人気の少ないチクトンネ街の外れの一角、何時の間にやら時間が経過し昼過ぎから陽の傾きかけた夕暮れ時へと変わっている。
その原因はといえば単純明快、思わぬ再会で思い出話に華を咲かせるカプリコに付き合っていたからに他ならない。
「……聞く限りだとどうにも迂闊な気もするが」
「むーっ? ウラヌスまでそんなこと言って私を馬鹿にするの? 私もう子供じゃないもん」
「わかっている。仮にもアンタも星将だ、この世界のメイジ如きに後れを取ることなど無いとジュナスもわかっているんだろう」
「そうそう、そのジュナスなんだよ。せっかくなんだからジュナスもたまにはおそとで遊べばいいのに」
どうしてカプリコがトリスタニアの裏通りに1人でいたのかと言えば、その理由もこれまた至極単純。
召喚主の事情を知っているとはいえ好奇心旺盛な彼女はずっと森の中の何も無い集落に身を置き続けるということに退屈していたから。
要するに退屈を紛らわしたいということで、時たま外に出ては方々に足を運んでいたのである。
ジュナスもジュナスで時たまアルビオンや諸外国に赴いて、主に資金調達の名目で色々危なっかしいことに首を突っ込んだりもしているのだが、
基本的に召喚主の身の安全を守るという意味でも、2人同時に外に出るということはしないという理由もある。
「しかしまあ、アンタだけじゃなくジュナスまで一緒に召喚されているとはな……前にヴィーゴが言っていたことが冗談では済まなくなってきている」
「ビックリなのはこっちも一緒だよウラヌス、まさか貴方だけじゃなくてグラナやヴィーゴもいるなんて私知らなかったもん」
「存外、ドルキやシャイナも探せばいるのかもしれないな」
「もしそうなら私もとっても嬉しいんだよ! またW.I.S.Eのみんなと一緒になれるかもしれないんだから!」
「その点で踏まえれば、ジュナスと一緒に召喚されたのはアンタにとっても幸運だったんだろうな」
「それももちろん! だってジュナスは私のうんめーの人なんだから」
互いに召喚されてからの情報交換……カプリコは召喚主のことと現在の潜伏先についてだけはどうしてもという理由で口を堅く閉ざしていたが、
それ以外の情報、特にウラヌスにとっては彼女の唯一無二の相方にして自身を超える力の持ち主の1人であるジュナスもこの世界に来ているということを知れたのが大きい。
カプリコにとってもウラヌスだけでなく、他の星将の何人かがこっちに来ていることを知って驚くと同時に喜びも浮かべているようだった。
W.I.S.E星将の紅一点、メンバーの中ですらもある意味異質で独特の感性を持っているカプリコは、嘗ての同胞たちが生きていて同じ世界にいるということを本当に嬉しく思っていたのだ。
「こんなちっちゃな子でも、ウラヌスみたいなのと一緒に闘えるってんだから……つくづくPSIってデタラメだと思えてくるわね」
「コイツは例外中の例外だがな。才能という一点で言えばそれこそ俺やグラナにも引けを取らない」
「現にさっきの黒犬の具現化は本当に凄かった。あのレベルのPSIを使うには相当の力が必要な筈」
「ふふん、でもでもお姉ちゃんも……えっと、タバサもPSIを使えるんだよね? こっちの世界のサイキッカーにも会えるなんて本当に今日はラッキーだらけ!」
時折会話に交じるキュルケとタバサも目の前の少女カプリコがウラヌスの嘗ての仲間ということ知り、グラナのような殺し合う関係でも無さそうなので気を許していた。
キュルケとしてはカプリコの持つ力の凄さにリアクションの取り方を決めあぐねているようで、対照的にタバサは純粋なまでに好意的な視線を向けている。
天戯弥勒自らが仲間であるジュナスを動かし獲得を成功させた存在、カプリコの持つPSI、
つい先刻に悪徳貴族の集団を追い払ったように、自身のイメージを絵に起こすだけでそれを実体化させてしまうという驚異的な能力である。
PSIは思念の力、自らのイメージを投影し現実のものとするという意味ではある意味で最もらしい能力なのかもしれない。
が、イメージというのは決して曖昧ではなく、十分に詳細に精巧に練り上げ、そこから更に幾重もの時間をかけて研ぎ澄ませていき完成するものなのである。
そういった前提の何もかもをすっ飛ばしているかの如く、カプリコが作り上げるイメージは多種多様にして力も様々。
一般人を追い払うのが精々なこともあれば、十分な時間で練り上げればそれこそ星将クラスの怪物を作り上げる事すら不可能ではない。
しかもハルケギニアという異なる世界はカプリコのイメージをより広大な物にするという意味でも作用しており、
それこそ、潜伏先から遠く離れたトリステインまでやって来るのに必要な生物を描き出すなどわけないことだったのである。
「でもまたまたビックリだよね、ウラヌスがこんなトコいてしかもタバサみたいなお姉ちゃんと一緒にいるんだもの、昔だったら考えられない」
「私も、彼を召喚してから色々あった」
「とっても気になるな! そのいろいろについて、後でお話聞かせてね!」
「……(コクン)」
無邪気な笑みを絶やさぬままに話し続けているカプリコにいつもの無表情のままで頷いているタバサ。
カプリコにとってはウラヌスがハルケギニアにいるということと同じくらい、召喚主でありサイキッカーの1人であるタバサにも興味津々であった。
実の所を言えば仲間の1人と思ってはいれど、カプリコはウラヌスとそこまで仲が良かったわけでも無い。
故に、カプリコが知る限りの中のウラヌスが同朋の1人とはいえ弥勒以外の誰かに大人しく従っているという光景がとても珍しかったのである。
「私も聞きたい、貴方のこと、貴方が話していたジュナスという人のこと」
「そこは私も気になる所、あのグラナとかいう大男以外にウラヌスよりも強いのがまだこっちにいたなんてねえ」
「うんいいよ! キュルケもタバサも私の友達のウラヌスの友達、だから何でも話したげる!」
「……別にそういう間柄ではないんだがな」
「あら? ひょっとして照れてる?」
「黙れ」
視線をぷいっとそっぽに向けて不満そうに言葉を漏らすというウラヌスの姿も珍しいもの。
ここぞとばかりにニヤッと意地悪な笑みを浮かべてからかってくるキュルケにはいつもの調子でピシャリと言葉を返していたが。
タバサはオルレアン邸での語らいでウラヌスの所属していた組織と幹部格の星省についても大まかには知っていたが、
やはりその内の1人から別の観点で詳しい話を聞いてみたいという興味がむくむくと膨れ上がっていた。
加えて言うと出会った直後から何の含みも交じらない、純粋な好意の感情を向けてくるカプリコのことをタバサも良く思っていたというのがある。
「でも話をするにしてもいい加減どこかに腰を落ち着けたいけど……ねえカプリコ、どこに向かっているの?」
「私がここで見つけた面白いお店! トリステインに来た時はいつも行ってるの!」
料理やお酒も美味しいし、などと付け加えるカプリコの先導で一行はチクトンネ街をスタスタと歩き続けながら今までの会話を行っていたり。
何でもカプリコがこのチクトンネ街に来たのは初めてではなく、今回やってきたのもそのお気に入りのお店に久しぶりに行きたくなったからなんだとか。
そしてその途中でたまたまチュレンヌ率いる俗物集団に絡まれていたのを切り抜けた矢先にウラヌス達と出くわし今に至るということ。
どのお店に立ち寄るかまだ決まっていなかった一行は丁度いいからとばかりに、カプリコの案内に従っていたのである。
「あ、あったあった、あそこだよ!」
すると声をより一層大きく張り上げて手を振るカプリコの先にあったのは一軒の酒場。
看板に書かれている名前は『魅惑の妖精亭』 粗雑で荒々しさの目立つ他のそれとは違い、煌びやかで道行く人々の目に留まる装飾が施されている。
「アンタが酒場を気に入っているとは、少々意外だな」
「ホントねえ、もっと女の子らしいお店が待ってると思ってたけど」
「ふふ、面白いのはこの先! 開けてビックリな場所なんだよー!」
目を丸くするキュルケとウラヌスのことなどお構いなしにカプリコは店の扉を開いて中へと入っていき、残りの3人M続いていく。
確かに女性でも入れないことはない外観と店構えであるが、それでもカプリコのような少女が酒場という施設を利用することの違和感は拭いきれない。
ウラヌスの認識、カプリコも自分たちと同じで普通とはかけ離れていることを考慮してもである。
因みに全然関係ない話になるが年齢的にはまだ成人に足りないカプリコが酒類を嗜んでいるだろうことについては誰もツッコんだりはしない。
そもそもタバサですら15歳にしてワインを始めとしたアルコールの類は既に数えきれない程の回数口にしているのだから。
「いらっしゃいませ~~! ってあらカプリコちゃんじゃない! お久しぶりね~~!」
「うん、久しぶりなんだよスカロンさん!」
「ちっがああああああうでしょおおお!! このお店の中では――」
「たはは、ごめんごめん、えーっと……何だっけ?」
「ミ・マドモワゼルよっ! トレビアン」
そしてカプリコの言うように一行を歓迎したのは確かにある意味で面白い且つビックリな存在だったと言っていい。
顔見知りらしいカプリコの姿を見るなりやってきたのはスカロンと名乗るこの酒場の店主である。
なのだがその外見が……オイルで丁寧になでつけた黒髪に渋い髭と2つに分かれた立派な顎。
扇情的で胸元が開いている紫色のド派手な服にぼさぼさと見えている胸毛、鼻を突き刺す香水の香り。
極めつけは彼の口調、率直に言ってしまえばスカロンというこの男はオカマなのである、それも真性の。
「あらあら今日は1人じゃないのねえ! それも貴族のお嬢さんまで」
「私のお友達だよー! 今日は一緒に楽しんでもらおうと思って連れてきたのー!」
「そうだったのね、店の女の子が霞んじゃいそうな別嬪さんたちだわ! 今日は是非とも楽しんでいってくださいまし!」
腰をくねらせながらそれでいてい手慣れた感じに頭を下げるスカロンを前にして他の3人は軽く会釈をしていた。
確かに面白いと言えばその通りなのだが、流石にこれは予想外のベクトル過ぎたと言ったところ。
得意げにニコニコしているカプリコも合わせて一行は店の女性店員の案内で一番いい席に腰を下ろしていく。
「向こうにいた頃から独特だとはわかっていたが……にしてもこのセンスはどうなんだ?」
「あらいいじゃない、最初は驚いたけどあたしはこういうの嫌いじゃないわよ?」
スカロンのインパクトが抜けきらないウラヌスとは対照的に、キュルケはカプリコと同じく早くも順応しているようであった。
カプリコの持つイメージが自分たちとすら大きく違っていることはW.I.S.E時代から知っていたことだが、だからといって連れられた先にあんなのがいるとは誰が予想できたか。
しかも遠目に見る限り単なる受け狙いの出オチではなく仕事の方もきちんとテキパキとこなしているのが見えるのだから余計に凄いというか。
「でもこういう場所は女の子が集団で来るにはちょっとって感じもあるかもしれないわ。どっちかというとウラヌス、貴方みたいな人の方が」
「女の外見の良し悪しなど俺が知るか」
「はえ? でもみんな可愛いと思うけどな。スカロンさんも合わせてそこも面白いと思うし、お料理美味しいし」
脚をプラプラさせるカプリコに、店の中を一通り見渡してから言葉を発するキュルケに、その内容に興味ゼロなウラヌスと黙って一連の会話を聞いているタバサ。
ここ魅惑の妖精亭が他の酒場と一線を画しているのは、店主スカロンを除く店員は皆年若い女の子で、その服装は体のラインがピッチリで背中はパックリというかなり際どい物。
美少女達が色気むんむんの服装でおまけに少しも嫌な顔せずにニコニコ笑顔でお客に接待してくれるのだから、正に魅惑の妖精と呼ぶに相応しいというヤツである。
見せの女の子を気に入り何度も何度も足を運んでくる熱心なリピーターも数多いのだから。
そういった客が大半の中で、カプリコのような店の女性店員と同じ少女のお客さんというのは確かに珍しいというかある種浮いているとも言えるだろう。
「い、いらっしゃいませ……」
と、繁盛している店内で4人に注文を取りに1人の女性店員がこちらへとやってきたのだが、
どういうわけか手にしていた銀の盆で顔を隠しており、体が小刻みに震えているという不自然極まりない格好であった。
「何をしている」
「お姉ちゃんどうしたの?」
当然、疑問に思わないわけがなくすぐさまウラヌスとカプリコがその不自然な女性店員に問いかけていた。
だがそれでもその店員は決して顔を見せようとはせず、ジェスチャーで注文を言えと促してくる。
「…………ふふーん?」
が、真っ先にわかってしまったキュルケはこれまでウラヌスが見たことも無い様な特大の笑みを浮かべていた。
盆の端からチラリと見えた桃色ブロンドの髪、それをキュルケが見逃す筈も無い。
「このお店のオススメの料理を教えてちょうだいな♪」
「…………(スッ)」
「あらそうなの、じゃあお酒の方は何が美味しいの?」
「…………(スッスッ)」
全部わかった上で敢えてキュルケは目の前の店員におすすめメニューについて尋ねてみたりもしていた。
尚も必死で顔を隠したまま店員は他の客が食べている料理や別の店員の女の子が手にしている酒瓶を指さしたりとジェスチャーを続けていく。
その必死振りと不自然さに吹き出しそうになるのを我慢しながら、キュルケは決定打となる一言を呟く。
「サイトも楽しそうね、お店の女の子と嬉しそうにお喋りしちゃって」
「何ですってええ!!」
ガバッと盆を降ろして店内をキョロキョロ見渡し始める店員ことルイズの姿はカプリコ以外の3人全員が知っている物である。
ハッと気づいて再び盆で顔を隠し直したところで、キュルケの嘘にまんまと引っかかった後では何もかもが手遅れであった。
「……何故にアンタがこの店で給仕の真似事をしているんだ?」
「えっえっ? ウラヌス、この人とも知り合いだったの?」
「ええそうよカプリコ、というわけで――」
「チガウチガウ、ワタシルイズチガウ」
「観念しなさいなルイズ、バレバレよ」
前に来た時にはいなかったその店員とウラヌスが顔見知りだろうということにこれまたカプリコは首を傾げていたり。
往生際悪くしどろもどろな片言口調で否定しながらルイズは立ち去ろうとしたが、背後からキュルケにガシッと肩を掴まれて拘束されてしまっていた。
ウラヌスとしても、その隣で座っている無言のままのタバサもどうしてルイズがこの店で働いているのか内心わけがわからないといった感じである。
「ま、貴方みたいなプライドの塊みたいな子がこんなお店で給仕をしてるって、つまりよっぽどなことがあるんでしょうけど」
「……それがわかってるならこれ以上言及しないでちょうだいよ、何があっても言えない複雑な事情があるんだから」
「ええ、そうさせてもらうわ」
解放した上で肩を竦めるキュルケに対し、ルイズはキッと睨みつけながら重々しく言い放っていた。
まさか彼女もアンリエッタからの密命の為に貰ったお金を全てギャンブルでスッてしまい、サイトと共に行き倒れ同然だったところを店主のスカロンに拾われたなどと口が裂けても言えるわけがない。
この姿をよりにもよってキュルケに見られたというだけでも大恥であるのに、自分の失態をわざわざ口にすることなど絶対にありえないのだから。
「いいからとっとと注文言いなさいよ」
「ん、じゃあこれね」
「これじゃわかんないわよ」
「いやだから、ここに載ってるメニュー全部」
「は?」
ルイズのみならずキュルケ以外の3人も反応してしまうのは無理も無い。
決して高級な店というわけでも無いが、それでも店の料理全てを一度に注文するとなれば相当な額になるのである。
食べきれるかどうかとか以前に突拍子も無く平然と行われたキュルケの行為に疑問を隠しきれない。
「アンタ、そんなに金持っていたのか?」
「うんうん、キュルケってお金持ちさんなんだねえ。私もそこそこあるから一緒に――」
「心配ないわよウラヌス、カプリコ、だってお金はぜーんぶこのルイズが出してくれるもの」
「……はぁ!?」
バンッとテーブルに両手を叩きつけるルイズを少しも気にすることなく、にこやかに笑いつつカプリコの頭を撫でながらとんでもない爆弾発言をするキュルケ。
どうして自分がキュルケの為に奢らなくてはいけないのかと当然納得のいかないルイズは反論を開始する。
「寝言言ってんじゃないわよ! どうしてアンタの注文するもの、それも全部の代金をわたしが払わなくちゃいけないのよ!?」
「そんなこと言っていいのかしら? 学院に今の貴方のことバラされたいの?」
「んなっ……!?」
しかし、ルイズはこの店で会ってしまった時点で既にキュルケの手の平の上で踊らされていることをこの段になってようやく気付く。
可愛らしく小首を傾げているカプリコを除き、ウラヌスもタバサもそういうことかと合点がいっていた。
キュルケの言った通りルイズという少女は誰よりもプライドが高い。
ただでさえ普段ゼロのルイズと馬鹿にされているのがコンプレックスだというのに、こんな際どい格好で平民に混じって給仕をしているなどということが学院に知れ渡ろうものなら……
「つまりどういうことなの?」
「この優しいルイズお姉ちゃんがみんなご馳走してくれるってことよ。良かったわねえカプリコ」
「そうなんだ! ありがとうルイズ!!」
「ぐ……は………ど、ドウイタシマシテ……」
にんまり笑うキュルケに促されてニッコリ無垢な笑顔と共にそんな言葉を言われてしまってはルイズは何も言い返せなくなる。
一体どうしてこんなことにと絶望感満載の感情のまま、ゆらりゆらりと厨房の奥へと消えていった。
「抜け目のない女だな、アンタも」
「悪趣味」
「いいじゃないの、確かにカプリコの言うように面白い物を見させてもらったんだから、来て良かったわ♪」
側にいる2つの碧眼からの呆れたような視線にもどこ吹く風、キュルケは得意げにウインクまでして見せていた。
*
やがて運ばれてきた大量の料理や酒類を堪能し、キュルケもタバサとの出会いの話などを語ったりしていく内に、あっという間に時間は過ぎていた。
尚、酒類はカプリコも含めた全員がそれぞれ処理し、食べきれない料理の殆どはタバサの胃の中に納まっていたりする。
自分とそれほど背格好の変わらない少女のどこにあれだけの量が圧縮されて収まっているのだろうとカプリコが興味津々で見ていたりもしたが。
「お腹いっぱい……」
とはいえ流石のタバサとしても少々食べすぎだったらしく、ぽっこり膨れたお腹を支えてベッドで1人横になっていた。
辺りはすっかり闇に包まれており、今から学院に帰るのも面倒だからという理由で一行は2階の宿屋に部屋を取っていた。
もちろんキュルケは抜け目なく宿代もルイズに払わせており、その時のルイズは今にもキュルケを殺さんばかりの怒気に溢れていた。
「やっほー! おじゃましまーすっ!」
と、そんな中で元気溌剌な声でカプリコがノックもせずにタバサのいた部屋にやってきていた。
いきなりの来客にも普段の態度を崩すことなく、ゆっくり体を起こしてベッドの端に座るタバサの横にちょこんとカプリコも腰を下ろしていた。
「さっきまでの食べっぷり、凄かったよー。私も美味しい物はいっぱい食べれるけどあんなには無理だもん」
「そう」
「でもってお話も面白かったしなあ。ウラヌスがタバサと一緒になるまでにホント色々あったんだね」
酒場の席の時と同じように両足をプラプラさせているカプリコの姿を見ていると、タバサとしても多少心が和むようであった。
酒場の席で簡単にだが口にした、ウラヌスが召喚されてから今日までの出来事。
それに対してもカプリコは目を爛々と輝かせて食い入るようにして耳を傾けていた。
「……今の彼は貴方にとっても意外だった?」
「そりゃあね、正直言うと私、ウラヌスのことはあんまり好きじゃなかったからさ」
「そうなの?」
「うん、W.I.S.Eにいた頃は無口だし無愛想だし、それにジュナスにもしょっちゅうつっかかるのも嫌だったし……でも話してみてわかったもん、今のウラヌス優しくなったって。だから私も今のウラヌスの方が好きかな!」
召喚当初のウラヌスは闘いと強さの探求こそが全てであり、自分のことなど道具同然に見ていたのも今となっては懐かしい。
そんな風に過去を懐かしむタバサを前にカプリコも、在り方を大きく変え丸くなったウラヌスに好意的な感情を抱いている。
「だから思うんだよタバサ、きっと貴方がウラヌスにとってのうんめーの人だったんだろうなって」
「うんめー……運命の人?」
「そうだよ! 私がジュナスに会えたように、きっとウラヌスが変わったのも貴方のおかげなんだろうなって」
独特のイントネーションのその言葉の意味をすぐに察知し、その上でタバサはカプリコの方へと視線を向けていた。
相も変わらず混じりけのない純そのものな笑顔を向けてくるカプリコに、タバサはより一層の興味を募らせていくばかり。
グラナやヴィーゴといった如何にもな闇の住人とは大きく違う、このような少女がウラヌス達と肩を並べて闘っていたということも含めて。
「……ジュナスという人は、貴方にとって本当に大事な人?」
「もっちろん! さっき下でお話しした通りだよ! 私はジュナスを愛してる。私に自由をくれた初めての人だもん」
誇らしげに胸を張るカプリコの姿に、タバサはまだ見ぬ強者であるジュナスという人物に思いを馳せる。
ウラヌスから聞く限りでは彼以上の実力者にして何かにつけて他人を切り刻む相当な危険人物だということだったが。
唯一つの例外、目の前のこの少女カプリコと共にいる時だけは人が変わったように穏やかになるということ。
カプリコの口振りも合わせれば正に相思相愛なのだろうが、そのことがタバサにとっても不思議でならなかったり。
「……愛する、ということは誰でも許される……?」
「何のこと?」
「私もウラヌスのことは大切、彼も私のことを今は大切なパートナーと見てくれている、だけど貴方とジュナスの関係とは違う、愛しているとはまた違う……それに…………」
その先の言葉を継げることが出来ずにタバサは口を閉じて顔を俯かせてしまう。
復讐を胸に秘めた闇の住人である自分も、今ではウラヌスやキュルケといった理解者たちに恵まれて心安らげる居場所と時間を手にしている。
その中でもやはりウラヌスは別格、共に特別な感情を向け合うパートナー同士である。
だがしかしそれは、カプリコとジュナスのような異性の恋愛感情ともやはり違うのだということ。
いや、カプリコの方はともかくジュナスの方がそう思っているかは定かではないが、それでもやはり自分とウラヌスの関係とは異なるのだろうと。
会ったばかりのウラヌスの同胞であるカプリコに、気弱そうにそういったことを言ってしまっているのも彼女のことを信用していることと、
前日の夜に夢とも幻ともわからない空間の中で見てしまった、もう1人の自分との光景のことが脳裏に浮かんでいたからである。
「……ふーん、難しいことはよくわかんないけど、人を好きになるのに資格なんていらないと思うな」
「…………」
それでもカプリコは少しも悩むことなく己の思ったままのことを口にしていくだけ。
彼女もまた嘗ての同朋を同じように召喚しその在り方を変え、更にPSIの力にも目覚めているタバサに大きな興味を持っているから。
「今でもはっきり覚えてるもん、私を自由にしてくれる、好きなだけ絵を描いていいって言ってくれたジュナスのこと。その時思ったから、私のうんめーの人はこの人なんだなって」
「……その後に、W.I.S.Eとして活動してきて、そのことに後悔や疑問は無かった?」
「別に無いよ? 私はジュナスやみんなと一緒にいられればそれで良かったんだもん。スケッチブックを取り上げられて何もするなって閉じ込められて、そんな退屈な世界なんかよりよっぽどいい」
「そう……」
「だからねタバサ、貴方のことはまだよく知らないけど、それでも貴方も真っ直ぐに突き進めばいいなって思うな。どんなに周りのことを想っても、自分の心に嘘を吐くことの方が何倍も辛いんだから」
どこまでも真っ直ぐ、心にいくつもの重石をしている自分などとは正反対、だからこそ眩しさすら感じてしまう。
善悪の分別もロクにつかない幼少期に連れ去られ、そのまま自由気ままに力を振るってきたこの少女もきっとまともではない。
ただそうだとしても、自分が不幸などとはちっとも思わずに運命の人と共に生き続け、今でもそれは続いているのだろう。
そしてそれは心をずっと偽り続けていた自分には無い強さとも言える物であって。
「……ありがとう、カプリコ」
「ほえ? うーん、とにかく、どういたしましてなんだよ」
タバサはそんなカプリコという少女と話せたことが本当に良かったと思え、
胸の中の重みが軽くなったのも感じながら、キョトンとしているカプリコに微笑を浮かべて礼を言っていた。
きっと自分は彼女のようにはなれない、それでも今日この場所で会えたことは絶対に無駄ではなかったのだろうと。