白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

103 / 104
4話*共通する能力

 

 

 

 

 

 

 少女は慣れた足取りで入り組んだ道を進む。中央に聳える総督府を軸に近代的な建物が建ち並ぶ。いかにもファンタジーの世界と言った街並みのALOとは正に別世界だ。コンクリートの道路やエスカレーターなどの移動手段は向こう側では考えられないものだ。

 

「総督府には何をしに行くの?」

 

 歩きながら尋ねる少女。とても友好的なのは二人とも女の子に見えているからに違いない。

 

「もうすぐあるって言うバトルロイヤルイベントにエントリーしたいんです。」

 

 二人で事前に決めていたことを、しなりとキャラを作ってキリトが答えた。キリトの背中に視線が刺さっているのは気のせいではない。

 死銃なるものとコンタクトするには強くなくてはならない。そしてそれを周知させなければ。手っ取り早いのはゼクシードというプレイヤーが優勝したというイベントで目立つこと。お誂え向きに今日早速あると言うのであれば利用しない手はない。

 少女は目を見張る。

 

「BoBに!? 今日ゲームをはじめたのよね? それはちょっと…ステータスが足りないかも…。」

 

 そしてかなりオブラートに包んだ言葉をチョイスした。要は無謀、と言うことだろう。

 

「あ、大丈夫よ。二人ともコンバートだから。」

 

 気を使ってくれた少女には申し訳ないがセツナは事もなさげに答える。あまりにもアッサリした態度に少女は今度は目をしばたたかせた。

 

「そ、そうなんだ。でもいきなりエントリーするなんて度胸あるね。」

「そうかな?」

 

 動く歩道に進路を任せ、少女は振り返る。

 

「コンバートかぁ…。ねぇ、聞いて良い?」

 

 少女の問に二人は顔を見合わせた。そして無言のまま続きを促す。

 

「どうしてこんなオイル臭くて埃っぽいゲームに来ようと思ったの?」

 

 食指は動きませんでした。知り合いの役人が調査してくれって言うから仕方なくコンバートしました。それが実のところではあるが、まさかそんな回答は出来ない。

 

「…今までファンタジーばっかりだったから、たまにはサイバーっぽいのも良いかなぁって。」

 

 仕草や口調は気になるものの当たり障りの無いことを言ってくれるキリトにセツナは感謝する。コクコクと首を縦に振って同意した。するとちょうど通りかかったトラックに銃の広告が写っており、ここは銃の世界だったと改めて確認する。

 

「それに、銃での戦闘にも興味あったし。」

 

 100%嘘だ。セツナは吐きなれない嘘にヒヤヒヤする。ただでさえアミュスフィアを被っていても人より表情が出やすい──と言うのはリーファが言っていたことだが──。不自然な表情になるのは避けたい。しかしセツナの心配も杞憂に終わり、特に少女は気にした様子はなかった。

 

「へぇ…。好みの銃とかはあるの? ガンショップにも行かないと、だったよね。」

 

 少女から出た質問に二人に答えることは出来なかった。銃の知識なんて一ミリもない。分かるのはライフルとマシンガンと拳銃の違いぐらいだ。しかし彼女が意図しているのはそんなことでは無いだろう。

 

「え…えーと……。」

 

 言い淀んでいると、少女は察してくれたようで答えを提示してくれた。

 

「そしたら初心者用の色々揃ってるマーケットに行こう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 道を縫って案内された先にはよく言えば海外の巨大スーパーの様な、悪く言えばパチンコ屋かゲームセンターの様なきらびやかなネオンの看板が目立つショップが現れた。中に入ればミュージアム型のアミューズメント施設かと思う程に、実に目を引くように商品が陳列されている。3Dで浮かび上がるものからくるくると回転しているものから様々だ。銃…武器がこんなに親しみやすく並んでいる光景はそうないだろう。SAOでもALOでも良くも悪くも武器は武器だった。こんな風に展示されるように陳列されていることはまずなかった。

 

「すごい…。」

 

 思わず漏れる言葉。そこにあるのはほぼ銃だけなのにも関わらずセツナには考えられない程の種類が並んでいた。エリアも細かく分かれている。店内を見渡し圧倒される二人に少女は苦笑いを浮かべる。

 

「本当はこういう初心者向けの総合ショップよりもディープなお店にいった方が掘り出し物があるんだけどね…。」

 

 キリトの言った安いお店と言う条件には当てはまらないからの表情なのか、店内のきらびやかさに対する評価なのかはいまいち分からなかった。

 

「さてと、二人ともステータスはどんなタイプ?」

 

 二人が物珍しそうに見回していると少女はそう言った。物見遊山で来たわけじゃないことを思い出す。

 

「えっと、筋力優先、…その次が素早さ、かな。」

 

 セツナがコンバートするとどうなるんだろう、と考えている間にキリトが答える。それを聞いて向こうと同じで良いのか、とセツナも頷いた。

 

「二人とも? あなたたち本当に仲が良いのね。ま、でも一緒にコンバートしてくるぐらいだからそりゃそうか。なるほど…あ、でもあなたたちお金って…。」

 

 ビルドが似通っているのはたまたまであるが今はそれに言及している場合ではない。少女にそう言われて二人は慌ててストレージを開いた。SAOからALOは強制コンバートと言うか何と言うか最初は同データでのプレイだったからすっかり失念していた。コンバートではステータスは引き継げてもアイテムや所持金は移行できない。つまり…

 

「千クレジット…。」

「同じく。」

「バリバリの初期金額ね…。」

 

 少女は自分のストレージも開くと二人をちらりと見やった。

 

「…あの……、もし良かったらなんだけど……。」

 

 その続きは聞かずとも分かった。しかしそれは実際には誉められた行為ではないし、そこまでしてもらう理由もない。セツナは食い気味に返事をし、その先を遮った。

 

「いいよ、そんなの! …それより、カジノとか手っ取り早くお金を増やす手段はないの?」

 

 彼女が提案してくれようとしたのは間違いなくお金の援助だ。どんなゲームでも過剰な援助は褒められたことではないし、この世界では初心者だとしてもゲーマーとしての矜持はある。キリトも首を強く縦に振っていた。

 セツナの言葉に少女はやや呆れたような表情を見せる。

 

「…カジノと言うか似たようなギャンブルゲームはあるよ。でもああいうのはお金が余っているときにスるのを前提でやった方が良いと思うよ。」

 

 ほら、この店にも…。そう続けながら指差された先には入り口よりもきらびやかなネオンの輝く少し異質な空間が見えた。店内にはそぐわない数十メートル程の柵で仕切られた通路。その先にはアンタッチャブルの看板とNPCのガンマンがご機嫌に銃をこねくりまわしていた。そして看板の上には30万を少し超えた数字が表示されている。いかにもミニゲームと言った様相。しかしセツナにはそれよりも気になるものがあった。

 

「…あれは?」

 

 すぐ隣にもうひとつ、そちらは小さな小屋のみがあった。同じように電光掲示板のようなものに50万を超えた数字の表示がされているからにはこちらもミニゲームの類いなのだろう。それにしてはあまりに地味だった。

 セツナの問いに少女は小さく息を吐いた。

 

「そっち? それは本当に無理だと思うけど…。」

「どうして?」

 

 あるってことは攻略方法がある。セツナとすればそうだが彼女にしてみればそうではないらしい。

 

「そっちは西部の決闘スタイルでね…敵を倒した方が勝ちってシンプルなのは良いんだけど…。ルールも踏襲しているのよ。」

「ルール?」

 

 倒せば良いだけなんて随分簡単だと思ったが首をかしげるセツナに少女はまた小さく息をついた。

 

「…つまり、先に銃を抜いたら負けなのよ。後から抜いて先に倒さなきゃいけないの。気付いた時には皆撃たれて終わりよ。」

「…──ふぅん。」

 

 少女がそう言ったにも拘らずセツナはゆっくりと小屋の方へ近付いていった。扉の前にある自動改札機のICカード読み取り機のようなものはチャージ機だろう。迷いの無い足取りでそこまで進むと、バチンとそのパネルを叩いた。

 

「ちょっと!!」

 

 少女の声はむなしく、ゲーム開始は待ったなしだ。

 

「ねぇ! 私の話聞いてた? あの子…!!」

 

 少女はキリトにそう訴えかけるも、当然キリトは涼しい顔だ。

 

「まぁ見てなって。あいつなら大丈夫だろ。」

「大丈夫って…。」

 

 キリトの視線はセツナに注がれたままだ。そう言われては少女もセツナを見守ることしか出来ない。

 小屋からは一人の髭を蓄えた中年のガンマンが姿を現しており、セツナは宛がわれたであろうホルスターを腰に装備しているところだった。そして銃を一度抜くような仕草をすれば小さく頷いていた。

 

 それは一瞬の出来事。──そういうルールなのだから当然と言えばそうなのかもしれないが。

 NPCと向き合ったセツナはゆっくりと目を閉じ、右手を銃にかけた。微動だにせず、呼吸をしているのか怪しいほどに静かに。空気が凍る。本来デジタルの世界では有り得ないだろう、それが伝播するのは。彼女の集中に周囲の人間にも緊張が走った。

 

 パッパァンッ

 

 そして響いたのは二発の銃声だった。店内には軽快なBGMが流れている筈なのに、静寂が訪れたような錯覚をさせられる。

 

『…oh. Goddamn….』

 

 あまり美しいとは言い難い言葉と共に、ドサッという効果音、最後にけたたましいまでのファンファーレが立て続けに襲ってくる。看板に掲げられていた50万を超えた数字はくるくると回転し出し、あっという間に0へと変貌を遂げた。その中、涼しい顔をしているのはセツナとキリトの二人だけであり、たまたま周囲にいたものや少女は目を見開き、言葉を失っていた。

 

「ただいまー。」

 

 呑気に軽やかな足取りで戻ってくるセツナ。

 

「お疲れ。よく銃が撃てたな。」

「まぁねぇ。昔グアムだったかなー、撃ったことあったから。」

 

 飄々としているセツナになるほどなと頷くキリト。少女は二人のやり取りに自分の思考が停止していたことに気付く。そしてややあって目の前で起こった理解しがたい出来事を確認した。

 

「ちょっ…ちょっと待って。今、何をしたの?」

 

 狼狽える少女にセツナは目を丸くした。

 

「何を、と言われても…。」

 

 セツナにしてみればただ目の前のゲームをクリアしただけだ。そんなに驚かれる話ではないが周囲は次第にザワザワと騒がしくなっていく。

 

「だって、後から抜いて先に撃つなんて…。」

 

 クリアした、と言うことはその条件をまず満たしたということ。そして、倒したのだからしかも正確な射撃で。

 

「そう言われても…あるんだからゲームをクリア出来ないって道理はないでしょ?」

「そうだけど…。」

 

 事も無げに言うセツナだが少女にしては納得が聞かない。今まで誰もクリア出来なかったのに今日始めたばかりの、しかもこの世界で銃を撃つのが初めての人に、おまけに…。

 

「だって、慣れた武器でも照準を合わせるのは大変なのに、あのゲーム用の武器でよく…。」

「シングルアクション、って言ったっけ? 西部スタイルならそれだと思ったの。たまたま撃ったことがあったのがそれなだけよ。」

「たっ…確かにシングルアクションの拳銃の方が精度は高いけど…。」

 

 そして銃声が2つ、と言うことは連射したと言うことに他ならない。初見でそんなことが出来るのか。少女は口を開けたまま閉じることが出来なかった。しかし、追う言葉は中々出てこない。そんな少女にセツナは首をかしげ、口角をあげて見せた。

 

「運が良かっただけよ。」

 

 それで片付けようとするセツナに周りは何も言うことが出来ず、BGMが響くだけだった。

 

 

 

 

 

 




ただいまです。
セツナの性能チートは相変わらず。
ミニゲームは難産だった分あっさりになりました。
キリトさんはキンクリで良いですかね。

プロフにこっそり載せましたがTwitter始めました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。