奪われたものと奪ったもの。
二人は同時に回想した。
悲劇の原点を、稀にみる愉悦を。
あの日、アタシ達の街ではデュエルモンスターズの大会が行われていた。それは年に一度行われる、世界各国から決闘者が集まる大規模なものだったから、他の街の人達も大勢コロシアムに集まっていたの。アタシも超満員の中、無理をして最前列のチケットを取ったわ。
参加者の中に、アタシの兄さんもいたから。
黒木 カタナシ:LP500 伏せ1 手札 0
アジマ ケン:LP400 伏せ0 手札 0
「いくぞ、ラグナ・ゼロで攻撃力の下がった闇より出でし絶望を攻撃!」
No.103神葬零嬢ラグナ・ゼロ
ランク4/水属性/天使族/攻2400
闇より出でし絶望
星8/闇属性/アンデット族/2800→2000
兄さんのフィールドで効力を発揮していたのは強者の苦痛。オーバーレイユニットがなかったから効果は使えないけど、それでもラグナ・ゼロ自身の打点で突破可能だった。
ラグナ・ゼロの舞うような一閃が絶望を切り裂き、中から光が溢れ出して破壊された。
「ぐ……うわぁぁぁっ!」
アジマ:LP0
セーフティがつけられた立体映像は猛風とともにアジマをよろけさせ、それに合わせてスタントマン顔負けの勢いで吹き飛んだ。
アタシ達の世界での決闘はこんなもの。勝敗よりもいかに観客を湧かせるか、それが最重視されていた。
『決着ぅぅぅ!!! 今大会最初の勝者は、初期型決闘盤を使う若き決闘者、黒木カタナシだぁぁぁ!!!』
アナウンサーは喉が枯れんばかりに声を上げ、勝者の名を高らかに宣言する。その言葉を待っていたと歌うようにコロシアム中からの激しい歓声。
兄さんは歓声に答えるために身体を動かしては手を振っていたわ。全観客に自らの顔を見せるために。
「おめでとう兄さんっ!!!」
アタシも声を張り上げた。兄さんにこの声が届くように、アタシも、ここから見ていると主張するように。
兄さんはそんなアタシを見つけると、いつものように柔和な笑みを向けてくれた。それだけでもう、どうしようもなく嬉しくて。
『ちょっ! お客さん、危険ですよっ!』
「え」
気がついたらアタシは、フェンスから取り返しがつかなくなる程に前のめりな体勢になっていたんだ。
天と地が反転する。景色がコロシアムから雲一つない青空へと変わる。髪を凪ぐ風。身体にかかる重力。アタシが落下していると分かったのは、フェンスで悲鳴を上げている人を見つけた時だ。
高さは三メートル前後だけど、受け身を取れる余裕はなくて、怪我は必至な状態だから。
「アヤメっっっ!!!」
背中に走る鈍い衝撃、舞う土埃。だけどアタシの意識は自分でも恐いくらいに鮮明だった。
衝撃も全身ではなく、背中の一部に集中したような形。
「いってぇ……お前もしかして太ったか?」
「兄……さん……?」
顔を右へ向けると、そこには見慣れた顔の兄さんがいた。兄さんの腕はアタシと地面の間に挟まれていて、身体を張って助けてくれたのだと、そこで理解したわ。
直前まで危険だった反動か、無神経な質問にも思わず笑ってしまう。
『お客さん! 今日は皆スプラッタ映画ではなく、決闘を見に来たんですからね、最低限の安全には配慮して下さいっ!』
アナウンサーからジョークを交えた注意を受ける。
コロシアム中の視線が集中している事をようやく思い出したアタシは、顔を真っ赤にして兄さんと一緒に退場したわ。
「全く、冗談じゃ済まないぞアレは」
「し、仕方ないじゃない。兄さんの勝利で興奮してたんだから……!」
「あのなぁ……」
そんな話をしたのは選手控え室。本来なら大会に出場していなかったアタシに入る資格はないのだけど、兄さんの付き添いという事で許可が下りたみたい。
遠慮したのかそれとも偶然か、部屋の中にはアタシと兄さんの二人だけ。
「それより、決闘盤の調子はどう?」
「あぁ、今のところは何の問題もないな」
言い、二人の視線が左腕に装着された初期型決闘盤に注がれる。
物心がついた頃から兄さんと二人きり。親戚も現れず、今日を生きるのに必死だった。服や靴は拾いもの、食事は物乞いして恵んでもらう毎日。
そんなアタシ達にとって、デュエルモンスターズは人並みに暮らすチャンスだった。プロになれば、スポンサーがついて莫大な賞金のかかった大会にも出場出来る。アマチュアでも定期的に開かれる非公式の大会である程度は稼げるけど、二人で暮らすには余裕があまりない。
カードは拾うか他の人とのトレード。決闘盤はごみ捨て場に捨ててあったものを直して使用。そしてこの大会は多くの事務所も注目している、いわばプロへの登竜門。準備は万全過ぎる程に万全。
「最低でもベスト四にまで残れれば、半年はアパートの家賃に困らないな」
「何言ってるの、優勝するんでしょ。兄さん」
「ハハハ、当然そこが最終目標だよ。だけど、そこまでいければ、お前の分の決闘盤を買う余裕も出来るだろうなぁ、と思ってな」
兄さんがそんな事を平然と口にするものだから、アタシは顔を赤くして部屋中を見回して備えつけてあるテレビを見つけて。
「そ、そろそろ次の試合が始まるよっ……!」
端から見れば即座に照れ隠しだと分かる雑さと早口で意識をそちらに逸らした。幸い、兄さんも深く追及する事せずにテレビに映る光景へ目を向けてくれたのよ。
テレビ越しに見える空の色は、これから起こる悲劇を暗示するように雲がかかっていっていた。
『遂に決着ぅぅぅ! 逆転に次ぐ逆転、事実上の決勝と言っても過言ではないシーソーゲームを制したのは、この街のチャンピオン、優勝候補の一角、コツヅカ イクマだぁ!』
世界の壁が薄くなっているのか、外からアナウンスが聞こえる。どうやら僕が出る場所では何か大会を行っているらしい。
隣に顔を向ける。そこには素性の分からない仮面の男、トゥルがカードを片手に立っていた。
「罠発動、亜空間物質転送装置」
トゥルがカードをかざす。すると空間に亀裂が走り、世界の様子がより鮮明になる。そして限界を迎えた形なき壁がガラスのように砕け散った。
外には奇異の目を向ける男が一人、唐突な出来事への影響か、見える範囲では観客の視線もここに集中している。
全視線が集中、なんて心地いい響きだ。
「ハハハっ。会場の皆さんこんにちは!」
気持ちが高ぶり、異次元から世界に入る途中でそんなふざけた事を口にしてみる。
入った場所はコロシアムを連想させる造形をしていた。客席は見渡す限りの満席。こんなところで大勢に見られながら決闘出来るなんて……
「嫉妬しちゃいますねぇ」
無意識的にそんな言葉を呟いていたらしい。視線の先にいたイクマは身構え、決闘盤を突き出す。服装は白のタンクトップにダボついたジーンズ。燃え上がるように逆立つ髪に、口を覆うスカーフにはドクロが描かれている。
正直チャンピオンというよりもならず者の方がしっくりくる外見だ。
「どんな手品だか知らねぇが、ようはこれが目的だろ」
「流石はチャンピオン! 話が早いですよ」
だがよく分からない理屈で登場した僕に対して決闘を挑もうとする辺り、確かに在り方はチャンピオンに相応しい。
だから僕も心の中で称賛し、左腕を天に向け伸ばす。
何も装着していない左腕にドス黒い綿が集まり、やがてハサミの片割れを模した決闘盤が出現する。
「妙な手品ばかりだな、手品師かよ」
「ハハハ、どうでしょうか」
『ちょっとそこのアナタ、何急に乱入して決闘しようとしてるんですか! スケジュールに響くんですよ。警備員さん! 早く追い出して!』
しかしアナウンサーは不服なのか、乱入者である僕に対して、警備員を差し向けた。正面からは見えないが、革靴がアスファルトを叩く音が確実に近づいている。
決闘者二人がやる気だというのに。全く、無粋な奴らだ……
「トゥールー、お願いしますよ」
「特別だ、認めよう」
これで後ろから邪魔される心配はなくなった。心置きなくこの大舞台でイクマと決闘が出来る。
イクマが僕に向けて右手を伸ばし、指を開く。
「五分だ、五分でケリつけてやる。大会進行も、それなら問題ねぇだろ!」
『で、ですがぁ……』
「クドイ!」
どうやらただのマイクパフォーマンスではなく、アナウンサーを説得するための言葉でもあったらしい。
まぁ、相手のノリに乗るのも一興。そう考え、僕も言葉を返した。親指だけ畳んだ右手とともに。
「なら僕は四分だ」
「おもしれぇ、やってみな!」
お互いの決闘盤がデッキをシャッフルし、ライフカウンターが4000を表示する。運営側も観念したのか、大会用のモニターも連動してお互いのライフを公にした。
「決闘っ!」
僕の言葉は自然にイクマの言葉と重なった。
イクマ:LP4000 伏せ0 手札5
アンノウン:LP4000 伏せ0 手札5
「俺のターン! 俺は暗躍のドルイド・ドリュースを召喚!」
星4/闇属性/魔法使い族/攻1800
先行であるイクマのフィールドに現れたのは、両手に杖を持つローブを被った祭司。暗躍の名が示す通り、真意が悟られぬようにマスクで顔を覆っている。
自ら前線に出る事なく儀式を持って兵士を支える後方職でありながら、そのステータスは十分戦闘にも耐えうるものだ。
「更に俺はレベル4モンスターの召喚に成功した時、手札からモンスターを特殊召喚する。現れよ、カゲトカゲ!」
星4/闇属性/爬虫類族/攻1100
ドルイド・ドリュースの影から赤い瞳が怪しく輝き、光の元へと
正体は平面にしか感じられないトカゲ。影と同一の色合いというよりも、影から派生した存在といった方が相応しく思われた。
「レベル4のモンスターが二体……早速やるつもりですか?」
チューナーではない同一レベルのモンスターを並べてやる事など、一つしか浮かばない。
エクストラデッキに加える黒い枠組みのモンスター群……!
「へっ、分かってるじゃねぇか……俺はレベル4の暗躍のドルイド・ドリュースとカゲトカゲでオーバーレイ!」
フィールドの中央に出現した渦に二体のモンスターが光となって飛び込む。そして、新星の誕生を意味する爆発。
「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚!
地を這う光求めし一族よ、
ランク4/闇属性/爬虫類族/攻2300
渦の内より現れ出でるは、マントに似た白毛の皮膚をはためかせる二足の悪魔。黒き鱗は岩石の如く、被る王冠は名を象徴する。
雄叫びが大気を震わせ、僕の肌をピリピリ刺激した。
「キングレムリンの効果発動! オーバーレイユニットを取り除く事でデッキから爬虫類族モンスターを手札に加える。俺が加えるのは、カメンレオン!」
キングレムリンが周りを規則的に回転していたオーバーレイユニットを喰らい、先にも増して激しい雄叫びを上げる。それは
しかし、しかしですねぇ。わざわざ開戦を告げる必要があるのか疑問ですよ。
「どうせ僕がすぐに勝つのに……」
『出たぁ、チャンピオンイクマ選手の万全なる布陣。
僕の呟きはアナウンサーの声と大声援に掻き消され、誰の耳にも残らない。
まぁ、残ったところで関係はないですが。事実だし。
「更に俺はフィールドにカードを三枚伏せてターンエンド! さぁ、お前の番だ乱入者!」
イクマ:LP4000 伏せ3 手札1
イクマから僕へとターンが移り、歓声がブーイングへ変換される。何の嫌がらせか、耳に飛び込んでくる声量は殆んど変わらない。
「随分とアウェイな空気ですねぇ」
「『随分とアウェイな空気ですねぇ』? 当たり前だろうが、観客はお前が俺に敗北する様を期待しているんだからな」
それは酷い。僕がその要望に答える事が出来ないではないか。
「僕のターン、ドロー。手札から魔法カード融合徴兵を発動します。効果としてエクストラデッキにある融合モンスター、デストーイ・シザー・タイガーを見せる事で素材として記述されているカード、エッジインプ・シザーを手札に加える」
「はぁっ? デストーイィ? エッジインプゥ? なんだそら」
イクマが名前を口にし、目を丸くした。初めて聞くのか、観客もどよめく。
彼らからすれば未知のカード群、多少は盛り上がるかな。
「残念ながらこの効果で手札に加えたモンスター及び同名モンスターを召喚、特殊召喚出来ず効果も発動出来ないんですよ。ですから僕はファーニマル・ドッグを召喚!」
星4/地属性/天使族/攻1700
僕のフィールドに可愛らしいぬいぐるみのような犬型モンスター。
その愛らしさにか、子供や女性から黄色い声援が向けられた。だけど、可愛らしいだけじゃあないんだよなぁ。
「ファーニマル・ドッグの効果だ。手札からの召喚、特殊召喚に成功した時、同名モンスター以外のファーニマルかエッジインプ・シザーを手札に加える。ここはファーニマル・ラビットを加えようかな」
ドッグの鳴き声はキングレムリンのような勇ましいものではなく、同類を呼ぶ柔らかいものだ。
デッキから飛び出るカードを引き抜く。当然ながら要望通りのカードである。
「さぁて下準備は整った、イッツショータイムっ!」
右手を突き上げ、指を鳴らす。乾いた音がコロシアムに響き会場を静寂に落とす。
そして手札のカードを高らかに宣言した。
「魔法カード、融合を発動! 素材として手札のエッジインプ・チェーンとフィールドのドッグで融合!」
「融合だと……!」
「そうさ! 鎖に宿りし悪魔の片鱗、玩具に取り憑き災禍をもたらせ!
融合召喚! 悪魔の依り代、縛られた羊! デストーイ・チェーン・シープ!」
星5/闇属性/悪魔族/攻2000
ドッグの全身にチェーンが食い込み、不自然な形で膨張していく。やがて風船のように破裂して、一面を布と綿で埋めていった。
声援を上げていた観客も思わず言葉を失う。子供のものか、ワンワン泣き叫ぶ声もした。
かつてドッグがいた場所には、代わりに羊のぬいぐるみがあった。だが、ただのぬいぐるみではない。全身を歯車に絡まった鎖を巻きつけ、目に値するパーツがバラバラの場所を向いている。
「なんだその不気味なモンスター……!」
ステータス以上に外見で恐怖しているのか、イクマが僅かに後ずさった。
それを見た僕は、笑いを堪えながら口を開く。
「アッハハハ。何を
そう、他者と手を繋ぐ裏で笑いながら蟻を潰す子供のように。
それは無邪気な残虐性、誰の心の内にもある感情の一つ。
「更に墓地へいったエッジインプ・チェーンの効果だ。デッキからデストーイカードを一枚手札に加える!」
「またサーチカードか……」
イクマが悪態をつこうが関係ない。何故ならショーはまだ始まったばかり。
エンドロールには早過ぎる。
「そして手札へ加えたカード、デストーイ・ファクトリーを発動! このカードは融合またはフュージョンカードを除外して、デストーイモンスターの融合召喚を行える!」
「一ターンに二度の融合召喚だとっ?!!」
元来融合召喚とは最低でもモンスター二体と融合一枚、計三枚のカードを消費する召喚方法。並大抵の決闘者なら一ターンに一度、酷ければ決闘中に一度出来ればいい方だ。
だが僕のタクティクスならどうだ。
「僕が素材にするのは手札のエッジインプ・シザー、そしてファーニマル・ラビットとキャットの計三枚だ!
刃に宿りし悪魔の片鱗、玩具に取り憑き災禍をもたらせ!
融合召喚! 悪魔の依り代、刻まれた猛虎! デストーイ・シザー・タイガー!」
星6/闇属性/悪魔族/攻1900
三体の玩具を切り刻み、綿の奥から姿を晒したのは身体を輪切りにされ、ハサミと糸でデタラメに繋ぎ合わされた虎。
両断された口の内から覗く眼光は、まさしく悪魔のそれだ。
「タイガーは効果で素材にしたカードの数だけ、フィールド上のカードを破壊出来る。その前に、ラビットとキャットの効果でファーニマル・ドッグと融合を手札に戻します。さぁて改めまして……厄介そうな貴方のバックにはご退場願おうか!」
融合素材は三体、イクマが伏せたリバースカードも三枚。召喚反応はなかったとはいえ、全てがブラフとも考え難い。
タイガーの腹から露出したハサミが伸び、イクマの眼前に一度突き刺さり、伏せられた三枚のリバースカードを豪快に引き裂いた。
「くっ……!」
「おやおや、ミラーフォースにリビングデット、それに昇天の
チェーンを作らない召喚方法潰しに攻撃反応、そして蘇生カードとは予想以上に綱渡りだったようだ。
だがこれで残るは高々攻撃力2300程度の王様だけ。
「へっ、だがキングレムリンの攻撃力は2300! ご自慢のデストーイじゃあ届いていないぜぇ!」
「ところがですねぇ、タイガーの効果によりデストーイモンスターはデストーイとファーニマルの数につき300攻撃力を上げられます。つ・ま・り」
タイガーは2500、シープは2600まで攻撃力が上昇する。
「さぁバトルだ。チェーン・シープよ、哀れな王様を吹き飛ばせ!」
チェーン・シープの鎖で詰まった口から放たれた赤黒い怪光線は、キングレムリンを破壊してなおも収まらず、イクマのすぐ脇を通り過ぎてコロシアムの壁へ直撃した。
「ぐっ……なんだこの衝撃、ソリッドヴィジョンじゃねぇのかっ?!!」
イクマ:LP3700
イクマの言葉は、コロシアム中の観客が抱いた疑問の代弁である。なにせイクマの背後の壁は、砂煙を浮かべて崩壊しているのだから。
お遊びとしての決闘しか知らない彼らでは仕方ない事か。
「まだ持って下さいよぉ、次はシザー・タイガーだぁ!」
シザー・タイガーが両手を伸ばすと、イクマの肩を離さないように硬く握る。
腕を繋げるハサミが畳まれタイガーが急速度でイクマへ迫り、腹部の閉じたハサミがイクマの身体を貫いた。
イクマ:LP1200
「ぐぅあ……!」
「イヤァァァァァァっっっ!!!」
イクマが肺から空気を吐き出し、観客から絶叫が連鎖する。どよめきも最大まで高まり、騒然とした。
タイガーが離れ、イクマの身体が露になる。端から見る分には傷がない、しかし、イクマは確かに感じたのだ。身体を異物が通り抜ける激痛を。
右膝に土をつけるが、その瞳から未だ闘志は失せていない。
「大丈夫ですかぁ、立てますかぁ、サレンダーでもしますかぁ。チャンピオンさぁん?」
「あぁん……?」
僕からの挑発を怒気で返すと、イクマは貫かれた腹を抑えながら立ち上がった。
こんなところで終わっては締まらないという点を考慮すれば、それだけ意思がある事は素直にありがたい。
「なら僕はこれでターンエンド。さぁチャンピオン、ひっくり返してみて下さいよ、この危機を!」
『イ、イクマ選手の布陣をほぼ瓦解……なんだこの決闘者、なんでこんな人が今の今まで無名だったんだぁ?!!』
イクマ:LP1200 伏せ0 手札1
アンノウン:LP4000 伏せ0 手札3
果たしてイクマは今どれだけ状況を冷静に見れているだろうか。
こちらには強力な融合モンスターが二体、手札も十全。一方、イクマは優秀なチューナーこそ手札にあるが、墓地を考慮すれば逆転に手は届かないはず。
自然、デッキトップに置かれる手にも力がこもる。
「俺のターン……ドロォォォォォォっっっ!!!」
イクマは渾身の力を込めて引いたカードを視認し、口元を吊り上げた。
「俺はカメンレオンを召喚っ!」
星4/地属性/爬虫類族/攻1600
何もない空間から浮かび上がるのは、派手な装飾が施された仮面を思わせる顔のカメレオン。
ここまでなら僕の想定内。さぁチャンピオン、ここからどうする。僕は軽く腰を落として身構えた。
「カメンレオンの効果だ、墓地に存在する守備力0のモンスター一体を選択して特殊召喚する。俺が釣り上げるのは、暗躍のドルイド・ドリュースだっ!」
カメンレオンが舌を伸ばし、先端が地面へと消える。地面から現れた時には、ドルイド・ドリュースが舌を掴んでいた。
再びフィールドに並ぶ二体のレベル4モンスター。だがその片割れはチューナーモンスター、ならばエクシーズではなくアレが来るか。
「シンクロ召喚、かな……」
「分かってるか、だが関係ねぇ。止めれるもんなら止めてみやがれっ!!!」
チューナーという専用のカード、そして召喚先のモンスターと等しいレベルを必要とする召喚方法。レベルが1でもズレれば召喚出来ぬ代わりに、そのスペックは他の比ではない。
カメンレオンが緑に輝く四つの輪となり、ドルイド・ドリュースを内に招く。そして入ったドルイド・ドリュースが四つの光球となり、輪を通過する閃光と合わさった。
「レベル4暗躍のドルイド・ドリュースに、レベル4のカメンレオンをチューニング!
集いし瓦礫が新たな神話を構築する。全てを纏いて勝利を掴め! シンクロ召喚、存在を主張しろ、スクラップ・ドラゴンっ!」
星8/地属性/ドラゴン族/攻2800
やがて閃光が形を成し、デストーイ達を上回る巨体を誇る龍となる。二ヶ所に取りつけられた排気口から蒸気を吹き出して浮遊する龍。全身を瓦礫で構築しながら、みすぼらしさどころかむしろ美しささえ持つその容姿は、一瞬で観客の心を掴む。
『出、出たぁぁぁ! イクマ選手のエースモンスター、スクラップ・ドラゴンっ! いけぇ、それであの闖入者を叩きのめせぇ!』
「イクマっ、イクマっ、イクマっ、イクマっ!!!」
アナウンサーに煽られ、観客も盛大にイクマコールを行う。
随分と贔屓が酷いアナウンスだ。
「カードを一枚セットし、スクラップ・ドラゴンの効果発動! 俺とお前のカード一枚づつを選択して破壊する。俺は今セットしたカードとお前のデストーイ・シザー・タイガーを破壊するっ!」
イクマに指を差され、シザー・タイガーが驚いたように飛び上がる。
ドラゴンが重低音のする咆哮をし、それを合図にリバースカードとシザー・タイガーを飲み込むように瓦礫が侵食した。
「スクラップ・ボイスっ!」
イクマの言葉を合図に頭まで飲まれたシザー・タイガーとカードが限界を迎え光となる。
これに伴い、チェーン・シープの攻撃力も弱体化して元通りの2000へ戻った。
「バトルフェイズ! スクラップ・ドラゴン、チェーン・シープを薙ぎ払え! スクラップ……バーストォ!」
ドラゴンの口から無数の屑鉄が鉄砲水の如く迫り、然したる抵抗もなくチェーン・シープをズタズタにして破壊する。
爆風がイクマや観客から僕の姿を覆い隠した。
アンノウン:LP3200
「先に言っておいてやる。俺が破壊したカードはスキル・プリズナー、墓地から除外する事で選択したモンスターを対象にしたモンスター効果を無効にする。例えシザー・タイガーを出そうが無駄だ!」
なるほど。墓地から発動可能なカードを破壊する事で状況を有利にしたのか。
それといい、攻撃力を上昇させているシザー・タイガーを冷静に処理した事といい、チャンピオンの称号は伊達ではない。
そう思い、僕はゆっくりと拍手をした。
爆煙が晴れ、イクマと観客が僕の姿を視認する。
「何のつもりだ、まさか、もうサレンダーするつもりじゃあねぇよなぁ?」
「まさか、素直な称賛ですよ、見事なプレイングへのね。僕でなければもっと追い込まれ、いや、下手をすれば敗北したかもしれない」
「僕でなければ、か。大した自信だな」
「当然じゃあないですかぁ!!!」
そう口にして、僕は右腕を再び天へと突き伸ばす。それに呼応して、地面を突き破り鎖が金切り声を上げて浮上した。
「な、なんだ一体?!」
「お礼です、教えて上げますよ。デストーイ・チェーン・シープは戦闘または相手のカード効果で破壊され墓地へ送られた場合、一ターンに一度蘇生するっ!」
「一ターンに一度だとっ!!!」
軋む歯車が鉄屑を撒きながら回転して、鎖が地面から巻き上げられる。
やがてコンクリートを突き破り、焦点の合っていない目が日の目を浴びる。そして苦悶の呻き声をコロシアム中に響かせ、デストーイ・チェーン・シープが蘇った。
「更にこの効果で蘇ったチェーン・シープの攻撃力は800アップするっ!」
「なん……だと……!」
これでチェーン・シープとスクラップ・ドラゴンの攻撃力は並んだ。そしてこちらは一ターンに一度、蘇生する。
「ターン……エンド……!」
イクマ:LP1200 伏せ0 手札0
アンノウン:LP3200 伏せ0 手札3
イクマは絞り出すように口にする。
それが当然だ、彼なら理解しているはずだ。この決闘の勝者がどちらかを。
「さぁ、僕のターン、ドロー。そのままバトルだ、やれ、デストーイ・チェーン・シープ! スクラップ・ドラゴンを攻撃っ!!!」
「くっ……迎え撃て、スクラップ・バーストっ!」
チェーン・シープが心なしか、先程よりも強大な怪光線を放つ。スクラップ・ドラゴンも屑鉄を放つが怪光線と衝突して、両者共に爆発する。
これでスクラップ・ドラゴンは消えた。だが!
「デストーイ・バックアップ!」
先と同じ要領で再び蘇生するチェーン・シープ。
これで次の攻撃を遮るものは何もない。これで最後だ!
「さて、もう一撃だ、チェーン・シープっ! 猿山のチャンピオンを引きずり落とせぇ!!!」
「ぐぅ……グゥアァァァッッッ!!!」
イクマ:LP0
三度放たれた怪光線は、地面に灼熱のラインを刻みながらイクマの元へと迫り、彼の身体を宙へ浮かせる。
ばら蒔かれたカードは紙吹雪のように最期を演出して、イクマは赤黒い光となってこの世界から消滅した。
「アッハハハハハハハハハァッ!!!」
彼のいた場所に、決闘盤が乾いた音を立てて落下する。それを合図に僕は久々に大声を出して笑った。確か、それに合わせたかのように、青空が完全に雲で覆われていた。
どうも、ヌルです。
すみません。このままじゃ当分決闘がないと判断した結果、急遽発生した決闘パートです。そして次回も過去編です。
次、次回こそ過去編が完結するように努力する所存でございます。