capture1始まり
炎上する街並み、際限なく広がる炎は、さながら火炎地獄と言ったところか。
「お前はここで待ってろ、俺が呼ぶまで絶対顔を出すなよ…… 俺があいつらを叩き潰して、すぐに帰ってくるからな」
まだ火の手が回っていない路地裏で、一人の少年が捨てられていたタンスに話しかける。少年は別に虚言癖がある訳でも、タンスに特別愛着がある訳でもない。
タンスの中から返答はないが、この中には彼にとって唯一の肉親たる妹がいるのだ。
ハッキリ言って勝ち目はない。
それでも、例え勝つ確率が限りなく零に近ろうとも、逃げる事は出来ない。後ろには、守るべき存在がいるのだから。
タンスに触れたまま数分。覚悟を決めた少年はタンスから手を離し、振り返る事もなく路地裏から飛び出した。
「やれ、デストーイ・ホイールソウ・ライオ。力の差を弁えぬ愚者を切り裂けっ!」
「ぐぁぁぁっっっ!!!」
飛び出して数分、冷徹な死刑宣告と共に少年の断末魔の叫びが木霊する。
それを耳にしても、少女はタンスから顔を出す事はなかった。
兄は約束を破る事などしない。だから全てが終わった後には自分のところへ帰って来てくれる。
そう、信じていた。信じ続けていた。信じる事で事実に変わると思っていた。
街に、雨が降ってきた。それは炎上する炎を消火し、生き残ったものに破壊が終わった事を主張する。
一人、また一人と大通りに姿を晒す。彼ら彼女らに生存の喜びを噛み締める余力も、近くの人と抱き合い感動に咽び泣く気力もない。
むしろ、廃墟と化した街が放つ絶望的なまでの存在感、そして昨日まで当然のようにいた友を、家族を、恋人を失ったという喪失感からか、地に伏せ啜り泣く人が徐々に増えていく。
そんな人々を、少女は虚ろな眼差しで見ていた。否、厳密には視界に入っているだけで、彼らの事など眼中にない。
「兄……さん……」
兄は帰って来なかった。だがそれでもタンスの外に出たのは兄が自分の事を忘れたからであり、断じて信じていない訳ではない。
そう少女は自分に言い聞かせる。
だがそんな儚い希望を砕くように、ある物体が少女の視界に入った。入ってしまった。
人にぶつかるかどうかなどお構い無しに少女は走る。息を切らして、全力で。そして物体の前で止まった。
「嘘……だ……」
そこにはばら蒔かれたデッキと使い古された決闘盤が落ちていた。ライフカウンターが表示しているのは0。この数字は
見間違えるはずもない。これは兄の決闘盤だ。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ……!」
それでも現実を拒絶するように、少女は同じ単語を繰り返す。
だが目の前にある決闘盤が放つ質量は、百万の言葉をも軽く凌駕する。
そして一枚のカードに目が映る。それが、限界だった。
決壊したダムのように感情が溢れ出し、少女は天を仰いで泣き叫ぶ。
それに答えてくれるものは、いなかった……
デュエルモンスターズ。
それはモンスター、
一見シンプルに感じるルールだがその実、数千種類にも及ぶカードプールから己の目指す方向性に沿うよう四十枚少々のデッキに纏め、無限に派生する相手の策を掻い潜る必要のある複雑なゲームだ。
ある大企業が立体映像ーーソリッドヴィジョンーー技術を利用した決闘盤を開発してから、人気が爆発。今では多くの
その中で誰かの教えを乞いたいと願うものが増えるのは自然な話だ。プロ決闘者養成機関ーーデュエルアカデミアーーが設立したのも、ある意味では世間が望んだ結末なのかもしれない。
「
向かい合うように席が置かれている職員室。外からは夕焼けが差し込み、室内はややオレンジ色に変色している。
中年の太り気味な先生の前には生徒が二人立っていた。
「えぇっと……実技の点です、かね?」
自信なさげに答えたのは、左で綺麗に立っていた細長い生徒。眼鏡にかからない程度に前髪を伸ばし、赤を基調とした制服に身を包む彼の名前は、山城勤。
先生は山城の言葉を手を振って否定する。
「実技は問題ねぇよ。山城は平均以上だし、遊羽に至ってはラーイエロー相当の成績だよ」
「つう事は俺ら、ラーイエローに編入っすか!?」
軽薄な声を出したのは山城の隣、先生の前でありながら明らかに重心を偏らせた姿勢の男。左目を隠す程に伸ばした白髪で山城と同じデザインの制服を着崩した彼が、玉露遊羽。
先生は嘆息して右手で顔を覆った。遊羽はその動きを不審に思うと、先生が先の言葉に返答する。
「あぁ、俺も勧めたいよお前らの事……これがなければな」
先生が左手を突き出して紙を二人に見せた。
そこには二人の名前が書かれたテスト用紙があった。赤で書かれた点数の多くは赤点をやや下回っている。遊羽の名が書かれたものの中には、一桁のものまで存在していた。
「国語、英語以外はこのざまってどういう事だよ……特に遊羽。お前、せめて数学はどうにかならないのか」
「いやぁ、決闘で使うのは加減乗除までですし……」
遊羽は右手で頭を掻くが、頬には冷や汗が滴っている。彼の返事に先生がため息をついたのは言うまでもない。
「とにかく、筆記がこのままなら、お前らずっとオシリスレッドだからな。そこは覚悟しとけよ」
「はい……」
山城は自信なさげに答える。この状況ではそうするのがベターだろう。これはある種の警告なのだから。
だがそんな山城を尻目に、遊羽は何故か快活に口を開いた。
「万年レッドの男がプロ……これかっこよくね? どう思います、
外から鴉の鳴き声が聞こえる。山城にはそれが遊羽を馬鹿にしているように感じられた。
「遊羽ぁ……お前よくあのタイミングであんな事言えるなぁ……」
「なんせ鱈尾先生のお墨付きだぜ、ラーイエロー相当ってな。お前こそ自信持てよ山城、そんなんじゃドローの神様とかに嫌われるぞ」
夕焼けに染まる空の下、校門を潜り遊羽と山城が下校する。
アカデミアの原形となった施設は太平洋に浮かぶ孤島をそのまま利用した大規模なものだったらしい。アカデミアが全世界に広まった現在では、自宅から通うという事が一般的だが、中には今でも寄宿舎を利用するものも多いと聞く。山城は自宅から、遊羽はマンションを借りて一人暮らしである。
二人が談笑していると、樹の物陰から新たな人物が進路を遮るように姿を現す。
「わっ!」
「うおぉっ!」
「うげぇっ!」
危うく転倒しそうになった山城。反射で一歩後ずさった遊羽。どちらも驚きは一瞬で、すぐに脅してきた人物に合点がいく。
両者の総意を口にしたのは、遊羽だった。
「……脅かすなよ、祭」
「えへへ、驚いた?」
祭と呼ばれた少女は目の前で笑顔を向ける。動きに合わせて、頭頂部にある猫耳を連想させる茶髪が揺れた。
「二人ともタラちゃん先生に呼ばれてたでしょ。何話してたの?」
タラちゃん先生とは女子生徒の中で広まっている鱈尾のあだ名、らしい。無論授業中にその名で呼ぶ事は皆無で、鱈尾が何か特別な反応をする事もないために女子との交友がなければその名を知る機会はない。
興味ありげに顔を近づける祭に、遊羽は自信満々に答えた。
「俺らの実力はラーイエロー並だから、今度編入手続きするってさ」
「嘘っ!?」
「嘘つくな」
次は祭が驚愕を顕にし、即座に山城が突っ込みを入れる。
「実際は筆記が酷いから無理だってさ」
「そう……」
心なしか、祭のテンションが下がった気がした。二人と離れる可能性を考えたのか、それとも自分のタクティクスは二人に劣ると教師に思われたのが不服なのか。
それをどういう意味に捉えたのか、遊羽が人一倍大きな声を出した。
「んな暗い顔すんなよ! とりあえずいつもの公園でやりまくろうぜ!」
ニヤつく遊羽が持ち上げたのは、現行世代のアカデミア支給規格の決闘盤。
何をするかなど、これを見せるだけで大体察しがつく。
決闘盤を見て山城は笑い、祭も気持ちを切り替えた。
「そうだね。今日こそ負けないよ、遊羽」
「へへ、面白いじゃん……!」
「二人とも、私を忘れてもらっては困りますねぇ」
三人の近くに一筋の風が吹く。捲り上がらないように祭はスカートを抑え、遊羽と山城は目に砂が入らないよう腕で守る。
けたたましいサイレンの音とともに、車道を高速でバイクが走り抜けた。
「そこの決闘者! 指定の場所以外での決闘は許可されていない、止まりなさいっ!」
三人が視線を上げると、デュエルポリス仕様のバイクとその前で散るガラの悪い男達の群れがいた。速度の差を考慮すれば、男達が次に再開するのは拘置所の中だろう。
「最近、取り締まりも増えたよなぁ……」
不意に山城は呟いた。
ただでさえソリッドヴィジョンのせいでスペースを取る上に、決闘の許可が下りている場所は基本超満員。増設するスペースも今の
「ルールを守って楽しく決闘! してもらわないと、ルール守ってる私達まで悪い目で見られちゃうんだよねぇ」
「全くだ」
祭の発言に遊羽は同意する。
こんな下らない事を言い合いながら繰り返される毎日。それがずっと続くと思っていた。
就職だの進路だの、そんな未来の事は知らない。今が終わらなければいい、それこそお互いのターンを繰り返して、デッキがなくなりかければ何か使って補充して、そんな端から見れば退屈な展開を楽しんで繰り返す。
そうなると思っていた。今日、あの時までは。
「それじゃあまた明日ぁ」
「ちぇー、殆んど勝てなかったぁ。帰ったらデッキ調整しよ……」
「まぁ精進したまえよ、ハッハッハッ」
それが落ち込む女子に対する男子の対応か。
そう山城が突っ込む前に、祭の手が遊羽の頭を叩いていた。遊羽はオーバーなリアクションをするが、仮に本当だとしても自業自得である。
「いてぇなぁ、この馬鹿力っ!」
「なんですと、このチビっ!」
「いや、そろそろ帰ろうよ。二人とも……」
既に夜の帳は下りており、五芒公園にももう三人しか残っていない。
時間を思い出したのか、ハッとして祭は遊羽に背を向けた。それに習って山城も帰路につく。
時折祭は振り返って、明日は負けないぞだの、覚えてろだの、遊羽への因縁めいた事を連呼した。
「あぁ、楽しかった!」
遊羽は独り言を口にして、二人とは違う方角へ向かう。
街灯によってのみ照らされた道筋は、どこか薄暗く無意識の内に恐怖を煽られる。街灯の加護下にない茂みなど、何かが飛び出して来てもおかしくない。
そんな恐怖心を誤魔化すために、遊羽は努めて街灯の範囲内へ意識を集中した。
突然、電気が走ったような激しい音が公園中に響く。
「ん? なんだ今の音……」
当然そんな音が遊羽の耳に届かぬ訳がない。音の感じからして山城や祭が帰った方角とも違う、だが遠くはない。
つられるように空気が破裂する爆音がして、遊羽は全速力で現場へ駆けた。現場へ行く途中、激しい向かい風に一瞬足が止まる。
現場は公園の中央付近、さっきまで三人で代わる代わる決闘していた場所である。
そこには視界を遮るように砂煙が舞っていた。十メートル先もマトモに視認する事が出来ない。
「なんだこりゃ……誰か、誰かいますかぁ!」
遊羽は叫んだ。こんな訳の分からない現象に巻き込まれてしまえば、無事である保証はない。だから叫んだ、誰も巻き込まれていない事を祈りながら。
「見つけたぞ……! やれ、サウザンド・ブレードっ!」
女性らしいかけ声とともに煙を裂いて遊羽の前に姿を現したのは、数え切れない程の刃を背負った銀甲冑の鎧武者。右手に握っていた一際長い刃が、躊躇いなく遊羽に向かって降り下ろされた。
「おわぁっ!?」
右に飛ぶ事で凶刃を回避したが、驚愕は一切収まらない。
元来、ソリッドヴィジョンはどこまでいっても立体映像。例え現実と一寸の誤差もなかろうと、実体は持たない。だから思わず回避した凶刃も現実には遊羽の身体をすり抜ける。はずであった。
だが現実は舗装されたフィールドを破壊し、迸るエネルギーは激しい亀裂を刻み込む。
「嘘……だろ……!」
遊羽の戦慄は当然のものだ。もはやこれソリッドヴィジョンではなく、ただの実体である。
サウザンド・ブレードが下がり、煙の奥に潜む人物の元へ、さながら護衛の騎士のように付き従う。
そこにいたのは一人の少女だった。薄く青みがかった短髪と恐ろしく鋭い眼差し。黒を基調とした服装こそ男を思わせるが、線の細さなどは確かに少女のものだ。そして左腕には稼働状態の初期型決闘盤があり、プレート部には一枚のカードが置かれていた。
「さぁこい、融合使いっ! アタシが叩き潰してやるっ!」
「はぁっ?!」
何故こいつは俺が融合使いである事を……
いや、そこではない。そもそも何故、初期型決闘盤を使い質量を持った実体化を成せる。更には何故、謎の爆音の震源地にいるのか。遊羽の中での疑問は尽きない。
その態度に業を煮やしたのか、少女はカードをデッキに戻すとボタンを操作して遊羽の方へと伸ばす。
すると、遊羽の決闘盤に異変が生じた。
「え、え? なんだよおいっ!」
何の指示も出していないのに決闘盤が展開して、デッキがシャッフルされる。ライフカウンターにも4000と表示され、決闘の準備が整った。
「決闘しろってのか、おい……?」
「当然だ。さぁ早く起きろ、融合使いっ!」
やるしかないのか……?
遊羽は立ち上がり、構える。逃げる事が出来ないのならば、返り討ちにするしかないだろう。
「さぁ、いくぞっ!」
「……!」
遊羽は息を飲む。覚悟を決めるために。
「「決闘っ!!!」」
二人は同時に宣言し、戦いの幕が開かれた。
はい、ヌルです。
散々引っ張った挙げ句、決闘パートは次以降ですが、これからもこういう感じになると思います。
ご了承下さい。