それらに追い詰められ、山城のライフは風前の灯火となった。
遊羽、祭、そして少女にトゥル。
皆が見守る中、山城のターンが回ってくる。
名蜘蛛:LP2500 伏せ0 手札0
山城:LP500 伏せ0 手札2
モンスターの数は間違いなく山城が有利、手札も消費し切っている名蜘蛛よりも二枚残っている山城の方が余裕がある。
だがしかし、心理的には圧倒的に山城が押されていた。原因は結界の外、名蜘蛛の背後に君臨する一体。
地縛神Uru。
オレイカルコスの結界の加護を受けた、攻撃力3500のダイレクトアタッカー。実体化したナスカの地上絵。
現状で対策が取れない以上、山城にはドローカードに全てを賭けるしか残されていない。
「俺のターン……ドロー……!」
ドローの反動で揺れる身体を気力で抑え、手札に加えたカードを確認する。
希望は、繋がった。
「魔法カード発動、一時休戦っ……!」
「あれは……!」
「次の相手ターン終了時までダメージを与えられない代わりに、お互いに一枚ドロー出来るカード……!」
名蜘蛛は表情を歪めて、山城に殺意の籠った視線を向ける。
「けっ、時間稼ぎかよ……んな悪足掻きは止めてさっさと神の生け贄になりやがれやテメェっ!」
例え神でもこの効果は無視出来ない。だからこそ、山城にとっては逆転に繋げるための布石足り得る。
二人は改めてカードをドローした。これでダメージは与えられない、それでも山城はバトルフェイズに突入した。
「バトル、カオスエンドマスターでスパイダートークンを攻……!」
「おおっと、結界の効果だ。俺のフィールドに表側攻撃表示のモンスターが二体以上いる時、お前は一番攻撃力が低いモンスターを攻撃対象に出来ない! そら来いよ、つってもUruも攻撃対象にゃあ出来ねぇけどなぁ。ヒャハハッ!」
「……ならここでターンエンドだ……」
名蜘蛛の挑発を意図的に無視して、山城はターンを放棄する。そして努めて頭を冷やす。
あまりにも条理を越えた出来事が連続したせいで、一週回って今では平静だ。頭に向かっていた血が額から流れているのも関係しているのかも知れない。
不用意な攻撃、神智の使用を焦り、その結果がこれだ。だから落ち着け、山城。
自身に言い聞かせ、そして決闘終了まで倒れぬ覚悟で名蜘蛛を睨む。
「俺のタァン、ドロー……なんだぁその目は、今から逆転でもするつもりかぁ? 残念だが神はこっちについているんだぜぇ、もお諦めてサレンダーしちまいなよヒャアーハハハハハッ!」
「御託はいいから……早く続けて、よ……!」
名蜘蛛の嘲笑を意に返さず、山城は進行を促した。それが再び名蜘蛛を猛らせる。
「だったら続けてやるよ、バトル! やれ、地縛神Uru、カオスエンドマスターを吹き飛ばせぇ、ヘル・スレッドっ!」
濁流の如き蜘蛛の糸がカオスエンドマスターを飲み込み、あまりの高圧に圧殺する。
ダメージはない。しかしそれはライフポイントへのダメージであり、衝撃という物理ダメージを抑える事は叶わない。
「うっ……あぁぁぁっ!!!」
「山城っ!!!」
「もう止めてぇっ!!!」
一層強く壁に押し付けられ、山城は苦悶の叫びを上げる。遊羽が叫んで壁を叩くのも、祭が決闘の中断を望む声を上げるのもお構い無しに。
それを見て少女は三歩分、結界から距離を取った。そして二人にだけ聞こえる小声で告げる。
「結界から離れろ……!」
地の底から響くような声に遊羽が振り返ると、少女の横で今まさにサウザンド・ブレードが召喚されようとしていた。
実体化するカード。そう、これはこの結界と同じではないか。
そんな遊羽の気持ちに配慮する気配など微塵も見せずに、少女は召喚した戦士に指示を飛ばす。
「サウザンド・ブレード! このふざけた結界を破壊しろっ!」
紡がれた言葉は破壊。それに答えるように、サウザンド・ブレードは得物を固く握り締め、結界目掛けて振り下ろす。
「危ねぇっ!」
「えっ、キャッ?!!」
遊羽は今振り返った祭の元へ飛び込み、長刀の射程外へと逃れる。僅かに靴を掠り、ゴム底を数ミリ削った。
必殺の思いで振り下ろされただろう長刀は、しかし結界を庇うように割り込んだペーテンを両断するに留まる。
「いけないな、決闘中の決闘者を妨害するなど。これでは決闘者などと呼べはしまい」
いつの間にか、トゥルは少女と調度対になる位置に立って、勿体振った口調を向けた。その真意こそ闇の仮面に阻まれ分からないが、警告の意味を含んでいる事くらいは判断出来る。
少女は歯噛みしてトゥルを睨みつけた。その表情は、まさしく苦虫を噛み潰したと表現するに相応しい。
「大、丈夫……です」
掠れる山城の声が少女の耳に届く。
「少しは格好、つけさせて下さい、よ……!」
「女庇ってヒーローごっこかぁ? ガキかよ、ヒャハハッ! 俺はタァンエンドだぁ。さぁ逆転してみろよ、ヒーローくぅん!」
名蜘蛛:LP2500 伏せ0 手札2
山城:LP500 伏せ0 手札3
勝利を核心して高笑いする名蜘蛛。山城にはそれが典型的なやられ役にしか感じられない。
そう、ガキだ。友達庇ってらしくない無理をして、ボロボロでもう倒れたいのにダサいからそれが出来ない。
皆は自分に冷静な人物像を浮かべているだろうが、実際は遊羽に負けず劣らずのガキだ。ただ自信を持てず主張をしない、それだけである。
「遊……羽、俺でもここから逆転、出来るよな……?」
「……何言ってんだ、出来る出来ないじゃねぇだろ。逆転しろよ! こんな訳分からん奴はぶっ飛ばして、明日も俺らと決闘しろ、負けて退場とかふざけたオチつけんじゃねぇぞっ!」
鼓舞なのかそれとも挑戦状か。どちらにせよ、その言葉を待っていたと言わんばかりに山城は目を開き、壁から離れた。
自信が湧く。友達からの声援が、地縛神とやらの放つ威圧感を凌駕する。もはや、あらゆる不安要素を持ってしても山城を縛る事は叶わない。
「俺のターン、ドローっ!」
手札は四枚、フィールドには三体のアーティファクト。
試していない策を試すには十分過ぎる布陣だ。
「墓地に存在するギャラクシーサイクロンの効果発動っ!」
「墓地から効果だと?」
「墓地発動かっ!」
「墓地から効果なんて……!」
「……!」
「なるほど……」
驚愕、衝撃、感嘆、沈黙、納得。それぞれが反応を示して、山城を見いる。
最初のターンの手札抹殺。奇しくも、この始まりは名蜘蛛が使用した魔法によってであった。
「このカードをゲームから除外する事で表側表示の魔法、罠カードを一枚破壊する。俺が破壊するのは……オレイカルコスの結界っ!」
光を掻き消すように竜巻が舞い上がり、結界の存在が揺らいだ。
それに呼応してUruもどこか存在が薄らいでいき、名蜘蛛は顔を地に向けた。そしてゆっくりと顔を上げる。
その表情は、笑顔であった。
「バァカァかぁ、テメェはぁっ!!!」
竜巻を吹き飛ばし、一段と結界が怪しい輝きを放つ。結界を通じて力を得たのか、Uruも大気を震わせるおぞましい咆哮を上げた。連動するように名蜘蛛も哄笑を凱歌の代わりとする。
「オォォォォォォォォォッッッ!!!」
「ヒャアアハハハハハハッッッ!!!」
「なんで、なんで結界が……?」
自然と漏らした遊羽の疑問に答えたのは、外野であるはずのトゥルであった。
「これは惜しい。もしも、オレイカルコスの結界に一ターンに一度破壊されない効果がなければ、彼の勝ちであっただろうに……悲しいな、なんと哀れな結末か」
その勿体振った口調からは、いう程嘆きの類は感じられない。代わりに呆れの感情がにじみ出ている。
呆れの対象は誰なのか。
それを問うものはなく、トゥル自身も答える事なく決闘は展開する。
「……俺はアーティファクト・アイギス、そしてアキレウスの二体でオーバーレイ!」
「レベル5でエクシーズ召喚……!」
次に口を開いたのは少女だ。
一部の例外を除けばエクシーズモンスターは、ランクが高い程ステータスが強大になっていく。なにせ素材の調達が大変なのだ、その分のリターンはあって然るべきだろう。
そしてトゥルは遊羽達に気づかれぬように踵を返すと、右手に握る魔法カードを決闘盤にセットし、音も出さずに消滅した。
「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚!
妖精の加護受けし英雄の剣よ。その輝きを
ランク5/光属性/天使族/攻2400
渦の底から現れたのは、モラルタやベガルタさえ凌駕する神威を帯びた剣。赤と青のラインと黄金の柄が特徴的な、英雄が担うに相応しい逸品。
このカードこそ山城勤のエースモンスターにして、この決闘に引導を渡す一振り。
「ヒャハハ! 今更たかが2400のモンスター如き、神の敵じゃあねぇんだよ! 恐怖でまともに計算も出来なくなったかぁっ?!!」
「そんな事、分かってる……更に手札から死者蘇生を発動!」
山城のフィールドで表になったのは、誰もが一度は聞いた事がある魔法カード。墓地に存在するありとあらゆるモンスターを復活させる輪付き十字架。
だがUruはダイレクトアタッカー。フィールドのモンスター数など問題ではない。
「だぁかぁらぁ、いくら雑魚並べても神には……!」
名蜘蛛の言葉が途中で止まる。それは表になったはずの死者蘇生のテキストにノイズが走ったからだ。
思わず決闘盤を見るが違法改造されている以上、外から見ても原因は分からない。
「決闘盤の故障じゃない、これがアーティファクト・デュランダルの効果だ! フィールドで発動したモンスター効果、通常魔法、通常罠の効果を書き換える事が出来る! その効果は……!」
相手フィールド上の魔法、罠カードを一枚選んで破壊する。
書き換えられた死者蘇生のテキストには、確かにそう書かれていた。
「そ、それがどうした。オ、オレイカルコスの結界は破壊されないぃ!」
「一ターンに一度ならな!」
狼狽する名蜘蛛の言葉など関係ない。何故なら既に先程、トゥルが確かに口にしたのだから。
一ターンに一度破壊されない効果がなければ、と。
「いけ、デュランダル! リライティング・エフェクト!!!」
デュランダルへ向けて死者蘇生から光線が放たれ、赤と青のラインが一層激しく輝く。そして六芒星が刻まれた大地に一閃。
煌めく軌跡が結界の放つ怪しい輝きを凌駕して、法則が崩壊した。
「やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
一度入った亀裂は名蜘蛛の懇願も無視して拡大していき、ガラス細工のように砕け散った。
土地に縛られた神が、加護していた土地が崩壊した後も残れる道理はない。Uruも黒の肉体を霧散させ、始めから何もなかったかの如く消滅した。
「神、神、神……」
名蜘蛛は茫然自失で同じ単語を繰り返す。戦意は失せているかもしれないが、サレンダーはまだ受けてはいない。
「ベガルタを攻撃表示に変更してバトルだ! アーティファクト・ベガルタでスパイダートークンを攻撃!」
アーティファクト・ベガルタの攻撃力は1400。一方、スパイダートークンの元々の攻撃力は僅か100。
なんら苦もなく剣は蜘蛛を両断し、爆発させた。
名蜘蛛:LP1200
名蜘蛛は決闘などもはや関係ないと言わんばかりに体勢を崩さない。ある意味では不気味だが、山城の中に恐怖はない。
「これで最後だ。アーティファクト・デュランダル、ローランスラッシュ!」
まるで実際に誰かが扱っているかのような軌道を描き、デュランダルが名蜘蛛も袈裟懸けに切り裂く。
名蜘蛛:LP0
名蜘蛛が膝から崩れ落ち、敗北を告げるアラームが鳴り響いた。
どうも、作者のヌルです。
決着です。やっと決着です。ここまで長かったです。
次回こそは出来るだけ早く投稿したいですね。