雪風と氷碧眼《ディープフリーズ》   作:LR-8717-FA

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CALL.31 "恥、急変"

 トリステインはここ数日の間、正にお祭り騒ぎと言っていい歓喜に包まれていた。

 突如の奇襲で盛り返しは絶望的とされていたアルビオン軍艦隊によるタルブ村の襲撃。

 それを打ち破ったとあればどれだけの希望と勝利の喜びを国民たちに与えたかなど計り知れない。

 質でも数でも相手に分があった軍相手に見事に勝ちを収め、その際に直接軍を率いていたアンリエッタへの評価も瞬く間に急上昇。

 平民、貴族問わずして奇跡の勝利をもたらした『聖女』などと呼ばれて崇められている程だ。

 城下町ブルドンネ街では王女の馬車を率いるユニコーンと共に記念パレードも行われ、民衆から引っ切り無しに「トリステイン万歳!」「アンリエッタ王女万歳!」の声が飛び交っている。

 此度の勝利がもたらしたのはそれだけでなく、まずはアンリエッタが女王に就任する戴冠式、つまりは正真正銘のトリステインのトップになることが決定していた。

 加えてゲルマニア側が望んでいたアルブレヒト三世との婚約も破棄され、同盟条約だけがそのまま締結される運びとなっていた。

 アンリエッタを足掛かりにトリステインの血を取り込み、若い国であるゲルマニアにトリステインの由緒正しい歴史と血脈を取り込もうと画策していた矢先に躓いたことになる。

 だが、ゲルマニアにとってもタルブでの決戦の結果はあまりにも予想外のことであったし、それだけの力を持つと認識されているトリステインのことを無視することも今は出来ない。

 そういった諸々含めてゲルマニアは渋々ながらもトリステイン側の要求を呑むしかないとそういった流れになっていた。

 

「どうだい見えるかホレイショ、我らを倒した聖女様のお通りだ」

 

 そんな中、街道の一角で新女王の行列を見つめる敗軍の一団が1つ、先の闘いで捉えられたアルビオン空軍の面々であった。

 その内の1人、アルビオン艦隊旗艦レキシントンの艦長を務めていたボーウッドは傍らにいる小太りの貴族であるホレイショに声をかけていた。

 メイジの証である杖は取り上げられ見張りの兵士に囲まれてはいるも、後は縛られていたりすることも無くそれなりの待遇が与えられている。

 捕縛された際に捕虜であることの宣誓を行うように促され、それに逆らうなり逃げ出そうとするなりすれば問答無用で始末されてしまうも、アルビオン軍の中でそういった行動に出る者は皆無であった。

 誇り高い軍人、貴族として勝者も敗者も誇りある行動を取る様に心掛けているのはハルケギニアの貴族の中でも共通認識であったということ。

 

「しかし我々相手に奇跡の勝利を収めたはいいが、まだ戦争そのものは終わったわけではないのだろう? 前例の無い年若い女王に今後のことは大丈夫なのか」

「女王の即位に関してはトリステインやガリアで十分に前例があるだろう? ホレイショ、君はもう少し歴史の勉強をしたらどうだ」

 

 やれやれと肩を竦めるボーウッドの言葉にハッとしたようにそうだったかと頭を掻くホレイショである。

 敗軍の兵たちが特にギスギスすることなくこうやって和気藹々と会話に興ずることが出来ているのも、トリステイン側の捕虜に対する丁重な対応もあるが、

 何よりそれ以上に自分たちが敗れることになった一連の要因にあるとも言える。

 

「歴史、そう、歴史の1ページというやつだなボーウッド。地上侵攻部隊が見たというタルブ村の複数の腕の怪物に加えて艦隊周辺の防衛部隊が相手取った氷結と竜の2人組に、そして――」

「見たことも無い飛竜を駆る者と最後に起こった奇跡の光……全く我が祖国はとんでもない者たちを相手にしたものだとつくづく思うよ」

 

 顔を見合わせて互いに思い返していくのは当然、わずか数人の力で以てして自分たちの艦隊を押さえこんだ異形の力の持ち主たちのこと。

 先行隊は複数の腕を操る謎の平民にほぼ全滅させられ、タルブの草原に展開していた竜騎兵たちも膨大な力を振るう謎の2人組に足止めを喰らっていたも同然。

 極めつけはその謎の2人に手こずっている間に姿を現した、アルビオンの兵が駆る飛竜を軽々と上回る超高速で飛び回る濃緑色の巨体。

 その巨体がレキシントン頭上の死角に潜り込んで少しした後、突如として発生した白い光とそれに連なる複数の爆発。

 あの爆発によって圧倒的優位にいた筈の自分たちの船が残らず爆破され墜落したという光景は、今でも夢なんじゃないかと実感が湧かないくらいなのだから。

 それ以上に驚異的だったのが、あの爆発そのものに巻き込まれた人間は誰1人としていなかったということ。

 火災と不時着時の衝撃で負傷した者こそ何名かはいたが、それでも白い光の爆発によって死亡した者は誰1人としていなかったのである。

 これを奇跡と呼ばないなら他の何を奇跡を称せばいいのかという、そういった次元の話になっていた。

 そんな力を持つ者に敗れた故に、ボーウッドもホレイショも敗北による悔しさといった感情が遥か彼方に吹っ飛んでいたのである。

 

「全く、グラナ殿が同行なさらなかったのは我らにとっても彼にとっても不運だったと言えるなあ」

「僕も同意だボーウッド、彼の様な人柄の者がかの力を目にしたのならきっと高笑いを上げていたことだろうよ」

 

 そしてもう1つ、2人の話題に挙がったのは直前でガリアへと戻ってしまった協力者のグラナについて。

 彼も彼で先の闘いの奇跡の光に負けずとも劣らずな馬鹿げた光景を演出して見せる力の持ち主であったが、

 グラナの行使するのは単純な力の塊、艦隊に乗っていた人員を1人も殺さずなどという器用な芸当は流石に出来ない。

 レコン・キスタ結成初期から大きく貢献してきた故、そこそこの付き合いもあったので如何に得体の知れない化け物の様な相手だろうとその内面は何となくわかってきている。

 ボーウッドもグラナのことを人とは違う何かと思いながらも、彼ならきっとアレを見て戦意を削がれるどころか逆に感情を昂らせるのだろうなとかそんなことを想ってもいた。

 

「とにかくまあ、今後の処遇はあの聖女様の采配次第というわけだ」

「私は私を信じてついてきた部下たちが食い物と寝床に不自由しないなら別に何でも構わんがね」

「そうかい、あんな光を見てしまった後じゃ僕はもう杖を捨てて軍人を廃業し国に帰りたいくらいの気分だよ」

「奇遇だなホレイショ、私もそんな感じだ。願わくばこの忌々しい戦争が早く終わってくれと思うばかりだ」

 

 以前言ったようにボーウッドは元々無き王党派寄りの軍人であったしホレイショも同様である。

 そんなこんなで冗談めいたように笑い合いながら、とりあえずはパレードの熱気に身を任せるとしようと2人はアンリエッタの馬車への方へと再び視線を向けていた。

 

 

*

 

 

 所変わってトリステイン魔法学院、勝利の歓喜が包む国内でここだけは唯一いつも通りの穏やかな日常が流れていた。

 タルブ村での勝利も食事の席に学院長のオールド・オスマンがチラリと伝えただけでそれ以上の特別なことは行われなかった。

 勝利は勝利でもそれは国家間での戦争であり、そこに勉学に励む若い学生たちを不必要に巻き込みたくないという学院側の方針であった。

 そもそも小競り合い規模とはいえハルケギニアの諸国にとって戦争は年中行事みたいなものでもあったし、

 今は勝利に酔いしれているものの数日もすればこの学院と同じようにたちまち落ち着くであろうことも想定済みなのである。

 そして敗北したアルビオン兵たちが語っていた奇跡の演出者であるルイズを始めとした複数人もまたその点では変わりが無い。

 ゼロが一転して虚無、魔法も使えない落ちこぼれからあっという間に伝説の力の担い手へと変貌したルイズであったが、

 流石にそんな強大な力をいきなり表沙汰にすれば余計な混乱を招くだろうことは必然であったので、アンリエッタと話し合った結果公表を控え表ざたにしない方向で話が纏まっていた。

 失われた伝説の系統ともなれば他国どころか、その力を良からぬことに使おうと欲する内部の悪漢も現れるだろうしある意味で妥当な処置と言える。

 そしてそれに準ずる残りの4人だが、サイトもルイズと殆ど同様の理由に加えて平民だという理由でやんわりと褒章の類を辞退。

 残りのタバサ、ウラヌス、ヴィーゴに至ってもそういった名誉や褒章に関してはとんと無頓着であるということと、

 全員が自分たちの持つ異質の力を表沙汰にしたくないという理由で断る以前に名乗り出てすらいないというのが現状だった。

 そのことを直接知るタルブ村の住人達は、命の恩人たちの意思を汲んだ上で全員が硬く口止めすることを約束してくれてもいる。

 村の用心棒として元々滞在していたヴィーゴは今まで避けられていた住人からも気さくに声をかけられるようになったんだとか。

 

「……それで、昼間から足を運んでみればアンタは何をしている」

「ホントよねえ、いくらなんでも情けないとかそういう次元じゃないわよルイズ?」

「う、うっさい!! 見つかって恥かくよりかはよほどマシじゃないのよ!」

「その姿が既に恥に塗れていると普通気付かないのか?」

「嫉妬」

「だ、誰がよ! これはご主人様を蔑ろにしていちゃついている使い魔への当然の処置であって――」

「ほらまた耳たぶが震えてる、貴方って嘘つくときはいっつもそうよねえルイズ?」

「諦めろ娘っ子、こいつら全員に見られたとあっちゃ弁解のしようなんざねえよ」

 

 だがまあある種日常とはかけ離れた一種独特の光景がヴェストリの広場に広がっていたりする。

 遠くの方に見えるベンチでは何故かサイトが頭にコブを作りながら気を失って横たわっており、その側には「サイトさんしっかり!」などとわたわた慌てまくっているシエスタもいたり。

 で、サイトがそんなことになっている原因、15メートルほどの遠方から石をぶん投げてクリーンヒットさせたルイズがデルフリンガーと共に何故か穴の中に身を潜めている。

 そのような状況下をキュルケ、タバサ、ウラヌスに見つかってしまったとあってはルイズとしても正に八方塞がり。

 どれだけ言い訳を重ねてみたところで三者三様の視線を見せる相手達には恥の上塗りでしかないといったところ。

 

「いくらなんでも石まで投げるのは可哀想よねえ? せっかくあのシエスタってメイドの子といい雰囲気だってのに無粋にも程があるわよ」

「こっちにだって色々事情があるのよ! それなのにあの愚図で無能で気の利かない使い魔はどこぞのメイドといちゃいちゃいちゃいちゃ……」

「いちゃいちゃいちゃ」

「真似すんな馬鹿剣!!」

 

 呆れきっているキュルケに続くようにデルフまでからかうように復唱するものだからルイズとしても怒り心頭で顔を真っ赤にするばかり。

 周りからすれば心底コイツは何をやってんだとしか言いようがないが、それでもルイズ本人には非常にデリケートな問題なのである。

 

「ご主人様放っておいていちゃつくなんて10年早いってのに……」

「やきもち」

「ばっ……!! アンタも一々言わないでよ! 違うんだから! 絶対にそんなんじゃないんだから!!」

 

 好きの反対は無関心なんて言葉もあるが、それも結局は千差万別、状況によりけりだと言っていい。

 だが少なくとも今のルイズに対するサイトへの感情の正体が何なのかという質問をすれば10人中9人は同じ答えを返すであろう。

 それ故に再びぼそりと呟くように言ったタバサの言葉に対してルイズも益々慌て振りを強めるしかないのである。

 元よりその手の男女の彼是に敏感なキュルケに至っては、その対象が宿敵ということもあって意地の悪いニヨニヨとした笑みを浮かべ出す始末。

 残りの1人であるウラヌスは相変わらずの冷めた視線を向けたまま。

 ルイズにとって状況は良くならないどころか悪化の一途を辿るばかりである。

 

「……ええいいわよ、そんなに言うんだったらこの際仕方なくあんたたちに尋ねてあげるわ」

「何よ改まっちゃって」

 

 流石にこのままではマズイとようやく悟ったのか、穴倉に埋まったままルイズはこほんと無い胸張って大袈裟に咳払いをしていた。

 いきなり何だと首を傾げるキュルケすらも前にしてルイズは真剣そのものな声で切り出し始める。

 

「あのメイドがわたしより魅力で勝っている点を言いなさい、出来る限り簡潔に丁寧に要点を纏めてそれでいてわかりやすくね」

「聞くまでも無いじゃない、そんなの全部よ全部」

「要点を纏めてって言ってるでしょ!? あ~も~!! わたしったら何やってんのよツェルプストーにまでえ!!!」

 

 バッサリと一刀両断するキュルケの言葉を聞いて錯乱でもしたかのようにルイズは空を見上げてガリガリと両手で頭を掻き始める。

 いい具合に壊れてきたわねと益々内心でほくそ笑みながらキュルケはルイズのそんな様を楽しんでいた。

 左横にいるタバサは親友の相変わらずな姿を悪趣味と想いながらもその場を離れようとはしない。

 

「ならおつむの足りないヴァリエールにもわかりやすく教えてあげるわ。まずは何より愛嬌の差でしょ? いっつもつっけんどんで突き放す貴方と違ってシエスタはサイトにベッタリじゃない、そりゃ自分に良くしてくれる女の子の方に靡くのは男として当たり前でしょ?」

「うっ……で、でもアイツは私の使い魔なのよ!? 使い魔ならご主人様に尽くすのは当然であって……」

「単に立場を振りかざすだけでは付いてこない、それでは本当のパートナーとは言えない、人であろうと動物であろうとそれは同じこと」

「ぐ、ぐぬぅ……!」

 

 キュルケはいつものことだが、珍しく饒舌に口を動かすタバサを前にしてはルイズも悔しげに唸りながらも黙るしか無くなってしまう。

 アルビオンでの一件で使い魔に対する認識云々で一度タバサと話し合ったことがあるだけに余計に心に響いてしまう。

 それでも自分の気持ちに素直になれない高すぎるプライドの所為でルイズの気持ちは更に複雑に揺れ動くばかり。

 

「その辺の事情もあるけどなあ娘っ子、あっちのメイドは料理も出来て裁縫も上手いと家庭的だ、男ってのはそういう女に弱いもんなんだぜ?」

「な、何よそれくらい、料理なんて使用人に任せればいいし、それに裁縫ならわたしもできるわよ」

「お前さんとあのメイドじゃ天と地ほどの差があると思うがね」

「言えてるわね」

「うっさい!!」

 

 遂にはデルフリンガーまでもがルイズとシエスタの魅力の違い談義に参加し始める始末。

 同意を示すキュルケにすぐさま噛みついて来るルイズ、冷ややかに見つめるは2つの碧眼、タバサとウラヌス。

 元より混沌としていたその場空気は止まることなくその度合いをグチャグチャに乱していく一方。

 

「あとはそうだなあ……顔はそれこそ好み次第か、お前さんもあの村娘も容姿に関しちゃそこそこいい線いってるしな」

「まあそこについてはあたしも同意ね。ルイズも何だかんだ黙っていれば可愛いんだし」

「黙っていればってどういう意味よ!?」

「言葉通りの意味よ」

 

 尚も続くデルフリンガーとキュルケによる情け無用の言葉のナイフの押収である。

 実際問題サイトがルイズに魅力を感じるのも普段の貴族としてのご主人様オーラ全開の時より、

 時たま見せるそういったトゲのある態度が鳴りを潜めた年相応の少女らしさ溢れる姿の時である。

 だが言ってしまえばルイズにとってそれは自分にとって弱さを見せている時にも等しいとも言え、

 これまたそんな姿を常日頃表に出すというのはプライドの高い彼女からしてみれば相当に難易度の高い無理難題と断言できることだろう。

 それと比較すれば常にサイトへの好意を表に出し、自然体の笑顔を見せられるシエスタの方がこれまた一枚上手になってしまう。

 

「だがまあその辺は改善のしようがあるっちゃあるからいい、だが努力でもどうにもならん点が1つだけあるんだ娘っ子」

「奇遇ね、あたしもきっとおんなじこと考えていると思うわ」

「この期に及んでまだあるっての? いいわよ言ってみて」

「「むね」」

「んがっ……!? あげこくきっ…………」

 

 ……恐らくルイズにとってはこれ以上ないダメージを与える二文字であったことは想像に難くない。

 口をポカンと開けてフリーズ状態、たっぷり数分の硬直を置いてから我を取り戻したルイズは怒り心頭な声と共に反論しようとするも、

 

「そ、それこそいずれ成長してどうにでもなるわよ!!」

「あらぁ? この年頃でそれを期待するのは悲しいと思うんだけどルイズ」

「黙りなさいキュルケ!! 無駄にデカいばっかりで男を釣るしかできないあんたと違って慎ましさってのがあるのよ、そりゃ確かに今は他より……その……ちょっとだけ小さいかもしれないけどっ!!」

「ちょっとどころじゃないさね、"かなり"の間違いだろ娘っ子?」

「……やっぱあんた今すぐ溶かしてやるわ、覚悟なさい」

「わああっ!! 待て待て落ち着け!! でも実際人間の男は大きい方が好きな場合が多いだろうが! 現にこの前相棒があのメイドと一緒に風呂に入ってた時も――」

「……何ですって?」

 

 その場の時間がまたしても停止したかのように張りつめた空気がルイズを中心に渦巻いていた。

 一瞬何のことだがわからなかったがキュルケすらもデルフの話を聞いてまあ、と興味深そうに声を上げていた。

 タバサですら表情は変わらないものの内心ではその光景を想像してちょっとドキッとしていたりもする。

 それでもってウラヌスは先程までの一連の話を含めて相変わらず無反応を貫いたままだったが。

 

「今なんて言ったのあんた? そこのとこもう一度詳しく、じっくり、丁寧に、説明なさい」

「お、おうよ」

 

 逆らったら何されるかわかったもんじゃねえ、そういったルイズの心境を察してデルフリンガーは説明を始まる。

 纏めると、とある日の夜に学院の外で自作の釜風呂に浸かっていたサイトの下にシエスタが現れたのだが、

 ふとした弾みで服を濡らしてしまい、もののついでで乾かす間にちゃっかり湯船の中にご一緒していたといった話。

 相変わらずなかなかに大胆な子ねえ、などと聞き終わったキュルケがふんふん頷きながら感心していたりもしたのだが、

 

「……そう、そうなのね……ご主人様ほっぽっていちゃつくどころか裸の付き合いだなんてあのエロ犬……」

 

 すーっと深呼吸をしてからルイズが浮かべていたのはタバサやウラヌスにも負けず劣らずな能面の如き無表情。

 尤も、纏う空気はそれとは程遠い膨大過ぎる怒りがまるで黒いオーラでも見せているかのような感じであったが、

 

「ふふふふ……」

「あれま、こりゃ今回もダメそうね。そこで大人の余裕を見せられれば少しは違っているでしょうに」

 

 不気味に真黒な笑みを見せながらデルフ片手に穴から這い出て学院の方へと戻っていくルイズの後ろ姿を見送りながらキュルケは溜め息を1つ。

 まあヴァリエールだしねえ、などと付け加えながらその後に確実に起こるであろうサイトの悲劇を思い浮かべながら合掌していた。

 わかっていながら助けようとしないキュルケもキュルケでなかなかに薄情なのかもしれない。

 

「…………(サワサワ)」

「何をしている?」

「……別に」

 

 一方でその少し前にキュルケとデルフリンガーが放った二文字が想わぬ人物にダメージを与えてしまっていた。

 その様子を横目で見ながらウラヌスは口を開くも、両手で自分の胸元を擦っているタバサは視線はそのままに素っ気ない返事を返すのみ。

 

「……ウラヌス、貴方は女性の容姿についてどう思う?」

「さあな、その辺りの感情は俺にはさっぱりだ」

「そう」

 

 予想通りのウラヌスの答えではあったものの、この言いようの無い切なさは何なのだろうと妙な感情を覚えてしまうタバサ。

 ルイズと1つ違いの15歳、体型に関してはトントンであり果たして今後成長が見込めるのか微妙な所であった。

 

 

*

 

 

 時間は流れて夜、ルイズからの理不尽な制裁をその身に受けて悲鳴を上げるサイトを他所に、

 ウラヌスとタバサは互いに机で隣り合って座り、ランプの光に照らされる中でいくつかの書物を広げていた。

 

「――つまりこっちは水系統の秘薬についての解説と、これで合っているか?」

「正解」

 

 手書きのメモを片手に広げられている学術書の内容を指摘するウラヌス。

 以前に約束していた通り、今はタバサがハルケギニアの文字についてウラヌスに教えている真っ最中だった。

 

「慣れてしまえば簡単なものだな、ここ数日で読める文章の量もそこそこに増えてきた」

「私も驚いている。貴方は戦闘に関することだけでない、知識面での吸収も一流」

 

 パタンと一旦本を閉じるウラヌスに対してタバサが伝えるのは純粋な称賛の言葉。

 元より本の虫であるタバサは文学的、雑学的な知識面でもなかなかに優秀であり、文字を教える程度のことなら容易にこなすことが出来る。

 故にタバサの教え方が上手いということを考慮しても、ウラヌスの吸収速度はタバサから見ても相当な物であった。

 現にまだ片手の指で数えられる程度の回数しか教えていなかったが、一通りの文字、文法はマスターしており、

 タバサの部屋にあるいくつかの書物も普通に読める程度の知識は修得済みだったのである。

 やはり色んな意味でこのパートナーは規格外なのかもしれないと改めてタバサはそんなことを想ってもいた。

 

「しかしこっちの世界の魔法に関する書物もいくつか読ませてもらったが、やはりわからないのはあの小娘が使った爆発だな」

「私もそれは感じている、少なくともあの爆発はPSIとは違ったもの……かといって四系統の魔法にあのようなことはできない、となれば残された選択肢は先住の魔法か――」

「もしくは度々話題に挙がっていた失われた伝説の虚無とやらということか」

 

 また別の学術書を片手にウラヌスは同じように本をパラパラめくっているタバサと前の闘いの最後にみた魔法について語り合っている。

 ルイズの放った爆発、それも普段の失敗魔法とは違うあまりにも莫大なエネルギーの凝縮された広範囲、超精密な爆発魔法。

 直感的にPSIによるものではないことはわかっていたし、そうだとしてもPSIでもあれ程の力を発揮するには相当に神経を使う筈。

 となればハルケギニア側の魔法に分類されるのかもしれないが、タバサの言った通り系統魔法にも、ましてコモンマジックでもあんな芸当できはしない。

 だからといってルイズにいきなり精霊の力、つまり先住の魔法が目覚めたなどもっとありえないこと。

 何かしらの強力なマジックアイテムでも隠し持っていたと想定する方が現実的かもしれないが、それだとあの場面まで温存しておく理由が何なのかという疑問も出てきてしまう。

 となるともっと突拍子もない予想……それこそ伝説の虚無の力によるもの、という選択肢も生まれてしまうのである。

 

「いくつか探ってみたはいいが、本当に伝説であること以上のことは書かれてないな」

「虚無の系統は始祖ブリミルが操っていたとされる伝説の力、その担い手が現れないのも無理はないこと、情報に乏しいのも仕方ない」

「だが逆を言えば得体が知れないだけに、同じく得体の知れない力の使い手が虚無であるという仮定も強ち間違ってはいないということか」

「その通り」

 

 タバサとウラヌスの考えていることはピシャリ正解であるのだが、双方確証は得られていないので未だに予測として留めている。

 それこそまだウラヌスでは読めない様な専門的な学術書や禁書の類の書物でも虚無に関する情報は本当に僅かしか載っていない。

 今まで見てきたタバサの知っている限りの情報ですら、どのような魔法でどれだけの規模を誇るのかといった具体性は全く示されていないのだから。

 ただ、ハルケギニアの魔法の祖と言える始祖ブリミルが使っていた以上、今世の常識では当て嵌められないような奇跡に等しい魔法であることは確か。

 つまり同じように、今や共にハルケギニアの常識の外に位置しているタバサやウラヌスですら桁が違いすぎると感じてしまう程の力、

 それをPSIとは無関係のルイズが行使していたということを考えると、別の意味で同じ虚無なのではないかと思えてしまうということ。

 

「まあ、面倒なら直接問いただすというのも手だろうが」

「恐らく彼女ははぐらかす、異なる力がその手にあるというのは想像以上に気を遣うもの、彼女が今まで落ちこぼれであったとしてもその辺りの分別はついていると思う」

「別に俺達がどうしようがあの女がどうなろうが無関係だと思うがな、純粋に興味があるのはあの女の持つ力の正体だけだ」

「……出来る事なら事は荒げたくない、彼女はキュルケが気にかけている、もしもの事があった場合キュルケも落ち込む」

「……そうか、まあアンタがそう言うのなら自重はしよう」

 

 ハルケギニアに来てから大きく人となりが変化したウラヌスではあるが、未だに損得や己の欲抜きで純粋に特別な他人と思っているのはタバサとこちらで再会したW.I.S.Eの同朋くらいである。

 同じ力の使い手という意味ではシエスタにも一目置いてはいるが、それでもまだ有象無象とは違う何かを持っているか否かという方向性の範疇に収まっている。

 ルイズに関しても同様であり、あの爆発を起こしたという力の持ち主としての興味はあれどルイズ本人の感情についてはあまり深く考えていない。

 その辺りのことを察してタバサは釘をさす様に言葉を投げかけ、特別なタバサから言われたからこそウラヌスもそれを素直に受け止めていた。

 とはいえ表向きは親友のキュルケのことを理由にしていたが、何だかんだタバサ自身もルイズのことが気になり始めていたりもしたのだが。

 

「……っと、このタイミングでか」

 

 話も弾んでいたところに量の窓をコツコツ叩いていたのは見慣れた伝書フクロウである。

 持っていた本をパタンと閉じて立ち上がり、タバサは窓を開けてフクロウを中へと招き入れる。

 そして手慣れた手つきでフクロウの脚に括りつけられている紙を広げて無いように目を通していくのだが、

 

「……!!」

「……? どうした?」

 

 その一連の動作を座りながら目にしていたウラヌスが疑問を感じたのは、いつもと違い内容を確認した瞬間にタバサが目を見開いたこと。

 通常どのような内容であれ任務の確認等は一度ヴェルサルテイル宮殿に赴いてから詳しく聞くという流れがお決まりであったので、

 少なくとも今までただこの寮に任務の伝達が来ただけでタバサがこのように感情を露わにした事など一度も無かったのである。

 ならば今回寄こされた任務伝達所の中身にはいつもと違う、それこそタバサが動揺を隠しきれない程の何かが書いてあったということか。

 

「アンタらしくも無い、一体どんな化け物を相手にしろと書いてあったんだ?」

「…………」

 

 沈黙のまま硬直状態のタバサにウラヌスは重ねて言葉をかける。

 PSIの力も十分に一人前クラスに成長しきり、よほどの敵でも無い限り今のタバサを押さえることなどできない。

 そのタバサが感情を隠しきれない程の敵でも相手にしろと言われたのなら、不謹慎だが闘いを求めるウラヌスとしては別の意味で期待感が高まってしまう。

 しかししばらくの沈黙を挟んでから真剣な眼差しで見つめてきたタバサの語った内容は、別の意味でウラヌスにとっても予想外の物だった。

 

「……ジョゼフが、グラン・トロワに出頭しろと言ってきている。貴方のことを名指しで」




ここに来てまさかの展開、などと期待される方もいるかもしれませんが、
先に言っておきますとまだ顔見せ、挨拶程度の予定で事が大きく動くことは無いので
次回にあまり過度な期待はしないように……
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