サイトとウラヌスの決闘(片方は決闘と呼ぶには微妙であるが)に関する噂は瞬く間に学院中に広まっていた。
平民が貴族に勝利するというハルケギニアにおける絶対的なパワーバランスを崩しかねない事象。
如何にドットとライン崩れが相手とはいえ、ちょっと腕に覚えがあるくらいの人間にメイジを倒すことなど絶対に出来はしない。
そんな例外中の例外が生徒の使い魔に、それも2人も現れたとあっては噂にならないという方が無理のある話である。
立役者の1人であるサイトは特に学院内で働いている同じ平民からはまるで英雄の様にちやほやされている。
食堂の料理長を務めているマルトーからは「我らの剣」などとも呼ばれており、サイトに対する扱いに若干の改善が見られている。
尤も、主人であるルイズはサイトに対する態度を改める気は無く、サイトの使い魔としての在り方が大幅に変わったとも言い難かったが。
「………………」
「………………」
一方でもう1人の役者であるウラヌスとその主であるタバサはと言えば、サイトとルイズ以上に何ら変化の無い生活を送っている。
タバサ自身、学院内でも影の薄い存在であり、周りからやんややんやと言われるのを余り好まない傾向にある。
ウラヌスにしてもそれは同様であり、そもそもヴィリエとの争いは決闘どころか遊びにも遠く満たない、文字通りの時間の無駄だったとしか思っていない。
彼にとっては飛んできたゴミを払ったくらいの労力しか割いていない出来事をとやかく噂されるのは却って不愉快でしかない。
それに元よりサイトとは違いウラヌスの人となり、平民だというのに貴族相手にも全く物おじせずに己のペースを貫く冷たい姿勢。
少しでも突っかかろうものなら大半の生徒は怒気を含んだウラヌスの一睨みで黙らざるを得なくなってしまう。
そういうわけでヴィリエが瞬殺されたということも含めて、ウラヌスは学院内ではまるで腫物の様に扱われている始末だったりする。
ウラヌスとしては無駄に関わり合いになろうとする有象無象が減るとあって寧ろ好ましいことだと考えていたりもするのだが。
「ん……?」
とまあ、決闘から2日程経った日の夜、いつも通り本の虫と化しているタバサもいる女子寮の部屋の中で、
ウラヌスは何をするでもなく静止状態を保って時間が流れるのを只管に待っていた矢先、
部屋の窓から中へと侵入してきたのは一匹の伝書梟であった。
今までにないことにウラヌスが反応を示す中、タバサは手慣れた手つきでフクロウの脚に括りつけられている手紙を紐解き、その内容に目を通していく。
役目を終えたフクロウが夜空に飛び立ち、タバサは手紙を丸めて懐にしまった後、読みかけの本を棚に戻して長杖を手に取る。
「どうした?」
「任務」
「任務、だと?」
「そう。しばらく空けることになる、貴方はどうする?」
杖を片手に扉に手をかけウラヌスの方へと振り向くタバサの纏う空気はいつものそれとはまるで違う。
表情こそ普段通りの無表情だが、そこから感じるのはいつもの無気力さではない、死地に赴く戦士のソレ。
一応の同居人の急変と任務という言葉、そこから推測していけばこれから何が起こるのかウラヌスにも大雑把ではあるが察しが付く。
「俺も行かせて貰おう」
「わかった」
ハルケギニアで優秀と称されるレベルのメイジが、本気で取り組まなくてはいけない何かがその先にはある。
であるなら、よりハイレベルな闘いを、より大きな強さを求め続けるウラヌスが付いて行かないという道理が無い。
何よりヴィリエへの処理が逆に不満を溜める結果でしかなかったことも合わせ、今のウラヌスはとにかく自分の鬱憤を晴らすだけの物を求める気持ちが強くなっていた。
タバサもその答えをわかっていたとばかりに簡潔に返事を返し、ウラヌスを伴って学院を後にする。
*
伝書フクロウが伝えてきたのは飽くまでも任務があるということのみでしかない。
任務内容の詳細については一度、ある場所に赴いて直接聞いてこなくていけない仕組みになっている。
そういうわけでタバサはウラヌスと共に自身の上司がよこした飛竜に備え付けられた竜篭に揺られながら
トリステインから遠く離れた大国、ガリアを目指すことになる。
「任務と言っていたな、アンタは学生なのにどこぞの組織にでも所属しているのか?」
「ガリア北花壇警護騎士団、ガリア王国に表向きは存在が伏せられている裏の仕事を専門とする騎士団、私はその七号、これから団長に任務の確認をしに行く」
「ほう? アンタの様な小娘が裏仕事、か」
双月の光に照らされる夜空を行く最中、隣り合うように座るウラヌスがタバサに尋ねるのは彼女の言う任務について。
自身の任務に付き合わせるのだから隠す必要もあるまいと、タバサは己の裏の世界での役職をサラリと明かす。
ウラヌスがまたピクリと反応を示すのが、北花壇警護騎士団という闇の仕事を担う組織の存在。
初対面時点で他の有象無象とは違うナニカを持っていると睨んでいたが、その前予想を加味してもウラヌスはタバサに対するある程度の評価の向上となる。
同時に、タバサの言った自分と一緒にいれば闘いを目にする機会もあるかもしれないという言葉にも合点がいっていた。
裏稼業を担う騎士団の一員、当然舞い込んでくるのはそれにおあつらえ向きの任務なのだろう。
だとすれば、学院にいるガキどもを相手するよりは遥かにマシな物が期待できそうだと、ウラヌスはそんな風に考え始めていた。
「アンタがそんな組織に属しているのには、何か深い理由でもあるのか?」
「……私も貴方と同じ。信頼の薄い第三者に自分のことは話したくない」
「そうか」
少しの間を置いて淡々とした口調で否定されるウラヌスに対する否定の意。
ウラヌスにしてもタバサがそのように返すことに不満は無い、本当にただの気まぐれで聞いてみただけの質問だったのだから。
その質問と回答を最後にまた竜篭内は沈黙に包まれ、目的地へ向けて進み続けていく。
「あれか」
やがてウラヌスが竜篭の隙間から見たのは薄桃色の彩色がされた小宮殿。
大国ガリアの首都リュティス、王家の住まうシンボルとも言える巨大で壮麗なヴェルサルテイル宮殿。
宮殿内の一部であるプチ・トロワ、タバサの言う騎士団の団長が待つのがそこであった。
「おかえりなさいませシャルロット様、そちらの方は……」
「任務の協力者、邪魔にはならない、それなりの応対を」
「は、はっ」
プチ・トロワの前庭に2人を乗せた竜篭が着地。
表に出るなり駆け寄ってきたのは入り口付近に控えていた衛士の1人。
恭しい態度でタバサに一礼するなり視線が移動し尋ねるのは勿論、すぐ横に控えていた同行者であるウラヌスについて。
さる事情でタバサの"正体と現在の立場"を知っている者の1人でもあるこの衛士からすれば、タバサがこのような誰ともわからぬ者を連れてきたのは初めてのこと。
タバサもまたいつも通りに指示を出し、それを理解した衛士も最敬礼した後にタバサとウラヌスを入口へと案内していく。
ウラヌスにとっても相手の出方などどうでもよく、興味を向けているのは騎士団としてのタバサと此度の任務についてだけだ。
「七号様、ご到着!!」
衛士に連れられてやってきたのはプチ・トロワの奥、この宮殿の主、つまりは北花壇警護騎士団の頭目にしてこの国の王女が待つ玉座。
衛士の高らかな宣言と共に天井から垂れ下がった巨大なカーテンが開かれ中の様子が露わになる。
同時に入り口前の両恥に控えていたガーゴイルが手にしていた交差させていた杖を持ち直して道を空けていく。
別段、タバサも後ろを歩くウラヌスも気にする様子は無く中へと一歩踏み込んでいくのだが、
パシャッ!!
「……何の真似だこれは?」
玉座に入るなりタバサ目掛けて飛んできたのは大量の卵やら腸詰やらといった物々。
狙いはタバサに向けてだったが、すぐ側にいたウラヌスにも命中する軌道で飛来していたそれら。
ウラヌスは飛んでくるそれを目にも止まらぬ速さで一つ一つ正確に捌いていき、自分とタバサの体に直撃する前にその全てを床へと叩き落とす。
騎士団のリーダーに任務の詳細を聞きに来ただけなのにこれは何なのか?
いつものように不機嫌そうに怒気を含めて隣にいるタバサを睨み付けるも、タバサは飛んできた物にもウラヌスの対応と問いにも全く反応を見せない。
「な……!? 何だいあんた!? 私の邪魔をするなんてどういうつもり!?」
その不快な出来事の元凶が部屋の奥の玉座から立ち上がって怒鳴り散らしている女だということは、悪い意味でウラヌスにとって予想外のことだ。
周囲でその女の命令で望まずして同じように物を投げていた待女達も、誰もが何が起きたのかさっぱりという風な顔つきでいた。
玉座内の人物たちのリアクションにもまるでお構いなし、タバサとウラヌスは真っ直ぐに玉座にいる女の方へと歩き近づいていく。
「ちょっとどういうことだい? せっかくの私の歓迎を台無しにしてくれるとはねえ」
「私の協力者、それだけ」
「ふんっ、ちょっと腕に覚えのある平民如きに助けを乞うなんていいザマね、あんたに相応しい愛想の無い人形みたいな男ってことも含めてさ」
ペチペチと手にした扇子でタバサの体の各所を叩く、タバサと同じ青髪でツリ目の王族衣装に身を包んだ女。
彼女こそがガリア王国現王女の1人にして闇の組織である北花壇警護騎士団の団長を務めているイザベラであった。
七号ことタバサとは非常に深い事情がある故に、イザベラはタバサに強い憎しみを向けており、
任務の旅にプチ・トロワの玉座に呼びつけてはこのような嫌がらせを平然と行っているのである。
「相変わらず表情1つ変えないで人形みたいな生意気な子。ま、あんな錯乱したろくでなしの母親に育てられたんじゃ当然でしょうね」
「…………」
「わかってるでしょうけど少しばかり魔法が使えるからって調子に乗るんじゃないよ? あんたはただの騎士、私は誉れ高い王女様なんだからね」
「…………」
その恒例行事を予期せぬ事態で台無しにされたとあってはイザベラとしても憤懣やる方ないといった面持ち。
ここぞとばかりにネチネチネチネチとタバサに対して言葉のナイフをこれでもかと振りかざし続ける。
だが、タバサからすればイザベラのこういった悪口の嵐もまたいつものことでしかなく、言われたとおりまるで人形の様に無反応のままだったが。
そんな理不尽極まりない状態でさえ、イザベラからすれば多大な問題であるのだから認識の違いというのはわからないものだ。
王族でありながら魔法の才能はからっきし、北花壇警護騎士団団長という役職も現国王である父親に命じられて渋々引き受けているだけでしかない。
単なる個人的な嫉妬感情だけである大きな出来事があった日を境に、タバサにこうした仕打ちの数々を長い間繰り返し続けていた。
才能あるタバサに対して自分のちっぽけなプライドを誇示するにはそれくらいしか方法が思いつかなかったからでもある。
「余裕気取ってんじゃないよ!! 今度の任務だって危険極まりない連中が相手なんだから、精々泣き喚かないように―――」
「いつまでそのふざけた茶番を続けるつもりだ?」
「す……る…………!! ヒ、ヒィッ!!」
しかし、その日イザベラにとって最大の誤算だったのは、そんな自分とタバサの込み入った事情などまるで意に介さない第三者がその場にいたということだ。
無機質で無反応を貫いていたタバサのすぐ横、表情は変えずに鋭い視線を向けて低い声で呟くウラヌスの姿を見た瞬間、
今まで何を言うでも無く沈黙を続けていた男のあまりにも大きすぎる変貌、冷徹なまでの空気と言葉。
それを前にしてイザベラは王族とは程遠い情けなさを晒し、恐怖に身を縮めてペタンと尻餅を付いてしまっていた。
「お前のような何もわかっちゃいないゴミが裏組織のリーダーとはな。どうやらガリアという国も俺が想ってるほど大したことはないようだ」
「な、なな…………!! あ、あんた、この……王女である私に向かっ……て!! しょ、処刑されたいの!?」
「やってみろ、お前程度に出来るのならな。こっちはお前が言うコイツへの任務を聞きに来てるだけだ、それだけ教えてさっさと失せろ。これ以上俺を不快にさせるな」
「グ……ぁ……!! きょ、協力者だってのにな、何て言い草だい!! は、早く、ソイツ連れてとっとといきなっ!! は、はやく!!」
仮にも王女である相手をゴミ呼ばわり、周りの待女達ですらそのあまりに恐れを知らなすぎる物言いに震え上がっている。
だが、ウラヌスからのプレッシャーを間近で浴びている今のイザベラには遠く及ばない物。
イザベラが時折目にする本気の際のタバサの纏う空気すら涼しく思える、圧倒的なまでの恐怖そのものが目の前にあった。
そこから逃れたい一心でイザベラは自身への侮辱の言葉など二の次であり、全身をガタガタ震わせながら任務の詳細の書かれた紙をタバサに付きだして一目散に奥へと引っ込んでしまった。
「全く、無駄な時間を食わされた。任務があるんだろう? とっとと行くぞ」
「………………」
空の玉座に戸惑いを隠せない待女達、変質した空気などどこ吹く風でウラヌスは歩き始める。
今度は位置が逆転した形でタバサが任務所を片手に無言のまま後ろを付いていく。
「あのゴミ、王女と言ったがお前と何かあったのか?」
「……私の従妹」
「従妹? よくわからんが身内が王女でお前が裏組織の騎士、か」
「……一応は私の上司、今後同じことになったら貴方にも抑えてもらいたい」
「アンタらの事情なんざ俺には関係ない。あんなゴミにリーダーをさせてる時点で程度が知れる」
宮殿前庭に出てから再び交わされるウラヌスとタバサのやり取り。
ウラヌスとて気が長い方ではないし、イザベラとの謁見をあの程度で済ませていたのは単に彼の目的である任務の同行という主目的があったからこそである。
仮に先に何の懸念事項も無ければイザベラは口を開いた2秒後にはウラヌスによって氷漬けにされていただけであろう。
逆に言えばタバサと一緒にいたのがウラヌスだったというのが一番幸いしていたかもしれない。
グラナやシャイナといった比較的穏健な星将ならともかく、ジュナスやドルキだったら事情があろうと無かろうと口を開く前に1秒で待女諸共惨殺されていたのだろうから。
「それにしても、肝心の任務の方は大丈夫なんだろうな?」
「心配ない。彼女は私に優先して危険な任務を与えてくる。でもそれに満足いくかは貴方次第」
「成る程な、そこまでリーダーがゴミ同然では笑い話にもならん。自身の強さも磨かずに身内の謀殺狙いとは無様極まりない」
「……ここに来る前、貴方にも、リーダーがいた?」
「それは話す必要のないことだ」
再び竜篭に乗り込んだ直後の際にも、タバサはぽつりとウラヌスの素性について聞いてみたりしたが、やはりウラヌスが答えることは無い。
ウラヌスが所属していた組織、崩壊世界の支配を担っていたサイキッカーの集団であるW.I.S.E。
その創設者にしてリーダーだったのが天戯弥勒という男。
ウラヌスの最大のターゲットにして超えることのできなかった壁、同じW.I.S.Eの第一星将であるグラナとすら対等に渡り合える化け物。
弥勒にはリーダーとして相応しいだけの圧倒的な強さとカリスマ、世界を変えるという確固たる意志があり、それに惹かれたからこそウラヌスも付いていくことを決めたのだ。
第三星将として、ウラヌスという新たな名前と共に自分としての役割を与えてくれたウラヌスにとってのリーダー。
弥勒と比較したらイザベラは実に無様、実に滑稽、その辺の羽虫にすら劣る正にゴミそのものでしかない。
規模も存在理由もまるで異なるとはいえ、組織の頭というのがどういったものかを見てきているウラヌスからすれば、
イザベラの傲慢な態度の数々とタバサへの接し方は彼の神経を逆撫でするのに十二分すぎたのだ。
「……もう一つ、この任務は私にとっても強さを求めるもの。出来ることなら主導は私に担わせてほしい」
「そう思うんなら、俺に出しゃばらせない様に頑張るんだな。さっきも言ったがアンタの事情は関係ない。俺は俺の思うようにやらせてもらう」
未だ呆れと怒りを浮かべるままのウラヌスに向けられた言葉。
ウラヌスと同じように戦士としての冷たい空気を纏っての真剣な忠告だったが、タバサが自分で感じる様に彼のそれと比べると大分劣る。
タバサ自身プチ・トロワでのウラヌスの姿には、表に出さなかっただけで周りと同じように恐怖を感じていた程だ。
使い魔として召喚し、現在は互いの利の為に一応の協力関係にある未知の力を持つ男の全力には程遠い僅かなプレッシャーでさえ、タバサもそんなザマだった。
だからこそ、自分を殺すための目的である任務を通してまだまだ強さを磨かなくてはいけないというのがタバサの本心。
自分のすべきことは、ウラヌスの強さを間近で感じながら、その上でそれに劣らぬように食い下がる事だとタバサは思っていた。
*
ガリアと隣国ゲルマニアの国境付近に位置するアルデラ地方、そこに沿うように埋め尽くされた森林地帯、通称を黒い森と言う。
その近隣に位置するエギンハイムという小さな村から通達されたのが今回の依頼。
黒い森の一角を占拠しているという人間とは違う生き物、背中に翼を生やす翼人と呼ばれる集団を討伐するというのが今回、北花壇警護騎士団七号ことタバサに下された任務の内容であった。
名称通りの翼を用いて自由に空を舞い、貴族の扱う系統魔法すら敵わない先住の魔法を行使する者たち。
それが1人だけでなく何人もの集団を形成しているのだから、何の闘う力の無い村人が束になったところで勝てる筈も無い。
村民の生活秩序を脅かす者として危険視されているそんな集団をタバサは1人で討伐しなくてはいけないのだ。
とはいえ、知っての通り今回は1人ではないどころか、翼人ですら規格外の人物がもう1人紛れているのだが。
「先住の魔法は私たちの扱う系統魔法とは根本からして違う。貴方の強さは知っているけど侮らない方がいい」
「前のガキどもよりはマシだということがわかれば十分だ」
目的地へと向けて飛竜が進む中、臨戦態勢を整えながらタバサが警告を発するも、ウラヌスは相変わらずである。
何せ未だにウラヌスが直接相対したのがライン崩れの高慢ちきなヴィリエだけ。
それでさえハルケギニアの魔法使いの指標で言えば"一般よりも少しは上"というレベルという現実。
その程度ではウラヌスが求める闘いのレベルにすらなりえないのだから、彼からすれば相手も常識の範疇外くらいが自分にとって丁度良いのである。
「……何やら騒がしいな」
「恐らく村民が先走ってしまった可能性が高い。このまま放っておくと危険」
が、黒い森が間近に見えてきた矢先に聞こえてくるのがガサガサと何かがざわめく音や翼の羽ばたくような音に、複数の人間の悲鳴。
タバサが言い当てたようにその音々は翼人の脅威に我慢の限界が達し森へと襲撃を仕掛けた村人たちと、それを迎撃する翼人の争いの騒音そのものであった。
「我らが契約したる枝はしなりて伸びて我に仇名す輩の自由を奪わん」
「枯れし葉は契約に基づき水に代わる力を得て刃と化す」
争いが肉眼で確認できる位置まで近づいた先で見えた光景。
確かにその名称通りに背に翼を生やし宙に浮かぶ者、複数人の翼人たちが口々に魔法の詠唱を行っている。
先住魔法と呼ばれるその力によって森の木々がまるで生き物のようにしなり、相対する村人たちを容易く縛り上げていく。
別の翼人が詠唱を行えば、翼人の周囲に舞う木の葉が鉄の弾丸の様な鋭さを持ち、村人たちに襲い掛かる。
そして村人の1人に弾丸と化した木の葉が襲い掛からんとしたその瞬間。
ビュオオオオオ!!!
村人を捉える筈だった木の葉の嵐は突如として吹き荒れた膨大な雪風によって完全に阻まれる形となる。
竜篭の中から詠唱を終えて魔法を行使したタバサはそのまま飛び降りて村人を庇うようにして着地する。
「……ほう、失望の連続だったが、少しは期待してもいいらしい」
翼人の扱う先住の魔法にそれを防いだタバサの行使した氷の魔法。
これまで失意のしっぱなしだったウラヌスにとって初めて期待を抱かせる事象であったようで、彼もまたタバサに続いて地面に難なく着地する。
「我らが契約したる枝は―――」
「デル・ウィンデ――――」
突然の乱入者にも怯まずに翼人たちがすぐさまタバサとウラヌスに矛先を変える。
先住魔法によってしなる木々の枝が迫りくる中、ほんの僅かの詠唱でタバサが次なる魔法を発動。
風を刃として飛ばすエア・カッターがタバサに迫りくる枝の数々を瞬時に切り裂いていく。
「力の扱い自体はそこそこだ、だがその程度で俺を捕らえられると思うな」
「!!――――」
一方のウラヌスは迫る枝の数々を見てもさして慌てる様子は無く、左腕を前に突き出して氷の銃を形成。
たった1発、放たれた弾丸が着弾すると同時にすんでの距離まで迫っていた枝が翼人の方に位置する根元まで凍り付いていく。
杖も使わない、自分たちの側と同質に近い力の持ち主に今度は翼人たちは驚愕を浮かべていた。
「攻め手はそれで終わりか? ならば今度はこちらから行くぞ」
敵であり、闘いの相手である以上一欠けらの容赦もする必要などない。
氷の銃を片手にウラヌスはライズも発動、ハルケギニアの常識で考えれば無謀以外の何物でも無い筈なのに、
そんなことなど思わせないくらいの気迫で翼人の集団に突撃しようとする。
「みんなやめて、争ってはいけません!!」
「!? アイーシャ様!!」
だがタバサにもウラヌスにもこれからという段で上空から割り込んでくるのは透き通った女性の悲痛な叫び。
2人と相対していた翼人の一団が見上げた先にいたのはアイーシャと呼ばれる女性の翼人。
他の者たちと同じ純白の翼にサラリと伸びる亜麻色の長髪もあって、まるで御伽噺の女神の様な美しさすら感じさせる。
とはいえタバサたちに下されているのは討伐命令、相手がどうであろうとそれは致命的な隙を生んだだけでしかない。
アイーシャに気を取られている翼人に向けてウラヌスが左手の銃の狙いを定め直す。
「ま、待ってくれ!! お願いします、ぶ、武器を収めてください!!」
「……何のつもりだ?」
「う……あ……!!」
しかしそれが発射される前にウラヌスの左腕を抱き止めた年若い青年が1人。
自分の闘いを邪魔されたウラヌスのギロリとした視線に青年はすぐさま物怖じしてしまう。
側にいたタバサが視線で促したことで、ウラヌスもすぐさま感情を引っ込めたので大事にはならなかったが。
その最中に翼人たちはアイーシャと共に黒い森の奥へと引っ込んでしまっていた。
寸前、アイーシャとウラヌスを止めようとした青年、ヨシアの視線が交差していたこともタバサは見逃さなかった。
「あ、あんたたち、かなりの腕前とお見受けしますが、もしかしてお城の騎士様で?」
「ガリア花壇騎士団、タバサ」
「ウラヌスだ」
「お、おお!! みんなやったぞ!! やっとお城から騎士様がお見えになってくれた!! これであの翼人共を撃退できる!!」
事が全て終わった後、我に返った村人の1人、サムという名前の青年がおずおずとタバサたちに近づいて尋ねる。
次いで帰ってきた2人の答えを聞いて、村人たちの間に湧き起こるのは歓喜の声。
幾度となく村を収める領主に騎士の派遣を頼み続けて数ヵ月、やっと自分たちの願いを聞き入れてくれたと大喜びだった。
正確に言えばウラヌスは名前しか名乗っていないしガリア王国の騎士ですらないが、
今し方、翼人を相手に大立ち回りをして見せた姿で村人たちがタバサと同じメイジであると思い込むには十分すぎた。
「騎士様から離れろヨシア!! よりにもよって魔法の邪魔までするとはどういう了見だ!!」
喜びから一変、サムは村人たちの歓喜とは違い戸惑いの表情浮かべたままのサムにいきなり怒って殴りかかる。
ヨシアはサムの弟でもあり村長の息子でもあるのだが、翼人討伐に関して周囲と色々揉めていたという経緯がある。
その所為でせっかくやってきた騎士の邪魔までしたとあってはサムとしても怒り心頭といったところだ。
邪魔をされたウラヌスにしても、会ったばかりのヨシアに対してあまり良い感情を抱いていなかったりする。
「大変失礼をいたしました騎士様。では早速で悪いんですが翼人共の排除を」
「当然だ。俺たちはその為にここまでわざわざ来たんだからな」
悲しそうに目を伏せる弟のヨシアなど意に介さず、遜った態度で精一杯の誠意を示してサムは改めて2人に翼人討伐を頼み込もうとする。
久方ぶりの闘いを予期せぬ横入りで中断させられたこともあり、ウラヌスはすぐにでも森へと入り翼人たちを追撃しようという考えだったのだが、
ぎゅるるるるるるる
「……お腹すいた」
ウラヌスの考えをまたしても一蹴したのが、よりにもよって同行者であるタバサの鳴らした腹の虫と抑揚のない一言だった。