白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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12:35層*聖夜の贈り物

 

 

 

「お前暫くケープ脱ぐな。」

 キリトがそんなことを言い出したのはいつのことだったか。隠すなと言ったり隠せと言ったり忙しいもんだ。30層で再び行動を共にするようになってから散々付き合ってるのかと聞かれたもんだったけれども、片っ端から否定して回っていたら今度はディアベル擬きが現れるようになり…つまりは多方面からパーティに誘われ、ギルドに誘われ…自分でも少し迷惑をしていた。一番熱心だったのはアスナが所属する血盟騎士団だったのだけど。

 私の髪は目立ちすぎる。加えて長く輝く刀身の槍。どこにいても誰かに見つけられてしまう。それもあって素直に再び髪を覆うようになったのだが。

「セツナ。」

 なんでこの男はそれでも直ぐに私を見付けるんだろう。

「あなた他にすることないの?」

 呆れて溜め息をつくも動じないのは本当に才能だ。その神経の太さ、どの様に養えば良いのか聞いてみたい。

「そんな邪険に扱わなくても良いじゃないか。キリトさんとは偉い違いだな。」

 大仰に肩を竦めて見せるディアベル。

「そりゃぁキリトはパートナーだもの。」

 その言葉を口にするのにも十分に慣れた。初めは…二人を置いて逃げた私にはパーティなんて、とずっと意地を張り続けていた自分がいたが、完全に離れて初めて一人で居続けることなんて無理だと分かった。

「どこでこんなに差がついたかな。まぁともかく、クリスマスが近いからね、お誘いに来たんだ。」

 そう言ってディアベルはウィンクをして見せる。記録結晶に保存してアルゴに売り捌こうか。

「去年みたいに大規模なパーティでもするの?」

 私の記憶が正しければ初めてのクリスマスはその時ばかりは、攻略を忘れて皆でお祝いをした…らしい。と言うのは私とキリトは参加しなかったからなのだが。しかし答えは違うらしい。

「クリスマス限定ボスがいるって噂、聞いたことない?」

 片頬だけ上げて笑みを作るディアベル。段々性格が読まれている。これでは話を聞かざるを得ない。珍しく、むしろ初めてかもしれない、素直にディアベルに着いていくのは。

 

 

 

「《背教者ニコラス(はいひょーひゃひほはふ)》?」

 今私たちが根城にし始めた46層の胡散臭い町の怪しげな小料理屋。アジアの雑多な雰囲気が漂い、騒がしいため会話をするにはある意味便利だ。

「ちょっと…物食べながら喋るのやめてよ。」

 目の前で大量にご飯を頬張り、リスみたいになっているパートナーをみてため息が出た。食べることと戦うことにしか興味なさそうだ。喉が動き口元をペロリと舐めた後、ようやくまともな単語が帰ってきた。

「最近NPCの間でも話題になってるな。」

 どこから情報を仕入れてくるのか、こう言うところはいつまでも勝てずに悔しい思いをしている。戦闘スキルに置いては五分五分…あれ以来定期的にデュエルで力比べをするようになったが獲物のリーチを考えればそれも負けているのかもしれない。開いていたレベル差もつまり正直面白くない。

「じゃ、じゃぁそのドロップアイテム何か知ってる?」

「死者蘇生アイテムって話だな。」

 淡々と言うキリト。

「もし本当に蘇生アイテムだとしたら誰を生き返らせれば良いんだろうな。」

 しかし続けられた言葉は核心を突くものだった。目の前で亡くなったプレイヤーはそう多くはないもの数えきれないプレイヤーがこの世界から、そしておそらく現実世界からも姿を消していた。命を落とした者を全て救えるのならば良い。だけどそう都合の良いものではないだろう。それでも誰もが一人や二人は救いたい人を抱えている。それならば…

「奪い合い…。」

「そ。だから俺は誰も倒せない方がいいと思ってる。大体、もしそんなアイテムをドロップするとするならば、鬼のように強いに決まってる。倒せやしないよ。」

 キリトはそう続けた。言っていることは分かる。でも、誰かは選べなくとも助けられる人がいるならば、助けた方がいい。

「…自信がないんじゃないの。」

 面白くなさも相まって口を付いて出たのはそんな言葉だった。

「なんだって?」

「自信がないから興味ないふりしてるんじゃないの!」

 そこまで言い切るとキリトの方もさすがにカチンと来たようで。

「なんでそういう話になるんだよ! 俺はただ誰の手にも渡らないのが一番の平和だって言っただけだろ!」

 戦闘時以外には滅多に荒げない声を荒げた。

 

 

 

 

 なんか話が妙な方向に行っている。俺たちはただクリスマスボスの話をしてただけのはずなのになんで喧嘩になっているんだ。大体、いつもならセツナはこの手の話題には疎くスルーしていることが多い。攻略に関することになら敏感に反応するのだがそれ以外のこととなると驚くほど何も知らないのが常だ。…大方こいつに変なことを吹き込んだとするとディアベルかアスナあたりだろうが。

「大体! お前は生き返らせたいやつがいるのかよ!」

 そんなこと、これはゲームであってゲームじゃないのに出来るわけ無い。それを信じて戦ってセツナが危険な目に遭う方が嫌だから言っているのに全く分かってない。

「お前って言わないでよ! 私は助けられる人がいるなら助けたいだけよ!」

 その強すぎる正義感から二つ名を貰ったのか二つ名を貰ったからそうなってしまったのか。いずれにせよ今はどちらでも良いことだが。

「分かるけどお前がやる必要はないだろ。」

「お前って言わないでって言ってるじゃない。」

 ダメだ、完全に頭に血が昇っている。戦闘中もこうなるとどうしようもないんだ。そして続けられた言葉は俺の望みとは異なるものだった。

「だったら一人でやるからいいわよ!」

 そしてガタンと音を立てて立ち上がった。

「ちょっ、俺の話聞いてたのかよ!」

「聞いてたわよ! ボスと戦いたくないんでしょ。」

 どうしてそうなる。

「そうは言ってないだろ。」

 こうも喧嘩腰になられて黙っていられるほど俺だって大人じゃない。

「そう聞こえるのよ。精々またレベル差が開かないことを祈ってるわ。」

「そこまで言うなら俺だってやってやるよ!俺にとられたって泣くなよ。」

「だっ誰が泣くのよ!」

 儚い容姿をしてる癖になんでこんなに気が強いのか。確かにそのギャップが知らない連中からすれば神格化するような形になってるのかもしれないが、こう言う子供っぽいとこ見せてやりたい。売り言葉に買い言葉、ついこうしてお互いソロでクリスマスボスに挑むことになってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 その日49層《ミュージェン》、最前線の町でもクリスマスらしく雪が舞っていた。白銀に染まる中、今日ばかりはケープがなくとも世界に紛れられると思った。決戦の時に視界を奪うものは邪魔にしかならない。町のベンチに腰かけてアイテムを整理しているとあの男が現れた。本当に私を見付けるのがうまい男だ。仮にそんなゲームがあったとすれば常にこの男がトップだろうとろくでもないことを考える。

「本当に一人で挑む気かい?」

「私に情報をくれたのはあなたじゃない。」

 ディアベルはやれやれと首を横に振った。

「お誘いだと言ったのに。」

 一緒に攻略すれば良いじゃないか、そしてそう言った。

「おかしな人ね。あなたなら私じゃなくて、もっといい人がいるでしょ。」

 ギルドがあるのだし彼ならば声をかければ集まる女性プレイヤーは数知れない。

「セツナより強いプレイヤーは知らないよ。」

「よく言うわ。ヒースクリフだっているし、アスナだっているわよ。」

 そもそも彼だってかなりの上位プレイヤーで私の助けを必要としているとも思えない。

「そこでキリトさん、とは言わないんだね。」

 試すようにいうディアベル。

「…別に、勝手でしょ。」

 それだけは今絶対に認めてはならない事実。出し抜くために結構頑張ったつもりだ。リズに武器の強化もお願いして、サチにアクセサリも作ってもらった。レベルだって…70に突入した。

「そんなに喧嘩ばかりして、キリトさんは俺に君を譲ってくれる気なのかな。」

「譲るも何も、私はあいつの所有物ではないわ。」

 プイッと横を向くとヤツは隣に腰かける。

「場所の目星はついているのかい?」

「……………。」

 それを言われると自信はない。そういう情報収集は正直苦手だ。

「教えてあげてもいいけど、条件があるな。」

 彼は知っているようでとても魅力的な申し出だった。

「条件って?」

 ただし内容にもよる。ギルドに入ってくれとかだったら絶対に無理だ。そう言う交換条件をするような人ではないと思っているが。

「一日だけでいい。パーティを組んでくれないか。」

「え………。」

 そう言った彼の表情はいつもとは違いとても真剣で断ることなんて出来なかった。

 

 

 

 

 あの表情はなんだったのか。そして知らないところで死んで欲しくないとついてきた。彼がくれた答えは第35層の《迷いの森》。…確かに言われてみるともみの木のようなオブジェクトがあったような記憶がある。この森も今日ばかりは白銀の世界になっていた。風邪を引くという概念はなくとも若干の肌寒さを感じる。

「やっぱりセツナに余計なことを吹き込んだのはアンタか。」

 背後からした声はキリトのものだった。

「余計なこととは心外だな。俺はクリスマスデートのお誘いをしただけだよ。」

 キリトのいつもより低い声にもディアベルは動じない。

「余計なことだよ。さて、俺たちはどっちが倒すか競ってたわけだけどこれじゃぁしょうがないな。なんなら今ここでデュエルしてどっちが戦うか決めようか?」

 らしからぬ挑戦的な物言い。さすがに勢いに任せてちょっと言い過ぎたと反省せざるを得ない。

「折角だけどキリトさん、お客様みたいだよ。」

 ディアベルに促された方向を見ると、6人の集団がこのマップに入ってきた。

「…クライン、つけてたのか。」

「まぁな、こっちはお前と違って切羽詰まってるんでな。…それにソロで挑むなんてバカな真似させらんねぇよ。」

 ギルドメンバーを亡くしたか、ただのお人好しか。

「クライン、残念だけどボスを倒すのは私よ。」

 でも自分が吹っ掛けた喧嘩にあっさり負けるようなみっともない真似はできないと私とて引くわけにはいかなかった。

「セツナにディアベル…。なぁ、皆でやりゃぁ良いじゃないか。なんでお前らそんなに意固地なんだよ。」

 隣でディアベルが頷く。彼の本音もどうやらそこにあるようだ。しかし招かざる客はもう一組現れた。ワンパーティではない。レイドを組んだ部隊。彼らを私たちは知っていた、《聖竜連合》。ボス攻略でさんざん顔を会わせているギルド。ただしレアアイテムのためなら汚いこともする、というのが専らの評判だ。

「お前もつけられたようだな、クライン。」

 キリトの低い声が響いた。

 奪い合い…《聖竜連合》の真意は分からないがやはりこうなってしまった。

 キリトが愛剣の柄を握る。こんなところでプレイヤー同士が争っても何の意味もない。それは分かっているが誰だって引けないのだ。私も背の愛槍を握った。しかしキリトの口から出たのは意外な言葉だった。

「クライン! 行け! ここは俺たちが引き受ける!」

 見ればディアベルも《聖竜連合》に向けて剣を向けていた。気付けばクラインは恩に着る! と森の奥へ消えており…こだわってた自分が恥ずかしくなった。こうなってしまえばやることは1つだ。

「武器が壊れてもいいヤツから前に出なさい!」

 愛槍を胸の前から真っ直ぐに《聖竜連合》に突きつけた。

 

 

 

 《聖竜連合》は思ったよりも簡単に引いた。攻略組だからお互いの実力はよく知っているし、リンドはディアベルには勝てないと踏んだのだろう。

「だから言ったんだ…。」

 キリトからそんな声が漏れた。

「俺たちが見付けなければ誰も見付けずに終わった。そしたらこんないさかいだって無かったんだよ。」

 事が終わってみればそんな現実。

「ゴメン。」

 頭に血が昇ってなにも見えていなかった自分を潔く認めざるを得ない。

 そんな時、森の奥からクラインたち《風林火山》が戻ってきた。アイテムはどうだったのだろうか。

「クライン…。」

 疲弊した彼らからキリトにアイテムが投げられた。金細工で装飾の施された結晶アイテムだった。プロパティを開くと名称は《還魂の聖晶石》、効力は…。

「死んでから10秒の間だけだと。復活できんのは。 」

 絞り出されたような声でクラインはそう言った。

「やるよ。お互いが死んだら使うんだな。」

 縁起でもねぇけどな、とクラインたちは去っていった。

 死者蘇生アイテムと言うのは確かに嘘ではない。ただプレイヤーたちの望んでいたものではなかった。

「死んだ人間を生き返らせることなんて出来ない。」

 キリトが呟いたのがただ一つの真実だった。こうなってみると自分が恥ずかしくて仕方ない。キリトは全て分かっていたのだ。

「さて、何はともあれセツナには約束を守ってもらうよ。」

 場にそぐわない明るい声でいうディアベルの言葉でキリトの視線が刺さる。

「約束?」

「ディ、ディアベル!!その話は後で!!」

 慌てて制しようとするとキリトにフードを掴まれる。

「パートナーの俺に聞かせられないようなことでも?」

 今回の件は自分に負い目がありすぎて何も言えなくなる。

「キリトさんってば野暮だなぁ。」

 ディアベルもディアベルで火に油を注ぐような言い方をするから性質が悪い。

「セツナ? 説明できるよな?」

 キリトの口許は笑っているが目が笑っていない。もう、逃げ出してしまいたい。

「い、1日だけパーティ組むことになったの。それだけ!」

 ええいと言ってしまうとキリトはポカンとした表情を見せた。

「それだけ?」

「それだけ。」

 言ってしまえば何てことはないが、思い詰めたような表情で言ったディアベルがいたから何となくすぐには口に出来なかった。するとディアベルも観念したように

「俺に少しの望みにかけることぐらいさせてくれよ。」

 そう言った。

 

 

 

 ディアベルと別れ帰路についてからも、クリスマスの雰囲気は継続していた。

「日本では何故か24日がメインのクリスマスって雰囲気だけど25日が本当のクリスマスなのよね。」

 今回のことは全面的に私が悪いと謝罪してどうにか許してもらい、隣を歩くことができた。

「確かにそうだな。」

 こうして二人で宿に戻るのは随分と久しぶりのことだった。1度すれ違って離れることの心細さを知っていたのに。

「ゴメンね。」

 重ねてまた謝った。

「いいよ。こうして皆無事だったんだし。」

 あの一件からキリトは少し変わった気がする。ずっと一人だった私とは違い、《月夜の黒猫団》と一緒だった彼には色々思うところがあったのかもしれない。

「…ありがとう。」

「ま、でもさこれで目の前で誰かが死んだら一人は助けられるんだ。良いこともあったさ。」

 レベルも上がったしな、と笑うキリト。

「そう言えば! 今何レベル?」

 それは聞き捨てならない。反省はしても私の負けず嫌いは当分直りそうもない。汐らしさなんてすぐにどこかへ消えてしまう。

「聞いて驚け! 70まで上がった!」

 ふふん、とどや顔を作るキリトに落胆する。ただすぐにキリトも、落胆することになる。

「なんだぁ…結局同じじゃない。」

「なんだって!?」

 キリトの叫び声は46層の空に響いて消えた。

 

 

 

 宿の部屋に戻ると小さな小箱が置いてあった。そして記録結晶も横に。再生ボタンを押すと、聞きなれた声が聞こえてきた。

『メリークリスマス、セツナ。これを聞いてる頃にはまた笑って会話できてるといいんだけど。セツナはたまにすごい無茶をするからこれを贈ります。お礼はサチにいってくれ。何度も試行錯誤して作ってくれたから。…こんなこと普段は言えないけど、ぶつかっても何しても、俺は一番にセツナの無事を願ってるよ。100層まで、最後まで一緒に戦おう。』

 キリトからだった。そして箱の中には《戦乙女(ヴァルキリー)の加護》というペンダント。効果は…。

「バトルヒーリングスキルの15%増加…。」

 箱を握りしめ彼の想いに応えることを静かに誓った。

 

 

 

 

 




もうディアベルがロリコンでもいいや。
彼の話はもうちょっと続きます。
オリ主が子供過ぎてうちのキリトさんは常識人に見えてしまう。

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