものだ」
「出来る事なら俺もそうしてやりてえもんだがそいつは無理なこった。お前が俺を呼んだことさえ奇跡に等しいことなんだからよ」
「ククク……シャルルが死んでから得た忌々しさすら覚えていたこの奇跡の力も、お前と巡り合わせてくれたことを考えれば存外悪くないとすら思えてくるから不思議なものだ」
「ッは! そんなセンチなことを言うタマか? お前がよ!!」
ガハハと豪快に笑いを上げるグラナに対して、くつくつと含みのある邪悪な笑みを零しているジョゼフ。
何の因果か巡り合わせか、ジョゼフが気紛れで唱えた使い魔召喚の魔法、サモン・サーヴァントで呼び出された者こそがグラナに他ならない。
幼少期から秀才の弟と常に比較され続けて溜め込んできた黒い感情、それが爆発したのがよりにもよって先王の没前、自身が王に任命された直後のこと。
ずっとずっと見返してやりたいと願って止まなかった弟から最初にかけられたのは『おめでとう』という称賛の言葉。
王に選ばれたという最高の名誉を前にしても優秀な弟はその余裕を微塵も崩さなかった。
純粋なまでに兄のことを気遣っての一言、それがジョゼフという男のプライドをどれほど傷つけたのかも知らずに。
それがタガが外れるキッカケとなり、溢れ出るどす黒い感情に身を任せるままに行動した果て、
全てが済んだ後に残されていたのは地獄へと叩き落とされた死んだ弟とその家族、玉座に座る自分は涙を流すことが出来なくなっていたということ。
「掴めるかもわからん過去の思い出に浸るくらいなら前向きに考えようぜ? 俺もお前に召喚されて以来、久方ぶりに心が躍って仕方ねえんだからよ」
「ああ……お前の同朋と言っていた氷結の使い手、それを俺の姪が召喚し、挙げ句同じ力に目覚めていたなど……こんなに楽しく思えたのはこちらとて久しぶりだからな!」
「アイツらは強いぜジョゼフ? 俺はともかくいずれはお前程度なら殺しちまうかもしれねえぞ?」
「元よりそれも望みの1つだ、肉親の凶刃に倒れるその瞬間が訪れる時ならば今度こそ俺は……」
その先の言葉は告げられることなくジョゼフの動かす黒い駒がグラナの白い駒の1つを奪っていく、盤上の戦況は五分五分といったところか。
弟をその手にかけたという現実はジョゼフに晴れることない暗い影を落とし何もかもに絶望させた。
見返してやりたいと願った末に無能と蔑まれてきた自分が手にした虚無という力もその二文字の如く実体の無い空っぽなナニカしか感じさせなかった。
人間らしい己を取り戻したいという一心で姪を追いやりその母を毒で狂わせ、それだけに飽き足らず世界を盤上に見立ててゲームの駒として人々を操っていく。
それでも尚、何も心が震えないままのその先に出会ったのがグラナという存在だった。
「そんな風に言えるだけお前はまだまだ恵まれてるって思えるんだがなあ、元が何も無かった俺なんかと違って確かにお前は人間らしい、苦しんでもがこうとする必死な感情があるってわかるぜジョゼフ?」
「それを言うならお前もそうだろうグラナ? お前は自身を空っぽの獣などとほざいていたが、獣が人間らしさなどを求めて彷徨うものか。俺から言わせればお前の方がよほど羨ましい、己の在り方に悩み答えを模索する姿は人間以外の何物でも無い」
「言ってくれるじゃねえか、そうさ。俺は確かにグリゴリの檻の外、世界の姿を見てみたいと唯一願った、その枠組みから更に先、ハルケギニアっつー新しい世界を見せてくれたお前には感謝してもしきれねえ」
懐かしい同朋と新しい同類にも会えたしな、などと付け加えてグラナは傍らに置いてあったワインボトルを傾け一気飲みする。
人間らしさを求め彷徨った戦闘人形、失った人間らしさを取り戻そうと足掻いていた孤独な王。
ジョゼフとグラナの出会いは運命か必然か、一目見た瞬間からお互いは同類だと直感的に感じ取ってから過ぎ去った今日までの時間。
自分たちはまともじゃないと言いがなら互いのパートナーの在り方を人間らしいと評する、何とも奇妙な関係が2人の間に出来上がっているのである。
「ならよ、俺とお前で見てみてえもんじゃねえか? 世界の果ての果て、こんな世界を作り出したっつー始祖様とやらの本意をよ?」
「お前の力があればそれも可能なのだろうな。だがそれは後回しだ、目下の俺にとっての興味は――」
「あの嬢ちゃんと03号の野郎、ってとこか?」
「そうとも!! 何もかもを奪いつくして尚、俺の心が震えぬと言うのならその逆を試してみるのもいいかもしれんしな。それに貴様と同じ力の使い手、是非とも一度手合せ願いたいものだ」
「やれやれ、相変わらず気まぐれなこったなあ……」
呆れを見せつつも笑いは崩さないグラナを前にして、ジョゼフもまたワイングラスを傾けて紅い液体で喉を潤していく。
多くの命を奪い尽くし世界を動かしても少しも癒えなかった自身の闇、
未だ根深いそれに一筋の光明を与えたのが他ならぬグラナであり、彼をキッカケに少しは世界がマシな物に見えてきた今のジョゼフ。
彼の中で渦巻いている姪、タバサとその使い魔であるウラヌスにどのような感情を向けているのかグラナには測りきることが出来ない。
「失礼します、グラナ殿」
「んお、どうしたよこんな時……ああ、そういやレコン・キスタに関しての定時報告があったっけな」
酔いと熱で益々感情を高ぶらせていく2人の男の下に現れたのは他国に多く忍ばせている間者の1人。
甲斐甲斐しく膝をつくその間者がつい先日までいた新生アルビオンの現況を伝えに来たものだということを思い出してグラナはそちらに視線を向ける。
今日が乗らなかった故に途中で降りたトリステイン侵攻作戦、その成功報告にでも来たのだろうかと勘繰っていたのだが、
「じ、実は先の作戦においてレキシントン含めたアルビオン艦隊は全滅……少なくない被害を被り敗北したと」
「あんだそりゃ? あんだけ戦力がありゃトリステインくらいは楽に落とせるはずだってクロムウェルの野郎も言ってたろ? どんなドジ踏みゃそうなる?」
「それが……俄かには信じがたい話なのですが……」
だが伝え聞かされた結果報告は予想に反する真逆のもの、どういうことだと疑問を浮かべるグラナに対して間者は戸惑いながらも説明を続けていく。
俄かには信じがたい、その言葉がよく似合うとしか言いようのないトリステイン軍が起こした奇跡、それはグラナのみならずジョゼフの興味すらも惹くもの。
「…………ク、ククク」
「グ、グラナ殿? 何か……」
「クッハハハハハハハ!! そうかいそうかい! トリステインの連中はそんな隠し玉を用意してたってのか!! よりにもよって俺のいない時に出てくるなんざタイミングが悪ィなオイ!!」
「全くだ!! 全く以て傑作としか言いようがないなあグラナよ!! 俺が動かした駒をトリステインの担い手が全て掻っ攫うとは!! これを笑わずにいられるか!!」
間者としては悪い報告だった筈なのに、目の前で愉快千万と言わんばかりに大声で笑い続ける2人の男の姿に動揺が強まるばかりである。
だが真実を知り、普通とは違うモノを求めるジョゼフとグラナにとってその報告内容は笑わずにはいられない物だったことも確か。
自分たちと同じ常識外れの奇跡を起こせる力の使い手、それが姿を現したのだというのだから。
「どうやら貴様の同朋と俺の姪に加えてもう一つ楽しみが増えたようだなグラナ?」
「あぁ……! 桁外れの爆発を起こして艦隊を全滅させたっつー担い手……俺も闘ってみてえもんだ……! そん時が実に楽しみだぜ!!」
人間らしさと共に自分たちの心を動かすだけの対象、
それがウラヌスとタバサ以外に出てきたということをジョゼフとグラナは喜び合っていた。
*
貴族派の快勝だの新生アルビオン共和国の設立だの、はたまたトリステインへの奇襲作戦の予期せぬ失敗だの、
国を揺るがす大事態がいくら起ころうが、サウスコーダ地方の端、深い森の奥にひっそりと佇むウエストウッド村とその住人達にはどれもが無関係の出来事でしかない。
時折足を踏み入れる命知らずな者たちをジュナスとカプリコ、ティファニアが追い払っては穏やかな時間を過ごす毎日が続いている。
「ねえねえテファおねえちゃんテファおねえちゃん! 今度は私の番だよ!」
「えーっと……昨日、河の畔の近くで見たことない綺麗な花を見つけた? うん、後で私にも見せてくれる?」
「うっわあすごいやテファおねえちゃん! ほんとうになんでもわかっちゃうんだね!!」
「あとでおれにもやってみてよテファねえちゃん!」
「わ、わわっ……順番、順番にだからね?」
その平和で穏やかな日々に多少の変化が見られるようになってきたのつい最近になってからのこと。
この村の年長者にしてハーフエルフのティファニアが高熱を発して倒れ、僅か1日で回復して以降、
彼女は普段以上に村の住人である小さな子供たちに好かれせっつかれるようになっており、今も村の一角にある広場で大勢の子供たちに囲まれている。
元からわけありで身を隠すしかない孤児たちを纏める立場にあった優しいお姉さんとして認識されているティファニアだったが、
そんな彼女の人気が更に鰻登りになっていたのは、彼女が目覚めたある力が最大の理由。
「で、今日こそはどういうことか説明してくれるんだろうね?」
「アイツはトランスに相当の才能がある、磨いていけば単純な読心に留まらない、かなりの使い手になれるだろうな」
「そういうことを聞きたいんじゃないんだよこっちは! 何でよりにもよってテファがそんなんもんに目覚めたのかってとこをだね!!」
「うるさい黙れ、連日言ってるだろうが、そんなことなど俺は知らないと」
ティファニアのことを窓から眺めながら目の前の同居人の男に事情を問いただそうとしている者が1人。
バンッと机に両手を叩きつけて怒鳴るマチルダに全く視線を合わそうとせず、ジュナスは頬杖をつきながら気怠そうにしていた。
たまたまマチルダが私用で村から離れており、そんな時にティファニアが熱で倒れたと聞いて気が気でも無かった矢先にこの事態。
マチルダもよーく知っている、ジュナスとカプリコが扱うPSIという異質の力。
それが何故、妹同然に可愛がってきた子に宿っているのかという当然の疑問。
「俺も詳しくは知らん、だがPSIは元々人間の脳の眠った本来の機能を使っての力だ、ならこっちの人間が何かの拍子で使えるようになっても別に不思議じゃない」
「そりゃアンタの説明通りなら尤もだろうけど……じゃあその使い方をまさか――」
「そんな面倒なことを俺がするか。カプリコは仲間が増えたって大はしゃぎだったがな」
「そんでカプリコのお嬢ちゃんがテファに手解きをしてるってことかい……全く、頭痛の種が増える一方じゃあないか……」
「元からこんな場所に隠れ潜んでいるんだ、厄介事の1つや2つが増えたくらいで一々ガタガタ抜かすな」
事の重要性に対する認識に天と地ほどの差があることが2人の会話から窺える。
ただでさえハーフエルフという決して表沙汰に出来ない出生と、ジュナスもマチルダも未だその正体を知ることないティファニアが唯一行使できる忘却の魔法の秘密。
それにプラスしてPSIなどというイレギュラー要素でしかない物にティファニアが目覚めたなどとあってはマチルダが頭を抱えたくなるのも無理は無い。
既に霧よりも薄く儚い願望と化してはいるが、それでもマチルダはティファニアにいつかは普通の女の子らしい生活をさせてやりたいと思い続けている。
PSIという力の発現はその儚い願望を妨げるものでしかなかったと言っていい。
対照的にジュナスはその辺りのマチルダやティファニアの抱えている事情など心底どうでもいいとしか思っていない。
自分とカプリコ以外のPSIの使い手が増えたということに多少思うところはあれど、だからといって自分がわざわざ使い方を教育してやる気など1ミリたりともありはしない。
なのにティファニアのPSIがある程度形として扱えるようになっているのも、彼女の覚醒を本当に心から喜んでいるカプリコが教えているから。
まっかせなさい! と、得意げに胸を張っていたカプリコに、ティファニアも彼女の善意と少しでも自分に出来ることが増えるならという一心で鍛錬に励んでいるのである。
今は見た通り子供たちを喜ばせるくらいの使い道しかないが、鍛えていけばいずれはかなりのクラスになれる才能を秘めていることをジュナスもカプリコも見抜いていた。
「どうしたのマチルダ姉さん、何か悩み事?」
「ああいや気にしないでおくれよテファ……ちょいとコイツと小難しい話をしてたもんでね……」
と、その件のティファニアがいつの間にやら子供たちと別れて家の中へと戻ってきていた。
心労が嵩むばかりで表情にも出てしまっていたマチルダのことをティファニアは心配そうに覗きこんでいる。
「そうなの、あまり無理はしないでね。その、ジュナスも出来る限り姉さんの力になってほしいの」
「気が向いたらな、お前の頼みなら聞いてやらんでも無い」
「た、頼みとかそういうことじゃなくて……」
仮にも瀕死の状態にあったところを救ってくれた恩人相手にも変わることない興味ゼロの淡々とした口調でのこの言いよう。
出会ってからそれなりの月日が経っているが、未だにティファニアはジュナスのことを少し苦手としていた。
だが常人が見るからそう感じるだけであり、ジュナスという男の背景を知る者からすればこんな態度でもかなりの譲歩なのである。
W.I.S.Eリーダー天戯弥勒と同じ時期に研究が進められていたグリゴリ実験体05号。
己の出生を呪い、目に付く全てを切り刻まんとした修羅が出会った唯1人の例外であるカプリコという少女。
そのカプリコ以外にほんの僅かでも気を許しているだけで進歩と言えるのだから。
「お待たせー! ジュナス、ティファニア、マチルダ、お昼ご飯ができたよー!」
そんな中で更に姿を現したのが出来たてほやほやの昼食を両手に持つエプロン姿のカプリコ。
自信ありげな声で机の上に置いていくのだが、カプリコにきちんとした料理の心得があるとは言い難い。
何分イメージ先行で中身がわからない故、見た目は然程悪くは無くとも味の保証が出来ないというか。
「悪いんだけど私はそんなに腹は減って――」
「…………ああ、皆でありがたく食べさせてもらう、カプリコが作ってくれた物なんだからな」
「ありがとうジュナス!! えへへー」
満面の笑みでトトトと駆け寄っていくカプリコの頭を優しく撫でてやるジュナスの穏やかな笑みは先程までからは考えられないような物。
だがその直前、殺気さえ篭もっているような瞳で睨み付けられたマチルダが直感的に感じ取ったジュナスの意志。
『食べなかったら殺す』 鋭く細められた視線は暗にそんなことを語っていたように思えてならない。
(……やれやれ、どうなってくんだろうねえ…………はぁ)
同じようにカプリコに微笑みかけているティファニアの姿に若干和みつつ目の前の料理に手を付けながら、
主に同居人2人の所為で全く見えないこの先のことを思うあまりマチルダは溜め息を吐くのであった。
*
アルビオン首都ロンディニウム南部に位置するハヴィランド宮殿。
白一色に塗り染められた荘厳なその場所は正に白の国という通商に相応しい構え。
その宮殿の中央ホール、16本の柱が取り囲む円卓で顔を見合わせるのは神聖アルビオン共和国の閣僚、将軍たち。
本来ならば華々しい門出となる作戦の先勝祝いで賑わっている予定だったその場所には重苦しい空気が漂っている。
「報告によれば旗艦レキシントンを含む我が艦隊が一瞬にして爆砕され墜落したと言うではないか」
「馬鹿な、手練れのスクウェアメイジが複数人集まろうとそのような芸当は出来ぬはずだ……」
「もしやと思うが……まさか閣下と同じ……」
議題に上がっているのは勿論、親善訪問を騙ってのトリステインに対する奇襲侵攻作戦の結果報告について。
ガリアの新技術まで投入し改良を施したレキシントン号まで出向いたというのに報告舞台から告げられたのは作戦失敗の4文字。
圧倒的優勢にあったアルビオン艦隊が突如として現れた白い光に包まれ、その全てが撃破されたという御伽噺だとしても笑えない嘘のような戦況報告。
だが事実、手練れの将軍として名高いボーウッドを始めとした多くの兵たちが期間を果たさないということがそれの裏付けとなってしまっている。
貴重な戦力を多数失い出鼻を思い切り挫かれたとあっては、閣僚・将軍たちも事態の深刻さを痛感するばかりである。
「こんな時にグラナ殿さえいらしてくださればと……」
「全くだ、よりにもよってあの男、我が神聖アルビオン共和国の門出となる作戦に不参加とは……」
次いで話題に挙がったのが、作戦開始前に報告を兼ねてガリア本国へと帰還してしまったグラナのこと。
例え艦隊が全滅するような予想外の事態が起こったとしても、それでもグラナというジョーカーならばそれすらも覆して自分たちに勝利をもたらした筈という共通認識。
だが同時にグラナは非常に気まぐれな男でもあり例えどんなに位の高い将軍が命じても、それこそ現在のアルビオンのトップであるクロムウェルが懇願しても、
本人が気乗りしない作戦ならば平然とノーを突きつけるようなそんな男でもあるのだ。
なまじその膨大な力を知っているからこそ下手に強く言い返せないのも事実であり、それが最大の懸念事項でもある。
そして今回、そういった心配が最悪の形で的中してしまったということに他ならないのだから。
「いずれにせよ早く体勢を立て直さなくてはなるまい、いない男のことを考えても始まらん。艦隊の再編成を終えねばいずれ攻めてくるだろうトリステイン、ゲルマニアにも対抗できん」
不安げな声ばかり漏らす中で唯一厳格にその場を戒める様に言葉を発したのはホーキンスという名の将軍。
白髪と白髭のまばゆい老齢の男性将軍は上で述べたボーウッドと同じ実戦経験豊富な歴戦の猛者の1人である。
理念や名誉ばかりが先行する中、彼は戦という物を熟知しており、故にこそ艦隊の再編成は最優先事項であると考えている。
奇襲に失敗した以上、遠からず内に起こるだろうトリステインとその同盟国であるゲルマニアとの全面戦争は避けられない。
地の利こそ自分たちにあれど万一艦隊決戦で敗北でもしようものなら自分たちは丸裸、恰好の的もいいところ。
それをわかってるからこそ、尊い資源と人民を無駄にさせないための再軍備の提案でもある。
「しかしこの緊急事態に閣下はどこに行ったと言うのだ」
「わからん……数名の近衛を率いてゲルマニアへ赴いた以上のことは……」
ホーキンスの提案を重々承知しながらも、更に話題に出るのがこの場にいないアルビオンのトップを務める男について。
作戦開始の数日前、突如としてクロムウェルは近しい側近にゲルマニアに向かうことを告げて姿を消してしまっていたのだ。
目的も一切不明、現状既に敵国といっていい状態の他国に足を運ぶという無謀をしてまで何を得に行ったのかという疑問と不安。
「ふむ、ご苦労であった諸君。余の留守中に色々と事態が動いていたようだが……」
そして示し合せたかのようなタイミングで会議室に姿を現したのが件の人物のクロムウェルである。
トップの帰還にその場の者たちが一斉に立ち上がる様を前にしても、クロムウェルは笑みを絶やさぬままやんわりと手を挙げて制していた。
「か、閣下! 至急報告しなくてはいけないことが……」
「先の作戦の敗戦については聞き及んでいるよ。早急に対策をせねばならないが、まずは余の話を聞いてくれたまえ」
タルブ村での敗北についてはクロムウェルも知っているところであり、報告を耳に入れた当初はかなりの動揺をしていた。
というより今でも内心ではかなり不安が残ったままだったりするのだが、それでも余裕を保って見せなくてはいけない理由が今の彼の背後に存在している。
「此度ゲルマニアに余自らが赴いたのは新たな同士を迎え入れるためだ。ハルケギニアの統一と聖地奪還、その大願の一翼を担うに相応しい力の持ち主をな」
高らかに宣言するクロムウェルに対して円卓に着いていた者たちのざわめきが大きくなっていく。
生命の理を自在に操る虚無の担い手の1人として名高いクロムウェル自らが迎えに行く程の人物とは一体何者なのかという疑念。
「……カッ、くだらないことほざいてんじゃねえ。俺は飽くまで俺が世界を手にするための足がかりにテメエらを利用してやろうってだけだ。そこんとこ勘違いした野郎は容赦なく吹っ飛ばすからな」
……その疑念に答える様にクロムウェルの背後から彼を押し退ける様にして議会上に姿を見せた銀髪の男、
ドルキは間抜け面を晒している高官たちを前に吐き捨てる様にしてそんなことを言うのであった。
*
ハルケギニアの諸国と東方世界ロバ・アル・カリイエの境に位置する広大な砂漠『サハラ』
そこはハルケギニア諸国の貴族たちが熱望する聖地奪還という目的の目下最大の障害と言えるエルフ族の住まう土地でもある。
普通の人間とは違う、高度に発達した文明を駆り、精霊の力を借りた強力な先住魔法を以てして立ちはだかる者たち。
人間はエルフを強大な力の持ち主として嫌い、エルフたちもまた人間を力に劣る卑しい蛮族と見下し蔑んでいる。
そんなエルフたちの一部族であるネフテスたちの首都アディールにある200メートル近い高さの白い建造物内にて。
「だからいつも言っているだろう、蛮人の真似事などしていては僕の立場も……」
「うるさいわねえ、わたしがどうしようがあなたには関係ないことでしょう?」
呆れたように口を出され、ぷりぷりと頬を膨らませる、長い廊下を歩いているのは年若いエルフの男女。
男の方の名はアリィー、ネフテス内で若くして
彼は典型的な人間軽視主義者であり、蛮族と忌み嫌う人間の道具や慣習を極度に嫌っている。
だというのに女性エルフ、ルクシャナはそんな人間世界に多大な好奇心を抱いている変わり者のエルフの学者であり、自宅も人間世界の物品で溢れ返っている。
婚約者として本気で好いている相手のそういった趣味をアリィーはいつも咎めているのだが、
「あんまりぶつくさ文句を言うようなら婚約解消するわよ? こっちだって自由にやらせてもらう権利くらいあるんだから」
「ま、待ってくれ! わかったからそれだけはどうか……」
ぷいっとそっぽを向いて冷酷な決定を下そうとするルクシャナを前にしてはアリィーもしどろもどろになるばかり。
こんな感じでルクシャナは自分にベタ惚れなアリィーが強く言えないのをいいことにしょっちゅう彼を振り回してばかりだったりする。
――やあ、相変わらずのようだね、お2人さん。
と、不機嫌になっていたルクシャナの機嫌を更に損ねる声が響いてきたのは2人が歩いていた廊下の向かい側。
笑顔を浮かべて歩みを止め、楽しそうに2人を観察している扇情的な衣装を纏った青い髪の女性エルフ。
いや……厳密に言うならば性別の区別すら必要ないだろう存在と言ってもいいかもしれない。
「これはヴァルナ様」
「ふん、一体何の用よ?」
「お、おいルクシャナ!! ヴァルナ様には無礼を働くなと何度言ったら……」
「クスクス……構わないよアリィー、ルクシャナの様な跳ねっ返りはボクも大好きだからね」
礼儀など一切感じさせない腕を組んだままのぶっきらぼうなルクシャナの物言いに大慌てになってしまうアリィー。
2人のやり取りを前にして少しも気を悪くしていないヴァルナと呼ばれたエルフはネフテスでも高い位を持つ特別なエルフ。
統領であるテュリュークや蛮人対策委員会委員長にしてルクシャナの叔父であるビダーシャルも重用している力の持ち主。
空と交信し、多くの予言をピタリ言い当て、
ネフテス内ではある種英雄のようにすら扱われているそんな存在なのだ。
「君たちに会えたのも丁度良かったのかもしれない、ボクの『スイテン』が新たな光景を見せたから」
「また何か悪しき事態が起きたのですか……?」
両手をパッと広げていくつかの大きな水の雫を浮かばせるヴァルナの姿を見てアリィーは緊張を高めて固唾を飲み込んでいた。
見る者を虜にするような幻想的で儚い光を纏うその水の雫こそが、ヴァルナの持つ力の一端、予言である。
「ああ……
「!! それは真なのですか!?」
「何よ嘘臭い、裏付けになる証拠なんて何一つ無いじゃないの」
「ボクの『スイテン』に確証など不要、それくらい君にもわかっているだろうルクシャナ?」
伝えられた内容に驚愕し目を見開くアリィーとは異なり、相変わらずの不快感を隠そうともせずにルクシャナは反論する。
それを聞いても尚ヴァルナは余裕たっぷりの笑みを崩さないまま、浮かばせていた複数の水の雫を消失させていた。
「その辺りのことを今大慌てで
「そ、そうなのですか……ヴァルナ様がそう仰るのなら……」
「『スイテン』は未だ悪魔の16と7つの星々が一同に会する未来を見せてはいない、その前にボクたちが全てを整えて奴らを捕らえ、盟約の一滴が空より振ってくるその日を待てばいいんだからね」
「そしてその日こそが……我らエルフの新たな恵みの生まれいずる約束の日なのですね?」
「そうとも、全ては空が示すままに事は進んでいる、だから君たちは何も心配することは無いんだ」
尊敬の眼差しすら込めているアリィーに答え、そのままヴァルナはスタスタと2人の歩いてきた廊下の先へと姿を消していった。
彼女の言葉の意味する全容が何なのか不明な点は多いものの、そこに疑う余地など無いとアリィーは彼女のことを信じきっている。
(……どうして叔父様はあんな怪しい奴を信用するのかしら?)
しかしその側にいるルクシャナは婚約者とは違い、ヴァルナのことを全くと言っていい程信じていなかった。
普通のエルフとはあまりに違いすぎる、暗い暗い闇の底を切り取ったかのような不気味な両瞳、その奥に蠢く得体の知れない何か。
直感的にそういったことを感じ取っていたルクシャナはどうしてもヴァルナに気を許すことが出来ないのである。
「……クスクスクス、ルクシャナの様な者がいるからこそ逆に面白いんだ、まあ精々最後まで体良く利用させてもらうとするよ。我が主の為に、ね」
ハルケギニアに住む者たちの誰もが、サハラにいるエルフたちすらも未だ知ることは無い。
世界そのものを喰らいつくさんとする空の彼方の使者、その代弁者となる存在が内に潜んでいることなど……