だがそれは終わりではなく、ようやくスタート地点へ立てる事を意味する。
超常の現象とともに……
「やった……終わった……!」
決着がついた事で緊張の糸が切れたのか、山城が手札を落として膝を地につける。左腕に巻きついていた鎖は、名蜘蛛の敗北と同時に力なく地面に落ちていた。
後少しで倒れるところを支えたのは、遊羽と祭だ。
「おいおい、本当に大丈夫か。山城」
「まぁ、意識を失わない程度には……」
遊羽からの声かけに、顔を向けて答える山城。声は消耗しており、額には多量の汗がにじんでいた。
祭は山城から手を離すと、彼が落としたカード風に飛ばされる前に拾う。そして三枚のカードを確認した後、すっとんきょうな声を上げた。
「えぇぇぇ! 残りの手札全部モンスターだったの?!!」
「あぁ、最後に引いたのが死者蘇生だったんだ……」
「それさぁ……」
「ウウウァァァァァァァァァァァァ!!!」
遊羽が思った事を口をしようとした時、この世の終わりで聞こえるような、そんなおぞましい叫びが鼓膜を震わせる。
三人は叫びが聞こえた方角、名蜘蛛の方を向き、そして異常な光景を目の当たりにした。
「アァァァァァァアアァァァァァァ!!!」
仰向けになっている名蜘蛛の全身から赤黒い光が溢れ、宙に浮遊する三枚のカードに奔流となって集約していく。
オレイカルコスの結界。地縛神Uru。スパイダー・エッグ。
どれも山城との決闘で使用され、その効果を持って彼を苦しめたカードだ。
「これはどういう事だ、答え……! 奴はどこに行ったっ?!!」
少女は声を荒げるが、既に仮面の男は影も形もなくここからいなくなっていた。
仮面の男が渡したカードならば、この現象も当然知っていると判断した少女だが、肝心の仮面の男がいなければ問いただす事も不可能だ。
そうこうしている間にも三枚のカードは名蜘蛛から何かを吸収して赤く染まり、直感的に臨界状態を連想させるまでになっている。ここから何が起こるのか、誰にも理解が及ばない。
「なんだお前……!」
「アタシの後ろから出るなっ!!!」
だが少女だけはここから起こる最悪の事態を想定して、まだ動かない遊羽達の前で壁になった。
少女一人を盾にするなど、まだ万全の状態である遊羽には到底許容出来る事ではないが、少女の剣幕に押されて動けない。
限界を迎えたカードが乾いた破裂音とともに弾け、360度に隈無く赤黒い光を撒き散らす。
「えっ!」
「遊羽っ?!!」
死を覚悟した遊羽はせめて二人は巻き込まないよう、無意識に山城と祭の盾となった。これでどうなるとも思えないが、確かに直撃するよりはましだろう。
殺到する死。その衝撃に備えたがしかし、一向に背中へ何かが当たる感触はない。
おそるおそる遊羽が振り返ると、少女の前に神聖さを感じさせるバリアが張られていた。注視すればバリアは半球状に広がっており、山城達の僅か後ろまでをカバーしている。
「ホーリーライフバリアー。これで問題はない……」
「お前……!」
助けてくれたのか。
そう口にしようとした遊羽だが、バリアの向こうの光景に言葉を失った。
生えていた雑草は例外なく枯れ果て、廃工場は百年の時を越えたかのように劣化している。爆心地にいた名蜘蛛からは老人のように若さが欠落し、その周囲には痙攣している無数の男女が倒れ伏していた。
これが決闘の結果? これが、こんな被害をばら蒔くものが決闘?
遊羽が信じ、またこの世界の人々が信じてきた決闘はこんなものでは断じてない。もっと楽しく、アドリブだらけの劇に参加するような、ワクワクするもののはずだ。これは決闘ではなく、戦場にカテゴライズされるべき事象であろう。
だが同時に、先の決闘がトリガーとなってこの現象を起こしたのも事実である。
「どこか、邪魔が入らない場所はあるか……」
遊羽は今の言葉を発したのが少女だと気づくのに数秒。そしてその意図に気づくのに数秒の時間を要した。
少女は話そうとしているのだ。自身の事、仮面の男の事、そして遊羽達が巻き込まれた事を。
山城と祭と視線を合わせ、遊羽は返答する。
その返答は、少女の期待通りのものであった。
境界がなく、また輪郭がない空間。世界と呼ぶには曖昧過ぎて、無と呼ぶには色が鮮やか過ぎる場所。
その名は異次元。世界と世界の狭間にある、世界になれなかった場所。
そんなともすれば上下の感覚さえ狂ってしまう空間を、トゥルは歩いていた。
宙に浮かんでいる状態故に、歩くという表現はもしかしたら誤りかもしれない。が、足を上げて前に出し、そして後ろ足を上げる動作を歩行以外に何と表するべきなのか。
「フム……」
トゥルは無音で空間を叩きながら、思案にふけっていた。
先程までいた世界は、過去にトゥルが行き来した世界と比べて平和な部類に入る。普段なら一笑の元に立ち去っていたが、今回は珍しい出来事に出会えた。
脳裏に浮かぶのは、青みがかった短髪の少女。かつて別の世界でトゥルを目撃したもの。
異なる世界間の移動方法を確立した世界をトゥルはまだ知らない。カードを使用した移動は未だにトゥルのみに許された特権である。
「過去に取引したものの横流しか……いや」
口に出した事を自ら否定する。
確かに世界間移動用のカードを取引した事はある。だが渡したのは決まって片道、ないし一往復分だ。
まだ残りカスとなったカードを解析されたと考える方が自然だ。そしてそれなら既に異次元で邂逅を果たしているはず。ならばどうやって……
「まぁ、そこは別段問題ではない」
商品は他にもある。商売敵が出たところで、目的の妨害さえされなければ何ら構わない。
そう結論づけ、思考を切り換える。今はそれ以上に思慮すべき事がある。
「ウィークス、か」
あの少女の街に侵攻した勢力。当時、トゥルの行動方針とたまたま重なったために接触を図ったが、まさか別の世界でその名を口にする必要が出るとは。
彼らを利用する。それは悪い話ではない。
平和な世界で効率的に取引を行う最も簡単な方法。それは敵対者を仕立てる事だ。
今の全力では対抗出来ない、だが対抗出来なければ敗北するだけ。ならばどうする、まさか指を加えて敗北の瞬間を待つなどという事はあるまい。
答えは一つ、力をつける。
そして急を要する時は、当然ながら長期的な方法ではなく短絡的な方法が選ばれやすい。
敵対者の役割に当て嵌めるなら、ウィークスは適任だろう。彼らに慈悲という概念はない。老若男女一切の区別なく、そこにいる決闘者の尽くを狩り尽くすだろう。
そう、狩り尽くす。その一点が唯一にして最大の問題だ。
「あまりに一方的では話にならないが、さて……」
もしもウィークスが一斉にあの世界に向かえば、ろくに抵抗する事も出来ずに機能を停止するに違いない。それこそ、少女の街と同様に。
それはそれで困る。ある程度は拮抗してもらわなければ。
「闘争を煽りつつ、戦線を拮抗させる……私の腕の魅せどころ、というべきか」
そうこぼすと、仮面の奥で薄く笑った。
ウィークスの現在の動向を掴んではいないが、大方見当はついている。
彼らが存在する世界へ向かうトゥルの足は、その脳裏が思い描く凄惨な舞台とは裏腹に軽やかであった。
その世界は、赤かった。
得体の知れない水晶で構築された山、遥か遠くに伺える海、頭上に広がる空さえも血の如き赤に染まっている。
「おい新入り、退屈だしいっちょ決闘しようぜ!」
見渡す限りの赤い世界の一角、禍々しい
彼がいる間は宮殿の最深部。言わば玉座の間である。そこにはローブを身に纏った彼の他にも六人、計七人の人物がいた。
「……」
彼が話しかけた存在は無言。ローブに隠れた姿では、表情さえ判断がつかない。
肩を落とす彼だが、即座に別の人物に声をかけた。
「そうだイズミ! おい、決闘しろよ。なぁ、いいだろぉ!」
「えぇ、パスで」
「つか、決闘決闘うっせぇよボーデン。こっちは眠くてしょうがねぇんだよ」
ボーデンと呼ばれた少年に苦言を呈したのは、眠け眼をこする男。目の下に刻まれたクマは深く、見た目以上にボーデンとの歳の差を感じさせる。
二人から否定された挙げ句に文句まで言われ、いよいよ意気消沈したボーデンだが、玉座付近からの声に顔を上げた。
「まぁ、焦るなボーデン。私が今開発している次元跳躍システムが完成すれば、いつでも狩りのし放題だ」
声の主は玉座に座する男を除けば、唯一ローブを身につけてはいなかった。代わりに白衣を纏っており、黒縁の眼鏡や切り揃えられた灰色の髪と合わせて知的な印象を他者に抱かせる。
「黙れよ化学者気取り。俺がしたいのは決闘であって狩りじゃあねぇ」
ボーデンの口から出たのは先程までとは一転して、嫌悪に満ちたもの。
それは狩りという表現に対してなのか、それとも化学者気取りと称される彼自身へ対してなのかは分からない。
「フン……表現を変えた所で、内容は変わらんがな」
「まぁまぁ、喧嘩は止して下さいよ」
二人の仲裁を図ったのは、玉座に位置する男であった。言葉と同じく表情も柔和で、狩りとは無縁の人物にも見える。少年と勘違いされる程に童顔であり、触角のように後方へ伸びた二本の髪を除けば紫色のセミロングというべき髪形であろう。
だがしかし、そのような平和主義者がこの宮殿の玉座に座する事が果たして可能か。
「チッ……!」
ボーデン達から一歩引いた位置に立ち、今まで無言を貫いていた男が舌打ちとともに憎悪に燃える眼差しを向けた事がその疑問への回答だろう。
そして玉座の男が座ったまま、化学者へ顔を向けた。その表情は新しい玩具を買ってもらう子供そのものだ。
「で、その次元跳躍システムはいつ頃完成しますか?」
「そうですね……後は移動に用いる異次元での存在定着と限定的な世界の壁の破壊、そしてカードサイズへの小型化ですね」
「なーんだ、まだ全然じゃないですか」
男は大袈裟にリアクションすると、露骨に機嫌を悪くした。
それに化学者の額に青筋が立つのもお構いなしだ。
「んな面倒な事するくらいなら、トゥルって奴との連絡手段でも確立して下さいよぉ」
「……いつまでも奴に依存する訳にはいきません、それでは足下を見られる」
「なんでもいいですよ。大体、彼は未だ対価を要求した事がありませんし……」
男は目をつぶる。目蓋の裏にフラッシュバックしたのは、炎上する街。
逃げ惑う人々に半ば強制的に決闘を挑む自身達。それは戦いと形容するより、確かに狩りの方がしっくりくる。戦いとは実力がある程度拮抗しなければ成立しないのだから。
記憶があっていれば、ボーデンは自ら挑んできたもの以外に一切手を出さなかったか。
「勿体ない、アレをもう一度楽しみたいですねぇ……」
男は独り言を漏らすと目を薄く開き、一人へ視線を向ける。
「そうは思いませんか、
視線の先には、最初にボーデンが話しかけた存在がいた。
どうも、作者のヌルです。
決闘パートは考えるまでなら楽しい。ただ文章にすると労力がおかしなレベルで上がる。
そういう意味では通常パートの方が書くのは楽に感じますね。
当然、個人差はあるのでしょうが……