白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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14:47層*竜と舞う円舞曲(ワルツ)

 隠密行動は向かないなんて分かってる。女性プレイヤーってだけである程度は目立つし。だからって一緒に受けた依頼なのに邪魔モノ扱いすることはないんじゃないかと思う。自分の影響力をたまには自覚しろといつもキリトは言うけどただのソロプレイヤーで部下がいるわけでもなし、交友関係は至って狭く、どんな影響があると言うのか。まぁなんにせよ色々と前科があるのでブー垂れつつもキリトの言うことに従うことにした。…ってお留守番なんだけど。なんの話かと言うと…話は5日前に遡る。

 

 

 最前線、55層の町にその人はいた。男の装備品からして中層プレイヤーであることはすぐに見当がついた。朝、開かれたばかりの55層をマッピングしようと転移した時にはすでにそこで大きな注目を集めていた。大の男が泣きべそをかきながら頭を下げ、仇討ちをして欲しい…なんで物騒なこと。尋常ではないと感じた私たちは人ごみをかき分けその人と接触することにした。男の名前はマーシーと言った。

 

「あの…。」

声をかけると男はすぐに振り返り、驚愕の表情を浮かべた。

「し、白の…。」

またか、と思う。もうさすがにそういった反応にも慣れたがあまり面白いものではない。

「俺たち、何かお力になれますか。」

キリトがそう言うと男はハッとし、自分の目的を思い出したようだった。

「お願いします!俺の仲間を…仲間を殺したあいつらに、どうか罰を与えてやってはくれませんか。」

私たちは顔を見合わせ、その男と共にすぐ近くにカフェに入ることにした。

 この世界でもお腹は空く。もちろん食べなくとも何ら問題はないのだが、空腹感が常に消えないことで集中力を欠く。なので当たり前のようにみんな食事はとっていた。それとは別に特に何の生産性もない行為になるが、バーやカフェも充実しており、茅場晶彦は食に一定の重きを置いていたのではないかということが推測できた。ただし、出てくるものは基本的に擬きであり、コーヒーの色をした何か、だったりクリームソーダの色をした何かであることが大半なので自分の思い描いている味を想像して口をつけるとたまにえらい目に合ってしまうのが難点だ。もちろん、現実と遜色のないものも存在はする。そのあたりはプレイヤー同士で情報交換をし、共有されている。

 カフェに入り、飲み物が出てきた頃にキリトが口を開いた。

「まぁ取り敢えず…。」

勧められるがままにカップを手に取り一口飲むと男は少し落ち着いたようだった。どうやらこのカフェは当たりの部類のようだ。

「すみません。必死だったもので。」

仲間が殺された。そう言っていた。それは穏やかではない。

「無理もないわ。仲間が亡くなったら誰だってそうなるわ。それがPK(プレイヤーキル)であるなら尚更ね。」

私がそう言うと男は奥歯を噛みしめながら涙を流した。

「どうしても、許せないんです。あいつら、《タイタンズハンド》を。」

「《タイタンズハンド》…オレンジか。」

なんで本当にキリトはこういうアンテナまで高いのか。知っているのなら話は早いとばかりに男は続ける。

「俺は《シルバーフラグス》ってギルドのもので、マーシーと言います。2週間ぐらい前に、赤髪の槍使いの女が俺たちに近付いてきて、ギルドに入れて欲しい、そう言ったんです。」

 

 女性の名前はロザリア。赤い巻き髪を結い上げているランサーで20代半ばぐらいの年齢。女性プレイヤーに事故でパーティが全滅したんで仲間に入れてください、そう言われたら大体のギルドは受け入れてしまうだろう。そして頃合いにアイテムを奪い、殺害すると言うのが聞いたところ主な手口のようだ。

 

「それで、具体的に俺たちに何をして欲しいんだ?さすがにPK(プレイヤーキル) してくれって言うのは無理な相談だ。」

 他のプレイヤーに危害を加えるとカーソルはオレンジに染まり犯罪者プレイヤーとして扱われる。そして町には入れなくなってしまう。何よりこの世界でHPが全損すると言うことは現実でも死ぬ。つまりは本物の人殺しに成り下がる、と言うことだ。

 それはマーシーも十分に分かっているようで、通常よりも一回り大きい結晶を取り出した。珍しいそれに息を飲む。モンスタードロップでしか確認されていないレアアイテム。

「回廊結晶です。出口は黒鉄宮の牢獄エリアに指定してあります。」

 複数人の移動を可能にする結晶アイテム。確かにそれであれば、犯罪者たちをみんな牢獄送りにすることができる。非常に高価なこのアイテム。一介の中層プレイヤーが手に出来るものではない。この男はどのような思いでそれを手にしたのだろうか。

「全財産はたいたんです。キリトさん、セツナさん。もう俺のような思いをする人間が出ないように、あいつらを…。」

男の悲痛な叫びが耳の奥で何度もこだました。

 

 

 

 地道な聞き込みと情報屋との折衝。アルゴにはまた面倒なことに首突っ込んでるんだナ、なんて言われた。彼のような思いをする人間が出て欲しくない。それもあったがただ純粋にやるせなかった。私たち攻略組には無い被害。強いものが弱いものを搾取する。私たちだってある意味搾取している側ではないかと言うのは考えすぎだろうか。限られたリソースの多くを独占するのは攻略組だ。もんもんとしながら20層でサチの作業を見つめていた。私の胸元にはサチの作ってくれた金の檻に入った紫色の水晶が美しいペンダントが揺れる。

「ねぇ…攻略組を恨んだことってある?」

「え!?」

何の脈絡もなく聞くとサチの手元が狂い作成中のアイテムはポリゴン片になって跡形もなく消えた。

「あー…。」

「…ゴメン。」

サチは作業を止めると隣に腰を下ろした。

「いいよ。セツナのくれた素材だし。それより何?」

サチは優しい。お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなと思うことが多々ある。

「ほら、レアアイテムとか大量のコルとかって全部攻略組が持っていっちゃうじゃない? 不満に思ったことって無いのかなーって。」

1層の頃ぶつけられた元ベータテスターへの憤り。それの対象が攻略組になったとしたら。ネットゲーマーは嫉妬深い。自分より優れたものや珍しいものを持っている人間に対して妬みや嫉みがあってもおかしくはない。

「うーん。私はないかな。感謝こそしても恨むことはないかな。」

そう言われて少しホッとする。きっとあの男の意識に飲み込まれてしまっただけなのだ。

「なら、いいんだ。」

「そう?」

サチに頭を撫でられ少し落ち着く。

憎しみは憎しみしか招かない。連鎖させてはいけない。だから、今こうして前線を離れてでも動いているんだ。

「よし! 稽古しよ稽古! ササマルー!」

 ただ、実際に自分が何か出来ているわけではないのが悔しくて体を動かすことで紛らわそうとした。

 

その夜デジャヴのようにキリトから【今日は35層に泊まるよ】とメッセージが入った。

 

 

 

 まずい、と思ったのはメッセージを送り終わってからだった。慌てて補足しようとメッセージ画面を起動させると、その前にセツナからメッセージが入った。驚くほどの早打ち。なんで女の子は携帯といいメッセージを打つのが早いのか。

【私も今日は20層にいるよ】

 内容はそれだけで取り敢えず杞憂だったと息をついた。以前、似たようなメッセージで返事がなく約2ヶ月半も揉めた記憶があるため、関係性が変わっていたとしても若干のトラウマだ。

【例のパーティメンバーと接触した。明日は47層に行く。手伝って欲しい。】

 俺はマーシーの言った、ロザリアの次のターゲットだと思われたパーティを探して35層に降りていた。そして出会ったのはビーストテイマーの少女。彼女はどうやら俺の探していたパーティメンバーで…ただロザリアとはもう別れていた。しかし彼女の相棒はその対価か俺と会うすぐ前に命を落としていた。

 

「その羽は…。」

 35層、迷いの森。豪腕なモンスターがやや多く出るのとマップがランダムに変化するのが厄介な初見泣かせなダンジョンだ。エイプ型のモンスターに襲われていた彼女を助けようと、やつらを四散させたときには既に少女の目の前には羽が横たわっていた。

「…ピナです…。私の大事な…。」

 瞳一杯に涙をため、震えた声で答える。

「君は、ビーストテイマーなのか。」

 話には聞いていたが相対するのは初めてのことだった。しかし、そのモンスターも今はいない。折角彼女を助けたとしても、羽になってしまったモンスターは彼女にとっては…

「ゴメン、友達、助けられなくて。」

俺たちにとってパーティメンバーを亡くすに等しいことなのではないか。

「いえ…私が、私が悪いんです。一人で森を抜けられるなんて思い上がっていたから。」

気丈にそう俺にお礼を言ったあと、彼女の瞳からは塞き止めた分の涙があふれでてきた。

 使い魔蘇生と言えば…いつかセツナがそんな話をしていたような気がする。確か…。今は一刻も早く彼女の涙を止めたい。自分よりも幼い女の子にこうも泣かれては居心地が悪い。

「泣かないで。確か、使い魔蘇生用のアイテムがあるって聞いたことがあるから。」

「ホントですか?」

涙がピタリと止む。今の彼女には何より重要な情報だろう。

「47層の南に《おもいでの丘》って場所がある。そこに咲く花がそうって話だ。」

「47層…。」

 ここは35層。俺にとってはそう難しくないダンジョンだが彼女にとっては…おそらく45レベル前後だろう、大変な高難度になるだろう。

「実費だけ貰えれば俺が行ってきても良いんだけど、使い魔の主人が行かないと花が咲かないらしいんだよな。」

 いつかそこを訪れたセツナが言うにはビーストテイマーではない自分が行っても特にイベントは起きなかったと言う。

「情報だけでもありがたいです。頑張ってレベル上げすればいつかは。」

 前向きにそう言える彼女にならいつかは自力でたどり着くこともできるだろう。しかし

「蘇生できるのは3日までだ…。」

そう時間的猶予はない。明らかに落胆する少女。上げて落とすのはたちが悪い。

「…これなら5、6レベルは底上げできるだろう、それに俺が同行すればそう難しいことじゃない。」

 このまま見捨てたらセツナに怒られそうだし、大切な依頼への足掛かりになるかもしれない。なによりこの少女を、放っておくことなんてできなかった。

 少女は俺の渡したアイテムリストを見て驚愕する。確かにドロップするままにストックして置いたもので中層プレイヤーにしたらレアアイテムだろう。

「どうして、ここまでしてくれるんですか。」

 彼女の疑問ももっともだろう。俺たちは出会ってほんの5分程度。何の縁もない関係だ。俺にとっては目標でもあるのだが彼女にとったら不審人物になりえる。この世界で女性プレイヤーは希少性から色んなターゲットになり得る。そう言う意味でも警戒はしてもしきれないぐらいだろう。もちろん依頼のためというのもあるけど少女を助けてあげたいという気持ちに嘘はなかった。ただ、少し、いや大分恥ずかしい理由だ。片手で顔を覆い答えた。

「笑わないって…約束するなら言う。」

「笑いません。」

少女はこちらを真っ直ぐに見つめ真摯な態度を示した。余計にばつが悪い。でも約束は約束だ。

「…君が妹と相棒に似てるから。」

 現実世界に残してきた妹と20層で待ちぼうけさせてる相棒。妹、直葉には似ていると言うより何かしてあげたいと言う思いが強く、それを彼女に重ねたのだろう。相棒とは強がりで人を頼らないその姿勢が似ていると感じた。そんな気持ちも相俟って、助けずにはいられなかった。

「……っぷ、はは、ゴメンナサイ。」

 それは約束違反だなんて不平を言えないぐらいには自分でも恥ずかしく、有り体で、気障だなと思った。ただようやく笑顔を見せた少女に安心した。




マーシーと言う名前は適当です。

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