サビエラ村での吸血鬼騒動の事後報告も終え、タバサとウラヌスはまたいつものように学院へと戻ってくる。
日が西へと沈み双月も顔を覗かせて、夕焼けの赤と夜の青が入り混じるそんな時間帯、
ガリアから支給された飛竜から降り、2人は正門を通って学院本島を目指すべく中庭を歩いていく。
が、その最中で見かけたのが何やらの騒ぎと2人にとっても見慣れている3つの人影である。
「あら、タバサにウラヌス。久しぶりで悪いんだけど今ちょっと立て込んでるから話はまた後で」
「……何をしている?」
「決闘よ、そっちにいるヴァリエールとね」
この世界に来てから何度、悪い意味でこのような理解の及ばない光景を見たことだろうとウラヌスはまたしても目を細めていた。
余裕の笑みを見せるキュルケと、少し離れた位置にはいつものように不機嫌そうな顔をしているルイズに、あとなぜか近くの木に逆さ吊りにされているサイトの姿。
何故このようなことになっているのかとタバサが追加で尋ねてみれば、キュルケから返ってくる答えはタバサにとっていつものこと。
何でも、今日ルイズはサイトを連れてトリステインの武器屋に剣を買いに行っていたということらしいが、
サイトにすっかり惚れ込んでいるキュルケがその後を追い、ルイズが買ったのより遥かに高級な剣を購入してサイトにプレゼントしようとしたとのこと。
それを主人であるルイズが断固拒否したことから言い争いが始まり、遂にはどっちの剣をサイトが使うかという話にまで発展。
で、それを決めるために取り行なわれているのが決闘であり、勝負内容がどちらが先に宙吊りのサイトのロープを切って彼を地上に落とすかという物。
誰がどう見たって10人中10人がサイトは完全なとばっちりであると答えるであろう、タバサは勿論、ウラヌスでさえそう思ってしまう。
「あのガキもそうだが、アンタの友人は何故事ある毎に絡んでいくんだ?」
「実家の関係」
思えば初対面の時も含めて、何かとキュルケとルイズがいがみ合っている姿はウラヌスも目にしている。
いがみ合っているというよりはすぐムキになるルイズのことをキュルケが余裕綽々の態度でからかって遊んでいるだけという風に表現する方が正しいかもしれないが。
ともあれ、挙げ句の果てに決闘騒ぎまで起こしている両者の姿を見ていると、ウラヌスとしても疑問が生じてしまう。
その問いに答えるのはキュルケの親友であるタバサ。
トリステインの名家であるヴァリエール家の領地は隣国ゲルマニアとの国境沿いにあり、隣接するようにキュルケの実家であるツェルプストー家の領地が存在している。
その関係でトリステインとゲルマニアが戦争を起こす度、両家は率先して国境沿いの敵と争いを繰り広げていたらしいのだ。
因縁はそれだけに留まらず、何でも歴代のツェルプストーの一族はヴァリエール側の恋人やら婚約者を幾度どなく寝取っているということも大きい。
そういうわけでルイズはキュルケ本人のみならず、ツェルプストー家に対して並々ならぬ憎しみを抱いており、
それを知っている上でキュルケもからかっているらしいので、彼女たち自身も因縁浅からぬ関係にあるということらしい。
「領地問題はともかくとして、寝取られたとかいう話は本人たちの問題だろう。一々突っかかる理由が全くわからん」
「この世界の貴族というのは、それだけ複雑」
自分のテリトリーのすぐ側に、いつ敵になるかもわからない連中が住みついている。
それは確かにウラヌスとしても、その相手のテリトリーに属している対象を快く思わないという意味ではわからなくもない。
だが、婚約者だの恋人だのを奪われたというのはルイズ本人の問題では無いし、そもそも気に入った人間1人ロクに押し留めておけない方が悪いとしか感じない。
つくづく以て自分たちがいた世界にいた有象無象以上に理解の及ばない感情だと、ウラヌスは呆れを強めるばかりである。
「……それに、自分の家族というのは、人にとってはそれだけ大切な存在」
「そんなものなどいない俺にはわからないし、わかる必要もないことだ」
「そう……」
降ろしてくれー、と情けない声を上げているサイトを他所に、ぽつりと呟くタバサにもウラヌスは淡々と返答するのみ。
実験体として試験管の中から生まれたウラヌスがその感情と想いを知らないのは至極当然な話である。
元からいない寂しさと、元からいた家族を引き剥がされる辛さ、そのどちらも人から見ればきっと悲しいことなのだろう。
が、まだ手が届くかもしれない自分とは違い、元から手を伸ばすべき対象すらいない方が辛いのかもしれないと、
またしてもタバサは胸の内のモヤモヤが大きくなるのを感じていた。
「ッ……? またアイツか、どうなっている……」
「彼女に何か感じる?」
「前の授業とやらで教師ごと部屋を吹っ飛ばした時と同じだ。あのガキが魔法を発動すると決まって妙な力を感じる」
原因不明の感情も軽く吹き飛ぶ爆音と衝撃、辺りにパラパラと土埃が舞う中、「殺す気か!?」などというサイトの怒声まで聞こえてくる。
何が起きたのかと言えば、ルイズがサイトのロープを切るために魔法を発動させたらいつもの如く失敗させ、
ロープではなくその背後にあった学院の城壁の一部を爆破してしまったらしい。
その際にもまたウラヌスは前と同じ、ルイズから一瞬だけ見える膨大な力の本流を感じ取ってもいた。
大雑把に見積もっても、今の自分すらちっぽけに思える力が何故、あんな落ちこぼれと称される少女から観測できるのか。
タバサやキュルケと同じく、ウラヌスがルイズのことに興味を示している理由がそれである。
「ロープじゃなくて壁を爆発させてどうするの! アンタって本当に何をやっても失敗させるのね、ゼロのルイズ!」
悔しそうに拳を握りしめて膝をつくルイズを前に勝ち誇ったようにキュルケは大笑いする。
それも束の間、キュルケはすぐさま獲物を狙う研ぎ澄まされた狩人のような瞳を浮かべて、杖先に魔力を集中させる。
狙う先は勿論、逆さ吊りにされているサイトのロープ、ただ一点のみ。
短くルーンを詠唱して放たれるのはメロン程の大きさの火球、火のトライアングルメイジであるキュルケの十八番とも言えるファイヤーボール。
一直線に違うことなくサイトのロープに直撃し、結び目の部分を燃やし尽くしてみせる。
「ほう、なかなかのコントロールだな」
「同じ学年の中でも、彼女はかなりの手練れ」
「アンタと同じで本当の意味で優秀なメイジということか」
「お褒めの言葉ありがとうねタバサ、ウラヌス♪」
頭から墜落してくるサイトにタバサがレビテーションの魔法をかけ、落下の衝撃を和らげてゆっくりと着地させる。
外聞でしか聞き及んでいなかったキュルケの力量について、ウラヌスも少しではあるが評価を高めていたようである。
友人とその使い魔のやり取りはキュルケの耳にも入っていたようで、にこやかに笑みを浮かべながら2人に向けてヒラヒラと手を振って応えていた。
完全敗北を喫したルイズはと言えば、未だに膝をついたまましょぼくれたように肩を落として顔を深く俯かせている。
「……とりあえず、このロープをさっさと解いてくれないか?」
「ええ、喜んで」
上機嫌のままキュルケは地面の上で体にグルグルに巻きついたロープで身動きが取れずに懇願するサイトの方へと歩み寄っていく。
しかし、その瞬間にキュルケとサイトの上空を覆うように巨大な影が姿を現していた。
「え……ちょ、ちょっと待って何よこれ!?」
「な、なんだよこのバカデカいのは!?」
「ちょ、早く逃げなさいよ!!」
「お前らが俺をロープで縛ったんだろうが!!」
キュルケもサイトも、新たに駆け寄ってきたルイズが大慌てになるのも無理からぬこと。
3人の背後から迫ってきていたのは全長数十メートルはあろうかという巨大な土のゴーレムの姿。
その場にルイズたちがいることなどまるでお構いなしという風にのそりのそりと、近づいてきている。
このまま往生していれば確実に全員ゴーレムの脚に踏みつぶされてペチャンコだ。
「……世話の焼ける連中だ」
「危険」
間一髪、3人の下へと滑り込んできたウラヌスとタバサがその手を引いて、体を抱えて離れていく。
直後、3人のいた場所にズシンと大きな音を立ててゴーレムの脚がめり込んでいた。
そのまま学院の方へと近寄って行ったゴーレムは、先程ルイズが誤って破壊した城壁に只管拳を打ち付けている。
「それで、あのバカデカいのもお前らと同じメイジの作り出したものなのか?」
「たぶんだけど……恐らくは土のメイジが操るゴーレムだと思うわ」
「あれほどの大きさだと、恐らく最低でもトライアングルクラス」
「成る程」
呆然と見つめる他の者たちと違い、やはり一定の興味がありそうな瞳でウラヌスはゴーレムの破壊活動を観察している。
キュルケとタバサが答えたように、土の塊とはいえ数十メートル規模のゴーレムを作り操るとなると、並のメイジには絶対に出来ない芸当である。
つまりは、そのゴーレムとそれを操るメイジもまた、ウラヌスが求める自分が闘うのに値するこの世界での強者の1人かもしれないということ。
それがわかった時点でウラヌスは、壁の一部を破壊し終えて動きを止めているゴーレムの方へと一歩を踏み出す。
「ちょ、ちょっとアンタ、何するつもりよ!」
「決まっている、あの土人形がどれほどの物か試させてもらう」
「なっ……バカ言ってんじゃないわよ!? そっちのバカ犬と違ってちょっとは腕に覚えがあるんでしょうけど、平民なんかにあんなのがどうにかなる筈ないじゃない!!」
「そ、そうだぜ! 無理しないでここはいったん退いて……」
背後でルイズとサイトがウラヌスに対して引き留めようと言葉をかけているが、ウラヌスは全くお構いなし。
未だにその力の一端をライズだけしか見ておらず、ウラヌスの力を殆ど知らないルイズからすればその行動は無貌どころか馬鹿の世迷い事にしか聞こえていない。
サイトにしてもウラヌスとは殆ど接点が無い故に、ゴーレムを相手に有効打があるとは考えられずに、ウラヌスの行動が無茶にしか見えていない。
行動に示していないだけで、キュルケも大方は前者2人と同じような考えを抱いている。
「舐めるなよ、俺があれくらいのヤツに遅れを取るか」
だからこそ、その実力の程を知っているタバサだけは、これから行うウラヌスの行動で3人の考えがどれだけ見当違いかを知ることになるだろうと確信をしていた。
それを見せつけるかの如く、ウラヌスは右腕を高々と掲げてバーストを発動、形成されるのは巨大な氷の投槍。
数秒もしない内にウラヌスは状態を捻り作り上げた槍を投擲、弾丸の如く放たれたそれは一直線にゴーレムの方へと向かっていく。
ガキィン!!
けたたましい音と共に氷槍はウラヌスの狙い通りの場所へと吸い込まれていく。
直撃するのは右足の付け根、貫通と同時に冷気が舞い散りゴーレムの右脚の殆どは凍りつく。
更にはそのままバランスを崩してゴーレムは右脚から崩れ落ち、あっという間に元の土くれの山へと戻ってしまっていた。
「……フン、思った以上に脆かったな」
「う、そ…………? な、なに……いまの……」
「あ、アンタも魔法使い……?」
「ウ、ウラヌス……あなたって本当に何者なの?」
敵を仕留めたことに喜ばないどころか不満さえ浮かべているウラヌスのすぐ後ろで
ルイズもサイトも、キュルケでさえ目を白黒させて目の前の男の超常的な力を呆然と見つめる事しかできない。
同じ人間の使い魔という以上の共通点しか無かったサイトもそうであるし、
ルイズとキュルケにしても初めて目にするウラヌスの
杖すら使わずにトライアングルどころかスクウェアにも匹敵しかねない氷の力の行使。
あまりに無茶苦茶なソレに完全に言葉を失ってしまっていたのだ。
だからこそ、ゴーレムを操っている者にとって幸運だったのが、ウラヌスが制作者自身には無頓着だったことと、
ウラヌスの力に目が釘付けになっている3人と、同じようにその光景を見つめているだけのタバサのおかげで、
どうにか目的の品を盗み出してまんまと逃げおおせることが出来ていたといことであった。
*
土くれのフーケと言えば、ここ最近でトリステイン中の貴族を騒がせている盗賊メイジとして非常に有名な存在であった。
行動パターンが実に多彩、白昼堂々貴族の邸宅を破壊したこともあれば、一般的な怪盗のイメージ通りに闇夜に紛れてこっそりと仕事を完遂することもある。
神出鬼没でそれでいて大胆、正体不明の大怪盗の存在は王宮の騎士の大きな悩みの種の一つとなっているのである。
わかっていることは二つ名の通り土属性のメイジにして、錬金で制作した巨大なゴーレムを用いて盗みを働くこと。
時のはその錬金の魔法でターゲットの屋敷や倉庫の壁や扉を固定化の魔法すら跳ね除けて土くれに変えて容易に侵入してしまうこと。
そして最も特徴的なのは、まるで自分の存在を誇示するかの如く、毎回犯行現場にサインを残していくことだった。
『破壊の杖、確かに領収いたしました、土くれのフーケ』
学院の破壊された城壁の内部、つまりは宝物庫だったその場所に例のサインが残されていたこと。
その内容通りに学院の秘宝である破壊の杖がさっぱり無くなっていたことも合わせて、
あの時ルイズたちを襲ったゴーレムの制作者は怪盗フーケだったということが判明することになる。
そういうわけで翌朝、学院内はハチの巣をつついたかの様にてんやわんやの大騒ぎになってしまっている。
学院長室に集められている教師に混じって、直接犯行現場を目にしていた5人も呼ばれていた。
由緒正しいトリステイン魔法学院内に賊の侵入を許した挙句に、巨大なゴーレムで壁を叩き壊すというあまりにも大胆な戦法に加え
更に宝物庫にあった破壊の杖を易々と取られてしまったとあっては教師たちも開いた口が塞がらない。
「ええいっ! 衛兵たちは何をしていたというのだ!!」
「所詮は平民だ、あのような者たちなどアテになるか」
「昨日の当直は確かミセス・シュヴルーズだった筈だ、この責任はどうしてくれるのですか」
「そ、そんな……わ、わたくしその……」
で、召集された教師陣が繰り広げていることといえばお互いで責任の擦り付けあいである。
衛兵が悪い、当直の教師が悪い、いやいやその他にもあれがこれがの繰り返し。
床に泣き崩れるシュヴルーズの姿も合わせて、流石のルイズたちも苦い顔、ウラヌスはいつものように我関せずで呆れの混じる瞳を浮かべるばかり。
「これこれ大の大人が揃いも揃って見苦しいったらありゃせんわい、メイジの集う魔法学院に賊が侵入するなどありえない、そう思っていたワシら全員の失態じゃろうに」
その醜い大人の争いを一言で鎮めてみせたのが、この学院の長であるオールド・オスマンによる一言であった。
実年齢もわからない立派な白い長髪とヒゲを生やした老メイジ。
普段は職務をサボりがちなだけでなく、使い魔のネズミ、モートソグニルでセクハラ行為を働いたりするなどとんだダメ人間振りを発揮していたりもするが、
流石に学院中を揺るがす非常事態の只中とあっては、学院長という肩書に恥じない真面目な態度で取り組んでいた。
「それで、犯行現場を直接見ていたのは君たち5人だという話じゃが」
「はい、オールド・オスマン」
その上でオスマンは自分たちのすぐ側に控えていた5人に問いかけ状況の説明を求める。
突如として姿を現して宝物庫の外壁を破壊して、中の破壊の杖を盗んで逃げおおせていたフーケのこと。
だが、それ以上に説明に詰まるのはゴーレムがどうして崩壊したのかということについて。
「……それを行ったのが、そちらにいるミス・タバサの使い魔だと、そう言いたいわけじゃな?」
「はい……間近で見たあたしも俄かには信じ難い話だということは重々承知しているのですが……」
言いにくそうに事のあらましを話すキュルケを前にして、オスマンもウームと唸りながら口髭を弄っている。
周りにいる教師たちもその話を聞いてざわざわと話し声を立てながら、その全員がウラヌスの方へと視線を向けている。
以前の決闘騒ぎの折、ウラヌスの存在については教師陣の間でも度々話題になっていたのだが、
いくらなんでも、あの土くれのフーケの作り出した巨大ゴーレムをたった一撃で行動不能にして見せたなどと聞かされても全く実感が湧いてこない。
腕利きのメイジですら相対したらタダでは済まないだろうに、魔法も使えない人間にそんなことができるのかと。
「まあ、事の真偽はともかくとして今は今後のことじゃ。ゴーレムは止めらたとはいえ肝心のフーケ本人には逃げられてしまったわけじゃからな」
「学院長、そういえばミス・ロングビルの姿が見えないようなんですが……」
とまあ、疑念を浮かばせる教師たちの話題を逸らす意味でもオスマンはパンパンと手を叩いてそんなことを口にしていた。
続け様にオスマンの側にいたコルベールが進言するのは、この場に唯一いない学院関係者について。
「オールド・オスマン」
「おお、ミス・ロングビル、どこに行っていたのですが! 重大な事件ですぞ!」
その言葉に答えるかのように学院長室に姿を現したのが、緑髪で眼鏡をかけた温和で理知的な雰囲気を持った女性。
オールド・オスマンの秘書にして彼のセクハラ被害を最も被ってもいるミス・ロングビルである。
周りの教師とは違う落ち着き取り払った彼女を前に、コルベールが大袈裟な身振り手振りでまくし立てていた。
「申し訳ありません。ですが、怪盗フーケ出現の一報を聞いて今朝方から調査をしていたものですから」
「調査じゃと? もしかして、フーケのことについて何か得られたのかね?」
「はい、フーケの居場所についても情報を得ています」
「なんと、仕事が早いのうミス・ロングビル、して詳細は――」
そのロングビルがもたらした情報はオスマンのみならず、他の全ての教師陣やウラヌス除くルイズたちにも注目を集めるだけの物。
ロングビル曰く、今朝方から1人で調査を進めていった結果、近隣の農民などから情報を入手。
それを纏めていくと、フーケと思わしき黒いローブの怪しい人物が森の中の小屋へ入っていったらしいとのことだった。
(……臭いな、この女)
が、この報告に教師の多くがよくやったと称賛を浴びせている中、ウラヌスは1人でロングビルに対して多大な違和感を感じていた。
確かにロングビルの言っていることに極端に怪しいと思える点は無かったが、どうにも話が上手くいきすぎている気がしてならない。
そもそも件の土くれのフーケというのは現在世間を騒がせている大盗賊だという話。
つまり、対象も自分の特異性など自覚している筈なのに、わざわざ行きがかりの農民などに姿を見られたりするものなのかと。
何よりそれ以上にロングビルから漂う僅かなナニカ、群衆に紛れての潜伏や崩壊世界をかけ続けてきた経験など。
もっとわかりやすく言えば数日前に闘った吸血鬼エルザと似通う物を、ウラヌスはロングビルから感じ取っていたのだ。
尤も、学院の事情などウラヌスにはやはり無関係のことなので、わざわざそれを口に出したりはしなかったが。
「では捜索隊を編成する、我と思う者は杖を掲げよ」
次第に話は魔法学院の問題である以上、学院内の人員で解決するのが筋だろうという流れになり、オスマンが宣言するが
教師陣の誰もが困った顔をしながらお互いの顔を見やるばかりで誰も志願しようとはしない。
曲がりなりにも魔法学院の教師という、生徒よりも力量も経験も遥かに豊富な者たちが揃いも揃って尻すぼみをしているという有様。
「何じゃおらんのか情けない、これは自分の名を上げるチャンスでもあるんじゃぞ?」
その点に関してはオスマンも同じ心境だったようで呆れたように再び周りを見渡しながら言葉を重ねる。
そして同じように情けないと思いながらも、却って都合が良いという考えに至った者も1人いたりするのだが。
「私が行きます」
「ミス・ヴァリエール!! 貴方は生徒ではありませんか」
「けど、先生の皆さんは誰も杖を掲げないじゃないですか」
「ルイズ、お前……」
……その1人、ウラヌスが口を開く前にさっと杖を顔の前に掲げていたのはルイズであった。
驚いて声を上げるシュヴルーズにも、ルイズは意志を曲げることなく下唇をキュッと噛みしめたまま凛々しい声で言い放っていた。
真剣そのものな雰囲気を放つ少女の姿に、普段こき使われっぱなしのサイトも度々感じるルイズの元来の美しさを見つめていた。
「ミス・ツェルプストー、貴方もですか」
「ヴァリエールに後れを取るわけにはいきませんもの」
続けて杖を掲げてみせたのはこれまた生徒で目撃者の1人でもあるキュルケである。
今度はコルベールが驚いた声を上げていたが、キュルケはふんと鼻息を鳴らしてルイズを見ながら堂々と言葉を発して見せる。
常日頃は優位に立つことが殆どとはいえ、ルイズがそうであるようにキュルケもまたルイズは因縁の相手なのである。
「タバサ、あんたは別に来なくても大丈夫なのよ」
「心配、それに……」
更にキュルケの隣にいたタバサもまた表情を変えることなく杖を静かに掲げてみせる。
付き合いのそこそこ長い友人の気遣いに感謝しながらもキュルケはやんわりと言葉をかけていたが、
タバサもまた短い言葉で返しながら、視線を側にいるウラヌスへと向ける。
「きっと彼も、ついていくと思うから」
「聞かれるまでもない。そのフーケというヤツが同じようにあの規模のゴーレムを作り出せるのなら、もう少し試してみる価値がある」
細められた視線でその場に響き渡るウラヌスの言葉はどこまでも自分本位の物。
生徒どころか貴族ですらない、平民の戯言の筈なのにその場の誰もが反論を口にすることができない。
キュルケの報告したフーケのゴーレムを一撃で仕留めてみせたという謎の平民。
ウラヌスが発する膨大なプレッシャーに圧されとあっては、並大抵のことでは抗うことができないだろう。
「ほっほ、みな頼もしい限りで何よりじゃ。魔法学院は諸君らの努力と貴族の責務に期待する、よろしく頼むぞ」
重苦しい空気を打開するように再びオスマンが口を開き、志願した3人に対して言葉をかける。
学院長直々のそれに対して3人は三者三様、それぞれ真顔で杖を前に突き出しながら「この杖にかけて!」と唱和をし、スカートの裾を掴んで恭しく一礼する。
サイトは慌てて見よう見まねで同じように頭を下げていたが、やはりウラヌスだけは無反応である。
「目的地まで馬車を用意しよう、ミス・ロングビル、すまんが勇敢な彼女たちを手伝ってやっておくれ」
「もちろんですわ、オールド・オスマン」
次いでオスマンは傍らに立つ秘書のロングビルに手助けを頼み、ロングビルもその申し出を快諾する。
そして決めるべきことも決め終えて、その場の全員が各々の目的の為に散り散りになっていくが
「…………」
タバサに連れられて学院長室を出る寸前、僅かに顔を逸らしたウラヌスは尚も疑念の瞳を薄く人の良さそうな笑みを浮かべるロングビルへと向けていた。