白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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1話*非日常への招待

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪菜ちゃーん、帰ろー!」

 

 それは学校生活に少しなれた頃に起きた。人付き合いが得意ではなく、あの世界に囚われる前はこんな風に声をかけられるなど、雪菜には考えられないことだった。しかし……

 

「ゴメン。折角なんだけど…。」

 

 今日は予定があった。やんわりと断りの言葉を口にすると目の前の友人たちの顔はにんまりと笑顔に変わる。普通逆だと思うのだけど…。

 

「あ、ゴメン! 今日はデートの日?」

「やぁねぇ美歩。そんな野暮なこと聞くもんじゃないわ。」

「いや…デートじゃ……。」

 

 そんな時にタイミング悪く和人から声がかかった。

 

「雪菜行くぞ。」

 

 すると目の前ではキャーっと黄色い声が上がった。和人と雪菜がそういう関係であるのは周知の事実。ついでに暗黙の了解で口に出したりはしないが、二人が元攻略組トッププレイヤーで《黒の剣士》と《白の槍使い(ランサー)》であったことも…だ。それも踏まえ、注目の的である。

 今日は残念ながらデートではない。二人揃って同じ人物に呼び出しを食らっているだけだ。わざわざ説明するのも面倒なので、雪菜は曖昧に笑う。

 

「じゃぁまたね。」

 

 そしてあの頃よりも伸びた白銀の髪(プラチナブロンド)を靡かせて雪菜はクラスメイトたちに別れを告げた。隣に立てば自然と握られる手にも随分と慣れた。

 

 

 

 

 

 

 12月に入り、東京都と言えど西の方に位置する学校は随分と寒くなってきた。もうすぐ雪菜たちが現実世界に帰って来て1年が経とうとしていた。

 

「どこで待ち合わせだっけ?」

「銀座。」

「なんでわざわざ…新宿とかで良いじゃん。」

「だよな。」

 

 二人で西武新宿線に乗り、窓の外を眺めながら不満を漏らす。呼び出されてあげてるのだから場所は配慮してくれても良いのではないかと思う。

 乗り慣れた電車ではあるが雪菜はしっかりとつば広の帽子を被り、やや薄い色のついた眼鏡をかけている。真夏であれば目にしないこともない装いだが、今は冬だ。しかも纏っているのは濃紺の学生服。視線を集めるのは避けられない。

 無遠慮なそれにも随分と慣れた。自分でも強くなったものだと思う。

 西武新宿駅から東京メトロ新宿駅までの雑踏を抜けて、丸ノ内線に乗り込む。平日の昼間だろうがなんだろうがいつだって人が多い。遠回りの地下道と日差しはあるが最短の地上。特に急いでいなければ前者だが、今日は待ち合わせだから仕方ない。冬とは言え、年々強くなる気がする紫外線に油断は出来ない。

 

「…今日って勿論奢りよね。高いもの好きなだけ頼んじゃお。」

「だな。」

 

 雪菜がそう言えば和人もそれに同意した。どうせ経費だろうし、それぐらいやらなきゃ気がすまない。1年前よりは回復したとは言え、二人とも細身である。多少の体重増加は問題にならない。

 丸ノ内線は地下鉄でありながら地上駅の四ツ谷を抜け、丁度半分の道のりまで来ていた。

 お互いに無言で外を眺める。手は触れたまま体温と鼓動を感じながら。無言が苦にならない関係とは良いものだ。あと十数分ではあるが、雪菜は瞼を閉じた。授業中寝ていたとしても毎日のようにALOにダイブしているのだから夜の睡眠時間は少し犠牲になっている。睡眠負債は週末の寝溜めより平日の昼寝の方が返済には効果的だとか。コトンと肩に重みを感じたため、和人の方も同じなのだろう。…授業中寝ていない分尚一層。視覚を遮断するだけでも少し休まる。到着までそのまま座席に身を任せることにした。

 

 銀座駅から徒歩1分。階段を上がった先にあるお店にその男はいた。ウェイターさんに何名様ですかと聞かれ、待ち合わせですと答えれば、さっと奥へと通してくれた。優雅にお茶を飲むマダムたちの中を二人、制服で歩く。場違い感が甚だしいが、その先でケーキをつついている男も場違い以外の何物でもなかった。

 

「オマタセシマシタ、菊岡さん。」

 

 不機嫌そうに和人が声をかけると、その男は視線を上げて二人を確認する。そしてパァッと効果音がつきそうなほど表情が明るくなった。

 

「キリトくん! セツナくん! 待ってたよー。」

 

 無遠慮に人のキャラネームをオフラインで言うこの男、菊岡誠二郎が二人を呼び出した張本人。旧《SAO事件被害者救出対策本部》、現《仮想課》の国家公務員のキャリア官僚だ。二人にとっては因縁深い部署に勤務する彼とは当然にこちら側に帰ってきてから出会った。

 

「菊岡さん何食べてんの? 美味しそう。」

「クレームカラメルだよ。セツナくんもキリトくんも好きなの頼みなよ。ここは僕持ちだからさ。」

 

 そう言われて雪菜は席に着くやいなやメニュー表にかじりつく。和人は小さく溜め息をつくと雪菜に倣った。

 

「僕持ちもなにも、どうせ"領収書"で"接待費"なんだろ? つまりは血税から支払われるわけだ。遠慮なんかしてやるもんか。」

「キリトくんのそう言うところ僕は好きだよ。」

「すみませーん。」

 

 和人のきつい視線を菊岡がさらりと交わす中、雪菜はマイペースに自分の注文を決めたようだった。

 

「はい、お決まりでしょうか。」

「クレープシュゼットとフロマージュブランのムース。後、エルダーフラワーソーダ。和人は?」

 

 ウェイターさんにテキパキと注文を済ます雪菜にそう促され、和人は慌ててメニューを開く。

 

「え、キャラメル・サントノーレとカプチーノ。」

 

 そして目に入ったものを適当に注文した。ウェイタさんーがメニューを下げて、雪菜が水を一口含んだところで菊岡が改めて口を開く。

 

「ご足労願って悪かったね。」

「悪いと思ってるなら新宿辺りにして欲しかったわ。大体こんなお店、制服なんて悪目立ちよ。」

 

 和人に予告していた通り好き放題に頼んだ雪菜。メニュー表に書かれた値段は学生の自分には到底理解できるものではなく、合計するといくらになるかゾッとする。

 

「いやーゴメンね。ここのスイーツが食べたくなってね。」

「そんなご託は良いんだよ。どうせバーチャル犯罪絡みなんだろう?」

 

 高級官僚様が二人を呼び出したのには訳がある。そして、二人がそれに大人しく従っているのにも。

 菊岡誠二郎は二人にとって恩人とも言って良い人物だった。二人が目を覚ましたときいち早く病室に駆け付けてくれ、また和人に雪菜をはじめとした元SAOプレイヤーの居場所を教えたのも彼だった。後者は違反行為であることは言わずもがなである。彼がいなければ雪菜は未だ目を覚まさず、須郷の実験台になっていた可能性は否定できない。だから文句も言いながらではあるが二人とも彼の話を聞くのだった。

 和人が面倒そうに本題を促せば菊岡は口元に笑みを浮かべた。

 

「キリトくんは話が早くて助かるね。」

「そりゃどうも。だけどいつもは俺だけのはずだ。雪菜は関係ないだろう。」

「はは。キリトくんにとっては《舞神》のセツナくんも大切なお姫様…ってとこかな。」

 

 菊岡がそう言うのは二人の関係性を知ってのことだ。和人は何も言えず、腕を組んで背もたれに勢いよくもたれ掛かった。

 雪菜は二人の会話にいささか驚く。()()()()と言うことは和人は度々菊岡に面倒事を言い付けられている…と言うことだ。無論、雪菜も菊岡と二人で会ったことが無いわけではない。しかし()()()と言う程頻度は高くない。…しかしキャリア官僚は忙しいと思っていたが意外と暇なのか? と思わせられる。

 

「まぁ…今回はどちらかと言うとそのお姫様の力が借りたいんでね。」

 

 その暇らしい高級官僚様はウインクして見せた。

 

「雪菜の?」

「私の?」

 

 二人して首をかしげた。和人はパソコン関係の造詣に深く、バーチャル関連の情報にも強い。しかし雪菜はいくらVRMMORPGの中では屈指のプレイヤーだとしてもこちらではごく普通の女の子だ。…容姿は置いておいて。当初、菊岡に協力を仰がれていたが、ポンコツ具合に呼び出しがかからなくなったぐらいだ。

 

「…菊岡さん。それはどういう案件なの?」

「まぁ順序だって行こうじゃないか。」

 

 菊岡がそう言ってテーブルについた両肘に顎をのせたところで二人の注文のものが届く。

 

「美味しそう!!」

 

 雪菜は小さく歓声を上げると両手をあわせてフォークを取った。

 

「キリトくんもゆっくり付き合ってくれるね?」

 

 雪菜の様子をたてに、菊岡はやや不機嫌な和人を見やった。和人は両肩を竦めるとやれやれと腹を括る。

 

「仕方ないな。雪菜の力が必要と言いながら俺も呼び出したのには訳があるんだろう?」

「キリトくんは本当に察しが良いね。助かるよ。」

 

 二人の男が視線で駆け引きをする中、雪菜は嬉々としてケーキをつつく。それに倣って和人も一先ず飲み物に口をつけた。

 そんな様子を見て菊岡はブリーフケースからPCを取り出した。

 

「GGO…ガンゲイル・オンラインは知っているかい?」

 

 菊岡の問いに二人は頷いた。

 

「はふはひほへはひっへふよ。」

「…雪菜。食べてから話せよ。」

 

 モゴモゴと食べながら話す雪菜に和人はため息をつく。エルダーフラワーソーダで口の中をキレイにすると、雪菜は改めて口を開いた。

 

「流石に知ってるわよ。プロがいるゲームだもの。」

「俺も。ただ食指は動かないけどな…。飛び道具って苦手なんだ。」

「私もシューティングゲーム苦手だから銃はね…。」

 

 好き勝手にコメントを言う二人だが菊岡は気にする素振りもなくPCを開いた。

 

「知っているなら話が早い。実は東京都中野区のアパートでアミュスフィアを被った死体が発見されてね…。」

「GGOをプレイ中に? そんなの…残念ながら珍しい話じゃないじゃない。」

 

 食べている最中に死体だとかなんとかはやめて欲しいと思いながら雪菜は答える。VRMMOの世界では空腹を感じない。それは2年もの月日を過ごした者としてよく知っている。当時の自分達は病院で点滴を打たれ、生命活動を維持されていたが、そうでない一般の人が潜りすぎて…と言うのは嘘みたいな本当の話だ。

 しかし菊岡の答えはNOだった。

 

「いや、それが《MMOストリーム》というネットの放送局に出演していたとか。《ゼクシード》の再現アバターで。」

「それ、たまたま観てたわ。《今週の勝ち組さん》でしょ。なんか優勝したとかなんとか…。」

「雪菜が珍しいな。」

 

 和人がそう言うのは最もだった。雪菜は基本的に自分が攻略すること以外…人のプレイ状態には興味がない。

 

「たまたまね。急に回線が切断された人よね。」

「その切断されたときに何があったか知っているかい?」

「どういう事?」

「《Mスト》はGGO内部でも放送されているんだろう? 切断されたときに画面の彼に向かって銃を撃った人間がいるらしいんだ。」

 

 菊岡の言葉に和人と雪菜のケーキを追う手が一旦止まる。

 

「まさか、偶然だろ?」

 

 和人が肩を竦めれば菊岡はPCからそのデータを提示してくる。

 

「その時間と死亡推定時刻が極めて近くてね。」

 

 菊岡の言い様はまるで… 

 

「ゲームの中から人が殺せるとでも言いたいの?」

 

 雪菜にはその様に聞こえた。事実、現行機種であるアミュスフィアではなく旧型にあたるナーヴギアにはその力があった。SAOに囚われていた者で知らないものはいない。そしてその力は…

 

「死因は?」

「心不全だって。」

 

 しかし帰って来た回答は予想した物とは違うものだった。和人も同じ事を思ったようで質問を重ねた。

 

「…脳に損傷は?」

「僕も同じ事を思って司法解剖した医師に問い合わせたが全く異常は認められなかったようだ。」

「………………。」

「……やっぱり偶然じゃないの………。」

 

 ナーヴギアは高出力マイクロウェーブで脳の一部を焼き切るパワーがあったが、あの事件を受けてアミュスフィアからはそんなパワーは出ない設計になっている。だからそんなことはできるはずがない。雪菜も和人も同じ思いだった。しかし菊岡は話を続ける。

 

「1件ならそう思うがもう1件同様の事件があってね…。プレイヤー名《薄塩たらこ》。こちらはGGOのゲームの中で銃撃されたそうだ。」

 

 確かに複数例になってくると単なる偶然と思えないのは分かる。

 

「でも………。」

「だから、仮定の話なんだけど、感覚信号で人を殺せるか。と言う話になるんだよね。」

「銃で撃たれたショックと衝撃で死ぬか。って話か?」

「そう。」

「そんなことあればもっと人が死んでいるはずだ。その為にアミュスフィアはセーブ機能が付いている。そうだろう?」

「キリトくんは流石によく知っているね。」

 

 分かりきったことを聞いてくる菊岡に和人はため息をついた。その話を聞きながら雪菜は少し考えた後、ゆっくり口を開いた。

 

「……感覚信号で、と言うことについては不可能じゃないかもしれない。」

「と言うのは?」

「ノーシーボ効果…。ブアメードの血は知っている? 実際に出血していないのにしていると思い込ませてショック死させたって話。」

 

 菊岡の問いに出した雪菜の回答は過去に行われた人体実験の例だった。

 

「人は思い込みで死ねる…。だけど今回のには当てはまらないかもね。だからその件に関しては検討するだけナンセンスだと思うけど。」

 

 そう言いながらも最終的な答えはNOの雪菜に菊岡は胸を撫で下ろす。

 

「そう言ってくれて良かったよ。そうじゃないとお願いが出来なくなっちゃうからね。」

「どういう事?」

「ゲーム内で人を殺すことは出来ない。僕もそう思っているんだけど上が気にしていてね。キリトくん、セツナくん、そのプレイヤーと接触してきてくれないか?」

 

 この役人…頭が沸いてるんじゃないか? それが雪菜の素直な感想だった。

 

「…要は撃たれてこいってことだろ? 菊岡さん、アンタだってALOをやっているんだ。アンタが撃たれてくればいいだろう?」

 

 雪菜がポカンと口を開けている間に和人が反論する。とても最もな言葉で。

 

「いやー僕じゃ無理なんだ。《ゼクシード》も《薄塩たらこ》もGGOのトッププレイヤーだったようだよ。つまり強くないと撃ってくれないんだ。」

「そんなの私たちだって無理よ。プロがいるようなゲームはレベルが違うわ。」

「だからこそ君に頼みたいんだよ。セツナくん。」

 

 菊岡の眼鏡の奥が光る。

 

「セツナくんは茅場晶彦が執着するほどの適応者だと聞いたよ。それに…元々有名プレイヤーなんだろう? その名前の神通力を借りたい。」

「…それで雪菜に。」

 

 ようやく謎が解けたと和人は呟く。

 

「…それは赤目で白髪のセツナよ。アバターがランダムならどうなるか分からないわよ。」

 

 ただ雪菜は冷静に言う。名前だけでもアバターだけでもダメ。そして勿論実力も伴わなければ。

 

「うーんそうか…。まぁ、でもきっと君たちなら大丈夫さ。二人いればどちらかには…。」

「大体…引き受ける理由がない。」

 

 なによりもそれに限る。一応危険がないわけではない。いくらなんでも無償で引き受けるような出来事ではない。二人は顔を合わせ、頷いた。

 

「それならこうしよう。GGOはプロゲーマーがいるんだろう? その人たちの月収分の報酬を出そう。」

 

 菊岡がそう言いながら、指を三本立てた。それはつまり、月収と言うからには30万円…と言うことだろう。二人は唾を飲んだ。高校生にとってはかなりの大金だ。

 雪菜は肩が動くほどに大きく息を吐いた。

 

「……分かったわよ…。どうしてもやって欲しいみたいね。でも報酬は税金払いたくないからこれで良いわ。」

 

 そして指を二本立てる。そんな雪菜に菊岡は苦笑いする。

 

「…しっかりしてるね。いや、ありがたいけど。」

 

 菊岡は雪菜の申し出に和人の様子を確認した。言い出したら聞かない雪菜の性格を誰よりもよく知っている和人は異論はないようで、

 

「それで、そのプレイヤーの名前は?」

 

依頼内容を確認する。

 

 

「シジュウ……《死銃(デス・ガン)》。」

 

 その名前は不気味に耳に残った。

 

 名前を聞いて雪菜は早まったかなと早くも後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




プロローグだけじゃね…。

現実世界の描写は結構好きです。
喫茶店のモデルが分からなかったので私が行ってみたいお店にしました。
なのでケーキとか全部違います。

小説のキリトは30万円ですよね…。
多分雑所得になると思うんですけど税金どうしたのかしら。
って無粋ですけど…。

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