capture1語られる過去
一筋の光も通さない曇天の闇夜、都市部の明かりだけが爛々と輝く五芒市の一角。
賑わいからやや外れたそこに、一つの寂れたマンションが建っていた。四階建てだが全ての窓から輝きはなく、活気など遥か昔に失われた事を如実に謳っている。
その内の一つ。最上階の窓から主の帰還を示す明かりが溢れた。
「ほら、ここなら問題ねぇと思うぜ」
最初に部屋へ足を踏み入れたのは主たる遊羽だ。その背後には山城、祭、そして少女が立っている。
部屋はあまり広い方ではないが、四人が座れるだけのスペースは確保されていた。そもそも、奥に置かれているテレビと部屋の中央にある机以外に何もものがない事が一因だが。
四人は無言のままに座った。形としては右から遊羽、山城、祭、机を挟んで反対側に少女だ。
「それじゃあまずは……」
名前でも聞こうとした遊羽だが、少女の前に突き出した掌に遮られた。
何事かと怪しむと、少女はいきなり頭を下げた。額を床にこすりつけ、教科書に見本として載りそうな土下座のポーズを取っている。
対応出来ていない三人の前に、少女が口を開く。
「玉露遊羽、山城、祭、三人とも済まなかった……! 全てはアタシが玉露遊羽を間違えて襲ったばかりに、こんな事に巻き込んでしまった……!」
それは謝罪の言葉。誠心誠意、自らの行いを悔いての行為だ。
何かを言おうにも、先に謝られてはどうしようもない。結果的に山城と祭は何かを発する事も出来ずに、ただ土下座している少女を見るしかない。
沈黙を破ったのは、遊羽だった。
「俺を襲った事はもういいさ。そっちが何も考えていないチンピラならともかく、何か考えがあっての事みたいだし、反省もしている訳だし」
「だがそれでは……!」
「だがじゃねぇよ、こういうのは被害者の考え優先でいいだろ」
むしろ被害者以外がとやかく口を出す方がおかしい。
少女が自身の行いを悔いているのは、向こうから現状を話そうとした事や開口一番に謝罪をした事から明らかだ。
ならば取り返しのつく段階だし問題ない。少なくとも、遊羽はそう考えた。
「お前らもそれでいいよな」
言い、遊羽は左に首を回す。
「やられたのは遊羽だし、お前がいいなら俺もいいよ。正直、名蜘蛛の件は巻き込まれたと言われても実感わかないし」
「まぁ、二人がそう言うなら別に……」
祭は何か言いたそうであったが、実際に口にしなかったという事は彼女もいいという事なのだろう。
少女は顔を上げると三人を順番に見た。その表情はどこか呆けているようである。
「はい、という事でこの話は終わり! さぁ、いい加減そっちの名前教えろよ」
拍手を一つし、遊羽はわざと大きな声を出して続きを促す。
はっとした少女は、改めて自身の名を名乗った。
「そ、そうだな……アタシの名前は
「よろしくな、黒木。なら次は俺の番だな。前も名乗ったけど、玉露遊羽だ」
「呼ばれてたの聞いたのかもしれないけど改めて、俺は山城勤」
「……六条祭、よろしく」
アヤメは意外と言える程、すんなり話を聞いている。正直なところ、第一印象が最悪であった遊羽はここまで話が成立するとは思っていなかったのだ。
これなら聞き出せるだろう。そう遊羽は判断し、最初の疑問点を口にした。
「まず一ついいか?」
「あぁ、構わない」
「じゃあ、俺との決闘の後呟いていたのはなんだ? まさか、とかそんな感じの言葉が聞こえたが……」
これは初めて会ったあの日からずっと、頭の中で引っかかっていた事である。状況的には違う、と続くのが妥当だが、それならそれで何が違うのか。遊羽には知る権利がある。
遊羽の質問に対して、頬を気持ち赤く染め、恥ずかしそうにアヤメは答えた。
「そ、それは……勘違いだって事だ……」
「え? なんだって」
だが声は消え入りそうな程に小さく、現にアヤメ以外の耳には届いていなかった。故に遊羽も耳を近づけ、聞き逃さない体勢を取る。
「だから……勘違い、だ……」
「ごめんもう一回言って」
「だぁかぁらぁ、アタシの勘違いだと言っているだろう!!!」
同じ問答を計三回、結果としてアヤメは遊羽の耳元で大声を出して三度目の回答とした。
遊羽は近所がいるなら間違いなく苦情を言われていただろう声によって、大きくのけぞり壁に頭をぶつける。重い音が部屋に響き、そしてぶつけた部分をさすった。
山城と祭がその一部始終を見ている。遊羽は素早く起き上がると、息を荒げているアヤメに食いついた。
「お前、いきなり大声出す事はないだろ!」
「仕方ないだろ、何回言っても聞こえてないんだから!」
「だからってあんな声じゃあ、鼓膜破れるわ!」
「じゃあ一回でちゃんと聞きなさいよ!」
「聞こえる声出せよ!」
「何さ……!」
「はい、そこまで」
息がかかる程に近づいた二人を遮るのは、左から視界に入った左腕。二人は同時に顔を向けると、呆れ顔の山城がそこにいた。
「その調子じゃあ、いつまで経っても話が終わらない。で、黒木さん、誰と遊羽を勘違いしたんですか?」
山城の言う事は尤もだ。
彼女がしたかった話は、遊羽との他愛のない会話ではないはずなのだから。
アヤメは山城の質問に沈黙をもって回答とした。表情も遊羽と話していた時よりも暗く、口にしたくはない話題なのかもしれない。
「これだけは聞かなきゃならない。そうじゃないと何に巻き込まれたのか判断もつかない」
「そう、だな……」
重い口を開くアヤメ。だがその言葉は誰にも予想出来ないものであった。
「分からないんだ……」
先程とは違い、次はきちんと全員の鼓膜を震わす音量であった。それなのに、誰もまともに意味のある言葉を発する事が出来ない。
分からない? 何が。
そう口にする事も出来ずに数秒浪費し、そして再びアヤメが言葉を続けた。
「い、いや、分からないと言っても全く知らない人物という訳ではない! ただ、名前も分からない以上、どう皆に言えばいいのか……」
「お、おう、そうだな……じゃあ特徴言ってくれよ、特徴」
遊羽はそう提案したが、それでもアヤメの発言は彼らの想像の遥か先であった。
「特徴か……デストーイという融合モンスターを扱う。今日知った事だが、ウィークスという組織に所属している……アタシが知っているのはそのくらいだ」
愕然。ただその言葉でしか三人が抱いた感情を表現出来ない。
こんな情報だけで個人を特定する事など、例え稀代の名探偵でも不可能だ。過去に食べた味だけを頼りに特定の食材を探すのにも等しい。
特定テーマを使用する決闘者という情報はそれだけ曖昧なものである。
「ええっと、その人とどういう関係な訳?」
思わず祭は呟いた。当然と言えば当然の疑問だ。
これだけ曖昧な情報で探しだそうとするなど、生半可な関係ではない。それこそ個人の因縁で済む域ではなく、ほぼ確実に他者が関わっている。
一つ迂闊な点を上げるとすれば、とても思わずで聞いていい話題ではなかったという事だろう。
「……」
空気が変わった。刃のような、触れるもの皆傷つける鋭いものへと、アヤメを中心に。
アヤメは喋らず、ただ目の奥に激しい炎を燃え上がらせる。
「アタシの住んでいた街を……兄を……奪った……!」
そう語り、アヤメは己の過去を話し始める。今から一年前の、忘れる事など出来るはずのないあの日の事を。
赤の世界。骸の宮殿。災禍の基点。
そこに君臨する七人の魔人達は、常に顔を合わせている訳ではない。むしろ一同に介する事の方が珍しく、大抵は宮殿内で点在して、有事の際のみ集まるといった形だ。
「ふぁー、眠い……全く、用がないなら呼ぶなっての……」
宮殿内に存在する廊下の一角に、目の下に限りなく深いクマを浮かべる男がいた。目的は自室へ戻り、一秒でも早く惰眠を貪る事だ。
彼の部屋には複数の世界で購入した安眠グッズがあり、寝るのに困るという事はまずあり得ない。
だが彼がそれを堪能するのは、もう少し時間を必要とするだろう。
「ん?」
彼が何かを発見して足を止めた。それは彼の足止めを目的にするかの如く出現した、稲光の伴う虚空の穴である。
いくらこの世界が通常とは異なるとはいえ、こんな事が日常的に起こる世界を拠点とする訳がない。そして彼はこの現象に思い当たる節があった。
「罠発動、異次元からの帰還」
続く言葉も、そこから姿を現すだろう人物も、彼は過去に目撃している。
「なんでよりによって俺の前に出て来るんだ、トゥル……」
彼は退屈そうに口にして、色の存在しない穴を睨みつける。
穴から出現したのは、やはり予想通りの人物であった。
「おぉ、会いたかったですよトゥル!」
玉座の男は、まるで数年来の親友にでも会ったかの如く笑顔を浮かべてトゥルに近づいた。
トゥルもそれに握手で応じる。表情は仮面に覆われ判断がつかないが、纏う雰囲気は穏やかなものだ。
「チッ……解散だと思ったらこれだよ……」
彼はその様子を見て、思わず愚痴る。幸いとでも言えばいいのか、デーボン達の耳には届いていなかった。
他の連中はいいよな、来た道を戻るだけで済んだのだから。こっちはトゥルを玉座まで連れていった挙げ句、他が来るまで待つ羽目になったのだ。
「いや、いざ寝ようとして妨害されるよりはマシか……」
一人呟く彼を置き去りにして、玉座の男はトゥルに親しげに話しかける。売人ではなく、それこそ友のように。
「トゥル! 早速だが頼みが……!」
「いや、まずはこちらの話を聞いて欲しい。安心したまえ、貴方の渇望と私の要望は重なる」
男の言葉を遮りながら、トゥルは自らの意思を話す。
それに違和感を感じたのは、付き添いのように男の側に立つ化学者だ。ささくれ立つような小さな違和感、喉に魚の骨が引っかかるような不快さ。
「一つ、ただ一つの世界に侵攻してもらいたい。もちろんこちらが移動に手を貸し、必要ならば手段を渡してもいい」
「それは願ってもない機会だ、ならばさぁ、早くカードを……!」
「少し冷静になって欲しい。重要なのはここからなのだ」
再び男の言葉を遮るトゥルが手に持つのは、フィールド魔法のアイコンが刻まれたカードであった。
「
「あの世界はどういう訳か、世界として極めて不安定なのだ。輪郭が他と比べて、アメーバのように流動している。その影響か、他の世界からも招かれざる客が来訪していた。そのような不安定な空間で貴方達が一斉に決闘を行えば、ほぼ間違いなく世界が負荷に耐えきれず、最悪の場合自壊してしまう」
そうなれば、世界の内にいる存在は例外なく異次元に飲み込まれ消滅するだろう。
言葉にこそ出さないが、トゥルが言いたいのはそういう事である。
「えぇ、それでも構いま……!」
「ちょっと待って欲しいな」
次に男の言葉を遮ったのは、付き添いの化学者であった。男に睨まれるが、化学者は構わずにトゥルに疑問をぶつける。
「何故そのような危険な世界を?」
「貴方に話す必要性があるとは思えないが」
「危険な場所に向かうのだ、説明を望むくらい当然だろう」
化学者の訴えは当たり前ではある。むしろ、今の話を聞いた上でなおも二つ返事で肯定出来る男の方が異常だ。
余程隠したい事でもあるのか、トゥルは顎に手をやり暫し思考すると、観念したようにため息を一つ。そして左手を振るうといつの間にか、手品のようにカードが握られていた。
「仕方あるまい、貴方を黙らせるにはこれしかない。何も聞かずに協力して欲しい。協力してくれるのならば、報酬にこれを追加するのもやぶさかではない」
「おぉ、棚ぼたではないですか。どうせ貴方が一人でチマチマ研究するよりも、オリジナルをベースにパクっちまう方が遥かに手っ取り早いですし、もう断る理由がありませんねぇ」
トゥルに反応した男の口から吐かれる言葉は、化学者への配慮という概念が失われた悪辣かつ純粋なものだ。
そもそも男はこの組織の現リーダーなのだから、化学者一人の反論程度なら強権でどうとでもなるのだ。わざわざあんな事を言うまでもなく。
「……好きにすればいい、私は次元跳躍システムの研究が出来れさえすれば構わんよ」
負け惜しみのように吐き捨てる化学者だが、庇うものは誰もいない。
他に反対意見を口にする人物もおらず、組織としての方向性は決まったようなものである。
「アハハハっ! さぁ張り切って行きますかぁ、あの日以来のウィークス本格侵攻ですよ!」
無邪気な、少年のような笑みとともに男は歩く。トゥルの発言を無視して、過去のあの日が脳裏をよぎる。
奇しくもそれは、アヤメが遊羽達に彼女の世界に起きた悲劇を語るのとほぼ同時期であった。
どうも、作者のヌルです。
所謂過去編にして、動き出す物語です。
過去編といっても次で終わる予定ですけどね。
見てくれている皆さんも次回をお楽しみに。