雪風と氷碧眼《ディープフリーズ》   作:LR-8717-FA

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CALL.36 "恋が狂わす不快感"

 結局、気絶した後に目を覚ましまた混乱しながらわたわたと慌てまくるタバサを宥めるのに時間がかかってしまっていた。

 一行はどうにかラグドリアン湖を発ちトリステインの領地内にまで戻ってきていた。

 時刻は夜、分厚い雲に双月が隠された夜の下、人気の無い草原に伸びる街道を3頭の馬が疾走していく。

 

「……今回は貴方にも本当に迷惑をかけてしまった……ごめんなさい……」

「謝罪の言葉は聞き飽きた。別にアンタが全て悪いわけじゃなかったんだからもう言うな、今度からは同じ轍を踏まないよう努力でもしておけ」

「うん……」

 

 その内の1頭に跨るタバサはまだ僅かに頬が赤く染まっていながらも、前にいるウラヌスに謝り通しであった。

 あまりに予期せぬタイミングであったとはいえ自分が知らずに惚れ薬を飲んでしまい、思い返すことすらしたくないような恥ずかしい行動をウラヌスにし続けていたという現実。

 タバサとしても一刻も早く忘れ去りたい汚点でしか無く、ウラヌスに対する申し訳なさが今の心の大半を占めている。

 

「とんだ苦労ばかりかけさせられたものだ……ドットメイジがアンタの心を掌握するレベルの秘薬を作れるという事実は別の意味で驚きでもあったが」

「秘薬の制作とメイジのレベルが比例しないことも多い、時間さえかければ作れてしまう上に効果の程が強力、そういったものが禁制として扱われる事例が殆ど」

「成る程な……全く、あの小娘め」

「ひうっ!?」

「急にどうしたんだい、モンモランシー?」

 

 不快感が収まりきらないのかウラヌスは少し前を行くギーシュとモンモランシーの乗る馬の方へと視線を向ける。

 背後から言い知れぬプレッシャーを受けたモンモランシーは体を跳ねさせてしまっていたり。

 法で制限されるだけのことはあって、何より一連の騒動のタバサのハジケっぷりを見れば惚れ薬がどれほど強い力を秘めているかなど周知の事実。

 尤も、それ以上に恐ろしいのはタバサの語る様に正確な手順さえきちんと踏めばモンモランシーのようなドットメイジでも作れてしまうということでもある。

 タバサとしても事前に毒とわかっていて……毒と認識している物を自ら摂取するというのもおかしな話かもしれないが、

 それでもわかってさえいれば事前に対策も取れる、それこそPSIのバーストを体内に循環させて効力を弱めるなり外部へ弾き出すなりといったこともできたかもしれない。

 だがタバサが惚れ薬を異物と認識する前に効力はあっという間に脳から全身を支配し、まともな思考など瞬時に吹き飛んでしまっていた。

 今後惚れ薬に限らず毒の類で自らの命を狙おうとする敵だって当然現れるかもしれない以上、

 タバサは今回のこのことを自分の至らなさ故の失態と深く反省しているのもまた事実であったのだ。

 

「……チッ、思い出すだけでもまだ頭が痛くなるようだ……恋だの何だのという感情はああも人を狂わせるのか? 少なくとも俺は理解したいとは思わん……」

「…………」

 

 不機嫌さを露わにしたままぶつぶつと呟き続けるウラヌスの背後で、タバサは黙ったまま彼の言葉に耳を傾けている。

 自分と一緒にいると闘い以外の目的で心地良さを感じられると言っていた、それが今まで知らなかった人間らしさというものの一種なのだと互いに認識した。

 そしてタバサもウラヌスの過去……ただ力の実験と誰かの言いなりで闘うだけの人形であったということを聞かされており、

 惚れ薬を飲んでいた時の自分の行動如何は抜きにしても、単純にウラヌスが恋という感情を知らないだけということもきちんとわかっている。

 であるならば、あの時の自分がしてきたことなどウラヌスには困惑と不快感を与えることでしかなかったのだろうと。

 

(……何なんだろう……?)

 

 しかし、タバサはウラヌスへの申し訳なさや自分の不足の反省といった感情以外にもう1つ、どこか言葉で言い表せないモヤモヤした気持ちを抱えていた。

 まだウラヌスを召喚して間もない頃、彼の在り方を理解できずに同じような気持ちを感じてしまったことは何度かあったものの、それら全ては既に原因がはっきりしたものばかり。

 だというのにそう言った時と同様に確かに胸に根付いている新たなモヤモヤ、しかもそれはウラヌスが恋というものに不快を吐き捨てる度に顔を覗かせる。

 

(私は、ウラヌスを)

 

 以前にルイズに使い魔との、というよりはサイトとの距離感について相談された時に一瞬だけ脳裏に過ったこと。

 だがそれもほんの僅かな気まぐれでしか無く、自分もウラヌスも考えないような、いや、考えてもしょうがないことでしかないと思っている筈。

 ウラヌスがそうであるように、今のタバサがウラヌスのことを特別に思っているということに何ら変わりは無い。

 闘いの助けになってくれる、自分に新しい力を教えてくれた、自分の闇を余すことなく曝け出すことが出来る、安らぎを与えてくれる唯一無二のパートナー。

 そのウラヌスに自分がまさか、惚れ薬を飲んでいた時の感情がそのまま……

 

(……違う、今の私はタバサ、ウラヌスが特別に思ってくれているのは今の私、タバサという私)

 

 すぐに頭をふるふると左右に振るい、今感じているのは気の迷いでしかないと表情と感情を整え直していた。

 そう、薬による偽りの感情とはいえあれだけの熱烈なアプローチを繰り返したのに何も感じず不快感を見せていただけということに"落胆"や"不満"などといったことを感じる事などあってはいけない。

 秘薬で心を作り変えられるという悲劇性については他の誰よりも自分がわかっていること。

 ウラヌスは自分の境遇を知っているからこそ、薬で正気を失っている自分の行動の数々に不快感を見せていたのだということも理解できる。

 であるならそのような別の感情を抱くということ自体、ウラヌスからの気遣いを無碍にしているも同然だと言えてしまう。

 タバサにとってはその方がよっぽど辛く自分を許せないことである。

 時の流れと数々の闘いを経てきて、互いを大切にし合うパートナーにこれ以上余計な心配をさせたくないと。

 

 

――でも、本当にそうなのかな?

 

 

「!!?」

「……? どうした? まだ調子が悪いのか?」

「だ、大丈夫……気にしないで」

 

 が、突如としてタバサの脳裏に響いてきた謎の少女の声、それが与える衝撃が彼女の体を大きくぐらつかせていた。

 背後の異変をすぐさま察知してウラヌスが振り向いていたが、タバサは額を押さえながら問題ないという旨を伝える。

 どう見たって大丈夫そうではないのだが、タバサとしてもほんの一瞬の出来事だった故にそう答える以外の選択肢が見当たらない。

 まだ惚れ薬の効力が消しきれていないのだろうかなどとウラヌスとタバサが同時に思い立ったのだが、

 

「ちょっと待って、何か来るわ……ってあら、あれってもしかして……」

 

 三叉の分かれ道の合流地点、右側の方から駆けてきた一行は先頭のキュルケの乗る馬が動きを止めるのにつられて全員が歩みを止めていた。

 一体何事かと他の4人も視線を向けた方向には反対側の道から慌ただしくやってくる2頭の馬とそれに跨る2人の見慣れた人物である。

 

「ルイズ、サイト、どうしたのよこんな時間に?」

「うわっとと! いやお前らこそどうして……いやすまねえ! 話している時間も惜しいんだ! そうだ、お前らもできたら協力してくれ!!」

「ちょ、ちょっと落ち着きないさいよ、何なの一体?」

 

 同じように停止した片方、サイトが尋常じゃない身振り手振りで声を荒げているのを見ればキュルケだけでなくその場の全員がただ事ではないことを察する。

 それがわかりながらも、逆に慌てすぎで内容が伝わらないサイトの言葉にキュルケは困ったような表情を浮かべるばかり。

 

「ああんもう!! 姫さまが賊に誘拐されたのよ! 私たちはそれを追っている途中! ラ・ロシェールに向かってるって言ってたから恐らくはアルビオンの手の者よ! 到達されて船に乗られたら完全に手遅れなのよ!」

「そ、それは本当かいルイズ!!?」

「嘘!? アンリエッタ女王陛下がどうして……!!」

 

 すぐ後ろにいたもう1頭に跨るルイズが怒鳴り散らすように事の次第を説明し、それに大きく反応していたのは同じトリステインの貴族であるギーシュとモンモランシー。

 残りのキュルケ、タバサ、ウラヌスは2人程ではないが思い思いの表情を浮かべている。

 何者かの手引きによりアンリエッタが連れ去られたという情報をルイズが知ったのは偶然のこと。

 すぐさま王宮に事の次第を問い質しに行きそれが真の事だと知って、先行したヒポグリフ隊の後を追うようにして彼女もサイトと共に追跡を開始していたということ。

 が、相手も同じ馬を用いているので追いつけるかは五分、もっと足の速い飛竜の類は先のタルブ村の決戦で失われており動かすことが出来ない状態なのだ。

 

「とにかく少しでも急がなくちゃいけないんだ! タバサ、前に見せてくれたアレを使わせてくれ! このままじゃ――」

「ウラヌス」

「好きにしろ、アンタが協力するというなら俺も付いて行くだけだ」

「ありがとう」

 

 サイトの言わんとしていること、それを察知したタバサは視線を背後にいるウラヌスに向けて了承を得た後に、すぐさま脳に意識を集中。

 自身のバースト、スノーウインド・ドラグーンを発動し、幻影の竜の背を現出させる。

 

「ありがとう! 恩に着る!!」

「え、え!? 何なのよこれ!? タバサ、あんた一体何を――!!」

「説明している時間は無い、今はとにかく乗って」

「そうよルイズ、お姫様追うんでしょ? ならこんなところで驚き呆けている場合じゃないでしょうが」

「フン……」

 

 以前は気絶していた故にタバサの能力を目にしたのは初だった故のリアクションであるルイズ。

 だがそんなことなどお構いなしにキュルケが彼女の首根っこを引っ捕まえて竜の背に乗っけて、更に続いてサイトも乗り込む。

 それを確認した上でウラヌスもPSIを発動し、大きく翼を翻して暴風と共に跳び上がるタバサのドラグーンと共に三叉の道を左方向に引き返してラ・ロシェールの方へと向かっていった。

 

「は、はわわわわわ…………」

「モ、モンモランシーーー!! しっかりするんだモンモランシー!!」

 

 ……因みにルイズ以上にウラヌスやタバサのことを知らないモンモランシーはいきなり姿を現した竜の幻影を見てすっかり腰を抜かしてしまい、

 それを落ち着かせようとするギーシュと共にその場に取り残されてしまっていた。

 

 

*

 

 

 ギーシュとモンモランシーに入れ替わるようにして加わったルイズとサイトを乗せてタバサのドラグーンが曇天の空を低空で突き進んでいく。

 タルブ村の決戦の時点でタバサのバーストはそんじょそこらの飛竜よりもよほど最高速度が増しており、もちろん馬で逃げる賊の一行など追いつくのは時間の問題。

 その下をスケートで走るウラヌスも上を飛ぶタバサたちに全く遅れることなく付いてきている。

 

「!! ……どうして、こんな……」

「ひでえ……」

 

 やがて見えてきたのは街道上にいくつも散らばっている複数の人影、

 タバサがドラグーンを地上へと着地させて、一行がその影たちの正体を探り、口元を覆いながら悲痛な声を盛らすルイズに表情を歪めるサイト。

 そこにあったのは先遣隊と思われるトリステインの兵たちの死体、真っ黒に焦げて顔の判別もつかなかったり四肢が捥がれていたりと壮絶たるもの。

 更には彼らが乗っていたであろう馬やヒポグリフたちも同じように血に塗れながらピクリとも動かず物言わぬ死体と化しているのが見られる。

 死というものに耐性が十分にあるウラヌスとタバサを除くと、あまりに見るに耐えない悲惨な光景であると言える。

 

「固まって」

 

 が、沈んだ気持ちを整理する暇も与えられず、突如としてタバサが呟くと同時に杖を振るい広範囲に渡る空気の防壁を作り出す。

 間髪入れずに飛来してきたのは周囲の草影からの火や風といった魔法による攻撃。

 突然の奇襲は事前に行動を察知したタバサの防御によってその全てが阻まれていく。

 やがてガサガサと音を鳴らしながら草むらからいくつもゆらりと姿を現したのは、

 

「ちょっと待ってよ、この人たちって……!」

 

 大きな動揺と共にキュルケが声を漏らしてしまうのも仕方のないこと。

 自分たちを襲撃してきたアンリエッタを拉致した一味は予想通りアルビオンの兵士、

 そこまではいいにしろ、目の前にいるのは自分たちも以前に目にした筈の王党派の兵士たちなのだから。

 最後の意地を通すため、レコン・キスタとの闘いで散っていったはずの者たちがどうしてこんな場所にいるのかという疑問。

 

「う、嘘……!」

「ウェールズ皇太子!!?」

 

 そしてそんなことなど容易く吹き飛ぶ衝撃がルイズとサイトの叫ぶ方向に確かに立っていた。

 キュルケやタバサ、ウラヌスでさえ目にしていた……裏切り者のワルドの凶刃に貫かれてその命を無念のまま散らした王党派のトップにして、アンリエッタの想い人、

 ウェールズ・テューダーその人が生きたまま目の前に立っているのだから。

 

「そんなだって……確かにあの時ウェールズさん、アンタは……」

「動揺するのも無理は無いかもしれないね、だが僕は確かにこうして生きているのだよ」

 

 デルフリンガーを構えながらも目の前の光景が未だに理解しきれずにいるサイトとは対照的に、変わることない堂々とした態度でウェールズは口を開く。

 幻覚かそれとも変装か、いや、そうだとしてもあまりに出来すぎている、本当に本人かと疑いたくなるほど。

 ましてそれ以上に理解できないのはあのウェールズが、アンリエッタと想いが通じ合っていた勇敢な皇太子がどうしてアンリエッタを拉致した罪人として立ち塞がっているのかということ。

 

「……アンドバリの指輪……」

「え……何か知ってるのかよタバサ?」

「……ええそうね、死んだはず人間が生き返っていて、レコン・キスタの益になるような非道を平気で働いている、となれば背後にいるクロムウェルも合わせてビンゴとしか言いようがないわ」

「フン、随分とまた出来すぎた偶然もあるもんだ」

「な、なに、何なのよ?」

 

 だが、ラグドリアン湖で水の精霊から話を聞いていたタバサたち3人は、目の前の異常な光景の正体を理解できてしまっていた。

 何が何やらさっぱりなルイズとサイトにキュルケが説明していくのはレコン・キスタのトップ、クロムウェルが盗んでいったアンドバリの指輪について。

 死者に偽りの命を与えて意のままに操ることが出来る……であるならばウェールズと王党派の兵士たちがこのような行動に及んでいることの説明が全てついてしまうのだと。

 

「……許せねえ、今すぐ姫さまを返せ」

「おかしなことを言うものだね? 返すも何も彼女は自分の意志でこちらに来ているのだよ、それよりもここで君たちとやり合うのもいいが出来る限り力は温存したい。そこで――」

 

 その先を聞く必要など無いと言わんばかりにウェールズに突き刺さるのは複数の氷の矢。

 死したウェールズや王党派の兵士たちを無理やり操作してまでこのような卑怯を働かせることへの怒りに燃えるサイトのすぐ横、

 いつの間にか詠唱を終えていたタバサのウィンディ・アイシクルが炸裂していた。

 

「無駄だ、今の僕にはそのような攻撃は通用しない」

 

 ところが、致命傷にも等しい攻撃をまともに受けた筈なのに、ウェールズの傷は見る見るうちに塞がっていく。

 ウラヌスを除く全ての者が驚愕で更に目を見開く。もうウェールズはまともではないのだと。

 だからこそルイズはずっと親しかった大切な友達を取り戻すべく、ウェールズの奥で呆然と立ち尽くしている白いガウン姿のアンリエッタに向けて叫び始めていた。

 

「ご覧になったでしょう! こちらにいらしてください姫さま! 彼はウェールズ皇太子などではありません! ただの操られた亡霊です!!」

 

 生前にずっと愛し続けていたから、自分もあの日アルビオンで知ってしまったからこそ、きっとアンリエッタはここまで付いて来てしまったのだろうという考え。

 だからこそ、あのウェールズは貴方が愛していた頃の人間ではないのだと必死にルイズは伝えようとしていた。

 

「……無理よルイズ、私にはできない」

「姫さま!? どうして!! 姫さまは騙されているだけなんです! そのまま付いて行ってしまったらきっと!!」

「あの時、私の部屋で唇を合わせた時からそんなことはわかっていました。けどルイズ、私はウェールズ様に誓ったのです。水の精霊の前で変わることない愛を、決して破れぬ誓約を、だからこの気持ちにだけは嘘は吐けないの」

「姫さま!!」

「……誰かを本気で好きになったことない貴方にはわからなくても無理は無いわ、でも……それでも私は大切な友達も傷つけたくない、だからこれは王族としての最後の命令よルイズ、杖を収めてちょうだい」

 

 返ってきたのは鬼気迫るような歪んだ笑みと共に放たれる清々しいくらいの真っ直ぐな言葉。

 正気を失っているとしか思えない狂気のそれに、ルイズは何も言い返すことが出来ずに向けていた杖を振るえる腕と共に力無く下げてしまっていた。

 同時にウェールズとアンリエッタを守る様に他の死兵たちが攻撃の機会を窺いつつジリジリと近づいてくる。

 ウェールズへの愛と女王としての責務による精神的な疲労も合わせて、今のアンリエッタはまともと言える状態には無い。

 ずっと愛し続けていた想い人がこうして近くにいるという現実が、彼女の判断力を致命的に麻痺させていたのである。

 

 

ガキィンガキィンガキィン!!

 

 

「なっ……!?」

「……さっきからくだらんことをグダグダと……本当に耳障りなヤツだ」

 

 次の瞬間、アンリエッタの決意など風に揺られる塵のようにちっぽけに思えてしまう程の莫大な怒気と重圧が周囲に振り撒かれていた。

 一瞬の出来事に硬直するアンリエッタも合わせて誰もが一斉に視線を向けた先にいたのは、両腕に氷の銃を携えているウラヌス。

 連射された弾丸がウェールズ以外の兵の全てを再生も行動も許さずに凍結させたウラヌスは、その無表情の裏で不快感を渦巻かせている。

 

「お前も惚れ薬でも飲んで頭がイカれたのか?」

「そ、そんなことなど! これは私が持つ確固たるウェールズ様の想いによる決意なのです! 貴方の様な見ず知らずの平民に侮辱される謂れなどありません!!」

「だとするなら余計にだ、お前のような指導者の取り柄など欠片も無いクズから恋だのなんだのという話を聞かされる……不愉快なんだよ、この上なく」

 

 なけなしの勇気を振り絞って反論するアンリエッタを今にも殺さんばかりにウラヌスはキレていた。

 惚れ薬を巡ってタバサも巻き込まれた先までの騒動、それがようやく一段落したと思ったらまた興味も無い有象無象から恋がどうだの聞かされる。

 元より接触する機会も無く指導者としての器が致命的に欠けている見下していたアンリエッタから、己の身分と立場を弁えずにこんな話を聞かされたとあっては、

 タバサのことも合わせて流石のウラヌスも八つ当たり気味に力を乱発させる程に怒りの感情が振り切れてしまっていたのである。

 

「……ああそうだ、女とまともに付き合ったことない俺だってわかるよ姫さま、アンタのそれは恋なんかじゃない、寝言は寝てから言ってくれ」

「そう、今の貴方はおかしい。死んだ恋人のことを受け入れられずに幻想に逃げているだけ、そんなものでは誰も救えない、自分自身さえも」

「ど、どきなさい! これは命令ですよ!!」

 

 そんなウラヌスの言葉に同調するように更に前へと出てくるのはサイトとタバサの2人。

 ウェールズとアンリエッタの想いはルイズと同様にサイトも知る所であり、だからこそ目の前のアンリエッタの姿がサイトの怒りをより膨らませていく。

 タバサにしても、先刻まで自分が惚れ薬の影響によって正気を失っていたことも合わせてアンリエッタを真っ向から否定していた。

 あんな物は本当の恋などではない、惚れ薬を飲んだ自分と……自分を庇って毒を飲み精神を崩壊させた大切な母と何も変わらないと。

 ましてタバサやタバサの母とは違い、何の外的要因も無しにただ自分の恋心だけで正気を失っているアンリエッタはある意味で遥かに救えないと言えてしまうかもしれない。

 

「お願いです姫さま! 既に他のの兵士たちは動けないではないですか! わたしだって姫さまを傷つけたくないんです!」

「君の想いもよくわかる、だがこのまま僕たちを行かせないと言うなら僕も本気でやらせてもらうしかない……」

「ウェールズ様……ですが、あなたがわたしの使い魔を傷つけると言うならわたしも容赦は出来ません」

「やめてルイズ! 貴方たちを殺したくないというのは本当なのよ!! ご覧なさい雨です! 雨が降り注いできた! 水を操る私に味方をする!!」

 

 それぞれの感情が爆発し合う中で空を覆う雲から降り注いでくるのは多量の雨。

 アンリエッタは王族である故に水のトライアングルのメイジでもある、つまり彼女の言うように水のメイジにとって雨は強大な力となる。

 媒介となる水を魔力を労せずに操ることが出来るというのはこの上ない武器。

 おまけに味方の1人であるキュルケは火のメイジ、己の武器を完全に取り上げられてしまったも同然。

 ウラヌスに凍らされた他の兵に目もくれず狂気とも言える高笑いと共に叫び続けるアンリエッタとウェールズの側に情勢は傾いたかに思えた。

 

「……いい加減にしろ、そんなに行きたいなら逝かせてやるよ、あの世にな」

「待って」

「止めるなタバサ、いくらアンタが言おうが今の俺は本当に機嫌が悪いんだ、あの2人を潰してそれで終いだ」

「ウェールズの方はともかく女王の方はマズい、殺してしまうのは面倒なことになる」

「流石にそれはちょっとねウラヌス……あたしとしてもあんなの呆れるしか無いんだけどそれでも一国の女王を見殺しっていうのはちょっと」

「知ったことか、このまま何かしようってなら実行に移すぞ」

 

 だがただの操り人形と化しているウェールズと正気ではないアンリエッタが知る由も無い。

 雨という大量の水分はすなわち氷結の為の媒介にもなりうるということであり、その力を操る次元違いの男にも有利に働くということを。

 このままでは本当にウェールズごとアンリエッタを殺しかねないウラヌスをキュルケとタバサは必死に宥めようとしていた。

 ウェールズだけを止めてくれるなら万々歳なのだが、そんな調節が今のウラヌスにはできないことなど2人にはすぐにわかってしまっていた。

 トリステインの女王を殺したなどとあっては国中総出で追われる身となるのは明白であり、それは避けなくてはいけない。

 普段のウラヌスならばそれくらいのリスクは計算できる筈なのだが、それすらも度外視してしまうほどに彼はアンリエッタという個人にこれ以上ないくらいの不快感を覚えているのである。

 

「ルイズ……どうしても退かないと言うのなら……!」

 

 そして各々が揉めている間にアンリエッタは親友の安全よりも偽りの恋人と国を捨てて共に行くことを選択してしまっていた。

 にっこりと笑うウェールズと向かい合い、胸の内の恋心が激しく燃え上がる快感に身を焦がしながらお互いにスペルを詠唱、

 アンリエッタの水とウェールズの風、『水』『水』『水』『風』『風』『風』というトライアングル同士の合わせ技、

 選ばれし王家の血筋と、何よりも硬い恋心で繋がれた2人によって可能とした膨大な魔法が今にも襲い掛かろうとしていた。

 

「どーすんだよルイズ!? このままじゃ俺達全員……そうでなくたってほっといたらウラヌスの奴が姫さまごと全部吹き飛ばしちまう!!」

「わかってるわよそんなこと! でもわたしのエクスプロージョンじゃこの雨は……!」

「あー、慌ててるとこ悪いんだが娘っ子……俺1つまた思い出したことがあんだよ、成る程、あの皇太子さまってのは懐かしい魔法で動いてるもんだよ」

「この非常時に何言い出してんのよ!? 何か策があるなら早く言いなさい!!」

「ある。ブリミルはこういうのにも備えて対策を用意してんだよ、祈祷書のページを捲ってみな、必要な時にそれは読める様になってたんだ」

 

 残るルイズとサイトがいきなり口を開いたデルフリンガーに促されるままに、雨に濡れる始祖の祈祷書のページを次々に開いていく。

 そしてルイズが確かに目にしたもの……スペルの詠唱を終えて魔法を発動したそれを打ち破る為の新たな虚無がそこにはあった。

 次の瞬間、アンリエッタとウェールズが完成させたオクタゴン・スペル、巨大な水の竜巻が5人に向かって襲い掛かろうとしていた。

 

「……もういいだろう、あれごと全て薙ぎ払って――」

「いや、ちょっと待ってくれ。まだ他に方法はあるんだ」

「この期に及んで何をほざく、俺やタバサならともかくアンタらにあれをどうこうできる……」

 

 痺れを切らして攻撃を始めようとしたウラヌスの前に立ちながらサイトがそれを止める。

 不快感を更に募らせながら押し退けようとしたウラヌスがすぐ側で感じていた変容。

 それはタルブ村の闘いの最後の光景と同じ、ルイズを中心に渦巻く膨大な魔力の奔流。

 共に始まっていたのは伝説の力に相応しい長大なスペルの詠唱。

 

「ちょっとどうするのよ……四の五の言ってる場合じゃなくなってきたわよ、だってのにルイズは何をしてるのよ」

「真似事だよ、伝説のな」

「あらそれは頼もしいこと……なんて言ってる場合じゃ……ウラヌス……?」

 

 水の竜巻はアンリエッタとウェールズの詠唱で益々肥大化していくばかりであり、冗談抜きでウラヌスに任せるしかなくなるかもしれない、

 なのにこんな時にルイズはいきなりぶつぶつと呟き始めるしサイトはわけのわからない冗談を言っている。

 そんな風に解釈したキュルケは慌ててウラヌスの方に振り向き、そして彼の真剣そのものな眼差しを目撃していた。

 誰もが動きを止めている中で、サイトは完成を終えて動き出した水の竜巻にデルフリンガーを構えて突撃していく。

 

「忘れんなよ相棒、ガンダールヴの仕事は敵を倒すことじゃねえ、詠唱を終えるまで主人を守りきることだ」

「そいつはいい、楽勝だ」

 

 軽口を叩き合いながらもサイトは少しも臆することなく竜巻に向けてデルフリンガーを振り下ろす、

 魔法を吸収するデルフリンガーに吸い寄せられるように竜巻がサイトの持つ大剣を中心に渦巻き始める。

 無論、人間1人に支えられるような質量ではなくその場で踏みとどまるサイトは数秒もしない内に竜巻に飲まれて全身を切り刻まれていく、

 デルフリンガーが竜巻内部の魔力を急速に吸収していくも、サイトの限界の方が先に訪れようとしていたが、

 

「え、これって……」

「!!……」

「……フン、これくらいは見せて貰わねば割に合わない……だが、あの小娘は本当に……」

 

 その前にスペルを完成させたルイズが膨大な魔力と共に杖を振り下ろした末に作り出された光景。

 キュルケもタバサも、ウラヌスでさえ関心を向けるあのタルブ村の時と同じ常識を凌駕したもの。

 ルイズの新たな虚無『解除』の魔法が、竜巻とウェールズの偽りの命を消滅させていた。

 

 

*

 

 

 全てが終わった後、タバサとウラヌスは再びラグドリアン湖へと戻ってきていた。

 ルイズの『解除』……ディスペル・マジックによってその命が再びあるべき場所へと帰っていった筈のウェールズ。

 しかしそれは神の気まぐれかそれとも奇跡なのか、正気を取り戻し泣きじゃくるアンリエッタの側でどういうわけかその息を吹き返していたのだ。

 尤も、胸に赤々と刻まれた傷はもう塞がることは無く、その命のともし火が再び消えゆくのは時間の問題。

 他の王党派の兵士たちの埋葬と、まだ息のある捜索隊の治療を完了してから、

 虫の息同前なウェールズの頼みによりボロボロに泣き崩れるアンリエッタとの嘗ての思い出の地へとやってきていたのである。

 

「……そんなこと誓えない、貴方の前で偽りの気持ちを誓いにするなんてこと……」

「頼む……僕からの最後の頼みだアンリエッタ……もう時間が無い……」

「だったらどうか誓ってくださいまし……私を愛してくれると……あの時、遂に聞くことの出来なかった言葉を直接……そうであるなら私も……」

「ああ……誓うとも……それで僕との恋を終わらせてくれるなら……」

 

 激闘の果てに世は空けてうっすらと空が白み始めている湖の湖畔でアンリエッタとウェールズは最期までの僅かな時間に身を委ねている。

 遠目に2人を眺めるルイズもまた声を殺す様に泣いており、そんな主の小さな肩をサイトはそっと抱き寄せる。

 少し離れた位置にいるキュルケも流石に沈んだ表情を見せて黙ったままでいる。

 

「……本当に理解に遠い感情だ」

「恋は人を盲目にさせるとも言う、あの女王はその典型とも言える……だけど、最後はきっと救われていた筈」

「散々他人を振り回した挙げ句に、自分らは好き放題ということだろう? 一国の女王……組織の頭目だというのに呆れ果てるものだ」

「……女王であったとしても、1人の人間……大切な人の別れを惜しむ気持ちは、邪魔してはいけないのだと、そう思いたい」

「フン……」

 

 そしてキュルケの更に傍らに立って事の様子を見守っていたタバサと、近くの木に腰掛けているウラヌス。

 ウラヌスからすればアンリエッタとウェールズの事など心底どうでもいいとしか思っていない。

 収穫だったのは興味を持っていたルイズの新たな力の一端が見れたことくらいであるし、それでも今まで溜まってきた不快感と釣り合ってるとも言い難い。

 惚れ薬を飲んだタバサにウェールズに連れられて狂ったアンリエッタ、共通しているのはどちらも恋という感情。

 人間らしさというものを自覚して間もないウラヌスにとって、その詳細はまだわからないことであるが、

 その行き着く先が今日まで見てきたああした姿だというのなら、彼にとってはとにかく不快としか言いようが無い物だったのである。

 そのウラヌスの考えを理解しながらも、大切な人を失う辛さを知っているタバサはアンリエッタにも一定の理解を示しながらウラヌスとの会話を行っていた。

 

「どの道、今の俺には……特別な存在のアンタが狂ったことといい、少なくとも不要なものだとしか言えない。アンタがあそこまで変わってしまうのが恋という感情だというのならな」

「……今日まで見てきたのは悪い部分の極限系……人間の感情は恋も含めて一概に断ずることはできない複雑なもの……貴方の気持ちもわかる、だけどそのことは頭の片隅に留めておいてほしい」

「…………アンタがそこまで言うのなら、そうしておいてやる」

 

 恋という感情が見せる人間の変容、その在り方をこれでもかと見せつけられたウラヌスは、

 未だ拭いきれない不快感を真剣な瞳と共に返してくるタバサの言葉で和らがせながら、アンリエッタの腕の中でウェールズが静かに息を引き取ったのを見つめていた。

 自分が理解できない感情で心を沈ませているタバサの肩を右腕で引き寄せながら。

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