雪風と氷碧眼《ディープフリーズ》   作:LR-8717-FA

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CALL.32 "闇を蠢かす無能王"

 双月の光が照らしだす闇夜の中、ガリア王国へと向かう竜篭に揺られているのはいつもの2人、

 王国からの要請を受けてガリア首都リュティスの宮殿へと向かうタバサとそれに同行するウラヌス。

 尤も、今回に限って言えばウラヌスにタバサが同行していると言ってもいいのかもしれないが。

 

「…………」

「そんなに意外だったか? まあ、俺としてもこのタイミングで何故俺をという疑問は尽きないがな」

「……(コクン)」

 

 だが篭の中にいる2人を中心として漂う空気はいつも通りというわけにはいかなかった。

 いつもと変わらぬ北花壇警護騎士団としての任務の通達などではない、国王ジョゼフからの直々の出頭要請。それもタバサにではなくウラヌスの方を名指ししてだ。

 その真意が掴めないウラヌスは頭の中で疑問が消えないままであるし、それに加えてタバサは無言で頷きながらも内心では動揺が浮かぶばかり。

 

(…………あの男は、何が目的でウラヌスのことを……?)

 

 気晴らしに趣味の読書に興ずる余裕すらも今は無く、思考を巡らせてタバサは相手の意図を考えている。

 メイジ殺しの協力者が任務に付いて行っている、などという形でウラヌスのことはガリアのジョゼフ派の人間の間でもかなり有名になっている。

 となれば自分の謀殺の妨げとなるウラヌスに何らかのアプローチを仕掛けてくるであろうということはタバサも想定していたこと。

 しかし、そうだとしてもわざわざ国王自らがウラヌスに会いたがっているというのが腑に落ちない。

 タバサにとっての直接の仇、大切な実父をその手にかけた最大の復讐相手がどうしてという疑問。

 

(考えられるのは……ジョゼフが召喚したというウラヌスの宿敵、グラナというあの男)

 

 続け様に連想されるのはアルビオンでその次元の違う力を見せつけていた白髪の巨漢。

 あの時、グラナは確かに自分はジョゼフによって召喚され共にいると語っていた。

 召喚した自分でさえ見たことの無かった、怒りと憎しみに満ちた感情を剥き出しにしたウラヌスの表情。

 彼にとって因縁浅からぬ相手がジョゼフの下にいる。

 であるならジョゼフにウラヌスの、それこそ自分も知らない様な情報が行き渡っている可能性も十分にあると言っていい。

 そこに付け込んで直接ウラヌスに何かをしようという算段なのかという1つの憶測が生まれてくる。

 

(……だけど、もしあの男がまた私から奪おうと言うのなら……)

 

 思い至った瞬間にタバサは珍しくその無表情が僅かに崩れ、ギュッと拳を握りしめていた。

 今のタバサにとってのウラヌスは単に自分の利益の為に側に置いているだけの浅い関係などではなく、

 ウラヌスも同じように思っている特別な存在、パートナーといって言い間柄にある。

 底が見えない無能王だけならまだしも、傍らにはウラヌスすら超える化け物が側にいる可能性だってある。

 だとしてもタバサは命令であろうとされるがままなどというつもりは更々無い。

 自分の立場や両親だけに飽き足らず、漸く理解し合えるようになってきた自分の特別をまた奪うつもりなら……と、黒い感情を渦巻かせていた。

 

(グラナが一目置いている程の男、か……そいつが俺を呼んで何をしたがっている?)

 

 一方のウラヌスもタバサが復讐の対象と定めている、まだ顔も知らぬガリア国王ジョゼフに対して思いを馳せている。

 自分と同じグリゴリ実験体の初期ナンバー、檻の中で培養された獣に過ぎぬグラナが認めているという相手。

 そんな者など自分の知る限りでは嘗てグラナと対等に闘い僅かにその上を行ったW.I.S.Eリーダー天戯弥勒以外に存在していなかった筈。

 強さも内面も現代世界は勿論、このハルケギニアですら常人の枠から大きく食み出ているあの男のことを理解できているのだと言う。

 つまりその時点でジョゼフという男も普通とは違う"まともじゃない"部類の人種なのだと断言していいのだろう。

 グラナと対等に付き合えるだけの普通とは違う人間、それだけでウラヌスの興味を惹くには十分すぎる理由となっていた。

 

(……まあ、行ってみればわかることか)

 

 出頭しろという指令以外に何も書いてない以上、どの道相手の下へと到着しないことには始まらない。

 くだらない罠でも仕掛けて待ち構えているのならそれを全部突破して戻ってくればいいだけのことなのだから。

 とりあえずの結論を出したウラヌスはふぅ、と一度溜め息を吐いた後にタバサの方へと視線を動かしていた。

 

「……? アンタらしくもない、と言っておきたいところだが無理も無いか。肉親の仇からの直令とあってはな」

「……ごめんなさい、でも私は……」

「アンタの復讐はアンタ自身の目的だ、それに俺が口を挟む気は無いというのは今でも変わらない、が……」

 

 パートナーに感情の揺れ動きを見られたことにハッとして、すぐさまタバサは表情を整え直していた。

 ウラヌスとしては未だ感情ではなく知識的な理解というベクトルであるが、それでもタバサが動揺している理由は何となく察しを付けている。

 これの指定相手がグラナだった場合を考えてみれば、きっと今の自分とタバサの立場は入れ替わっていただろうことが予測できるのだから。

 要するにタバサにとってジョゼフという男は、自分にとってのグラナと同じような存在なのだろうという予想。

 正確に言えば大分違っているのだが、それでも大まかな部分では決して間違いでも無い考えであった。

 

「前にも言ったように俺は闘い以外で心地良さを与えてくれるアンタを特別に思っている、アンタに不利益になることを安請け合いするつもりは無い、だからまあ……そう心配はするな」

 

 何分人間的な感情に疎いのでこういう言い方で合っているのだろうかなどとウラヌスは考えてしまったりもしていた。

 が、その一言は今のタバサにとって十分に効果のある言葉だったことは間違いないようである。

 

「……ありがとう」

 

 復讐相手の憎しみと疑念で凝り固まっていた心が、自分を気にかけてくれているウラヌスの言葉で解き解されていくのがはっきりとわかる。

 そんなウラヌスに確かな感謝を感じながら、タバサは少し照れくさそうに礼を言っていた。

 

 

*

 

 

 2人がヴェルサルテイル宮殿に到着したのは夜明けに差し掛かる時間帯、朝靄の立ち込める空の向こうに見慣れた広大で美麗な城が見えてきていた。

 そして中央に位置する美麗な青で彩られたグラン・トロワ、その入り口近くの中庭に2人を乗せた竜篭がゆっくりと着地する。

 バッと飛び上がり中庭の地面に降り立ったタバサとウラヌスを待っていたのは厳格な表情を浮かべる2人の衛兵、所謂ジョゼフ派の使い。

 

「お前がウラヌスという男か」

「ああ」

「陛下がお呼びだ、共に来てもらおう」

 

 愛想など1ミリたりとも含まれない、共に淡々と必要な言葉だけを述べた上でウラヌスは衛兵の1人の後ろに付いて行く。

 その背を更にタバサが追おうとしていたが、もう片方の騎士によって遮られてしまう。

 無言のままタバサを見下ろす冷たい視線は、「呼ばれているのはあの男だけだ」と語っているようにも見えるもの。

 

「……気をつけて」

「わかっている」

 

 そうであるなら形式上、ガリアに仕えている身の上のタバサが逆らうことは許されない。

 背に向けられるタバサからの震えの入り混じる声に振り向くことなくウラヌスは答えて、そのまま宮殿の門を潜り内部へと入っていく。

 王の住まう宮殿として相応しい広く長い華々しさと煌びやかさに溢れた廊下を歩いていくこと数分。

 やがて衛兵の歩みがピタリと止まった先にあるのは一際豪華な装飾の施された扉。

 

「陛下、命令の通りウラヌスという男を連れて参りました」

「漸く来たか、待ち遠しかったぞ、早く入れろ」

 

 扉の前で深々と頭を下げる衛兵への返答として奥から返ってきたのは、その言葉の通り急かす様に慌ただしい口調の男の声である。

 それを受けて衛兵が重々しい音と共にギィッと扉を押し開けてウラヌスに中へと入る様に促す。

 特に何を言うでもするでもなく、ウラヌスは自然にスタスタと先へと進んで行き、背後の扉が閉じられる。

 内部に広がっていたのは高い天井、広大な空間、いくつものガーゴイル石像や装飾品、そして最奥にあるのは王が座るべき玉座。

 その玉座に腰掛けて頬杖を突く男が1人、ウラヌスの姿を見るなり立ち上がっていた。

 

「よくぞ来たな! ずっと会いたかったぞ! お前が例のウラヌスというPSIの使い手か!!」

「その通りだ。アンタがタバサの言っていた国王ジョゼフで合っているのか?」

「ククク……王である俺を相手にしてその物言い、逆に清々しく思える程の勇猛さだな!!」

 

 護衛の兵も警備を担う物品も罠らしきものもまるで見受けられない玉座に1人いる国王ジョゼフ。

 仮にも一国を統べる王を前にしても何ら普段の態度を崩すことないウラヌスを却ってジョゼフは気に入ったようであることがはっきりとわかる。

 気分よく高らかに笑い両手を広げて歓迎の意でも示しているかのようにウラヌスの方へと歩み寄っていく。

 

「成る程成る程、グラナが言うだけのことはある。その無機質な視線に底冷えするような冷たい空気……目の前に立つだけでも震えてしまうな!」

 

 言っていることとは裏腹にジョゼフはウラヌスから数メートル程距離を置いたところで立ち止まり、楽しそうな笑いを止めようともしない。

 出会い頭にこのリアクション、確かに思った通り普通とは言い難い人種なのかもしれないが、

 

(……何だ、この男は?)

 

 ジッと視線を細めてウラヌスが覗き込むのは目の前に立つジョゼフが携えている両瞳。

 自分やグラナと同じ人間らしさという物を感じさせない無機質で無感情な光の宿らない同類としてのそれを持っていることがすぐにわかる。

 だがこのジョゼフの持つ更に別のナニカ、単純に言葉一つでは言い表せない暗く深い闇の底の様な物がその瞳の奥に蠢いている。

 それも初めてではない……これに似た何かを嘗て自分は見たことあるとウラヌスは感じ取っていた。

 

「それで、お前は何の用があって俺をわざわざ呼び出したんだ?」

 

 とりあえず自分の疑問は片隅に置いておくとしてウラヌスは率直に用件を尋ねていた。

 相手の思惑が何なのかが未だ不明である以上、油断は禁物であるとも。

 

「いやなに、大した用があって呼んだわけではない。単純に一度お前と話をして見たかっただけだ。グラナの語っていた嘗ての同朋の1人であるというお前とな」

「話したいだと……? そういえばそのグラナは今どこにいる?」

「生憎だが俺の命令でまたアルビオンへと出向中だ、せっかくの所悪いが奴との闘いは今回は諦めてくれ、貴様たちの闘いの余波で宮殿が全壊しては流石に適わぬ!」

 

 今この場にグラナはいないという事実、それを言葉通りに受け取ってしまうのもどうかと思うが、それでもウラヌスにはこの目の前のジョゼフが嘘を吐いているとも思えない。

 だというなら本当に話をしたいという理由だけで一国の王が直々に自分を宮殿へと呼び寄せたというのか?

 混乱が深まるのと同時に興味も膨らんでいくウラヌスにジョゼフは更に言葉を投げかけていく。

 

「シャルロット……いや、今はお前が言うようにタバサと名乗っているのだったな。で、俺とシャルロットの関係はどこまで知っている?」

「一通りはな。お前がタバサの復讐の相手で、王位継承のゴタゴタでタバサの父親を殺し母親には毒を盛って、更に王としての地位を剥奪して北花壇警護騎士団で汚れ仕事を押し付けている――」

「そうかそうか! ならば話は早いな! そこまで知っているのなら余計な手間が省けるというものだ!」

「……先に言っておくが別に俺はタバサに代わってお前をどうこうする気は無い。俺やタバサに危害を加える気なら遠慮なく抵抗させてもらうが」

「何だつまらん。お前はシャルロットに召喚された使い魔なのだろう? 主の意志を汲み行動するのは使い魔として当然の役割ではないか?」

「俺はタバサの下に付いた気は無い、まあ色々あったのは確かだが、云わばお前とグラナと同じ、対等の関係というヤツだ」

「対等……? 対等だと? あの復讐人形にグラナから聞いたお前の様な戦闘人形が情でも持ったと言うのか?」

「別に否定はしない。今の俺にとってタバサが特別だということは紛れもない事実、それをお前にとやかく言われる筋合いも無い」

 

 興味津々にコロコロと表情を変えていくジョゼフとはどこまでも対照的に無感情で淡々とした受け答えを続けていくウラヌス。

 グラナと対等に付き合っているというジョゼフという男だからこそ、特に話をはぐらかす気も無く己の本心を隠すことなく述べていた。

 自分が戦闘人形であることもタバサが復讐鬼であることも紛れもない事実なので別段声を荒げて否定する気も無い。

 ただ、そんな中でも自分は確かに変わりタバサという特別な相手と共にいるということもまた間違ってはいないのだと。

 

「クク……クハハ!! そうか! これもまたグラナの言った通りだということだな! お前は確かにもうただの戦闘人形とは違う! グラナと同じで人間に近づいているということだな」

「……お前にそんなことを言われても別に何も思わん、というより不愉快なくらいだな」

「そいつは失礼した。ただグラナといいお前といいおかしなものだと笑わずにはいられんのだ、何故に己を獣だの人形だの称し、人であることを否定するのかということがな!」

「…………」

 

 傍から見れば狂っているとでも言えてしまう天井を見上げて笑いを止ませないジョゼフの姿にウラヌスの中の疑問は益々大きくなるばかり。

 自分ばかりかグラナまで人間に近づいているだの言っている男の言葉の裏に感じ入るもの……

 そこをはっきりさせておきたいと思い今度はウラヌスの方が質問をぶつけていく。

 

「随分な言い方だがお前はどうなんだ? さっきから聞く限りじゃどうもお前は人間らしさというのにこだわっているように聞こえてくるが」

「そう、そうだともウラヌスとやら! 俺の目的はと言えばその1つに集約されていると言っていいんだよ!」

「……どういうことだ?」

「シャルロットから聞いたようだな、俺が王になったのは継承争いの末に弟を暗殺したからだと。だが残念ながらその認識は大きく異なっている」

 

 首を傾げるウラヌスに対してジョゼフが得々と語っていくのは、ガリア国内の誰もが知らない今のジョゼフを形成してい大元となった出来事について。

 生まれた時から落ちこぼれ、魔法の1つも使えず母親からすらも見捨てられつつあった無能な自分。

 逆に魔法も含めたあらゆる際に恵まれ、その心優しい性格から次期国王間違いなしと称されていた優秀な弟。

 ずっと比べられ続け蔑まれ黒い感情を内に溜め込むままにやってきた先王の死と、死に際に告げられた次の国王は自分だという確かな遺言。

 遂に栄光を手にし、弟を超えたとばかり思っていた自分に向けられた、弟からの眩しいくらいの笑顔と『おめでとう』の一言。

 それを境に一気に噴出した憎悪のまま、弟を手にかけた先に待っていた自分の姿――――

 

「……以来俺は何をしても決して泣くことが出来ないままなんだ。シャルロットの母に毒を飲ませ、シャルロット自身も牛馬の如くこき使う……肉親の家族を追い込んで尚、俺の心は震えることは無い」

「…………」

「それに飽き足らず世界を盤に見立てて多くの……アルビオンのレコン・キスタもそうだ! 無関係の命をゲームと称して奪ってもやはり何も感じることは無い……決して、あの日の後悔を超えることは無いのだ」

 

 生気の宿らない瞳はそのままに、低くねっとりとするような声で語られていくジョゼフの過去。

 憎かったのも事実、だけれども本当は誰よりも弟であるシャルルのことを大切に思っていたからこその後悔。

 見返してやりたいというコンプレックスに等しい感情もシャルルを想っていたからこそ抱き続けていた感情。

 その全てに気付いたのは自分の手で弟を殺し感情を失ってしまった後というあまりにも皮肉な現実。

 後悔先に立たずという言葉がそのままピッタリ当て嵌まる、取り返しのつかないことを自分はしてしまったのだということ。

 そしてその壊れた心のままにジョゼフは今日まで、肉親含めた数多の命を己の慰みに弄んできたという独白。

 

「その最中、気晴らしとして唱えた召喚に応えたのがお前もよく知るグラナというわけだ。そしてアイツとの出会いは俺にとっても無駄ではなかった! 何も感じることなかった俺の心に、久方ぶりに確かな震えを感じたのだから!」

「あの男に感化されるとは、全くお前も……いや、アンタも俺らと同じで普通じゃないってのがよくわかる」

「確かにお前の言う通りかもしれんなウラヌス! だが先にも言ったように俺はお前たちとすら違うと思えてならないんだよ」

 

 敵であろうと味方であろうと一目置いた相手にはそれに見合った応対をするのがウラヌスという男である。

 ジョゼフへの他称がお前からアンタに変わる中、ジョゼフは溢れ出る感情のままにウラヌスとの対話にのめり込んでいく。

 

「以前奴にも言ったのだよ。己の在り方に悩み彷徨うことなど人形や獣は決してしないと。そして今日話してわかった。ウラヌス、お前も同じことだ。誰かを特別だと、愛しいと思うこともまた人間としての証だとな」

「なら聞く限りじゃアンタも同じことなんじゃないか? 勝手に失くしただのと思い込んで人間らしさってのを取り戻そうともがいてる時点でアンタも人間ってことになる」

「……ハハハハハッッッ!!!! やっぱりお前はグラナとそっくりだ! 俺のことを人間などと言うのはアイツとお前くらいしかいないだろうからなあ!!」

 

 自分も同じ、死の果てに世界を超えて芽生え始めている人間らしさという感情の正体に思うことがあるからこその返答。

 やはり話を聞く限りの知識的な観点で率直に述べたに過ぎないウラヌスの言葉。

 だがそれは奇しくも以前グラナが言っていた内容とほぼ同一だということがジョゼフにとってはおかしくてたまらなかった。

 グラナの召喚による理解者の取得、世界をゲームに見立てて弄ぶという行動そのものこそ変わらないが、それでも己の心に少しだけ蘇ってきた心の震え。

 そのジョゼフにとって大切なパートナーであるグラナの同類と呼べるウラヌスもまた同一のことを語っていることがジョゼフの心を更に大きく揺れ動かしていく。

 生まれた時より闘いの為の獣でしかないと語る自分に近しい男たち、そんな者たちが自分にこれ以上ない昂揚感を与えてくれていると。

 

「……だがそれが仮に事実だとしても、それでも俺の人間としての心は不完全だとしか言えん。怒りや悲しみ、そういった当たり前の感情が湧きたってこないのだから、やはり俺はまともじゃないのだ――」

「ッ……!!!? な……にっ……!?」

「――グラナを召喚したのと同じ、この力のようにな。アイツを召喚できたということ以外には疎ましさしか感じないこの力すら、俺に"急げ"と暗示をしているようにしか思えん」

「何をした……?」

「ククク……だが最強クラスと名高いサイキッカーのそのような顔を2度も見れただけでもまた新たな価値があったと言える! グラナの奴ですら始祖の力には欺かれたのだから!」

 

 ウラヌスが目を見開き冷や汗すらもかいてしまっている事態……真正面で対話を楽しんでいたジョゼフが何の前触れもなく自分の背後にいた。

 それも、念を入れてライズを発動し普段の何倍もの常人離れした感覚を持っていながら、ウラヌスが全く反応できない速度で、である。

 しかもその力にPSIを使った痕跡は見られない、つまりそれはこの世界の魔法かそれに類する力でウラヌスに悟られずに悠々と背後を取ったということの証明。

 

(瞬間移動か……? いや、そうだとしてもシャイナが鼻で笑えるレベルだぞ?)

 

 動揺を浮かべたままのウラヌスにジョゼフは大層ご満悦といった表情を見せるばかり。

 自惚れや慢心というわけではない、それでも自分の実力は宿敵であるグラナを除けばハルケギニアという世界の中では上位に位置している筈だという自覚。

 それをまるで嘲笑うかのようにジョゼフは今の一連の動作を軽くこなして見せたのだということ。

 本人の言葉に偽りが無いのなら、宿敵グラナですら見抜けない力……得体が知れないなどという次元ではない。

 

「いや失敬失敬。このような児戯が使えようとも今の俺にはそれ以外の力は無い。如何にお前やグラナの死角を取ろうが攻撃の手が無ければ千日手でしかないからなあ?」

「……だがアンタがその力を途切れることなく行使し続けられるというなら俺やグラナですら攻撃を当てることそのものが相当な困難になる。確実に勝てる手立てがないという意味ではあまり変わらん」

「ほう! 世界の覇者である星将の1人にそのように言われるとは実に光栄なことだ!」

 

 嘗ての自分の役職名まで持ち出して再び底の見えないはしゃぎ振りを見せ始めるジョゼフ。

 背後に回ったジョゼフに向き直るウラヌスが思い浮かべるのは純粋な脅威とそれ以上の更なる強い興味関心。

 甘かったと言えばそれまでのこと。PSIも使えないこの世界のメイジでは自分やグラナには到底及ばないという認識。

 それを今正に粉々に打ち砕いたのがこのジョゼフという男に他ならない。

 強者を求め闘いを欲する己の内の欲望を掻き立てるに相応しい新しい強者であるという確かな認識。

 成る程、自分の宿敵が認めるに値する程の人間なわけだとジョゼフへ向けられる感情が切り替わっていく。

 だが今のウラヌスにとってはそれだけでなく、同時に頭に浮かぶのはこの男を仇と定めている自分の特別である少女の顔。

 

「よくわかった。タバサの復讐も思った以上に一筋縄ではいかないということだな」

「そうだ。俺を怨み憎み続けるシャルロットの手にかかり命を落とす……その時に俺は失った涙を取り戻せる方法の1つだと思えてならない。だがもしそれが叶わず逆に俺がシャルロットを殺してしまい、それでも尚泣けないようなことになれば俺は本当に世界を破壊しつくさなくてはならなくなるかもな……お前やグラナという一個人にすらも劣る、何の感情も湧き立たないこの世界を」

「……ああ」

 

 またしても無邪気で邪悪な笑みから真剣そのものな表情へと切り替わったジョゼフの言葉を聞いて、ウラヌスは合点がいったという風に頷いていた。

 人間らしさにこだわる人形という見方でならジョゼフという男は自分やグラナに近しい存在なのかもしれない。

 だがそれ以外にもう1つ、世界そのものに抑えきれないばかりの憎しみを抱えているという意味ではあの男と……

 グラナと対等であったもう1人である天戯弥勒に近しい物がこの男にはあるのかもしれないという考え。

 方向性は違えど、己の個人的な目的の為に世界そのものを破滅に導こうとするその在り方は確かに弥勒と通じるものがある。

 

「別にアンタがどう思おうと何をしようと俺の知ったことじゃない……が、アンタが世界を壊すということはつまり俺やタバサも害を被ることは避けられない。つまりその考えを改める気が無いのなら、いずれ俺はアンタの敵になる」

「まさしくその通り! 何も間違ってはいない! お前やグラナやシャルロットが俺の感情を完全に取り戻すのが先か、それとも俺が今度こそ全てに失望し世界諸共お前たちを滅ぼすのが先か! これもまた競争、世界そのものを盤上に置いたゲームだということだ!」

「いいだろう。なら俺もタバサもアンタが動かす盤上の駒を全て蹴散らしていくだけだ」

「面白い! お前ならきっとそう言ってくれると思っていたウラヌスよ! あのタルブ村での時のように俺の予想を覆す結果をもたらしてくれることを期待するぞ!」

 

 そしてジョゼフもウラヌスも、この場にはいないグラナも結局は自分本位の考えが優先されていることも変わらない事実。

 ウラヌスはタバサに代わってこの男を倒すだのといった思いは特に無いし、寧ろその人となりに強い興味すら感じている程でもある。

 ただ、今は本人が語る様に表立って敵対していないだけで、直接的に手を下そうとするなら自分もタバサもそれを払い除けて前に進むだけだと。

 ジョゼフに手を下すのは自分じゃない、その権利はタバサにあるのだという想いもある。

 自分にとっての目下の敵、追うべき宿敵はやはり変わることなくこのジョゼフという男と共にいるグラナであるのだから。

 故にジョゼフがそうしようとしなかろうと、自身の目的を果たす為にその障害となるものを打ち砕いていくということも何も変わらないのだと。

 

「今日は実に有意義な時間だった! 何か褒美をやろうか?」

「別に必要ない、俺にとってもアンタとの話は悪くは無かった、それだけで十分だ」

「そうか! なら今日はここらでお開きとしよう! また相見えるのを楽しみにしているぞ、今度は戦場でな!」

 

 言うだけ言ってジョゼフとの話を打ち切り、ウラヌスはくるりと背を向けて入口の扉の方へと歩いていく。

 その背を見送るジョゼフはまるで親しい友でも見送るかのように大きく右手を振るっていた。

 

(何にせよ、俺もウカウカはしていられないということか)

 

 玉座を出ながらウラヌスが内心で思い浮かべるのはジョゼフとのやり取りの最中で体感した彼の操る正体不明の力。

 ライズを発動している自分ですら察知することの出来なかったその速度、紛れも無く自分を超える新たな強敵の1人。

 自分の甘さを噛み締めながら、今後タバサと共に更に力を磨いていかなくてはいけないと決意を新たにしていた。

 

 

*

 

 

 ウラヌスが去った玉座の中、護衛の兵士も呼ばずにジョゼフは暗闇の中でくつくつと笑みを浮かべている。

 ウラヌスとの対話で久方ぶりに感じた心の震え、自分が対等認めているグラナと同じだというだけのことはあった。

 

「ククク……グラナといいウラヌスといい、異世界というものへの興味が尽きないばかりだ……俺が作り出そうとしている地獄、それを見てきたからこそ得られた考えでもあるか?」

 

 ウラヌスがジョゼフの闇を知ったように、ジョゼフもまたグラナやウラヌスの持つ背景、彼らが支配していたという崩壊世界の話を聞き知っている。

 空が幕に覆われ陽の光を遮断し、人とは異なる怪物たちが闊歩する正に自分が求めている物の1つである地獄と呼ぶに相応しい世界。

 そんな思いもよらぬ場所からやってきたからこそ、ハルケギニアの常識では推し量れない、自分の心を震わせるだけの私室を持ち合わせているのかもしれない。

 しかも、パートナーであるグラナからはそんな世界を作った所でつまらねえだけだとはっきり吐き捨てられたこともある。

 

「だというならグラナ、いずれはお前も敵になるということか? それはそれで楽しみだがな!!」

 

 同じ内を、悩みを抱える理解者同士ということで対等の付き合いをしているパートナー。

 だが今日のウラヌスとの話やグラナの言っていたことを統合すると、いずれはウラヌスやタバサだけでなくグラナとも本気で殺し合うことになるのかもしれない。

 それはジョゼフにとって望まぬことではなく、寧ろ楽しみの1つに成り得るかもしれない。

 そんな風に考えると悪くなく、ジョゼフは益々興奮を強めて笑いを零していくばかり。

 

「シャルルよ……お前を殺して以来ずっと疎ましさしか感じ得なかった世界だが……それなりに生きてみるものだと思うばかりだよ。あいつらなら俺を真に満足させてくれるかもしれん。そうであるならこれまで弄んできたお前の形見であるシャルロットにも――」

 

 以前グラナに語った人間らしさを真に取り戻す為の方法、奪うだけでなく与えるというのも気紛れにいいかもしれない。

 グラナとウラヌスという自身の理解者を得たことによる心の余裕とでも言うべき感情、それがジョゼフの考えを複雑に絡み合わせていた。

 弟を殺したあの時の悲しみは肉親を追い込むことよりも、世界そのものを破滅に導くことよりも尚重い、

 そう思い続けていた自分の心に確かな変化を与えているのかもしれないと。

 

「だから見ていろシャルル、やるからには全力だ。俺と奴の全てを賭けてのゲーム。お前の言った通りに"もっとすごいこと"をしてやるとも! そして俺はその時失った物を取り戻すんだ!」

 

 が、そうだとしてもジョゼフの抱える闇の全てを完全に照らし出すにはまだまだ足りないということも事実である。

 故にジョゼフは止まることはない、理解者を傍らに置きながら自分の目的を達する為に進み続けるだけ。

 思い出の底にこびりついている、本当は心から大切に思っていた亡き弟の純粋な優しさに満ち溢れた笑顔。

 それを思い浮かべるジョゼフが見せるのはまるで正反対、欲望のままに全てを利用しつくす暴君の如き獰猛な笑みであった。 




正直言ってジョゼフはゼロ魔の中でもトップクラスに書きづらいキャラだと思う。
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