雪風と氷碧眼《ディープフリーズ》   作:LR-8717-FA

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CALL.6 "吸血鬼"

 北花壇警護騎士団への依頼は数多い。

 ガリアという国がハルケギニアの諸国の中でも屈指の規模と力を備えている故、

 その分、表向きでは解決が出来ない厄介事の数も必然的に増えてしまうということ。

 単なるきな臭いゴミ掃除程度の物もあれば、並の手練れでは到底手に負えないような危険な仕事もある。

 王家に疎まれ、任務中の謀殺を狙われている七号ことタバサには後者のような任務が舞い込んでくることが殆ど。

 

「で、それが今回俺達が相手をする予定の敵の情報というわけだな」

「……(コクン)」

「吸血鬼、か。俺のいた場所でも名称だけは存在していたが実際に見るのは初めてになる」

「直接という意味では私も同じ」

 

 首都リュティスから離れたとある森林の開けた小河の畔に立ち並ぶ影が2つ。

 目的地から少し離れたその場所で、黙々と読み進めていた本をパタンと閉じたタバサに対してかけられるウラヌスの言葉。

 翼人の集団との戦闘に、この世界で一番の充足を得ていたウラヌスは、此度もまたタバサの任務に付いて来ていたのである。

 

「伝えた通り今回は長期戦になると思う、貴方にも出来る限り抑えてもらいたい」

「それもまた相手と依頼してきた連中の出方次第だ」

 

 任務自体は滞りなく終えられたとはいえ、形式上は飽くまでも協力者でしかないウラヌスにあまり独断専行をされてもタバサの立場に関わってくることになる。

 そういった意味も込めて普段通りの抑揚のない口調でタバサはウラヌスに釘を刺してはみたものの、タバサと同様に平坦に返すウラヌスの姿を見る限りではあまり意味を成していないのだろう。

 

 ガリア首都リュティスから遠く南東に位置するサビエラ村、そこに潜んでいる怪物を討伐することが今回タバサに課せられた任務。

 その怪物の名称は吸血鬼、現代世界より遥かに多種多様な生物が根付いているハルケギニアにおいてでさえ、最悪の妖魔と恐れられている存在。

 人の血液を糧とし、翼人と同様に高度な先住魔法を駆り、喰らった人間の死体を1人だけ、忠実な僕である屍人鬼(グール)として操ることすらできる。

 そして最も恐ろしいのが普通の人間と殆ど見分けがつかず、群衆の中に紛れて突如としてその牙を向けるという狡猾さ。

 屍人鬼もそれは同様であり、共に巧みに立ち回り遅行性の毒の如くじわじわとされど着実に獲物を仕留めていく。

 ハルケギニアではたった1人の吸血鬼に街一つが壊滅させられたという事例もあるほどだ。

 唯一の弱点が太陽光、夜の闇に紛れての活動を主とする妖魔は闇を照らす純然たる天の光だけを何よりも苦手とするのだという。

 ウラヌスにしても世界が崩壊する前に吸血鬼というワードを耳にしたことはあるが、結局それも西洋由来の伝承、御伽噺レベルの物でしかない。

 その伝承上の怪物が実際に存在するのがこの世界であり、翼人と同等レベルの力があるのなら、自分にとってまたマシな闘いができるかもしれないと多少の期待も抱いている程だ。

 

「吸血鬼でさえ、貴方には狩りの対象でしかない?」

「聞くまでもないことだろう、俺はただ闘いを、より上の強さを得ることが目的だ。アンタだってそれは似たようなもんなんだろう?」

「否定はしない」

 

 そんなウラヌスの心中を察してか、タバサはぽつりとウラヌスに再び問いを投げかける。

 自己研鑚、つまりは更に強くなるためという意味ではタバサとウラヌスの目的は合致していると言っていい。

 致命的に違うのはそこに別の目的が存在しているかどうかの差。

 前回の翼人討伐の際に見せたウラヌスの圧倒的なまでの力と、闘いそのものを糧とする彼の在り方。

 タバサとて翼人相手にかなりの立ち回りを見せてはいたが、それでも単独で複数の翼人を殆ど無傷で屠れるだけの力量は流石に無い。

 今回の吸血鬼も同じことであり、闇に潜む妖魔を相手に自分の命を守り、如何にして倒し自分の力を上げていくかが命題となる。

 それだけの覚悟が必要な相手ですら、隣にいる男にはどれだけ自分を満足させてくれるか程度の相手でしかない。

 目の前で目の当たりにしたウラヌスという規格外の人物の真の姿の一端、それに対してタバサは心中でたくさんの思いが複雑に渦巻いていたのである。

 

「じゃあ、そろそろ行くとするか」

「その前に1つ」

「何だ……っと……そんな物を何故俺に渡す?」

「吸血鬼は非常に慎重、故にこちらもある程度の策と時間を要する。だからこそ貴方の方が都合が良い」

「…………」

 

 小河の畔を離れて目的地へと向かおうとしたその時、タバサがウラヌスに手渡すのは愛用の長杖と着用していたマント。

 背丈の小さいタバサのマントはウラヌスには少々窮屈ではあったが、ウラヌスもそこまで体格が大きいわけではないので不自然に見える程でも無い。

 前触れの無いタバサの行動にウラヌスは首を傾げるが、続いての説明を沈黙しながら脳内で咀嚼してすぐに納得させる。

 つまりは吸血鬼を油断させるために騎士は1人だということ、どちらが狙われるかはわからないが囮としての立ち回りを要求されているということ。

 

「……いいだろう、吸血鬼を燻りだすのに必要ならば付き合ってやる」

 

 そう言ってタバサから手渡されたマントをウラヌスは着用する。

 鋭い目線の冷徹な空気を纏う男性騎士に、白いブラウス姿の無機質な少女の従者という組み合わせが出来上がっていた。

 

 

*

 

 

 歩いて数分もしない内に2人は今回の任務の目的地、吸血鬼討伐を依頼してきたサビエラ村へと到着する。

 エギンハイム村と同じ、人口350人程の片田舎のこの場所で吸血鬼による被害が発生したのが2ヶ月程前。

 最初の犠牲者である12歳の無垢な少女を皮切りに、既にその犠牲者は9人にまで増えているのだという。

 しかも、その内の1人が王室から派遣されてきた北花壇騎士とは違う表舞台の正式な地位を持つ王国騎士。

 火のトライアングルという優秀な力を要する騎士でさえ、派遣されて僅か3日で冷たい屍と化して発見されたのだ。

 その恐怖に耐えきれずに村を去っていく者たちも増える一方であり、このままでは村そのものの存続すらも危ういとのこと。

 

「今度の騎士様は若い男だそうだよ」

「呆れたことに小さな女の子を従者なんかに連れてきて……」

「でも見た目的にはそこそこ腕が立ちそうな感じではあったようだけど?」

「どうだか、前の騎士だって同じように言っておきながら3日で葬式だよ」

「今度の騎士様はどれくらい持つんだろうねえ…………」

 

 だからこそ、村人の間に漂う空気は非常に張りつめたピリピリした物であることは、村に入ってすぐにウラヌスとタバサにもわかったこと。

 トライアングルクラスの騎士ですら何ら役に立たずに殺されたという事実も加えて、村人たちに疑心暗鬼の感情が強く広がっていたのである。

 勿論、そんな村人たちの疑念に満ちた視線や小話など2人にとってはどこ吹く風でしかない。

 

「こちらガリア花壇騎士、ウラヌス。私は従者のタバサ」

「遠路はるばるこんな片田舎までようこそお越しくださいました。儂が村長のアイザックです」

「早速だけど、詳しい話を聞かせてほしい」

 

 依頼主の代表として姿を現した痩せこけた体躯で帽子を被った白髪の老人、村長であるアイザックの案内で2人は屋敷の応接間へと案内される。

 テーブルを挟んで向かい合うように座る三者、来客用の紅茶のカップから湯気が立ち上る中、タバサの簡潔な紹介と説明の要求におずおずと村長が現在の状況を言い始める。

 尤も、村長の話した内容に目新しい物があったとも言い難く、大半はタバサが事前に目を通した報告書と似たような話が大半であった。

 夜中に家の中へと忍び込み、朝になって家族が目にするのが血を吸われ干からびた親兄弟の物言わぬ死体だと語る村長の姿には恐怖と無念がまじまじと見られる物。

 だがやはりというか、そんな村長を前にしてもウラヌスもタバサも表情1つ変えることは無かったのだが。

 

「――屍人鬼も吸血鬼と同様、見た目で区別がつかないことは村人全員が知っております。おかげで誰かが吸血鬼の手引きをしているんじゃないかと村人同士での疑いが強まるばかりで……」

「屍人鬼の体には、吸血鬼に噛まれた牙の跡がある筈」

「それも重々承知しておりますが何分ここは農業や林業で生計を立てている田舎でして……作業中に山ヒルに噛まれる者も数多く……」

 

 実際に村人の7人に同じような傷跡が見られたと言われてしまえば、確かにそれだけで誰が屍人鬼かを見出すのは難しいだろう。

 村人の誰にも姿を見られずに9人もの犠牲者を出しているとなると、如何に手練れでも単独でそれを成し遂げられるかと問われればタバサにも疑問が浮かぶ。

 となれば、村の中をある程度自由に動き回れる忠実な手駒、つまりは村人の誰かが屍人鬼ではないかという推測にも容易に辿り着いてしまう。

 その推測に間違いが無ければ、誰が屍人鬼なのかがわかれば吸血鬼についても正体を絞れるのかもしれないが……

 

「状況は大凡わかった、早速調べさせてもらうがその前に村長、一応アンタが屍人鬼じゃないかも見せてもらおうか」

「このような老いぼれに恥ずかしがることなど何もありません。どうぞ気の済むまでお調べください」

 

 一所の話を聞き終えた上で、今まで黙っていたウラヌスが切り出すのは村長自身の潔白照明。

 誰が屍人鬼かわからない以上当然の申し出であろうと村長も納得し、すぐさま衣服を脱ぎ捨ててその裸体を露わにする。

 ウラヌスが視線で促し、立ち上がったタバサが入念に体の隅々を観察していくが、吸血鬼が噛んだとされるような傷跡はどこにも見当たらない。

 同じくタバサが視線をウラヌスに向け直した後、疑いが晴れたことにホッとしながら村長はいそいそと衣服を着直していく。

 

「おじいちゃん……?」

「おお、エルザや。お前もこっちに来て騎士様にご挨拶なさい」

 

 その時、屋敷の応接室の入り口の扉の隙間からおずおずと姿を現したのが金髪のショートヘアーの小さな少女。

 村長がエルザと呼んだその少女はまるでよくできた西洋人形のような愛らしさが見られ、恥ずかしがるようにドレスの両裾をちょこんと持ち上げてウラヌスとタバサに頭を下げる。

 体を震わす無垢な少女を前に2人は返礼をするでもなく黙っていたが、少しの間を置いてウラヌスがのそのそと少女の方へと近寄っていく。

 

「コイツも調べさせてもらうぞ」

「そ、そんな……その子は勘弁してもらえませんか」

「知るか、万一このガキが屍人鬼だったりでもしたらそれこそアンタもタダじゃ済まんだろう」

 

 引き留めようとする村長にも鋭い視線を向けられてビクンと体を強く跳ね上がらせるエルザにも有無を言わさず、ウラヌスは右手でエルザの顎を持ち上げる。

 

「ひっ……あ……」

 

 大の大人ですらウラヌスの持つ冷徹な空気を間近で浴びれば恐怖を浮かべるのが常なのだから、

 エルザの様な年端もいかない少女がそれを受けたとなれば感じる恐怖も数倍であろう。

 だがウラヌスにとってエルザの恐怖がどうであろうとどうでもよいことでしかなく、ブルブル体を震わせるエルザの顎を掴み上げたまま、再びタバサに視線を送る。

 それを受けてタバサが先程村長にしたのと同じように、エルザの服を脱がせてから屍人鬼の証明である傷跡が無いかを確かめていく。

 無機質な4つの瞳に晒されるエルザは涙さえ浮かべて必死に体を震わせ続けながら確認作業が終わるのを只管に耐えている。

 やがてタバサが顔を上げてウラヌスをジッと見つめる、美しい陶磁器の様な少女の白い肌には傷跡一つ見られない。

 

「このガキもどうやら屍人鬼ではないようだ」

「そ、そうですか……それを聞いてホッとしました」

 

 くるりと振り向いてピシャリと告げるウラヌスの言葉に、村長は心底安心したかのように胸を撫で下ろしている。

 そのエルザはと言えば、確認を終えてタバサに服を着せてもらった直後、涙を零してダッと駆け出しすぐさま部屋からいなくなってしまった。

 

「失礼をお許しください騎士様、ですがそれも仕方のないことなのです。あの子は両親をメイジに殺されておりまして……」

「殺された、か。あのガキはアンタの娘ってわけじゃないのか?」

「はい……盗賊に身を落としたメイジに両親を殺され、たった1人で逃げてきたところを縁あって儂が引き取って育てているのです。それからもずっとあのように怯えるばかり……1年経った今でもあの子の笑顔を見たことはありません」

 

 辛そうに目を伏せて、一度でいいからあの子を笑顔にしてやりたいと話す村長。

 同じように純粋な笑顔を忘れ、人形として闇の仕事を担う存在であるタバサはその話を聞いて何を思ったのか、やはり無表情を貫くその姿からは察することはできない。

 

「ほう……」

「……?」

 

 ただ、そのタバサは任務に同行しているもう1人であるウラヌス。

 彼の目がエルザの過去を聞いた途端に意味ありげにそっと細められていたのを確かにその目ではっきり見ていた。

 

 

*

 

 

 ウラヌスとタバサは早速、犠牲者の出た家々を回って少しでも多くの情報を得るために調査を開始する。

 1人目の犠牲者が出て以来、どの家でも例外なく窓も扉も頑丈に打ち付けてあり、すり抜けでも出来ない限りは無傷で突破することなど不可能。

 それだけでなく村人が交代で寝ずの番も立てていたのだが、それすらも意味を成さず犠牲者が出る時は決まって突如として深い眠りに落ちてしまうのだとういう。

 タバサはそれを吸血鬼の行使する眠りの先住魔法と見立てを立てており、何の力も無い平民にその力に抗う術などありはしないということも理解している。

 

「入り口となる場所は塞がれたまま、となれば入れそうなのはそこくらいだが」

「特に怪しい物は見つからなかった」

 

 犠牲者の1人の家の中を調べるウラヌスが呟きながら見たのは、暖炉の中から顔を引き出したスス塗れのタバサの姿。

 1ミリほどの隙間も見られない家の唯一の侵入口と言えば、それこそ屋根の上に位置している煙突とそれに繋がる暖炉くらいの物。

 ウラヌスもタバサも同じように目星を付けていたが、狭い煙突を潜り抜けて侵入するとなると体格的な問題もあって外見が限られてくる。

 

「あの……吸血鬼はたくさんの蝙蝠に姿を変えると聞きますが……」

「それは迷信、吸血鬼に姿を変える魔法は扱えない」

 

 犠牲者の家族の問いに対してタバサは即座にそれを否定する。

 現代世界の伝承でも吸血鬼がコウモリに変化するという情報がいくつか流れていたりするが、

 生憎、タバサの知り得た限りではハルケギニアの吸血鬼にはそのような能力は備わっていないとのことだ。

 

「……何の騒ぎだ?」

「様子がおかしい」

 

 と、家族に問いを返した直後に聞こえてくるのはたくさんの怒声と足音。

 何重にも防がれた窓の隙間からウラヌスとタバサが外の様子を窺ってみれば、たくさんの村人が列を成して進行していくのが見える。

 それも、松明やら棍棒やらを片手にしている者たちもおり、何やらあまりよろしくない状況のようだ。

 確認の為にウラヌスとタバサも家を出て、村人たちが向かう方向へと付いていくように歩を進めていく。

 

「出てきやがれ吸血鬼め!!」

「そこにいるのはわかってんだ!! さっさと姿を見せたらどうだ!!」

 

 やがて辿り着いた先にあったのは村の外れに位置している一軒のあばら家。

 複数の村人たちがそこを取り囲んで口々に喚いており、中には窓ガラスに石を投げ込む者までいる始末。

 どうにも穏やかではないなと、ウラヌスとタバサが感じたその時、家の扉が外れんばかりの勢いで開かれる。

 

「失礼なことを言うなっ!! 誰が吸血鬼だってんだ!!」

「お前の母親に決まってんだろうがアレキサンドル!!」

「そうだ!! あのババアは1日中家に篭もりっぱなしでロクに表に出て来やしねえじゃねえか!!」

「お袋は病気で体が弱いんだっていつも言ってるだろう!!」

「嘘ほざくな!! どうせ日に晒されると肌が焼けるから出てこれねえだけだ!!」

「てんめぇ……!!!」

 

 あばら家から出てきた見た目40代程に見える屈強な男、アレキサンドルと村人たちの怒声が交差していく。

 病弱な母親を吸血鬼呼ばわりされた挙げ句に寄ってたかってのこの仕打ち、どんなに我慢強い人間でもこれは耐えきれるものではない。

 青筋を浮かべながらアレキサンドルは先頭にいた若い青年の胸ぐらを掴み上げて拳を向ける。

 一触即発、吸血鬼騒動の所為で気が立ち疑心暗鬼の強まっている村人たちの姿、ウラヌスとタバサもその眼でしかと見届けている。

 このままでは吸血鬼どころか村人同士の争いで、最悪サビエラ村が家から崩壊しかねないと言っても過言ではないようにさえ見えてしまう。

 

「そこまで」

「何だよコラ! 子供は引っ込んでろ!!」

 

 流石に見かねたタバサが争いの中心に割り込んで青年とアレキサンドルを引き剥がそうとする。

 どこの誰ともわからない少女に邪魔立てされて、青年は怒りの矛先をタバサへと向けるが、

 タバサがすぐ側にいるウラヌス、つまりは王国派遣の騎士の従者であることを理解すると、うっと一声唸ってその怒りを鎮めていた。

 

「こちらの騎士、私の主が吸血鬼を必ず討伐する。だから少し落ち着いてほしい」

「だったらコイツの家のババアを調べてくだせえよ騎士様!! きっとそいつが吸血鬼だ!!」

「お袋は吸血鬼なんかじゃねえって何度言えばわかるんだよ!!」

「黙れ!! テメエの首筋にだって噛まれた跡があるじゃねえか!! ならお前も屍人鬼でババアが吸血鬼、これで全て合点がいく!!」

「こ、これは山ヒルに噛まれただけだ!!」

 

 青年の言葉に周りの村人たちもそうだそうだと声を張り上げるばかり。

 確かに青年の言う通りアレキサンドルの首筋には何かに噛まれたかのような傷跡がぽっかりと2つ。

 といっても、村長の話を聞いた後ではそれだけでアレキサンドルが屍人鬼と決めつけることには繋がらない。

 だというのに村人たちは完全にアレキサンドルの母親も含めて、2人が事の元凶であると完全に決めてかかって譲らない。

 疑心暗鬼がどうこうというレベルの話ではなく、このまま放っておけば確たる証拠も無しに2人のことを殺しかねない空気が漂っている。

 

「お客さんかいアレキサンドル…………」

「おおっと、ちょうどいい所に出てきてくれたぜマゼンダ婆さん!!」

 

 更に都合の悪いことにあばら家からのそりと姿を現したのは全身に赤い布を纏う枯れ木のように痩せこけた1人の老婆。

 彼女こそが村人たちが吸血鬼であると疑い続けているアレキサンドルの母親、マゼンダその人である。

 表の騒ぎに耐えきれずに姿を晒してしまったマゼンダを見るなり、村人の1人が嬉々としてマゼンダの方へと近寄っていく。

 これ幸いとばかりに笑みさえ浮かべる村人のその顔は、息子であるアレキサンドルでなくとも醜いと評せてしまえるものだ。

 

「離せ、離しやがれ!! お袋に何する気だ!!」

「ちょっと牙があるかどうか見るだけだ、さあマゼンダ婆さん!!」

 

 数人の村人に抑え込まれて身動きの取れないアレキサンドルの目の前で、村人がマゼンダの顔を乱雑に掴み上げる。

 ガタガタ震える老婆の口を無理やりこじ開けるという行為に少しの抵抗も見せず、村人はマゼンダの口の中を念入りに覗き込んでいく。

 

「やめろつってんだろ!! お袋は牙どころか歯一本だって生えちゃいねえんだ!!」

「……確かにそうだったよ、けどな? 吸血鬼は血を吸う寸前まで牙を隠せるっつうだろ? これだけじゃ証明にならねえよなあ?」

 

 自分からマゼンダのへの凶行を行っておきながら、尚も歪んだ笑みを浮かべてこの言い草である。

 自分のみならずのあまりに惨い仕打ちに今度こそアレキサンドルは我慢の限界が訪れて、

 

「少し黙ってろ」

 

 ――その瞬間に、その場にいる全員の間に走る戦慄。

 何事かと思ってその発生源の方に一斉に目を向けた先に立っているのは、今まで事の有様を傍観していたウラヌス。

 浮かぶ瞳はまたしても、怒気を含んだ鋭く細められた物。

 村人たちの暴走にいい加減呆れはじめていたウラヌスは、たった一言でその場の空気を掌握していたのである。

 

「どいてろ」

「なっ……テメエまでお袋を疑ってるっていうのかよ!!」

 

 直後にウラヌスは先程の村人と同じように呻くマゼンダの顎を掴み上げて、口の中も含めてその全身をじっくりと観察していく。

 村人全員を瞬時に黙らせるほどのできる男の重圧を間近に受けるマゼンダは、さっき以上に恐怖に体を竦ませることしかできない。

 が、数秒もしない内にウラヌスはマゼンダを解放して村人の方へと振り向いていた。

 

「違うな。この婆さんは吸血鬼じゃない」

「な……そんな証拠がどこにあるってんだ!?」

「見ればわかる、牙が生えてる生えてない以前にコイツに人をどうこうする度胸なんぞ無い」

 

 怒れる村人の1人を前にしてもウラヌスは何のその。はっきりとマゼンダは吸血鬼ではないということを言いきって見せる。

 だが、王宮から派遣された騎士の言葉であろうとそれでも村人たちは止まらない。

 

「へん!! 今し方来たばっかの頼りになるかもわからねえ騎士に何がわかるってんだ!!」

「そうだそうだ!! 俺たちはこの村でずっとこの婆さんとアレキサンドルを見てきたんだぞ!! コイツらが吸血鬼じゃないなんてありえない!!」

「その通りだ!! お前みたいな優男の助けなんていらねえよ!!」

 

 口々に紡がれるのはウラヌスにさえその悪意を向けての言われなき言葉の数々。

 あまりの言い草に傍らに立つタバサでさえもそれは非常に醜い物として見えてしまう。

 このままでは吸血鬼討伐どころではないと、タバサが一歩前に出て口を開こうとする。

 

 

――ギィン!!

 

 

「……ッ!!」

「黙れ。いい加減その不快極まりない口を閉じろ馬鹿が」

 

 寸前、さっきのそれすらも比較にならない膨大なプレッシャーに異常な冷気と着弾音。

 村人はもちろん、タバサでさえも身を引いてしまったその原因となっているのは言うまでも無くウラヌス。

 タバサから渡された長杖を右手に、左手に握られた氷の銃で村人の目の前の地面を撃ち抜いて氷結を発生させている。

 

「例えばだ、如何に正体を隠そうとする吸血鬼であろうと目の前で今正に殺されそうだという状況下で大人しくしていると思うか?」

「殺されそうにって……、おい、アンタまさか!!」

「言っただろう、そこの婆さんからは何も感じないとな」

 

 言葉の意味が何であるかを察してしまったアレキサンドルの怒声が響く。

 マゼンダを掴み上げたウラヌスが眼前で浴びせたのは殺気、このままされるがままならお前を殺すという意思表示。

 ウラヌス程の強者ともなれば放つ殺気も尋常ではなく、どんなに群衆に身を潜めるのが得意な吸血鬼だろうとただでは済まない。

 だが、ウラヌスが見たのはただ恐怖に身を震わせる見た目通りの老婆でしかない。

 その時点でマゼンダが吸血鬼ではないとほぼ確信めいた物を得ていたのである。

 

「結局お前らは得体の知れない外敵に怯えるあまり、自分たちに抵抗できない都合の良い贄を求めて憂さを晴らしてるだけに過ぎん。あまりにも無様でしかない」

「な、なんだと!? いくら王宮の騎士だからってテメエなんぞに言われる筋合いは―――」

「黙れと言っている。既に9人もの血を吸いつくした吸血鬼、つまりはそこそこ力の蓄えもあるということだ。本当にその婆さんが吸血鬼で今この場で牙を向けてきたら、お前らは同じように婆さんを取り囲めたのか?」

「う、うぐ……!!」

「だろうな。つまりお前らの認識などその程度だろう、心のどこかで婆さんが逆らわないと、本当の吸血鬼じゃないと思っているからこういうことをする……正に愚者の群れだな。見ていて呆れ果てる」

 

 圧倒的なまでの重圧を放ちながらつらつらと話していくウラヌスの言葉に、今度こそ村人たちは何も言えなくなる。

 集団心理と思い込み、考えていることとは逆の確信、あらゆる要因が重なった上での村人たちの凶行、その全てをウラヌスは完璧に言い当てて見せていた。

 普通とは違う者への偏見、恐れ、それが人間を容易く悪鬼に変えてしまうという現実をウラヌスは熟知している。

 サイキッカーとして世間から隠れながら因縁の相手を追い続けていた自分がそうであるし、

 何よりもW.I.S.Eのリーダーである天戯弥勒はそういった現状に絶望し、世界を作り変えるべく崩壊を引き起こしたのだから。

 村人たちが誰をどう疑い勝手に暴走するかはウラヌスにとっては無関係である。

 ウラヌスの怒りの出所は、そんな村人たちの姿を間近で見せられて単純に自分が酷く不愉快な思いをさせられたからということに他ならなかった。

 

「吸血鬼を倒すのが俺たちの仕事だ、それを違えるつもりは無い。だがそれを成すまでにお前らが好き勝手やって俺を不快にさせるなら話は別だ。死にたくなければ口を閉じて大人しくしてろ」

「ぐ……ぐっ……」

「行くぞ、こいつらに付き合ってる時間など無駄にしかならない」

「………………」

 

 そんな不愉快千万な光景を前にウラヌスは溜まった鬱憤を吐き捨てるだけ吐き捨ててから、その場を離れていく。

 尚も何か言いたげに口を紡ぐ村人たちを前に、タバサは一連のやり取りを静止したまま見つめていたが、

 少しの間を置いて彼女もウラヌスの背を追うようにしてそこからいなくなるのであった。




原作での出番があまり多くないから正確には計りかねるけど
ウラヌスって気が長い方ではないけど、かといって気に入らない連中に即座に手を出すような奴でもないって印象。
尚、これがジュナスやドルキだったら(ry
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