つくづくどうしてこのハルケギニアという世界は自分の想定を外れた事象を起こすのが好きらしい。
先までの翼人との闘いや眼前の光景を前にしてウラヌスはそんなことを考えている。
時刻は夜、歓迎の言葉と共にエギンハイム村の村長の屋敷にウラヌスとタバサは招かれている。
「領主様への依頼は何度もしていたのですが最近はすっかり梨の礫、タバサ様とウラヌス様がいらしてくれて本当に助かります」
立派な口髭と顎鬚を蓄えた小太りの中年男、つまりはエギンハイム村の村長が甲斐甲斐しい態度を見せながら2人にぺこぺこと頭を下げ続けている。
対するウラヌスは特に表情を変えるでもなく、用意されたテーブルに頬杖をついて周囲をジロジロと見回すばかり。
別に村長やその他村民が自分たちのことをどう思おうが知った所ではないというのが本音ではあるが、
それでもウラヌスには一目でわかっている、自分たちに向けられている感情は幸喜ではなく恐れであるということは。
よく見ればニコニコ気の良さそうな笑顔を浮かべている村長の額にも汗が滲んでいるのが見えるのだから。
ハルケギニアにおいて魔法を扱える存在、先住だろうと系統だろうと関係ない、絶対的な力を持つ者たちに力を持たない無力な者たちは絶対に勝てないという認識が刻まれている。
それがウラヌスの様な如何にも冷徹な雰囲気を持つ青年だろうが、タバサの様な見た目12、3歳くらいのあどけなさの残る少女だろうが何ら違いは無い。
故に、味方として招かれたタバサやウラヌスにさえその矛先が自分たちに向けられることの恐怖の方が勝ってしまうのだ。
(……弥勒が見たら顔を顰めているだろうな)
聖者面しながら本心では異なる力の持ち主を平気で排そうとする弱者の群れ。
ウラヌスが思い浮かべるのは今のエギンハイム村の住人たちのような態度を何よりも嫌うであろう嘗ての自分のリーダーであった男の横顔だった。
「…………」
「お、おい! 次だ次、ありったけの料理を持ってくるんだ」
だがまあ今はそんな個人的な感傷などこれまたどうでもよくなる事態がウラヌスの前で起こっている。
そもそも屋敷に招かれた大元の理由が同行していたタバサが空腹を訴えていたからに他ならない。
で、村人の案内で屋敷招かれ、目の前のテーブルに広がっているのは所狭しと並べられた豪華な料理の山々である。
それらに一切手を付けることないウラヌスとは違い、タバサはその料理の群れと1人で格闘しているといった感じ。
はてまあ、線の細い小柄な少女のどこにこれだけの量の食物が収まるのかというくらいの勢い。
慌てて村民たちが追加の料理を次々運んでくる最中でも、タバサは少しも余計な行動を取ることなく黙々と料理を口へ運んでいくだけ。
巨大なステーキを大きめに切り分けて一口で丸のみにし、サラダはボウルごとかっ込んでいく。
料理の付け合せに用いる常人にはまず食せない苦みを放つハシバミ草すら小動物のようにモキュモキュと吸い込んでいき、
村長の命令で山盛りにして出されたハシバミ草すらも一心不乱に食していく始末。
あまりに常人離れしたその食欲には流石のウラヌスでさえ内心で多少の驚きを見せている程だった。
「ウラヌス様は、お召し上がりにならないのですか」
「俺には必要ない、コイツの気が済むまで食わせてやれ」
せっかくの歓迎の料理に全く手出ししないウラヌスに対して疑問を浮かべた村長が尋ねてきたりもしたが、
立場上あまり踏み込んだことも言えないので、ウラヌスが視線を動かしもせずにぽつりと一言返すだけでそれっきりである。
繰り返しになるがウラヌスは元々PSIの実験の為に遺伝子レベルで細胞を操作されて生み出された存在。
イルミナの機能こそ失われているが、それでも食事の回数事態は普通の人間より遥かに少なくて済むような身体構造になっている。
それ以上にウラヌス自身の在り方、人間として持つ三大欲求である食欲、性欲、睡眠欲といった当たり前の欲がかなり希薄であり、
大半が闘いに向けられている所為で食事という行為そのものに執着が無いという理由もあったりするが。
「よろしいでしょうか騎士様方、先程は弟が大変な失礼を……」
と、そんな妙なムードが流れている中で話の方向を変える様に姿を現したのが2人の青年。
食事の手を止めたタバサとウラヌスが視線を向けた先にいたのは申し訳なさそうに膝を着くサムと、その傍らで縄で縛られたまま転がされているヨシア。
恐怖で縮こまっているヨシアや覚悟は当に決めていると言わんばかりの空気を漂わせているサムであるが、そんな2人を止めようとする村人は誰もいない。
やっとの思いで辺鄙な田舎村まで来てくれた王国派遣の騎士たち、そんな恐れ多い人物の邪魔をしたとあっては何をされても仕方ないという共通認識があってこそ。
「だから騎士様方の気が済むように、煮るなり焼くなり――」
「引っ込んでろ、別に俺もこいつもそいつをどうこうするつもりは無い」
「は、ははっ! どうもありがとうございます!! 騎士様の優しさに感謝しとけよヨシア!!」
尤も、タバサもそうだがウラヌスにしても邪魔をしてきたからといってヨシアを罰するつもりなどこれっぽちも無かったのだが。
無言で顔を横に振るタバサに心底どうでもいいという風に吐き捨てるウラヌスに、サムは感謝感激といった感じにしきりに何度も頭を下げる。
ヨシアの方はサムに小突かれながらも唇を噛んで沈黙するばかり、どう見たってまだ何か不満がありますと表情が語っている。
「まだ何かあるってのかよヨシア、それともまさかお前またあの翼人と……」
「…………ッ……!」
「お、おいこら! ヨシア!!」
サムの勘ぐるような言葉にヨシアは兄を突き飛ばすような形で部屋から飛び出して行ってしまう。
引き留めようとするサムの怒鳴り声も、ヨシアの様子を見て何やらひそひそと小声で話し始める村人たちもお構いなし。
一切の興味を向けることなくタバサは料理を食べ続け、その隣でウラヌスがじっと座ったままの姿勢でいた。
*
一所タバサが食事を堪能した後に2人に宛がわれたのはこれまた屋敷の中でも一番上質な客間である。
村長との話し合いの結果、一晩休んで翌日の早朝に改めて翼人討伐に向かうという方向で話が纏まっていた。
ウラヌスとしても遅いか早いかくらいの違いでしか無く、1日待てないくらいに気が立っているわけでも無い。
イザベラ、アイーシャ、ヨシア、そして空腹を訴えてきたタバサといった感じに次々と不快な事象や不意の出来事が重なっていた所為で、
有体に言ってしまえば今のウラヌスは"興が乗らない"といった心境であることも関わっている。
ならばタバサと同様に1日しっかり気を持ち直してから万全の態勢で翼人との闘いを楽しませてもらうとしようということで納得させていたのである。
客間にいる2人もやはり普段と変わることは無く、ランタンの光に照らされる中、寝間着姿のタバサがベッドで横になりながら読書を楽しみ、
もう片方のベッドに腰掛けるウラヌスは何をするでもなく只管に時の流れに身を任せるまま。
「……おい」
「……(コクン)」
そんなこんなで2人が各々時間を浪費していた矢先、違和感を察知したのはほぼ同時。
ウラヌスの呟きに答える様にタバサがおもむろに読んでいた本を閉じてベッドから立ち上がり、客間の入り口の扉前へとゆっくり移動していく。
「だれ?」
「ヨ、ヨシアです……夜分遅くに申し訳ありません騎士様……ですが、どうしてもお話ししたいことが……」
余りに抑揚のない機械の様な問いかけに返ってくるのは怯えに怯えきって震えた青年の声。
キィッとタバサが扉を開ければそこにいたのは恐怖で縮こまりながら膝を着いているヨシアの姿。
どこか思いつめたような様相は、王国の騎士に無礼を働いてでも伝えたい何かがあるのだという感情の現れか。
「入って」
それを察してかはわからないがタバサはヨシアを中へと招き入れる。
体の震えがより一層強まりながらもヨシアは一礼の後に恐る恐る客間へと入り、それぞれのベッドに腰掛けるタバサとウラヌスの丁度間の位置の床に正座をする。
「さっきといい今といい、俺達に何の用がある?」
「あ……ぅ……そ、その件については本当にご迷惑を……で、ですがどうしてもお願いが……」
「本題は?」
「そ、その……翼人たちを討伐するのをどうか……やめていただきたいのです」
言った瞬間、コイツは何を言っているんだと言わんばかりの冷たい視線でウラヌスはヨシアのことを見下ろしていた。
王国直々に翼人の討伐を依頼してきたのだし、その依頼については村民の殆どが同意をしていることなのも明白。
それを遠路はるばるやってきて、今更やめてくれなどと言われてはい、わかりましたなどと首を縦に振って素直に引き下がる阿呆などいるわけがない。
もちろん実際に任務を下された張本人であるタバサも同様であり、即座に首を横に振って否定の意を示す。
「お願いします!! どうかこの通りです!!」
「仕事」
「せ、せめて事情を説明させてください!!」
にべもなくきっぱり断り続けるタバサにヨシアは尚も食い下がり、言葉の真意の裏にある自身の想いとエギンハイム村の置かれた状況について事細かに語っていく。
曰く、この季節に子孫を増やす翼人たちは黒い森の立派なライカ欅に立派な巣を作るということ。
曰く、材木を切り倒して収入を得ているエギンハイム村にとってライカ欅は高級品であり、それで翼人との揉め事に繋がっているということ。
曰く、欅以外の木々の売買でも十分に村の運営は成り立つはずなのに、収入目当てで翼人たちの住処を自分たちが荒らし始めたこと。
曰く、自分が何度も村人たちに説得を試みても、兄であるサム含めて村人たちは翼人のことを鳥呼ばわりして同じ人間だということを決して認めようとしないこと。
「――元々森は翼人たちの住処だった筈なんです。それを後からやってきた人間たちが勝手に自分たちの土地だなんて言い張ってるに過ぎない、だから彼らから木を奪う権利なんて無いのに……」
翼人も同じ知恵ある仲間であるという、心優しいヨシアの訴えではあるが、
それだけの事情を聞いてもやはりタバサは首を縦には振ろうとしない。
「どうして? 騎士様には少しのお情けも無いというのですか?」
「任務だから」
「ひどいよそんなの!! 勝手すぎる話じゃないか!!」
「私は駒、ガリア王国の勅命を受けて任務をこなしに来たただの駒、私の意志がどうであれ、下された任務を遂行するのが私の仕事」
「で、ではその依頼を取り下げますからそれなら――!!」
「バカを言うな、お前1人の意思と連中の総意の違いもわからんのか? 第一、駒が命令に背くというのは殺してくれと言っているようなものだ。お前が何を言おうが俺達には関係ない」
途中からウラヌスも話に加わり、これ以上ないくらいの正論を突きつけられてしまってはヨシアも言葉に詰まってしまう。
ウラヌスの言っている逆らうことが死と同義であるということは彼の所属していたW.I.S.Eでさえ同じこと。
禁人種だろうと意思を持つ兵だろうと、弥勒と自分たち星将の期待に背く者、命に逆らう者を粛清したことなど星の数ほどもあるのだから。
目の前の2人が国の命令でやってきた以上、生半可なことでは引き下がってはくれないことなどヨシアにだってわかっていたこと。
ではそれを理解していながら何故にヨシアはここまで必死に食い下がってくるのか。
「それで、そっちにいる女も同じような与太話でもしに来たのか?」
「えっ……アイーシャ!? どうして君がここに……?」
「ごめんなさいヨシア、でもどうしても話しておかなくてはいけないことがあって……」
その原因とも言える人物が直後に3人のいる客間へと姿を現す。
唐突にウラヌスが視線を逸らしたその先、客間の窓の外に移る巨大な翼を持つ人の影。
慌ててヨシアが立ち上がり窓を開けてみればそこにいたのは先の争いで翼人たちを鎮めていたアイーシャの姿が。
戸惑い声を張り上げるヨシアを他所に、悲しみを浮かべた瞳と共にアイーシャが客間へと入ってきて更に話が続いていく。
「――アイーシャが先住の魔法で俺のケガを治してくれたことがあるんです、それで僕はアイーシャと」
「あなたたち人間は先住魔法と呼ぶけど、私たちは精霊の力を呼んでいるわ、自然のどこにでも溢れている精霊の力をちょっと借りているだけ」
「そうだとも、こんな風にアイーシャは俺たちの知らないことをたくさん教えてくれるんだ!!」
「そうやって接していく内に私もヨシアのことが唯一無二の大切な人と思える様になってきて……」
「アイーシャの様に人間が知らない力を教えてくれる翼人だっているんだ、だからこそ人間は翼人と手を取り合ってもいいのに、この村の人たちはアイーシャ達のことを人間とは違う鳥の化け物だって……」
「その点に関しては私達も強く言えないのヨシア、人間のことを空も飛べない虫けらだなんてバカにする人もいる……」
タバサとウラヌスがその場にいることを忘れてしまいそうなくらいにヨシアとアイーシャの会話はどんどん熱を帯びていく。
異なる種族の者同士が恋に落ちる、言ってしまえば何てことないくらいに単純、されど純粋なヨシアとアイーシャの関係。
自分の愛する人間の一族を滅ぼすなどとくれば、ヨシアでなくともどこかで躊躇いが生じてしまう物だろう。
アイーシャにしても同じことで、彼女が争いを好まない優しい性格の持ち主であるということも大きいが、やはり恋人である人間の仲間を傷つけることなどしたくはないということ。
「あのね……今日は貴方にお別れを言いに来たの」
「なっ……それはどういうことだいアイーシャ!!」
「みんなで話し合って決めたの、争いが避けられないならあのライカ欅から去った方がいいって」
「でも君たちはもうすぐ子育ての時期じゃないか!! 翼人たちが大きな巣を張れるだけの立派な木々なんて他にあるかどうか……」
俯きながら話すアイーシャの表情を見ればヨシアも気が気ではなくなってしまう。
そういった彼とアイーシャの最悪の事態を防ぎたいから、なりふり構わずにこうやってタバサとウラヌスの説得までしていたというのに、
これでは何の解決にもならない、アイーシャを悲しませるだけの結果にしかならない。
「俺がどうにかみんなを説得するから!! だから――」
「でも、こうやってお城からは強力な騎士様も派遣されてきたのだし……いえ、ごめんなさい。貴方達2人のことを責めているわけではないわ、人間にもそういった仕組みがあることは理解しているつもりです」
ちらとタバサとウラヌスの方に顔を向けて申し訳なさそうな表情でそんなことをアイーシャは言ってくる。
自分たちを追い出そうとしている相手にでさえ、自分たちとは違う事情があるのだと優しさを向けているのはやはりアイーシャの性格を如実に現しているのだろう。
だが、悲痛とも言える恋人の言葉を聞いてはヨシアが黙っていられるわけも無かった。
「騎士様、どうかご容赦を!! それが無理ならせめてお城に訴えていただくわけには――」
「それは無理」
「ッ!! これだけ言ってもダメだというのか!! 貴族には心が無いのか! 命令通りに動くしかできないんじゃガーゴイルと変わらない!!」
遂には感情が爆発してしまい、怒りのままにヨシアはタバサに掴みかかって両腕でその細く白い首をギリギリと押さえ始める。
床の上で仰向けになりされるがままのタバサはそれでも表情一つ変えることなく、怒りの形相のヨシアの顔をジッと覗き込んでいるだけ。
「子供の君にはわからないんだ!! 人を愛するってこと、その愛した人と引き裂かれるって辛さがどういうものなのか!!」
「やめてヨシア!! 人を傷つけるようなことはしないで!!」
「1人だけでも死ねば少しでも時間稼ぎにはなる筈だ……!!」
これから行おうとしている凶行がどれだけ合理性の無い愚行でしかないのかすら気付けない。
必死に止めようとするアイーシャもお構いなしにヨシアは完全に我を失ってしまっている。
タバサの首にかけられた両手に込める力がどんどん強まっていき、タバサの命を刈り取ろうとする。
「ガッ――!!?」
「ヨシアッッ!!」
しかし、タバサが無表情のまま床に転がる長杖を手に取って反撃に転じようとするよりも更に前、
突如としてヨシアは横っ腹に膨大な衝撃と激痛を感じて客間の隅の壁へと転がり叩きつけられてしまう。
苦しみに呻くヨシアにすぐさまアイーシャが近寄っていって彼の体を支えている。
「勘違いをしているようだが、俺は別に命令だからという理由で渋々やっているわけじゃない。俺が翼人と闘いに来たのは俺がそうしたいと思っているからにすぎない」
体を起こしたタバサも見つめている、今まで黙って話を聞き続けていたウラヌスが突如として立ち上がりヨシアを蹴り飛ばしていたのだ。
アイーシャからすれば渾身の一撃の如く見えていただろうが、ウラヌスとしては相当に手加減をしている。
両目に込められている感情はいつもの如く無機質その物、くだらない話にこれ以上付き合いきれないという意志の提示。
「やめて!! 彼を殺すなら私から……!!」
「闘う気も無い死にたがりを殺すつもりなどない。俺は俺の任務を果たすだけだ」
「任務って……ま、待って! さっきも言ったように私たちはもう――!!」
「知るか」
「きゃあっ!!」
客間の入口へと動き始めるウラヌスの言葉の裏にある意味、それが何なのかを察したアイーシャが大慌てでウラヌスを引き留めようとする。
それでもウラヌスはアイーシャにすら容赦なく裏拳を放ち、伸びているヨシアに折り重なるような形でアイーシャを客間の隅へと吹き飛ばしていた。
愛し合う者同士の心からの訴え、そんなものは闘いそのものを糧とするウラヌスには何ら興味も無いことでしかなかったのである。
「どこへ」
「これ以上放っておくと面倒だ、今夜中にカタをつける。アンタがどうするかはアンタの好きにしろ」
本来なら翌日の早朝に気分を持ち直してからと考えていたが、こうも邪魔が続いては逆に今の内にどうにかしてしまった方がいいだろうという考えの切り替え。
後ろ姿のままウラヌスはタバサに伝えることを簡潔に伝えて外へと乗り出す。
後に残されたタバサは暫くの間黙って突っ立ったままであったが、
「……ごめんなさい」
それまでウラヌスにすら決して見せたことの無い、無機質とは程遠い年頃の少女らしい愁いを帯びた表情。
共に意識を失っているヨシアとアイーシャに一瞬だけそれを向けながら謝罪をし、タバサもまたウラヌスの後を追って部屋を後にした。
*
数時間前の暗闇すさえも比較にならない完全な闇へと支配された黒い森のライカ欅、翼人たちの住処。
それを前にするのはウラヌスとタバサの2人、共に完全な臨戦態勢を整えており、キッカケ一つでいつでも戦闘へと移行できる状態。
繰出される得物はそれぞれ2丁の氷の銃と魔法を行使するための長杖。
示し合せたかのようなほぼ同時のタイミングで、それぞれの武器から氷の弾丸と風の鎚が森の一画へと放たれていく。
いきなりの襲撃に木々がざわめくその中から姿を現すのは、知っての通り複数人の翼人たち。
「有無を言わさず二度も襲い来るとは、やはり人間は精霊たちの理を解さぬ野蛮な者どものようだな!!」
「お前らの意思がどうあろうが、一度武器を向け合った敵同士だ。俺たちにとっては闘い打ち倒す為の存在以外の何者でもない」
「傲慢な!! たった2人の虫けらに何ができるというのだ!! 我らに刃向かう愚かさを思い知れ!!」
アイーシャの説得を素直に聞き入れて納得した者ばかりではない、中には人間に譲歩する必要などないと考える翼人も存在している。
その不満を貯め込んでいた矢先に二度目となる、今度は完全に人間の側から手を出された襲撃。
過激な者も穏健な者も、わかっているのはこのまま黙っていれば自分たちは排除されるだけだということ。
ならば、人の理では決して届かない精霊の力を使うことになろうと目の前の2人の人間を撃退しなくてはいけない。
1つに統率された思考の下、翼人たちは一斉にその翼を翻してウラヌスとタバサに襲い掛からんとする。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ――――」
エア・ハンマーによる初撃に続いて既にタバサは次なる魔法を使用するために杖に魔力を込めて詠唱を進めていた。
発動するのは風、風、水、3つの属性を組み合わせることによって行使されるトライアングルスペル。
ウィンディ・アイシクル、空気中の水分を一気に氷結させることによって生まれ出る何十もの氷の矢が翼人たちに襲い掛かる。
そのすぐ横では、ウラヌスが自身の能力によって形成した氷の銃から尚も何発もの氷の弾丸を発射して攻撃を行っている。
「空気は蠢きて矢をずらすなり」
「ッ……!!」
「…………」
だが、仮にもタバサの任務での謀殺を狙っての相手として用意された相手である翼人である。
大半のメイジですら脅威となりうる彼らの行使する精霊の力、先住魔法による空気の流れの操作によって、
タバサのウィンディ・アイシクルとウラヌスの氷の弾丸の数々は翼人の目の前で突如としてその軌道を急変させて逆に2人の方へと飛来する。
タバサもウラヌスもそれぞれ逆の横方向へと飛び退き、氷の矢と弾丸は何もない地面を抉り氷結させるだけに留まる。
「枯れし葉は契約に基づき水に代わる力を得て刃と化す」
「ラナ・デル・ウィンデ――――」
攻撃の反射だけで終わる筈も無く、上空から翼人たちの追撃が容赦なく降り注いでいく。
各々の方向に駆けるタバサとウラヌスを狙うのは先の闘いにおいても使われた鋭利な弾丸と化した木の葉の嵐。
タバサはエア・ハンマーによって迎撃をしながら、ウラヌスはライズによる身体能力の向上によってそれらの攻撃をいなしていく。
「無駄だ、地べたを這いずり回るしかできぬお前たちに我らを捉える事などできぬ」
その全員が宙へと舞っている中でタバサとウラヌスに向けて下される翼人の1人の言葉。
闘いにおいて敵の頭上を取るというのは攻撃の関係上、非常に有効打であり、される相手としては厄介極まりない。
空を飛べるという絶対的なアドバンテージがあるというそれだけでも翼人にとっては優位となる。
タバサにしても空を飛ぶ手段が無いわけではない。フライと呼ばれる風属性の基本の1つとも言える飛行魔法。
だが、ハルケギニアのメイジは基本的に1度に2つ以上の魔法を行使することができない。
つまりタバサは空を飛んだところで攻撃の手段を失ってしまい、それでは何の意味も無くなってしまうのだ。
だからこそ、苦しい体制であろうと基本的に地上から攻撃を繰り返すしかない。
「デル・ウィンデ――」
「無駄だということがまだ――!! ぐああっ!!」
「……イス・イーサ・ハガラース」
それでも単にタバサは幾度も死地を潜り抜けてきた紛れもない強者の1人。
翼人の風による攻撃のカウンターを付いて死角へと移動し、素早く次なる魔法を放って攻撃を命中させるという芸当も可能なのだ。
水の魔法ジャベリン、ウィンディ・アイシクルとは違う1発の氷の槍が翼人の背後から正確に投射され、
翼を貫通しながら翼人の1人の背部に突き刺さり、地面へと墜落させる。
「おのれ!! 虫けらの分際でよくも我らの同朋を!!」
「デル――――」
仲間の1人を打倒されたという事実が翼人たちの怒りをより駆り立てて、攻撃を更に激しいものにしていく。
休んでいる間もなくタバサは翼人たちの操る木の葉や木々を掻い潜りながらも詠唱を続けて攻撃の手を緩めない。
決して油断を許さない、強敵との闘い、より強力に力を研ぎ澄ますための自己研鑚の場、それこそがタバサが闘いに赴く大きな理由の1つ。
「ウィン…………!! な……に……?」
「なっ……!!? 馬鹿な、何だという……ぐがあっ!!」
しかし、タバサにとっても翼人にとっても、各自に抱いている想いの全てを凍てつかせるだけの者が、
深淵の如し凍結をもたらす力そのものとでも言うべき存在がその場にはいたのだ。
詠唱を途中でやめてしまったタバサが感じ取ったのは、氷の魔法を主に操る自身でさえ、立っていることすら出来ない程の異常な冷気。
同じ物を翼人たちが感じたその矢先、突如として翼人の1人に氷の弾丸が直撃し、一瞬にして全身の肌に氷が付着しその重みで急速に墜落していく。
「あれ……は……」
「空を飛べるのが自分たちの特権だと思っていたのなら、とんだ思い上がりだぞ」
戦場を支配する異常な冷気に体を震わせ、杖を支えに空を見上げたタバサの見た光景。
地面に突き刺さるいくつもの氷柱に支えられる氷の道とでも呼ぶべき物、その一画に立つウラヌスの姿。
自身の履く黒いロングブーツに氷を付着させ、氷の地面を自在に駆け巡るスケートにより、空に浮かぶ翼人たちにすら容易に追いついて見せる。
「呆けている暇など無い!!」
「!!! ぐああああああっ!!」
右腕を高々と掲げてウラヌスが作り出すのは、タバサのジャベリンなどとは比較にもならない巨大な氷の投槍。
瞬時に作り出すと同時に、ライズによって爆発的に高められた腕力によって放り投げられたそれは、
翼人の1人の体を貫通し、そのままその背後にいた翼人を更に貫いて一瞬の内にその命を刈り取る死の刃となる。
「大気が凍てつく前に、俺たちを仕留めるべきだったな」
「……!! 威力が、上がっている……?」
尚も攻撃の手を緩めることなく、ウラヌスは氷の道を形成し続け縦横無尽に宙を駆け巡りながら氷の弾丸をいくつも発射していく。
翼人に直撃し、回避されて木々や地面に着弾して氷結を起こしていく最中でタバサが確かに感じていた物。
大気の氷結が進行するのに比例して、ウラヌスの放つ攻撃の1発1発の威力が確かに増しているという事実。
それこそが生物を、物体を、大気をも己の力で凍てつかせるウラヌスの力、
「何故だ!! 何故お前たちは我らをここまで無慈悲に排さんとする!?」
「俺の知ったことか、ガリア王国に聞けよ、答えを知ってお前らが納得するとは思えんが……」
負けじと翼人たちも飛行速度を更に高めて先住の魔法を放っていくが、既にその場の支配者となっているウラヌスを仕留めるには至らない。
氷結が進み操れる木々や木の葉がどんどん少なくなっていく中、氷の地面を駆けるウラヌスが翼人の間を駆け回り、
氷の弾丸を正確に放ちながら1人、また1人と翼人を叩き落としていく。
その最中で叩きつけられる言葉にも冷徹な答えを返すだけ、翼人を討伐しなくてはいけない理由などウラヌスには無関係でしかないのだ。
「俺は闘えればそれでいい――――グラシアルウォール」
「…………!!!!」
最後に1人残った翼人を捉えるウラヌス、同時に放出されるのは今まで以上の膨大な冷気。
いくつもの氷の柱を背中から生やしながらウラヌスは残った翼人を巨大な氷柱へと閉じ込めその生命活動を完全に停止させた。
その余波が黒い森の周囲へと降り注ぎ、冷気が吹きすさぶ中でタバサは目を開けているのさえ必死の状態になっていた。
「……やはりな。イルミナが機能停止している影響は思いの外デカいようだ」
全てを終え、地面に降り立ち大半が凍りついた黒い森を背後に寒さで息を切らしているタバサの方へとウラヌスは歩いてくる。
それだけの圧倒的な力を見せつけていながらウラヌスが感じていたのは自身の力の衰え。
太陽光による汚染の心配が無くなったとはいえ、やはり自身が行使できるPSIによる力の限界量が少なくなっていることを感じていた。
タバサが異常な寒さを感じるくらいで済んでいるのもそのことの証明と言えるかもしれない。
イルミナを持ち、PSIの力が更に増幅される崩壊世界で同じ光景が繰り広げられていたのなら、とっくの昔にタバサは凍死していてもおかしくないのだから。
「……これが……貴方の……」
「アンタの力もそこそこだ、少なくとも魔法にかまけて平和ボケしているガキどもとは違う、覚悟を決めた戦士の動きをしていた。それにこいつらもこいつらでそれなりには俺を楽しませてくれた……が、それでも満足できたとは言い難いが」
「…………翼人は、ハルケギニアでも、高度な力を持つ種族……それを殆ど単独で撃退してみせる、なんて」
「アンタも俺と闘うつもりならこれくらいで怖気づくなよ。言っておくが、俺のいた世界ではまだ4人は俺の上がいたんだからな」
今にも凍えてしまいそうな程の寒さの中でウラヌスが告げる新たな事実はタバサを更に驚愕させるもの。
ハルケギニアでは規格外としか言いようがないウラヌスすらをも超える強者が複数存在しているのだという。
世辞でも何でもない本心からのウラヌスからの称賛すらも軽く消し飛びそうな程、タバサはウラヌスの力の底が益々見えなくなるのを感じていた。
「いずれにせよ、今回の任務とやらは俺にとって有意義な時間だった。もし今後もアンタが同じようなことがあれば喜んで同行させてもらうとしよう」
「……もう一つだけ、聞かせてほしい」
「何だ?」
「……ここに来る前、貴方には愛する人や、大切に思う人はいなかった?」
「……? さっきのくだらん連中に絆されでもしたか? アンタはそんなタマには見えなかったんだがな」
「…………」
「まあいい、答えてやる。そんな奴などいはしないし俺にとっては余計なだけだ。俺はただ闘うこと、強さを求めて生きている。だからそういう意味では少しはアンタに感謝もしている。俺が俺として生き続けることができる場所へと招いてくれたんだからな」
寒さに震えるタバサに少しの感情の波立ちも見せずに淡々とウラヌスは答えていくだけ。
W.I.S.Eのメンバーは同士ではあれど、命を賭して守り合うような関係ではなく、それは他の星将や戦闘員にも共通していること。
ウラヌスにとっては普段から自分で言っているように闘うことがほぼ全てと言っていい。
誰かの為だとか何かの為だとか目的があるわけでも無い、闘いそのものが目的の男。
それを己が果てるまで繰り返し、超えるべき相手を超える為の強さを、その先の更に上の強さを求め続けるだけでしかない。
(……闘いそのものが目的…………それだけの境地に至らなければ……届かない……の、かな……)
答えるだけ答えたウラヌスを前に、タバサは少しだけ顔を俯かせる。
脳裏に過るのはウラヌスを追う前に間近で見たヨシアとアイーシャという種族を超えて愛し合う者たち。
人を愛すること、愛する人間と離れる辛さ、それを知っているからこそタバサはタバサという人形を演じてまで力を求めている。
そして目の前にいるのは、そういった人間としての当たり前の感情からかけ離れた位置にいるウラヌスという男。
自身が召喚し、その強さの秘密を知りたいと側にいた、愛という感情すら躊躇なく踏みにじる冷徹そのものな存在。
もしかしたら、自分も闘いそのものが目的になるくらいに全てを投げ捨てなくては、自分の救おうとしている物に手を届かせることはできないのか。
もしそうであるなら、全てが終わった後に自分は"シャルロット"に戻ることはできるのだろうかというそんな葛藤。
(…………かあさま……)
母を取り戻すために人形を演じ続けると固く誓った自分の心。
その強さを知りたいと思い、互いの利の為に側に置いている男に対する初めての戸惑い。
ウラヌスという本当の力を前に揺らいでしまった心を正すように、タバサはギュッと杖を握る力を強めていた。
こうしてエギンハイム村での翼人討伐任務は、その内容通りに翼人の殲滅という形で幕を閉じることになる。
闘いの余波によってライカ欅の殆どがダメになってしまったり、一連の任務の数日後、村から1組の男女が去っていたなどという報告もあったが、
任務を違えることなくその通りにこなしたタバサとウラヌスには関係のないことであった。