お店を出ると陽は既に傾き始めていた。それでもまだ油断は出来ない紫外線に、雪菜は帽子を目深に被った。
再び丸ノ内線に乗り込むと、先程とは違い電車は混雑し始めていた。はぐれないように片手はつり革に、もう片手はお互いの手を握った。
ここから池袋まで。新宿から池袋なんて本来は山手線か埼京線辺りで直ぐなのに、遠回りにも程がある。
「雪菜、さっきのノーシーボって…。」
和人には1つ引っ掛かることがあった。菊岡の依頼を引き受けることに異論はなかったが、雪菜が言った可能性の話だ。
「あぁ、ブアメードの血の話。大戦中の人体実験よ。人間は体重の10%の出血で死亡するって言うのを検証するね。」
ややあって答えた雪菜。さらりと言うが結構血生臭い話だ。
「それが思い込みと何の関係が?」
「目隠ししてね、血の抜ける音だけ聞かせたんだって。定期的にどれぐらい血が抜けたって報告をしながら。」
「で?」
「それでその人は体重の10%分が抜けたって聞いた瞬間亡くなったらしいわ。」
「それを検証する実験だったんだろ?」
結局何の話だと和人が首をかしげるも話はまだ終わっていなかった。雪菜はつり革を握り直した。
「うぅん。本当はその人から血液なんて流れ出てなかったのよ。聞かせていたのはただの水滴音。」
「………それで感覚信号でなら……ってことか。」
「でもそれは5時間ぐらいかかったそうよ。今回はただ銃で撃たれただけよね? どんな風に応用したって…。」
その続きは言葉にされなくても分かった。和人は頷く。
「オーケー。なら良いよ。基本的には危険はない、で良いんだろ?」
結局のところ和人は心配なのだ。99%は眉唾物だと思っていながら、自分の知り得ないなにかで可能なのであれば、それは99%じゃ無くなる。もしそうであるなら、無茶するきらいのある彼女を行かせることは出来ない、と。
「折角拾った命を私だってそう簡単に手放したりしないわよ。それに…。」
雪菜の和人の手を握る力がやや強くなる。
「《黒の剣士》、キリトが隣にいて怖いことなんてないわ。」
「…よく言うよ。今回は俺はオマケだぞ。」
「そうかしら? 餌が多い方が良いのは確かだけど…それだけじゃないんじゃない? 私は色々と
彼女がVRMMO環境に於いては普段では考えられないような洞察力を発揮することは敢えて黙っておいた。たまにちゃんと頼られるのは心地良い。
「ところで、どっちのアカウント使うんだ?」
和人がそう尋ねたのはこちらに帰って来てから、雪菜がアカウントを刷新したからだった。今使っている
「そうだなぁ…どんなアバターになるか分からないけど菊岡さんが欲しいのは《雪菜》の姿の《セツナ》なんでしょ。だったら…。」
「そっか。」
それに、パラメータが高いのもSAOアカウントの方だ。ついでにALOアカウントの方は重要なアイテムも持っているためコンバートするのに整理するのも面倒だった。
「和人はどうするの? アイテムとか。」
「仕方ないさ。預けるだけ預けて…。雪菜も協力してくれよ。」
「りょーかい。」
「こんなことなら俺も初期化するんじゃなくて別アカにすりゃぁ良かったかな。」
和人は和人で雪菜が帰って来た時にSAOでのステータスを初期化して1からやり直していた。当時雪菜が別アカで始めた時には散々往生際が悪いだの言っていたのに…。
「だから言ったのに。クリアデータとか残しておきたいのは人情ってもんだって。」
「分かるけどさ…。」
そうこうしている間に電車は終点に着こうとしていた。帰り道が同じなのはここまでだ。ここからは別の路線に分かれる。
「ま、後で話そうよ。フルダイブって便利よね。四六時中一緒にいるみたい。」
「まぁな。」
地下鉄の改札を出ると和人の乗る路線の改札があるが、和人は雪菜を送って行く。いつも学校の帰りも、反対方向だが雪菜のホームの方できっちり見送ってくれる。初めこそ雪菜は抵抗したが、今はそう言うものだと思っている。どこで覚えたのか元々の資質なのか…。
「じゃぁ、またね。」
繋いだ手を離すとその手でそのまま雪菜は手を振った。改札を通り、階段を昇る直前に振り返ればまだしっかり見送っていてくれる。片手を上げると和人も手を上げた。階段を昇りかけるとようやく自分の帰路に就いたようだった。
99%は不可能。そう思いながらも依頼を引き受けたのは残り1%の可能性を強く信じているからか、ゲームの中での死が現実世界と繋がることを実際に経験し、その世界を盲信しているからだろうか。もしかしたら茅場晶彦に変わってこの世界の行く末を見届けなければならないと言う薄っぺらい責任感からかもしれない。
その日、和人と雪菜が訪れたのは二人が入院していたお茶の水の病院だった。一応危険な調査のため、安全を期する為だと眼鏡のエリート役人は言った。慣れた足取りで廊下を進み、指定の病室へ行く。コンコンと軽い音を立てて扉をノックした。
「失礼しまーす。」
「おっす! 桐ヶ谷くん、北原ちゃん、待ってたよー。」
するとその先には眼鏡の美人ナースが立っていた。
「あっ…安岐さん!?」
「なんで!?」
それは入院期間にお世話になった看護師さんだった。
「お久しぶり!」
軽い雰囲気で挨拶をする女性。長身でメリハリの効いた体は女性なら誰しもが一度は憧れるプロポーションだった。
「ご…ご無沙汰してます。」
二人が呆気にとられていると、安岐ナースは二人の背後に回ると身体中を撫で回し始めた。
「…っきゃぁっ……!」
「わ…わぁ!?」
「んー大分肉付いてきたねー。でもまだ足りないよー特に北原ちゃん。ちゃんと食べてるー?」
どうやら看護師として退院後の経過を気遣ってくれたようだが大分荒っぽい。
「食べてますよー…そりゃ右から左に安岐さんみたいにはなれないですよ。」
雪菜が恨めしそうに見ると美人ナースは豪快に笑う。
「それより、あの眼鏡の役人さんから話は聞いてるよー。なんか二人して調査に協力するんだって? 帰って来て1年も経ってないのに大変ねー。」
「で、その眼鏡の役人は…?」
和人がそう尋ねると、安岐さんは肩を竦める。
「伝言だけ預かってるよ。桐ヶ谷くんに。」
そう言いながら胸ポケットからメモを取り出す美人ナース。豊満な胸元に和人の視線が吸い寄せられているのに気付き、雪菜は脇腹を肘で小突いた。
「ぃでっ!」
和人は腰を捩りながら渡されたメモを開く。
『報告はセツナくんの分も纏めてメールでいつものアドレスに頼む。諸経費は任務終了後、報酬と併せて支払うので請求すること。追記──美人看護師と可愛い彼女と一緒だからと言って若い衝動を暴走させないように。』
こんなものとてもじゃないが女性二人には見せられたもんじゃない。和人は一気に握り潰すとグシャグシャのままズボンのポケットに押し込んだ。そんな様子を見て雪菜は和人を覗き込む。
「和人?」
「なっなんでもない。それより安岐さん! 早速ネットに接続したいんですけど。」
「あーはいはい。準備できてるよ。」
案内された方には2台のジェルベッドと仰々しい様々なモニターと機器。そして真新しいアミュスフィアがあった。
「そしたら二人とも、脱いで。」
「「は!?」」
さらりと言う安岐ナースに二人は驚く。
「電極貼るから。どうせ入院中に見てるんだからさ。」
軽々しく言うがそういう問題ではない。
「ちょっ…安岐さん! ここで、一緒に?」
流石の雪菜も顔を真っ赤にする。そんな雪菜に美人ナースはニヤリと笑う。
「二人付き合ってんでしょ? 今更じゃないの?」
「全然そういう関係じゃないです!!」
和人も顔を真っ赤にして、食い気味に否定する。そんな二人に安岐さんは目をしばたたかせると、今度はケラケラと笑った。
「やぁねぇ。冗談よ。カーテン引くから安心して。そんなに顔赤くして二人とも可愛いわね。」
「安岐さん…。」
「カーテンだけ…。」
からかわれながらもカーテンに仕切られたベッドで二人は上半身に電極を貼られた。そしてモニタ機器をチェックし終えたナースから二人にゴーサインが出る。
「じゃあ、和人、あっちでね。」
「あぁ。安岐さん、俺たち4、5時間は潜りっぱなしだと思うんで…。」
「はいはーい。二人の体はちゃんと見ておくからねー。」
緊張感の欠片もない声に見送られ、二人はアミュスフィアをかぶり、キーワードを口にする。
「「リンク・スタート」」
見慣れた白い放射光に包まれ、雪菜は体の感覚が現実からバーチャルに移行するのを感じた。
今回短いですけどキリが良いので。
男の人って大変ですよね 笑
皆さんいつ覚えるのかしら…。
うちのはそれこそポンコツですが。
原作キリトとアスナとは違いプラトニックです。
え、セツナが倫理コードなんて知るわけないじゃないですか。
…クラディールに解除されそうになりましたけど。